クリスマス市のグリューワイン

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feat: Eve 第七話


「あの忌々しい悪魔はまだ見つからないのか?」
「奴の隠蔽能力は、私たちを越しているんだわ……」
「チッ……神様を裏切ったやつらは、嫌なとこばっかり進化していくな」
「……どこに隠れていようと、見つけ出してくれる……」

空からそんな会話が聞こえてくるような気が、イヴにはした。
天使達はその悪魔の捜索ですっかり忙しそうだ。イヴは彼らに遊びをねだる気分になれなかった。無論のこと、話しかけたら笑顔で返してくれるし、彼らはイヴを鬱陶しがることなどしない。だがイヴには、今自分の事を優先してもらうのは彼らの邪魔になる、と、理由もあまりわからないがきちんとわかっていたのだ。
アダムは悪魔が入った、と言うことを聞いて、前にもまして無口になった。どこか、不安感にとらわれているようだった。
彼女はそれを慰めようとしたが、アダムは彼女に素直に甘えては来ず「……何でもない。気にするな」と言うだけだった。イヴはこれに関しても、これ以上自分が構おうとするのはかえってアダムにとって鬱陶しいだけではないか、とぼんやりとわかった。それに、アダムがイヴに対して素直でないのは今さらの話だ。

それに、イヴは一人ぼっちになったわけではない。なにしろ、新しく出会えた友達との交流が、今の彼女にとっては楽しいのだ。
「サマエル!」
彼女はいつもの通りサマエルのいる密林に入り、キノコが大量に生えた道を通りながら彼の名前を呼んだ。両手には、大量の果物を抱えていた。
サマエルの返事は帰ってこない。もっと彼のそばに行かないとだめなのだろうか。イヴは彼のいる木のうろに向かって歩みを勧めた。
ここは本当に静かだ。あの日川をさかのぼってみたエデンの園の中心部ほどではないが、それでもエデンの園の、他の場所からは隔離されたような印象を受けた。
上を見上げてみても、光はわずかに粒上に差し込むだけで、その上を飛び回る天使など見えもしない。
それでも、ここにはここなりの美しさがある。イヴはそれを良く分かっていた。色とりどりに咲き誇る花の代わりに、丸く可愛らしい、これまた色とりどりなキノコが今日もイヴを出迎える。彼女はその中の、赤く白い斑点のついたものに目を付けた。
これは特に、見れば見るほどおいしそうに見える。林檎に勝るとも劣らない綺麗な赤色は、果物と同じような美味しさがあるのでは無いかと言う思いを彼女に持たせた。彼女は片手でそれを一本収穫すると、再び歩みを進める。ほどなくして、サマエルのいる木のうろが見えた。
「サマエル、こんにちは!」
うろのなかでぐったりと寝そべっていた彼に、イヴはそう無邪気に声をかけた。彼も、「……ん、ああ、こんにちは」と手持無沙汰そうに声をかけなおした。

