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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Mary and Joseph 第十四話

アンティパスはよろよろと、血の流れる眼孔を抑えて外に出た。助けを求めようと思ったのだ。
だが彼が必死に痛みを訴えても、不思議なことに使用人は皆無視した。走って彼のもとから逃げさえした。
彼はそれでも必死で助けを求めて、王宮中をさまよった。使用人も奴隷も、みんな彼を無視する。じくじくと耐え難いほどの痛みがさらに増してくる。やがて彼の残った右目が、アルケラオスとフィリッポスを見つけた。
「兄上様」彼は力なく言った。「助けて、助けてください……」
彼は小さな手を伸ばした。アルケラオスとフィリッポスはその場から逃げなかった。しかしかわりに、彼のその手を、ぱちりと弾き返したのだ。
「お父上に何をした?」アルケラオスが冷たい声で言った。
「お父上が言ったのだ。アンティパスに一切手を貸すなと」
「え……」
力なく言ったアンティパスに、フィリッポスが必死で叫んだ。
「アンティパス、悪いのはお前だぞ。お前が悪いことをしたから、お父上が怒ったのだ。それだけなんだぞ!……それだけだ!お前は悪い子だから、誰も手を貸さない、当たり前だ!」
その叫びを聞いて、アンティパスはのばした手をそろりと下げた。
「お父上に逆らったお前が悪い。それだけだ」
アルケラオスは去っていく弟に、一言だけそういった。

よろよろと歩き続ける彼に、やはり誰も手を貸すことはなかった。みんな、アンティパスを避けた。ヘロデ王の怒りを買わないために。
傷が痛み続ける。このまま死んでしまうんじゃないか、とか彼が思っている時だった。
彼の残った片目は、一人だけ、彼を避けることなくただとどまっている人物を見つけた。黒いターバンと星の模様のローブに身を包んだ、金髪碧眼の、痛みを忘れさせるほど美しい青年だった。その青い目で彼は、アンティパスをじっと見つめていた。
「たすけて……」アンティパスは力を振り絞って、手を彼に向かって伸ばした。
「助けて……痛い、痛いよ……」
彼はきらきらと金の髪を輝かせながら、真直ぐアンティパスのもとに歩み寄った。
「いいとも」
彼はそうとだけ言って、ふわりと彼を抱きしめた。

彼はアンティパスを抱きかかえ、どこかの部屋に連れていった。迎賓館の一室だったが、それを判断する力はなかった。
彼は瑠璃色のガラスの壺に入った液体をガラスの盃に注いだ。
「ハオマ酒だ。飲みたまえ。痛みを忘れられる」彼は寝台に横たえたアンティパスの唇にガラスの盃を押し付けた。力なく、彼の喉はそれを通した。言葉通り、少しずつ、痛みが引いていった。
アンティパスは彼の胸元を見つめた。胸元を飾る、豪華な猫目石の飾りを。ちょうど、自分の眼球と同じくらいの大きさだった。
「ありがとう……」
痛みを感じなくなって、彼の意識も朦朧とした。ふわふわと夢心地になりながら、それでも目の前に居る美しい青年の顔は見えていた。
「酷いね。なんと、酷いのだろう……」
彼は黄金の指輪をはめた白い手を、アンティパスの顔に当てた。彼はじっと、アンティパスを見つめていた。そしてその傍ら、そばにおいてあった見事な装飾を施した細い鉄の棒を、香炉の火種でチリチリと炙り始めた。
アンティパスは、酩酊感に襲われた。痛みを忘れ、眠くなった。
目の前の青年の手が、自分の失われた左目に添えられるのを、彼は感じた。
「哀れなものだ……君のような美しい子が、ここが欠けているのは似合わない」
その言葉を聞いた直後、アンティパスは意識を失った。

目覚めたとき、月が高く空に昇っているのが窓から見えた。少なくともあのまま放置されたのではなさそうだ。触ってみると、包帯が巻かれていた。ごろりとした感触を、左目に感じる。だが右目をつぶっても、やはり見えるのは暗闇だけだった。
助かった。アンティパスは心底安堵した。体には、力が全く入らない。まだあのハオマ酒とやらの酩酊感が強く残り続けていて、なかば夢心地だった。まだ痛みが引くはずのない傷口からも、まったく痛みを感じなかった。
「やあ、お目覚めかね?」隣から声がした。あの金髪の彼が隣で笑っていた。
「助けて、くれたんだね……」
アンティパスは呟く。
「一応、薬と火で消毒しておいた。それと、勝手ながら義眼もはめさせてもらったよ。君のような少年には、もっと美しい目が似合おう」
見てみれば、彼の首飾りからは、あの見事な猫目石が外されていた。
「名前は……」
「メルキオール」彼は言った。
「こんな美しい君に、危害を加えたのはどこの誰だい」
「僕の父……」アンティパスは言った。「ヘロデ王……僕を助けるなって、父が言ったんだって」
「気にするな。私は賓客さ。しらを切ればどうと言うこともない」
メルキオールはハオマ酒を吸って半ば赤くなったアンティパスの唇に指を這わせた。
「美しい……何と、美しいんだ」
「あなたも……」
ハオマ酒に浮かされて、彼も、唇に指を這わされながらぼそりと言う。彼の指から通じて与えられるものは、確かに快感だった。
「あなたは、人間……?」
「人間だよ。ただの下らぬ人間さ」
「それでも、いいや……」
彼はぼそりと呟いた。
「もっとしてよ……とても、気持ちいいもの。痛く、ないもの……」
「ああ、いいとも」
異国の香の甘い香りが充満していた。メルキオールはターバンを取り、長い金髪がばさりと寝台の上に躍った。彼はアンティパスにゆっくりと覆いかぶさり、その首筋に口づけした。
アンティパスはその晩、ハオマの酔いと香の香りに包まれながら、彼に抱かれた。それは優しく、甘く、痛みを吹き飛ばすほどの快感だった。
メルキオールに抱かれながら、アンティパスの頭に湧きあがるものがあった。彼は、笑いたくなった。
口角が自然に吊り上る。
「あは、あはは……」
彼は笑った。その美しい顔で、美しく笑った。
この世は、なんと酷いのだろう。なぜ、これほど多くの人々が、これほど多くのものを失わなくてはならないのだろう。
苦しんで死んでいった。誰もかれも、苦しんで、苦悶の顔で死んだのだ。
ならば、自分は笑ってやろう。死ぬときまで、笑っていよう。それが、この世に対する仕返しだ。自分にはそれができる。だって、自分は笑う方法を、今知ることができたのだから。
「笑っているのか。良いね。笑いたまえ」メルキオールも、彼と繋がったまま、笑ってそう言った。
「笑って責められる謂れなど、この世のどこにもあるものか」

その夜がどうやって開けたか、彼は良く覚えていない。メルキオールは叱責されなかったようにも思える。いや、ヘロデにとって息子の目をえぐったことなど、寝れば忘れる、一時の気の迷いでしかなかったのだ。
包帯が取れた日、メルキオールは鏡を見せた。左目に燦然と輝く猫目石を見て、メルキオールは満足そうに呟いた。
「きれいだ、美しい」
「悪くないね」と、アンティパスもにやりと笑いながらつぶやいた。

その直後、メルキオールはまた旅立っていってしまった。「またすぐ来るよ」と言う言葉を残して。
宮廷の人間たちは、アンティパスを一層気味悪がっていると、敏感な彼にはすぐわかった。当たり前だ。目をえぐられたのに堂々としていて、むしろ以前よりも愛想のいい子供になったのだから。
彼は、父を憎みなどしないと心に決めた。憎んでやる価値もない。憎んで、憎み倒して、顔をゆがませることはない。

ある夜、彼は宮廷で、一人の少女に出会った。それは、ヘロディアだった。あれ以降、フィリッポスに婚約者としてあてがわれた彼女だ。
アンティパスは笑い顔のまま、驚いた。彼女の顔には一切、表情は戻ってなかった。
父は、それほどの事をしたのだ。
それを悟った瞬間にたまらないほど、彼の心にはヘロディアに対する、形容しがたい異常が湧いてきた。それは愛のようでも、恋のようでも、憐憫のようでもあった。この惨めな少女に手を差し伸べたいと、アンティパスはその時思ったのだ。
彼女は、夜の庭園に、一人きりだった。ヘロデもフィリッポスもそばにはおらず、ただ一人きり、喜びも悲しみもあらわさず、噴水の端に腰かけていた。
アンティパスは、黙って彼女の側に座った。それだけで十分だった。それだけで、全てが十分だった。
同じような目にあった二人の間に、大した言葉などいらなかった。ヘロディアは、男に蹂躙されたはずの少女は、そっとアンティパスにもたれかかってきた。アンティパスは彼女の肩を抱き、言った。
「ねえヘロディア。……僕はあの日、君のそばにいたんだ。父上は気付いてなかったみたいだけれど……」
彼は空に輝く三日月と同じように可憐な唇で弧を描きながら、そう言った。ヘロディアはそれを聞き、ちょこんと首をかしげた。
「僕ね。数日前、占星術師に抱かれたんだ。とても気持ちがよかった……素敵な夜だった」
ヘロディアは、無言のまま、じっとアンティパスの猫目石の義眼を見つめていた。そして、彼の言葉をしっかりと聞いていた。
アンティパスはそっと、彼女を抱き寄せる手に力を入れた。ヘロディアはただじっと、彼の目を見ていた。
「君にも教えたい。あれは、痛みを忘れるものであって、はじめてその名を名乗れるものなんだ」
ヘロディアはその言葉をじっと聞いていた。アンティパスは彼女の返答を待っていた。彼女が拒否する、と言うことを考えなかったのは、何も彼が強姦された女性の痛みをわかり得ないほど幼かったからではない。いや、それどころか彼は、それに非常によく似た恐怖をその身を持って味わったのだから、分からないはずがなかった。
ヘロディアはしばらく黙ったのち、そっと彼のもとにその白い顔を近づけた。アンティパスは三日月の光の下で、彼女に口づけした。
ヘロディアが「初めて」男に抱かれたのは、その日だった。


一連の事を聞き終えて、パンテラは震えた。なんという運命に襲われたのだろう。このヘロデの家は、この目の前の子どもたちは……。
「大体わかった?」
アンティパスは話している間中ずっと、笑っていた。
「笑顔がね、張り付いて取れないんだよ。笑顔が亡くなっちゃうのが、怖くてさ……」
彼に肩を抱かれるヘロディアは、パンテラにはさほど興味も示さず、ずっと赤い月を見つめていた。宴会場の方が騒がしい。そろそろ宴会の始まりだろうか。
だが、その騒がしさに隠れるように、また少し、ほんの少しだけ、うめき声が聞こえてくるような気がする。
「王子殿下……」
彼は声をかけようとした。だが、アンティパスがそれを遮る。
「いいよ。同情の言葉は結構。言葉なんかより行動をくれよ……貴方が僕と寝てくれれば、僕はそれで満足なんだ」
「なにを……」パンテラは言う。
「何をって、さっきまでの話聞いてわかんないの?」
彼は前髪をおろし、パンテラを見つめる。
「快楽だよ。快楽だけが、僕たちを救ってくれる。普通の子供が受け取って喜ぶようなもので満足するには、僕は、ヘロディアは、もう、傷つけられすぎたんだ」
ゆっくりと、アンティパスはパンテラにしなだれかかった。赤い月の光に照らされたその可憐な顔に、パンテラの心臓も鼓動をうつ。
「……できません」
しかしパンテラは、苦しそうにそう言い、すっと立ち上がった。
「どうあっても、お受けできません。お許しください。王子殿下」
「ああ、そう……」
アンティパスは、特に強く追いかけることはなかった。東屋を離れようとするパンテラに対して東屋の長椅子にちょこんと座ったまま、彼は言った。
「ねえパンテラ、この世に絶対的な救いがあると思う?」
パンテラはその言葉に、何も返せなかった。だが、アンティパスは自分で言う。
「無理だよ。そんなの、無理なんだ……だから救い主なんて、現れっこないんだ」

