FC2ブログ
 

クリスマス市のグリューワイン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

feat: Judith 第十話

真夜中にベトリアの城壁が叩かれ、門番はもちろん驚いた。それよりもさらに驚いたのが、門の向こうから聞こえるのはユディトの声だったことだ。
ベトリア中は急いでかがり火をたき、老若男女皆が起きだした。血まみれになり顔を真っ青にしたユディトを見て人々は驚いたが、ユディトが彼らに袋の中に入ったホロフェルネスの首を差し出した時の驚きように比べれば、そんなものは何でもなかった。
「ユディト殿、どうやってこれを……」オジアが当然、彼女に問いかけた。彼女はぽつぽつと、有ったことを話した。だが、全ては話さなかった。だって、誰が信じるだろう、ホロフェルネスのしたことを。彼女はただホロフェルネスが酔いつぶれて寝てしまいその隙に彼の首を切ったのだと主張した。いずれにせよ、彼らは一連の事を聞いて、それに納得した。事実、将軍の首は目の前にあるのだ。
「間違いなくホロフェルネス将軍だ……。ユディト……貴女は、なんと素晴らしい女性だ」アキオルがそう言った。オジアの家からやって来た彼は、数日前まで自らを指揮していた将軍の生首を目にして、まずれ気絶してしまいそうなほど足を震わせていた。「そしてユダヤの神……聞きしに勝るその力だ。決めました。オジア様。私も今日限り、割礼をうけ、イスラエルの一員となりましょう。このような神のみ技を見せられ、ユダヤの神を信じぬわけにはいきませぬ」
「その言葉を待っておりました、アキオルどの」
そして集まった皆は、ユディトを賛美した。彼らはとにかく、言葉の限りを尽くしてユディトをほめたたえたのだ。地上のすべての女よりも神に祝福された女と、彼女の事を呼んだ。
だが、彼女の耳に、そんな言葉は聞こえなかった。彼女は虚ろな声で彼らに言った。
「その、首は……どうにでもなさってください。夜が明けたら、どうぞ、ご進軍為されますよう。将軍がいなくては、バビロニア軍もこれ以上進めないでしょう。……私は、少し疲れました。家で眠ります」
誰も彼女を止めはしなかった、事実、疲れてはいるだろう。真夜中だし、このような大仕事を成し遂げた後だ。

ユディトは一人きりの自宅に戻った。そして、体を洗うこともなく、泥のように眠った。もう二度と、置きたくなどなかった。彼女の心は、悲哀に満たされていた。このまま、眠ったまま、死んでしまいたいと、彼女の勇敢な行為をを賛美する声を遠くに聞きながら彼女は何よりもそれを望んでいた。


夜が明け、目覚めたバゴアスは、酷い後悔と罪悪感に襲われた。孫を殺された恨みがあるとはいえ、所詮は人を殺したこともない平和主義の善良な老人は、一晩寝て怒りが冷めてみれば、人を一人殺してしまったという事実に耐えきれなかったのだ。
それも、バビロニアの将軍を。冷静になってみれば、自分にあるのは人殺しの罪だけではない。バビロニア軍を敗北に導いてしまう責任まであるではないか。
彼は心をすり減らすような気持ちだった。ホロフェルネスの天幕に行こうかと何度も考えた。だが、足はすくみ、なかなか前に踏み出せなかった、自らが殺した将軍の死体を見るに忍びなかったのだ。

彼がそうこうしているときだった。見張りに立っていた兵隊が一人、兵営に急いで駆け付けてきたのだ。
「申し上げます!ベトリアの民共が隊を組み、武装して我らには向かってきました!」
「なんだと!?」と兵営は当然大騒ぎだ。兵の一人が言った。「ホロフェルネス将軍を起こせ。あの下等民族どもが自滅しにやってくると知らせるのだ」
その言葉は、当然バゴアスに向けられていた。彼は心臓が縮み上がる思いだった。だが、行かないわけにはいかない。将軍が死んでいると知りながら。
大丈夫だ。証拠はない。自分が殺したなどと、まさかわかりはすまい。そう、必死に心に言い聞かせながら、バゴアスは震える手で将軍の天幕を開けた。

