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クリスマス市のグリューワイン

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ニコール・オブリー 第十一話

二月八日のことだった。いつもの通り横たわったニコールの体の前に、盛装したデュ・ボーが現れた。彼は腕を組み、助祭の差し出す椅子に腰かけてニコールの左手に潜むベルゼブブに語りかけた。
「呪われた悪魔よ」彼は言った。「何故だ。なぜ貴様は、今回のようなことをした」
「何故って?」ベルゼブブは笑うように言う。「決まってるじゃないか。お前たち人間が悪魔を知り地獄に落ちてこそ、悪魔冥利に尽きるのさ」
「神に背くものめ」デュ・ボーはニコールの左手を睨みつけた。「なぜ、貴様らは神の創った世界に降りてくる。何故、神に従わない」
「神だって!?」ベルゼブブは言った。「何処にこの世の最高裁判官が居る?最高行政官が居る?王の代官が居る?彼の代理人と顧問が居る?法定の書記が居る?みんなみんな、オレ達悪魔さ!ルシファー自身があの呪われた神の子に言っているよ、この世は悪魔のものだと」
デュ・ボーは彼の言葉に一つ嘆息した。ベルゼブブは続ける。
「オレが命令を聞くのは、そいつらくらいな者さ。もしもお前が奴らを召喚し操れれば別だが、できんだろ。ハッ、お前は悪魔に通じてない!ジャン・デュ・ボー。貴様こそ何のつもりだ。こんなバカ娘一人放っておけばいいものを。ユグノーに押されてきたから、カトリックの点数稼ぎか?阿呆だな、そんない上手くいくはずがないだろうに!この世は皆が皆、お前のように生一本の馬鹿じゃないさ。断言するよ。そんなことは無い!お前はかえって哀れな少女をインチキに使ったと、責められるかもしれんぞ。いったい誰がこんな、この場に居る田舎者達の証言を信じるんだ。こんなに雁首揃えても、大きな力にはかき消される。そうだろう?オレがなぜ降りてきたのか、お前のような馬鹿に何をすべきかという事を教えてやるためだとすら思えてきたよ。あんな……神なんてものを信じている馬鹿に!」
デュ・ボーはベルゼブブに向かい合った。そして静かに、彼を嘲笑するように言い放った。「参ったな。貴様の間抜けぶりが、いっそ愉快なほどだ」

「はあ?」
「そうだろう」デュ・ボーは相変わらず腕組みをしたまま続ける。
「何故私がこの娘を助けるか?悪魔が人間を陥れた。それだけの理由があるのに、これ以上の理由など、なぜ必要なのだ」
それを聞いて、ベルゼブブは頭に血が上ったようだった。ニコールの左手を包む、どす黒い気が広がった。それに飲み込まれたニコールの体は、まるで悪魔のように醜く、恐ろしくなった。だがデュ・ボーは彼を挑発するように、淡々と続けた。
「証拠がない?あるさ。お前によって知らされる必要すらない」
「どこまで……オレを侮辱する」ベルゼブブは今までにないほど低い声で言った。
「神に、神に付き従う馬鹿ども……なぜ、オレ達を理解しない……」
「当たり前だろう」デュ・ボーは冷静に告げる。「悪魔は、人間とは違う。悪魔は悪いから悪魔なのだ。悪いものを、なぜ理解せねばならん。第一、貴様がこの女性を弄び彼女に憑りつくなどと言う卑劣な真似をしたその時から、貴様は貴様なりの仁義を語る権利を放棄したようなものだ。違うか?」
「黙れ……」ベルゼブブは言葉に詰まったようで、ただ唸るようにそう言った。
「ふん、左手から出ても来られないくせに」
「オレをなめるなよ……人間風情が……」
ニコールの左手が宙に浮いた。大聖堂に集まっていた群衆は、恐怖の悲鳴を上げた。左手のみならず、ニコールの体そのものが黒い気に包まれ、宙に浮きあがったのだ。
「貴様ほど憎たらしい奴は久しぶりだ……」ベルゼブブの声が聖堂中に響き渡った。
「身の程を知れ、人間風情が……オレが……貴様を」
その時だ。ガバリとニコールの唇が開き、最後の雄叫びが響いた。
「食い殺してやる!」
そして、次の瞬間だった。
鼓膜を引き裂くような、言葉にもならない奇声とともにニコールの口から、勢いよく何者かが出てきた。
それは、異常な姿をした存在だった。人間の赤ん坊と蠅を足したような、醜く、グロテスクな生物。
あれだ、あれが、悪魔ベルゼブブの本性だ!誰もがそう確信した。
「グギギギィィッ……ガッ、ギャアアアアアアアアアアッ!」
ベルゼブブは叫びながら、大口を開き、蠅の羽を羽ばたかせて真直ぐにデュ・ボーの方に突っ込んでいった。デュ・ボー司教は彼から身を庇うように、腕で顔を庇った。

