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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Deborah 第四話

バラクは一命を取り留めたが、奇襲作戦は完敗と言ってよかった。イスラエル軍の士気も下がっている。
自分の責任だ。星がどうと言われていたのに、星空が隠れても作戦を強行した、自分の……バラクはそう、自分を責めた。
彼はネルのいる天幕の前をうろうろしてた。ネルは何とか帰るまでは生きていたが、今はどうだかわからない。
やがて天幕の中から医者が出てきた。「どうです」バラクは焦って言う。
「……大丈夫ですよ、命に別状はなくなりました」
その言葉に、一気に体中の力が抜けるほどバラクは安心する。「ネル、入るぞ」と声を小さくして、彼は天幕の中に入った。彼は寝ていた。デボラが隣にいて、彼女も心底安堵したような表情を浮かべていた。
「デボラ殿」バラクはそっとその場に腰かけると、頭を下げる。
「申し訳ありません!あなたの預言の事を信じ切っていなかった私の責任です……!」
「……いいえ、もう、起こってしまったことは仕方ないですもの」
あの底抜けに恐れ知らずのように見えたデボラにも、さすがにあっけらかんとした様子はなかった。しかし、あくまで彼女はバラクを責めなかった。
「あたしも声を聴くのをがんばってみますから。足手まといにならないってお約束ですもの」
「はい……お願い致します」
そう話して彼らは、寝ているネルを見た。包帯まみれになっているが、今は穏やかな寝顔で寝ている。生命力の強い子だ、とバラクは思った。
「……一つ、伺いたいことがあります」バラクは言った。
「ネルが死んだら……悲しいですか?」
デボラはその言葉を着て、一回瞬きをすると「……いいえ」と言った。
「悲しいなんて言葉も……たぶん、使えませんね。悲しいなんて感情も、持てなくなると思いますよ。心が空っぽになって……この子が死んだらね、きっとあたしも死ぬんです」
デボラは、そっと寝ている息子の頭を撫でて言った。
「腕白な子でしたからねェ、今まで何度も危ない目にあったことはあるけど……でも、でもこの子が死ぬかも、なんて初めて思いました」
「申し訳、ございません……」バラクは呻くように言う。
「もう、いいんですのよ……!」

ネルを起こしてはいけないと思い、デボラとバラクは外に出た。タボル山のふもとを見下ろすように腰かけて、彼らは話した。
「デボラ殿。……母の情は、どのようなものですか?」
「えぇ……?」
「私は、母をよく覚えていないのです」バラクは短く言った。「小さいころ、死んでしまったのです。顔も思い出せません。……あの母も、私が傷ついたら、そのように感じてくれたでしょうか。悲しいともいえなくなると、思ってくれたでしょうか」
デボラはその言葉を聞いて、優しく微笑んだ。
「バラクさん、お母さんの事、好きでした?」
「え?……おそらくは……」
「では、思ってくれましたよ。絶対に」
デボラは、責めなかった。
神の言葉を無視して勝てない戦に突っ込み甚大な被害を出した司令官の事も、自分の心底愛する息子を死に追いやりかけた弱い男の事も、彼女は責めなかった。逆に、彼女は微笑んでくれた。
バラクはポロリと、涙を流した。
自分の母とて他人だ、他人の思惑がなぜわかろう。それなのに、彼女が言うならきっとそうだと信じられる。
「デボラ殿」彼はかすれるような声で言った。「あなたを信じます……あなたに従います。必ず勝利しましょう、この戦に……」
デボラは泣き崩れるバラクの肩を抱いて、「ええ、勿論」と言った。
「バラクさん、余り落ち込まないで。あなたが落ち込んでいたって、あたしは同じくらい、どうしようもない思いになるんですのよ!」

そうされながら、バラクは思い出した。
顔も覚えていない母が、自分にしてくれたこと、唯一つ覚えている。
戦に巻き込まれた村で、自分は泣いていた。子供心に逃げられないと思った。「お母さん、兵隊が来るよ、怖いよ」そう泣きじゃくる彼を母は抱きしめて、声色も思い出せない声で、こう告げてくれた。
「大丈夫、お母さんが全部倒しちゃうんだから」
不思議なものだ。子供の頃の自分はなぜ、その言葉を心から信じられたのだろう。武器も持たない、戦いの心得もない丸腰の女性がそんな真似できるはずがないのに。なぜ、心から安心できたのだろう。
そういって自分を逃がしてくれた母と、二度と会いはしなかった。しかし逃げる途中、確かに自分は安心していたのだ。だからこそ冷静に逃げられたのかもしれない。
小さいときは、母親と言うのは絶対的に力あるものだった。母の顔を、声を忘れても、その大きな力に身をゆだねられる感触だけは、バラクは覚えていた。
何故デボラを見て安心するのだろう。なぜデボラを信頼できるのだろう。全てわかった。彼女は、母親だった。ネルの母だけではなく、自分たちの母親でもあった。