だが、老人はすぐに悲鳴を上げることになった。間違いなく、ホロフェルネスは死ぬには死んでいる。だが、その死に方はバゴアスが思い浮かべていたあるべき姿とは全く違いものだったのだから。だが寝台から転げ落ち、首から上をうしなったその死体は、見に纏った豹のストールから言っても、間違いなくホロフェルネスのものだった。
彼の声を聴きつけて兵隊が駆けつけてくる。一人が気付いた。
「あのユダヤ女は!?」
そうだ、昨夜ホロフェルネスとともに寝たはずのユディトも、彼の首とともに消えている。
彼らは急いでユディトの天幕に言った。だが、彼女の喪りつぁも、跡形もなく消え去っていた。
してやられた、とバビロニア軍は息をのんだ。

将軍がなくなっては、戦いようもない。兵営に残っていたバビロニア軍はそのまま、ほうほうの体で逃げ帰った。ベトリアを包囲していた前線のものも、兵営に残っていた隊が逃げたと知るや、自分たちも急いで戦いを放棄しバビロニアに逃げた。
オジアたちは急いでユダ王国の諸都市にその旨を知らせ、敗走するバビロニア軍に追い打ちをかけるよう指示した。作戦は成功し、バビロニア軍は大きな亜被害を受け、ベトリア包囲戦はこのようにしてあっけなく終わりを告げた。

バビロニア軍の宿営の残った沢山の戦利品は、ベトリアの民のものとなった。


《その後》


ユディトが行った様々なことは、イスラエルの地にも届いた。大祭司ヨアキムとユダの長老たちが彼女のもとにやって来て、彼女を祝福した。
「貴女はイスラエルの栄光だ。イスラエルの大いなる誉れ、我らの民の偉大なる誇りだ」
彼らはそう、言葉を尽くしてユディトをほめたたえた。そして、ベトリアの民は皆それに同意した。
ユダヤ人の間では王に並ぶ権威者である彼らの祝福を受けても、ユディトは幸せでなかった。なぜ、幸せになれるというのだ。彼女の心を少しなりとも癒したのは、バビロニア軍の陣営から持ち出した戦利品のうち、ホロフェルネスの所有物だけだった。将軍である彼には一番高価なものが充てられていたため、それらはユディトのもとに行くのがふさわしいと判断されたのだ。血だまりにぬれた紫布から、ホロフェルネスの匂いが感じられそうな気がして、ユディトはそれに縋り付いた。何日も、そうしていた勝った。
だが、それは許されなかった。

「奥様……皆様が、待っております」
ミルツァの声が聞こえる。ユディトはその言葉に「今行くわ」と返した。
外を一歩出れば、ユディトに憂いの顔は許されなかった。彼女は笑っていなくてはならなかった。「貴女は英雄だ、ベトリアを救った英雄だ」誰もが、彼女をそう言ったからだ。英雄は、笑っていなくてはならないのだ。今やベトリアの城壁の前に晒し者になったホロフェルネスの首を、誰よりも誇りに思わなくてはいけないのだ。

自分を素直に慕い、敬い、自分の周りで自分を賛美しながら無邪気に舞い踊るベトリアの少女たちに、ユディトは微笑みながら松かさを飾った枝を配った。そして、自分も彼女達と同じようにオリーブの冠を頭にかぶり、彼女たちの真ん中に立って、少女たちの奏でるタンバリンの根に合わせて、その素晴らしい唄声で、神をたたえる歌を長く、長く歌うのだった。
誰もが自分を天使を見る目で見ている。誰もが自分を崇めている。この、何もしなかった女を。自分の侍女も、けなげな少年も、愛した男も、何も守れないまま、ただその場にいただけ、本当に、何もできなかった女を、心底英雄と信じ、崇めている。
そして自分は、嘆くことを封じられたのだ。自分は、これから永遠に罪悪感に苛まれながら、苦痛にしかならない賛美を受け暮らしていくのだ。英雄として。そして、それも仕方がないのだ。これが、ホロフェルネスが自分に下した罰だったのだ。

