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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Eve 第五話

リリスとはそのあと数度会った。会うのはいつも、イヴが眠れない夜だ。昼間にリリスのところに行こうと思っても、イヴは道を覚えていなかった。真っ暗な中音のみを頼りに行く道がどれであったか彼女は覚えてはいられなかった。
ただ、リリスと会って話すのはイヴにとって本当に楽しかった。彼女は、天使たちは蛇とは違う魅力を持っていた。自分にいちばん近しい存在としてのリリスに、イヴはとても好意を持っていた。

ある夜、イヴがリリスのもとに居ると、ふと彼女の眼にいくつも飛び交うものが見えた。暗闇の中、それはぼんやりと淡い光を発しながらあちこちに点在していた。
それらは人間のようにも見えたし、動物のようにも見えた。うまく聞き取ることは出きないが、声のようなものを発して会話していた。
「リリス、あれは何?」
「精霊よ」リリスは答えた。
「人間や動物にはなれないけど、天使でも悪魔でもない、中途半端な奴ら。安心するといいわ。害を及ぼしてくるほど大したものでもないから」
リリスはそう言って、イヴを抱き寄せた。精霊たちはリリスに気が付いたらしく、イヴにはわからない言語で彼女の方を向いてひそひそ話している。
ぼんやり発光する精霊たちと、リリスの起こす火の光、そして空にある月と星の鮮烈な光、三つの光が暗闇の中彼女達を包み込んだ。イヴはとても幻想的な思いに浸った。
リリスはその隣で、柘榴の実を割った。そして中からぽろぽろあふれてきた粒のうちの一つを、イヴの唇に押し付けた。
「お食べ」
彼女は静かにそう言い、半ば強引ともいえるほど、それをイヴの口の中に押し込んだ。イヴの唇にリリスの指が食い込む。
柘榴の甘酸っぱい味が小さくイヴの口内ではじけた。だが、イヴはそれよりももっと心を惹かれることがあった。
自分の唇に誰かが手を触れたことなど一回もない。だから、今まで知らなかった。唇に触られることには、不思議な快感があった。不思議、と言うのは、イヴが普段味わうような、美しいものを見たり動物たちと遊んだり、体を思いっきり動かすことで得られる快感とは少し異質なものだと彼女は感づいたからだ。どこか背筋と、そして心臓がぞくぞくする。身震いをしたいような感触に襲われた。しかしそれは決して恐ろしく不快なだけでなく、同時に確かに快感であったのだ。
リリスは自分のそんな様子に気が付いているようだった。彼女はくすくすと挑戦的に笑い、彼女の股の間にこぼれた柘榴の粒を拾って自分もためた。
「何さ、イヴ」わざとらしい口調で彼女は言った。
「そんなにうろたえちゃって」
「だって、変な気分になったんだもの」
「へえ、どんな気分?こんな気分?」
リリスはそう言ってもう一度イヴの唇を撫でる。イヴはまた、自らの背筋をびくりと震わせた。リリスはそんな彼女の反応を見て面白そうに笑う。
「触れられたこと、ないの?」
「うん……」
リリスはそれを聞いていよいよ本格的に笑い出し、そしてイヴにもっと柘榴をすすめた。イヴはとにかく、初めて感じる得体の知れないものから逃れたいという気持ちもあって、見知った感触である柘榴の甘みに頼ることにした。そして、星空を眺めた。星空に赤い流れ星が一筋飛んで行った。
それで、忘れられると思った。だが、リリスは簡単にそれを許さないようだった。彼女が柘榴を食べている間、リリスはじっと舐めるように彼女を見つめた。
「どうしたの?」
視線に耐えかね、イヴが彼女の方を向いた時だった。リリスはふっと彼女の頬を握り、イヴの唇に自らのそれを重ねた。
とたんに、イヴの体を先ほどまでと似た感触、しかしそれらを数倍強くしたものが襲い掛かり、イヴの体を蝕んだ。体中が鳥肌が立つ。身震いが止まらなかった。リリスは力が強く、離してくれない。異常な感触から逃れるために話すよう懇願しようとしても、口をふさがれていてはどうにもならなかった。

