FC2ブログ
 

クリスマス市のグリューワイン

feat: Mary and Joseph 第二十三話

ヘロデ王の出した計画は、問答無用で進められた。
冗談ではない。いくら小さな町であるベツレヘムでとはいえ、無実の赤ん坊を一人残らず虐殺するなんてとんだことだ。それでも、彼は言うことを聞かなかった。彼は意地でもその計画を強行する気のようであった。
「ヘロデ大王も、いよいよおしまいですね……」カイアファは、アンナスにそっと囁いた。こんなことが知れれば、ヘロデを慕うものなど、イスラエルに残るはずもない。もうそこすらも分からないほど、ヘロデは狂気に耄碌してしまったのだ。
だが、その耄碌に一人、目を付けたものがいた。彼はヘロデ王の計画を聞き、そしてヘロデが恐れているものを知り、自らの心の中にあった鬱屈と絶望を、みるみるうちに巨大な悪意へと育てていった。
ぞろぞろと蒼い顔をして祭司たちが帰る中、彼、ヨアザルは踵を返し、ヘロデ王のもとに向かった。
「何事だ!」彼は言った。「わが計画を止めるつもりか!大祭司と言えど、容赦はせぬぞ!」
「止める?とんでもない」
その場に居た、ヘロデと計画について打ち合わせしていた将軍や兵士たちは、きっと驚いたことだろう。徳高きはずのヨアザルの顔も、汗をかき、息は上がり、何かを恐れながら、狂気でその恐れを隠さんとしていた。その場に、ヘロデ大王が二人になってしまったかのようだった。こんな男が、大祭司なのか。そんな、馬鹿な。
彼らは顔を青くした。二人の間に入ってはいけないほどの緊迫感が張り詰める。だが当のヘロデとヨアザルは周りの視線などいざ知らず、話を進めた。
「ヘロデ大王。あなたの地位を脅かすものかもしれぬ男児を、知っております」
「なんと!?……詳しく話せ!」
「はい」
ヨアザルの息はますます荒れ、瞳孔は開き気味になっていた。その状態で彼は話した。自分が後見人となっていた少女。それが「神のお告げをもらった」と身ごもった事実。そして彼らは、先日の登録の際にベツレヘムに行き、そこで出産したらしいということ。
「いつの話だ」
「冬至の日の事でしょうか……」
ヘロデ大王は青くなった。
「冬至……あの星が現れたのも、その日だ!」
「そうでしょうとも」彼は言う。
「もしも彼女の言っていることに嘘偽りがないのならば……神の力を携え、星とともにベツレヘムで生まれた子供。あなたの地位を脅かすとすれば、その子でしょうな」
「そやつは、どこにいる!」彼は声を荒げた。「今はベツレヘムにいないのか!?」
「今はエルサレムに帰っております。しかし、お望みであれば貴方様のため、その家を教えましょう」
ヨアザルには、何のためらいもなかった。迷いすらしなかった。
これでマリアが死ぬのならば、死ねばよい。清らなる体でいなければ駄目だったのに。聖なる処女であるべきだったのに、彼女は男と契った。彼女は子を宿した。それならばもういっそ死んでしまった方が、彼女のためと言うものだ。
彼女を自分から奪ったヨセフも哀れに死んでしまえ。ダビデの家を汚す愚かな盗人にはそれが何より似合っている。厚かましくも、一生そこを誰も通ってはならなかったはずのマリアの胎内から生まれてきた赤ん坊も、惨めに殺されてしまうがよい。それが理だ。それが正義だ。
マリアは、処女でなくてはならなかったのだから!
処女であるべきだったのに、彼女は自分を裏切った!彼女を愛していた自分を!死んでしまえ、マリアも、マリアを愛した全ても!
自分は大祭司だ、自分の考えることが神の意志、イスラエルのあるべき未来だ、そうに違いないのだ!!
「ヨアキムと言う男、その家に、奴ら一家は住んでいるはずです」
自分が一番悲しいのだ。汚れた体になってしまったとはとはいえ、それでもまだ大切に思ってやっているマリアを失う自分が。そこまで自分を追いつめた彼らが悪い。悪いのだから、無残に殺されて当たり前だ。
ヘロデ王は狂気に笑い、その言葉を聞いた。だが、その場に居なかった男で、その一部始終を、偶然にも聞いてしまった男がいた。
パンテラだった。
彼はヘロデ王の見舞いに来ていたのだ。だがヘロデが唐突に起きてしまい、どうしようかと迷っていた結果、このようなことを偶然聞いてしまった。
「(そんな、大祭司殿……!?)」
彼はぞっとした。ヘロデ王の王位への尋常ならざる執着に。赤ん坊を殺してもいいと言い切る、その心に。
だが、それ以上に彼はおののいた。マリアとヨセフが、彼らの子供が殺される!
パンテラは焦った。彼らを救ってやらねば!だが、どうしようか。運が悪ければ見つかって、結局殺されてしまう。ヘロデ王はこのイスラエルを治める者、自分も赴任してから長く経つとはいえ、地の利ではかなうはずもない……。
そう思い悩むパンテラの肩をその時、ポンと叩くものがいた。
「力を貸してやろうか」
そう声をかけてきたのは、アンティパスだった。

