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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Jephthah 第一話


エフタは四十年あまり生きてはいるが、彼の子供時代はと言えば、彼自身が思い返してみても惨憺たるものだった。
そりゃあこの世は広いのだし、探せばいくらも彼以上に不幸な人間も出てこよう。だが、それに何の意味があるだろうか。エフタは自分の過去が不幸だったと確信しているし、それを否定する気に等なれない。

彼はギレアド地方の、、そこそこ裕福な男の息子として生まれた。父の名前もまた、ギレアドであった。だが、自分が受けた父親の恩恵など、乞食が得る者と比べてもそう違いがあったためしもない。わずかばかりの冷えた食べ物に、汚れた、不潔な着物。寒い夜などは体が凍えそうになるペラペラの寝具。それが彼には与えられた。彼は、公然と露骨すぎるほどに露骨な差別を受けた。
彼は、ギレアドがとある娼婦に産ませた子供だった。エフタは顔も見たことがないし名前も知らない。彼女はもう死んだのか、あるいは逐電したのか、周囲の人々は最後まで彼に何も教えてはくれなかった。
ただわかることが、ギレアドは彼女にかなり入れ込んでいたらしい。だからこそ彼女が産んだエフタの事も、見捨てることなく引き取って育てたのだと、エフタは何度も恩着せがましく言われたものだ。
当然、ギレアドの妻にすればそれほど面白くないこともないだろう。彼女は彼女の息子たちと一緒に、先述したようにエフタをいじめた。ギレアドはそれを止めず、ただただ黙認していた。彼も、妻に内緒で他の女に心揺らぎ挙句子供まで産ませ、しかもそれを育てさせていることに対する罪悪感はあったのだろう。それは間違ってはいない。不倫の恋をしておいて、被害者であるはずの妻に堂々と開き直るのも感心できない行為であることは間違いない。ギレアドの妻に関しても同じだ。彼女が被害者であるのは間違いない。どのような事情があろうと、結婚したならば一生責任を持って添い遂げるのは夫婦の義務だ。その義務を一方的に破られて怒らないのが道理と言うのはさすがに無理だ。
ギレアドの妻に非はなく、ギレアド自身も罪を認めている。誰も責められることのないのに、ただ不快感と憎しみだけが残る状況。それがより、エフタを八方ふさがりにさせた。
自分が一番罪があるのか?ただ生まれてきただけの自分が。少なくとも、ギレアドの妻、息子たち、そして、彼女や彼らの肩を持つ人々、つまり周囲の人全員が、彼にそう言った。一番厄介で一番責められるべきはお前、売女の子供なのだと。
エフタは小さい時、それに対し怒りようもなく、泣くことも許されず、ただ、耐えていた。そして彼が成長し、ギレアドが病に倒れた時だった。いずれ死のうかと言う彼を目の前に、ギレアドの家族たちは、エフタに向かって言い放ったのだ。
お前に与える財産なんぞ穀物の一粒もありはしない。とっとと出て行け。父がいなくなっては、お前を養ってやる義務もない。出ていって、のたれ死ぬがいい。
そうして、着の身着のまま、エフタは石をぶつけられ強引に追い出された。いくつの頃だったか、もう記憶もはっきりしない。あそこまで、生まれてこなければよかった、と、はっきり思ったこともない。



トブの地に今日も夜が訪れる。この地では、日は一足早く暮れるのだ。切り立った岩山は、地平線よりもずっと早く太陽の姿を隠してしまうから。
エフタは馬のひづめを鳴らし、自らの町に帰ってきた。彼が馬を止めると、後ろにつく子分たちも同様にする。そして、めいめい持っていた荷物を広げ始めた。
穀物や乳製品、衣服に、金貨。それらすべてを山にすると、エフタは彼らに大きな声で告げる。
「分け前を取りな。いつも通り、自分の家族に必要な分だけ取るんだ」
彼のその一声で、子分たちは分捕り品の山に群がる。ただ、意外にもその身分から連想されるような、卑しい奪い合いはおこらない。誰もかれも、どこかお互いに遠慮するように、一種の品の良さすら持って、つい先日襲った商隊から奪った荷物を分け合った。子のあるものはその分だけ多く、独り身のものは少なく。
最後にわずかばかりの一山が残り、それをエフタ自身がとった。
「今日もご苦労だった。家に帰って休め」
彼が最後にそう言うと、子分たちはめいめい、帰っていく。エフタも、彼らの帰りを見届けてから自分の家に向かって踵を返した。


