FC2ブログ
 

クリスマス市のグリューワイン

feat: Judith 第九話

ユディトが宴の事を聞かされたのは間もなくの事だった。だが、ユディトは自分もてっきり手伝いに駆り出されると思ったものの、彼女のもとにやって来たバゴアスはホロフェルネスからの命令と言う言葉を彼女に告げたのだ。
「将軍閣下が、私にこう言ったのです。『さあ、あのユダヤ女をここに連れてこい。そして、一緒に飲み食いさせろ』と」
ユディトは当然、不思議に思った。彼女は、顔の怪我がまだ痛む様子であるミルツァを看病していた。
「将軍閣下は、貴女をお汚しになるおつもりです」
「なんですって!」ミルツァが寝台に横たわったまま叫んだ。
「あれだけ陛下、陛下言っておいて、奥様を汚すなど許せないって言っておいて、自分はやろうって言うの!?」
彼女は無論、自分の女主人が欲望の眼で見られていることに憤慨した、だが、今となってはもはやそれ以上に、あの異常なまでに自らの主を崇拝しているはずのホロフェルネス将軍の心変わりに驚いている様子だった。
「いったい何が……」彼女の言葉に、バゴアスは目を伏せた。彼だけは知っているのだから。そのわけを。
「ユディト様、おいで下さいませぬか」
いずれにせよ、気分が悪くないことだとは思っていた。あの孫の仇が、自分の死に瀕してやけっぱちになり、今まで保ってきた自分のポリシーまでかなぐり捨てるのはなかなか痛快だ。この目の前の美しく清らかな貴婦人の体に降りかかる屈辱を考えると、心は痛むが。
「美しいお方、どうぞ、わが将軍の前に歩み出て、一緒に葡萄酒を飲んで楽しんでください。我が王ネブカドネザルの急転に仕えるバビロニア人の娘のようになってください」
そうだ。ホロフェルネスの事を考えれば痛快だが、それでもバゴアスはこのユディトに対する敬愛の情を忘れたではなかった。彼も、孫が彼女を慕っていたことを気付いていたいわけではなかったのだ。きっと死んだ孫とて、このことを知れば泣いて悔しがるだろう。そしてこのユディトにしても、絶対に気が進まないだろう。断固として拒否するかもしれない。
だが、彼のその考えは全て杞憂に終わった。ユディトは「もちろん、喜んでそうしますわ」と、考えることもなく即答したのだ。
バゴアスはそれに対して、一瞬戸惑った。ミルツァは「奥様……!」とうめいた。だが、ユディトは彼らの言葉が続かないうちに、自ら言葉を継ぎ足した。彼女の黒い目は新月の夜のような真っ暗闇に染まっているように見えた。そして、それは間違いなく、美しいものであった。
「何も言わないでくださいな。……これこそ、わが生涯の喜びなのです」


