クリスマス市のグリューワイン

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feat: Samson 第四話



「結婚!?」
サムソンの言葉にマノアとハツレルポニが驚き、小言どころではなくなったのは言うまでもない。
「そんな、お前……」とまず言葉を失った後、マノアがまず言ったのは「お前はまだ十四歳じゃないか!結婚なんて早すぎる!」と言う一言だった。
「なんで?女の子ならそのくらいで嫁に行かされることあるじゃねえか。なんで俺はいけねえんだよ」
「屁理屈ぬかすな!親に断りもなく……」
「とにかくもう約束は取ってきたからな。相手の親父も嫁にくれていいって言ってんだ」
「話を聞け!約束をとってきた?なぜそんな勝手な真似をする!」
「いいじゃねぇか。もう決めたんだよ。俺はあの人が好きなんだ」
マノアたちとサムソンの話はこんな具合で、ぎゃあぎゃあと攻め立てるマノアとハツレルポニに、サムソンは一貫してとにかくもう約束は決めたし自分は彼女に惚れたと言うばかりだった。デリラはメレクと一緒に、そばに突っ立ってそれを黙って聞いていた。
そんなことが随分続き、マノアが言った言葉が「……ちなみに、どこにいるなんという娘だ?」の一言だった。
「ティムナの町の……」
「ティムナ!?待て、じゃあ相手はひょっとすると……ペリシテ人か?」
「?ああ」
その言葉で、いよいよマノアも恐ろしい勢いで怒りだす。
「ふざけるな!何がペリシテ人だ!お前は……お前は、イスラエルの士師のくせに、民族の仇、汚らしい無割礼のペリシテの女に惚れて勝手に結婚の約束までしてきたのか!?結婚の世話は私たちが大きくなったら、何も問題の無いお嬢さんを選んでやろうと思っていたのに、どうしてお前はそんなどうしようもない自分勝手な不良息子に育ったのだ!私達はお前を神様からの授かりものとして、手塩にかけて大切に育ててきたというのに!お前の親戚や同じダン族の中に年頃の娘がいないとでもいうのか!?なぜそんな真似を!」
「見れば分かるって、すごく綺麗で素敵な人なんだぜ」
結局マノア達が何を怒鳴り散らしても、サムソンには馬の耳に念仏なようだった。そのうちマノアもハツレルポニも根負けし、ひとまず家の中に入っていった。ハツレルポニはそんな状況でも、メレクを家の中に入れないよう釘を刺すことだけは忘れなかった。
自分の名が呼ばれたことを悟ったらしいメレクは、自分もハツレルポニの事なんぞ大嫌いだとばかりんつんと背を向け勝手に走り去っていった。デリラも後から急いで家の中に入り、雑用を手伝おうと思った。


例のペリシテの葡萄畑でも、騒がしいのは同じことだった。あのライオンの死骸はとりあえず、召使たちが農園の端にのけていた。
「気でも違ったんですか!?セマダールをイスラエル人なんぞの嫁によこすなんて」
葡萄畑の農園主、彼はティムナでも随分力ある金持ちだったのだが、彼はティムナ中の育ちのいい青年たちに口々にそんなことを言われ、半ば精神が参りかけていた。
「……仕方ないじゃないか!……言ってしまったんだから。なんでも礼によこすって」
この言葉を言うのも、もう何度目だろうか。二言はないと言ってしまった手前、彼はサムソンが娘と結婚したいというのを断ることはどうしてもできなかった。
「私だって、何故好き好んで嫁になんか出すものか!あんなダゴンを信じぬ下等民族、イスラエルのお山の大将に自慢の娘を差し出すなんて」
「じゃあ、断ればよかったのです」
ティムナの町の中でも身分がよく、また、器量もよい子の葡萄園の娘、セマダールはサムソンが目をつけずとも、何人ものティムナの青年たちが嫁に欲しがっていた。農園主だって、その中のうち誰か一人に娘をやる気でいたのだ。
「下等民族との間に交わした約束ごとき破って、何の罪になりますか」
「いや、しかし、なあ……」
「今からでも断ってください!」
こんな押し問答がいつまで続いても、解決の道は見えなかった。見えるはずが無い。見下している相手の所にのこのこ出ていって、自分から気前のいいことを言っておいて、二言はないと言った前言を撤回するのも、また彼にとっては著しく自尊心を傷つけられる行為だったのだ。


