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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第五十三話

夜の、誰もいないモリヤ山に、二人は立った。ヒラムは松明に炎をともす。パッと浮かび上がった光に、黄金の宮殿は煌めいた。
彼らは昼間のように中に入り、そして、勝手にろうそくに火をともした。冷たい空気と静寂が、まだ神すらその身に迎え入れない神殿を厳かにしていた。しかし、彼らにとっては厳かなものではなく、そこは、楽しい空間だった。
秘密基地。その言葉が、非常にしっくりくるようにも思えた。仲間内だけの空間、幼いながらも楽しい遊戯の場。蝋燭の光に映し出された黄金の宮殿は、彼らにとって秘密基地だった。
ボアズとヤキンが、たくましくそびえたつ。華やかなシクラメンの彫刻は、触れば金の花弁を散らしてしまいそうだ。螺旋階段を上り下りし、彼らは、大きく華やかに聳え立った宮殿の隅から隅まで足を延ばした。
神殿は、彼らを昼間と全く同じように優しく包み込んだ。悪魔が作ったなどと信じられないほど、それは優しげで、美しかった。そして、神秘的であった。それはまるで、人間を包み込む神の魅力であるかのようにも感じられた。
「ソロモン」ヒラムは言った。
「神様なんて、信じたことはなかった。俺には全く、無関係なもんだったからな」
彼は、内陣に入った時、聖櫃が治められる空間の前に立って、しみじみとそう言った。
「でもよ……同時に、神様の事を、これと言って恨んだこともねえんだ。俺の先祖様は神様を偉い嫌いってたみてぇだった。あの悪魔どももだ。そりゃそうだよな!悪魔なんだから。……でも、俺は、信じたこともねえが恨んだこともねえ。本当に、なんでもなかった。……でもな、ソロモン。俺は今、初めて、神様がこの世に居る、ってのを信じてぇ気分なんだ」
「それはなぜだ?」
「俺たち、こんなすごいものを作ったんだぜ」
ヒラムは上を見つめた。神殿全体を、見つめたようにも思える。
「これを、一人でも多くの奴が素晴らしい物作ったって思って、そして、喜んでくれりゃあ、それ以上にいいことはないじゃねえか。神様がいて、そして、よくこんな立派な家作ってくれたって俺らのこと思ってくれりゃ、俺はそれが嬉しいのよ」


ソロモンとヒラムは、少しして、外に出た。そして、黄金に輝く宮殿に、静かに美しく、まるで貞淑な花嫁のように寄り添う「海」に梯子を渡し、その中に二人して寝転がった。
「いい星だ」ヒラムは言った。そして、その言葉通りだった。
夜空には、異常なほど星が出て、精いっぱい輝いていた。まるで、この世に新しく生まれた何物よりも輝くこの神殿に、負けじと張り合っているようだった。
ソロモンは夜の空気を思いっきり吸い込んだ。そういえば、夜に出かけることは隙だったのに、港もじっくりと星空を眺めたことなんて数えるほどしかなかったようにも見える。星空の、なんと美しい事か。隣のヒラムも、それを思っているのだろう。
流れ星が流れた。一瞬のうちにそれは地平線に消えていき、そして、見えなくなった。
不思議な、幻想的な気分だった。隣に居るヒラムの体温を、ソロモンは感じていた。ソロモンは、彼の手を握ろうとした。ヒラムも、彼の手を握り返した。
「死ぬのは怖くないか」ソロモンが言った。
「怖いさ」ヒラムは返した。
「そうか。私もだ」
ソロモンはヒラムの手を強く、食い込むように、ヒラムは「やめてくれよ、痛くてしょうがねえや」と冗談めかしていった。
「お前の爪は、きれいに長く伸びてるからな。まるで女の爪みたいに」
「文官なんぞ、皆こんなものだ」
ソロモンもそれに合わせようとしたが、やはり声は震えていた。
「私は、お前ともっと……共に居続けたい」
ソロモンは言う。彼は、上空に瞬く赤い星を眺めていた。
「お前ともっと話がしたい。もっと、お前にものを作ってほしい。もっと……沢山の時間を、お前と一緒に過ごしたかった」
彼は、視線を夜空から外し、横を向いた。すぐそばにヒラムの顔があった。ヒラムも夜空を見るのはやめて、ソロモンと向き合った。
ソロモンの眼から涙がこぼれた。ヒラムはそれを見て、言った。
「ああ。友達だものな、俺とお前は」