この切り立った岩山に囲まれた街、トブに住むものに、まともな者はいない。理由も生い立ちも様々だが、彼らは皆、世を憎んだならず者たちだった。男も女も老いも若きも、全てがそうだった。彼らの産んだ子供たちも、周囲のすべての大人がそうなので、そのような考えを持っていた。
もっとも、それは今の話だ。少し前までは、トブもごく普通の田舎町だった。エフタが来る前の間は、だ。


「帰ったぞ!」
エフタは自分の家の前で、大声で叫んだ。一週間ぶりの自宅だ。ドタドタと音がし、「父ちゃん!」と出てきたものが一人いた。彼女は真っ先にエフタによってきて、「おかえり、収穫ぁどうだった」と言った。
「上場さ。母ちゃんは元気にしてっか」
「モチのロンだ。母ちゃんは切ってもついてもびくともしねぇよ」
そう言ってガハハと豪快に男のように笑っては見せても、イフィスは年頃の少女で、エフタの一人娘だった。むろん年頃の少女とはいえ、町に居るしっとりとした女らしさなどイフィスにはまるで無縁だ。髪の毛はぼさぼさのものを無造作にまとめ、言葉づかいも立ち居振る舞いもおよそ品からはかけ離れている。化粧なんて生まれてこの方したこともない。
それでも、親の欲目じゃないがエフタはイフィスの事を可愛らしい娘だと思っていた。少なくとも、十人並よりは上の器量をしているはずだ。
イフィスは父の持っている荷物を自分でそそくさと持ちながら、父を家の中に案内した。父、エフタ。トブの町のリーダーであり、そして、この一帯で恐れられている悪党の頭を。
「今日の収穫は大きいんだな」
「まぁな。過ぎ越しの祭りが近いからよ、お偉いさん方はどいつもこいつも気合入れて準備する。ま、俺たちゃ神様なんぞ関係ねぇし、信じねえがよ」



エフタは覚えている。若い時、自分が必死で家を逃げながら、どんなことを思っていたか。
あの時、自分は世間に絶望したのだ。ただ生まれただけの自分をさげすみ、貶め、それを正義と信じて疑わない世間をエフタは知り、そして、心の底から憎み倒した。
そしてそれは、巡り巡ってトブについてからも同じことだった。彼は、相変わらず冷ややかな目で見られた。世間と言うものは少年の頃の彼が思っているよりもずっと、異端者を見つける目が肥えていた。彼がどうにかうまく繕おう、この自分を知るものがいない地で、今まで送れなかった生活を送ろうと思っても、彼がまともな育ちをしていないということは、「まとも」と呼ばれ尊敬されている人間ほどよく見抜いた。そして、そんな育ちをしているからには問題があるのだろう、と、誰もがやはり彼をさげすみ、卑しい仕事を押し付けた。エフタが娼婦の子だということは知らずとも、神に呪われ産まれてきた子供なのだ、と言うことは、恐ろしいほどにあっさりと周囲は理解した。
どこに行っても、自分の生まれからは逃れられないのだろうか。少年の彼は思った。誰からも存在を歓迎されなかった自分は、所詮、「まとも」に生きることなど許されないのか。一生、さげすまれ、嘲笑され、まともな人間の踏み台になるしかないのか。
それが、イスラエルの神が自分の下した運命なのだろうか。ああ、きっとそうなのだろう。神に生贄をささげ、祈りをささげ、そして神から幸せな生活を贈られたつ彼らが、そう主張しているのだから。
エフタはそう思った日、生まれて初めての事をした。それは、殺人だった。彼は金を得るために、イスラエル人が何より遵守すべきもの、モーセの律法を犯した。