帰還したカナン兵たちはイスラエル軍の事を「大したことねえな!」とはしゃいでいた。この調子ではこの度の反乱もすぐ終わるに違いないと。
シセラはそんな陣地の中を歩いていた。かさかさと自分の行く手にサソリが現れた。シセラの方に気づき尻尾を振り上げて威嚇するそのサソリを、シセラは何とも思わずに靴の裏で踏みつぶし自分の天幕の中に入った。ヘベルがいるはずだ。これからの身の振り方を話し合うために。
だが、天幕の中には意外な人物もいた。
「母上……」
天幕の中に鎮座するアクラビムを見て、シセラは目を白黒させる。「……さっき来たんだよ、戦のこと聞きつけて」ヘベルが彼女の事を説明した。
「母上。先夜夜襲がありましたが、我々は勝利……」
しかし、シセラはその時、母が自分の事を睨みつけているのを見た。「ヘベルさん、出ていらして?私は息子と話があって来たので」と、アクラビムはあからさまに不機嫌そうな声で言い足す。ヘベルはやれやれ、と言った風に天幕を出た。
シセラには彼を引き留める余裕もなかった。彼の顔は母親の怒った表情を見て青ざめる。母親の平手が、真っ先に飛んできた。
「なんで、一夜で仕留められないの!」
アクラビムは息子にそう怒鳴った。
「馬の脚を斬られたですって!?あなたともあろうものが!なにを無様なことをするの!」
ヒステリックに怒鳴りながら、アクラビムはシセラを殴りつける。シセラは青い顔で、がたがたと震えていた。
「ごめんなさい……」彼は震える声で言った。
「それでも私の息子なの!そんな、そんな無能な子が!」
「ごめんなさい……許して、ママ……」
シセラはただただ、母に助けを乞うた。アクラビムの方も泣いていた。泣きながら、彼女は息子に当たり散らした。
「許して……次、次は全員殺すから……」
「次ですって!今出来なきゃ意味ない!意味ないのよ!」
此処には、誰も来ない。ヘベルはこんな母子の関係を知っていた。無様な将軍の姿を見せない気遣いか、厄介ごとにかかわりたくない保身か、彼は周囲の人間ごと、姿をくらましてしまう。
「負けないでちょうだいよぉ……」アクラビムは泣きながら、息子の首を握っていった。絞殺するように強く、我に返ったかのように力を緩め、そう繰り返しながら。
「あんたが弱かったら、私はどうなるのよ……」
「ごめんなさい……ママ、ごめんなさい……」
シセラは震える声で、ただ許しを請うしかなかった。

アクラビムはようやく落ち着き、陣地から少し離れたところにある人里の宿に帰っていった。彼女は最後に、泣き晴らして、シセラの小さな体を強く抱きしめた。
シセラは頬についた母の口紅をぬぐうと、外に出る。心が深く沈む。なぜだ。なぜ自分は……。
ふと、もたもたと水瓶を運ぶ女性の姿が、シセラの目に留まった。夫に手伝いに駆り出されていた、ヤエルだった。
シセラは口を開き、声をかけようとする。ヤエルはシセラの視線に気が付き、びくりと細い肩をはねさせると、まだ何もしていないというのに「ごめんなさい、申し訳ありません、すぐ終わらせます……」と弁解した。
「なんだ、シセラ、母君は帰ったのか?」振り返ると、ヘベルがいた。
「ああ……」
「ん?ヤエルまで……?ああ、そう言うことか」ヘベルは笑う。
「いいよ、貸すぜ。お前も大変だな、あんなヒステリーの母親持ちで」
ヘベルはそうケラケラ笑うとまたどこかに姿をくらましてしまった。ヤエルは重い水瓶を持ったまま、その言葉を受けて振り返ったシセラに震える。
彼女の青い顔は、恐怖に染まっていた。だが、それでも彼女は決して、拒絶の言葉は発しなかった。拒絶する権利が自分にあるということを、徹底的に否定された彼女は。
「……来い」
そんな彼女を見て、ヘベルは短く言った。「はい……」彼女は消えそうな声でそう言い、シセラの天幕までついて来た。

