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クリスマス市のグリューワイン

feat: Samson 第五話



当時の結婚にあたっての慣習通り、サムソンはティムナに来て、そこで一週間の宴会を催した。花嫁衣装に身を包んだセマダールはいつも以上に美しく、サムソンは大喜びだった。周囲の大人たちがみんな歓迎する態度ではなく、セマダール自身もそれを感じて居心地悪そうにしている中、サムソン一人が楽しそうだった。

デリラはあくせくと支度に使われた。セマダールの家、ティムナの葡萄園の使用人たちに混ざっての事だった。みんな、初対面でデリラの事を異常なものを見る目で見た。だがそれも当たり前だ。デリラは視線に耐えながらひたすらに、黙々と裏方仕事をしていた。
メレクも呼ばれてもいないのにサムソンにぴったりくっついてやって来て、鬱陶しがられながら宴会場を勝手知ったるように歩いていた。
メレクはやがて上質の花婿衣装を着たサムソンに近づくと、嬉しそうに寄ってきて彼にじゃれつきながらはしゃいだ。彼も嬉しそうにメレクと一緒に遊んだが、ハツレルポニがそれを許さなかった。
「まあ、何なのです!こんなところにもジャッカルを連れてくるなんて」
先述した通り、メレクは勝手についてきたのだ。だが、サムソンはそのことを言い訳のタネにはせず、「いいじゃねえか、別に」と言うだけだった。その光景を、セマダールも見ていた。

「あなた、ジャッカルを飼っていらっしゃるの?」ハツレルポニが一人の使用人の女に呼ばれその場を離れた時、彼女は怪訝そうに聞いた。
「俺のペットじゃねえよ。でも昔っからの友達だ」
サムソンはセマダールの前にメレクを抱き上げて、突き出した。メレクは相変わらず、彼女に対する警戒を解いていないようだった。
サムソンにすれば、自分が彼を可愛がるようにセマダールも彼に好感を持つと思いそうしたのかもしれない。だが、セマダールは嫌そうに顔をそむけ、彼に言ったのだ。
「そんな……腐肉を食べる動物じゃないですか。近づけないでください」
その言葉を聞いて、サムソンは目をぱちぱちさせた。戸惑っているようだった。彼は「そう……そうか?」と言って、メレクを地上に下ろし、手を離した。メレクはセマダールを不服そうなじろりと眼で見ると、そのまますたすたと駆けていった。
「俺……なんか、悪いことしたか?」彼は彼女に聞く。セマダールはあいまいに唸るだけだった。


「あれがセマダールの婿?」といぶかしそうに言うのは、ティムナの金持ちの息子たちだった。町でも有力者の娘の結婚式とあってめぼしい身分の者は皆葡萄園の主人が招待したのだ。主人は彼らにとっては面白くもないだろうと内心ひやひやしての事だったが、意外にも彼らはほとんど了承した。それはやはり、異教徒、彼らにとって劣等民族でありながら彼らの憧れの的であったセマダールをかっ攫っていってしまった男の顔を拝みたいという気もあったのだろう。
「ガキじゃねえか」
率直に、彼らは口を揃えてそう言った。
サムソンは背が高い。すでに立派に成人している彼らよりも、体格は立派だ。そこまで極端に童顔と言うわけでもない。だが、うまくどこが、とは言えなかったが、彼は確かに子供じみていた。明らかに、セマダールのような大人の女性に釣り合うような大人ではなかった。
「なんだってセマダールがあんなガキの妻にされなきゃいけないんだ?」
「イスラエル人はあんなガキンチョを指導者にしてるらしいぜ。はは、お笑い草だな」
「でもすごく強いんだろ?ライオンを素手で倒したってのも聞くじゃねえか」
「馬鹿、素手で倒したわけないだろ?ナイフくらいあればちょっと強けりゃライオンくらい倒せるって!嘘だよ、嘘」
彼らは裏からこそこそサムソンの悪口を言った。彼らにすればサムソンは共通の敵なのだから、無理からぬ話ではあろう。それに、見るからな子供に気に入っていた女性を奪われて、彼らのプライドも傷ついていた。一つ、サムソンに一杯喰わせなければ気が済まなかったことだろう。
彼らの話は次第にそちらの方に移っていった。あのませた子供に、一つ恥をかかせて思い知らせてやろうと言うのだ。


