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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第五十話

「身ごもっている……」
オウムのように言われた言葉を返すベナヤに、ナアマは言った。
「ええ、そうよ。ベナヤ。この子は、貴方の子よ。私は貴女と、何度も契ったんですもの」
それはそうだ。おそらく妊娠したであろう頃には、ナアマは不特定多数の男に体を売るような真似をすっかり止めていた。それに、彼女自身がはっきりとそう確信しているらしいのだ。
ベナヤはそれを聞いて、無論のこと酷い罪悪感に襲われた。だが、目の前に居るナアマは全くそのような罪悪感はなさそうだ。それどころか、かつてはあったソロモンを見返してやると言う気概もそこにはないように見えた。じゃあ何があるのかと言えば、彼女は初めて見るほど、穏やかな表情になっていた。彼女は、幸せそうだった。ベナヤの子供を身ごもったことが。


ヨルダンから帰ってきて、勿論ソロモンにも早くにそのことは知らされた。ソロモンはそれを聞いて「そうか、それはめでたい」と無難な言葉を発した。
そして、体調の悪くなった妻のためにより一層侍女たちに気を使わせろと言って、自分はいつも通りに仕事に戻っていった。

ベナヤはそれを見て、ソロモンも以前言った言葉の通り本当に自分の子でないかどうかなんて気にもしていないのだということを再確認した。彼はそれを気にもしていないし子供が生まれることを特別喜んでいる様にも見えないが、かといって疎ましがっている様子も見えない。
ただ、全くの冷静と言うのも齟齬があるようにも見えた。彼は誰の子かはさておき、「赤ん坊」が生まれるといいうことに対して、少し戸惑っているようにも見えた。ベナヤの眼から見て、ソロモンはそのことを聞かされてから、前にもまして意図的にナアマにかかわることを避けていた。
いずれにせよ、当事者であるソロモンとナアマ、どちらもこのことを問題視していないのならば、発言権などない自分がいくらうろたえても無駄なことだ。ベナヤは腹をくくり、起こったことを受け止めようと努めた。生まれるのは、自分の子だ。そしてそれが、王子か王女、いずれにしてもソロモンの子供として育てられる。



更に月日が経過した。ナアマの腹は少しずつ大きくなって、今ではだれがどう見ても妊婦となった。彼女の妊娠が確定したことに対して王宮は喜んでいた。偉大な支配者ソロモンの初めての子供がこの世に誕生する事を、多くの人が待ち望んだ。
彼女は妊娠中の不安定な体調を損ねることのないように以前にもまして手厚い世話が施されあまり後宮から外に出ることもなくなったが、それでも王宮の庭を時々散歩し、その身に子供を宿した王妃の姿を多くの人が見た。
その頃になればベナヤも罪悪感を忘れたわけではないが、さすがに耐性が付いてきた。彼も、王宮の人々と一緒になって子供に恵まれて幸せそうなナアマを祝福した。
ただ、ソロモンだけが相変わらずそのことに違和感を感じているようだった。彼女は妻の妊娠を祝福する数多くの声には無難な返しをしていたが、彼自身は妻を避けた。良い侍女を何人もつけ滋養のある食べ物や暖かい衣服を届けさせはしたが、彼自身が妻をねぎらいに後宮に来ることはなくなった。ナアマはそれに不満を表明しようともせず、ただ、自分に宿る生命の誕生を楽しみにし続けた。


そんなある日の事だった。
ソロモンは一連の仕事を終えた後、一通の書簡を受け取った。それはヨルダンにある、ヒラムのいる鋳造所から来たものだった。
彼はそれを読むなり、赤い目を輝かせた。

「私は明日、ヨルダンの鋳造所に行くぞ」と言うことを、彼は高らかに周囲の人間に告げた。それも、たった一人で行くと彼は言った。
周囲が反対したのは言うまでもない。予定にない事で、まだ仕事も残っている。おまけに王の身で護衛もなしとは危険だ。それでも彼は、一日も早く鋳造所に行くと言い張った。王直々にそう言い張られては結局臣下は黙るほかはない。彼の無理は通され、出発が決まった。
ソロモンは意外とこのように明らかなわがままを権力を持って押し通すようなことは珍しく、その為みんな書簡に何が書いてあったかをいぶかしがったが、ソロモンは理由を得に言おうともしなかった。
出発にあたって、彼はベナヤに公然と言った。
「知っての通り、私の妻は妊娠中だ。私の不在中、私の一番の臣下であるお前が彼女を世話しねぎらうように」
その言葉に隠された真意がなんであるかなど、ベナヤにも推し量られた。うろたえては不自然と思い彼は忠実な風を装ってそれを了承した。