晩餐の間中、パンテラは落ち着かなかった。あいも変わらない豪奢すぎる宮殿の中で、豪華な酒を飲み、ローマ風の食事を食べながら、心はずっと、アンティパスの事を考えていた。そして、彼の心をもっと沈ませることも、その宴席、アンティパスとヘロディアは参加していなかった宴席で起こった。
「……パンテラ将軍殿」
宴会が進んだ頃、アルケラオスが、彼に声をかけてきた。
「はい、なんでしょう……」
怯えがちに言う彼を、アルケラオスは父親譲りの目で見下すように睨みながら、言った。
「先ほど、貴方が中庭にいるのを見ました。アンティパスに何か吹き込まれましたか」
「……それは……」
「一つ、言っておきたい」彼は言った。
「何も言わないほうがよろしい。我々は、何も悪いことはしていませんよ」
「そんな……そんなことが、ありますか!」
パンテラは吐き出すように言った。
「あんな小さな子たちを見捨てて、何も悪くないなんて、そんなことがありますか……!」
「生きたいことが、罪ですか!」アルケラオスはヘロデには聞こえない程度に、しかし確実に声を荒げて言った。
「私もフィリッポスも、兄弟たちと同じ道をたどることを怖く思うのが、罪ですか。処刑されたくないと、自分の心に嘘をついても、自分だけは生き残りたい、あの父の機嫌を損ねたくないと、父に殺されたくないと、そう願うことが罪だと、貴方はおっしゃるのですか!?」
耳障りなほどうるさく鳴り響く音楽に隠れるように叫ぶその小さな叫び声は、まるで地下牢の中の王子の叫び声と同じだった。
「パンテラ殿、もう一度言うぞ。何も言うな!あなたに私達が救えるか、父を正気に戻せるのか!何もできないのなら、せめて黙っていろ!私たち自身が、なによりも父に近い私たち自身がこの家はおかしいと自覚していないとでも、貴方は思っているのか!」
そう聞いたとき、パンテラには自分がなぜ、この王宮をずっと怖がっていたのか、何もかもすっかり判ったような気がした。
被害者だ。全て、被害者にすぎなかった。
「申し訳、ございません……」
パンテラはそうつぶやき、言葉を途切れさせた。宴会場の絹のカーテンが大きく開かれ、空の赤い月がありありと見えた。
赤い月の夜は不思議なことが起こると、口々に周囲が話す中、パンテラは思った。不思議なことが起こればよい。せめて不思議なことでも起こらなくては、誰も救われるまい……しかし、おそらくこの夜は、ただ月が赤いだけの、いたって普通の夜なのだ。

「赤い月……」
メルキオールは東屋の中、アンティパスとヘロディアとともにハオマを飲みながら、ぼんやりと空を眺めて呟いた。
「あれも違う……いつ見えるのだ、私の見るべき証は……」
「ねえ、メルキオール」
アンティパスが猫なで声で言う。防寒用のショールを脱ぎながら。
「そろそろ寝室に行こうよ。今日は、ヘロディアも一緒に……」
「うん、そうだな」
メルキオールは二人の手を引いて、立ち上がった。地下牢からはまだかすかに、声が聞こえていた。

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feat: Mary and Joseph 第十三話

自分が生まれてくる前ヘロデがどうだったかなど、アンティパスにわかるはずがない。アンティパスが生まれたその時に、すでにヘロデは今のような人物だった。
父の穏やかな顔など、見たことはない。父の笑顔はめったに見ない。見たとしても、非常にいびつなそれでしかない。
そして、兄たちもどこかお互い憎しみ合っているようだった。小さなアンティパス、母がユダヤ人の中でも差別されている立場にあるサマリア出身の出でしかないアンティパスはその憎しみの中にはかろうじて巻き込まれずに済んでいたものの、彼の両の眼はずっと、ぎすぎすした兄たちを見据えていた。
兄の一人、アリストブロスはアンティパスにいささか優しくしてくれた。自分の母とそう歳も変わらない年齢の離れた彼に、アンティパスも懐いた。彼は自分の家に疑問をもつアンティパスに、何のためらいもなく王家の事情を全て話してくれた。

アンティパスが生まれるずっと昔にすでにヘロデ王に処刑されてしまった、ハスモン家の血を引く貴人マリアムネ。美しく、気高くも優しい彼女を誰もが愛した。そして、ヘロデこそ、この世で一番、彼女を愛していた。彼女のために、この世で一番最初に愛したはずの女、先妻を離縁してしまったほどだ。
しかし、ヘロデは彼女の弟を殺してしまった。自分の王位をあいつはいつか奪うと、そのような強迫観念に駆られすぎた結果なのだと、今になってアンティパスにははっきりわかった。
ヘロデも変わり、マリアムネも変わった。穏やかな貴婦人然とした姿はどこへやら、口汚く夫を罵るようになった。ヘロデはそんな彼女の変貌に痛く心を痛めていたようだった。二人の子供であるアリストブロスは兄弟であるアレクサンドロスとともに、ずっとそれを見ていた。見ているだけで、何も言えなかった。どうしても。親の争いに、子供が口を挟めるはずはなかった。
マリアムネがローマの将軍と密通しているだのと言ううわさが飛ぶたびに、ヘロデは激しく慟哭し、子供たちを怯えさせた。
やがてある日、マリアムネの祖父が処刑された。理由は、彼の孫と同じだった。彼は王家の出ですらないヘロデを嫌い、彼を引きずりおろそうと反乱を企てたのだ。しかし情報が筒抜けになり、ヘロデは王として、当然のごとく彼を処刑した。そしてそれはそれはマリアムネとヘロデの、ぼろぼろになった関係に止めを刺すには十分すぎる事件だった。
アリストブロス自身も、あの時何があったのか、よく覚えていなかったらしい。ただただ、恐ろしかった。父と母の間に飛び交う憎しみが恐ろしかったと、彼は幼いアンティパスに語った。
ただ何よりも鮮明に焼き付いている出来事があった。アリストブロスが最後に覚えている、母の言葉。夫に向けられた言葉が、彼の耳に焼き付いて、離れなかったらしい。
「王家でもない、ただの下賤な血のくせに!」
母の言葉を、彼はそれ以上聞けなかった。次に母と会った時、それは彼女が死んだ時だった。美しいマリアムネは、かつて彼女を心底愛した男であったヘロデの手で、弟と、祖父と同様に処刑された。

何故、アリストブロスはそのことを語ったのだろうか。彼はおそらく、伝えたかったのだ。父がいかにひどい存在であるかを。
彼は、父を殺そうなどとは思っていなかった。それだけは確かだ。しかし、同時に父をこの上なく恐れ、憎んでいるのもまた同じだった。せめて、せめて彼は父にまつわる真実を、何も知らないヘロデに教えようとしたのかもしれない。

マリアムネが死んで、ヘロデの被害妄想がマリアムネの子供のもとに行くのは、無理のない話だった。アリストブロスはそのことにひどく怯えていたのを、アンティパスはよく覚えている。
マリアムネのために打ち捨てられたヘロデの長男が、やがて帰ってきた。それがアンティパトロスだった。彼もそして同様に、アレクサンドロスとアリストブロスを憎んでいた。彼にとって彼らは、なにも悪いことなどしなかった自分の母と自分を打ち捨てさせた張本人であり、また、自分の立場を脅かし得る存在なのだから。
アリストブロスは声をひそめて、アンティパスにこう語った。
「アンティパトロスは、私たちをいずれ陥れて、処刑しようとするだろう。でも……でも、私たちが一体、彼に、何をした!?」
何もしなかったはずだ。
でも同時に、取り返しのつかないことを、ただマリアムネの子として生まれた時点で、してしまったのだ。
アンティパスはその時、ぼんやりとそう考えていた。だから信頼する兄の必死の慟哭であっても、彼と一緒にアンティパトロスを憎むこともできなかった。彼はただ、言いようもなく苦しくなって、アリストブロスの胸に抱かれた。

アレクサンロドスとアリストブロスは、いつの間にか死んだ。ヘロデを裏切り反乱を企てていたという、嘘か誠かもわからない沢山の証拠とともに、彼らは処刑された。


彼は父についていって、アリストブロスの宮廷に行った。使用人たちの静止など何の役にも立たず、ヘロデとその親衛隊はアリストブロスの家を好き放題略奪した。その中、ぼんやりとその場に居たアンティパスは、ある少女を見た。
それがアリストブロスの娘であった、ヘロディアだった。
彼女を初めて見たわけではなかった。アリストブロスの館に行くたびに彼女とは顔を合わせた。穏やかな笑顔が美しい、とてもよくしゃべる、きれいな少女。アリストブロスは彼女の事を、こう言っていた。
「ヘロディアは、美しい……本当に美しくて……死んだ母上に、まるで生き写しだよ」
そう聞かされていたから、アンティパスには目の前で起きた一連の事の意味が、ぼんやりと解った。今までにないほど恐ろしい祖父におびえるヘロディアと、その前に立ってただただ、じっとヘロディアを見下ろすヘロデ王。彼は、何を見ていたのだろうか。きっと彼は、ヘロディアに、マリアムネに生き写しのヘロディアに、マリアムネを見ていたのだ。誰よりも愛し、その何倍もの憎しみを注いだ彼女を見ていたのだ。
彼は物陰でそれを見るアンティパスには気づかないまま……最も気づいていたとして、何の関係もなかっただろう……ヘロディアの小さい、細い体を殴りつけた。泣き声と叫び声が混ざり合ったような声を上げて、ヘロディアは大理石の床に倒れた。
アンティパスは恐ろしさに、体が硬直した。ヘロデは殺意よりも、もっと恐ろしいものをヘロディアにぶつけているかのようだった。彼は小さな孫娘の体に覆いかぶさった。そして鈍い音を立てて彼女のドレスを引き裂き、彼女の柔らかい二本の足を無理やり開いた。
普通の人間を愛するよりも何千倍も強かった愛。そして、それを凌駕する何万倍もの憎しみ。ヘロデがマリアムネに持っていた感情は、そのようなものだったのだろう。だが、十にも満たない少女の体が受け止めるには、それはあまりに膨大過ぎた。
その時、はっきりとアンティパスは見た。ある瞬間、苦痛にわめくヘロディアの顔が、すっと無表情になった。涙は止まり、叫び声を上げる小さな口はふさがり、祖父に許しを求めて嘆願していた目は何の感情もたたえずに虚空を見つめた。
感情を生かしたまま受け止めるには、彼女に与えられた苦痛はあまりに膨大過ぎたのだ。アンティパスには、それが何より、恐ろしかった。
「何をしているんだい」後ろから何者かが声をかけてきた。
それはアンティパトロスだった。彼は笑って、あくまで幼い子供を諭す口調でこう告げた。
「子供が見る物じゃない。お父様を邪魔しても、いけないよ。さあ、あちらに行こう」
彼はそっとアンティパスの手を握って、引きずっていった。アンティパスは、彼に異常を見た。政敵を殺した男の顔ではなかった。彼はただ、怯えていた。彼の手は汗に濡れて、声は震えきっていた。
「お父様の機嫌を損ねては、いけないよ」
彼は小さく、小さくそう言い足した。