やがて宴会は始まり、しばしの間盛り上がった。サムソンは機嫌がよさそうだったし、マノア達ももうここまでくれば、と言った風で、当初よりは宴会を楽しんだ。やはりその根底には、異教徒と宴会をする不満も多大にありはしたろうが。
「セマダールはほんとに綺麗だな」彼の妻の顔を見て、サムソンはそう言った。セマダールは慎み深く、袖で口元を覆いながら、その言葉を聞けて嬉しいという自らの気持ちを表明した。
「やあ、花婿さん!」
その言葉とともに彼の前に現れたのは、例の金持ちの息子たちであった。セマダールは彼らに対してばつが悪そうに顔をそむけた。
彼らは自分たちがティムナの有力者の息子だということを言い、サムソンに挨拶しに来たのだと言った。サムソンはそれに対して「ん……ああ、よろしく」と、何の変哲もない返事をした。
「ずいぶん若いなあ、そんなのでイスラエルのリーダーがやっていけるのか?」
「ああ。なんとかな」
「……そうかい」
彼らはサムソンを取り囲むように勝手に座り、彼を質問責めにした。そして、その中でしばしば彼らは、サムソンがまだ子供であることを露悪的なほどにからかってきた。
「酒、飲まないのかい?」
「ああ。飲まない」
「飲めないの?結婚するくらい『大人』なのに?」
サムソンはそれを言われて少しむっとしたが、「余計な世話だ。俺は飲まないと言ったら飲まない。お前らに指図される筋合いなんか無いしな」と言った。サムソンからしても、彼らの厭味ったらしい態度は分かった。彼らに挑発されたくらいでナジル人の請願を破るのはしゃくだった。
「どうだい、花婿さん」酒云々では彼を挑発しきれないと分かったか、彼らのうち一人が、サムソンにこう言った。
「ここは『大人同士』、謎かけでもしないか」
謎かけと聞けば軽いようだが、当時は知的遊戯の一つでもあり、十分に大人同士の遊びになり得るものだった。
「それもただの謎かけじゃつまらないからな。賭けでやらないか。この宴会には三十人ばかり招待されてるだろ。謎かけであんたが負けたら、三十人分の、そうだな、晴れ着でも貰おうか。無論俺たちが負けりゃ、同じ分の晴れ着をそっちにやるが……」
それを聞いて、サムソンは少しの間動きが止まった。何にせよ、彼にとってこのような賭けをするのは初めてだった。マノア達が厳しく育て、賭け事などやらせたこともなかったのだ。
彼らは彼のその様子を敏感にかぎつけ、さらに挑発するように「まさか受けれないじゃないだろうな?」と厭味ったらしく、にやにや笑った。サムソンも、さすがに頭に来て血が上った。
「俺の親父はな」彼は喧嘩腰になって口を開いた。「向かってくるペリシテ人は全員仕留めろ、って俺にいつも言ってきたんだ。良いぜ。受けてやる」
「そりゃいいや!」彼らは笑った。「かけるのはあんたさ、花婿さん!ちょっと時間をやるよ。こんなことは初めてかい?大賭けになるからな、大人でも解けそうにない難しいのをよおく考えな、ハッハッハ!」
彼らはそう言い捨て、余興を見るために離れて行ってしまった。
サムソンはその場で考え込んだ。何にせよ、賭けもやったことがなければ謎かけなんてものもやったことはない。彼は困った。しかし、あそこまでコケにされて引き下がるのは彼のプライドが許せなかった。
「サムソンさん、大丈夫?」とセマダールが聞いた。「大丈夫だよ!」と彼は乱暴に言い返す。無論の事、ちっとも大丈夫ではない。謎かけの謎なんて、思いつくはずがなかった。戦うのは得意だが、頭を使ったことは彼はあまりなかったのだ。

