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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Samson 第一話

  (過去に上げた作品を、一部手直ししたものです)



ソレクの谷にあるペリシテ人の町は、その日、焼打ちにあった。イスラエル人の反乱によるものだった。

その昔、指導者ヨシュアに率いられたイスラエル人がペリシテに侵入してからと言うもの、イスラエルとペリシテは敵対している。時に戦争をし、時に和平を結び、その繰り返しだ。
今はペリシテにとっては勝ちの時期だった。彼らは数十年に及びイスラエルを支配し、自らの国に住まわせている立場だった。そのはずであった。
ここ一年ばかりのうちに、イスラエル人たちはいきなり、彼らの十二部族のうちダン族を筆頭にその重かった腰を上げ、ペリシテに反旗を翻しいくつも戦を始めたのだ。

華やかだったペリシテ人の町、ソレクはイスラエル人の放った炎によってどんどん灰へとその姿を変えていった。止めるものはなかった。止められるようなものは全て、自らの誇りを虐げるペリシテ人を何より恨むイスラエル人に打ち殺されてしまい、町と一緒に灰になるのみだ。

「イスラエルの神、万歳!」
「反乱だ、反乱だ!」
「おのれ、下等民族のくせに!」
「死ね、これが俺らの恨みだ!」
「助けて、助けて!この子はまだ子供なんだよ!」
「逃げ出すな、イスラエル人どもに立ち向かえ!」
「イスラエルの神よ、我々に力を!」
「ダゴンよ、貴方の民をお救い下さい!」
様々な、てんでバラバラの声が近くから、遠くから彼女の耳に聞こえてきた。
彼女は燃え盛る炎と煙の中、息もできなかった。彼女は逃げ遅れたのだ。だが、逃げても意味などなかったかもしれない。逃げたところでイスラエル人に切り殺されるのが落ちだ。
熱気と赤い光。そして、息の詰まるような黒い煙。彼女の世界はそれに支配された。彼女は観念したという気分でその場、固い床の上に寝そべり、目を閉じた。
彼女はそのまま、気を失った。


「おい、生きているぞ」
死んだと思っていた。だが、彼女はふと目が覚め、自分が生きていることを悟った。そして彼女を起こした台詞はそれだった。
「ペリシテ人だな」
彼らはそう言った。
彼女は瞼を持ち上げられるかどうかを試みた。それは、なんとか可能だった。
目を開けて見えた景色は惨憺たるものだった。これがあのソレクの町か。ただの廃墟に過ぎない。
イスラエル人には略奪をあまり行わない習慣があることは有名だった。彼らは異教徒のものに手を付けることを神への侮辱とし、全てを破壊しつくすと言う。その噂にたがわず、彼らは町に残ったありとあらゆるものを焼き払っていた。
どうやら、生き残ったペリシテ人は自分だけのようだ。彼女はそう判断した。
焼けていない瓦礫や周囲のものがうまい具合に体を守ってくれたらしく、顔以外にはそこまでの痛みを感じない。数か所に軽い火傷がある程度で、体は比較的達者なように思えた。
だが、その代わり顔は酷い火傷を負っているようだった。顔から感じる酷い痛みから、それは知ることができた。
「一応女か。だが顔が焼けてるな、ひでぇ有様だ」
自分を覗き込む数人のイスラエル兵の一人がそう言った。
「これで女かよ」
「おい、顔が焼けてなくてもこれは大した不細工だぜ」もう一人が言った。
「見ろよ、目はこんなに小さいし、頬骨だってこんなに出っ張ってる。鼻も太ってて低いし、こんなにチビで嫌に痩せていやがる。髪の毛だって、ほとんど焼けちまってるけどちりちりした赤毛だろ。焼けたからってそうは変わらねえよ」
初めて会う異国の男、それもこの国においてはペリシテ人の被支配民族である男にそこまで言われるとは、と、普通ならばプライドを傷つけられもするだろう。だが、彼女は思わなかった。醜いと言われることなど慣れていた。生まれてからずっと、美しいなどと言われたことは一度もない。
彼女は何も言わなかった。焼けたついでに唖者になったとでも装っていればいいと思った。自分もすぐ、炎に投げ込まれ焼かれるだろう。どうでもいい。生き残ったことに、意味などないのだ。もっと言うなら、生まれてきたことにすら意味などない。
イスラエル兵はその予想通りに、彼女を火の中に連れて行こうとした。その時だった。
「待て」
高貴そうな服を着た老人がそう言った。