イヴの記憶はそこで、いったん途絶えた。目が覚めた時、彼女はいつものように、アダムの隣にいたのだ。アダムは寝ていた。
「アダム!」
彼女はぞくりと昨夜受けた感触を思い返して不安になり、アダムを起こした。アダムは寝ているところを起こされ、不機嫌になるよりも異常を察知したようだ。
「……どうした!?」
イヴは急いで、自分にあったことを話そうとした。だがその時、リリスから言われた自分の事は秘密にしろ、と言う言葉が頭をよぎり、彼女は口をつぐんだ。
「……おはよう」
「?……ああ、おはよう」
ぎこちなく彼女は返事する。アダムは面喰っているようだった。
気まずい沈黙が続く。それを何とかしようと、イヴは話題を見つけた。
「あ、あのね!アダム。昨日、夜に起きちゃって、それで……精霊!精霊見たのよ!すごくきれいなのね、精霊って」
しかし、それで話はさらにややこしくなった。と言うのも、アダムはますます顔をしかめて「セイレイ?なんだそれ?」と言ったからだ。
「え……?暗い中、光ってて、飛び回ってて」
「それは蛍だろ」
「違うもん!私やあなたや、動物みたいな姿してるの。そして、言葉を話すの。私にはわからない言葉だったけど……」
アダムは何度話しても、そんなもの見たことないし知らない、と言った風だった。イヴは困ってしまって、結局言葉に詰まった。
アダムはそんな彼女の頭を一回だけポンとたたいた。
「気にするな。綺麗な夢を見たんだな」
彼は彼女の見たものをすべて夢として片づけてくれたようだった。
しかし、あれは夢だったのだろうか?イヴは自問自答する。だって、目が覚めたら自分はアダムの隣にいたのだから。
リリスがわざわざここまで運んでくれたのだろうか?イヴは考える。そう思うと、夢であるような気もしないでもなかった。
だが、そう思って見ても、やはり自分ははっきりと歩いて、森の中をリリスの声を頼りにかき分け、彼女のところに来て、彼女と語らった気がするのだ。喉の奥に、彼女からもらった柘榴の果汁がまだのこっている気すらする。そして……リリスから受けた、あの、不思議な感触も。
イヴはそっと、自らの人差し指で自分の唇に触れ、なでてみた。それが自分のものであるからだろうか、例の感触はリリスにされた時よりもずっと薄い。それでもやはり、あの感触と同じものだった。どこか不安をあおり、しかしそれでも気持ちのいいもの。
イヴはしばらくの間ぼうっとしていた。だが、彼女はアダムに気が付いた。アダムは、そんなことをする自分を怪訝そうに、そして、不愉快そうに見ていた。
イヴは慌てて手を引っ込める。何か、アダムの前で悪いことをしてしまったように思ったのだ。
「イヴ……」彼は、どこか問い詰めるような口調で言った。
「それ、どこで、誰に教わったんだ?」
彼の言葉を聞いて、イヴは「えっ?」と戸惑った。だが、アダムは続ける。
「誰かがお前に、唇に触れることを、教えたのか?」
アダムは真剣な様子だった。今までに見たことがないほど、彼は鬼気迫って見えた。イヴはそんな彼に恐怖した。だが、リリスの事を秘密にしておくという約束を破る気はなかった。
「別に、誰にも……」
彼女がそう言うと、アダムは「……そうか。なんでもない。忘れてくれ」と平常心に戻ったように言った。



アダムがいつも通りいってしまって、ガブリエルが来てくれてからも、イヴの心は晴れなかった。
「どうしたの?イヴ」ガブリエルがそんな彼女に心配そうに言う。だが、リリスの事を話さずにすべてのことを話そうとするのは難しかった。
「私が変な夢見て、アダムに迷惑かけちゃった」イヴがやっと言ったのは、その程度の事だった。何でもかんでもありのままに話せないということは時として楽しいが、時としてこんな苦労も招くのだということをイヴは知った。
「変な夢?どんな夢よ?」
「アダムも知らないものに会ったの。すごく綺麗だったんだけど、アダムは見たことがないから、そのお話ができなかったの。それで、なんか、変な感じになっちゃって」
イヴは必死で、ぎこちなく説明した、ガブリエルはそれを迷惑がることなく、神妙に聞いた。
「なるほどね。……気にすることないわよ、イヴ。アダムはきっと怒ってないわ」
「ほんと?」
「ほんとよ」
そうしてガブリエルは、彼女を連れて、彼女が行きたいと言っていたオレンジ色の百合が咲いているエデンの北の花園に向かって案内するため、歩みを進めた。イヴもそれについていった。