宴が始まった。ユディトは、バゴアスに連れられて、宴の準備がしつらえられたホロフェルネスの天幕に入っていった。彼女は彼の用意してあったバビロニア軍の略奪品の中から一番に高貴な女の衣装を着せられた。そして、彼女がここに来た日のように、バビロニア陣営にあるだけの宝飾品を飾り、化粧を施した。ミルツァも何とか立ち上がって、女主人の豊かな黒髪を粗末にまとめられただけの形から、見事に結い上げ、その上か飾り輪を付けた。バゴアスが指導したそれは、バビロニア風の結い方だった。ユディトはどこからどうみても、バビロニア人の貴婦人の装いとなった。
バゴアスが彼女によこした毛皮の敷布をミルツァが敷くと、ユディトはその上にそっと腰かけた。主演に招かれたホロフェルネスの側近たちは、皆彼女の美しさにため息を漏らした。彼らはもはや、みだらな目で見る気にもなれなかった。そう。彼らはベトリアの住民と同じような気分で、ユディトを見たのだ。
やがて、ホロフェルネスもその場に現れた。
軍人には似つかわしくないほど、彼は静かな足取りで自分の天幕の入口を開けて入ってきた。彼は豹の毛皮でできた長いストールを巻き、首元を厚いそれで覆い隠していた。そして、彼は軍人の服を着ていなかった。金布の飾りがついた白い上絹を着て、金の房飾りのついた紫の帯をつけていた。立派な宝石のついた指輪をその長い指にいくつも飾っていた。首には何連もの金の首飾りを豹のストールの下からつけていた。唯一彼の軍人らしさを物語るのは、彼の帯に大事そうに差し込まれた、バビロニア王家から賜った剣だけだった。
ユディトは、彼のその姿に絶句した、いや、ユディトだけではない。ユディトの美しさに絶句した者たちは、それと同じほど、ホロフェルネスに絶句した。将軍の服を脱ぎ、まるで王子のように豪華に、煌めかんばかりに着飾った彼は、美しかった。誰も、これほどまでに美しい男を、今まで見たことがなかったのだ。
彼はユディトの隣に座った。戸惑うユディトを横目に見て、彼はただにやりと笑うだけだった。二人が並んだところは、
「皆の者、毎日、ご苦労だ」
ホロフェルネスがそう口を開いて、宴が始まった。兵士たちは慌てて、我に返った。
ホロフェルネスは一口で葡萄酒の盃を開けると、ぺろりと唇についた分のそれも舐めとった。
「さあ、ユディト」
そして彼は初めてユディトのほうに顔を向け、気味が悪いほど穏やかに言った。
「お前も飲め。俺も、今日は死ぬほど飲みたい気分だ」
ユディトには分からなかった、ホロフェルネスの真理が。わかるはずはない。彼は、毒を盛られたが故の激痛など、全く顔に出していなかったのだ。なぜ、昨日まで自分を避け、憎んでいた彼が、自分を隣に置き、こうも穏やかに話しかけているのか。
だが、ユディトは目の前のホロフェルネスを、美しいと思った。途方もなく美しいと思った。彼の端麗な顔に、金属や宝石、紫布の煌めきの、なんと似合うことか。思えが、一回猛装いをこらした彼を見たことはない。
ユディトは思った。そうだ。自分たちはまるで、花嫁と花婿だ。
神の与えたもうた運命の性で、自分たちにその時は訪れはしなかった。だが、今こうして、この場にいる誰よりも美しくあり、そして隣同士に座る自分達はまさに、一生に一度の、晴れの婚礼のために、一生で一番の美しい装いをする恋人たちだ。少なくとも、ユディトはそう思いたかった。
自分が捨てた幼馴染の少年が、今成長して、そして自分の隣にいる。何よりも美しい存在となって、今自分の隣で酒を飲んでいる。彼女はそれに、快感を覚えた。幸福かどうか、わからない。まだ酒には一口も口をつけていないのに、まるで飲みに飲んで酩酊してしまったかのような、退廃的な快感だった。
彼女は盃を上げた。そして、ホロフェルネスの言葉に「はい」と言った。
「いただきます……将軍様。生まれてから、これまで心の高鳴りを覚えたのは、今日が初めてです」
そう言って彼女は、彼がそうしたように、一気に盃を傾けた。ホロフェルネスは彼女の言葉に何も言い返しはしなかった。彼女は、空になった彼の盃に静かに酒を注いだ。
自分はこれを言いたかったのだ。浮かされるような気分で、彼女は思った、ホロフェルネスとともに駆け抜けた青春時代、自分が彼に言いたかったのは、子の台詞だったのだ。間違い用もなく。このように美しく着飾り、酒を酌み交わして、彼にこの台詞を言うことを夢見た日々が、確かにあったのだった。「生まれてから、これまで心の高鳴りを覚えたのは、今日が初めてです」。

そして、それを壊したのは、自分だったのだ。彼女は今さらながらそう思った。

宴は長く続いた。彼らは飲みに飲み、そして食べた。ホロフェルネスは彼の言葉通り、まるで浴びるように酒を飲んだ。彼は酒には強いのか、それでも意識ははっきりしているようだった。
やがて、時刻は夕方になっていった。
ホロフェルネスの側近たちはその時刻になると、そろそろめいめいの天幕に帰り始めた。バゴアスも、ホロフェルネスにそうするように命令され気を効かせてと言うべきか、天幕を外から占めて、護衛の兵達も遠のかせた。そしてユディトも、ミルツァに自分の事は心配せず、帰りを待っていなさい、と伝えた。ミルツァは女主人の言うことに、もはや黙って従った。

