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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Judith 第三話


15年前まで、ホロフェルネスはベトリアに居た。ベトリアで、彼の母とともに住んでいたのだ。
父ははっきりしない。彼は正確にはベトリアの生まれではなく彼が物心つく前に母親とともにベトリアに流れ着いたのだ。今の冷徹さからは想像もできないほど、当時の彼は優しくて、誠実な少年であった。母を支えて毎日よく働いて、それに不平の一つもこぼしたことはなかった。
同じベトリアの民として、少年の日のホロフェルネスと少女の日のユディトは、たがいに惹かれあった。同じ年の美少年と美少女。ホロフェルネスの家は貧しかったがユディトの家もまた同様に貧しかったので、周囲の大人たちは彼らの恋についてやいのやいの言わなかった。むしろ実にぴったり、彼らに相応しいものだとして祝福していた。そして彼ら同士の家もまたお互いの娘と息子を気に入り、彼らが15になるころ、めでたく、二人は婚約者同志となった。
彼らは、ホロフェルネスの野良仕事の暇を縫って、一緒に愛し合った。誤解のないように言っておくが、愛し合うとはいえ少年少女のそれである。ホロフェルネスも真面目だったし、ユディトも真面目だった。彼らは愛し合っているとはいえ、社会的規範を破ってまで性交渉をしようとは思わなかった。ただ言葉を交わすだけで、彼らは幸せだったのだ。
「ユディト、好きだよ」と言う彼の言葉を、ユディトは今でも覚えている。何回も言われた。昼間にも、夕方にも言われた。雨季にも、乾季にも言われた。彼が自分の手を優しくつかんで、端正な顔をほころばせながら、何度もそう言ってきたのだ。ユディトはまた、覚えている。その言葉に、自分も笑みを浮かべようと目を細め口角を上げて「私も好きよ、ホロフェルネス」とささやいたのだ。彼は、それに対して照れくさそうに、しかし、嬉しそうに笑った。性の悦びを知らないし、また無理に知ろうとも思わない子供にとって、それが何よりの快楽であり、愛し合う方法だった。

だが、そんな牧歌的な幸せはある日突然壊れた。ひょんなことで、ホロフェルネスの家から、あるものが見つかったからである。それは、偶像だった。
ひっそりと人目をはばかるように置かれていた男性の偶像神。町の長老オジアはそれがなんであるかを知っていた。その神の名はアッシュールと言い、アッシリアの神だった。

長老たちはそれについて、ホロフェルネスの母を問い詰めた。なぜ、貴方は経験にユダヤの集会に顔を出しておきながらアッシリアの神の偶像を持っていたのか。貴方はイスラエルの神に従うものではなかったのか、と。偶像崇拝はイスラエル人が最も嫌うことだ。敬虔な長老たちがそれについて非常に神経質になってもおかしくはなかった。
ホロフェルネスはそんな偶像のことなど何も知らなかった。知らなかったからこそ、彼はユディトとともに戸惑いながら事の顛末を見守って居た。彼の母は最初のほうこそ何も言わなかったが、やがてある日、ついに長老たちの激しい詰問に耐えかねて、吐き出した。自分とホロフェルネスは、実は、アッシリア人なのだと。

