FC2ブログ
 

クリスマス市のグリューワイン

feat: Solomon 第五十四話

後日、神殿の完成が盛大に祝われた。長老に祭司、預言者、数万人がモリヤ山に集い、オリエントに比類なき大規模な神殿の完成を祝った。誰もが、ヒラムの芸術品に心の底から感動した。
レビ人たちが列になって祭具を運び込む。そしてその中に混ざって、羽を広げた天使の像に守られた箱が現れた。モーセの十戒を治めた聖櫃だ。
それは内陣の幕屋の中に隠され、カーテンが閉められるともう、その姿を見ることはできなくなった。だが、このようなもの姿は見えないくらいがちょうどいい。全イスラエルの至宝なのだから。
荷物を運ばないレビ人たちは、シンバルや竪琴を鳴らしながら歌うように主を賛美した。その声が、どこまでも金色に輝く神殿の中に反響し、より美しく響いた。
数万頭に及ぶ生贄が、祭壇で生贄としてささげられた。ヒラムの創った青銅の祭壇では収まりきらず、中庭でも生贄が燃やされたほどだ。
所で、祭司たちがいざ厳かに契約の箱を置き、カーテンが閉められた時に、不思議な出来事が起こった。神殿の中に雲がみちたのである。空でもないのに、そこはみるみるうちに雲でいっぱいになった。
祭司たちが驚いて奉仕をやめてしまった中、ソロモンは「主は密雲の中に留まる」と言う言葉をはっと思い出した。そして、彼一人落ち着き払って、その場に立つ全イスラエルの民衆を祝福しながら、言った。「恐れることはない。主が顕現為されたのだ。自分の交わした契約、エルサレムの土地に神殿を立てるという契約を、主は実現された。そして、この私が地上において実現したのだ」

彼は祭壇の前に立つと、両手を広げた。そしてそのまま、そこに跪いた。あの時と同じだ。あの時も、自分には、こんなものが見えていた気がする。
彼は、自分自身が生贄になったような気分で立ち込める雲に向かって祈った。
「イスラエルの神、主よ、天にも地にも貴方に並ぶ神はありません……」
ソロモンは長く祈った。神の名において、イスラエル人が祝福されるよう、守られるよう、長く、長く祈った。彼の祈りが終わった時、雲の中から雷が降ってきて、大量の捧げものを一瞬で焼き焦がした。
その時になると、もう周りに居るイスラエルはあまりの出来事に腰を抜かしてしまったり、神殿に居るのも怖くなって外に行ってしまったりした。しかし、それは彼らが単純にこれらの事を恐怖しているからではなかった。あまりに大きな力を見せつけられると、人は、それに対してマイナスの感情がなくとも、反射的に逃げ出したりしてしまうことも多い。その証拠に、彼らは全てが終わり、雲が晴れ、神殿に平穏が戻った時、気を取り直しながら、先ほどにもまして一層、強く主を賛美し始めた。
ソロモンは雲が晴れた後も、その場にいた。ここに、神がいた。ここを、自らの住まいとしにやってきたのだ。
神とはいかなる存在か、それは分からない。しかし、ソロモンは思った。
「(どうぞ、ここにお住みください。貴方からすればちっぽけなものでしょうが、俺にとっては、そして、俺の用意できるもの中では、最高の所です)」
具体的な言葉として、それに関する返答は帰らなかった。だが、ソロモンは、七年前にも味わった、非人間的なほどの優しさに、もう一度抱かれたような気がした。
祝いは七日間にわたって続いた、大規模なものとなった。