捕まると思っていた。死刑になると思っていた。そして、それはそれで本望だった。こんな世界に生きていて何になる。どうせ自分は生まれながらに罪人だ。神に愛されぬ、地獄行きの存在だ。何をしてもいつまで生きても同じことなら、少しでも胸のすくことをして、それから地獄に落ちる方がいい。彼はそう思っていた。
だが、そのもくろみは外れた。エフタは捕まらなかった。エフタはそれを見て、もう一件、もう二件と、トブでも知られた金持ちの家に入り殺人と強盗を続けた。それらは驚くほどすんなりとうまくいき、なぜ世の金持ちの防犯意識はこれほどまでに低いのか、と彼を疑問に思わせた。
やがてそんなことが続くと、エフタはようやくトブの知事付きの兵隊に見つかった。彼はそこで、死ぬだろうと思っていた。そして、今までと同じようにどうせ死ぬなら一人でも「まとも」な人間を道連れに、と剣を抜いて彼らと切り結んだ。
そして、エフタは自分は傷一つつかず、彼らを簡単に殺してしまえたのだ。

彼はその時、自分に腰を抜かして後ずさる控えの兵士たちを見ながら、かねてよりの疑問の答えをおのずと理解した。。周りが弱いのではない。自分が強すぎたのだ。周りの防犯意識が脆弱なのではない。彼は、まさに、悪党として生きるには天才的な人物だったのだ。


彼は悪党として生きることを決めた。ケチなコソ泥ではなく、大悪党になると彼は決めた。彼は、トブの地を恐怖に震え上がらせ、やがてトブに住むものはエフタを恐れて次々と出て行ってしまった。
そして、入れ違いに入るものがあった。彼らは、エフタと同じく、様々な理由で「まとも」に生かしては貰えない者達だった。そして、彼らはエフタの話を聞いて、彼を頼ってやってきたのだ。
エフタは彼らを自らの治める町の住人として歓迎した。
神も守らぬ自分の身は、自分たちで守るほかはない。どうせ地獄に行くのなら、その日まで生きようじゃないか。自分たちは、自分たちによってでしか愛されないのだから。まともな世間は、イスラエルの神は、自分たちが惨めに死ぬことを望んだのだから。


エフタたちはトブの地で生きた。まともな人生を送ることを神によって拒否された者達を次々と自分たちのもとに迎え入れた。不思議と、荒くれ者の彼らはトブの町ではいさかいを起こさなかった。それは、彼ら自身にもよく分かっていたからだろう。この町に住むものは、正真正銘、誰もかれも、自分と同じような境遇をたどった者達だと。
彼らは、良く協力し、隣人を愛した。エフタも上に立つものとして彼らを良くまとめあげ、万一口論が起ころうものならすぐさま調停した。
トブは平和だった。生まれてから一度も幸せを感じられなかった人間が、世間から、神から離れ、生まれて初めて幸せを享受できる場所。それが、エフタの築いた街だった。
彼らはそこに住まい、そして、岩山や荒野に出ていっては、自分たちを虐げたような金持ちの商人たちから略奪行為を行った。彼らは皆、一様にまともな人間を恨んでいたのだ。



「またトブの盗賊団か!」
ギレアドに長老たちは頭を抱えた。きたるべき過ぎ越しの祭りに備えて商人に依頼していた荷物がすっかり奪われ、商人も殺されてしまったというのだ。
「ただ物を盗むだけでも恥ずべき大罪だというのに……!ましてや!偉大なるモーセが神より与えられた過ぎ越しの日を祝うのは、イスラエル人にとって何よりも大事なこと!奴らは、それをもコケにするのか!神を信じぬ恥知らずの悪党どもめ!」
その日、ギレアドの貴族や長老は身を寄せ合い、会議を開いていた。彼らは口々にエフタを罵った。
「全くだ……エフタ……あの、わが父から出たとも思えぬから出た恥知らずめ!」
そううめく男性が一人いた。彼の名前はゼブルといい、エフタの弟だった。ギレアドとその妻の間で一番最初に生まれながらエフタより年下だった彼は、エフタの事を何よりも恥に感じていた。子供の頃は、自分より年上のギレアドの息子が娼婦の息子であることが。そして、大人になってからは、のたれ死んだと思っていたその恥知らずの兄が、有ろうことか盗賊になっていて自分たちを苦しめていることを。
ゼブルにとって、周囲のギレアドの人々が自分に理解があり、エフタの罪と自分の罪を同一視しないのが幸いだった。なればこそ、彼は余計にエフタに対して強い嫌悪感を燃やした。
「下手に力だけはあるから、めったな真似もできんし……」
「この前など、軍隊ひとつ送っても、エフタの率いる盗賊団にやられてしまいましたからな。とにかく、ありゃあむちゃくちゃです。恥を知らない分戦いにも見境がなく、それで結局我々を打ち破って勝ってしまう」
「……酷い話ですね」
彼らの話にふと口をはさんだ若者がいた。彼の名前はハモル。ギレアドではこれまた名の知れた名士の息子である。
「僕たちと同じアダムの子孫で、しかも仮にも同じアブラハムの血統から出たものに、そのような者達がいるとなると吐き気がしてきます。そんなことだから、神はイスラエルを見捨てられたのだ」