急いで馬を走らせ、彼はすぐにヨルダンの鋳造所についた。「ヒラム!」と彼が叫ぶと、すぐにヒラム・アビフはソロモンの前に姿をあらわした。
「久しぶりだな」と、彼は数か月ぶりの、あの指の組み方が独特な握手を持ってソロモンを出迎えた。
彼はソロモンを、急いで鋳造所の中に案内する。そして、ソロモンは感嘆の声を上げた。「海」の鋳型だ。数か月前に燃えてしまったものが、今、完全に目の前にあった。
ヒラムはここ数か月で、神殿の金属器を余さず作り上げた。そして、最後にこの「海」が残された。
ヒラムは数か月前と同じように丹念に、丹念に鋳型をこしらえたのだ。そして、その仕上げ作業をする予定だということを彼は書簡でソロモンに知らせた。
ソロモンを、その場に立ち会わせたいと、彼は言ったのだ。

彼は、ソロモンを近くに座らせると、自分は青銅を流し込む準備をした。
熱く溶けた青銅は、この前の様に爆発することはなく、するすると彼の用意した鋳型の中に入っていった。鋳型をいっぱいにするまで、次々とそれが流し込まれていく様子をソロモンはじっと見守っていた。鋳造所には、彼らしかいない。青銅の激しい熱が渦巻く中、彼らは「海」に携わったもの、すなわち製作者と設計者として、そして友達同士として、その場を構成していた。
そしていくらも時間がたったころだろう。ヒラムは、青銅の流し込みが終わったとソロモンに告げた。一切の事故は起こらなかった。鋳造は無事、成功したのだ。


後は冷えるのを待つだけだ。彼はソロモンを与えられた住居の中に案内した。そして、酒を出して彼にふるまった。
「お前はこんな安い飲むか?」「別に、なんでも大丈夫だ」と言ったやり取りがかわされたのち、彼らはかつて同じように話し込んだ。話の内容は、以前どおり何でもよかった。ソロモンはエルサレムの事を彼に話した。ヒラムが言うに、王妃の妊娠の事はこの土地にも聞こえているようでヒラムもそれを耳にしたということだ。国王の第一子の誕生は国家の重大事項である。全く、おかしくはない事であった。
「おめでとう」とヒラムは言った。ソロモンはそのことがに一応の礼を返した後「……だがな、正直に話せばだ。ヒラム。私には今一つ、実感がわかないんだ」と言った。
「それはそうさ。お前は父になるなんて初めてだから」
「……そんなものか?」
「そんなもんだろ」
彼は非常にあっさりと返答した。
「……私は今一つ、家族と言うものがわからんのだ」
彼はぼそりと、ヒラムにそうつぶやいた。
「ヒラム、お前の家族はどんなものだった?」
「……別に。悪かなかったよ。良い家族だった。親父は腕のいい職人で、俺は尊敬してたぜ。おふくろは俺に優しかった。いつも」
「そうか、それは幸せなことだ」
ソロモンはその言葉に笑いつつ、自分の良心を思い出した。尊敬すべき父。優しい母。彼にとってそれは、幻のような存在だった。彼には、それを持っているヒラムが少し遠い存在のように思えて、寂しい気持ちになった。
「そうかい?ありがとな。二人とも、喜ぶぜ。あんたにそう言ってもらえたら」
ヒラムはからっと笑って、ぼんやりと視線を宙に浮かせた。
「もう、二人とも死んじまったから」
ヒラムは言葉こそそう言ったが、そこに自分の不幸を表明するような嫌味さは感じられなかった。だからこそソロモンはその言葉を素直に受け取り、彼の悔やみの言葉を述べ、彼はそんな必要はないと言った。
「いいんだよ。運命だものな。全て、運命だ。ありがとうな」
「ヒラム」この空気を断ち切ろうと、ソロモンは話題を別のものに変えようとした。
「子供が云々と言っていたが、お前に子供はいるのか」
「さあね……いるかもしれんし、いないかもしれん」
「故郷に女をおいてきたのか?」
「似たようなもんさ。ああ、ソロモン。このことに関しても詫びは結構だ。俺は後悔なんざしてねえ。俺には女より、職人仕事の方が大事だからな」
ヒラムらしい、とソロモンは思った。


「ねえ、ベナヤ?」
後宮にソロモンの代理として訪れたベナヤと二人きりになり、ナアマは言った。
「お腹を撫でて頂戴。貴方の子よ」
彼女が笑いながらそう言うので、ベナヤは言葉の通りにした。ナアマの腹の中に居る者はぴくぴくと動いていて、それが確かに生命であることがよく分かった。
「ベナヤ、どうしてそんな渋い表情をするの」
「いいえ……王妃様、私は、そんな顔はしていません」
ベナヤが自分の感情に触れられたくないということを察し、ナアマは言った。
「私ね、すごく気分がいいのよ。貴方に言ったでしょ?お姉さまたちがうらやましかったって。素敵な結婚をしたかったって」
「はい。王妃様」
ナアマは穏やかな微笑みを浮かべて、彼に言った。
「かなったなって、そう思ってるのよ」
「王妃様、それは……」
「あなたに会うことができたから。そして、こうしてあなたの子を宿すことができたから」
彼女も、静かに自分のお腹を撫で、そして掌に感じるその小さな生命と、そしてベナヤに向かって言った。
「もう、私、不幸じゃないわ。私、幸せだって思えるの」