「マノア様」
兵隊たちは老人に向かって、あわててお辞儀をした。マノアと名のつくその老人は、厳格そうな顔をしていた。
白髪と長いひげを持った、よぼよぼの男だ。だがそれでも威厳あるふうに歩き、彼女の眼の前に立ちはだかった。そして、彼女をまじまじと見た。
「お前は何者だ?」
マノアがそう聞いた。彼女は黙っていた。何も言う気に等なれなかった。殺すのならば殺せばいい。死ぬことなど何も怖くない。
だが、老人は今度は荒々しい口調で、彼女を叱責するように言った。
「答えんか、醜い異教徒の娘風情が!」
彼女はそれにびくりと怯えて、反射的に言葉を言った。
「……ソレクの貴族、アドニバアルの家に仕えておりました奴隷です」
「名前は何という。年はいくつだ」
「デリラと言います。十四です」
「十四」彼はその数字を反芻した。「ちょうどいい。息子と同じ年齢だ」
マノアはデリラに向かって手招きした。彼は「着いてこい」と言うのみだった。
兵士たちは彼に向って何か言おうとしたが、彼は機先を制してか「あれにも身の回りの世話をする女の一人くらいいたほうが便利であろう。それに、こんな醜い女ならば間違いも起こらんだろうしな」と言い放った。


マノアがデリラを連れてきたのは、一つの大きな天幕だった。入口のところに、厳しい目つきの、体の大きなジャッカルがいた。彼はマノアと、後ろに居るデリラを見るなり警戒するように唸ったが、マノアはそれを気にもせず、天幕に向かって「入るぞ」と、同じような威厳のある声で告げる。そして、中からの返事を待つこともなく扉を開けた。中には、少年が一人横たわっていた。

少年と言っても、彼は非常に背が高かった。大人の兵士たちよりも、ずっと高い。イスラエルの反乱軍の中で一番の巨躯の持ち主なのではないかと言う印象すら与えた。彼は天幕の中で寝ていたらしく、寝起きの不機嫌そうな眼をマノアとデリラのほうに向けた。少年らしい愛らしさはあまりない、鋭い目だった。だが、彼はそれでも少年だと思わせる何かがあった。大人と言うには、彼には何かが足りていなかった。
そして何よりも目を引いたのが、彼の髪の毛だった。彼はその高い身長と同じほどもありそうな長い、長い髪をしていた。それらを全てきつくまとめあげ、七房の長い三つ編みにしている。無論のことそれらは天幕の床にたれ、蛇のようにその身を横たえていた。そしてそれは生まれつき赤い縮れ毛のデリラの髪とは似ても似つかない、美しすぎるほど美しい、艶やかで真っ直ぐな金髪だった。


「なんだ、親父」
彼は声変わりしたばかり、と言ったような声でマノアにそう言った。マノアとは一見すると祖父と孫、いや、それ以上に年が離れていそうなものだが、確かに親子らしかった。
「ソレクの谷の生き残りだ」と、彼はデリラを指して彼に言った。「今日から、お前の女奴隷につける」
「はぁ?」彼は不機嫌そうな声を崩さないまま言った。
「冗談じゃねぇ、なんで俺がそんな化けもんと一緒に居なきゃならねえんだよ」
化けものとはよく言ったものだ。この顔も、もとはと言えばイスラエル人に焼かれたものなのに、と、さすがに一瞬デリラも考えた。しかし、それを思い続けるほどの反骨精神は無かった。自分が醜いのは事実なのだ。事実を指摘され憤る権利などない、と、彼女はペリシテ人の主人に仕えている頃からいやと言うほど言われてきた。

それにしても、この天幕は不思議に立派だ。一介の少年兵が持てる物としては不自然すぎる。おまけに彼は、着ている服もそこらに脱ぎ散らかしてある鎧も軍人になりたての少年兵が持つものとしては上等すぎた。彼はイスラエル人の中でもただならない身分のものであることは推して知ることができた。
そういえば、マノアも有力者であるらしい。その有力者の息子であるのだから、このような厚遇もうけているのだろうかと、まずデリラが考えられたのはそのようなことであった。