この時、ギレアドに住むイスラエル人を悩ませているのはエフタだけではなかった。彼らはかつてギレアドを治めた偉大な士師ヤイロを失い、十八年ばかり混乱の時代に陥っていた。異教神に対する崇拝すらはびこり、ペリシテ人やアンモン人に圧迫される状況が続いた。
無論のこと、しっかりと信仰を守ってきた彼らのようなイスラエル人にとっては嘆かわしいことこの上ない状況だった。
「やれ、エフタの事も重要ですが」
別の長老が口を開く。彼は、ハモルの言葉に乗る形で、このままエフタに対する愚痴の言い合いになりそうな会議の話題の矛先を変えた。
「アンモン人の事もまた、頭の痛い事ではありませんか。奴らに対抗するためミツパに陣を敷いて久しいですが、それでも一向に戦況はよくならぬばかり。このままでは我らが奴らにのまれてしまうのも時間の問題です」
「それは……確かに」
彼のもくろみは成功し、会議の方向は今ギレアドの住民を悩ますアンモン人の話になった。
「斥候の持ってきた情報によりますと、アンモン人たちは近日中大規模な戦を仕掛けるようです。こちらからも対策を練らないと……」
「しかし対策と言えど、アンモン人の軍事力との差はあの通りですし……」
しかし、会議の方向が終われど、会議がなかなか進まないことは変わらなかった。彼らは分かっていた。アンモン人とイスラエル人の間には歴然とした戦力差があり、まともに戦をして勝てる相手ではない。
だがしかし、イスラエルの神に選ばれた民として、異教徒であるアンモン人に跪くなど彼らが許せるはずがなかった。彼らは考えた。
「もし、アンモン人に立ち向かえるほどの軍事指導者が現れれば、その人がギレアド全土の頭となろうに……」
その言葉が出た時だった。ゼブルが、何か思いついたと言ったようにふと顔色を変えた。

長老たちも彼のその様子を見て、彼に注目する。抱か当のゼブルは顔を白黒させ、自分で編み出したその考えに対し随分悩んでいるようだった。
「どうかしましたか?ゼブルさん」ハモルが声をかけた。
「対策が見つかったのですか?」
「見つからないということもないが……」
ゼブルは相変わらず言葉を渋っているようだった。長老たちはそれを聞き、「子の際です、柵は多い方がいい!」と、ゼブルをせかした。彼はそれでもいうに忍びない様子だったが、やがて吐き捨てるように言った。
「……みなさん!ご安心してください。私の策は、損をするということはありません。どのような結果になっても、必ずある得が残ります。……しかし、これを実行するには、我々は一瞬、そう……たったの一瞬のみですが、我々の誇りを捨てねばなりません」
「その策とは……?」
長老たちは、ゼブルに問いかけた。