そこに、ハツレルポニから飲み物を注ぐように命じられたデリラがやってきた。
「サムソン様?」彼女は、サムソンが困っている様子なのを敏感に嗅ぎつけた。返事はなかった。デリラは隣にいたセマダールに、何が起こったのかを聞いた。
セマダールは彼女の包帯だらけの顔を不気味がっているようだったが、それでもなんとか起こったことを話した。
それを聞いて礼を言った後、デリラは一つひらめいた。そうだ。なかなか解けないだろう謎のタネなら、自分は持っている。
「サムソン様」彼女は彼に囁いた。「少し、こちらへ」
彼女はサムソンを別のところに連れ出した。そして、そこで彼に、その謎をひっそりと教えた。


「どうだ、思いついたか、花婿さん?」と、また彼らが戻ってきたとき、サムソンはデリラの持ってきたアルコールの入っていない飲み物を一気に飲み干してから、彼らに言った。
「『食べるものから食べものが、強いものから甘いものが出た』これ、なんだかわかるか?」

彼の言葉を聞いて、ティムナの金持ちの息子たちは最初の方こそそんなの簡単だ、と思った。だが、考えてみても、パッと答えは出てこなかった。じわりじわりと、その言葉の意味不明さが彼らの心に沁みこんでくるようだった。
食べるものから食べものはまだいい。強いものから甘いもの?てんでバラバラな二つの言葉が、彼らには結びつかなかった。彼らはしばしの間、そこで固まってしまっていた。
「解けねえのか?」
いくらも時間がたった時、サムソンがじろりと彼らを睨みつけながら言った。
彼らも、さすがにその態度を受けて不快になる。サムソンを馬鹿にして恥をかかせるつもりが、自分たちがさっぱり解けないのだから。だが、彼らにもやはり意地と言うものがあり「宴会が終わるまでには解いてやる」と悔しそうに言った。


「ありがとな、デリラ!」と、彼のため用意された天幕に入って、彼は自分の髪を手入れするデリラに言った。この七日の宴会が終わったのちに、サムソンはセマダールと夫婦になるのだ。だから、まだ寝床を一緒にする段階ではない。
「いいえ。お役にたてて、光栄です」
デリラはいつもの通り彼の金髪に櫛を通しながらそう笑った。主人に礼を言われる。奴隷にとって、これほどの僥倖もない。サムソンは美しいセマダールと結婚できて幸せそうだったが、デリラも幸せだった。ついでに言えば、宴会の残り物を使用人たちの手を逃れながらとはいえ、好きなだけ漁れるメレクも幸せそうで、今は満腹になるまで食べた腹を抱えて、満足そうにサムソンの膝で彼に撫でられていた。


宴会は七日間続いたが、結局サムソンの出した問いは解き明かされないままだった。今では三十人のペリシテの招待客全員にそのことが知れ渡り、彼らもペリシテ人のメンツにかけてとばかりに解きにかかったが、やはりこれぞ、と言う答えが出ないのだ。
マノア達はそれを見て、機嫌がよくなった。
「息子よ!」彼はサムソンに言った。「お前がこんな方法でも、憎いペリシテ人をやり込められるなぞ思ってもみなかったぞ!やはり、お前は神から授かった子だ」
サムソンはそれに照れくさそうに礼を言ったあと、彼とハツレルポニに耳打ちした。「でもな。できればそっとでいいから、デリラの事も褒めてやってくれ。この謎、デリラが俺の代わりに考えてくれたんだ」
「なんと……ペリシテ人が、ペリシテ人をやり込める謎を」マノア達はそれにも満足しているようだった。ハツレルポニが「勿論、あの子の事も褒めましょう!貴方の侍女として、デリラは実に忠実に職務をこなしておりますね」と笑って言った。
その言葉通り、働かされているデリラもハツレルポニにその後こっそり呼ばれ、こっそりとだが褒められ、祝福の言葉を受けた。こっそりとやるのは無論のこと、この謎がサムソン自身ではなく奴隷女の考えたものだとばれたら沽券にかかわるという理由であったが、それでもデリラは心の底から嬉しかった。この宴会に来て、本当に嬉しいことだらけのように感じる。彼女はハツレルポニが去ってから一人、包帯の下でにっこりと笑った。一人で笑うのは久しぶりの事だった。