「王子殿下……」
「その、特別に殺される子たちと、知り合いだったりするのかい?」
「はい、彼らは……私の友人です」パンテラは焦って言った。「見殺しにはできない!」
「まともに逃げても、父上の包囲網に追われる」アンティパスは笑った。「でも僕なら、絶対に父上の包囲網をかいくぐれるルートを知ってるよ。条件次第で、それを教えてやらないこともない」
その言葉を聞くと同時に、パンテラはその場にひざまずき、アンティパスにすがった。
「お願いします!王子殿下、なにとぞお教えください!その条件とはなんでしょう!」
渡りに舟だ。彼は無我夢中ですがり、アンティパスは面白そうに笑いながら彼の顎を持ち上げた。
「いやだなあ、パンテラ将軍。僕があなたに望むことなんて、一つしかないにきまってるじゃないか?何年も誘いをかけているのに、あなたは一向につれないんだから……」
そう言って彼は細い指を這わせ、カリリと軽くパンテラの喉をひっかく。彼の意図がわかったパンテラは慌てて言った。
「王子殿下……できません、で、できません、それだけは……」
「ああ、そう!」
アンティパスは大概、こうだった。パンテラが断れば、すぐに話を切り上げ縋ることはしなかった。「じゃあ、この話もなかったということで」彼はわざとらしく踵を返す。「ま、待ってください!」とパンテラはすがった。
「王子殿下にお教えいただかないと、困ります!私の友人たちが、殺されます!」
「その何とか云う奴らが死のうと死ぬまいと、僕に一切の関係はないんだよね。どんな殺され方をしようと、僕の心は全く痛まないよ」アンティパスは愉快そうな笑顔で、冷ややかに告げた。「僕はあなたの体がほしいだけ。特に今は、諸事情あって寂しいんだよ、無性にね……それさえ手に入れば後はどうでもいいことなんだ。で、その話が流れたなら、僕が去るのは当り前さ。離してくれよ」
「そうするわけにはいかないのです、しかし、どうか……」
「離せって言ってんだろ」
彼は笑顔のまま、低い声で言った。苛立ちの混ざった、怒っている声だった。
「ねえ、パンテラ将軍。貴方にどんなご立派な思想があるかどうかは知らないけど……今だけその思想を捨てて男の子のお尻を犯す。そのくらいの覚悟も持てないような決意に貸してやる胸なんて、あいにく僕にはないんだよ」
アンティパスはそう言って、さてこの男はどう縋りついてくるか?と楽しみにした。しかし、帰ってきたのは意外な返答だった。彼はこれだけは言いたくなかったが、といった風に決意した顔で、アンティパスを下から見上げつつ、言った。
「王子殿下……貴方は誤解しておいでです。私は……自らの信条、貞操、義務感、そのようなもののために、今まであなたを袖にしたのではありません」
「なんだって……?」
アンティパスは立ち止まった。そして、パンテラの話を聞いた。


