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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Deborah 第二話

バラクはさっそく、ケデシュに軍を動員した。だがその時、ケデシュ近郊に住むある軍人が、そのことを嗅ぎつけた。
「こいつぁ……身の程知らずだな!」
彼、ケニ人ヘベルはそう言って笑った。
「馬鹿な奴らだよ、ヤビン王にかなうわけないだろ?でもまあ、知っちまったからには知らせないわけにもいかん……」
ケニ人とは、モーセのしゅうとに連なる民族。イスラエル人とはそう敵対的な仲でもなかった。だがこのヘベルと言う男に至っては別だ。彼は、カナンの力を重く見ていた。だからこそイスラエル人に背を向け、他のケニ人とも距離を置いて、カナン王ヤビンと将軍シセラと親しい中を築いていたわけだ。
「おい、旅の支度だ!」ヘベルは自分の妻に怒鳴った。「ハツォルへ……いや、ハロシェト・ハゴイムだ!シセラにこのことを一番に伝えるんだ!」
そう言って彼は立ち上がる。すると、先ほどから話を無言のまま聞いていた自分の妻が立ち上がるのが自分より遅いのを彼は見た。
彼はそれに、あからさまに顔をしかめ、妻の頬を殴る。
「何をボサボサしているんだ、怠けるな、役立たず!」
妻は慌てて、よろりと起き上った。「はい……あなた、申し訳ありません」
「はっ!」ヘベルは自分の妻をもう一度叩く。「お前のような無能、嫁にもらってやっただけでもありがたいと思え。もっとまともな女と結婚するためにいつ殺してもいいんだぞ、俺のほうはな!お前の方は、俺ぐらい寛容な男なんざ見つけられるわけはないがな!」
「お慈悲に感謝します、旦那様……」
まるで奴隷が主人にかしずくように、彼女はよろよろと夫の鎧を取り出しにかかった。彼女の名前はヤエルと言った。

「一つ、お伺いしてもいいでしょうか?」
軍を集めてカナン人の地に向かう道中、バラクはデボラに言った。デボラは意外に軍馬の乗りこなしも器用なものだ。太ってはいるが鎧は来ていないので重さの都合もそう変わらなないのだろう。
「なんですね?」
「神の言葉とは、どのようにして聞こえるものですか?」
デボラは少し考え込んだ。すでに彼らの隊は遮るもののない荒野の道を歩んでおり、彼女はベールを押し下げて自分の目を守った。
「なんでしょうねェ……昔からね、たとえば目をつぶると……どこか、部屋みたいなところに居るんです」
「部屋?」
「ええ、部屋に。真っ白のね」彼女は言った。「そこでは、何かが感じられるんですのよ……正直な話、音なのかもはっきりしていません。でも、とにかく何か、感じられるものがあるんです。それが……神様のメッセージなんですよ」
デボラの話はバラクにとって分かるような、分からないような気持ちだった。自分は、それを見たことがないのだから。「そんなものですかね……」彼はいった。
「あたしは占い師じゃありませんからね。儀式や道具は遣わないんです。ただ、感じる時に感じられる。あたしはそれだけ……」
「いつごろから、そんな力が?」
「もうずっと前から。年端もいかない娘っ子だった頃ですよ」と、彼女は言う。「みんなあたしを頼りにしました。山火事も土砂崩れも、あたしは言い当てるものだからって」
「苦痛やプレッシャーは、感じませんでしたか?」
「うーん……思い出せないから、たぶんなかったんでしょう」
彼女はいつも笑顔だ。朗らかな笑顔。その笑顔を見ていると、バラクは不思議な気持ちになる。
これから無謀な戦いに出ていくのに、なんだか不思議と安心感がわく気さえするのだ。


カナン人に都市ハロシェト・ハゴイムのとある屋敷の前で、ヘベルは叫ぶ。
「シセラ将軍に目通りを!あなたの友ケニ人ヘベルが来たと伝えてくれ」
その言葉を聞き、急いで門番たちは豪華な造りの邸宅の中に引っ込んでいく。そしてやがて「お入りください」と彼らは言ってきた。