青銅が冷え切り、「海」が完成するまで、ソロモンはヒラムとともに鋳造所にとどまった。
ヒラムはその時が来たと見るや、砂を固めてできた鋳型を崩しにかかった。鋳型は彼の思うがままにぼろぼろと崩れ、中からは輝く「海」の姿が見えた。
ソロモンはその一連の作業にも付き添った。やがて、すっかり「海」は全貌を著した。
巨大にして豪勢、華麗な青銅製の器。これにたっぷりと水を満たせば、まさに本物の海のような芸術品となるだろうという美しさを、それは確かにもっていた。
「海」は完成したのだ。三人のならず者の狼藉により一度は死んだヒラムの芸術は、見事にここに復活したのだ。ソロモンはそれに感動を覚えた。ヒラムも、同じようだった。
ヒラムはひらりと降りてきて「あとは仕上げだけだ」と言った。ヒラムが仕上げて、後はエルサレムに送られるのを待つだけとなった。
流石にソロモンは仕上げが終わるまで待っていることはできなかった。彼は、さすがにもうエルサレムに帰らねばならなかった。
だが、それも心寂しく、ソロモンはぎりぎりまで彼とお言おうと、彼と一緒に景色を眺めて休みながら話した。
「もうエタニムの月も終わろうとしているな」彼は言った。
その時、ソロモンは何か違和感を感じた。ヒラムは、その言葉を聞いて急に何かを思い出したような態度だったからだ。
「エタニムの月……もう、そんな時期、か……?」
「……?ああ」
急に、ヒラムはうろたえたようになって、ソロモンに行った。
「ソロモン、頼みがある。この仕上げが終わったら『海』はエルサレムに行くんだろ?俺もそれで一緒にエルサレムに帰る。もう鋳造の仕事はないんだ、問題ないだろう?」
ヒラムのあまりの慌てように、ソロモンは面喰った。
「な、何だって?」
ソロモンが聞いていたことの中に、例の三人の狼藉ものが故郷から消え行方をくらましたということがあった。そのためにも、ヒラムはまだここに隠しておきたかったのだ。ソロモンはヒラムに落ち着くように言い、また、その三人の事を云った。だが、ヒラムは「それでもかまわん!」と言い張り、落ち着こうともしなかった。
「頼む、ソロモン、時間がないんだ!」
「時間……?」
そんなことを言われても、神殿建設に時間も何もない。ティルスの王だって、このヒラム・アビフをよこすのに期限など儲けなかった。いったい何の時間があるというのか。「時間だと?お前、それはどういう意味だ」
ソロモンは当然、そのことを問いただした。それを聞かれて、ヒラムはぎょっとした顔でうろたえ、「そ、それは……」と口ごもってしまった。
「教えろ。お前の身の安全にかかわることだ、正当な理由なくしては私はそれを許可できん」
「……ソロモン王、こればかりは……」
「……私に、話せんことなのか?」
ソロモンはふと、心が痛んだような気分にさいなまれた。ヒラムとは、何でも話せる間柄だと思っていたからだ。
「……友達、だろう?」
ふと、その言葉が口をついた。何でも話せる。それが、友達だと彼は思っていた。
「なのに、なぜ、話せないんだ……?」
「……ソロモン」
ヒラムはきっと、ソロモンを見下ろしていった。
「あんた……約束するか?」
「約束?」
「もしも俺が何者であっても、俺の友達でいてくれると約束してくれるか?」
ヒラムは非常につらそうに、その言葉を吐露した。彼は、ソロモンの赤い目からその言葉が終わるや否や目をそらしてしまった。
だが、「当然のことだ」とソロモンは即答した。ヒラムがなんであろうと関係ないと、彼は思えていた。人間ではないベリアル以外に、初めて、友と思える存在ができたのだ。たとえ彼が殺人鬼であろうと全く問題はないと、彼は思えていた。
ヒラムはその言葉を聞いて「……王の言葉に二言はないな?」と、言った。
「ソロモン。怖いんだ。俺は……俺は、お前に、避けられたくない」
「……私も同じなんだぞ、ヒラム。お前が死んだと思った時私がどう思ったか、私はお前にさんざん言ったつもりだ」
ソロモンのその言葉を聞いて、しばしの沈黙が流れた。それは、本当に長かった。ヒラムが葛藤しているのだということはよく分かった、ソロモンは彼に何も言わず、彼をそのままにしておいた。
やがて決心がついたか、ヒラムは言った。
「……まず、俺を帰してくれ。俺がエルサレムに帰ったら、その日の夜に、またモリヤ山に来てくれ。訳は、その時話す。何もかも」

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