悪魔の子と言われ、さげすまれてきた二人は、聖なる盃の中でぽろぽろと泣きあった。泣き声も上げず、表情も崩さないように努めていた。しかし、「海」はその身に彼らの涙を次々と満たした。三千バトの水が入るそれが、まさかそれしきでいっぱいになるはずもない。彼女からすれば実に微々たるものだったが、彼女もまた神殿と同じように、それをあざ笑うことなく只静かにその身に受け入れた。
「嫌わなかった」
ソロモンは言った。
「お前は、最後まで、私を、嫌わなかった」
「誰が嫌うかよ」
ヒラムは言った。
「誰が……誰が、嫌うんだよ。お前みたいなやつを」
ヒラムは、寝ころがったまま残った片腕を伸ばし、ソロモンを抱き寄せた。ソロモンは、黙って自分の長いマントを広げ、それでヒラムを包んだ。
「なあ、ソロモン」
「なんだ、なんだ」
同じマントにくるまりながら、彼らは言った。
「もっと生きろよ。大丈夫さ。きっと、他にもいるはずだ。お前を愛してくれる奴が。お前が愛せる奴が。こいつとなら寄り添いたいと思える奴が」
「その言葉、信じよう」
ヒラムはそっと、握ったソロモンの手を外し、代わりにその手首をつかんだ。そして、それをソロモンの目の前にやる。
そして、するりと、自分の指から黒曜石の指輪を外した。そして、ソロモンの指に、それをはめた。
「神殿の指揮権と、首飾り。お前は、俺に二つの贈り物をしてくれたろ」ヒラムは言った。
「俺からも、二つ目の贈り物をしたい。ソロモン……それ、持っててくれ。悪魔の契約がなけりゃただのがらくた同然だろうが……俺が、生きた証だ。俺は……俺の人生、悔いちゃいねえ。もっと生きたかったってのは別だが、悪魔と契約したことも、悪魔のおかげで今みたいになれたことも、一切後悔しちゃいねえ。自分の過去も、運命も、受け入れる。全ては、俺のものだ。俺の人生だ。ものづくりは楽しいって思えたんだから。こんな神殿をつくることができたんだから。そして、お前に会うことができたんだから」
ダビデ王朝のルビーの指輪の隣に、その黒曜石の指輪は静かに煌めいた。ヒラムは少し上体を起こして、ズボンのポケットに入れていたらしい真珠の首飾りを、自分でもはめた。あいかわらず、無骨な彼にはあまり似合わなかったが、それでも彼は誇り高そうにしていた。ソロモンはヒラムの指輪にそっと自分のもう片方の手を添えて「ありがとう。最高の贈り物だ」と言った。


ベナヤはナアマの出産が行われている部屋の前でおろおろしていた。
「陛下はまだ見つからないのか!?」
「はい、どこに行きましたのか……」
「何をしているんだ、自分の妻の出産と言うのに……」
中から聞こえてくるナアマの声は相当な難産のそれのようだ。苦しそうなうめき声に、ベナヤは耐えられない。医者でもない、産婆でもない、何もできない自分が恨めしい。
バタバタと激しく侍女が出入りする。ベナヤはただ、部屋の外に突っ立っているだけだ。
たとえ自分の子でなくとも、ソロモンに来てほしい。あの人は一切動じることなく、この場に居るだろう。自分もそれに、いくらかの勇気をもらえる気もした。
ナアマがひときわ、大きな声を上げた。それは、今にも死にそうな痛みの声。戦場で負傷した兵の断末魔にも見ているような気がして、ベナヤは背筋が凍った。
ナアマは生死の境をさまよっているのだ。ベナヤにはそれがわかった。
彼は気が付かないまま、本能的に、いつの間にか叫んでいた。
「王妃様!聞こえますか、王妃様!」
ベナヤの叫び声に、周囲の召使いたちは驚いているようだった。だが、ベナヤはもはやそのようなことは気にも留めない。留めている場合ではない。
「王妃様、お気を確かに!私が付いております、ベナヤがここに居ます!」