「どうした?ヘベル。久しぶりだな」
応接間の椅子には、一人の男が座っていた。

彼は、不思議な容貌をしていた。成人男性どころか女よりも低い背丈、髭も全く生えていない子供のような顔。声すらも男にしてはずいぶん高い。それだけ見れば、誰も彼がカナン最強の将軍、シセラだとは思わないだろう。彼の目つきを見るまでは。
何千、何万の人の死を見てきたその目だけは、どんな老人にも劣らないほど世の中を見据えているようで、磨き上げた剣の切っ先のように鋭かった。ヘベルもその目に見つめられる瞬間だけは、今でもついすくんでしまう。
「私に何の用だ?」シセラはその目に似合いの冷淡な口調で言った。
「……反乱の情報を掴んでね、あんたに知らせようと飛んできたんだ」
「ほう……」シセラはあくまで冷静だった。反乱の鎮圧など、それこそ彼はうんざりするほど経験している。今さら何も思う所などなのだろう。
「して、どこが?」
「イスラエルさ」
「……あの、神を唯一だとぬかす者共か」
シセラは全く表情を変えないまま「ハツォルにいる陛下には私から連絡をしておく。陛下の出陣命令が出次第、鎮圧に向かおう」と言った。
「このヘベルも協力させてもらうぜ、いいだろう」
「……もちろんだ、わが友よ」
友。そう言いつつも、彼の口調は反乱軍のイスラエルに向けた口調とすこしたりとも変わらなかった。もっとも、それがシセラと言う男だ。相変わらずだなこいつは、と思いつつ、ヘベルも彼と握手を交わした。
「今日は我が家に泊まるがいい。もてなしもさせよう……母に伝える」
「ああ、ぜひそうしてくれ」ヘベルは軽く言った。


タボル山に向かう途中、イスラエル軍は野営をしていた。デボラが戦場に行ったことはすでに評判になっていて、ナフタリとゼブルン以外からも兵が集まってきている。デボラの伝えた言葉通り、タボル山で集結する予定だ。
バラクは、デボラとネルと一緒にいた。ラピドトは流石に戦場に出るのを断った。
夜の暗闇の中、パチパチと燃える焚火を彼らは囲っていた。デボラは遠慮なく歩兵たちの作ったシチューを食べている。バラクはそれを見て、ぷっと面白そうに噴出す。
「美味しいですか?我々のような男がありあわせの材料で作ったもので……」
「えぇえぇ、とぉんでもない。あたしはいつも自分の作るご飯ばっかり。自分で作らないご飯ほどおいしいものはありませんよ!」
彼女はそう言い切った。
「つまり男はわからない旨さかよ、母ちゃん?」ネルが言った。
「あら、楽に分かるよ。あんたも料理するようになればね」
その言葉に、ネルは苦笑いした。
「考えてみるよ、あいつ料理は下手だしな……」
「あいつ?」バラクは今一つ話題に窮しているところにとっかかりのようなものを見て、そこに食いつく。「妻がいたのか、ネル」
「奥さんじゃねえよ、婚約者さ」
「婚約者なのか?でも、随分詳しそうだな」
「そりゃ、おれ達の住んでるのはド田舎だからな。みんなお互いの事はよく知ってるし、おれたちも、親父とおふくろも、昔から婚約者同士みたいなもんよ」ネルは当たり前のように言う。
「でもおれあいつの事好きだし、おふくろも親父の事好きだよ、なぁ?」
「ま、そう言うわけです、バラクさん!」デボラ親子はそう語った。
「あの人はとっても優しくて素直で、それにあたしにお似合いですもの。あたしあの人の事、大好きですよ」
少しも恥ずかしがることなく夫を褒めるデボラを見て、そしてあの朴訥なラピドトを思い出して、バラクはただ薄く笑って「ええ、そのように見えます……」と呟いた。
「で、バラクさん。あんたは?」
「え?私か?」バラクは自分の方に話が飛んでくるとは思っておらず、戸惑った。戸惑った後、シチューを一口飲みこんで、浮かない顔で言った。
「結婚は……今のところ、余りする気が起きない。結婚したくないし、家族も持ちたくないんだ。もっとも、『産めよ、栄えよ、地に満ちよ』の神の言葉を達成するため、いずれはする必要があるのだろうが……」
「あー……」ネルは少し慌てたようだった。「悪い。聞くべきじゃなかったか」
「そんなことはないぞ……心配するな」
「まあまあバラクさん、そう思うんなら急ぐこともないですよ」デボラは彼の肩を叩いて言った。
「義務感で子供を作るより、いい人と出会って作るほうが、何倍も素晴らしいことに決まってますもの!」
「そうですか……」
「ええ、そうじゃなきゃこんなにくったらしい子を十何年も育てられないったら!」
そう言ってデボラは自分の息子の背中をどんと叩く。「おふくろ!?」と言った彼に向かって、デボラは先ほど同様の笑みを浮かべながら「冗談よ」と言った。
「にくったらしくなんかない。かわいい、かわいいわよ。そうでなきゃ十何年も育てられるもんですか」
そう言って今度は息子の頭を撫でるデボラ。そんな親子を微笑ましく見ながら、バラクには何とはなしに彼女に感じていた安心感のようなものを、その時はまだはっきりとは言語化できなかった。