ラン大聖堂に血が噴き上がった。

悲鳴が上がる。デュ・ボー司教が右腕を食いちぎられたのだと誰にでも分かった。
「ジャン!」
誰よりも悲痛な、必死な声を、オブリー氏が上げた。だが、デュ・ボーは片腕を失ってなお、その場にしっかりと立っていた。見せびらかすように自分の腕を、衣服ごと一瞬でバリバリと食い尽くしてしまったベルゼブブを見つめ、彼は、勝ち誇ったように言った。
「とうとう……か」
「ガ?」怪訝そうに彼を見た、もはや言葉を話せないベルゼブブに、デュ・ボー司教は言う。
「今、とうとう貴様は退去することになる。消え失せろ、悪魔め」

そして、次だった。ベルゼブブは司教がその言葉を言い終わるや否や顔色を変えた。急に床に倒れ、のた打ち回って激しく苦しみ始めたのだ。
民衆がどよめく。すると、デュ・ボー司教は静かに残った左腕の袖をふるった。その中には、聖体が大量に詰め込まれていた。彼は、手の中にすら聖体を握っていたのだ。
彼は、自分ごと直接聖体をベルゼブブに投与しようと試みたのだ。

「どうだ、悪魔」
「ガッ……ゲェ……」
右腕があった場所から大量の血を滴らせ、デュ・ボー司教はなんとか立ちすくみ、ベルゼブブ、悪魔にとっては猛毒にも等しいキリストの体を大量に呑み込んでしまった愚かな悪魔に向かって、最後に言った。
「地獄の深淵に帰るがいい、立ち去れ、汚れた魂。二度と、ここに帰ってくるな。ここに在す父と子と聖霊をの御姿を、目に焼き付けろ!」

そう。それが、最後だった。
ベルゼブブはラン中に響き渡るかと言う奇声を上げた後、彼の下にぽっかりと渦巻いた黒い穴の中に悶え苦しみながら逃げ返ってしまった。

静まり返ったラン大聖堂に、ニコールの体が残された。ベルゼブブが去ったせいだろうか。彼女はみるみるうちに元の瑞々しい少女の肉体に戻っていった。
デュ・ボーは激しく出血しながら、よろよろと彼女の方に向かった。そして彼女が、まるで眠っているかのようにすやすやと規則正しい呼吸をしているのを見届け、言った。
「ルイ。……お前の妻は、元に戻ったぞ」

歓声が沸き起こった。
「神様万歳!神様万歳!」と言う声が、大聖堂を揺るがすように響き渡る。まるで、先ほどのベルゼブブの声も耳の中から押し流してしまうほどだった。
「ニコール!」オブリー氏は妻のもとに駆け寄り、彼女を抱き上げた。
「良かった。戻って来てくれて、本当に良かった……ジャン……本当に、本当に……ありがとう」
「よい」
デュ・ボー司教はステンドグラスの虹色の光に照らされながら、背一杯力を振り絞って、祭壇に捧げられた十字架のキリスト像に向かい、言った。
「主なる神よ、キリストよ、あなたの偉大な御名が今、称えられますよう……」
そして、その言葉を言い終えると、デュ・ボーはふらりと、落ち葉が地面に落ちるように大聖堂の床に倒れ伏した。