ベトリアは騒然とした。もはや彼女の家の罪は、偶像崇拝の罪のみに留まりはしなかった。
「この敬虔な神の都市に、あの北のイスラエル王国を侮辱し蹂躙し、イスラエルの十の部族を全滅させた悪魔の王国、アッシリアから来たものがいるなどと!偉大なるイスラエルの神の名において、到底、許されることではない!」彼らは口をそろえて言った。
北イスラエルがアッシリアに滅ぼされた屈辱を、民族への誇りの強いベトリアの民が忘れるはずがなかったのだ。アッシリアは永遠の敵だ。憎むべき対象だった。彼らはホロフェルネスの母と彼を無理やりベトリアから追い出そうとした。そして、ユディトの家も、そんな悪魔の民族と婚約した罰だ、不埒な裏切り者め、と言って一緒に追放されそうになったのだ。
しかしそんな時、町一番の大富豪であるマナセが口をはさんだ。
マナセはその時七十ばかりの老人だった。先だった彼の妻は不妊の女で子供はなかったのだが、その旨は割とどうでもいい話だ。重要なのは、彼がユディトの家に訪れこう言ってきたことにある。
「周囲の者はああ言うが、君たちは彼らがアッシリア人と言うことを知らなかった身だ。私は君たちを助けたい」
その言葉に、ユディトの家が飛びつこうとしたのは言うまでもない。だが、このような美味い話がただではないないのは当然のことだ。彼は、条件を提示してきた。それが、ユディトとの結婚だったのだ。
彼は人払いをして、ユディトと二人きりになった。赤の他人の男性と二人きりと言う状況になり怯えるユディトの手をつかみ、彼はこういってきたのだ。
「……ユディト。君を救おう。私と結婚すれば、ベトリアに居られるだけではない。今日までの貧しい生活からも離れられるのだよ。ベトリア一の金持ちの家族になれるのだ。君も、君の家族も。君に一切の不自由はさせない。ユディト、受け入れてはくれないかね。……私は、ずっと、君に懸想していたのだ」
そう、ホロフェルネスとは似ても似つかぬ皺くちゃになった顔を悲痛さにゆがめ、彼はユディトにすがってきたのだ。ユディトの家の方が彼へすがる立場であったにもかかわらず、彼はむしろユディトに結婚を必死で嘆願した。
ユディトは、その日、彼の求婚を了承してしまったのだ。一瞬で金と命の無事に目がくらんだというわけでもない。ホロフェルネスの事が頭に浮かばないではなかった。だが、やはりそれでも……まだ人生の楽しみもろくに知らない十五の少女は、恋した少年とともに心中する事よりも、この先の人生をより豊かに生きること、自らの家族を豊かにすること、そしてこの目の前の、自分への慕情に苦しみすら感じている老人を愛ではなく同情によってではあるが救うことを選んでしまったのだ。

マナセの財力には長老たちも逆らえない。ユディトの一族は助けられることになった。彼が言えば、ユディト一家は彼らがアッシリア人だということは知らなかったのだから一蓮托生は理不尽な話だという言い分にも説得力が出た。

ホロフェルネスとその母のみが、ベトリア中の住民に憎まれながら、追放された。ベトリアを遠く離れた砂漠に。ユディトは覚えている。彼の最後の言葉を。彼はしばりつけられながら、その美しい顔を怒りの色に染め、こうどなりたてていたのだ。
「覚えていろ、てめえら……!俺は復讐してやる!このベトリアを灰に変えてやる!呪われてしまえ、てめえらなんぞ!」
そんな彼の台詞を負け犬の遠吠えと笑い飛ばし、ベトリアの住民は引きずられていった彼と彼の母を見送ったのだ。その中には、ユディトもいた。ユディトは、ホロフェルネスがしっかり自分も睨みつけていたのを覚えていた。


「そんなことが……」話し終って口をつぐんだユディトに、ミルツァは絶句していった。
「驚いたでしょう?でも……これが、起こったことなのです。お分かりね。彼がなぜ、私たちにあんなに不快感を示しているか」
「で……でも、奥様!」ミルツァは必死に弁解した。「奥様は何も悪くありません!奥様のしたことがなぜ責められることでしょう、奥様は生きたいと思っただけではありませんか!」
「言わないで、ミルツァ!お前の気持ちは嬉しい、でも、その言葉が私を傷つけるの。十五年間ずっと、私を傷つけ続けるのです……」
ユディトは顔を伏せて言った。
「ホロフェルネスは死んだのだと何年心に言い聞かせ、その心を抑えてきたのに!生きていたなんて、彼が、生きていたなんて。しかも……こんな立場になって!そのことが分かった時の私の気持ちを、どうか何も言わず受け止めておくれ、ミルツァ。そして、私に罪がないなんて言わないでおくれ。私はこの場で、むしろ罪びとでありたいのよ。下手な弁解はホロフェルネスの心をより閉ざしてしまうだけ、あの人は……せめて、私たちに少しでも後悔の念があると分かれば心を緩めてくれるかもしれないわ」


その夜、ホロフェルネスは天幕を出て夜の陣地の散歩に向かった。さっそくあの美女に手を付けたのだろうと部下たちが下種ににやにや笑うのがわからない彼ではなかった。彼はわざと、集まって酒を飲んでいた部下のもとにどっかり腰を下ろし「俺にも一杯よこせ」と言った。彼らがそのことについて噂していたのを知っての事である。
彼は驚いて会話をやめた部下の反応をひとしきり楽しむと、受け取った盃からぐびりと酒を喉に流し込んだ。月に照らされ、ベトリアを頂上に頂く山のシルエットが彼には見えるようであった。
気まずそうな雰囲気の部下たちの気配を愉快に感じつつ、彼は思った。
「(母さん……ようやく、取れますよ。貴女の仇が!)」