その感覚は正解だった。アンティパトロスは、まるでアリストブロスと同じ人物のように、アンティパスの目に映った。彼もただ、ひたすら怯えているだけだった。
「兄上様」ある日、アンティパスは彼に言った。「なぜ、アリストブロスの兄上達が死んでしまわれたのに、そんなにお苦しそうなのですか?」
「私は、馬鹿だったよ」彼は絞り出すように言った。「彼らを殺したのは、この私だ。私が、彼らを誹謗中傷したから、父上は彼らを処刑されたのだ。彼らが、憎かったから……」
アンティパスには、もうそのあたりの事は分かり切っていた。驚きもしなかった。そのことには特にアンティパトロスも驚かず、代わりに続けた。
「だが。違った。違ったのだ。私は、罪を犯してしまった。その罪がいつ自分の身に降りかかるのか、耐えているのが恐ろしい。早く、王になりたい。父上はいつまで生きているのだ。私は恐ろしい。あの父上が、いつまでも、いつまでもイスラエルに君臨していることが……」
彼は震えながら、そう言った。
「私が殺そうと憎むべきは、アレクサンドロスとアリストブロスではなかった」彼はぼそりと、彼ら以外は誰もいない空間で、そう言った。

やがて王宮に、アンティパトロスが父を毒殺しようとしていたという話が流れた。証拠や証言が次々と流れる中、アンティパトロスは牢に投獄された。
彼は必死で喚いていた。だがそれは無実を訴える声ではなかった。かわりに、父がいては、イスラエルの終わりだ、と、ずっとずっと喚き続けていた。

その一連の事が終わって、アンティパスは疑惑に駆られた。どうしてあの兄は、そんなことをしたのだろう。黙っていれば王位につけるのに、なぜ毒殺などたくらんだのか。
彼はそれが疑問だった。だから、それを父のもとに話に行った。
「証拠はそろっている!」険しい顔をした父は、ただそう言うだけだった。それでも彼は、疑惑が晴れなかった。彼はそっと、アンティパトロスの閉じ込められた地下牢に向かった。

「兄上がアリストブロスの兄上を殺そうとしたのは、わかるのです。兄上の母は、離縁されたのですから。僕の母もほとんど見向きもされておりません。お気持ちは分かります。」彼は淡々と言った。
「父上も、貴方も、王位のために動いていました。そこまでは分かるのです。でも、どうして、王位継承が確実になった兄上が、わざわざ父上を殺そうとなされたのですか?」
アンティパトロスはそう質問してくる弟を見据えながら、ため息をついた。
「なぜ、君のような子供がそんな疑問を持たなくてはならないのか……」
そう悲しげに言った後、彼ははっきりと言った。
「アレクサンドロスとアリストブロスに、申し訳が立たない。私は、殺すべき相手を見誤ったのだよ。アンティパス、君にも、分かる。悲しいことだがどうしても、いずれ分かってしまうよ。君も、あんな人の息子として生まれてきてしまったのだから」
アンティパスは言い返した。
「父上は死ぬべきと、そうおっしゃるのですか?」
「そうとも」彼ははっきり言いかえした。
「人間として引き返せないところに、父ははまってしまったのだ。父の一番傍らに立つものになって初めて分かったよ。あまりにも遅い気付きだったが……ダビデを疑うことを止められなかったサウル王のような……誰もかれも自分を裏切るのだと信じて、殺せば殺すほどその考えが染み付くような人間に、父はなってしまった」

アンティパスはその言葉を聞いたのを最後に、地下牢を去った。自分にもいつか分かる。彼の言葉が真実であると。その言葉を反芻しながら……。
だが、その言葉がすぐに真実になるとは彼もアンティパトロスも思っていなかっただろう。地下牢から出てきた彼を、父が見ていた。彼は父に挨拶したが、その時、ぎょっとした。父は恐ろしい目つきで彼を見ていた。
「アンティパトロスの所だな?何を聞きに行った?」彼は言った。
「大した話では……」
「嘘を突け!」
大声を出して、父はアンティパスの肩を抑え込んだ。
「さあ、はけ、計画を吐け!」
「計画?」アンティパスは怯えながら言う。「おっしゃることが、良く分かりません……」
「白を切るな!」彼は言った。
「アンティパトロスを無罪にしようと私に話しかけてきたくせに!」
「な、なんですって……?」
誤解だ。
自分はただ、聞きたかっただけだ。それなのに、父の中では、自分とアンティパトロスがつながって、ひいては暗殺計画に自分まで噛んでいるということになってしまっているようだった。
「違います、父上。僕は……」
「その言葉が証拠だ!裏切り者はみんなそう言う、罪人はみんなそう言う!」
自分をぎらぎらと見下ろす父の目を見て、アンティパスは体を動かせないまま、思った。そうか、これだ。これが、アンティパトロスの視た世界なのだ。そして、アリズトブロスの視た世界。ヘロディアの視た世界。ヘロデに殺された人々が見た世界なのだ。この世界を見たからこそ、殺すべき相手を間違えた兄は、今度こそ、正義を行おうとしたのだ。
「吐け!」ヘロデは詰め寄った。
「前々から、貴様は不気味な子供だと思っていたのだ。次に王位を脅かすのは、貴様だろう!」
半狂乱に叫びながら、ヘロデはずいと手を伸ばした。そしてそれは、アンティパスの左目に伸ばされた。
アンティパスは激痛に悲鳴を上げた。「吐け!吐け!」父はそう叫んで、アンティパスの眼球を無理やりに掴んだ。
ぶちリぶちりと何かが切れる感触があった。気が狂ってしまいそうな痛みとともに、アンティパス左の視界が、忽然と消え去った。アンティパスがよく見ると、自分の左目は無残に破裂して、父の皺くちゃになった手をどろりと汚しながら、その中に納まっていた。
「……本当に、関わっておらんのか」
片目を失い、痛みに崩れ落ちた幼い息子を目の当たりにして、ヘロデは震える声でそう言った。アンティパスははいともいいえとも言えなかった。痛みのためにうめき声をあげるだけだった。
「だとしても……」父は震え声で言った。「貴様が不気味な奴なのは本当だ!」
彼は振り向きもせずに走って、去っていってしまった。

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feat: Mary and Joseph 第十二話

ヨセフがいなくなって、マリアは数日寝込んでしまった。彼がいなくなった直後に、熱を出してしまったのだ。
結局ほどなくして、やはりヨアザル自身の口から事の顛末をすべて聞かされた。「お前を心配しているからだ」「お前のためだ」と言う言葉とともにそう言われて、マリアに何も言い返す権利などなかった。
結局、それだけの関係なのだ。自分とヨアザルは。若輩者と年長者、女と男、未成年と後見人。従わなくてはならない立場のマリアには何も言う権利がない。
ヨアザルには感謝している。家族のようにも思っている。でも、彼との関係におけるこういうところは嫌いだと、彼女ははっきり思っていた。ヨアザルは時として、とても怖い。
なぜ、これほどにも体中から力が抜けるのだろうと自分自身で考えてみても、考えてみればみるほどヨセフを失った喪失感が襲ってきて、熱の苦しさと相まって一層辛くなった。おまけに頭痛までしてきた。
窓の外から金槌の音が聞こえる。昨日までとその音色は同じはずなのに、もっと冷たく、もっと空虚なものとしてそれは鳴り響いていた。
「盗人の家系の子供、神から呪われているろくでなし」と、ヨアザルはヨセフの事を言っていた。何を根拠に彼はそんなことを言うのか、あの指輪の正体を結局知らされなかったマリアにそこまでは分からない。でも、少なくとも彼女には、ヨセフ自身が神に呪われているとは到底思えなかった。あの彼が呪われるのならば、このイスラエルなどとっくに神に憎まれ滅ぼされているのではないかとすら、彼女にはぼんやり思えていた。
それでも、何も言えなかった。神に直接仕えるヨアザルが言うならそうかもしれない、と思ってもしまう。そんな自分を、マリアは、生まれて初めてと言ってもいいほど激しく嫌った。
倒れてしまった自分を優しく受け入れて、仕事や勉学をせかしはしない周囲の少女たちの存在が、彼女にとって大きな救いだった。

パンテラは数日間の間、神殿に通い続けた。ただマリアは倒れてしまっているし、まさか彼が少女たちの寮には入れるはずもなく、たいていはその場ですぐ引き返していた。
ただ三日目の日に、ツェルヤが「お送りしますわ」と言って、そのまま付き添ってくれた。「聞きたいお話もあるんではございませんの?」と淡々と告げて来る彼女の存在を、パンテラは非常にありがたく思った。
「マリアちゃんは、どうなんだい?」
「そろそろ熱も下がって来ていますわ。もうじき、治るでしょう」彼女は言う。
「よかった……」
パンテラは、なんといっていいか分からなかった。マリアが倒れたのは熱のせいだろうかと確証が持てなかったのだ。ただ、ツェルヤの方からその話を始めた。
「残念なことですわ。あの子たちは、こんな形で離れていい関係じゃなかった。まだお互いの気持ちもはっきりわからない年なのに」
パンテラはその言葉にハッとする。「……そうだね」と、彼は返した。
「……ヨアザルどのは」
「はい」
「なんで、ああもヨセフ君を嫌ったんだね」
ツェルヤはしばらくの間無言でいたが、「……殿方のわがまま、と言ったところなのでしょうか。もっとも、私に男心は分かりませんわ」と告げる。
「自分の娘を手放す殿方の心情とは、どのようなものでしょう?私の父は、あんな態度はとりませんでしたわ。それは父とカイアファが仲が良かったから、ただそれだけなのでしょうか……」
「分からないね。私にも、妻もいないし子供もいないから……」パンテラは目を伏せがちに言う。
「パンテラさん。私、もうじき神殿から去りますの」
「え?」
「カイアファと夫婦になるんです。少女の時間は終わり。もう夫人になる必要があるんですわ」
まったく自然に、彼女はそう言った。パンテラは少しの沈黙の後、「おめでとう、ツェルヤさん」と微笑んで言った。
「ありがとうございますわ」彼女は上品に笑う。
「ツェルヤさん、貴女は……」パンテラは、先日のカイアファの事を思い出していった。「彼の事を、愛しているのかい?」
「ええ」迷わず返す彼女。「……パンテラさんの意図もわかりますわ。でも、彼はあれで、可愛いところもありますの。昔からずっと愛していますわ。心の底から」
「そうか……それは良かった」
空気が少し涼しい。もうじき冬だ、とパンテラには分かった。
「いつかは結婚して、いつかは子供を産んで……少女はいつかそうなるものですわね。少なくとも、この時代、このイスラエルでは……」
ツェルヤはそう、ぼそりと呟いた。
「そうだろうか」パンテラは言う。「それだけが人生かね……」
「だから、この時代と申しましたわ。これ絶対不変な真理かどうかなんて、私ごときにはわかりかねます。いいえ、それどころかむしろ私たちの本心はそんなものだけではないと、少女たちだけで暮らしていれば分かるものもございますもの……でも、結婚するまいと子供を産むまいと、おそらく不変の事もございますわ」
「どんな?」
「子供は遅かれ早かれいつか、一人前に成長します。それは、絶対に変わらない真理ですわ」


マリアは自分の額を触る。熱がだいぶ引いていた、ただ、体は相変わらず、だるい。体中が重くなってしまったようだ。頭痛はむしろひどくなっている。
「……ヨセフ……」
彼女は呟く。その時、扉が動いた。ヨアザルか、仲間の少女たちか、と思ったが、現れたのはどちらでもない人物だった。
「アンナ先生……」
「マリア。熱が下がったって聞いたわ。楽になった?」
アンナはしわくちゃの顔でそう笑う。彼女の柔らかい笑顔は、マリアを少し癒してくれるような気がした。
「ええ、少し……」
「よかったわ。ゆっくり、おやすみなさい」
彼女はまだ少しだけ熱の残るマリアの頬にゆっくりと触れる。アンナの普段は暖かい手が、今はとても冷たく感じる。
「マリア、神様をお信じなさい」
彼女は年の割に綺麗に歯の残る口で、そう言った。
マリアは彼女にもたれかかる。しばらく、両親にも会っていない。彼女はどうしようもなく、さびしかった。自分の母親と同じ名前をしたこの教師に、彼女は精一杯甘えた。彼女はそれをはねのけなかった。
「ヨアキムさんたちに、連絡を取る?きっと、来てくれるわよ」
マリアはその言葉に、うなずいた。
彼女のもとから去ろうとするとき、アンナは立ち止り、首をかしげて告げたした。
「マリア、まだ、隠していることがあるのではないの」
マリアはその言葉に、恥ずかしそうにうなずいた。そして、血で真っ赤に汚れた下着を、アンナの顔もろくに見れずに、差し出した。
アンナは怒らなかった。それを受け取って柔和な表情を浮かべ、「あなたも大きくなったのね」と、慈母のように笑った。


