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クリスマス市のグリューワイン

feat: Eve 第十話

一応サマエルに気を使い密林からしばらく離れてから、イヴは空に向かって叫ぶ。
「ねえ、誰かいない!?お話があるんだけど!」
しかしほどなくしてやって来たのは、天使たちではなかった
「イヴ、どうした?」
アダムだった。天使たちとはおらず、一人きりだった。

開けた平原でアダムと二人向き合ってみる。なんだか、彼のこうして二人きりになったのが久しぶりのように思える。そう思えば思うほど、リリスの言ったことが気にかかってしまったが。
「アダム、なにしてたの?」
「新しくものを名付けたのさ。ほら」
アダムは自分の手の中にある、小ぶりな真っ白な鳥を差し出した。黒い、丸い目がじっとイヴを見つめた。
「鳩と名付けたよ」
アダムが彼を空に返そうとするそぶりを見せると、鳩も羽ばたいた。そして、ただの白い鳥から鳩となった嬉しさで胸を躍らせているかのように、真っ白な体を青い空に向けて優雅に飛ばしていく。
「素敵な名前ね」イヴは言った。
「お前は、どうしてここに居たんだ?」
アダムは飛んでいく鳩を見ながらそう言った。「天使の皆に聞かなきゃならないことがあるの。と、イヴ」
「天使の奴らは忙しいんだ。俺でよければ聞くぞ」
「ほんと?」
「答えられる範囲ならな」
イヴは思い出した。アダムが依然、リリスの名を口走ったことに。彼も、リリスを知っているはずだ。
「ねえ、私リリスって人に会ったの。アダムも知ってたでしょ。リリスって誰?」

その時だった。
リリス、の名前を聞いたアダムの瞳孔がぱっくりと開き、彼の息が荒くなった。
「あ……あ……」
彼はガタガタと震える。
「どうしたの?」イヴは慌てて聞いたが、彼はがくりと膝をついた。彼のは地面に手を突き、立ってもいられない様子だった。彼のz年芯に、尋常じゃない汗が噴き出す。間違いない。アダムはあの夜と同じような状態、いや、もっとひどい状態に陥っていた。
「アダム?」イヴもパニックになる。
「アダム、しっかりして、しっかりして!ラファエル!来て、ラファエル!」
そう叫びながら、イヴは彼の背中をさすろうとした。しかし彼女の手が背中に触れた瞬間、アダムは言い表しようのない恐怖に満ちた絶叫をした。
「どうしたんだ!?」
ラファエルはすぐにやって来た。
「アダムが、アダムが……」
「アダム、しっかりしろ!」
ラファエルがアダムの体を抱きしめ、暖かい光で覆う。しかし、アダムは今度は簡単には落ち着かなかった。震える声で、縋るように、彼はラファエルに言った。
「リリスが……」
「大丈夫、大丈夫、リリスはここに居ねえよ」
「ちがう、リリスが、リリスが、ここに帰って来たって……イヴが、リリスに、会ったって……」
「え……?」
震えるアダムを力強く抱きしめながら、ラファエルはイヴの方を見た。その顔も、いつも余裕のある彼らしいとは思えないほど、引きつっていた。
「リリスって誰なの?」
イヴは言う。だが、その瞬間、「イヴ!」とラファエルは強い口調で言った。
「頼むから、今その名前は出さないでくれ、いいな?すぐ別の奴を来させる!」
ラファエルはそう言うと輝く羽を広げて、アダムを抱えたまま何処かに飛び去っていった。言葉通り、ほぼ入れ違いにやってきた姿があった。ガブリエルの姿だった。蛇は、一緒ではない。