気絶してしまったデュ・ボーと相変わらず昏睡している妻の看病をする傍らオブリー氏は昔を思い出していた。自分とデュ・ボーが、まだ小さかったころの事を。
デュ・ボーは孤独な子だった。幼馴染の自分にすら心を開きたがらなかった。彼は、人を信用できなくなってしまっていたのだ。あの日、彼の母親が若い恋人と一緒に家を出て行ってしまった日から。
必死に行かないでと泣きすがる彼を、母親は蹴飛ばして、こう言い捨てたらしい。
「何よ。あたしの……あたしたちの愛を邪魔するつもり!?あたしたちはそんなのに屈しないわよ!立ち去りなさい、悪魔!」
彼の家は裕福な家だったが、父はそれ以来打ちのめされて酒びたりになってしまった。デュ・ボーは母親にそう言われたことがよっぽどショックだったのだろう。ずっと、ふさぎ込んでいた。
そんなある日に、彼は悪魔憑きになった。もう悪魔の名前は忘れた。おそらく名前に覚えがなかったからベルゼブブでなかったことだけは確かだ。
誰にも手が付けられなかった。それどころか、この子自身これを望んでいるのだ、と悪魔は艶めかしい女性のような声で言った。
オブリー氏は、どうしても親友を助けたかった。そしてなけなしの小遣いをはたいて十字架のネックレスを買った。せめて、せめてこれで悪魔が退散しないかと。ちょうど、その日だった。一人の聖職者が、彼らの生まれ故郷に来たのは。

聖職者は幼き日のオブリー氏の十字架のネックレスを見て「あの子に?」と問いかけた。なぜ分かるのだろう、と思いつつ、オブリー氏はうなずいた。
彼は細い手を伸ばし「良ければ、貸してもらえないかな。私の十字架よりも、よっぽど効き目がありそうだ」と、優しい顔で笑った。
悪魔祓いは成功した。彼は立派な祭服には不釣り合いのオブリー氏の十字架を身に着け、聖体をもってあっさりとデュ・ボーを正気に戻したのだ。
正気に戻った彼は、あたりを見渡した。「ジャン、もう、悪魔はいないよ」とオブリー氏が言った。すると彼は目を見開いて、ぽつりと言った。
「悪魔……あれ、悪魔だったのか」
「うん」
「あれ……」
日の光を浴びた彼の横顔は、今にも泣きだしてしまいそうなほど悲しそうだった。
「お母さんの姿をしてたんだ。ジャン、捨ててごめんね、本当は愛しているのよって、僕を抱きしめてくれたんだ……」
彼は、綺麗な目に涙を溜めて、ぽろぽろと泣いた。オブリー氏と、その聖職者は彼が泣き止むまで黙っていた。だが、いずれ彼が落ち着くと、聖職者は自分の首にしていたネックレスを外し、言った。
「ジャン君。君は、聖なるキリストの体によって救われた。でも、もう一つ、君を救ったものがあるよ」
彼はデュ・ボーの前に、静かにネックレスを置いた。そしてにっこりと、まるで父親のような慈愛を込めて、彼の頭を撫でながら言った。
「君の友達が、君のために用意してくれたんだよ」
デュ・ボーはしばらく、十字架を見ていた。だが、最後に小さく「ルイ」と言った。
「なんだい?」
「ありがとう……これ、貰ってもいい?」
「うん」
オブリー氏も精いっぱい笑った。
「もちろんだよ、ジャン」

あの日以来、彼は悪魔を激しく憎む人間になったのだ。そして、それと同時に他人を信じることができるようになったのだ。神を、愛を一心に信じる人間になれたのだ。
オブリー氏は、そう思いかえしていた。神学を学ぶ、聖職者になると言ってパリに旅立っていった彼のまぶしい笑顔を、オブリー氏は今でも鮮明に覚えている。その首には、今と変わらず、あの十字架があった。