何日経過しても、本当に、ヨセフは帰ってこなかった。神殿の工事をただひたすらに続ける大工たちは、あの少年がいたことなどとうの昔に忘れているようだった。
マリアの生活も変わらなかった。休みのたびに井戸端に行くことが、あまりなくなった程度だった。パンテラとは、井戸端でなくとも顔を合わせて世間話程度はした。
ツェルヤは事実ほどなくしてカイアファに嫁ぎ、神殿から消えてしまった。少女たちは皆涙を流して彼女との別れを惜しんだ。しかし、ツェルヤがいない生活にも、マリアはいつの間にか慣れた。
ヨセフがいなくなっても、ツェルヤがいなくなっても、マリアだけはただ、神殿に留まり続けた。




その日、パンテラはヘロデ王の宮廷に招待されていた。占星術師たちも数か月ぶりに訪れているようだった。曰く、月食の観測される日だという話しだ。
しかしメルキオールの姿は見えなかった。彼は、それに若干の安心を覚えた。

彼はいつもの通り、ヘロデの宮廷から感じる不気味な雰囲気を受け入れつつ、ヘロデ王と上の王子たち、アルケラオスとフィリッポスとともに話していた。
「恐れる必要はありません、陛下」彼は恭しく言う。「皇帝アウグストゥスにとって、貴方様はいつまでも友であり味方であると、皇帝陛下直々におっしゃっておりますとも」
「本当か」そう言ってくるヘロデの声は震えている。「本当なのだろうな」
「はい」
二人の王子たちも、父を必死に励ましている。やがてようやく落ち着いたと見えて、彼は「……よろしい。私も安心した」と言った。
「私も長くはない……」
「父上、何を言われますか」
そんなことをおっしゃらず、とパンテラが言うより前に、間髪をいれずアルケラオスが言う。「父上は偉大であらせられます。ダビデよりも、ソロモンよりも。ですから、どうか長く生きてくださいませ」
「……よろしい」
ヘロデは震える声で「晩餐としよう。用意をさせる。パンテラ。貴方も、呼ばれるがよい。今宵は不思議な夜だそうから」と告げた。
「は、お言葉に甘えまして」パンテラは礼をした。


晩餐の準備の間、パンテラは宮殿を散歩していた。嫌なほど金に輝いている宮殿を。
見れば見るほど、宮殿は完璧と言っていいほど美しく見える。しかし何かが欠落しているのだ。何かが……。
月食は始まっていた。もっともあまりこういうことに明るくないパンテラには、言われてみなければわからない。
そう考えていると、パンテラの耳にふと、うめき声が聞こえた。
「(!?)」
彼は驚いて、うめき声がどこなのか、探す。四方には、何もない。頭の上では、欠け始めた、赤く染まり始めた月があるだけだ。
「(下……?)」
彼は急いで、地面に耳をつける。確かに、うめき声、いや、今となっては叫び声はそこから聞こえていた。彼はひやりとした。
地下に居る彼の声は、確かに叫んでいた。だがそれは厚い地面に覆い隠され、気をつけなくては聴けもしない小さな声になっていた。

ふと、パンテラの視界に絹でできたドレスの裾が目に入る。目の前の彼女はずっとその場に屈みこんだ。パンテラが目を開けると、自分をじっと見下ろす、幼い美貌がそこにはあった。
「ヘロディア殿下」彼はフィリッポス王子の婚約者である少女に自らの非礼をわびる。ヘロディアは何も言わなかった。ただじっと、ローマにある女神像のように整った、全く動かない表情のまま、パンテラが耳を当てていた場所の下を指さした。
「……殿下」彼は震える声で言う。「な、何が、あるのですか?この、真下に……」
ヘロディアはやはり、答えなかった。まぶたをピクリとも動かしもせず、うつむきもせず、パンテラを見つめていた。彼女は本当は言葉の通じない異国人なのではないかとパンテラが疑問に思うほどだった。
彼女は徐々に赤くなる月の光を浴びて、こつこつとうめき声を吐き出す地べたをつついていた。じっと、動きもしない宝石の目でその下を見つめるように……。
やがて力尽きたのか、声が聞こえなくなったころ、ヘロディアは無言のまますっと立ち上がった。そして、パンテラの裾を掴む。
着いて来いと言うことなのだろうか?とパンテラは怪訝に思う。問いかけると、ヘロディアはこくりと縦に振った。
皆晩餐の準備でてんてこまいなのだろうか。中庭は非常に静まり返っていた。物言わぬ美少女はしずしずとパンテラを、ギリシャ風の柱で飾られた東屋に案内した。
「おや?パンテラ将軍。ヘロディアも……」
そこには、アンティパスが一人、金と紫の布に包まれた長椅子の上にちょこんとその細い体を横たえていた。彼の薄い衣装ははだけ、柔らかい肌が露わになっていた。周囲には、異常な芳香を放つ液体の溜まったガラスの瓶と、グラスがあった。
「嬉しいね、また会えたとは」
「殿下……?なんですか、それは」
「ハオマ酒だよ。メルキオールからもらったんだ。拝火教の酒さ。普通の酒より、ずっといい気持ちになれる……」
体を起こして椅子に座りながら、舐めるように自分を見てくるアンティパスの視線をやりすごしつつ、パンテラは疑問を呈した。
「殿下、あなたのようなお年で酒を飲むものではございません。……この中庭の真下には、何かがおありですか?」
「聞こえたの?」
彼は笑う。「はい」パンテラが答えると、アンティパスはヘロディアのか弱い肩を抱いて隣に座らせ、「牢獄だよ」と言った。
「誰が閉じ込められていると思う」
「……どなたですか?」
「ヘロデ・アンティパトロス……なんて、言えばいい人なんだろう。複雑だからね」
彼は子供にしては低い声でそうつぶやく。
「僕や兄上たちの兄……父上にとって初めての長子……」
「え……?」
「つい数年前、父が自分の王位を奪おうとしていたという容疑で処刑した、アレクサンドロスとアリストブロスの兄上の処刑に全面的に協力していた、あれ以来父上が一番大切にしていた息子……そして、つい数か月前に、自分も父を怒らせて逮捕されてしまった人……」
ヘロデは指折り、アンティパトロスという王子に関しての情報を言っていく。一つ一つ彼が言葉を重ねるたび、月が赤い光を増すようだった。
「だから……アリストブロスの兄上の娘である、このヘロディアの仇でもある人……」
「殿下……?申し訳ございませんが……」
パンテラは、言葉が進むたび頭がくらくらと混乱するようだった。
「それで……僕の目がこうなった、間接的な原因でもある」
彼はゆっくりそう言って、左目を隠す前髪を掻きあげる。
パンテラは、絶句した。
アンティパスの左目にはまっているのは眼球ではなかった。非常に見事な猫目石の球だった。それはずんずん赤く染まる月の光を受けて、怪しげに輝いていた。
「いったい、貴方の家に何が……?」
「聞かせたら、僕の寝床にいっしょに行ってくれるかい?」
けろりとそう言葉を吐くアンティパスにパンテラが言葉を詰まらせていると、ふわりと彼は唇を動かす。
「冗談さ、座りなよ」
彼はヘロディアの反対側をポンと小さな手でたたく。
「何から話せばいいのやら……」
言われるままに結局その場にふらふらと座り込んだパンテラに、アンティパスは語り始めた。

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feat: Mary and Joseph 第十一話

パンテラはヨセフが心配だった。ある日諸用で神殿に来た時も、やはりそのことを心配していた。
彼らの働く作業場にそっと足を運びもした。幸いその時は虐められてはいないようだった。彼はパンテラに気づくことなく、黙々と煉瓦を積み上げていた。
大人の中に混ざって働く少年の姿は、違和感のないものだった。ヨセフは全く周囲と同じ存在としてそこにいたのだ。それが、何故だかパンテラには悲しい事実のように感じられた。
声をかける気にもなれず引き返したパンテラを、カイアファが呼びとめた。「どうかなさいましたか?」と言ってきた彼に、パンテラは大体のことを語って聞かせた。
「なるほど」と驚きもしないカイアファにパンテラは、なんでそんなに薄い反応なんだい、と聞く。
「まあ、ありそうなことじゃないですか?男の世界ってのはね、時としてそう言うものでしょう。貴方も軍隊にいるならわかりそうなものだけれど」
「……否定出来る事ではないが……」
「貴方が注意すれば、かえって彼がもっと虐められることになる。それは本当でしょうね。虐めるっていうのは相手を対等な存在として見ていないってことです。その価値観は赤の他人に何か言われたくらいじゃ変わりませんよ。『対等な相手を虐げているなどけしからん』と『謂れのないこと』を言われてストレスを受けたから、それならばと『虐めて当たり前の相手』を虐めて発散する。その程度のサイクルが起きるだけです」
「なら、私はどうすればいい」
「どうもしなくていいんじゃないですか?」彼は笑った。
「他人が解決できることじゃないですよ」
「何を言うんだ!」パンテラは声を荒げた。「そんな理由で人が不当に傷つけられて、良い物か!」
「では、人に何ができます?」カイアファは涼しい顔で言った。
「そういうものなんですよ。少なくとも今は、そういう時代なんです。今がそういう時代なら、それに迎合するしかないじゃないですか。時代に迎合できなきゃ、死ぬ。当たり前じゃないですか。あの物わかりの悪い、貧乏なファリサイ人たちと同じことを考えないで下さいよ。貴方はローマ市民なんだから」
その言葉を聞き、パンテラはぞくりとした。目の前の、まさにあのヨセフの先輩たちと同じような思考をし、それに悪びれてもいない少年の存在に。
カイアファは自分がどのようなことを言ったのか、分かっているんだろうか?彼はおそらく、分かっているようにすら見えた。ただ、それが悪いことだと思っていないだけの事だ。
「ほらね、あそこにいるように」
カイアファが笑いながら指さすその仕草が、パンテラには恐ろしく感じた。指さした先にはヨアザルがいて、先ほどからの話が聞こえていたのだろうか、恐ろしい形相で二人のもとに近寄って来たが、パンテラの発言は彼を意識したものではなかった。
「私も……シドンの出身だ!ローマ人じゃない!」
「市民権は持っているんでしょう?ローマ皇帝にも認められて、軍人になっているんでしょう?なら結構じゃないですか」
そう言ったカイアファの発言を遮るように、しわがれた声。
「ファリサイ派で悪かったな!成り上がり者で悪かったな!」
当然ながら、ヨアザルのものだった。憎しみに燃えたその声に、カイアファは少しも怯えていないようだった。
「僕は事実を言ったまでです。ついでに言えば、貴方が成り上がり者だなんて言ってはいませんよ。貴方が自意識過剰になっただけです」
「カイアファくん、いい加減にしたまえ!」
その光景に耐えきれず、パンテラは声を張り上げてカイアファを叱責した。
流石のカイアファも、彼に叱られるのは答えるのだろうか。びくりとすくみ上った彼に、パンテラは畳み掛ける。
「それが同じ神を信仰して、同じ場で働いている相手にかける言葉か!?彼に失礼ではないか、謝りたまえ!」
パンテラは、先日のヨセフの痣を見た時と同じような感情を、ヨアザルに対して覚えた。彼はカイアファの胸ぐらに掴みかかりそうであった。自分が怒りに燃えているのがわかった。
軍人であるパンテラに凄まれて、さすがにペンしか持たない学生であるカイアファは軽く怯えていた。だが目を白黒させる彼を見ても、パンテラは一切、自分の発言を撤回することはなかった。
だが、その空気を壊したのは、パンテラが全く予想だにしていなかった人物だった。
「余計な世話だ!」
パンテラににも負けないほどの声で、ヨアザルが叫んだからだ。
「ヨアザルどの……?」
「お前ごときに同情される覚えなどはない!薄汚いローマ人め!」
ヨアザルは心底屈辱に満ちた、と言った風に言葉を張り上げ、その場を去っていった。
庇った相手にそう言われるとは思わず呆然として立ちすくむパンテラに、カイアファが鼓動する心臓を抑えながらゆっくりという。
「ほらね?あんなものですよ」
パンテラは、何も言えなかった。何も言い返せなかったのだ。

