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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Eve 第九話

ある夜の事だった。イヴはリリスの住処にあった草の穂のようなものに気が付いた。
リリスの住処の明かりに照らされて金色に輝くような細かい粒をいくつも見桁美しい草だった。しかし、甘いにおいもしなかったし、触ってみるとざらざらしていてお世辞にも食べられる代物には見えなかった。
「どうしたの?」リリスが彼女に気が付いて言う。「食べられないと思ってる?」
「うん」
「食べてみなさいよ」
リリスにそう振られて、イヴは粒の一つを取って口に運んだ。舌を切ってしまいそうな固い皮があることに気が付く。
リリスがそれを見て笑ったように思え、イヴは歯を使ってその皮を外した。だが中から出てきたものは確かになめらかではあったが、粉っぽく、なによりただの粒にすぎないのだから果物よりも圧倒的に量が少なく、彼女にとって美味しいと言えるものではなかった。
「おいしくないわね」イヴは少しむくれてそう言った。リリスはそれを小ばかにしたように笑う。
「あら、こんなに美味しいものを」
「リリスは、そう言うのが好きなの」
「ええ。何かを見る目はあるつもり」

リリスは常に余裕のある笑いを浮かべる。イヴはなぜだかそこに、少し劣等感を感じてしまう。リリスは自分よりものを知っている、と思ってしまう。きっと彼女は、天使たちや蛇たちに聞かずとも、自分が知りたいことをたくさん知っているのだ。きっと、この草の穂の美味しさも。
「私は、リリスと同じもの好きになれないのかしら」
イヴがそう不安げに言うと、リリフは「ばかねえ」と笑った。
「あなたはそもそも、好きっていう感情すらわかっていないくせに」
それを聞いて、イヴ自身も少し面白くない思いに駆られた。「それは知ってるわ」
「知らないわよ」
「私、アダムの事好きよ」
「あら、そう!」リリスは笑って言う。イヴにはその笑いがなぜだか、あまり美しくないもののように見えた。
「なんでアダムの事好きなの」
「え……?」
イヴはそれを聞いて言葉に詰まった。アダムの事を好きな理由なんて、考えたこともない。
ただ、自分が起きたとっ彼は目の前にいた、そして自分は、何を感じるよりも早く、彼の事を好きだと思ったのだ。
「好きだって思ったもの」
「そんなの、ありえないわ」
リリスはまたしても、小ばかにするような笑いの色をたっぷりこめてイヴにそう言った。
「理由もなく好きだなんて」
「理由だって、いっぱいあるわよ」
「どうして?」リリスはそう聞いた割に、イヴに返答する隙を与えず以下の陽に畳み掛けた。
「不愛想で、つまらなくて、何も知らない。知る気もない……そして何降り、彼は、美しくないわ」
「そんなことない!」イヴは声を荒げる。だがリリスは、少しも彼女に圧倒される様子を見せず淡々と続けた。
「アダムがあなたを好きになるってんならわかるわよ。貴方は何も知らない子なりにアダムによく尽くしてるわ。でもアダムは、自分からあなたの方にもよってこない。だからあなたは私なんかとでも遊びたがってるんでしょ」
「それとこれとは関係ないじゃない」
「あるわよ!彼にもう少し甲斐性があれば、あんたは変な友達を何人も作ることなんてないわ」
リリスの口調はなぜだか、いつの間にか若干毒々しいものになっていた。
「リリスは変じゃないわ」
サマエルの事を口に出すのはぐっとこらえてイヴは言うが、リリスはそれに「あらあら」とだけ返した。
「それに、アダムは物知りよ」
イヴは悔しそうにそう言う。だが、それを聞くや否や、リリスは今までの笑すらも引っ込めて、げらげらと笑い始めた。イヴは赤い火の光にぼうっと照らされた彼女の美貌が不規則に歪んでいくような幻覚を見たような思いに駆られた。その笑いは、酷く不気味だった。不気味のみならず、そこには、恐ろしいものが潜んでいるような気がした。
「彼は何も知らないわ、知ろうともしない!彼が知っているのは、知ろうとしているのは、神と天使たちの狭い世界だけよ!」
イヴは抗議しようとした。貴方になんでそんなにアダムの事がわかるの、と。だがリリスの目が鋭く光り、イヴを睨みつけた。リリスは喉の奥から、小さく響く音を鳴らした。フクロウの泣き声に似ていたが、その声を聴いた瞬間、イヴは体が硬直してしまった。その声は確かに、イヴに川でおぼれた時にも感じなかった恐怖を与えた。
「イヴ。でも大丈夫よ。あたし知ってるもの。あなたは違うわ。あなたは今はアダムと同じおばかさんだけど、でもアダムとは違う。あたしと仲良くなれるはずよ。あなたはそんなに、知りたがりなんですもの」
リリスがイヴの体を抱き寄せた。彼女の林檎の実よりも真っ赤に光っているような唇を、イヴは自分の目のすぐ前に見た。
「あの人も言ったの。小麦なんて食べられるはずないって。ああ、小麦ってご存知?この、とってもきれいな金色の草よ。でもあたしはね、これには絶対食べようがあるって思ったのよ。でも、アダムは聞いてくれなかった……。イヴ、あなたはどうなの?あなたは、これを食べられないものだっていうつもり?小麦の味を、わかるようになりたい?」
リリスの素肌が密着し、イヴは寒気を覚えた。そこから伝わってくるのは、体温とは異質なものだった。アダムから感じる体温、天使たちから感じる暖かさ、蛇から感じるひんやり入して冷たさ、どれとも異質だ。そう、例えるならそれは、異質そのものであるような気がした。自分の素肌がそれに触れているのが、異常事態であるような気がした。
だがリリスの力は彼女が思っていたよりも強く、またイヴの体はピクリとも動かなかった。イヴは友達と言った相手に、初めて明確な恐怖心を持った。
「分かるようになるわよ」
動けないイヴの体の上に、リリスが長い爪を伸ばした手を這わせるのがわかった。彼女はイヴの太ももを撫でる。そして、ゆっくりと太ももの間に手を滑り込ませた。
「そこ」の存在を、イヴは自分自身では知らなかった。だから、彼女は自分の何が触られたのかはわからなかった。彼女にわかったのは、体を駆け巡る何かしらの感情だった。それは、あの時、リリスに唇を重ねられた時の感触に非常によく似ているようだった。
「あたしね、昔ある方に出会ったの。アダムより美しくて、何より美しくて……その方は、私に微笑みながら、こう言った。『そうとも、小麦は何よりも美味しい物さ。正しいのはお前だよ』って……」
イヴはまた、頭が真っ白になる。リリスはまた2,3度フクロウのような泣き声で泣いてから、霞みそうになる視界の中で微笑んだ。
その時だった。
シュー、シューという音が聞こえた。そしてその瞬間、イヴの体を縛っている何頭の力が消えたのだ。火が消え、リリスの姿も声も、真っ暗な闇の中に消えた。
イヴは木の上にあったリリスの住処から突き放されるように転倒した。幸い高いところにあったわけでもない上下は柔らかい草地だったので特にけがはなくて済んだ。