先に目が覚めたのは、デュ・ボーのほうだった。オブリー氏は片腕をなくしてしまった親友に必死で謝り、そして礼を述べたが、彼は笑って「よい。そんな顔をしないでくれ」と言った。
「私は、神の道を行けただろうか」
「行けたよ。君は、立派だ」オブリー氏は泣きながら、彼の残った左手を掴んだ。


数日後、ニコールも目覚めた。
ニコールが目覚めたと看護婦から聞き、オブリー氏は急いで妻の病室に向かった。デュ・ボーも一緒だった。まだ体力が回復しきってはいなかったが、それでもついていくと言いはった。
あれほど酷い目にあったとは思えないほど、ニコールの体はきれいなままだった。彼女は丸い目をきょろきょろさせて、何かを探していた。
「ニコール?」オブリー氏が笑いながら言った。
「良かった。戻ったんだね」
「……あの人は?」
ニコールは彼の言葉には返答せず、問いかけた。
「あの人?」と、デュ・ボー。
「ベルゼブブは……ベルゼブブはどこ?」

その言葉に、オブリー氏とデュ・ボー司教は愕然とした。だが、司教はあくまで落ち着き払って言った。
「いいか、オブリー夫人。ベルゼブブは、悪魔であり、君に憑りついて君を地獄に引きずり込む存在だったのだ。だから、祓った」
「祓った?」
「ああ」
次の瞬間だった。ニコールは湯呑を思いっきり、デュ・ボー司教に投げつけた。
「余計な真似、しないでよっ!」
体力の戻りきっていない司教は、それを受けてバランスを崩し、病室の床に尻もちをついた。ニコールはベッドの上から叫ぶ。
「あの人と愛し合っていたのに!あの人と一緒なら、どこに行くのだって、怖くなかったのに!」
彼女は金切声をあげてベッドの上から、デュ・ボー司教を指さした。
「さぞ、貴方達カトリックは名声を取り戻したでしょうね。寂しい女の子と、貴方達人間のうち誰にも理解されなかった哀れなベルゼブブの愛を踏みにじって、貴方達はますます栄えるんでしょうね!ああ、よかった、よかったわ!貴方達はそれで満足なのね!人の幸せを踏みにじって、私腹を肥やして喜ぶような腐った奴らなのよね!この、偽善者!」
その時、オブリー氏には見えていた。
小さい頃の、怯えるデュ・ボーの姿。誰にも心を開けなかったころの彼の姿が。

空気を斬る音が聞こえた。
「いい加減にしろ、ニコール!」
オブリー氏が、ニコールを平手で打ったのだ。

ニコールは、夫が初めて自分に手を上げたことに面食らっていた。穏やかなオブリー氏は、ニコール相手でなくとも、誰かに怒ったことなどめったになかったのだ。だが、その時、彼は怒った。デュ・ボーの代わりに、彼は怒った。
「目を覚ませ!何が偽善だ!ジャンが、ジャンが君を救うためどこまでしたと思っている!右腕を失ったのだぞ、ジャンは……」
オブリー氏は怒りながら、吐き出すように言った。あまりにも、これではあまりにも、親友が哀れだ。
だがしかし、ニコールは最後まで、彼の期待通りの言葉は言わなかった。
「はん、これ見よがしね。偽善者らしいことだわ。ねえ、貴方、私が帰ってきてうれしい?嬉しいわよね。良かったわね、憎い間男から、妻を取り戻せて」
「ニコール……!」
「これだけは覚えておきなさい。あんたがいくら私に醜く執着しても、私、あんたなんかに心まで買われやしないんだから。私の心は永遠に、ベルゼブブのものなんだから」

オブリー氏は再び、何か言おうと思った。だがその前に、デュ・ボーがようやく医者たちの助けを借りながら立ち上がり、言った。
「ルイ……私はそろそろ、私の病室に帰るよ」
そう言い残して、彼は後ろも振り返らず、よろよろと病室に帰っていった。そして、死んだように再び気絶してしまった。
彼は数日間、何かにうなされていた。何にうなされていたのか、オブリー氏には何となく分かった。