神殿の騒ぎは、王宮から出もうっすらと聞こえる気がした。ナアマは後宮で、生まれたばかりの子供を寝かしつけながら、それを聞いていた。
生まれた子供は、レハブアムと名付けられた。自分が父や母にどう思われながら生まれてきたか、幼い頭はそんなこと少しも知らないように、彼は無邪気にはしゃいだ。精一杯泣き叫び、乳母の乳を飲んだ。あの生気を感じさせないソロモンの子であるくせに、あまりに生気に満ち、元気で、汚らしく、普通の赤ん坊だった。
ナアマは息子に話したいことがあるからお前は席をお外し、と、彼女の部屋についている庭で乳母に行った。乳母は了承し、静かな足取りで去っていった。
ナアマは自分の子の、まだ髪も生えそろわない頭を静かに撫でた。
「……安心おし。どんな事情があれ、ソロモンにとって貴方は跡取り息子だもの。貴方を、ソロモンがないがしろにすることはない。あの人は頭がいいもの。そんな、不必要な噂を呼ぶような真似、間違ってもするはずない」
ナアマは息子を見て、この息子がひどく哀れなものに思えてきた。あんな父のもとに生まれてしまった息子を、彼女は非常に不憫に思った。レハブアムはすやすやと眠っている。ここがどういうところかも知らずに。
ベナヤの子を産みたいとは思っていた。しかし、ただでさえ普通ではない父のもとに生まれてきてしまったこの子に、自分まで絶望を突きつけるのはあまりに酷なことだ、と、ナアマは思ったのだ。
彼は体の半分、ソロモンの血を受け継いでいる。あの、憎らしい夫の血を。だが、もう半分は、確かに自分の血なのだ。哀れな自分の血なのだ。
彼女は息子を優しく抱き上げた。ずっしりと重い体だった。しかし、彼女は乳母に言われた通りの抱き方で慎重に彼を支え、そして、彼にほおずりした。彼女は、泣いていた。
「安心おし。そして何が起こっても、私は、貴方の味方よ。かわいいレハブアム。私の……息子」
これまで自分を愛してきたように。自分のプライドを愛してきたように、これからは息子を愛そう。自分は母親となったのだ。彼女は心で、そう決断した。


塀の外、それを偶然に聞いているものがあった。ベナヤだった。ベナヤはその場で、はらはらと泣いた。
「……王妃様……」
そして、自分も決意した。ソロモンは言ったのだ。実の父がだれであれ、そんなものは関係ないと。彼がソロモンの子であろうと、そうでなかろうと、自分はあの王子を立派に育て上げることに協力しよう。自分ができるいっぱいまで。俺はナアマを愛している。そして、あの子も愛しているのだ。彼はそう悟った。



ヒラムを襲った三人は、すぐに捕まった。彼らは、ヒラムを殺した時彼の真珠の首飾りを奪い去った。ヒラムの死体がそれをつけていないので、それはすぐに分かった。
それが手掛かりになり、足がついたのだ。あっさりと捕まった彼らに、ソロモンは死刑を言い渡した。その時の彼らの叫びは聞こえなかった。憎しみすらわいてこなかった。ただ、くだらないと思った。
ヒラムの葬式はイスラエルで行われた。ソロモン王が先頭に立ち、彼の冥福を祈った。そして、それはイスラエル神殿で行われた、神殿建設の総指揮者の葬儀としてそれはふさわしい事だったので、誰一人文句は言わなかった。その日、初めてイスラエル神殿は実際に祈りの場として使われた。彼は、自らの生みの親の死を静かに嘆いた。ソロモンやアドニラム、その他、何万人もの親とともに。