のどかな昼下がりの事だった。ヨアキムとアンナがイエスの子守りを手伝ってくれていたので、マリアとヨセフは一息ついて、二人とも昼寝していた。
だが、二人の夢に、急にあらわれるものがあった。どちらも、彼女には見覚えがあった。長い金髪、純白の翼。そして手に持つ大輪の白百合。あの時の天使だ、ガブリエルだ!
「神の御子様を連れて、今すぐお逃げなさい!」
彼女は切羽詰まった顔で、そう告げた。
「時間がないわ。ヘロデ王が、この子を殺そうと迫っています!」
「なんですって!?」「なんだって!?」二人は、夢の中で言う。
「はやく!大丈夫、逃げる手立てはあるわ!」
彼女は急ぎみにそうとだけ言って、夢の中から消えた。とたんにマリアとヨセフは目覚め、二人とも顔を見合わせた。
「ヨセフ……夢、見た?」
「マリア……?お前も?」
そして二人は慌てて跳ね起き、ヨアザルとアンナのもとに向かった。「お父さん、お母さん、私たち、今すぐ逃げなきゃ!」
「逃げる?どうしてだね」
「ヘロデ王が、この子を殺そうとしているんだ!夢の中で、天使様が俺たちにそう言った!」
「なに!?」
マリアは慌てて旅の荷物をまとめた。ヨセフはアンナと遊んでいたイエスを自分の腕に抱き、「いいか、絶対死なせねえからな!」と、彼に言った。彼の腕の中で、イエスは笑った。
「しかし、どうやって……」
その瞬間だ。
馬のひづめの音が聞こえた。真直ぐに、こちらに向かってくる!ヨアキム一家は息をのんだ。蹄の音が止まる。
「ヨセフ!」
マリアは恐怖の叫び声をあげて、ヨセフの胸の中に飛び込んだ。彼はマリアとイエスを抱きしめて、扉を睨みつけた。だが、その時、大きな声が扉の向こうから聞こえてきた。
「ヨセフ君!マリアちゃん!私だ、パンテラだ。時間がない、いますぐ君たちの子供を連れて、私たちとともに来てくれ!」

扉を開けると、なんということだろう。パンテラの率いる小隊が、ヨアキムの家の前に来ていた。「な、何事です?」と戸惑うヨアキムに、パンテラは早口で説明する。
「君たちの子について、情報をヘロデ大王に漏らした者がいた!ヘロデ大王はその子が自分の地位を脅かすものではないかと疑い、軍隊を差し向けて君たちを殺す気だ!」
「な、なんと……」
「時間がない!私たちが国境まで護衛する、逃げてくれ!」
そうまくしたてるパンテラを見て、マリアとヨセフは、覚悟を固めた。
「お父さん、お母さん。大丈夫。きっと、助かるよ」
「ああ。心配しないでください。俺たち……神様を信じているんです」
パンテラは馬ではなく、二人乗りの鞍が付けた、ラクダを用意していた。エジプトの方向に行く道らしい。砂漠越えのため、ラクダなのだろう。マリアは可能な限り小さくまとめた旅荷物を持ち、ヨセフはイエスを抱いて、立ち上がった。
長い旅になるだろうとは、誰もが思っていた。ほとぼりが冷めるまで、イスラエルには帰って来れなかろう。
ヨアキムとアンナは黙っていたが、それでも余計な口は挟まなかった。「……分かった。行ってらっしゃい。達者でな」と、娘夫婦に告げた。
「神様。あなたの子の行く末を、あなたが結びつけたわが娘夫婦の行く末を、どうかお守りください……」
「ありがとう……」マリアは涙ぐんだ。
「お父さん、お母さん、元気でね」
「お義父さん、お義母さん、ありがとうございます。……俺、お二人に出会えて、この数ヶ月、とっても幸せでした」
ヨセフも涙ぐみ、ヨアキムとアンナを抱きしめた。彼らも、自分より背の高い婿を、精いっぱい抱きしめた。

