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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Deborah 第九話

イスラエル軍がシセラ将軍を追ってある天幕にたどりついたのは、しばらく後の事だった。
先頭に立っていたバラクが、天幕の入口から問いかけた。「頼もう、頼もう!」その声を聴き、ヤエルはゆらりと立ち上がって、天幕の入口を開けた。
「……イスラエル軍の方ですか?」
「ええ、そうです。ご婦人。少し尋ねたいことが……」
「おいでください」彼女は言った。「貴方たちが探している人をお目にかけます」

バラクたちが驚いたのは言うまでもなかった。将軍シセラは、こめかみに釘を突き刺されて、眠ったまま死んでいた。
一体何があったというのだ。あの最強の将軍の身に。
「ご婦人……」イスラエル軍は言った。
「あなたが、殺されたのですか……?」
考えられないことではあった。しかし、ヤエルは迷うことなく「はい」と言った。非常に、堂々とした声で。頼りない女性の姿をしていても、その声色だけはまさしく、英雄の風格であった。
「なるほど」と、バラク。「女の手によって……か!まさか、こう来るとはね!無敗のシセラ将軍を打ち取るイスラエルの英雄が、まさかこんなところにいらっしゃったとは!」
彼は愉快そうに笑った。まさかデボラだけではなく、こんなところにもイスラエルの救国の英雄たる女性がいたとは。
「ご婦人。お礼を申し上げたく思います。私はイスラエル軍司令官、アビアノムの子バラクと申します」
バラクは礼儀正しく彼女の前に跪いた。と、その時だ。ヤエルの目が変わった。彼の名前を聞いて、信じられないとでもいうように。
「バラク……?」
彼女は震える声で言った。
「あなた、バラクなの……まさか……」
その声を聞き、バラクも顔色を変える。この声は聞き覚えがある、彼は顔を上げた。まさか、君は……。
「ヤエル……?」
「バラク!?バラクなのね!?」
「ヤエル!」
バラクはそう叫び、目の前彼女をかき抱いた。
「会いたかった……ずっと、会いたかった!」

バラクとヤエルは、婚約者同士だった。ずっと、愛し合っていた、
しかし村が戦に巻き込まれ、ヤエルはヘベルに誘拐され、行方知れずになった。一度ならず二度までも戦で大切な人を失ったバラクは、気が付いたら自分も軍人になっていた。そして、ヤエルの事が忘れられず、結婚もできなかった。
「ねえ、バラク……」彼女は震える声で言う。「私は、あのあと異国人に犯されたわ。何回も……だから、貴方に抱きしめてもらえる権利なんて、愛してもらえる権利なんて、もう……」
「だれが決めた、そんなこと」バラクは泣きながら、しかし笑って言う。「君を二度と手放すものか。……こうしてまた、会えたのだから」
バラクの部下は皆、上官に昔何があったかを聞かされていた。彼らは満面の笑みで「司令官、おめでとうございます!おめでとうございます!」と、バラクとヤエルの再開を祝福した。ヤエルはバラクの腕の中で、照れくさそうに、しかし心から幸せそうに笑った。

ちょうどそのころ、ろばでデボラとネルも合流した。彼らは天幕に入るなり、バラクとヤエルの二人を見てぽかんと面食らった。
「な……何だよ?」
そう言うネルに、バラクの部下たちが一部始終を説明した。「なるほどな……」ネルは納得したようだった。
「じゃあさ、バラクさん!急いでイスラエルに帰ろうぜ!そうだ、ついでにおれたちの結婚式とバラクさんとヤエルさんの結婚式、同じ日にやろうよ、どうだ!?」
「おや……いいな!」バラクも顔いっぱいに笑ってそう返す。
「お前はもう、私の弟も同じなのだから」
ネルの頭をポンポンとはたくバラク。デボラは「まあまあ……若い人たちって、いいわねェ!」と、彼女自身も幸せそうに笑って言った。
「ところで、どこにいるの。そのシセラさんって将軍は……」
「あ……こちらです」
ヤエルは慌てて我に返ったように、天幕の奥を指さす。そこに倒れて、こめかみに釘をうたれている人物。
それを見た瞬間、デボラは目を丸くした。
「……あなた、だったの?」
彼女はぼそりと呟いた。他の面々はまた、バラクとヤエルの話に戻ってしまっているので、彼女のその姿に気が付くものはなかった。
ふと、デボラは天幕の隅にとどまっているものを見つけた。
「驚いた。貴女だったのか。私達の敵、デボラは」
それは、シセラだった。デボラにしか見えない姿で、彼はそこにいた。
「まさか……」
「ふふ……見事な勝利だった。イスラエルよ」
だが、シセラは穏やかに笑っていた。何もかも洗い流されたような、さっぱりした顔で。
「デボラとやら。私はお前たちに何の恨みも抱かない。むしろすがすがしい気分だ。……これが私の運命だったのかもしれん。私は、貴女に会えてよかった。貴女がいなくては、この運命すら辿れなかっただろう。貴女がいなくては、私は……この天幕に向かう度胸なんて、わかなかっただろうから」
「まあ……」その発言で、デボラも察するものがあった。シセラは、鋭い目を細めて、にっこりと笑って言う。バラクと抱き合う、幸せそうなヤエルを見て。
「ヤエルさんが笑えてよかった……本当に、良かった」
「お疲れ様、シセラさん」デボラは、目頭が熱くなった。それにつられて、目の前の彼も、目にじわりと薄く涙を浮かべる。
「また、いつでも遊びにいらっしゃい。貴方の好きなお料理は何?作って待っているからね」
「ありがとう……私は、ミルクのスープが好きなんだ。山羊のミルクで作ったスープ……」
彼は少しずつ、薄れて消えて行った。最後に彼は、デボラに笑って手を振った。