すっかり人がいなくなり、宝石をちりばめた天幕の中には、豪華に着飾ったホロフェルネスとユディトしか残らなくなっていた。そして、やがて夕日も西の空に沈んだ。

《五日目》

ホロフェルネスはユディトに燭台に火をともすように命じた。彼女は言われた通りにした、彼は紫布を敷いた寝台に腰かけ、豹のストールの襟を治している様であった。
「ユディト。俺の所に来い」
やがて蝋燭の明かりが全てともった時、重々しい声で、ホロフェルネスはそう言った、ユディトは「ええ」と、彼のそばに言った。
飲みすぎたのだろう。彼は相当酒臭かった。それでも、赤く高潮した彼を、ユディトは変わらず美しいと思った。先ほどそっと触れてみた限り、自分の顔も、相当血が上って赤くなっているのだから。
ホロフェルネスは用意された酒の最後の一滴を飲み干したようだった。ユディトは言われるがままに彼の寝台に腰かけ、彼の隣に立った。
「ユディト」ホロフェルネスは言った。
「お前、なりたいものはあるか?」
彼はユディトにそう問いかけた。彼女は「いいえ」と言った。
「だろうな。お前はすでに、なっているもの」
「ベトリアの天使?」
「そうだ」
「違うわ」彼女は言った。「私は、何にもなっていない。私には、何もできなかったもの」
彼女はぼんやりと呟いた。
「貴方の心を変えることなんてできない。ミルツァをあんなふうにしてしまった。メロダクくんも、何もできずに死んでしまった。本当に天使なら、そんな情けない事ってある?私はただの人間だわ。無能で、臆病で、どうしようもない、ただの人間よ。少し美しくて少し優しかったのを、誇張されただけだわ」
「ようやく分かったか」ホロフェルネスは言った。「ああ。いないさ。この地上に、神も天使もあるものか。居るのはただ、人間だけだ」
彼の目線の先を、ユディトは追った。彼は、剣の柄に刻まれたバビロニア王家の紋章をじっと見ていた。
「俺も、何にもなれなかった。何かになりたかったさ。でも、何にもなれなかった」
彼は柄を撫でながら、そう言った。そして、その柄を握り、すらりと銀色の刃を抜いた。
「お前にはチャンスがある」
彼は剣を目の前の地面に立てた。
「ユディト。英雄はいいぞ。人間がなれるうち、最も栄誉あるものだ」
彼は彼女の髪を結い上げたせいで露出した首筋を撫で、そう言った。
「お前がこの剣を振るえば、俺を打ち取れるかもしれん。そうすれば、お前は英雄さ。ベトリアを救った英雄だ。俺の記憶に間違いがなければ、まだ、ベトリアは首の皮一枚で命が持っているはずだ。俺の首を切り落とし急いで逃げかえれば、間に合わんこともなかろう。五日間俺たちのそばに居たお前なら、兵の目をかいくぐることもできんではないだろうしな」
彼はそう、不気味なほど静かに呟いた。だが、ユディトはそれに恐ろしさを感じなかった。酒の酔いのせいだろうか。彼女はその残酷な言葉に、退廃的な快楽を今なお見出していたのだ。
「どうだ。ユディト。英雄になる気はないのか。モーセや、エリヤのような人物に、なりたいとは思わないか」
彼の言葉はどんな言葉でも、自らの体内にしみいるようだった。彼女は彼の言葉を聞くことに、いっそ性的快感すら感じるように思えた。目が勝手にうるむ。彼女は首を横に振り「いいえ」と言った。そして、剣の柄を人差し指でつき、それを床に寝転ばせた。
「そんなもの、なれなくていいの」
「ほう」ホロフェルネスは笑った。「ベトリアが滅んでもいいと」
「良いわ。それも、運命でしょう」彼女は言った。