真っ暗闇の中にイヴは放り込まれた。いつもするように彼女はまず手がかりを探そうと、手を前に突き出し探り始めた。
すると、その手が何者かを掴んだ。それはリリスの肌とは全く違う、手になじむものだった。
「蛇さん!」
暗闇の中漸く助けを見つけたような思いで、イヴは叫んだ。
「よお、イヴ。こんな夜中にこんな暗いところで、何してるんだ」
「怖いもの見たの……怖いの。蛇さん、一緒に帰って」
蛇はそれ以上詰問しなかった。「いいぜ、月明かりの差し込むところに出るまで、俺のしっぽから手を離すなよ」と、優しく声だけで言ってくれた。
暗闇を彼とともに進みながら、イヴはようやく合点がいった。あのシュー、シューと言う音は、蛇の鳴き声だったのだ。
ようやく森を抜けて開けたところに出て、月の光が蛇の金色に光ウロコを上品に照らした時、蛇は尻尾を離したイヴに言った。
「何を見たんだ?」
イヴはやっと人心地がついた。
「わかんない」
彼女のその言葉に偽りはなかった。リリスのことを言わないように、と言う言葉をかたくなに守ったわけでもなかった。
彼女にとって、あれは好き好んで友達になったリリスではなかった。彼女は恐ろしかった。そして彼女の細い手が自分にもたらした、あの形容しようのない感覚も恐ろしかった。そしてイヴは、それらをどう言い表していいか全くわからなかった。
「分からないの。でも、怖かった。すごく、怖かったの」
蛇はするするとイヴの体をよじのぼってきて、首元に巻きつくと安心させるように彼女の頬をその細長い下でちろちろと舐めた。
「よしよし。何かあったら天使たちに言えよ。ここは安心だ。ここは、楽園だ。……いつだって、天使たちは君らを守るよ。このエデンに居る限り」