あの豪雨は、雨季の始まりを告げる豪雨だった。イスラエルに帰る道中の荒野は、さっそく雨季に咲く色とりどりの花でいっぱいで、まるでイスラエル軍司令官バラクの花嫁を祝福しているかのようだった。彼らは意気揚々と、イスラエルに向けて帰還した。ヤエルは愛するバラクと出会えて、尊敬するデボラと出会えて、本当に楽しそうにしながら、美しく華やかな荒野の道をバラクと同じろばに乗って進んでいった。

返ってこない息子に関してアクラビムは必死で気をもんでいた。「あの子はどうなったのかしら?」彼女はむやみやたらに侍女に問いかけた。
「あの子が負けるはずがないわ。あの子はもう、勝ったっていう知らせをあたしたちのもとに持ってきているはずよ……」
シセラからの知らせどころか、キション川の前線が全滅したという知らせを受けての事だった、それでも彼女は、シセラが勝ったと思い込みたいのだ。シセラが負けるなど、彼女にとってはあってはならない事だった。少なくともシセラは何処かに居るはずだ、自分似合いにこないのはおかしい、と思っていたのだ。シセラが自分と離れるわけがない、とそう思っていた。
「戦利品を分けていて、時間がかかっているのではないですか、染めた高価な布とか、女奴隷……あ、いえ、シセラ様はそのようなものはお取りにならないはずです、はい……」
侍女たちは実に適当な言葉で女主人を慰める。息子がいない不安のあまり、錯乱しかけの女主人を。
アクラビムの心に、ふと思い浮かぶ人物がいた。自分を捨てたかつての夫の次に、この世で何より憎んだ女。愛おしい、たった一人の息子の心を惑わせた忌まわしい売春婦。
「……まさか、あの女の所に!」
アクラビムは立ち上がった。めらめらと、心を押しつぶしそうな嫉妬が燃えてきた、あの子を汚させはしない、あの淫乱女!
「馬車をお出し!あの性懲りもない淫乱に、今度こそわからせてあげるんだから、全くあんなろくでもない妻を持って、本当にお可哀なヘベルさんだ事……そして、あんな女に心を乱された私のシセラ、なんてかわいそうなのかしら!」
彼女はそうわめいた。彼女は馬に乗るのが不得手なので、移動はいつも馬車だった。だが先夜の豪雨でぬかるんだ道を、馬車はちっとも走らなかった。
まだなの、もどかしい、と怒鳴り散らす時間が、実はせめてもの神の慈悲ともいえる時間だったことを知るまでには、まだ少し時間がかかる。
彼女はこの後、どうするのだろう。息子を失って、どうなるのだろう。そればかりは、何もわからない。

シセラの死を機に、カナンとイスラエルの力関係は逆転した。無敗の英雄を失ったカナン軍は、ヤビン王は次々にイスラエルに負けを喫した。イスラエルはもはや、虐げられる国ではなくなってきていた。戦場を行くのは司令官バラク、そして彼の右腕ネルだった。
デボラはイスラエルを救った女性として、正式にイスラエルの士師となり国を治める存在、イスラエルの母になった。彼女も重大な責任を負うことになったが、心優しい夫のラピドトや、今ではすっかり笑顔を取り戻した将軍バラクの妻、ヤエルの助けもあり、かいがいしく自らの任務を遂行した。自らの愛した、なつめやしの木の下で、彼女は神の言葉を聞き続け、それを人々に届けた。
デボラとバラクは、イスラエルになくてはならない二人となった。


ある、良く晴れた日の事だった。
デボラがナツメヤシの木の下で人民の裁判を行っていると、ろばのひづめの音が聞こえた。
「デボラ殿!皆の者!」
そう返ってきたのは、バラクだった。
「急ぎすぎだぜ、バラクさん!」と困ったように言うネルもいる。「司令官が先を急いじゃ、凱旋が台無しじゃねえかよ」
「あらあら……どうしたんですバラクさん、そんなに慌てて!」
デボラは分かっているような口調で、バラクにそう言った。バラクの顔はいつにもまして嬉しそうだった。彼は自慢の雌ろばから降り、いの一番に彼を迎えに出たヤエルの、少し大きなったお腹を撫で、彼女に「ただいま」とキスをする。そして、急いでデボラのもとに向かった。
「あれをご覧ください!ネル!」
バラクのその声とともに、ネルはさっと陽光のもとに、金色に輝く冠を掲げた。その冠の主は誰だったか、デボラは知っていた。
「お喜びください!ついに、この度の戦でヤビン王を打ち取りました!我々の、イスラエルの完全勝利です!」
その日、イスラエル中が歓喜に沸いたのは言うまでもない。

デボラとバラクはその日、ともに楽器を取って陽気な戦勝の歌を歌った。ラピドトもヤエルもネルも、デボラを慕うイスラエル人はみんな一緒だった。

『イスラエルにおいて民が髪を伸ばし進んで身をささげるとき、主をほめたたえよ。
イスラエルの神、主に向かって、私は賛美の唄を歌う。貴方の敵が悉く滅び、主を愛する者が日の出の勢いを得ますように』

「おめでとう」
男にしては高い声を、デボラはその祭りの日、誰かが発したのを聞いた気がした。デボラはにっこりと笑い、「ありがとう!」と、その声に向かって告げた。


デボラが天寿を全うし、神のもとに召されるまで、イスラエルは平安と幸福のうちにあった。
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