ユディトはあることを聞いた。限界であるはずの五日目にしては、ベトリアの住民は不思議と進軍する元気はあった。それはなぜか。アキオルが話してくれた。非常事態だからやむなしということで、彼らは神殿の奉納物を食べたのだ。きっと神はお許しくださるだろう、何の根拠もなく、そう言って。
ユディトはそれを聞いて、全てが空しいように思えた。


大祭司ヨアキムに連れられて、ユディトと長老たちはある日、エルサレムに行った。そして、エルサレムのソロモン神殿で神を賛美したのだ。イスラエルの英雄として。
ユディトはその時、ホロフェルネスの寝台に敷いてあった紫布を神殿へ奉納した。それは彼女を癒してくれるものであった。だが、彼女はいっそ、一切の癒しなどない方がよいと、その時思い始めていたのだ。
エルサレムの神殿の前で悦び祝うベトリアの民を見て、ユディトは一人こうつぶやいた。かがり火で金色に照らされた、偉大なソロモンの神殿の前で、彼女は誰にも聞こえない声でこう言ったのだ。
「神なんていない。どこにも……どこにも、いやしないわ」



バビロニアに帰ったバゴアスのもとに、ネブカドネザル王の新鋭隊長であるネブザルアダンが来たのは、ベトリア包囲戦が終わってから少し経った頃の事だった。まさか軍の指揮官もない自分が戦争の責任を取らされるはずはない、と彼は怪訝に思いつつ、新鋭隊長の言葉を聞いた。
「お前に、国王陛下直々の伝言を賜っている」
「な、なんでございましょう」彼は答えた。
「一人の兵が、例のベトリア包囲戦の際、あの戦で命を落としたホロフェルネス将軍の天幕から一つの壺をちょろまかしたそうだ」
「は……そ、それで」
「その壺の中から、面白いものが出てきてな。ネブカドネザル様は出した覚えもない王の名前での手紙……王の印章も押ししてはおらず。第一、王の筆跡とは微妙に違っていたそうな……そうだな……例えば、お前の筆跡になかなか似ていた」
それを聞いて、バゴアスは一気に背筋が冷たくなった。いっそ、その冷たさで凍え死ねそうなほどであった。そんな彼を見て、ネブザルアダンは続けた。
「陛下は前々からどうもおかしいと思われておられたのだ。あのホロフェルネス将軍が、まさか女の色香に迷ってそのあげく寝首をかかれるなど。……だが、理由があれば納得できる、と陛下はおっしゃられた。あれが、何か理由があって何もかもに自暴自棄になってたら。あるいは自死の道を選んだかもしれない……」
「か、閣下……」
「その手紙の内容を、お前が知らぬはずはないな、バゴアス?」
ネブザルアダンはバゴアスを睨みつけた。彼は腰を抜かし、床にへたり込んだ。
「陛下はこうお達しだ」
「お、お慈悲を」
「『私はホロフェルネスに目をかけていた。あれには、あれが確実に勝てる戦で戦果を挙げさせ、より私のそばにおいてやるつもりだったのだ。彼を死なせるつもりなどなかった』」
「お慈悲を……」
そう震える老人に、ネブザルアダンは冷静な目で、あっさりと告げた。
「来い。国王陛下の勅令で、お前は死刑だ」
抵抗もむなしく、一人の老人は、親衛隊長の連れていたバビロニア兵にあっさりと連行されていった。


数年後、ユダ王国はネブカドネザル王率いるバビロニアの侵攻により滅ぼされた。そしてそれと同時に、ベトリアもあっさりとバビロニア軍に敗北した。ベトリアの民はバビロニアに連行された。ユディトもその中にいた。
ベトリアの町は完膚なきまでにバビロニアに叩きのめされ、跡形もなくなった。今では、その町がどこにあったのかを突き止めることすら、不可能な話である。


(完)
スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。