いつの間にかイヴは目が覚めた。策やアダムと一緒に寝たはずの所に帰っていたが、アダムの姿はない。もう天使と一緒に出掛けたところなのだろうか。彼女は昨日のリリスの言葉を思い出していた。
「(もっと一緒に居てくれてもいいのに……)」
だがその代わり、蛇がちょこんととぐろを巻いてその場に居るのがわかった。
「おはよう」
「う、うん。蛇さん、おはよう。早起きね」
「アダムにはかなわなかったぜ」
経に場笑うが、イヴはあまり落ち着かなかった。
いつ寝たのかもよく覚えていないので、昨日の延長線上にまだ身を置いているようだ。まだ妙な感覚も体から抜け切っていないようだった。イヴは自分の頭を触った。その時、髪の毛に小麦の粒が一粒絡んでいるのに気付いた。
「蛇さん」体を前かがみにして彼女は言った。
「これって、美味しいもの?」
蛇は自分の目の前に差し出された粒を見たが、余り時間を開けずに言い返した。
「別に毒でもないが、わざわざ好き好んで食べるほどのものでもないさ。俺がもっといいものとってやるよ」
蛇はその言葉通り、するすると近場に昇ると梨の蔓を起用に牙で神千切った。それは真下に落下して、イヴの手の中に入った。
「食べろよ。朝食だ」
イヴはその言葉通り、蛇の渡したわかした梨の実を食べた。それは全く、彼女がいつも感じている通りの「美味しい」と名のつく味だった。

「イヴ、お目覚め?」
振り返ると、ガブリエルもいつの間にか彼女の後ろにいた。その真っ白な手には、真っ赤な林檎の実を持っていた。
「わたしからもどうぞ。食べるでしょ?」
「食べる!」
イヴがその身を取る姿を、ガブリエルは優しい目で見つめる。
「ねえ、ところで蛇。わたしに話があるんですって?イヴも一緒にって」
ガブリエルは唐突にそう言った。イヴも食べる手をやめて蛇の方に向かい合う。どうやら彼女は、蛇が呼んだらしい。
「それよ。イヴ、なんで俺がそもそも、昨夜あそこにいたと思う?」
「知らない……」
「おかしな気配を感じたんだ。すぐに気配は消えて、俺には追いかけるのも無理だった。……けどな、ガブリエル。俺は見たんだ。確かに、あそこには火があった。明らかに管理された火がな」
それを聞いて、ガブリエルの優美な顔が青ざめた。
火。イヴはその言葉を思い出していた。リリスの住処で輝いていたあの不定形の厚い物の事を、リリスは確かにそう形容していた。
火は、あっては悪いものだったのだろうか?でも確かに思い返してみれば、リリスと一緒に居る時以外、イヴは火など見たこともなかった。
「その火も、気配と一緒に消えたよ。俺も驚いてよ、つい威嚇音を出して、それがよくなかったようだ。済まねえ。あんなに逃げ足が速いとは思ってなくてよ」
「それはいいわ。……で、まさか?」
「ああ、そこに、イヴがいた」
蛇はそこまで言うと、戸惑っているイヴの方を振り返った。
「イヴ、はっきり答えてほしい。あの場所に居たのは、君ひとりじゃなかった、そうだろ?君は誰と会っていたんだ?君が見た恐ろしいものは、一体なんだったんだ?」
蛇は真剣な目で、イヴを見つめた。ガブリエルも同様だ。
イヴは戸惑った。自分はなんといえばいいのだろう。おまけにリリスの事を頭に思い浮かべれば、頭の中に出てくるのは彼女の綺麗な笑顔と歌声ではなく、あの恐ろしい笑いと、自らを硬直させるような鳴き声だった。
イヴの体に冷や汗が流れる。さすがに黙っているだけでもいられない状況だということくらいは分かっていたが、口が思うように動かなかった。だが、彼女が言葉を濁らせていると、蛇は彼女の思っていることを半ば当てて見せた。
「そいつに、自分の事は話すな、とでも言われたか?」
「……うん」
蛇は振り返る。
「そう言いつける奴がまともな奴のはずはない」
「もっともだわ。イヴ、怖がらせちゃったらごめんなさいね。ちょっと蛇を借りるわ。まだこれに関して、気うことがあるかもしれないけど、無理はしなくて大丈夫よ」
相とだけ話して、ガブリエルと蛇は飛び去っていった。イヴは一人だけ残された。
彼らは自分の気持ちを気遣ってくれたのだということはイヴには十分わかった。彼女は、彼らに感謝したが、半面一人になるといやが王にもリリスの存在を思い出してしまった。
友達だと思って大切にしていたリリスを、今は好きと言う気持ちだけで測れないような気がした。ありていにエバ、イヴは彼女を批判したいと思い始めた。
少なくとも、彼女がアダムを批判したことは間違っていると思いたかった。それが非常に大きな事であるとイヴには思えていた。