ニコールは実家に戻った。オブリー氏も、さすがに彼女をこれ以上妻としてはいられなかったのだ。ヴェルヴァンは元通りになった。例のフォスケ牧師はあの後ベルゼブブが祓われたのと同時に正気を取り戻し、その悪魔祓いの話を聞き感動した縁とド・ラ・モット神父に介抱された縁でカトリックに改宗し、今はド・ラ・モット神父の善き片腕になっている。だが、オブリー氏が何度日曜に教会に来ても、ニコールが現れることはなかった。ニコールの両親いわく、彼女はずっと部屋に籠ってブツブツとベルゼブブの名前を楽しそうに呼び続けているというのだ。

そんな中だった。ニコールが妊娠しているという話を、彼はニコールの両親から聞いた。

「妊娠?」デュ・ボーが怪訝そうに問いかけた。
「きっと、あの悪魔の子だよ」
オブリー氏はランに向かった際、大聖堂を訪れて、デュ・ボーにそのことを打ち明けた。彼はやっと、左手一本での生活に慣れてきたようだった。
「……なぜだ?お前の子と言うことも考えられよう……」
「だって、僕は、彼女を抱いたことがないんだ」
オブリー氏の告白に、デュ・ボーは目を丸くした。親友の彼でも初耳の事だったのだ。
「なんだって?」
「あの子が僕を嫌っていたのは知ってたよ。だから、彼女を抱くことなんてできなかった。相手がその気でもないのに無理やり抱くなんて、強姦と何ら変わりがないじゃないか。それに、夜の営みがなくても立派なクリスチャンの夫婦たれることは、歴史上の偉大なキリスト教徒たちが証明しているからね……僕は、彼女と臥所を共にしたことは、神に誓って一度もない」
「それで……」デュ・ボーは震える声で言った。
「ニコールはその子を、どうするって?」
「産むに決まってるじゃないか」オブリー氏は力なく言い返した。


オブリー氏の予想通り、ニコールは子供を産み落とした。当然、テレーズ修道院長にもド・ラ・モット神父にもデュ・ボー司教にも、彼女は自らの息子の名付け親になることを許可しなかった。彼女は自分で、自分の息子をこう呼んだ。
「ニベルコル。貴方は、ニベルコル」
ニベルコル。
ニコールと、ベルゼブブ。
彼女は息子に、幸福を見ていたのだ。オブリー氏たちとは決して相容れない、真っ黒い幸福を。

ニベルコルが生まれて二か月ほどたった時の事だった。オブリー氏は、ニコールの両親から、ニコールがいなくなったと聞かされた。
両親が語ることには、深夜にニコールの部屋から奇声が聞こえたらしい。ニコールの取り乱すような声が聞こえたのだ。
「ああ、ベルゼブブ!ベルゼブブ!待ってたわ、私の愛しい人!さあ来て、私を抱いて!」
しかしその後、恐ろしい声とともにバキバキと言う音が聞こえたというのだ。そして、ニコールの悲鳴が聞こえた。彼女の両親は、恐ろしくてどうしても部屋の扉を開けることができなかった。
やっと静かになったころ、両親がおそるおそる扉を開けると、そこにニコールはいなかった。おびただしい血が舐められたような跡が床に残っており、後はニベルコルが寝ているだけだった。
ニコールはどこに行ったのか。もう、誰にも、それを知るすべはなかった。

ニベルコルはオブリー氏が引き取り、育てた。彼は全く普通の子だった。デュ・ボー司教によって洗礼を受け、カトリックの信徒になった。本当に、彼は全く普通の男の子として成長した。
ただ、一つだけ彼の成長過程で起こったことがある。彼が七歳になったある日、オブリー氏は彼の体に異変を見つけた。小さな、小さな蠅の羽のようなものが、ニベルコルの背中に生えていたのだ。

オブリー氏はニベルコルには言わず、黙ってそれをむしり取った。

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