「イヴ、リリスに会ったんですって?」
彼女は驚いた様子だったが、ラファエルほどではなかった、その理由はすぐに彼女自身の口から明らかになった。彼女はうなずいたイヴを見て小さく「やっぱり……」と言ったのだ。
「ろくな相手じゃなかったと思ってたわ」
「ねえ、ガブリエル、リリスの事、教えてよ!」イヴは食いついた。ガブリエルはその場にイヴを座らせると、静かに承諾した。
「リリスはね……あなたが生まれる前、エデンの園に住んでいたの。彼女は、貴女の前の……アダムの最初の、伴侶だったのよ」


神はずっと昔、初めて人間と言う存在を作り上げた。それは男と女に創造された。
男の名前はアダム、そして、女の名前はリリスと言った。

リリスは頭がよかった。自分で何もかも考え、行動した。天使たちも、神も、最初のうちはそんな彼女を微笑ましく見守っていた。夫のアダムも、自分以上の行動力のある彼女に素直に感心し、尊敬していた。このころはアダムも、今のような態度ではなく、口数も多いし良く笑う純朴な性格、ちょうど、今のイヴのような性格だったとガブリエルは話した。
だが、リリスの知識欲はだんだん悪い方向に進んでいった。彼女はアダムを、エデンの創造物を、見下すようになった。そして、彼らを軽んじるようになった。
そして、いつの間にか……天使たちもわからないうちに、どうやったのかも不明なまま、彼女はエデンの中心に入り込み、食べてはならないと言われていた知恵の実を食べてしまったのだ。何も知らない天使たちに冷ややかな笑みを向けながら、リリスは自分自身がしたそのことについて話した。
「なんで隠しておくの?あんなすばらしいものを」
アダムはそんな彼女に、そんな知識は自分達には荷が重すぎる、きっと、良くないことが起こるはずだと言った。だが、リリスはそんな彼を笑い飛ばした。
「そんなもの……あなたが、神に従うしか能のない馬鹿だからそう盲信しているだけよ!」
アダムが何を言っても、リリスは聞く耳を持たなかった。

リリスの知識は日々、高まっていった。だがある日、彼女がとうとうあるものを見つけてしまったのが、破滅だった。
彼女は性を見つけてしまった。
イヴの体に廻った、あの感触を。
知識をつけてから余計に何物をも褒めなくなった彼女は、それを素晴らしいものだと称賛した。アダムはその、得体の知れない感触に溺れる彼女を不気味狩り、近づかなくなった。
彼女にとってそれは、自分がした発見に対する侮辱でしかなかった。


「そんなにあたしを避けなくてもいいでしょう」と、ある日彼女は、アダムに詰め寄った。
「君が」アダムは震える声で言った。「君が見つけたものは。悪いものではないんだろう。だって、神様が君の体に、そうやって備えたものなんだから。でも……でも、それに耽り続ける君が、俺は、怖いんだ」
怖がって震えるアダムに、リリスは言った。
「あなたもこの悦びを知ればいいのよ。何も知らないおばかさん」
「どうして君は、俺が楽しいと思うものを否定して、俺が怖いと思うものを押し付けるんだ」
「あなたは優れたあたしに従うべきよ、そうでしょ?」
「なら、君だって、君より優れた神様に従うべきじゃないのか。どうして、知恵の実を食べたりなんかしたんだ。神様は、あれを食べるなと言っていた」
「何言ってるの」リリスはきつく言う。「簡単よ。神様は、あたしより偉くないわ。あたし、いろいろ考えて、そう言う結論に達したんだもの。どんなものだって考えて出ない結論はないわ。だから、いつかきっとあたしは、神様だって越せるのよ」
その言葉を聞き、アダムは無邪気だった瞳を曇らせて、言った。
「君は素敵だったよ。ものを知ろうとする君は素敵だった。俺が君より馬鹿なのも否定しない。でも……そんなことを言う今の君は、素敵じゃないよ」
「あなたみたいなくだらない存在に好かれているかどうかなんて、どうでもいいの」
「だって君は……君は何でも知っているっていうけど、君が食べた知恵の実も、所詮は神様が作ってくださったものだってことにも、気が付いてないじゃないか」
その言葉だった。その言葉が、彼女を激昂させた。
彼女は近くにあった黒い石を握りしめた。黒曜石とアダムが名付けた石を。それを彼女は振り上げた自分の方へ飛んでくるかと思ったアダムは身構えたが、彼女はそれを近くの岩にたたきつけた。黒曜石は割れ、鋭い破片ができた。
彼女はその破片を突きつける。
「ねえ、アダム。あたし思っていたことがあったのよ」
目を怒りに燃やしながら、リリスはアダムに詰め寄った。
「あなたのその体よ。あたしに無くてあなたに有るものがあるわ。あたしの見つけた根本的な原理はね……あたしのこの中を何かで刺激すると気持ちがいいってこと。でも、なかなかいい大きさのものが見当たらないのよ。あなたの体についているそれは……ちょうどいいと思うのよね。ねえ、実験に付き合いなさい。馬鹿なあなたがこんな素晴らしいことに貢献できるんだから、大した幸せじゃない」
そう言いながら彼女は、黒曜石の破片をアダムの体に突き刺した。アダムは痛みに叫んだ。肉が裂け、血の筋が流れ出る。恐怖で力の入らなくなったアダムの上に、リリスは馬乗りになった。