一方、例の金持ちの息子たちは気が気ではなかった。宴会の終わる日は着実に近づいているというのに、招待客全員を集めても謎が解けない。
「あんなガキに!」と彼らは怒った。
だが、怒ってどうなるものでもない。むしろ怒れば怒るほど、彼らはサムソンと言う腹立たしい存在に見事にやり負かされてしまったのだと言うことを自覚し、さらに腹立たしくなるという、全くの悪循環に陥った。
謎は全く解けない。だが、サムソンにはペリシテ人は実際苦しめられているのだ。下等民族のくせに。そして、今度は彼にセマダールを奪われ、しかも、さらにこんな形でも自分たちは負かされようとしている……彼らは、それがたまらなかった。なんとしてでもこの謎を解かねばならないと思った。
七日目の朝、彼らはついに「あること」を決めた。できれば取りたくない手段ではあったが、彼らの沽券に係わる緊急事態なのだ。彼らは、セマダールを呼び出した。

「セマダール、お前と結婚したあのガキに、あの謎のこと聞いて、俺たちに教えろ」彼らはセマダールに実に率直にそう言った。
セマダールは無論、花嫁の被る長い豪華なベールの下で、大いに戸惑った。しかし、彼らは彼女がいいえと言うことを許さなかった。
「もしお前がいいえと言うんなら、それでもいいんだぜ」
彼らは、自分たちをふったセマダールに対する恨みもある程度持っていた。だからこそ、彼女にこんなことも言えたのだろう。
「どうせお前たちは劣等民族のイスラエル人に嫁いだ裏切り者さ。いつでもお前とお前の親父を家や畑ごと焼き殺したって、ティムナ中誰も文句は言わねえよ。あのガキが得すりゃお前らだって得する。まさか、同胞からたかるために俺たちをこんな宴会に招待したわけじゃねえだろう、え?」
こんなことを言われて、首を縦に振らないでいることが出来ようか。サムソンほどの力があれば出来るだろうが、セマダールは了承するしかないではないか。


「サムソンさん」彼女はその日、彼にすり寄った。
「あの謎かけの答えですけど、私もずっと考えているんです。でも全く分かりませんの」
「ああ、難しいからな」サムソンはこともなげに笑った。だが、セマダールにしては死活問題だ。彼女には笑えなどできない。彼女は必死にサムソンに泣きすがった。
「お願い。サムソンさん。私にあの謎の答えを教えてくださいな。夫婦の間に、隠し事があってはなりません」
彼女は必死でそう言った。サムソンは彼女のその態度にいささか戸惑ったが、彼女が置かれている状況を理解することなどできなかった。
それに、セマダールに泣かれてしまっては、彼に勝ち目はなかった。彼はセマダールの澄んだ目に浮かんだ涙をごしごしと拭き取りながら、彼女のベールを上げ、彼女にしか聞こえないように囁いた。デリラから聞いていた答えを。
「猛獣の死骸と、蜂蜜だよ……」
「え……あっ!」
それを聞いて、ようやくセマダールも合点がいった。
大きな獣の死骸に蜜蜂が巣を作るのはよくあることだ。それは当然、猛獣の死体でもそうだった。例えば……ライオンのような。
デリラはあの日見たライオンの死骸と蜂蜜からそのことを思いついたのだ。
「どうだ、すっきりしたか?」とサムソンが言う。だが、彼が余計に戸惑うほど、彼の妻は急いで立ち上がった。
「申し訳ありません。私、少し席を外しますわ」
「?ああ……」
戸惑いながらサムソンは彼女を見送った。

そしてようやく日が暮れる、つまり、最後の七日間が終わる直前の頃だった。
「サムソン様!」と、突然彼のもとに、デリラが慌てた様子でやってきた。彼はデリラに向かって怪訝そうに何があったかを問おうとしたが、その前に、デリラを遮るものが現れた。得意げな顔をした例の一行がやってきた。デリラは彼らに押されて、何も言えなくなってしまった。
「よう。解けたのか?」サムソンもデリラの事を忘れて得意げな顔で彼らを出迎えた。解けるはずがない。代償を減らしてくれとでも言いに来たんだ。彼はそう思っていた。だが、彼らは鼻高々に言った。
「分かったぞ、答えは『猛獣の死体と蜂蜜』だな?」
その言葉を聞き、サムソンの顔から笑いが消えたのは言うまでもない。
 