夜も暮れればとうとうマノアも折れて、とりあえず後日その葡萄園の農園主とその娘さんに会いに行こうということになった。サムソンは嬉しそうだったが、マノアもハツレルポニも非常に不服そうではあった。
デリラはそんな彼らを尻目に、ひとまずサムソンが寝るための用意をしに彼の部屋に上がった。彼女は、彼の途方もなく長い金髪を解いて、いつものように梳かし始めた。生まれてから一回も切っていないだけあって、三つ編みをほどいてしまえば彼はすっかり金髪に覆い隠されてしまいそうだ。
相変わらずたくましい体と裏腹の女の髪よりも艶やかで繊細なそれを、デリラは丁寧に梳かしていく。その間、サムソンはずっとじっとしているのだ。だが、今日は特に機嫌が良さそうに見えた。
「おめでとうございます」
デリラはサムソンにそう言った。サムソンは「ありがとな」と照れ臭そうに笑った。
「おめでとうなんて言ってくれんの、お前だけだな」
「私は、サムソン様にお仕えしておりますので」
丁寧にそう言いながら髪を梳かすデリラに、サムソンは言う。
「……あのさ、お前も思うだろ?俺のジジイもババアも、すげえうるさいんだよ」
「は……」
マノアとハツレルポニに聞こえることのないようにか、小さな声だった。ひそひそ隠れて話すように、サムソンはデリラに愚痴を言った。
「ちっさい頃からこれしろあれしろ、これはするなあれも駄目だ、そんなんばっかりだ。文句言えばお前はまだ子供だ、親の言うことは聞け、誰が育ててやってると思ってる、ってくるもんだぜ?……バカにすんなよ。じゃあお前らは、誰が守ってやってると思ってんだ、ってことだよな?なあ?あんだけペリシテ人を馬鹿にしといて、俺がいなきゃ、ペリシテ人に手も足も出ないどころか、そもそも剣の一つも握れないくせによ」
デリラは相槌を打ちながら、彼の言葉を聞いていた。彼女の荒れ、固くなった手に握られる自らの髪の房を見つめて、サムソンは言う。
「こんなバカみたいな髪の毛だってよ、ほんとは切りたいんだよ。でも、お前は神様から与えられた存在なんだからそんなことするな、駄目だ、ってしつこく言いやがる……長い髪の毛ブラブラさせて戦場を行くのがどんだけ危険だし邪魔かなんて、俺の身になってみなきゃわかんねぇのに、勝手な想像でそんなことはない、お前の身のこなしが悪いだけだ、神様に身をささげた象徴が悪いもののはずがない、って。そんなジジイとババアなんだよ。なあ。デリラ、思うだろ?結婚ぐらいさ、俺の好きにしたいよ」
「私も、それがよいと思います。」
デリラは包帯を巻いた顔の中で笑った。
「マノア様もハツレルポニ様も、お厳しいですよね」彼女は当たり障りなくサムソンに同調した。彼は、それが非常に嬉しそうだった。
「そう!そうなんだよ!いつまでも俺の事子ども扱いしやがってよ。俺が子供じゃないってこと、しっかり見せてやんだからな」