ヨアザルは悔しかった。彼はカイアファが嫌いだった。
師匠のアンナスとともに、自分を馬鹿にしてくる彼が嫌いだ。何ごとも後ろ指さされることのない立派な身分に生まれた、まだ若い彼が嫌いだった。それに加え、神学生の中でも飛びぬけて優秀で将来有望な彼が嫌いだった。そして、自分はあんな下らない結婚しかできなかったのに、自分の師匠の愛娘、幼い時から知り合って好きあって来た相手と今度結婚する彼が、嫌いだ。
だがそれ以上に彼は、パンテラを嫌っている自分を知った。あの、神殿の少女たちにやたらと構いたがる、色男のローマ兵が、とんでもなく嫌いだと……。
彼のヒューマニズムのだしにされるくらいなら、カイアファにいびられていた方がまだましだ。パンテラに庇われるなど自分にとってはそれほどの屈辱なのだと、彼は感じていた。
彼は、神殿の少女たちの中でも、特にマリアに構っていた。そしてマリアも、彼のことを憎からず思っているようだ。
彼は乱暴に、マリアの所に向かった。仕事の予定があったが、構わなかった。今の態度で仕事に向かっても、どうせアンナスあたりにねちねちと苦言を呈される。このささくれ立った心を癒してくれるのは、彼女しかいなかった。
ファリサイ派だ、サドカイ派だ、ユダヤ人だ、ローマ人だ、そんなことを全て無視して笑いかけてくれるあの乙女しかいないのだ。

樫の木の派が、青々と茂っていた。圧倒的なほど、美しい青さだった。
その下に、マリアはいた。そして、その隣にヨセフもいた。
普段のヨアザルなら、怒鳴り込んでいただろう。また性懲りもなくそいつと会っているのか、と怒っていたはずだ。だが、何故だろうか。その時、じっと見つめ合って楽しげに会話をしている二人を見た時、ヨアザルはその場を動けなかった。
ただ、二人には見えない位置に立ちすくみ、ヨアザルはたまらない悲しみと屈辱、そして怒りを覚えた。自分の中に湧いたきわめて単純な感情を、彼ははっきり自覚できた。
彼は、悔しかった。あの無学文盲の泥棒の少年ごときに、マリアを取られたと、そんな気がして、悔しかった。

その日は別のところで仕事があったが、やはりパンテラはヨセフの事が頭から離れなかった。今日も彼の所に行ってやらねば、と言う義務感にかられ、後の事を部下に任せて彼は一足早く仕事を切り上げ、神殿に向かった。
諦めなくてはならないとは惨めなことだと思った。彼がせめて嬉しがってくれるなら、と彼は思い、急いで馬を走らせた。

神殿の入り口近くで、彼はヨセフにあった。「パンテラさん!」明るい顔で挨拶する彼の目をそっと覗きこみながら、パンテラは言った。
「今日は、大丈夫かい?」
「なんとかね」
「そうか……良かった」
パンテラは心底ほっとした。ヨセフはそれを見て「ありがとうございます」と言ってくる。
「礼を言われることなんて、何もしていないよ、私は……」
「そんなことないっすよ」
ヨセフはニコリと笑いながら、彼に言ってきた。
「昨日も言ったじゃないですか、パンテラさんがそう思ってくれるのが、おれは凄く嬉しいんです」
「当たり前の事なんだよ」パンテラは言う。「ありがたがるものでもない。当たり前の事なんだ。当たり前の……」
「そうっすか?」
ヨセフは、パンテラが絞り出すように言った言葉をすぐさえぎった。
「当たり前でも、俺を大切にしてくれる言葉なら俺は何回でも聞きたいし、そのたび嬉しいって思いますよ」
ヨセフは当たり前のように、そう言ってきた。パンテラは、それ以上二の句が継げなかった。
「考えたこともなかったよ」
パンテラはただしみじみと、そう言った。そして、ヨセフの手を優しくなでた。ごつごつとした、軍人であり、大人である自分にも負けないくらい固い手だった。
「毎日頑張ってるんだね、ヨセフ君。偉いよ。きっと将来、すごい大工になるぞ」
「ありがとうございます!」

二人をじっと、ものが言えない物乞いの老人が眺めていた。やがてその老人は、もう一人がやってくるのを見た。それをきっかけに、彼は再び目を虚空に泳がせた。誰も見ないものを見ているかのように。


ヨセフとパンテラが話し合っている。
それしきの光景を見て、もうヨアザルは自分を抑えることができなかった。理由などろくに頭に浮かばないまま、二人の所にかけていった。自分をこの上なくいらだたせる二人が一堂に会していたのだから。
「何をしている!」ヨアザルにそう叫ばれて、ヨセフとパンテラは面喰う。だって、何も特に責められるようなことはしていないのだから。
「何って……」パンテラは戸惑って言った。「話していただけですが……」
「何の用だよ、クソジジイ」
相変わらず生意気な態度を取るヨセフが、余計にヨアザルにとっては癪に障った。
「ご挨拶だな!」彼も、大人げないほど怒りに任せて声を張り上げた。
「異教徒と泥棒が神殿に居る、このことだけでも、神に対する侮辱ではないか!」
「なんですって……」パンテラは困惑した。
「仕事の都合上、神殿に入る許可は大祭司殿から受け取っておりますが……」
「だからどうした!偉大なる神の国イスラエルを異教徒のくせに支配する、ローマの汚らわしい犬がよく言うわ!おまけにその顔で神に仕える純朴な娘たちまでたぶらかしおって、この色きちがいが!」
「色きちがいとは……」パンテラはなんとか穏やかに収めようと言い返す。「誤解です。私と彼女達は決してそのような関係では」
「言い訳無用!巫女を犯すような色情狂の神の子に創られたなどと言っている汚らわしい国の民の言うことなど信じるか!」
「そんなことを持ち出されましても……」
「ここは神の家、神を信じぬものに、入る資格などない!サドカイ派は認めても、私は認めん!」
パンテラの話を聞くこともなくまくしたてるヨアザルに、ヨセフはあからさまに嫌な顔をした。
「おいジジイ、パンテラさんを馬鹿にしてるんじゃねえよ」彼はヨアザルに遠慮して強くは言い返さないパンテラの分も、と言わんばかりに敵意をたっぷりこめた視線でヨアザルを睨みつける。「お前よりはずっとやさしくて、いい人なんだよ!」
「ふん、泥棒は泥棒で、良く言うわ……!」
ヨアザルも、全く引く様子はない。
「迷惑なんだ、お前がいると!お前のような学もない、ダビデの家を汚した泥棒が神の神殿にかかわるなど、神が許されるわけはない!神は、お前のようなものを何より憎まれるのだ!お前がいると迷惑だ!誰もがお前を嫌っているんだぞ、わからんのか!マリアだとて、お前のような下品な少年に付きまとわれていると、迷惑なんだぞ!」
「んだと……?」
「出て行け!神がお怒りにならぬ前にな!」
ヨアざるは喉を千切らんばかりに言う。ヨセフに関して持っていた鬱憤を、一気に吐き出そうとしたのだ。彼の頭からはすでに理性と名のつくものは消えていた。あるのはただ、ヨセフに対する苛立ちだけだった。
「マリアに付きまとうな!あれは神に仕える清らかな娘、お前のような汚れた存在がそばにいて、心底困っているのだ!」
「冗談云うんじゃねえよ……」
パンテラは驚いた。ヨセフは信じられないほど低い声で、言った。
「マリアがそんなこと思ってる訳ねえだろ」
「ふん、字もわからなものに何が分かる!」
「分かる!それに、今はもう字だって読めも書けもできるようになった!お前たちは全く手を貸してくれなかったけどな!」
「当たり前だ、お前のような盗人に、誰が手など貸すか!偉大なダビデの家を汚したものなど、のたれ死ぬべきだ!お前も、ナザレに居るお前の両親も!」
その言葉を聞いたとき、ヨセフの目の色が変わった。彼の目に、じわりと涙がにじんだ。ヨアザルの顔が得意げになる。いくらなんでもあんまりだ、とパンテラが声を上げようとした時、涙声でヨセフが言った。
「いねえよ……もうとっくにいねえよ。二人とも……お前らに殺されたんだよ!」
彼の言葉が、日の暮れかかっている涼しい空気に響いた。ヨアザルはそれを聞いて、一瞬だけ、言葉を失った。しかし、やはり彼の怒りは、その一瞬だけ出て来た理性に勝ってしまった。
「当たり前だろうが、それが私たちの仕事だ。ダビデの名を汚す盗人たちを成敗するのは、神に仕える私たちの仕事だ」
「祭司殿!」
パンテラは怒って言った。だが彼が何か言う前に「異教徒に何がわかる!」と返された。
「とっとと神殿を去れ!汚れた者ども!」
ヨアザルは自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。いや、分かっていない。分かっているのなら、自分にパンテラを去らせる権限などないことが当然頭に浮かぶはずなのだ。彼はただ、感情に任せ、そう言ったのだ。
周囲に、人はいたはずだった。しかし誰も、介入してこようとはしてこなかった。空気はしんと静まり返っていた。
「……いいぜ」
ヨセフが静寂を破った。
「……いいよ。出てってやる!出てってやるよ!俺はもともと嫌だったんだ、人殺しの、坊主どものために働くなんてよ!」
ヨセフは自分の物入れの中から金槌を取り出し、ヨアザルの方に放り投げた。ヨアザルはそれにしたたかに打たれた。それが余計、この老人の怒りをあおった。
「何が人殺しか!我々は神のため、ダビデのために泥棒を成敗しただけだ!」
「泥棒なんて」
ヨセフは息を切らしながら言う。
「俺も、父ちゃんも、母ちゃんも、ご先祖様たちも、一回もしてねえよ!あれは……あれは、俺の家のもんだ!あの指輪は、俺のご先祖様のもんだ!」
ヨセフはそう言い捨てて、いちもくさんに駆けだした。神殿の門を、彼は泣きながら、走り去っていった。

パンテラはしばらく、なにも言えなかった。ただ、自分の心が打ちのめされたようになっているのを自覚した。
「……ヨアザルどの」彼はぼそりと、無気力に言う。「お分かりですか。貴方が何をしたか……お分かりなのですか?」
だが、次のヨアザルの言葉は、彼を心底失望させた。
「神に仕える祭司として、当然のことをしたまでだ」
あの、自分の吐いた暴言のせいで泣きながら走り去る少年の姿を見て、彼は何ら悪びれていなかったのだ。
「分からないのですか!?」
パンテラは声を張り上げた。しかしヨアザルの目を見た時、何もかも無駄だ、と悟った。