「じっとしてた?」
「してたよ……あのな。本当に、こんな翼勝手に治るって言ってるのに……」
面倒くさそうにそう言い放つ彼は特に意に介さず、イヴは手に置いた荷物を地べたに置くと彼の翼に縛ってあった草の蔓をほどいた。彼の翼は確かにもう治りかけていて、しっかりと元の形を取り戻しているように思える。
「良かったわね!もうすぐ治りそうじゃない!」
「……治るって言ってるだろ」
彼は少しアダムに似ている、と、どこと話にイヴは思った。要するに少し照れ屋なのだ。なかなか素直にありがとうと言えない。アダムの事もあるものだし、こういうものだろう、とイヴは受け止めた。
「ラファエルや蛇さんがね、貴方が弱らないように食べ物を上げないといけないって言ったから、たくさんとってきたわよ。どれがいい?」
次に彼女は、自分が持ってきた数々の果物を彼の目の前に並べる。だが、彼女の意向に反して彼はそれらに冷ややかな目を向けた。
「別に……俺は食っても食わなくても同じだ」
「そんな……食べなきゃ元気でないよ?」
「……チッ!うるさいな……お前、ほんとに……」
サマエルはそう言って、イヴを睨みつけた。
「どうせ……どうせ、俺をとらえようとしてるんだろ?正直に言えよ!何が友達だ!俺に友達なんてできるわけないだろ!」
彼はそうまくしたてる。しかし、イヴにとってはやはり、そのことはまだ理解のできることではなかった。エデンの園に住むものは、皆友達なのだ。
アダムや天使たちのように、精神的に忙しいだけなら放っておくこともできるが、彼のように明らかに体に傷を負っているのに見殺しにすることは、さすがにできない。それは友達にすべきことではないと感じる。だからこそこの密林に一人通い詰めているのだ。
それなのに、彼はそもそも、自分とイヴが友達と言う大前提から崩しにかかる。天使達や蛇はもちろん、言葉は通じねど動物たちも皆イヴには友好的に接してくれる。リリスだって友達と言ってくれたのだ。イヴにとって、友達であることを否定されるというのは初めて会う予測不可能な出来事だった。
「とらえようって……何でそう考えるの?そんなの、してないわよ!ねえサマエル、知らないの?」
「は?なにを?」
「今ね、このエデンに悪魔ってのが入ってるのよ。だからすごく危険なの。貴方、そんな怪我したまんまで悪魔に襲われたら大変じゃない!」
「……」
彼はそれに対して無言のまま、ため息だけを一つついた。イヴはたくさん持ってきた食べ物を指さして「お願いだから食べてよ、弱っちゃうじゃない」と彼に言った。
彼はじっとりした目で、その中から赤いキノコを取り出す。イヴはようやく彼が食べてくれる気になったと思ったが、彼はその手を彼自身の口に運ばず、代わりにイヴの口元に運んだ。
「毒見しろよ」
彼はそう言って、にやりと意地悪に笑った。彼の笑い顔を見るのは、これが初めてだった。
「え?」
「俺のこと心配してんなら、それくらいできるよな?これに毒が入ってないか、お前が喰って確かめろ」
毒という言葉も、イヴには耳馴れなかった。しかし今はそれを聞くよりも、サマエルに食べ物を食べさせることの方が先決だ。とにかく自分がこれを食べさえすればサマエルも食事してくれるらしい。
「うん、わかった!」
イヴはそう言って彼の手にあるキノコを取って、彼が「え……」と言った瞬間に、その赤い帽子に歯を立てた。
キノコを食べるのは初めてだ。これはどんな味がするだろう。イヴがそう、赤いキノコを味わおうとした時だった。イヴの体に衝撃が走り、イヴの口はその赤い傘を吐き出した。
「ば……バカか、お前!?それ、毒キノコだぞ!」
サマエルが彼女を叩き、キノコを吐き出させたのだと分かった。
地べたに彼女の唾液のついたキノコの傘が転がり落ちる。サマエルは彼女の手から残りのキノコもひったくって「……本気で知らなかったのか?」と聞く。
「……何言ってるの?」
「お前、毒を食うところだったんだぞ、ってことだよ!」
「毒って何?」
まだ状況は呑み込めないが、ようやくこの疑問を呈することができた。
「……食ったら体に悪いものの事だよ!」
「そのキノコ、毒なの?」
「そうだよ!見て分かれ!」
見て分かれ、と言っても当のキノコは林檎のように鮮やかで真っ赤で、果物を品定めする基準から言えば十分合格点のように思えた。果物とキノコは違うのだろうか。それはおいおい学ぶとして、今ここでサマエルに言わなければならないことがあるのを、イヴは知らないではなかった。
「サマエル!あの……毒、持って来ちゃって、ごめんなさい!」
悪意があるわけではないが、彼に食べてくれと毒を差し出してしまったのだ。好ましい好意ではないだろう。
イヴは深く頭を下げる。サマエルはそれに対し「……別に、どうでもいいよ」と渋い顔で言った。
「あの、でも、貴方に毒を食べさせようって気はなくて……この、この林檎とかすごくおいしくて、貴方にも……」
イヴは必死で弁解しながら、サマエルの前に彼女の大好きな赤いリンゴを差し出す。これも断られるだろうか。毒が体に悪い者ならば、林檎は毒に当てはまらないことはイヴはよく知っているのだが。
サマエルは相変わらずじっとりとした目でそれを見ていたが、やがて手を伸ばして「分かったよ。貰えるもんはもらっとく」と林檎を彼女の手からかすめ取った。そして、その非常に薄い唇に隠れた歯でそれをかみ砕いた。
イヴはそれを見て、嬉しくなった。
「美味しいでしょ?」
「あー……まあまあな」
イヴはそう言うサマエルの背中の翼を固定し、また巻きなおした。サマエルはその間、無言でイヴの持ってきた食料を食べていた。
「イヴ」
「なに?」
「……ありがとう、うまいぞ」
「どういたしまして!たくさんあるから、ゆっくり食べてね」