マリアとヨセフは、ラクダの上に乗った。大人しいラクダで、パンテラの愛馬のすぐ横についた。
「では……」
「お待ちください、最後に一つだけ!」ヨアキムは、馬上のパンテラに叫んだ。
「その、情報を漏らしたやつとはどなたです!」
「知らないほうがいいと思うが……」
「いいえ!わたしは娘の事は、信頼できるものにしか話さなかったのです。許しておくわけにはいきません!親として!」
パンテラもしばらくためらっていたが、ヨアキムの必死な表情に、やがて口を開いた。
「大祭司ヨアザル殿だ」
彼らは、きっと驚いただろう。マリアも、丸い目を見開いて、思い切り驚いていた。だが、ヨアキムは「感謝します」と一回頭を下げた。
「娘と婿をよろしくお願い致します。パンテラ殿」
「承知いたした」
その言葉を最後に、パンテラは今度こそ「出発する!」と大声で部下たちに告げた。


「パンテラさん」
「なんだい」
「なんで、私たちを助けてくれたんですか?」
エルサレムを離れて人気のない、かつて田園地帯だったのだろう狭い道を抜けながら、マリアたちはパンテラに問いかけた。パンテラは、薄く笑って、彼らに語った。自分の昔話を。


アブデス・パンテラはシドンの出身だった。父が大金を積んでローマ市民権を得て、若いうちからローマに住みついた。
やがて彼は、ある少女と恋に落ちた。美しく、優しい彼女の事を、パンテラは心から愛した。そして彼女も、パンテラを心から愛してくれた。
しかし、彼女は、家の出世の道具でしかなかった。いつかは格の高い男性と結婚し、家を富ませるための道具にすぎなかった。つい数年前まで異邦人でしかなく、家柄も大したことのないパンテラなど、彼女にとってはただ唯一の相手でも、彼女の父親にとっては論外だった。
愛し合っていた。心の底から愛し合っていたというのに、彼らを待ち受けている運命は悲惨なものだった。
パンテラは彼女と引きはがされ、暴行を受け、拷問された。「汚らしい異邦人のくせに貴族女に欲望を抱くなど、この身の程知らずの色きちがいめ」と罵られ、誰一人彼を助けてはくれなかった。自分の父ですら、「せっかくローマ人になれたのに、なんということをしでかした、この親不孝者!」と彼を罵り、そして傷だらけになった息子に自分でも暴行を加え、無一文で家から追い出した。
一命を取り留めはした。しかし二度と彼女に会うこともできぬままとなり、彼は、孤独に生きることを強いられた。
それでも、生きると決めた。その瞬間彼は、絶対に死なないと決めた。