騒ぎが収まったころ、地面に転がったヨセフの金槌を、何者かが拾い上げた。


ヨセフは、泣きながら走った。もう神殿に戻る気はなかった。どことも知らないところに走った。やがて走りつかれて、彼はうずくまった。
「……父ちゃん。母ちゃん……」
言葉にならずに、彼は泣いた。誰もいない場所で。寒いうえに、空腹感を覚えた。でも、もう神殿に戻る気はなかった。
ことり、と、うずくまった彼の前に、何かが置かれた気がした。
彼は頭を上げる。目の前には、ヨアザルに先ほど放り投げた金槌が置かれていた。
彼は驚いて、目を白黒させながら周りを見渡した。ボロを纏った物乞いの老人が一人、すでに遠く離れたところを歩いているだけだった。それは、神殿の入口に居た彼だった。


あれはきっと、言葉の勢いだ。
ヨセフも、ヨアザルも、頭に血が上りすぎただけだ。パンテラはそう思おうとした。次の日になれば、ヨセフもまた元気に神殿の工事に携わっていると、信じたかった。
しかし、大工たちに聞くと、ヨセフは昨日から帰っていない、とのことだった。あの生意気な野郎がようやく消えてせいせいした、と言う言葉をパンテラは必死で聞き逃した。
自分の責任だ。
自分が、あの時止めていられれば。

「パンテラさん」
自分を呼び止める、少女の声が聞こえた。
「ヨセフ、知りませんか?今日はまだ会ってないんですけど」
それは、マリアだった。

マリアに、なんと話せばよかっただろう。
自分の後見人がヨセフを追い出してしまったと、どうして彼女に告げられるだろう。彼女はそれで、どれだけ悲しむだろう。
パンテラは、全てを言えなかった。いずれ、どうせヨアザルが時が来れば話してしまうだろうと思いつつ、それでも彼自身の口からは言えなかった。
ただ、ヨセフはおそらくもう帰ってこない、とだけ、パンテラはマリアに告げた。

マリアは丸い目に涙をいっぱい溜めた。言葉など、出てこなかった。十二年間の人生で初めてと言うほど、マリアの心はただただ、悲しみのみに満たされた。
パンテラは何も言わず、寄る瀬を探すマリアの小さな体を抱きとめた。そして、少女が声を殺して泣くのを、ただただ、見守り続けた。

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feat: Mary and Joseph 第十話

「うちのものが何かご迷惑をおかけしませんでしたか?」
晩餐会が終わり、パンテラが帰るころに一人の老人と、黒人の中年男性がそう問いかけてきた。メルキオールと同じターバン、同じローブを着た彼らは同じく東方から来た占星術師で、名前を老人の方は占星術師の長カスパール、黒人の方はバルタザールと言った。
パンテラがいい淀んでいるにもかかわらず、カスパールは落ち着いた声で話しかけ続けてきた。彼らにも、何があったかはお見通しであるかのようだった。
「奴は筋はいいのですが、いかんせん美しい者となれば目がないところがありまして……」
「……分からないでもありません」
パンテラは憮然として言い返す。「ですが、ご心配なく。何かと言われるほど大したことも、されておりません」
「それならば何よりですが」
パンテラはこの際だから、と二人にメルキオールについて聞いた。説明してくれたのはバルタザールの方だった。聞けば彼はペルシャ出身で、元は拝火教の神官だったそうだ。若いくせに彼の占いは非常によく当たると評判だったが、素行不良で結局拝火教の寺院を追われたらしい。なるほど、とパンテラが思ったのもつかの間、バルタザールは厳かに付け足した。
「当時から奴の性生活は放埓だったそうですが、それは原因ではありませんでした。嫌がるものに無理に手を出すことはありませんでしたし、あの美貌ですので寧ろ喜ばれてすらいたと」
「では、なんで?」
「ある日突発的に、拝火教の聖火に水をかけて消そうとしたらしいのです。『私たちを救うのは、これではない』と叫びながら」
その言葉を聞きながら、カスパールは夜空を見上げていた。占星術師の目には、エルサレムの星空はきっと、全く違う意味を持って映っているのだろう。


同じ夜、同じ星明りの差し込む中、ヨアザルは自宅に帰り、一人火をともした。真っ暗な、さびしい家が少しだけ明るくなった。彼は長らく一人だった。
十五の頃、彼は婚約者だった親戚の少女と結婚した。なぜか親戚たちは彼に彼女との結婚を急いた。ヨアザルにとっては好きでも何でもない少女だったし、彼女にとっても、彼は好きでも何でもない少年だった。今ではヨアザルは、彼女の顔すらも覚えていない。
親戚たちが結婚を急いた理由はほどなくして分かった。彼女は病に侵され、今にも死なんとしていたのだ。せめて一生に一度は花嫁姿を、とのことだったのだろう。だが、いざ結婚式を終え初夜を迎えるその時に彼女は発作を起こしてあっけなく死んでしまった。彼の人生にあった女との思い出は、ただそれに尽きた。
以後、彼は全く女性と名のつくものと縁がなかった。祭司になりいい収入も得たつもりだが、縁談の話は彼のもとには全くやってこなかった。

彼は女性が嫌いだった。
若くして死んだ自分の妻にすら、郷愁のような感情を覚えたことは、妻には悪いが一度もない。むしろ、ヨアザルの事を好きでもないくせに、一生に一度結婚したいという自分の望みのためだけにヨアザルをだしにつかったその少女は嫌いだった。彼女の花嫁姿での微笑んだ瞳は、自分ではなく彼女自身を映していたのだ、だから嫌いだ、とヨアザルはいつも思う。
結婚している者達、妻のいる者達が彼にとっては羨ましい一方、また彼はそのようなものをばかばかしいものだとも思っていた。とにかく、そう思わなくてはやっていけない。
初夜の前に彼女は死んだのだから、彼は女の体を知ることすらない。若いうちは若い新しい妻とまだ再婚できる、と考えていた。彼は売春婦なるものをひどく嫌っていたので、新しい妻の事を考えれば売春婦で身を汚すなどとんでもないことだ、と思い、売春宿になど行ったこともなかった。
若いうちのみならず、中年と呼ばれる年になってからも彼の意識は変わらなかった。いつかいい縁談が来るはずだ、自分に相応しいお嬢さんが来るはずだ、前の結婚とは違い、こちらも心から愛せる相手が現れるはずだ。それまで売春婦などでこの身を汚してなるものか、とヨアザルは思い、ただ祭司の仕事をすることに務めた。だが、ヨアザルのもとに縁談など一つもやっては来なかった。自分が男やもめだから周りも遠慮しているというのか、と彼は嘆いた。死んだ妻を思ったことなど、一度としてなかったのになんと皮肉な話だろうか。
彼は初老と言う年に差し掛かった。漸く縁談、と言う話が頭の中から消えたのを自覚し、彼は恐怖した。だが、それでも、売春婦を抱くことは彼のプライドが許さなかった。彼は誰にも言えず、男性としての鬱屈したコンプレックスを抱えたまま、自らの老いた体はもう取り返しがつかないのだという恐怖に震えた。
幸いまじめに仕事をしてきたことで増えた人間関係は、彼を癒してくれた。中でも、ザカリアたちは優しく、友好的で、宗派の違う自分にも掛け値なく親しくしてくれた。出世欲もなく、素朴で、ただただ神に仕える彼の事を、サドカイ派であるという点を差し引いてもヨアザルは素直に好いていた。
そんな彼の紹介だからこそ、ヨアザルはザカリアの親戚の娘、と言う少女が神殿にあがるにあたって、後見人を引き受けたのだ。現れた少女を初めて見た時、ヨアザルの心に格段どうと言った感情もわかなかった。何も言うことのない、平凡な少女だと思った。
だが少しずつ彼女が育つにつれ、ヨアザルは彼女に価値を見出してきた。妻も、子供も、庇護する対象をほとんど持つことのない彼にとって、ファリサイ派だ、サドカイ派だ、エリートだ、成り上がりだということを捨ててただただ分け隔てなく彼を頼ってくれるマリアの存在は、いつの間にか掛け替えのないものになっていた。
彼にとって、マリアはただの少女ではなかった。ただの少女、そんな言葉を使うのがおこがましいほど、特別な存在だった。マリアは彼にとって、ようやく現れた救いだった。
清らかなるもの、無邪気なるもの。女と触れ合わず数十年間鬱屈し心にため込んできたヨアザルの考える女性の美徳なるものを、マリアはまるで、全て持っているかのように彼には見えていた。


マリアがいつものように井戸端についたとき、彼女は何よりも驚いた。そこにいるヨセフは、マリアの力がなくとも、苦しそうにではあるが、広げた文書、自分が以前貸した詩編の書を読んでいた。マリアが来たことにすら、気が付いていないようであった。
「ヨセフ?」
マリアが問いかけると、彼は慌てて彼女の方を見た。
「マリア!」
「あなた、一人で読めるようになったの?」マリアは感動して問いかける。今までは自分が時々手助けを入れて、それで何とか読めていたヨセフが完全に自分一人の力で書物を読むのは全く初めての事だった。照れくさそうに笑うヨセフに、マリアは明るく笑って言った。
「凄い。本当に、偉いよ」
自分が彼に教え続けたことがついに実を結んだという実感と嬉しさもあった。だが彼女はそれ以上に、この無学文盲だった少年の成長を、心から賛美したいと思った。
彼女はヨセフの手を握って、褒め続けた。彼は言会変わらず照れくさそうに笑っていたが、それでも屈託のない笑顔で「ありがとう」と、真直ぐに彼女の丸い目を見つめて言った。
「マリアのおかげだよ」
ヨセフの方も、マリアの手を握り返してきた。彼の力は、同い年とは思えないほど強かった。彼のその手をじっくりとかみしめ味わうマリアに、彼はまた話しかけた。
「俺が字を書けるようになったのも、読めるようになったのも、歴史がわかるようになったのも、マリアのおかげだよ」
マリアはそれを聞いて、頬が熱くなるのを感じた。彼女も「ありがとう」と返した後、こう言った。
「でも、ヨセフのおかげでもあるよ。ヨセフが諦めずにずっと頑張ったからでもあるんだよ」
「俺たち、どっちも偉いんだな」
ヨセフは面白そうに告げる。マリアはそれに「もちろん」と返した。

彼らはしばらく、手を握り続けていた。離したくないと思っていた。
マリアは彼の手の感触を、いつまでも感じていたかった。彼とともにいると、何物にも代えがたい安らぎを得られるような気がした。
「ねえ、ヨセフ」マリアは言った。
「ありがとう」
「なにが?」
「なんでも。でも、私もあなたにありがとうって言いたいんだ」
マリアはそっと彼の瞳を見る。その目に自分が映っているのが、はっきり見えた。ヨセフの健康的な色の頬にはうっすらと赤みがさしていた。
「俺も」
彼は照れながら、しかしはっきりと言い返した。そう言うと思った、とマリアは、彼女自身にも理由は分からないまま感じていた。