その日、サマエルと別れてから、イヴは蛇のもとにどのような食べ物には毒があるのかを教わりに行った。
そのことを聞かれた蛇は非常に怪訝そうな顔で「なんでお前がそんなこと聞くんだ?」と言ってきた。
「アダムや、天使たちが、十分毒じゃないものを教えてくれるだろ」
それはそうだ。しかし、イヴはサマエルに毒を持っていってはならないという思いはもちろんのこと、もう一つ、自分に関する恐怖もこころの中に芽生え始めていた。
「でも……私が新しく食べようとしたものが、毒だったら、困るもの」
イヴのその答えに対して、蛇は嘆息して「……お前は、本当に、新しい事が好きだな」と言った。
「悪い事なの?」
「一概にそうとも言えないさ。もったいないって言う気はするがね」
「どうして?」
「……ここが、エデンだからさ。お前たちが何も考えなくても、何も学ばなくても、永遠に、幸せに、生きていける場所なんだ。……それは、物凄く、幸せなことなんだぞ」
蛇の口調はどこか悲しげであった。
「……エデンじゃない所ってあるの?」
「あるよ」
「蛇さんは行ったこと、あるの?」
「ああ」
蛇は小さい頭をコクリとうなずかせて返事する。
「学ばなくてはならない世界なんだ」
蛇はゆっくり頭を上げた、彼は、エデンの外を見ようとしているのだろうか、とイヴは思った。
「幸せをつかむには、学ばなければならない。行動しなくてはならない。そういう世界だ。……そして、それはおそらく、エデンにある幸せからは程遠い」
蛇はエデンの外で何を見てきたのだろうか。イヴはそう思った。彼女は、蛇に悪いことを言ってしまったのかとうつむいたが、彼の方がそんなイヴを見て、気を取り直すように言った。
「まあ、いいさ。毒くらい。教えてやるよ。でもな、イヴ、そんなになんでもかんでも自分でやろう、覚えようとせずに、もっと率直に俺たちに頼って、甘えたっていいんだぜ。それだけの話だ」
「本当!?」
イヴもそれを聞いて、パッと顔をほころばせる。
「ありがとう、蛇さん!」
「なあに、お安い御用さ」
蛇はにやりと笑って「エデンには毒もたくさんあるからな、どれから説明すればいいやら」と言った。
「今日中じゃなくてもいいの、何日かかっても」
「分かったよ、じゃあ今日は、たぶん一番危ないだろう毒になる草について勉強するか」


イヴのいなくなった密林で、サマエルはイヴの残して言った食料を手持無沙汰にむしゃむしゃ食べた。
「……俺は獣じゃねえんだ。こんなもん食べたって、どうにもならんと言うのに……」
そうぼそぼそと独り言を言いつつ、彼の視界には地べたに転がった、イヴが吐き出した毒キノコの破片が入る。彼はそれを拾い上げ、ぽいと口の中に放りこんだ。そしてそれも咀嚼して食べる。
「……毒だろうと毒じゃなかろうと、関係ねえしな。生き物じゃないんだからよ……」
そうは言いつつ、サマエルは手が止まらないようだった。生き物一匹いない密林の中、彼の咀嚼音が響いた。
「なのになんで、俺は食っているんだ……?ばかばかしい……ルシファーさんなら絶対こんな無駄なことしねえってのによ……ましてや、『人間』に恵まれたものを」
彼は背中をいじってみた。羽は大分回復しているようだった。


その夜の事だった。イヴは目が覚めた。
リリスが呼んでいるのだろうか?と思ったが、リリスの歌声は聞こえない。その代わりに自分を起こした声は、リリスの歌とは似ても似つかない、苦しそうなうめき声だった。そしてそれは、自分のすぐ隣から聞こえてくるのだった。
「アダム……?」
月明かりに照らされたのは、寝ながらうめいているアダムだった。その表情は、苦悶に満ちていた。
彼の顔は真っ赤になっていて、息はハッハッと早く、多すぎるほどに吐いていた。吐きすぎて息が苦しいようだった。体中ががくがくと震えていた。
アダムが何者かに苦しめられている、と言うことをイヴは分かった。彼女はそれまで、悪夢と言うのを見たことがなく、またうなされるという行為も知らなかったためそれであるとは分からなかったが、アダムが危険なのはわかった。
イヴは慌ててアダムのそばによる。彼女はぎょっとした。大量の汗をかいていて、彼の体は余すことなくじっとりと濡れていた。
「アダム、アダム、大丈夫!?」
彼女はそう言ったが、彼には聞こえていない。彼は寝たままパニックになりながら、うめいていた。
「悪魔……」
彼の手がぴくぴくと動く。何かを拒絶したがるように。
「来るな……いやだ、いやだ、助けて……」
いつものアダムではない。いつもの、不愛想で不器用ながら、それでもしっかりとしたところのあるアダムではない。目の前の彼は、イヴには見えない何者かにおびえ切る、弱い、弱い生き物だった。
「助けて……」
「アダム、大丈夫!悪魔はここにいないから!私がいるから、アダム!」
イヴは彼を落ち着かせたくて、必死にそう言った。そして、彼の汗まみれの体にギュッと抱きつく。
すると、その時だ、彼の体がこわばった。夢にまた、新しいものが出たのだろう。彼は手をバタバタと動かした。
「離れろ、離れろ……」
彼にそう言われて、イヴはますます不安になる。「アダム……」と彼女が言いかけた時だった。
「離れろ、リ……リス……」