ハロシェト・ハゴイムのシセラの邸宅ではその夜、ヘベルをもてなすための宴会が行われていた。
「お前は私のいる場では、飲み比べを始めないのだな、ヘベル」
「……お前に飲みで勝とうなんて言う身の程知らずがいるか」ヘベルは苦笑しながら吐き捨てた。隣のシセラは全く素面のまま、風肺目の酒の盃を空にした。
「あらあら、ヘベルさん!お久しゅうございます」
それを見ている間に、ヘベルのもとにやってくる影があった。ジャラジャラと悪趣味なほど宝石を飾った老婆だった。ヘベルは鷹揚にそのアクラビムと言う女、シセラの母親に挨拶した。
「これはこれは奥様、いつ見てもお美しい……」
「あらあら!嫌ですわ、ほほほ……」
そう笑う老婆は息子同様にギラリと光る眼をしていて、老女ならではの美しさより不気味さの方がはるかに勝る女だった。だがこの派手好きな女は、こう言われるのを何より好んでいるのだ。ヘベルはそれを百も承知だ。
「息子をいつもありがとうございます。またお二人でお手柄が立てられますのね……」
「そうなるでしょう。イスラエル人は装備の面では我々にかなうべくもない。赤子の手をひねるほうがまだ大変だ」
得意げにそう語るヘベルとアクラビムをしばらく無言で見た後、シセラはぼそりと告げたした。
「……ところで、お前はそれを知ってすぐに来たのか?」
「ああ……そうだが?」
「では……お前の妻は?」
そう聞いた友人にヘベルははっ、と吹き出し「おあいにく様だが連れて来てるよ。今日、この手伝いをさせてる……もっとも、迷惑をかけたら悪いな!」と言った。
「まっ……!ヘベルさん、あなたあの女とまだいるので?」驚くアクラビム。
「まあ、言うことを素直に聞くことだけはまぁまぁ出来る女ですからね……」
「全く、お優しいこと!本当にあなたの奥様ったら無能でどんくさくて、同じ女として恥ずかしくなりますわ」
「でしょう、でしょう!まあ教育してやってください、バカは叩かないと覚えませんからね……ははは!」
ヘベルの妻、ヤエルはまさにそれを聞いていた。手が震える。落としてしまいそうだ。だが、落としたら折檻される。彼女はそろりと、汚れた皿をシセラ邸の使用人に渡した。彼女は乱暴に取る。
「もたもたしないでよ、うっとうしいわね!」
「……申し訳、ございません……」
ヘベルの妻、ヤエルと言う女性。彼女は、いつも怯えていた。
常に怯え、罵られて、さらに怯えて、その繰り返し。自分はそれに相応しいのだから。自分は褒められる人間ではないのだから。そう自覚して生きてきた。

宴もたけなわになったころ、ヤエルは一人後片付けをしていた。シセラ邸の使用人たちは、あんたのおかげで片づけが遅くなった、と言い、自分に大量の洗い物を残して帰っていってしまったのだ。
早く、早く片付けなくては。遅いとまた怒られる。遅いとまた叩かれる。遅いとまた、夫を不機嫌にしてしまう……。
パシャパシャと冷たい水で皿を洗った。手の感覚が少しずつなくなる。皿をいつ壊してしまうか分からない。ヤエルにはそれが、無性に怖かった。壊さず、早く、仕上げなくては。これが自分の仕事なのだから……。
「まだなのか?」
声が降ってきた。夫の低い声とは違う、高い、しかし十分に威圧的な声。
彼女はすくんだ。そしてシセラと、彼の後ろに控えるアクラビムに向かって土下座した。
「申し訳、ございません……」
「……相変わらずの要領の悪さだな。ヘベルも、何故お前を妻にしたのか……」
「ほほ……お前のような女を持つなんて、本当にお可哀想なヘベルさんだこと」
アクラビムはそう彼女を嘲笑した。彼女は黙って「申し訳ございません……」とそれを受け入れた。
「ことに、手が止まっていてよ。私達のお説教に乗じてさぼろうたって、そうは行きませんよ。貴女のような怠け者の思考など、御見通しなのですからね」
「!申し訳、ございません……」
ヤエルは痺れる手で、もう一枚皿を掴んだ。シセラの鋭い視線が上から降ってくる。怖い。失敗できない。そう思えば思うほど、手が震えた。
「……母上、行きましょう」
「ええ……そうね。こんなものと一緒に居てあなたの貴重な時間を奪うわけにはいかないわね、可愛い息子!」
そう去っていく二人。ようやく、手の震えも収まったようだった。
侮辱しか言われない。虐げられしかしない。だがそれも当然だ。自分はその程度の人間なのだから。ヤエルはそうとしか考えられない女性だった。そのように仕立て上げられた女だった。
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