一晩開けても、パンテラの頭からは何となく、晩餐会の夜が忘れられなかった。
あの激しく、そして虚ろな美しさの中で、ローマ皇帝の冠を飾る宝石のように純粋に光り輝いていた少年と青年。アンティパスとメルキオールの顔が、パンテラの頭からは離れなかった。
だがそれと同時に、彼はその虚ろな宮殿の美しさそのものに対する恐怖心も覚えている自分が自覚できた。黄金と宝石で飾られたあの空間が、一体なぜ恐ろしいのだろう。彼にはそれが理解できなかった。
確かにユダヤ王家はそう名門ではない、成り上がりの家と聞いている。王家に相応しからぬ血を持つ人々がどんなに着飾れど、所詮は……と言ったところなのだろうか?
それはおそらく、違う。よしんばそうであったとしてもパンテラはそう言う考えを肯定したい主義ではなかったし、それに彼が感じた異常は身の程知らずのものを見て感じるこっけいさよりも、むしろ恐怖に近かったのは明白なのだから。
彼は市場を歩いていた。素朴な市場の空気は、彼の心を癒してくれる。ここは、あの宮殿の異常性とは無縁のように感じる。
ヘロデ大王は建築事業に非常に力を入れたと聞く。おかげで町並みは大分ローマ的で、そう異国に来たという違和感も感じなかった。ちらちらと自分によこされる視線……ローマに対する敵意あるものも無論のことそれには混ざっていたが……をやり過ごし、魚を物色していたパンテラの下から肩を叩くものがあった。
「パンテラさん!」と勢いよく声をかけてきたのはヨセフだった。
パンテラはマリアと一緒に彼にあって以来、彼と話していたことも何度かあった。今では立派に顔見知りだ。
「おや、どうしたんだい」
「俺も買い物です。押しつけられて」
彼の体には赤みのかかった痣ができいていた。「それは?」とパンテラが心配して聞いたが、彼は「先輩たちにやられただけっす、心配しないでください」と返してくる。
「そんな……ヨセフくん。それはよくない。心配するなだって?するさ。今から私が一緒に行って、抗議して来よう」
「別にいらないですよ」ヨセフは当たり前のように言う。「そう言うの聞き分けるくらい、頭のいい先輩たちでもないし」
「何を言う!」パンテラは声を少しだけ荒げて抗議した。「君のような子供がそう言う目にあって黙っているのが正しい道なものか!」
「……パンテラさん、気持ちはすごく嬉しいんだけど」ヨセフは少し、その快活そうな顔を曇らせて言った。
「いや、本当にうれしいんです……そう言ってくれる人あんまりいないし、俺、本当にうれしいんです。でも、そう言うこと言われてパンテラさんが注意したとして、結局全部鬱憤は俺の方に回ってくるんですよ」
その言葉を聞いて、パンテラははっとして怯んだ。確かにそうだろう、と思わせてくる説得力が、その言葉の中にはあった。
「それでも……」
「いいんです。俺はパンテラさんがそう言ってくれたら。パンテラさん、かっこよくて優しくて、俺は大好きですし」
「何を言うんだ。それじゃあ君は、殴られるだけじゃないか」
「そうでもないっすよ。俺は、すごくうれしいんだから」すでに買い物の詰まったもの入れを背負いなおしてヨセフは言った。彼らの脚は、すでに神殿の方に向かっていた。パンテラもヨセフが心配で、別れる気になれなかったのだ。
丸っきりローマ的な円形劇場が視界の端に見える。自分の先をぴょんぴょんと早足で歩いていく十二歳の少年を見て、パンテラは自分の若い頃を思い出していた。
「ヨセフ君」パンテラは先ほどの話を蒸し返せなかった。代わりに彼は温和な声で「転ぶよ」とヨセフに言った。

自身の白亜の体と長い黄金の髪の毛に包み込まれながら、抑え込んだ甘い声を気持ちよさそうに発する優美な少年の体を優しく愛撫しながら、メルキオールは言った。
「ずいぶんうまくなったね、しばらく会わないうちに……」
「あなたの教え方がいいのさ、メルキオール」
アンティパスは柔らかい肌を紅潮させ、不敵な笑みを崩すことなく目の前の美青年に言う。「ペルシャに居た時も、インドにわたってからも、君ほどの少年は見たことがなかった。美しさにおいても、この悦びようにおいても……」
彼はぺろりとアンティパスの首筋を舐め、快感に浮かされたように、独り言のようにつぶやいた。アンティパスはをそれをろくに聞かなかった。彼は若干おかしいところがある。いつも、このようなことを呟くのだ。
「救いとは何か?私は、拝火教を捨てたわけではない。宗教の名前に何の意味があろう?私は結局、人間が救われればなんでもいいのだ。でも、あの火は、私たちを救うものではない。私は、なにも見なかったのだから……」
彼は狂人じみている、とも言えふかもしれない。それでもアンティパスは彼が好きだった。宮殿に居るどんな大人より、彼が好きだった。
メルキオールはアンティパスの、片目を隠す前髪を優しく掻きあげた。
「うん、此れもちゃんとよく似合っている。大切にしてくれているようだね……」
彼はこつんと、眼孔にはまったものを軽くたたいた。そこにはやわらかい眼球の代わりに、眼球ほどの大きさの、燦然と輝く猫目石がはまっていた。

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feat: Mary and Joseph 第九話

パンテラはその後、時々神殿にやってくるようになった。彼は良い給金をもらっている身のようで、たいてい市場で買ってくる菓子や高すぎない装飾品を携えてマリアに会いにやって来た。
彼は祭司たちからの評判も意外と良かった。彼がローマ人であり、神殿の祭司には新ローマ的なサドカイ派が多いという理由も勿論なくはないだろうが、それを差し置いてもパンテラは素直に好青年と呼べる品が良く親しみやすい人物だった。
ローマにとってイスラエルは属国にすぎないと最初からユダヤ人を見下してかかるものも少なくない中、パンテラは全く威張り散らしたところがなく友好的にふるまっていた。だからパンテラがいるときだろうがいない時だろうが、彼の評判はとてもよかった。
中でもやはり、マリアの仲間たちからの評判は段違いだった。
彼が彼女たちの暮らす空間に入ってくることなど勿論ないが、それでも彼女達は神殿を通りかかる彼を仕事中に視界の端に入れるだけで色めき立ったものだ。あれほど華やかな男性が神殿に度々現れることなど、まずなかったのだから。

「いいよね、マリアは」
同年代の少女の一人、ハダーサがある日そう言った。全く関係ないことについて話されていた中だったので、マリアは最初何の事に関してかわからず「なにが?」と言った。
「パンテラさんのこと!マリアだけ、パンテラさんと仲良くして、パンテラさんもマリアに会いにくるし、本当、羨ましい」
「あ、私もそう思う」
「マリア、いいなー」
口々に言葉が出てきて、マリアもどう対応すればいいのか良く分からなくなってきた。急に、自分がパンテラと顔見知りの中であることが恥ずかしく思えてきて、普段は陽気で口数も多い彼女も閉口した。仲間の少女たちに、一切の悪意も嫉妬と呼べるほどの感情もなく、ただ単に軽い羨み程度のものであることは承知の上だったのだが、それでも彼女にとっては若干気恥ずかしさがあった。
ツェルヤがその空気を察し「それくらいにしてお上げ」と静止の言葉を述べてくれたのは、マリアにとって救いだった。彼女らも、普段なら明るさを失わないまま何とか返してくるマリアがだんまりになってしまったことに、若干の気まずさを覚え始めていたのだろう。すぐに黙った。特に発端であるハダーサは「ごめんね」と言い、マリアはいつも通り笑って「いいよ、気にしてないから」と返した。
「マリア、パンテラさんはいいお方?」ツェルヤが質問する。
「あ、はい!すっごくいい人です!」
「ふふ、そう」彼女の優しい微笑みは、マリアを安心させた。「それなら、何よりよ。良い方と知り合うことほど、素晴らしいことはないわ」

ちょうどその次の日の午前中、パンテラは神殿に来た。そして、井戸端で洗濯をしているマリアと出くわした。
「こんにちは」とあいさつを交わす彼にマリアも挨拶を返す。マリアは洗濯をする手は休めないまま、彼と世間話を始めた。そしてその中で、先日仲間の少女たちが言ったことも語った。
「私と知り合いなことが、羨ましがられるほどの事かな」パンテラは端正な顔を少しだけ歪めて、宙を見つめながらそう言う。そうですよ、とマリアが言い返す前に、パンテラは言った。
「でもそんなことなら、遠慮なしに会いに来てくれていいのに。私だって、そう言ってくださるお嬢さん達とは是非お近づきになりたいものだが」
「ほんとですか!?」と、マリア。
「もちろんだとも」
彼は屈託なく笑った。
「あ、でも、あの……」
「どうしたね」
マリアは言い淀んだ。自分たちは男を品定めするが、それは人目を隠れての事だ。自分たちは、本来ならば男に興味など示さず、清楚で純朴であることを望まれているのだ。(不思議なことにそれは「求婚してくる男の愛を拒み続けろ」という意味ではなく、むしろそうすると生意気な女と非難を浴びることについては、彼女たちの間でも理不尽だともっぱら言われていたことだった)。いくら美男子のパンテラと近づきになりたいという思いがあったとしても、それを堂々と行っては万が一祭司に見つかるとどんな大目玉を食らうかと考えればたまったものではない。かといって、この複雑な感情をパンテラにそのまま告げるのもはばかられた。
だがパンテラは察しのいい男だった。彼はマリアの懸念事項を聞いてもいないのに「私が皆に会いたいと望んでいるんだ」と言った。「厄介なことになったら、みんなこの私の責任にしてくれて構わないよ」
パンテラに責任を負わせる罪悪感を軽減させるような親しみやすい笑顔で、彼はそう言った。マリアはそれに喜んだ。確かにそれなら大義名分ができる。「男に忠実たれ」とはよく言われていることなのだし、少なくとも手放しで非難されるいわれはない、はずだ。
「いつになったら大丈夫かな?」
「あの、今日の午後の祈りが終わったころなら、皆暇ですが……」
「じゃあ、さっそく来よう」パンテラは笑顔で言った。「楽しみにしているよ」


マリアは昼過ぎの作業の際、そのことを言った。皆最初のうちは驚いたが、「で……誰が来る?」とマリアが言うなり、皆二つ返事で手を挙げた。それはそうだろう。マリアだって、他の少女がパンテラと仲良くなり、なおかつこのような事態になったのならばすぐに手を上げる自分がいるだろうとは簡単に思えた。ツェルヤまで、穏やかに笑いながら小さく手を挙げていたのだ。
「じゃあ、午後の祈りが終わったら、皆井戸端にね!」マリアは言った。


西に日が傾き始めるころ、確かにパンテラはそこに来た。そしてその場に集まる十数人の少女たちを見て、目を丸くした。
「やあ……まさか、こんなにも素敵なお嬢さんたちが待っていてくれたとは」パンテラの整った顔がにこりと明るくなる。
「初めまして。ローマ弓兵第一コホルス隊長ティベリウス・ユリウス・アブデス・パンテラだ」彼はそう纏めて自己紹介したのちに、その場に居た少女たちと順繰りに握手し、彼女たちの名前を聞いて回った。彼は少女たちに自己紹介されるたびににこやかに笑い、彼女たちに対してそれぞれ賛辞の言葉を述べた。その友好的な態度は自分が最初にパンテラにあった時、彼がとってくれた態度と全く変わらない物であることをマリアは悟った。そして、それに何とも言えない、安堵のような気持ちを覚えた。
彼が最後に握手したのはツェルヤだった。さすがの彼も、ツェルヤに対しては一瞬ぱちりと目を見張った。「これはこれは」彼は言う。
「薫り高い花の群れにあっても、一層鮮やかな薔薇に相対したかのようだ」
「それはどうも。光栄に思いますわ、パンテラ将軍」
ツェルヤは品よくパンテラに挨拶する。其のまま彼女たちは、パンテラを囲んで世間話を始めた。パンテラは彼女たちの話を面白く聞いてくれて、つい話も弾んだ。
パンテラの隣に座ったのはツェルヤだった。マリアも、特に嫉妬のような気持ちはなかった。むしろ美女美男同士よく似合っている。ツェルヤに恋人さえいなければ、よっぽどこの二人の間に恋が芽生えなどしないかと想像してしまうところだ。
「イスラエルの、それも神殿の外にもろくに出ない世間知らずの私たちの話が、そんなに面白くって?」ツェルヤは嬉しそうに笑って言う。
「もちろんだよ、ツェルヤさん」パンテラもこともなげに言い返した。「国を沢山まわっていれば、世間を知っているということになるものかい。君たちは神殿の外に出なくても、実によく神殿の人々を観察しているじゃないか。そんな話が面白くてなくて、なんだというんだろう。ましてや、こんな素敵なお嬢さんたちが話してくれる話でもあるというのに。」
「まあ……」ツェルヤは口を押えてくすくすと笑う。「でも、貴方のお国の話もうかがいたいですわ。素敵なあなた様のお口から出る言葉なら、特にね」
「あ、私たちも知りたい!」
「ローマの話、聞かせてください!」
「そうか。まず、何から話そうかな……」
パンテラが考え込んでいる時だった。地面を踏む、軽い足音が聞こえた。
「おやおや、皆お揃いで?話題のパンテラ将軍まで!」
その声とともに現れたのは、神学生カイアファだった。