そのようなデリラの考えもよそに、マノアは自分の息子に話し続けた。
「顔は醜いが、奴隷として働いていた経歴のあるものらしい。経験のない者よりも、いくらかましであろう」
マノアは息子に四の五の言わせる気はあまりないらしかった。彼は息子の返答を聞くまでもなくデリラの方を向いて、言った。
「異教徒の娘よ、お前の新しい主人だ。今日よりお前は、これに付き、身の回りの世話をしろ」
彼はデリラ相手にも、口答えを許さないといった厳しい口調でそう言った。無理からぬ話ではあるが、マノアにとって彼女は完全に見下す対象であるらしい。
「我が息子にして、偉大なる唯一の神の愛を受けた士師、サムソンだ。本来ならば、お前のような卑しい者はそばによる権利もないが」
サムソン。その名を聞いて、デリラはピクリと反応した。
ここ一年、急にイスラエル人が強気になり、みるみるうちにペリシテ人から主権を取り戻しつつある中、ソレクの谷、いや、ペリシテ人全体の中で、その名を知らないものなどいなかった。この少年、ただならぬ身分のものであるとはすぐに分かったが、まさかサムソンであったとは。

イスラエル人に世襲の王はなく、士師と呼ばれる指導者が入れ代わり立ち代わり彼らを統治していると聞いた。そして、ダン族の少年、サムソンはその士師だった。
まだ少年と言う年齢であるにもかかわらず、大人をもしのぐ怪力の持ち主で、戦争が始まればペリシテの兵士をまるで虫けらをつぶすかのように軽々と倒してしまう、と、恐れられている存在だった。彼があってこそ、長らくペリシテの前に縮こまっているだけだったイスラエル人が、反旗を翻すことができたのだとか。話によれば、彼はイスラエル人の信じるイスラエルの神の加護を生まれた時から受けていて、だからこそ人間離れした力を持っているのだということだった。
おそらく、ソレクの谷もほぼ彼の力によって壊滅させられたのであろう。
これがそのサムソンか、と、デリラは目の前に居る長髪の少年にちらりと視線を向けた。彼は相変わらず天幕に敷いた寝床に横たわっていた。彼は全く興味も何もない、退屈極まると言った様子だった。

「念のため言っておくが、手抜きは許さん。全霊をかけて奴隷の行うべき仕事をしろ。彼を祖国の仇と憎み、反抗を企てるなど論外だ。わざわざ慈悲をかけてお前のような異教徒の命を救ってやったのだ。感謝をし、我々に対する反抗心などは一切持つな。まして、お前ごとき矮小な存在が、自分は支配民族であって我々よりも各上だと言う考えを持つなど言語道断だ」
デリラはその言葉を受けて、「はい、承知しております。旦那様方。お慈悲に感謝いたします。私は、あなた方の奴隷です」と、ほぼ反射的に返した。一切の嫌味も反抗心もない、そして、恐れからくる媚のような色も見受けられない、ただ、言葉通りの意味しかない言葉だった。

その素直さに、当のマノアも、寝そべったままそれを見ているサムソンも少々面喰っているようだった。彼らにしては、生まれ故郷を滅ぼされ復讐心に燃えているか、支配民族であるというプライドにかけて彼らに屈しないよう気丈になることを決めたか、あるいは自らの命可愛さに卑屈を装いすり寄ってくるかをするであろう娘を威圧し、完全に服従させるための一つ目の段階としてその言葉を述べたにすぎないのだ、と言うことは簡単に分かることのできる反応だった。そして、それはこんなに早く功を奏すとは予想されていなかったはずだ。民族に強く誇りを持った、身分のいいもの、国のため戦う戦士の発想だ。奴隷がどのようなものか知らない者の発想だ。
デリラは頭を深く下げ、膝をついて、服従の姿勢をとった。そして、サムソンに「よろしくお願い致します。ご主人様」と言った。