まんじりとも出来ない夜が明けた。ユディトはその朝、なぜ自分がここに来たかをバビロニア軍に向かって説明しなくてはならなかった。
「ベトリアが敬虔なる神の都市と呼ばれたのも、もはや昔になってしまいました……」
ユディトは真実を半分、嘘を半分織り交ぜたような話を展開した。
「貴方方の行ったことのため、ベトリアは飢えと渇きに襲われております。彼らは食べ物に困り、律法で禁じられている生き物まで食べようとし、さらには神殿に奉納したはずの小麦や葡萄酒、オリーブ油も食べようと決議しているのです。昔、エルサレムでも飢饉の訪れた時同じようなことをしたことがあり、伝書鳩でそれをしてもいいかどうか伺いを立てている所です……もしもエルサレムから大丈夫だという旨の返事が来れば、たちまちベトリアに偉大なるイスラエルの神のご加護はなくなってしまうでしょう」
実際、ベトリアがそこ前上渇き苦しんでいるのは本当だ。ともすれば、今頃本当にそうなっているのかもしれない。
「どうぞ、貴方方の追放したアキオル将軍の言葉を重く見てくださいませ。我々イスラエル人は、常に神の加護で買ってきました。裏を返せば、神から見放された時、我々は常に負けてきたのです。しからば、その隙をつくのが得策でありましょう。ベトリアから出る情報をすべて、お見張りください。それまで、進軍のご予定はなさらない方がよろしいかと思います。ベトリアに、まだ仮にも神のご加護のあるうちは……」
とにかくも、まずは時間稼ぎの口実が必要だとユディトは思った。ホロフェルネスを説得できる時間も伸びるし、ともすれば雨が降ってくれるかもしれない。いずれにせよ、今すぐにベトリアに攻め込める状態になっているバビロニア軍を食い止めないことには何もならない。
ただ、こんな口実が通用するか、とは思っていた、イスラエルの神を基準に語っても、彼らはイスラエル人ではないのだし、異教徒の戯言と流されてしまう可能性が高いこともユディトはよく分かっていた。ユディトはそのことも感じ、付け足すように「無論のこと、バビロニアの王ネブカドネザルさまは世界を支配なさるお方でございます。私はイスラエルよりも彼を敬愛しております。なればこそ、このように言うのです……」と言う。
だが、反応は意外にも、その後半の付けたしを除いても好評だった。
「ユディト殿、あなたはその美しさに釣り合うほど、頭もよいお方のようですな!」
そう言った老人は、バゴアスと言う名前だった。ホロフェルネスの身の回りの世話をする宦官だった。
「まあ……お褒めに預かり光栄です」
ユディトはぺこりと頭を下げる。だが、その次にバゴアスが何の気なしに言った言葉に彼女は凍りついた。
「いや、なんのなんの!戦の敬虔もないであろう女の身のうえ、たった昨晩ここについたばかりなのに、あのホロフェルネス将軍と全く同じ策を言っておられるのですから」
「……ホロフェルネス、将軍、も……?」
「ええ」バゴアスはやはりこともなげに言う。
「アキオルは追放されましたが、彼の言葉に思うところがあったらしくてですね、ベトリアの住民がすっかり神に見放された、と言う証拠が出るまで、ベトリアには攻め込まない、と」
ユディトはそれを聞いて、何か嫌な予感がした。
「鳩はよく見張らせましょう。しかし、他に手立てはない者ですかな……」と、別の軍人が呟く。ユディトはすかさず言った。
「そ、それならば、私に毎晩、お祈りをする許可をくださいませ。イスラエルの神は私に預言を授けてくれるやもしれません……」
「過去の偉大な預言者、サムエルや、エリヤのようにか?」
先ほどから一段高い椅子に座り、足を汲んで話を聞いていたホロフェルネスがようやく口を開いた。
「あ……ええ、はい」
「エリヤはたしか、異教徒を一度に四百五十人も殺したのだっけな。お前も同じことをするか?ベトリアの女」
ホロフェルネスはユディトに冷たくそう言った。ユディトが答えに窮していると、彼は代わりに口を開く。
「冗談だ。お前にそんなこと、できるわけがなかろう。祈りたいなら勝手にしろ、止めはせん。万が一その神の預言が下ろうものなら、すぐ我々に報告しろ。忘れるな、お前は我々に投降した身だ」
「はい……それはもちろんです」
「そのバビロニアへの忠義心さえ忘れなければ、俺たちはお前に危害は加えない。お前はそれほど美しいのだ、わが偉大なる王、ネブカドネザルへの良い土産になるだろう」
彼はそう言うと、次に自分の兵隊たちに向かって「聞いての通り、俺はこの女を戦が終わり次第ネブカドネザルさまの女奴隷として献上しようと思う、異論のあるものは?」と重々しい声で言った。誰からも異論などは出ず、満足したようにホロフェルネスは笑った。
「よし、それでよいだろう。それでは貴様ら、今日もベトリアを包囲せよ。鳥一匹でさえ、ベトリアから出る者は用心し、撃ち落とすのだ」
ホロフェルネスの命令に、兵達は散り散りに散っていった。