ヘベルが妻の肉体を盟友に差し出すことなど、今さらの事だった。彼は最初、泣きわめく妻に手を差し伸べるどころか、「これが出来なければ、お前に何の価値がある」と笑ったのだ。
「無能のくせに、命がけで戦う俺達の手助けをできるんだぞ?おまけにお前みたいな美人でもない女だ、男に求められて本当は嬉しいんだろ。ありがたく思え」
ヤエルはもう、拒まない。拒めない。シセラに強引に抱かれながら、彼女は涙一つ流せなかった。
「……もう良い。行け」
一連の事が終わり、シセラはそうとだけ言ってヤエルを解放した。彼女はまた、ふらふらと思い水瓶を抱えて歩いて行った。遅い、何をしていた役立たずと怒鳴られることを、既に予想しながら。


「あなたはそれなりの年に見えるが、お子さんはいるのか?」
白い部屋の中で、シセラはデボラに問いかけた。
「ええ……何人も。皆独立しちゃってね、今いるのは末っ子一人だけだけどね。……でも、その子ももうじき結婚するわ」
「そうか……」シセラは頭を掻く。
「あなたは、おあり?」
「私はまだ独身だ。母と二人暮らしだ……」彼は低い声色でそうぼそりと言う。
「どんなお母様?」
「あなたのような人ではない……もっとやせているし、年寄りだし」シセラは言う。「だが、私が最も愛する母だ……美しくて、気高くて、私を心から愛してくれている……私は、母の事を世界一愛しているのだ」
だが、デボラにはわかった。彼はまるで書かれているものを読み上げるかのように、その言葉を言っていた。
「……良いですわねェ。お母さんにとって、息子にそう言われるほど幸福なこともないですよ」
「……だろうな」シセラはぼそりと呟いた。


次の日だった、ネルの目が覚めた、と聞き、バラクとデボラは急いで天幕に駆け付けた。ネルは確かに目を開けていて、前と同じ元気のいい目で二人を見つめていた。
「バラクさん!母ちゃん!おれ……」
「あまり話すな。痛いだろう」
ネルは大けがをした割に、話すことがは元気がよかった。ネル以外の兵士の負傷の責任も感じているバラクの方が顔色が悪いくらいだ。
「心配した……死んだかと思ったぞ」
「好きな女と結婚もしてないのに死ねるかよ」
ネルは明るく笑う。本当に、本当に元気な子だ、とバラクは思った。
「もう、心配させて……!」
「母ちゃん、ごめんな」
「このようなことを起こさぬためにも、これからは慎重に動く必要があるな。過信をしない必要も」バラクは一人ごとを言う。ネルが生きていたのは間違いなくいいことだったが、負傷者も多く出て純粋に戦力も減ったうえ、先日の夜襲でカナンとの装備差をまざまざと見せつけられた、このままいっても勝てるはずがないと、イスラエル全体が思いつつある。まず、そこをどうにかしなくては……
「そうだ!バラクさん、実はおれ、見てほしいものがあったんだけど」
「なんだ?」
「こんなのを拾ったんだ。あの、うずくまっている時に。星が出ただろ?その明りで見つけたんだ」
そう言って彼が差し出したのは、一枚の板切れだった。書簡だ。
「おれは字が読めないけど、バラクさんなら読めるんじゃない?」
バラクは血と泥で汚れたそれを取り、目を通す。すると、間もなくして彼は目を疑った。こえれはカナン軍の重要機密書類だ……武器の輸送に関する!
何故これが戦場に転がっていたのか?書類の管理はヘベルの役目だった。おそらく彼が戦車に乗せていたものがこぼれて落ちてしまったのだろう。だがバラクにはその事情自体はあまり関係のない事だった。
書簡には、カナンの前線に武器を運ぶルートが日時も含めて事細かに記されていた。青銅の武器で勝てる相手ではないことは確かだ……だが。だがもしこれをもとに鉄製の武器を抑えれば……恐らくは!
「ネル!」彼は歓喜の声を上げてネルの手を握った。「ありがとう……ありがとう!いいものを見つけてくれたぞ、お前は!確かに星が味方をしてくれた!」
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