ところで月日が流れたころ、ソロモンの元にヒラムの死体を引き取りたいと言うものが現れた。彼女は若い女性だった。そして、3,4歳ばかりの子供を連れていた。彼女は、自分はティルスのヒラムの妻だと言った。
ソロモンはもちろん彼女の好きにさせ、布で包んだヒラムの死体と、それを運ぶための馬と車を彼女に与えた。道中の金もだ。
「ソロモン王陛下。本当に、ありがとうございます」彼女は言った。
「ずいぶん反対しましたわ。でも、この人は本当に、最後の仕事として、イスラエルに行って、神殿を作りたかったようなのです。それをかなえて下さって、この人は、本当に、喜んで死んでいったと思います。ありがとうございます……ありがとうございます」
「知っていたのですか」ソロモンは言った。
「ええ」
彼女は彼の棺の前で、そう言いながら泣いた。彼女に寄り添う子供は、母の涙の理由がわからないようで、彼女は固く傷のついた手で彼に行った。
「さ、お前もお別れをお言い。お父さんだよ。これが、お父さんなんだ」
その光景を見ていて、ソロモンも、同じように嘆いた。彼は、その未亡人に、ヒラムと自分は親友となったことを言った。未亡人はそれを喜んだ。人付き合いの苦手な夫に、そう呼べる存在ができたこと。そして知れば、世界に名だたるソロモン王だったことを、彼女は泣きはらした目はそのままに、気難しや子供が友達を作ってきたと聞いた母のように、喜んだ。
「きっと、夫の晩年は、幸せだったことでしょう……貴方と出会えて。これほどのものを作れて、何より幸せだったはずです」
ソロモンは彼女がそれを望んでいると知ったので、彼女にいくらでも、ヒラムの話をした、ヒラムが自分に素晴らしい指輪を与えてくれたことも話した、その話を聞いたとき、彼女は自分の服の中から、金色の、三角形の飾りがついたペンダントを取り出した。それは、あのスリランカのルビーをいただいた指輪の同じようにきらきらと輝いていた。
「夫は、誰かに何かを作るのが好きでした。これも、私と結婚した際に作ってくれたのです。夫は貴方にも、作りたかったのでしょう」
彼女はそう言って口をつぐんだ。
ソロモンは、遺体とともに、彼がティルスからやって来た日に彼が持っていた数少ないの荷物、彼の三角定規とコンパスを彼女に返した。彼女はそれを喜んだ。

そして、彼女は、夫の最後の大仕事となったイスラエル神殿の荘厳華麗なたたずまいを息子とともに見届け、夫の遺体を連れて、ティルスに帰っていった。

「ヒラムよ」ソロモンはその日、バルコニーからモリヤ山を眺め、言った。
「……さようなら。ありがとう」



青空に真珠の翼をはためかせ、パッと空に現れたその美しい存在を、きっと多くの人は目にしなかっただろう。彼は人間の眼には見えない。彼はベリアルだった。
ベリアルは大きな翼を空を飛びながら、イスラエル神殿を見下ろした。
「神様の神殿、イスラエルの神の家。……悪魔の子が槌をふるって、何十人もの悪魔が仕上げた神殿、か」
そして、彼は笑った。
「はは……すごく相応しいや。まるで、天国を削り取って持ってきたみたい。こんなものを、人間が作れる日が来るなんてね?……すごく素敵じゃない。神の家にすごく相応しいよ。悪魔が作った宮殿なんて」
神殿に人が目まぐるしく出入りする。ひっきりなしに祈りの声が聞こえる。ベリアルは「だってさ。思い出すじゃない。昔の事」と、誰かに言うような独り言を続けた。
「悪魔たちも、もともとは天使だったんだものね。悪魔の長は、誰よりも、神様を愛した天使だったんだものね。……まるで、その時代の再現だ。人間が生まれる、何億年も昔の、さ」
神殿のそばにちょこんと立った若いアカシアの木の上で、ヤツガシラが遊んでいる。そこに、どこからともなく赤い蛇がやってくるとヤツガシラは驚いて逃げだした。蛇がベリアルを睨む。ベリアルも彼に皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「ねぇ。ひょっとしてさぁ……わざと、だったのかな?あの時代を再現するために、わざと、君の子孫にこんな運命を授けたのかな?なんてね?」
そしてそれを言い終わると、ベリアルは再び、宙に消えた。
イスラエル神殿は彼に構わず、今日もにぎわっていた。神殿のおかげでイスラエルはなお発展し、ソロモンの名声はオリエント中に轟きつつあった。


(第三章・完)

スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する