「私が貴方を殺そうと殺すまいと、滅びるときには滅びる。滅びないときには滅びない。所詮、そんなものじゃない」
彼女は、実感していた。ホロフェルネスがメロダクを殺したその時、自分は全てに絶望したのだ。ベトリア等救えなくてもいい。彼女はそう思ってきた。だって、ベトリアは、確かに悪いことをしたのだ。罪のないホロフェルネスとその母を、アッシリア人という理由で無残に追い出した。このような報いを受けることに、何の不思議があろうか。ホロフェルネスの怒りはもっともだ。きっと、町の長老オジアも、カブリスも、カルミスも、同じ目に合えばそうしたことだろう。滅ぶなら、滅びればいい。自分はただの人間だ。何もできない、無力な女だ。この数日、それが激しく分かった。
自分のために戦ってくれたミルツァも、メロダクも、守れなかった。自分はただ、懇願するしかできなかった。ホロフェルネスのように必死で生き残ろうともがくことすら、自分はしなかったのだ。自分に、ベトリアを守る責任などない。自分は、天使でも何でもないのだから。
彼女ははっきりとわかった。自分は、ホロフェルネスが好きだ。この目の前にいる、自分のように美しいこの男を、今でも愛している。彼が変わり果てたことにショックを受けたのも、その為だ。自分はまだ、彼が好きだったのだ。
自分は、彼に罪を犯した。今わかった。十五年ぶりに、彼女は分かった。あの時、彼について行けばよかったのだ。砂漠であってもどこであっても、彼の隣で、「生まれてから、これまで心の高鳴りを覚えたのは、今日が初めてです」と、ただそれだけ言えれば、天師と尊ばれるより、自分は、それが幸福だったのだ。いっそ、もはや自分がここに来た理由も、はっきりわからなくなってしまった。心の底で、ユディトはひょっとしてこの瞬間を待っていたのではないかと思った。本当は、自分は、ただ、もう一度彼に会いたかったのではないか。
ホロフェルネスの前に犯した罪を、償いたい。愛する男に犯してしまった罪を償えるなら、どんなことでもしてよかった。この場で彼にめちゃくちゃに犯されようと、復讐心の赴くままに殺されようと、構わない。彼の主君のもとに送られようと、それで彼が褒められれば、それで何も構わない。ホロフェルネスに、復讐してほしい。彼女はそう思ていた。そうだ。ホロフェルネスに復讐をさせる。それが自分のすることだ。自分はベトリアの天使などではない。ホロフェルネスの恋人だったのだから。
「何になりたいか、と言われたら」ユディトは言った。
「私は、貴女の望むものになりたいわ。……貴女の望むものなら、なんでも」
ホロフェルネスは薄く笑った。
「こんなお前をベトリアの奴らが見たら、なんていうか」
「なんて言ってもいいじゃない」
ユディトはホロフェルネスの頬に手を触れた。彼の頬は、酒のおかげか、まだ熱を持っていた。
「貴方が、もう一度幸せと言えるなら」
「それが、お前のけじめか。ユディト」
「ええ」彼女は言った。
「ごめんなさい。……十五年前、貴方に酷い事をしてしまって。本当に……本当に、ごめんなさい」
ホロフェルネスは、それ以上何も言わなかった。
彼は寝台にユディトを横たえた。そして、自分はその上に覆いかぶさるようにした。ユディトは自分の顔がほころぶのがわかった。
彼の両手が紅色に染まった自分の頬に触れる。そして、静かに彼の唇が重ねられた。15年ぶりに彼と交わすキスの味は、何の変りもなかった。
彼女は心が一気に高まるのを感じた。彼女は感情の高ぶりのままに、ホロフェルネスの首に抱きついた。