リリス?
何故、彼女の名前が?
イヴは混乱した。その隙に、寝ぼけたままのアダムはイヴを引き離してしまった。彼女はどうすればいいかわからなくなった。しかし、その時はっと思い出した。
何のことはない。ここの所サマエルを看病しすぎて忘れていたが、目の前にいる彼はサマエルではないのだから安心して彼を呼べるじゃないか。
「ラファエル!ラファエル!来て、アダムがおかしいの!」
イヴは声の続くまま叫んだ。すると、夜空の星が一つ煌めき、すい星のようにラファエルがあっという間にイヴの目の前に現れた。

「どうしたんだ!?」
「アダムが、大変に……」
イヴは指差してアダムの方を見せた。ラファエルもぎょっとして、急いで彼に詰め寄る。
「アダム!落ち着け!オレだ、ラファエルだよ!」
そうして彼は、ぐっしょり濡れたアダムの体を抱きしめると、全身をさあっと太陽の光のように発光させ、その光でアダムを包み込む。あまりに明るいので、イヴも直視できなかった。
だが、それに対する効果がてきめんなのはわかった。アダムのうわごとや荒い息はみるみるうちに聞こえなくなり、代わりに、規則正しい呼吸音になった。そして、ラファエルが光を弱めた時だ。
「ラファエル……?」
アダムの声が聞こえた。彼が目を覚ましたのだ。

「よかった……大丈夫か?」
ラファエルはアダムを抱きしめたままそう言う。イヴも、彼に駆け寄った。
「アダム、アダム、元に戻ったの?良かった、よかった……」
彼女はアダムの目の前でぽろぽろと泣く。アダムは目をぱちぱちさせて「イヴ……なのか?お前は……イヴか?」と言った。
「?何言ってるの?私はイヴよ、ずっと、イヴよ」
「そうか……」
彼が大きな息を吐く。安心したというように。
「ありがとう。ラファエル……それに……イヴ」
彼はぼそりとそう言った。いつも通りの彼だ、とイヴは思った。ラワエルは自らの光の衣でアダムの嫌な汗を拭いてやり、「すまんな、悪魔がエデンに居るのが、そんなに不安だったんだな」と言った。
「……ああ」
「申し訳なさそうな顔するこたねえよ。お前の身に起こったこと考えりゃ、お前がそんだけトラウマ持つのは当然だ」
ラファエルはアダムを安心させるようにニコリと笑う。
アダムは悪魔が嫌いらしい。それも、尋常ではなく。事情の分からないイヴにも、そのことは分かった。
「今日はオレが一緒にいてやるよ。だから、大丈夫だからな、アダム」
「うん……」
まだほんのり光る彼に包まれたまま、アダムは言う。ラファエルは自分が身にまとう長い光の衣の裾を広げると、それでアダムを包み込んだ。
そして、彼はもう一方の裾を広げて「イヴも来いよ」と言う。
「オレ達が守ってやる」
ラファエルのその優しい笑みに誘われるように、イヴも彼の衣に身を包んだ。そこ希ぶかぶかのものを着ているようにも見えなかったのに、彼の衣は、アダムとイヴと、そしてラファエル自身を包んでも不思議とまだ余るようだった。そして、それは暖かく、優しく、精神を落ち着かせた。
ラファエルの片手が自分を抱くのがイヴにはわかった。もう片方はもちろん、アダムの方に伸ばされているのだろう。
ラファエルに抱かれながら、アダムとイヴは眠った。
悪魔とは何か。リリスとは何か。疑問は尽きないはずだった。だが、そんな疑問も、不安も、すべて吹き飛ばしてしまうほど、ラファエルの与える眠りは心地よかった。
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