アダムは、相当手ひどい凌辱を受けたらしかった。天使たちが駆けつけた時、彼はただ、泣きながら、血まみれになって震えているだけだった。当然、そこに快楽なんてあるはずもなかっただろう。
「出て行け、リリス」ミカエルはリリスにそう告げた。
「神様からのお達しだ。貴様をもう、エデンにおいていくわけにはいかん」
「押しとどめられたってそうしてたわ」リリスは言う。「こんな狭い世界には飽き飽きしてたの。外にはもっと、あたしの知識欲を満たしてくれるものがあるはずよ」
ミカエルが彼女を連れ、エデンの外に出ようとするとき、ガブリエルは言った。
「一つ聞かせなさい。あなたはどうやって、知恵の実を手に入れたというの?」
「そんなことも分からないの?おばかさん」
彼女は笑うだけで、答えようとはしなかった。

天使たちはリリスのいなくなったエデンで、ただひたすら悲しみと憤りを感じていた。リリス自身は、彼女の行為を素晴らしいもので、自分たちは無知蒙昧だからその素晴らしさがわかっていないだけ、と言い張り、どこかに消え去っていった。しかし、アダムは体中の痛々しい傷は治っても、明るかった目は濁ったまま戻りはせず、口数も少なくなり、余り笑うこともなくなってしまった。そして時々、悪夢にうなされ、本気で恐怖した。本当に、本当に自分たちが思いもよらなかっただけのただ素晴らしいものだったなら、アダムがこうなる必要があっただろうか。彼らはそう感じていた。

ある日神は、アダムに新しい伴侶を作ると言った。
彼はきっと、生まれてくるものを愛せないでしょう、と言ったガブリエルに対して、神の厳かな声は、こう語りかけた。
「最初のうちはそうだろう。だが、アダムには……私の最高の被造物には、それでも、隣に立つものが必要なのだ」
今度は、リリスのようにならないように。
今度こそ、アダムの隣に立てるものを。
アダムを愛し、なんでも愛せる存在を作ろう。
そう思った神は、寝ているアダムから肋骨を一本取出し、それを軸に新たな生命を作り上げた。アダムから分離したその命は、陽だまりの中で目を開けた。そして、彼の姿を、何よりも最初に見た。
「イヴ」
アダムは、生まれてきたその命に声をかけた。リリスとよく似通った存在に、彼は若干の恐怖を抱いていた。それでも彼は自分が神から授かった仕事を、新しく生まれたばかりの彼女に向かって遂行したのだ。
そしてエデンには一つ新しい約束事が生まれた。リリスのようなことが起こらないために。それは、神が禁じた知恵の実を食べれば、重い罰を下す、と言うものだった。

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