「……誰かが、何かと理由をつけて差別される。それが広がっていき、さらに多くの人が苦しむ……そんな世の中を、私ははっきり知ったよ。だからこそ、生きて行こうと決めたんだ。弱いものが黙って死なねばならぬなら、この苦悩が解消されるものか。誰か一人でも多く声を上げなくては、虐げられたものが顧みられることなど、絶対にないのだから……」
パンテラはさびしそうに語った。
「とはいえ、私は何も……できないままだったが」
「今まさに俺たちを逃がしておいて、何言ってるんですか」ヨセフは言った。
「パンテラさんは今も昔も、俺にとってすごく優しい、とても大切な人ですよ」
「私にとってもです」マリアは言った。「パンテラさんは本当に優しくてかっこよくて、私も、私の友達たちも、みんな大好きでしたよ」
「ありがとう……」彼は美しい顔で、軽やかに笑った。
「マリアちゃん。私はね……君が、私の昔の恋人に見えるんだ」パンテラはぼそりとそう言う。「そして、ヨセフ君。君は、私の若い頃を見ているように見えた」
異常気象は収まって、例年通りの寒い冬に戻ろうとしていた。
「若い恋人を見るたびに、私は昔の自分達を思い出す。でも、君たちを見た時、今までにないほど、そう感じたんだ。……私たちは、救われなかった。だからせめて、今、救いたい。大人になって、力を得た今こそ……あの時救えなかった私を、救いたいと思ったんだ」
冷たい風が吹き付けてきた。砂埃がとんでくる。そろそろ、国境地帯だ。
なぜだろう。
ベツレヘムはもう遠くになってしまったはずなのに、彼らの耳には、泣き叫ぶ赤ん坊の声と、泣き叫ぶ母親たちの声が聞こえるかのようだった。
ベツレヘムで幼児を殺す兵隊たち。彼らはどんな思いで、無垢な体を切り裂いているのだろう。きっと、誰もやりたくはないのだ。いったい誰が好き好んで、そのようなことをできるだろう。
「ヘロデ王は、正気の沙汰ではない。もう……かの王権は長くなかろう。彼も……哀れな王だった。実に哀れな人だった。権力を得なくても虐げられ、得ても心を痛めるばかりだったのだから……」
「……パンテラさん、俺ね」ヨセフはそれに、口をはさんだ。
「そのヘロデの墓を立てに……ヘロディウムにいったんです」
コマドリが荒れ野に生える枯れ木の上で、歌いながら、道行く彼らを眺めていた。
「ヘロデの王宮って、金ぴかなばっかりでどこか不気味だって、前にパンテラさん、言ってましたよね」
「そうだが……」
「その、墓を建てるにあたってヘロディウムを改装したんです。ヘロデ大王の書いた設計図の元で。そして、それが……」
コマドリたちの音もやがて聞こえなくなる。再び、風の音しかしない中、彼らは進み続けた。
「すごく、綺麗だったんです……金なんてほとんど使わなくて、ただ水があって、緑があって、花があって……まるで、天国みたいに綺麗だったんです」
その言葉を聞いて、パンテラのみならず、その場に居たものは心を打たれた。
狂気の王、暴君ヘロデ。彼は死を前にして、心の中に、どのような理想の世界を描いたのだろうか。彼の建築の中で、最も美しい、天国のごときヘロディウムは、彼の心の中の、何を映していたというのだろうか。

「……さあ、国境だ」
パンテラは砂漠を指さし、そう言った。そしてヨセフとマリアのラクダに、ありったけの水と食料を結びつける。
「砂漠を超える分はあるはずだ」
「ありがとうございます、何から何まで」
「いいさ……だがもし礼をくれるなら、今一度、私にもその子を抱かせてくれるかい」
マリアはそっと、パンテラに産着にくるまったイエスを渡した。パンテラはイエスを胸に抱き、そして、語りかけた。
「救い主、神の子……貴方がお生まれになった理由も、わかります。この世は、人間は、救われなくてはならないでしょう。たとえば、あのヘロデの王宮の人々たちなど……」
パンテラは優しく、だが力強く、そのオリーブ色の目で、イエスの瞳を見た。
「ですが……救世主様!ヘロデのような男は……イスラエルだけではありません。世界中に居ます。そう、世界中に……前に私が、あなたに私はローマ人だから、と言った時、あなたは私をとがめるように見つめましたね。……今、その発言を悔います。ローマ人として言いましょう。どうか、イスラエルのみならず、ローマにも、シドンにも、いえ、この世界の全てにも……一人でも多くの民を、救ってください。どうか、どうか……」
彼はイエスを抱いて、砂漠に泣き崩れた。イエスは彼をじっと見つめ、そして、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
パンテラはそっと、彼の小さな手の甲に口づけした。
「どうか、この世をお救い下さい……神の息子よ」
そして彼は「ありがとう」といい、マリア達にイエスを返した。
「砂漠の旅は過酷だ。どうか、体を壊さないようにな……後の事は心配するな。私が全て片を付ける。マリアちゃん、ヨセフ君!どうか、元気でな!」
「ありがとう、パンテラさんもお元気で!」
二人は声をそろえてそう言い、ラクダに鞭を入れ、静かな砂漠をしずしずと歩いていった。
「(見えるかい、私のクラウディア。あそこに私達がいるよ。あの時逃げられなかった私たちが、一緒に逃げているよ……ああ、神よ、神よ、彼らを祝福し給え!)」
パンテラはずっと去りゆく三人家族に手を振り、彼の部下たちも、無言のまま敬礼していた。
スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する