目の前にずらりと並べた居城見て、アダムは言った。
「……これは、花崗岩。……これは、ルビー。こっちは、孔雀石」
「花崗岩に、ルビーに、孔雀石……孔雀石はずいぶん、安直だな」
彼の発した言葉を反芻するのはミカエル。アダムの付けた名前全てを、彼は神に届けるのだ。
やがてひと段落つくと、ミカエルはアダムに問いかけた。
「アダム。今日のお前は何か、少し考え事をしているようだが、何かあったのか?」
ミカエルはきりりとした表情を崩さないまま、アダムにそう言った。アダムは「よくわかったな」と言った。
「イヴの事についてなんだが……今日、ちょっと嫌なことがあった」
その言葉を聞いて、ミカエルはぎょっとする。
「ど、どんなことだ?」
「……イヴが、今朝自分の唇を撫でていた。それが……すごく、あいつみたいだったんだ」
それを聞いて、ミカエルはいよいようろたえた。心なしか、輝くような顔も青くなった。
「そんな、まさか、イヴは神様が完璧に欠陥なくお作りになられたはずでは……」
その間に不穏な空気長なれる。アダムはきりりとした顔を保とうとしているが、内心はあることに対して大きな不安を持っていた、だがその時、空の上からその雰囲気を打ち消すものが現れた。
「よう、ミーちゃん、アダム。久しぶり!」
軽い声で現れたそれは、天使ラファエルだった。

「ラファエル……」
突然現れた彼に、ミカエルは狼狽したように言う。アダムも、彼の急な登場に面食らっていた。
「元気だった?アダム」
「ああ、まあ……」
「ラファエル……我々は重大な話をしようと……と言うか、誰がミーちゃんだ!?」
ミカエルはそう言って彼に牙をむく。だが、ラファエルは冗談だけできたわけではないらしく、彼もおちゃらけた表情を真剣なものにした。
「ごめんってば。残念だが、オレも重大な話を持ってきたんだよ。今すぐ知らせなけりゃならねえ緊急事項さ」
「なに?」
それを聞いて、アダムもラファエルに注目する。
「何があったんだ?ラファエル」アダムが食いついた。
「悪いけど、いいニュースじゃねえよ。このエデンにさ……」


「わあ……本当にあったんだ」
一面に広がるオレンジ色の百合の花を見て、イヴはため息をつく。白い百合の花弁が夕日に染まった時よりも、それは鮮烈なオレンジ色をしていた。空の青さと真逆なオレンジ色は、眩しいほどに彼女の目の前で輝いた。
彼女は大喜びで花畑に入った。
「喜んでくれてわたしも嬉しいわ」
ガブリエルも笑って、花畑の中に入る。その時だった。
轟音と、大地を揺るがすような衝撃とともに、何者かがイヴとガブリエルの前に振ってきた。

見上げるような巨大な体をした彼は、ガブリエルたちと同じように背中に翼を生やしていた。だから、彼も天使ではないかとはイヴも思った。
だが、イヴがこれまであってきた天使たちとと比べて、彼は恐ろしげですらあった。気迫に満ちていて、怒っている様な雰囲気を漂わせている。かっと見開いた鋭い目は、まるでリリスが起こす火のようだ、とイヴには思えた。
彼はゆっくりと立ち上がり、イヴとガブリエルの前に仁王立ちになった。
イヴは怯えて、ガブリエルの後ろに隠れる。だが、ガブリエルは穏やかに彼に言った。
「ウリエル。イヴが怖がっているわよ」
「……ウリエル?」
ガブリエルの後ろに隠れながらそう言ったイヴに、ガブリエル自身が彼に代わって彼の紹介をした。
「怖がらなくていいのよ。彼はウリエル。わたし達と同じ天使だから」
イヴはその言葉をを聞いて、恐る恐るガブリエルの背中から顔を出す。ウリエルは相変わらず、鬼気迫る恐ろしい表情でイヴを睨んでいた。それに、やはりイヴはすくんでしまう。
「ウリエル。あなた、ちょっと怖すぎるみたいね」
「……悪かったな」
地から湧き上がるような低い声で彼はそう言った。
「……イヴ。初めまして。ウリエルだ。……よろしく」
彼自身もあまりしゃべるのは得意な方ではないらしかった。イヴは恐る恐る「よ、よろしく……」と言った。
「もう。イヴったら。ウリエル。何の用でここに?貴方がわたしたちと一緒にお花畑で遊びたい柄には見えないけど」
「……伝えねばならんことがある。重大なことだ。……ミカエルのもとにも、ラファエルが、伝えに行っている」
それを聞いて、ガウリエルもすっと表情を真剣なものに変えた。「何?何が起こったの?」と、ガブリエルはいつもの優しそうな表情を引っ込め、ミカエルのような厳しさすら持って、目の前の巨躯の天使に詰め寄った。ウリエルは答えた。
「……このエデンに、悪魔が入った」

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