サムソンが寝付いた後の事だった。ハツレルポニは使用人の女たちを集めて、サムソンに対して愚痴を言っていた。デリラも、それに参加させられた。させられたどころか、彼女はサムソンに最も近しいものとして、しばしばハツレルポニの標的になった。
「私はあの子を偉大なる神様からの授かりものとして、本当に一生懸命に、血の出るような思いで育ててきたというのに」彼女は悔しそうに嘆いた。
「特に、汚い女に心乱されるようなことがないように、精いっぱい健康に育ててきたつもりなのに!どうしてこんなことに!ペリシテ人の女などに惚れて帰ってきたのでしょう!あの親不孝者!私が得られないと思っていた子供を得られて十四年間、一体どのような思いであの子を育ててきたかなんて、あの子は知りっこないのですから!こんなに愛しているのに、大切にしているのに、それをちっとも分かろうとしないで!なんて親不孝者!どうして、神様からの贈り物が、あんなふうに育ってしまうの!?デリラ、何をぼけっとしているのです!貴女の責任ですからね、サムソンがどこの馬の骨とも知れない異教徒の娘なんぞに心惹かれてきたのは!何のために貴女を目付け役にしたと思っているのですか!?」
デリラはその叱責に「申し訳ありません」と言うだけだった。
「全く、これだから異教徒は!」
ハツレルポニの嘆きに、彼女はほかの使用人の女と同様、同情した。ハツレルポニの必死の努力をわかろうともしない、受け取ろうともしないサムソンを彼女と一緒に親不孝者と言い、自分ももう少し彼が素直になるよう努力する、と彼女に言った。

自分の意見などない。自分は、主人を快適にするためだけに存在するのだから。それが、デリラと言う存在なのだから。



後日、マノアとハツレルポニ、サムソンは皆パリッとした盛装に身を包み、ティムナの町に向かった。ハツレルポニは嫌がっているようだったが、メレクは勝手に後をついてきた。デリラも無論のこと、奴隷の身なりではあったがサムソンの目付け役として彼に同行した。
ティムナへの道中、マノア達は言葉もなかった。サムソンだけが嬉しそうにうきうきとしていた。
ようやくたどり着いた葡萄畑で、先方の主人もあからさまに不承不承と言った顔でサムソン一家を出迎えた。マノアと彼は、形式的に挨拶をした。
「お久しぶりですわ」と、こちらはにっこり笑いながらセマダールがやって来て、サムソンの前に立った。彼女はサムソンよりもずっと年上だが、それでも背は彼よりは低く、彼の事を見上げた。彼女は少しの抵抗がないではないが、そこまで彼を蛇蝎のごとく嫌っている様子でもないらしかった。父のプライドの高さはさておき、彼女自身はとても穏やかで素直な性格なのだというのがよく分かった。デリラはそれに安心した。
サムソンは彼女を見るやますます嬉しそうに顔を上気させて「こんにちは。会いたかった」と彼女の手を握った。ハツレルポニがそれに嫌そうな顔をしているのに彼は気が付かない様子だった。
サムソン抜きで親同士の話をするため、葡萄園の農園主夫妻とマノア夫妻はそのまま応接室に通され、当事者であるサムソンとセマダールはよく晴れた葡萄園にいっしょに置いておかれた。
メレクは警戒する顔でセマダールを見た。彼女を値踏みするような態度であり、薄く唸り声をあげてすらいた。彼女も、そのジャッカルの警戒心に満ちた態度を怖がったか、「サムソンさん」と言った。
「このジャッカル、なんですの?私、怖いわ」
メレクをそんなふうに言われて、サムソンは一瞬戸惑ったようだが、彼は少し考えた後デリラに言った。
「デリラ。セマダールが怖がってる。ちょっとメレクと一緒にどこかに行っててくれよ」
彼のその発言は、セマダールと二人きりになりたいという望みもあっての事だったのだろう。デリラはもちろん了承した。メレクはその言葉を聞いて、悲しそうであった。無理もない。この前彼はセマダールと会わなかったので、彼にとっては長年の親友が自分より初めて会う女を選んだも同じことなのだ。
デリラは彼を静かになだめるように撫で、そしてその場を立ち去ろうとした。メレクも名残惜しそうにクンクン鳴いていたが、サムソンが「なんだよ、別れるわけじゃねえ。またあとでお前とは遊べるだろ」と笑って、彼もいっしょに撫でたおかげで、ようやく納得がいったのか、重い腰を上げてデリラについていった。後ろからは、サムソンとセマダールが話す声が聞こえてきた。