「ベ……ナヤ……」
ナアマはその声を聴いて、うめき声をあげた。その時、今までで一番大きい、体をバラバラにするような痛みが襲った。



ソロモンとヒラムは、彼らが満足するまでそこにいた。不思議と、全く眠くなかった。だが、ヒラムはある瞬間、なにかに知らされたように起き上った。
「もう……行く時間だ」
ソロモンはふと、彼の後ろに蛇を見たような気がした。しかし、それも一瞬の事だった。
「ソロモン。もしよけりゃ、お前の知識の片隅においといてくれよ。……悪魔と関わった人間は、ろくな死に方できねえと、昔からよく言われているが」
彼は最後に、ソロモンと握手した。
「ろくな生き方できねえ、って意味でもねえ。この俺が証人だ」
「ああ、覚えておこう。ヒラム。イスラエル神殿の、歴史に残る建設者よ。そして、私の友人よ」
ソロモンは黒いマントを引き寄せ、ヒラムの体は完全に外気にさらされた。彼は、はしごに足をかけた。
「……さらばだ」
「……あばよ」
ヒラムは、一段一段梯子を降り、見得なくなった。「海」に残ったソロモンからは、まっすぐ、振り返ることもなく遠ざかっていく彼の姿は、暗闇に紛れ、すぐ見なくなった。暗い中、彼には、道がはっきりわかっているようだった。
ソロモンはその場で泣き明かした。「海」は、彼の涙をいくらでもその身にたたえた。



「よう、帰ってきやがったのか、ろくでなしども」
ヒラムは挑発的に笑う。彼の目の前には、ジュベラ、ジュベロ、ジュベルムの三人の職人たちがいた。槌とたがね、鋭い刺のついたコンパスを持って。
明るい星明りに照らされた彼らの顔は、飢えていた。彼らが故郷でどんな扱いを受けてきたのか、そしてどれほどまで屈辱と復讐心に狂い必死でここに戻ってきたかを、よく推し量れる顔だった。
ヒラムは丸腰だった。だが、彼らは彼にすぐに襲い掛からなかった。
「一つ聞きたい」ジュベルムが言った。
「お前のところに来たのは、殺したさのみではない。風のうわさに聞いた。お前は、不思議な力を持っていると、人ならざる力を持っていると、話している奴らがいたんだ。悪魔の子孫を刈り取っていると吹聴している団体が」
「……それで?」
「その力、俺たちによこせ」
ヒラムは軽く笑った。
「はは、そんなのは無理だ!渡そうとして渡せられるもんじゃねえし、第一……あんなもん、人間が使うもんじゃねえよ。特にお前らみたいな、どうしようもない奴らはな」
それが、彼の最期の言葉だった。職人たちは、彼に一度に襲い掛かった。頭上に槌が振り下ろされ、胴体にたがねが食い込み、そして彼の心臓にコンパスの針がグサリと突き刺さった。


何時間にもわたる分娩の中、ベナヤは叫びながら、必死で神に祈っていた。
「(神よ!神よ!お願い致します、どうか、ナアマ様を、王妃殿下を、お守りください……!)」
だが、それはある瞬間だった。
「出た!出てきたぞ!」医者の声が響いた。それに、一気に場の空気が希望の色を含んだものとなった。
「王妃殿下!あと少しです!」ベナヤは言った。
誰もかれも、必死になってお産を執り行った。ナアマ自身もだ。
そして、ついに。
その場に大きな産声が響き渡った。
「生まれたぞ!男の子だ!」
続いて医師のそのような声が響いた。