ユディトが天幕に一人いると、そこに訪問するものがあった。ホロフェルネスだった。
「お前がただ命惜しさに降伏なんぞするはずはない」
ミルツァが抗議の声を上げようとする前に、彼はそう言った。
「お前は、俺に用があってきたここに来たはずだ。そうだろう?おそらくは……和平の申し込みだな」
ユディトは、その言葉を聞いて、しずかにうなずうとミルツァに外に出て行くよう命じた。彼女も女主人の命令とあらば、それに従わないわけにはいかない。彼女は出て行った。


「さて……久しぶりだな、ユディト。ざっと十五年ぶりだ」
ミルツァもいなくなり、正真正銘彼らだけになった空間で、ホロフェルネスは言った。
「……なぜ?」
「何がだ?」
「なぜ、私が……命惜しさに降伏などしない、と?」
「当たり前だ、『ベトリアの天使』がそのようなことをするか?……お前は、異教徒の親子は見捨てられても、イスラエルの民とベトリアだけは捨てられんさ。だってお前は、そう言うやつだからな」
彼は彼女をあざけるようにそう笑って見せた。
「ホロフェルネス!あの時の事は……!」
「ユディト、一言言っておくがな、俺は断じて和平なんぞ結ぶ気もないし、この15年間、ベトリアに対する恨みを忘れた日なんぞありはしないぞ」
それに対しては、ユディトは「なぜ」とは言い返せなかった。その代り、こう言った。
「……私の、ことも?」
ホロフェルネスはその言葉に、刃物で切りこむように即答した。
「当然だ、この売女」
その言葉に、沈黙が流れる。ユディトは「……あのときは……」と言おうとした。だが、ホロフェルネスは淡々とこう言った。
「お前も女の端くれなら、想像できるだろう?着の身着のまま、後ろ盾も何もない、何をしてもどこからも文句の飛ばない弱い女がいたとしよう。身を守ってくれそうなものは年端もいかない小僧一人だ。それで……荒くれ者の砂漠の遊牧民に見つかった時、一体彼女はどんな扱いを受けると思う?」
ユディトはその問いに、目を白黒させた。ホロフェルネスは悔しげに吐き捨てる。
「……俺の母の身に起こったのは、そう言うことだ!」
彼はユディトに怒鳴りつけた。
「半年も、母さんは生きていられなかった!砂漠の遊牧民たちにさんざん傷だらけになるまで、死ぬまで、犯され続けたんだ!ラクダや羊と全く同じ、体力ばかりは無駄にある彼らの性欲処理の道具にされて!俺は、それを見ているしかできなかったんだよ!俺も一緒に奴らに犯されながらな!」
ユディトはめまいがした。「で、でも……」と、それでも、彼女は言おうとした。ベトリアは、マナセは、悪気などなかったのだ。それに、十五年前は存在してすらいなかったベトリアの子供たちすら一緒になって苦しんでいるのだ。彼女はそう訴えようとした。だが、ホロフェルネスはそんな彼女の言葉を遮るようにまくしたてた。
「ユディト。胸に手を当てて考えてみろ。その、金だけはある汚い老人にさんざん吸われただろう胸にな。……偉大なる帝王ネブカドネザル様が和平を結んでやるに値するほど、ベトリアと、そしてユダ王国は、大した国なのかどうか?それで分かるだろうよ、お前が来たことがいかに無意味か。……本当は、お前なんぞ偉大なるネブカドネザル様に献上する価値もない。あのお方はお前には高貴すぎるさ。俺は今にでも、飢えた遊牧民共の間にお前とお前のあの姫様気取りの女奴隷を裸にしてほっぽり出したいくらいさ、お前たちが俺の母さんにしたようにね」

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