「な……」
「どうだ?正解なのか?不正解なのか?花婿さん」
「正解……だ」
サムソンは驚いたまま、面喰ったったようにそう言った。なぜだ?あんなに難しがっていたのに。まんまと解かれてしまったのか。
正解。その一言を聞き、その場が湧き上がった。招待客たちも、一気に盛り上がった。やった、ペリシテの勝利だと言わんばかりに。
サムソン一人がきょとんと、現実から取り残されたような顔をしていた。彼らは勝ち誇った顔で、サムソンに「じゃあ、晴れ着三十枚をもらおうか!」と言った。

「サムソン!」
騒ぎを聞いて、マノアとハツレルポニが駆けつけてきた。
「と、解かれたのか!?」
「……ああ」
「こちらに来い!」
マノア達はサムソンとデリラを引いて、サムソンの天幕に入っていった。

「どういうことだ!ペリシテ人共に、してやられたではないか!」
「デリラ……お前って奴は!やはり、ペリシテ人はペリシテ人の味方なのね!」
「ジジイ、ババア、ウダウダ言うなよ!デリラは悪くないだろ!」
「……申し訳、ありませんでした……」
「まったくです!貴女ごときを信頼した私が馬鹿でした!」
「黙ってろっつっただろ!?」
そんな親子喧嘩の様子は、ひょっとして外にも聞こえていたのかもしれない。それほど大声だった。マノア達はとにかく、ペリシテ人に勝利を与えてしまったことに対して酷く取り乱していた。
「とにかく、賭けに負けたんだから……」
「サムソン、これは貴様の責任だぞ!?」マノアは怒鳴り散らした。「私は面倒をみんぞ、イスラエルの士師でありながらペリシテ人ごときの挑発に乗り、ペリシテ女の言うがままにしたお前の責任だ!」
「な……そんなこと……」
「私は一切助けん!代償の晴れ着は、お前が勝手に用意しろ!」
彼はそう怒鳴り散らした。そして「この不良息子!」と言い捨てると、もうサムソンの顔は見たくないとばかりに自分たちの天幕に引っこんでいった。

「サムソン様……」
「気にすんなよ。デリラ。お前のせいじゃねえよ。それにジジイとババア、あんな奴らだから。とにかく神とイスラエルが一番で、ペリシテがその下じゃなきゃ気が済まないような奴らなんだ」
サムソンは長い三つ編みを乱しながら「どうすりゃいいんだよ……俺、そんな金ねえぞ」と嘆いた。だがしかし、デリラは弁解ではなく、もっと言いたいことがあるようだった。
「サムソン様、私、見たんです」
「見た?何を?」
「……セマダール様が、あの方々と会って、謎の内容を話しているところを……」
それを聞いて、サムソンはガバリと反応した。デリラは詳しく話す。彼女はその時、話を偶然影から聞いていたのだ。気配を消して歩くのが得意な彼女にとって、彼らに気づかれないように全て盗み聞くのは容易であった。
そして、サムソンに急いでそのことを知らせようとかけ寄ったも一足遅く、彼らが来てしまった、と言うわけだ。

「……そうかよ」
彼は全ての話を聞き終えると、やにわに豪華な花婿の上着を脱ぎ、自分の動きやすい軽装の外套を羽織った。デリラは慌てて着替えを手伝おうとしたが「いい、時間の無駄だ!」と彼は言った。そして、そのまま天幕を飛び出した。