「呪われたペリシテ人は誇りもないか」マノアが最初に口を開いた。
「娘よ。言っておくがサムソンは貴様の仕えていた卑しい主人とは何もかもが違うのだ。お前には多くの事を覚えてもらおう」
「承知いたしました」
デリラはそれにも、すぐに返答する。
「親父」
今度は、サムソンが言った。
「奴隷の事は分かったから、とっとと出てけよ。俺は寝てたんだよ」
息子からぶっきらぼうにそう言われて、マノアは不機嫌そうな顔をした。「お前も起き上がって、他のものと共に働かんか」と、息子を叱るように言った。
「やだね。昨日、誰が一番働いたと思ってんだよ。お前が天幕でぼやぼやしてた時によ」
「ぼやぼや!?お前たちの勝利を神に祈っていたのだ!それに親に向かって、お前とはなんだ!今回の反乱で、また新しく偉大なヤコブの子孫たちが解放されるよう要求することができるのかもしれんのだぞ。お前はイスラエルの士師として……」
「分かったから出てけよ、ジジイ!」
彼は息子をそれ以上叱るのをあきらめたか、「ではお前の奴隷はここに置いておくぞ。これはもうお前の所有物だ」と言って、そのままデリラを放って天幕の外に出ていった。


取り残されたデリラは、天幕の中でサムソンと向かい合っていた。サムソンは横たわったまま彼女の事をじろじろと見ていた。彼女の、焼けただれた顔を。
「名前、なんていうんだ?」
彼は彼の父親と、どこか似たような口調で言った。彼女も「デリラと申します、ご主人様」と、マノアに答えたのと同じような口調で返した。
「お前に命令することがある。そのご主人様、っての辞めろ。気持ち悪いんだよ」サムソンは不機嫌そうに言った。「サムソン様で十分だ」
「はい、承知いたしました。サムソン様」
「お前、なんでも言うこと聞くんだな」彼は面白がるような口調でそう言った。
「はい」
「奴隷ってみんなそうなのか?」
「はい。そうです」
「へぇ……それで、生きてて楽しいのか?」
「いいえ。楽しくありません」彼女は言った。「自分の楽しさよりも、主人の事を優先するのが奴隷の本分です。ですので、楽しくはありません」
「すげえ惨めだな、お前ら。お前もペリシテ人なんだろ?ペリシテ人は誰もかれも、威張り腐ってる偉そうな奴らばっかだと思ってたぜ」サムソンは笑って言った。そして、起き上がって床に敷いてあったクッションにどっかり腰かけた。
「何歳なんだよ」
「十四歳です」
「十四?俺と同じじゃねえか」
またしても彼はマノアと同じことを言った。反抗的なようだが、どうも意外と似た者親子であるらしいとデリラには思えた。
「なあ」彼は言った。「お前さ、俺のこと恨んでねえのか」
彼はそう言って、天幕の扉を開いた。外には、先ほどと同じように広々とした廃墟が広がっていた。
「お前の屋敷とか、仲良かった人とか、故郷とか、全部俺が殺したし、壊したんだぜ。普通、俺の事憎いんじゃねえの?なのにお前、なんでそんなに素直なんだよ?」
デリラはその言葉を受け、言った。
「恨む権利を、私は持っておりません」

サムソンはそれを聞いて、怪訝そうな顔をした。
彼は箱に手を伸ばし、中から細長い白い布を引きずり出した。包帯のようだった。
「これ、顔に巻け」彼は言った。「んな顔が目の前にあっちゃ、寝れねえんだよ。あとそこに水甕があるから、それで顔冷やしとけ。俺は寝るから邪魔すんな」
そう言って彼は、包帯の他にも手拭いを取り出してデリラに渡した。それ以上話す気はなかったらしく、もう一度その場に、その非常に長い髪を投げ出してごろ寝した。

デリラはサムソンに丁重に礼を述べてから、貰った手拭いを水につけて顔を拭いた。焼けただれた顔に、冷たい水は気持ちがよかった。
手拭いに視界を遮られたデリラが思うのは、焼き払われたソレクの町の事だった。サムソンは全てを奪ったという。自分がそれを嘆かないのは、嘆く権利がないからだと彼女は言った。
だが、それだけでもないのを彼女は知っていた。彼女自身の事は彼女が一番よく知っている。
ソレクを嘆く理由などない。屋敷は自分のものではなかった。親しい人など、一人もいなかった。そして、あの町が自分の故郷であるなどと思う理由はどこにもなかった。

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