広大な葡萄園を、デリラとメレクは手持無沙汰に歩いた。納得したとはいえ、メレクはやはり寂しそうだった。
「ご心配はいりませんよ」デリラは土の上に膝をついて、メレクと視線を合わせるとメレクに言った。「いずれ、あのお嬢様も、サムソン様の奥様として、メレク様と仲良くなれると思います」
彼女のその言葉を聞くと、とたんにメレクは不満そうに吠えた。彼女は彼が急に吠えだしたのでぎょっとした。そして、先日の事を思い出した。
「あ、えっと、そのう、私の態度が、丁寧すぎましたか?」
そう言えばメレクは、自分にこんな態度を取られたくないのではなかったか。彼女は主人から受け取った命令を忘れてしまったことを恥じ、自分を責めた。
「申し訳……ごめんなさい。メレ……ク」
彼女がなんとか言葉を絞り出したのを見て、メレクは満足そうに、吠えるのをやめた。そして、じっと彼女を見た。不思議な目だった。その目を見ていると落ち着く、と、デリラは思った。
彼らは園の端にある大木の下に腰かけた。メレクはデリラの膝の上にぺったりと寝そべった。
デリラは思う。ジャッカル相手にも丁寧に接するのは、おかしい事だったらしい。自分はメレクに、とんだ無礼を働いてしまった。
自分はどんなものよりも劣っているので、どんな相手でも敬わなくてはならない、と思っていた。しかしここに来て初めて、敬うことが無礼になってしまう事態に彼女は出会ってしまったのだ。早急に是正せねばならない、と彼女は思った。彼女にとって、他人の心証を害することは、死刑にされても文句は言えない行為だった。

涼しく風通しの良い日陰は本当に気持ち良かった。デリラには、その気持ち良さが落ち着かないほどだった。自分ごときがここに居ていいのか、贅沢をしすぎているんじゃないか、と思っていた。しかし、膝の上に乗ったまま気持ちよさそうにしいているメレクがいるので、その場を立ちあがるわけにもいかなかった。
ふと、メレクが何かの匂いを嗅ぎつけたように鼻をピクリと動かした。彼は、デリラの膝から降りて、その方向めがけて駆け出す。
「あっ!」デリラは短く言って、メレクを追いかけた。メレクも彼女をおもんぱかってくれたのか、そこまで全速力で走ることはなく、十分彼女でもついていける速度だった。
彼は農園の端にかけていった。そこには、大きな茂みがあった。デリラはその中にあるものを見て、ぎょっとした。
あの、先日のライオンの死骸だ。もう腐っていて、白い肋骨が露出していた。

その不気味さに一瞬おののいた彼女とは裏腹に、メレクはそれに飛びついた。ジャッカルらしく腐肉を漁ろうとしたのかと思ったが、彼の関心事は別のものらしかった。その時になってようやくデリラは気が付いた。グロテスクなライオンの死体を恐れるあまりそちらに気を取られていたが、そこから甘い香りが漂ってくる。見ると、蜜蜂がその死骸に巣を作っていたのだ。そして、蜜があふれ、ライオンの腐った肉を一部分金色に輝かせていた。メレクはそれを喜んで舐めていた。
巣ができているところがところではあるが、それでも蜂蜜は非常に上等そうに見えた。デリラはふと、小瓶をいくつか携帯していたことを思い出し、蜜を集めてお土産にしようとした。メレクが舐める傍ら、デリラは蜜を手で集め、小瓶は簡単にいっぱいになった。
それが終わっても、メレクは相変わらず蜜を舐めていた。その時、デリラはふと思い出した。
奴隷がこのような上等なものを主人を差し置いて食べるのは本分ではないと思い自分は蜂蜜に一切手出ししていなかったが、ひょっとして彼が美味しそうに蜜を舐める傍ら自分はただじっとしているのは、メレク自身が嫌っていた気のつかい過ぎと言うものではないだろうか?もしもそうなら、正さねばならない。
デリラは、自分の手についた蜜を少し舐めた。それは非常に甘く、彼女の口全体、胃袋、体中に染みわたるようだ、と、デリラは心の底から感じた。メレクがここまで満足そうにするわけだ、と思った。


その日話はついたようだった。結局、どちらも約束をしてしまったという体面上結婚を反故にするには至らなく、サムソンとセマダールの結婚は決定した。

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