外では例の青年たちがニヤニヤ笑って「で、晴れ着三十枚はいつもらえるんだ?」と出てきたサムソンに言った。
「てめえら……」サムソンは言った。
「ぬかしてんじゃねえよ。セマダールに聞かなきゃ、解けなかったくせに」
「な……」彼らはうろたえる。「何だよ、この期に及んで。証拠はあるのかい?証拠がなけりゃ、何にもならないぜ。すごみゃなんとかなると思ってるなんて、まるでお子様だな」
サムソンはそれにも言い返そうとした。晴れ着三十なんて、彼一人で用意できるものか。
だが、彼にとって非常に困ったことが起こった。マノアが騒ぎを聞きつけて再び来たのだ。
「サムソン!」サムソンには分かった。彼は、息子がペリシテ人にケチな要求をすることを許さなかったのだ。イスラエル人のプライドにかけても。
だが、そんな彼は賠償は自分ではしないと言ったばかりじゃないか。子供で金もろくに持たない自分に、お前の責任だからお前が全てとれと言いきった。まさかこの父がペリシテ人と手を組むなど、彼の一生のうちでもこれが最初で最後だろう。
「さあ、とっとと寄越せよ!」
「サムソン、恥になるようなことをするなよ!」
二つの声に挟まれて、サムソンは業を煮やした。
この二者とも、出来るなんて思っていないのだ。ただ、サムソンを困らせたいだけなのだ。片方はセマダールを取られた恨み、片方はペリシテにしてやられた苛立ちからくる不快感を、サムソンを追いつめることで憂さ晴らししているだけなのだ。
サムソンはついに耐えかねて叫んだ。
「ああ分かったよ!どうにかしてやるさ、持ってくりゃいいんだろ持ってくりゃ!」
サムソンは夜風を引き裂くように鋭く口笛を吹いた。すると突然、突風のような勢いで彼のもとに向かってくるものがあった。メレクだった。
「メレク、ついて来てくれ。てめえら、明日の朝には戻るからな!」
彼はそれだけ言って、夜の闇に消えていった。


誰も、サムソンができるなんて思っていなかった。彼は逃げたのだと思っていた。ペリシテの若者たちは彼を笑いながら宴会が終わった後の宴会場で一晩中酒を飲み、マノアは屈辱にあえいでなかなか眠れもしなかった。
だが、早朝だった。

宴会場に、サムソンとメレクが現れた。しかも、大量の晴れ着を持って。
ティムナの若者たちは当然驚いた。彼は、大量の上着の塊を彼らに投げつけた。
「おらよ、もってけ!」
無造作に投げつけられたそれは、彼らの宴席を散らし、めちゃくちゃにした。彼らが目を白黒させていると、サムソンは言った。
「とっとと持ってけって言ったんだよ。てめえら……消えろ」
そう言って彼は、彼らを睨みつけた。
その目は恐ろしい。彼らは、舐めきっていたサムソンの事をそう思った。彼らはそのときサムソンが、気に入らない生意気な少年ではなく、数え切れられないほどの自分達の同胞を葬り去って来たイスラエルの戦士なのだと、初めて心の底から理解した。そんな彼に、自分がたちが何をやらかしたのかということも。
止めとばかりに、メレクが激しく吠えたてる。ティムナの若者たちは、あわてて晴着をもって退散していった。


サムソンは気が荒れていた。「デリラ!」彼は彼の奴隷を呼んだ。デリラはもう起きていて、彼のその声に駆けつけてきた。
「家に帰るぞ、こんな所、いたくない。すぐ支度しろ!」
それを聞いて彼女があわてたのは言うまでもない。
「あの……マノア様たちは?」
「知るか!俺とメレクとお前だけで帰るんだよ」
「セマダール様は……?」
「あんなん裏切りもんじゃねえか!いいからとっととやれよ!」
サムソンが苛立っているのは彼女にもよく分かった。彼女は結局彼の言うとおり荷物をすぐ纏めて、天幕だけはその通りにして彼と一緒に一足先にマハネ・ダンに戻った。マノアやセマダール、ほかの人々が起きだした時、サムソンたちはすでに見えなくなっていた。


ティムナの若者たちはパニックになった頭も冷めてよく見てみると、その晴れ着は多くのものに、血が付いていた。
これは何事かと彼らがうろたえていると、彼らの耳に一通のニュースが飛んできた。
「昨晩、アシュケロンで宴会をやってたら、ジャッカルを連れた異常に髪の長い一人の強盗がやって来て宴席をめちゃくちゃにした挙句、参加者を三十人ほど素手でのして、着物を剥いで帰っていったそうだ」
彼らはそれを聞いて身震いした。。

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