「男の子!?」「王子だ!」「世継ぎの誕生だ!」
その場は歓喜の色に染まった。ベナヤはいてもたってもいられなくなり、ついに産室の中に入った。産室の面々は驚いたようだが、王が不在と言うのもあり、よくソロモンが代理人として指名していたベナヤだから、そこまで疑われることはなかった。
赤ん坊だ。息をしている。元気に泣きながら。そして、まぎれもなく、男の子だ。母親たるものが、何よりも望む存在だ。
ナアマも生きている。生きて、自分を見ていた。そしてはらりと涙を一筋流した。
「王妃殿下。貴方のお子様です」
産婆が、彼女に赤ん坊を渡した。彼女はそれを静かに抱き、その顔を覗き込んだ。

その時だ。
誰もかれもが喜ぶ中、ベナヤは感じ取った。ナアマの顔が凍りついた。先ほどまでの幸せな表情から、一転して、彼女は再び、昔のような絶望の表情に戻った。
「おめでとうございます」「おめでとうございます、王妃様」
彼らはそれがわからない。だが、ナアマはそんな言葉は聞こえていないようだった。

一体誰が言ったのだろうか?母親としての感が彼女に感づかせたのか、それとも、何か人ならざる者が彼女にささやいたのだろうか?ベナヤには、あの忌々しい踊り子が、ふと王妃のそばに立っていたような気もしたのだ。あの踊り子、ベリアルが、彼女に何かをささやいたようにも見えたのだ。
「違う……」
彼女は震えだした。周囲の人々もようやくそこで怪訝に思う。彼女は自分の産んだ元気のいい赤ん坊を見ながら、絶望したように叫んだ。


「違う!これは、あの人の子だ!ソロモンの子だ!」


事情を知らない周囲の人々は、王妃の言葉の意味が分からない。それはそうだ。王の子だ。違う男の子と言うならいざ知らず、王の子ということになぜ「違う」と彼女が言うのか。
だが、ベナヤ一人にはわかった。何もかも、分かった。そして、彼も床に崩れ落ちた。中に入ってきた使用人たちが事情を聴く声など、彼に聞こえはしなかった。
ナアマは、自分との、そう、生まれて初めて愛と言うものを味わった自分との子供を産み、育てることを、楽しみにしていたのだ。心のよりどころとしていたのだ。ベナヤの子だと思えばこそ、彼女は、明るく生きる希望を持てたのだ。
「(神よ……)」
彼は天を仰ぎ、思った。なんという運命を、神は下したのか。こんなにも喜ばしく、残酷な運命を、神は自分たちに下されたのか。
ああ、神よ、神よ、私と彼女が何をしましたか。ベナヤは心の中でそう言おうとした。だが、思いとどまった。急に、皮肉な笑いがこみあげて、おぎゃあおぎゃあとなく主人の子供の泣き声を聞いて代わりにこう、心の中でつぶやいた。
「(ああそうだ。俺たちは、不倫の恋をしたのだっけ)」


翌朝、ヒラム・アビフが行方不明になったと聞いて、ソロモンは捜索を行わせた。そうすると、モリヤ山に一本、見覚えのない若いアカシアの木が生えていたのが見つかった。
ソロモンは不審に思い、それを掘り返させた。すると、そこから、無残に殺されたヒラム・アビフの死体が出てきた。
アドニラムを始め捜索に来ていた皆がそのむごたらしさにうろたえる中、ソロモンはそっと、彼に手を伸ばした。そして、もう動かなくなった彼の手に、静かに最後の握手をした。彼が好んだ、指の組み方が独得な握手だ。


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