トブが真っ暗になった時、エフタは眠れずに、自分の家の居間に来た。奇遇なことに、彼の妻、ストルジェも起きていた。彼女は机の上にランプをともし、酒を飲んでいた。
「おや、あんた」彼女は明るく言った。
「眠れないの?」
「おうよ。……ちっと、いろいろ考えちまってな」
「いろいろってなんだい?」
「昔の事を思い出したのさ。特に理由なんてねえが。ジジイになったのかね、俺も」
それを聞いて、ストルジェは愉快そうに笑う。
「金持ちの長男に生まれときながら、売女の息子、ってさんざん迫害されて奴隷見たいにされていた、あんたの昔話を?」
「ああ」
「それだけかい?あたしの事は思い出さなかった?」
彼女は勝手に手酌で酒を注ぐ夫の手つきを見ながら、ランプの光に少し小じわの増えた顔を浮かび上がらせていった。
「なつかしいねえ……貧乏子だくさんの家に生まれたばっかりに、親に二束三文で売られてさ、ついた先の家の坊ちゃんに好き放題おもちゃにされて……あまりに耐えきれなくてその坊ちゃん殴り飛ばしたら、いつしか立派な札付き娘。あんたはそんなあたしを気に入ってくれたっけねえ」
「おう。そしておまえも、こんな俺に惚れてくれたっけな」
「それで結婚して、子供産まれて、トブの皆には慕われて……ほんと、あんときを考えりゃ、信じられねえくらい幸せだねぇ。あたしは」
「そりゃ、俺も同じよ。ガキンときゃまさか、自分がこんなに……幸せになれるなんざ思ってもみなかった」
彼はゆくりトランプの炎だけが揺れる静かな空間の中、穏やかに語り合った。彼らが黙ってしまえば、その場は恐ろしいほど静かになった。離れた部屋で寝ている娘、イフィスの寝息が聞こえてくるようだった。彼女はかなり遅くまで友達とサイコロ遊びで盛り上がっていて、ようやく切り上げて帰ってきて、寝たところだったのだ。
「……なあ、ストルジェ」エフタは言った。
「俺の親ってもんは、ろくでもねえ奴らだった。親のくせに、ガキを幸せにする、なんていう義務、はたす気も何にもねえ奴らだったからなぁ。俺ぁそんな奴らをまだ軽蔑してるし、嫌ってるよ。ガキを幸せにしねえで、何が親だ」
「……まったくだね」
「俺のガキの頃夢があったとすりゃ、それはこんな悪党の頭じゃなくて、ある日急に俺の親父が俺に優しくなってくれるか、俺のおふくろが帰ってきて俺を可愛がってくれるか、そのどっちかだったなぁ」
彼はちびちびと酒を飲みながら話を続ける。彼の風格は、怖いもの知らずの大盗賊ではなく、どこにでもいる父親の顔だ、と、どこにでもいる父親と言うものを知らずとも、ストルジェは感じることができていた。
「俺ぁ軽蔑する奴の二の舞にだけはならねぇ。……俺自身が親に苦しめられたからこそ、俺は今親として、あいつを……イフィスを幸せにしてやらなきゃと思ってるんだ」
そう語るエフタの盃に、今度はストルジェが酒を継ぎ足した。エフタはそれを受けて、ストルゲの盃にも酒を継ぎ足す。
「イフィスがどんな人生歩もうと、俺には、あいつが死ぬときに、ああ、幸せな人生だった、って言いながら死ねるような人生歩ませてやる義務がある。……そう思ってるよ」
「ああ、ぜひそうしておくれ。……あたしも、全く同じこと考えてたから」
「偶然だな」
「偶然じゃないさ。だってあたしら、夫婦じゃないか」
トブの夜に響く音は、その二人の会話だけだった。



やがて日が明けたころ、トブの町の見張り番からエフタに連絡が入った。何者かが来ている。しかも、自分達を討伐する軍隊ではない。身なりのいいギレアドの、貴族たちが徒党を組んでまっすぐにトブを目指してきているというのだ。
「どういうことでしょうかね?まさか略奪されに来たんでもあるまいに……」
「……よし、とりあえず迎え入れな。俺が先頭に立つ。てめえら、万が一に備えて用心だけはしておけ」
「はいよ、エフタさん!」
そのようなやり取りの後、エフタは自分自身が彼らを迎えにやってきた。やがてトブの門があき、トブに住まう人々とは似ても縫付かぬ高貴な身なりの一団が姿を現した。

「よう、ギレアドのお偉いさんよ、何の用だ?」
「盗賊エフタよ、我らはお前に言うことがあってきた!」
一番先頭に立っていたもっとも年輩の男が、彼に向かって言う。
「お前も存じているだろう。アンモン人が我らがギレアドを、そしてイスラエル人を苦しめている。近日中に、大きな戦が起こるのだ。イスラエル人エフタよ、お前の故郷ギレアドに帰るのだ。そして、アンモン人と戦うため、イスラエル軍を指揮してくれ!」

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