「カイアファ!」
「おいおいツェルヤ、そんなに彼とべったりくっつかないでくれよ。妬けるじゃないか。結婚もしてないうちから、浮気はなしだぜ」
「ウフフ、ごめんなさい」ツェルヤは恋人であり、婚約者でもあるカイアファの言葉を軽くあしらうように笑い飛ばし、彼女とパンテラの間に少しの空間を開けた。
「もしよかったら、貴方がここに座る?」
「あはは、面白いね。無論のこと、喜んで」
もっとも、カイアファもカイアファで本気で嫉妬していた様子もない。彼は優雅に少女たちの中を通り過ぎ、パンテラの隣に腰かけた。パンテラも、少女たちにしていたのと全く同じような態度で、目の前にやってきた少年に挨拶する。カイアファも挨拶した。
「あなたを見たことはありますが、話をするのはいつもご年配の方々ばかりでしたから、是非僕もあなたと話をしてみたいと思っていたんです。パンテラ将軍」
彼は少女たちにも負けないほどうきうきとパンテラに話しかけた。
「ずいぶんもてるじゃありませんか。僕とも友達になってくださいよ。僕はローマに、とても興味があるんです」
「ああ、勿論さ、カイアファ君。これからよろしく」
その様子をじっと見て、マリアは考える。パンテラはもてるにはもてるが、世の色男がされがちなように男に嫉妬されることもなかなかない。事実ヨセフだって彼には懐いていた。
美男子と言うことを差し置いても、彼のこういうところは素直に尊敬がおける、と彼女は思った。
パンテラは要望に応えて、ローマの話をした。ローマの剣闘士の話、最近の流行の芝居の話、政治の話…言われるまま、彼は何でも語ってくれた。

いい具合に時間が過ぎ、少女たちもそろそろ持ち場に戻らなくてはならなくなった。パンテラと歩いていても何ら責められる謂れのないカイアファが率先して「門までお送りしましょうか、将軍」と言った。
「是非頼むよ。お嬢さん方、またね」
彼が手を振りながらそう言い、少女たちも声をそろえて返答した。「無事お送りしてね」とツェルヤは言い、勿論さ、また今度二人で会おうとカイアファは返す。
彼らを見ていると、マリアは本当に不思議な、憧れにもよく似た気持ちになる。恋人と呼べるような存在に、彼女も憧れを持っていた。自分もツェルヤのようになりたい。
彼女達は引き上げていき、カイアファとパンテラは門に向かった。しかし、その時だった。ちょうど、ヨアザルが通りすがった。
彼の眼には、引き上げる少女たちもきっちりと映っていた。彼女らがパンテラと会っていたことは容易に想像できた。
「おや、ヨアザルさん」
「祭司殿。ご機嫌麗しく」
二人は挨拶する。だが、ヨアザルは「何をしていた?」と言った。
「ああ、私が……」
「僕の友人パンテラ将軍との世間話に、僕の愛する婚約者を連れました。そうしたら、彼女を良く慕う彼女の後輩たちもついてきました。何か、おかしいところでも?」
カイアファはパンテラの発言を遮って言う。にんまりと笑って言う彼に、ヨアザルは「……特に、何もない。なぜ、私が君たちを責めるつもりでいたかのように話すのかね。不愉快だ」と返した。
「それはそれは。眉間にお皺を寄せていられたのでてっきりそう思ったまでです。ご無礼をお許しください。さ、将軍、暗くなるまでに帰りましょう」
そう言って彼は、パンテラ将軍を連れてスタスタと歩いていってしまった。

「お嬢さんたちは、難儀なものだね」パンテラが語る。「あんなに明るい子たちなのに、コソコソとしていて」
「頭の固い爺さん方は、彼女たちに男、色などに見向きもしない清らかな乙女であることを望んでいるんですよ」カイアファは言う。「まあ、特にモーセが語らない勝手な口伝律法まで信じているようなファリサイ派はそう言うところも顕著で……」
「難儀なものだ。我々もそうだが、男性は、いくつになって女をえり好みするのに……」
「見向きもするな、と言ったって、いざ自分が女に求愛して相手にされないと生意気だと怒るのも、その手合いですしね」カイアファは笑った。
「結局、そんな言葉詭弁にすぎないんですよ。あの言葉が示しているのは、つまるところ『ほかの男には見向きもせずに、自分にだけは無条件で体と心を差し出せ。自分が気がねなく楽しむために他の男には触れもしない清らかな存在でいろ』と言う欲望にすぎないんです」
彼のあけすけな言葉にパンテラは苦笑する。カイアファはにやにや笑って「そうじゃありませんか?」と告げた。
「少女が美男子に心ときめかすことを嫌う人々だって、その少女が自分の見た目を好いてくれたら、果たしてそれを嫌いますかね?……ほぼ、ないことだと思いますよ。そりゃあさすがに行動に及んでしまうのは様々な観点から問題がありますがね、貞操とか、病気とか。でも誰かにときめくことくらい、何の問題があるんでしょうね」
カイアファは悠々とそう語る。「君のあの美しい婚約者が、君ではない他の男に惚れてもかい?」彼は言う。
「そうしたら何度でも僕に惚れなおさせるまでですよ。それすらできない男になる気はありませんので」
間髪をいれず自信たっぷりに返してきた少年の顔を見て、しみじみと、パンテラは言った。
「素晴らしいことだね」


夕食の後片付けをしていると、マリアの所にヨアザルがやってきた。
「マリア。パンテラ将軍を知っているのかね」
ヨアザルはいつになく恐ろしい表情をしていた。それはまるで、自分がヨセフと仲良くしているのをとがめる表情を、さらに強くしたようなものだった。
ヨセフと違って、などと言うのは心苦しいが、誰からも評判のいいパンテラなのに、なぜ……と思いながらマリアは「はい、知りは……」と返す。
「あんな男と話すものではない。美しい男だからとそうするなどそんなことは、売春婦がすることだぞ」
だが、ヨアザルは彼女のそんな予想も打ち砕いてマリアを叱ってきた。彼女がおどおどしていると、彼は「無論、そのようなことはしないと信じているがな」と返してくる。
「ありがとうございます……分かりました」
マリアがそう返せば、ヨアザルも満足したのか、帰っていく。マリアは困った。なぜ、ヨアザルはああも、マリアが親しくしたい相手を嫌うのだろう。
新ローマのサドカイ派であるカイアファはともかく、ヨアザルはファリサイ派だ。ファリサイ派は、イスラエルを押さえつける異教国であるローマを嫌っている。だからパンテラが嫌いなんだ。きっと、そうだとマリアは納得しようとしたが、納得したところでそれでも心は晴れないままだった。


その夜の事だった。パンテラはイスラエルに赴任して初めて、ヘロデ大王の晩餐会に呼ばれた。
目を見張るほど豪奢な宮殿、ローマの貴族の晩餐にも匹敵するほど贅沢な食事に見世物。パンテラはそれに、素直に圧倒された。反面、それがどこか空虚なものにも見えていた。まるで、張りぼての美しさを見ているかのようだ。
彼の眼はふと、一人の少年に吸い込まれた。空虚な、張りぼての美しさの中にあって、彼と、彼の隣にいる少女の美しさは、最上級の水晶のように透き通った純粋な美である、と間違いなく感じた。
その少年、ヘロデ・アンティパス王子は、長髪に覆われていない片目、十前後の少年とは思えないほど艶めかしい目つきで、パンテラを射抜いた。かと思うと、少女、ヘロディアを彼女のもう一人の隣人であるフィリッポス王子に任せて立ち上がり、勝手にパンテラの隣に寄りかかってきた。
「パンテラ将軍だね。うわさは聞いているよ」
「光栄です。ええと……」
「王子ヘロデ・アンティパスさ」彼は笑う。そして、舐めるような目つきでパンテラを見つめた。パンテラはそれに、いささかばかりの不気味さを覚えた。
「美しい人だ。あなたほどきれいな男性は、なかなか見ないね」
「おほめにあずかり光栄です。王子」
パンテラがそう返すと、アンティパスは不意に、彼の体を撫でてきた。
「ローマはそっちの方も盛んなんだってね。イスラエルは神の律法が、男と男の行為は禁止しているんだ」アンティパスは透き通るような高い声で、パンテラの耳元に囁く。
「僕もぜひ、本場の味を知りたいな」
幼い子供の戯言とするには、到底不可能な文句だった。パンテラはそっと彼の手を抑えて戻し、「王子殿下、お身体は大切にするものです」と返した。
しかしそう言っても、アンティパスは薄い笑いを浮かべたままじっとパンテラの方を見つめる。気まずく思って、彼は無礼とは知りながら、宴会の席を中座した。

ヘロデ大王の宮殿の中庭も、宴会場と同じようなものだった。豪奢で美しいが、その美しさには、どこかむなしさがあった。
冷たい空気を吸い込み、パンテラは月を見上げた。ローマに出ているのと、同じ月だった。
だが、ほどなくして月の他にもパンテラの目を射止める存在があった。彼は中庭の真ん中に立ち、星の光を浴びていた。
彼も、アンティパスと同じだった。空虚な美しさの中で、唯一しっかりと実態を持ち、美に光り輝いていた。黄金を細く伸ばしたような色のしなやかな髪、星明かりを受けて輝く白い肌から、彼がイスラエル人でないことは簡単に見て取れた。黒いターバンと衣装を飾る黄金の装飾品は、ヘロデ大王を飾る彼らとは全く違う輝き方をしていた。
彼の金のまつ毛に縁どられた深い青色の目は、彼が中庭に来た時からずっとパンテラの方を見つめていた。そして彼は静かに、威厳を持って、パンテラに語りかけた。
「やあ、こんばんは」
パンテラがしどろもどろになりながら挨拶すると、彼は静かに笑いながら言った。からかうような内容であったにもかかわらず、彼の笑いはいっそ、神秘的ですらあった。
「何があって、宴会を?その美貌だ、さしずめアンティパス王子に誘惑でもされたかい」
「なっ……」
パンテラが言いよどむと、彼は満足そうに、クスクスと笑って言った。
「あの子は、実に楽しくやっているようだ。良かったよ」
「なんだって?」
「あの子に色を教えたのはこの私だよ」
彼は初対面のパンテラにこともなげにそう言う。
パンテラはどういっていいのか分かりかねるところもあったが、「あんな小さい子に……」とひとまず怒ろうとした。だが、彼はパンテラを遮るように言う。
「私たちに何ができる物かね。私達は人間でしかない。この世を救うお方ではない」
彼の星をかたどった装飾のローブから、パンテラはようやく思い出した。この男は確か、今回の晩餐の招待客になっていた外国の占星術師の一団にいた男だ。諸国を周遊していて、定期的にイスラエルにも顔を出すらしい。この金髪の青年の名は、確か、メルキオール。
彼はまるで彼自身が地上に振ってきた星屑であるかのように優雅に中庭を歩き回りながら語った。
「救い主様は、いつ現れるのだろうか……哀れだ。この宮も、この国も、全ては、実に哀れだ」
「……失礼する」
これ以上ここに居たら気がおかしくなってしまいそうだ、とパンテラは判断し、彼は宴会場に戻った。アンティパスはとっくにヘロディアの側に戻っていた。

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