彼女の頭が、何か固いものを押す感触がした、そしてその固いものは、何かに食い込んだのだ。食い込む先など、一つしかない。ホロフェルネスの首だ。
その感触に、彼女は驚いて首を話した。そして、腰を起こす。ホロフェルネスは、笑っていた。狂気に満たされたような笑い方をしていた。


「フフフ、ユディト……」
彼の口角が歪む。彼女は目を白黒させた。ホロフェルネスは得意げに、彼の首に巻いた豹の毛皮のストールをはぎ取る。そしてその下に、ユディトは絶句した。
彼の首に短剣が突き刺さっている。携帯できるほど小さなそれは、ここに来た日、ミルツァが持っていたものだった。
「ホ、ホロ、フェルネス……あなた……」
「ユディト……俺が、お前を許すと思うか?」
いびつな笑いのまま、彼はかすれ消えそうな声でユディトにそう言った。刃の隙間から、血がにじみ出ている。あれを抜けば、間違いなく、彼は死ぬ。
「俺を殺したのはお前だ。俺を捨てたように、お前は俺を殺した。お前は英雄さ。良かったな、ユディト。俺を殺して、お前は立派な英雄、立派な天使様だ」
彼は短剣に手をかける。
「や、やめて……」
「良いか。ユディト。俺がいずとも、ネブカドネザル様はユダヤを滅ぼす……あの方はそのようなお方だ」
「やめて!」
彼女の叫びも無駄だった。ホロフェルネスは最後の力を振り絞って、大きく叫んだ。
「偉大なる帝王ネブカドネザル、栄光の帝国バビロニア、万歳!」
彼は勢いよく、自分の首の短剣を引き抜いた、それと同時に、大量の血が噴き出し、ユディトの上に雨のように降り注いだ。
視界を赤に遮られ何も見えなくなったユディトの耳に、ホロフェルネスの嘲笑の笑い声が聞こえるような気がした。ユディトは、絶叫した。


血の雨も終わり、ホロフェルネスが寝台の上にうつぶせに倒れた時、ユディトは我に返った。彼女はホロフェルネスのもとに寄ったが、当然のように、彼はこと切れていた。
彼女は彼の死体に取りすがって激しく泣いた。泣かずにはいられなかった。彼女は、彼の復讐心がこれほどまでに深かったことをありありと実感した。彼は、彼女に、罪を償うことすら許しはしなかったのだ。自分自身が死ぬことで、一生彼女に愛した男を裏切った罪を負わせる。それこそが、ホロフェルネスの復讐だったのだ。
あまりに惨めだった、あまりに悲しかった。そして、あまりにも、ホロフェルネスを哀れに思った。なんという残酷な運命が、この男にはついて回っていたのだろう。
彼が何をしたというのだ。彼は、ただアッシリア人だっただけだ。

ユディトは、彼の血にまみれ、血だまりの中で倒れる彼を見て、思った。彼女ができることなど、もう一つしかないのだ。たとえそれが、いかに自分の本意に沿わないものだったとしても。
「全能なる主よ」彼女は、無機質に祈った。ただ、何かにすがらなくては、心が折れてしまいそうな思いだったのだ。
「エルサレムの栄光のために行うこの手の技を、今こそあなたのその目に留めてください。今こそ、私は貴方の遺産を救います。私は、貴女の敵を粉砕します」
ユディトは床に寝転んだ、ホロフェルネスの件を取った。そして、それを彼の首に突き立てた。素晴らしく切れ味のいいそれのおかげで、女であるユディトの力でも、ホロフェルネスの首を切り落とせてしまった。胴体の方はバランスを崩して、寝台から転がり落ちた。
胴体から外れたホロフェルネスの首を取って、ユディトはそれに向かい合った。そして、彼にキスをした。
ユディトの眼から、涙がなおもあふれた。このまま大量の血を洗い流せるほど。無限に泣けそうな気分だった。
「ホロフェルネス、私の、恋人……!」
彼女は彼の生首を抱いて、泣きじゃくった。これが、神の決めたさ駄目なのだ。自分は間違いなく、神の敵を倒し、かのモーセやエリヤと同じ存在になったのだ。ああ、それなのに、なぜこうも悲しいのか。
「イスラエルの神よ、今こそ私に力をください」
そう祈っても、無駄だった。彼女の心には、無限に悲しみがあふれた。


血まみれの女主人が帰ってきて、ミルツァが仰天しなかったはずはなかった、だが、彼女の女主人は彼女に、袋に入ったホロフェルネスの首を見せた、ミルツァも、それでようやく、怒ったことが理解できたようだった。
「行きましょう。ベトリアに」

二人の女は、彼女らの故郷、山の山頂を目指して月の光を頼りに走った。

スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する