イヴは、サマエルのいる密林に向かう唖ことを決めた。密林の中で彼は、相変わらず一人のままだった。
「ねえ、サマエル!」イヴは彼と顔を合わすなり過ごし語気を強めに問いかけた。彼の顔が少し不思議そうに揺らめく。イヴがいつになく不安そうなのが、彼にも分かったのだろう。
「なんだよ?」
「サマエルはさ、何かを好きになったこと、ある?」
イヴのその問いにますます怪しそうにしながらも、彼は言った。
「あるぜ。それで?」
「好きになるのに理由がないなんておかしい、って言った人がいたの」イヴは言った。「あなたは、どう思う?それ、違うでしょ?」
「……わかんねえよ。何が正しいとか正しくないとか、そんなもの決める権利を、俺はもらってないんだ」
「でも違うでしょ!?」イヴは食らいついた。
「だから、わかんねえって!俺が今まで好きになったものはよ、皆、好きになる理由があったから!」
そう言い切ったサマエルに、イヴは少し暗い顔になる。
「じゃあ」と、イヴ。「どんな理由だったら、いいの?」
「……俺が、俺が一番尊敬するお方は」サマエルは言った。「俺の事を見てくれたんだ。俺は……出来損ないみたいなやつで、それでもあのお方は、俺に、自分の味方になってくれてもいいって言った。俺の事を、いらないやつって言わなかったから、だから、好きになったんだ……」
「それこそ、理由ないよね」イヴは言った。とにかく、どうあってもリリスの言うことを否定したかった。
アダムはぶっきらぼうだし、自分に構ってくれない。蛇や天使たちの方が、なんなら、ああも恐ろしい表情をさらす前のリリスの方が、ずっと優しい。それでも自分は確かに、初めて自分が見たアダムと言う存在を、好きだと思ったのだ。
「誰も、いらないやつなんかじゃないでしょ。当たり前のことを言ってくれただけで、なんで特別なことなの」
「お前に、俺の気持ちがわかるかよ!」サマエルは言った。その声は非常に鋭く、どこか、蛇の牙を思わせた。イヴはそれに怯んでしまった。だがサマエルは、その様子を見て落ち込んだように「悪い」と言い足した。
「ごめんなさい」
サマエルの気分を害してしまったことがわかって、イヴは落ち込んだ。自分が何とも、わがままな存在だと思えてしまった。
「ごめんなさい、サマエル。……なにも、知らなくて」
サマエルは、その言葉に許可を発しなかった。代わりによろよろと彼女のもとに寄ってきて、彼女の肩をそっと抱いた。
「いいよ」
音のない密林の中、その声が幻想的に響いた。
「ごめんな。傷つけるつもりじゃなかったんだ……」サマエルはうなだれながら言う。「俺、駄目だな」
「駄目じゃないよ。大丈夫だから」イヴは言った。「私、サマエルの事大好きよ。理由は……たぶん、ないけど」
「理由なら、初めて会った時言ったじゃねえか」サマエルは乱雑に伸びた前髪の奥底で目を光らせながら、イヴに言った。「俺がエデンに居るから、だろ。エデンのものは皆友達だから、だろ」
「えっと……そう言えば、そうだったけど」
「ありがとう。……俺さ……」
どもるイヴに、サマエルは小さな声で言った。
「ねえ……サマエル」
彼女はぽつりと言う。ふと、彼になら話してもいいのではないかと思ったのだ。密林を出ることのない彼にだけは。
「リリス……って、知ってる?」
その一言を聞いて、サマエルはぎょっとした表情になり、あわててイヴの目を力強く見つめながら言った。
「リリス!?お前、リリスにあったのか!?」
「う、うん……」
「すぐ、天使にそのことを言え!」彼は相当焦ったようにそう言った。
「どうして……」
「大変なことが起こる!リリスがここに現れて、お前が無事でいられるはずがない!」
「リリスって」彼女は震える声で言う。「リリスって、何者……?」
「天使が詳しく話してくれる!早く伝えろ!」

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