クリスマス市のグリューワイン

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feat: Samson 第六話



マハネ・ダンに戻って、サムソンはずっとふさぎ込んでいた。毎日毎日朝早くから夜まで外に出て、メレクと一緒に、荒野や岩山を駆けずり回っていた。ハツレルポニがうるさいので、デリラもそれに同行した。彼はデリラの事は拒まなかった。
「バカ野郎」
誰もいないところで、彼は何度も何度も、あの結婚式の事を引き合いに出して怒った。
「どいつもこいつもバカ野郎だ」
セマダールは結局マハネ・ダンに来ず、音沙汰がなかった。と言うよりも、サムソンが連絡を取ろうとしなかったのだ。
デリラはサムソンの愚痴を聞いた。聞き続けた。彼女は決して否定しないし、打ち切りもしない。馬鹿にもしない。否定するのも話を打ち切ることも、馬鹿にすることも、全てデリラには禁じられていたからだ。しかし、サムソンにそんなことは関係なかった。
「どいつもこいつも子供だからって馬鹿にしやがって。自分が困ったら、急に責任取れなんて言うくせに」
「はい」
「どいつもこいつもクズばっかりだ。どうせ俺にかなわないくせに。俺が本気で殴ったら、簡単に死んじまう奴らのくせに」
サムソンは親から離れた場所で、毎日そう嘆き続けた。士師としてすべき仕事は元から殆どマノアが代わりにやっているものだったので、彼は余計に一日中外に居続けた。マノア達の説教など右から左に聞き流した。デリラも同様にひどく怒られたが、彼女も怒られるだけ怒られて、後は耐えた。自分がサムソンに仕える奴隷である以上、サムソンの言うことを聞くべきなのだ。


「まったく酷いことだ!何がイスラエルの士師……ただの不良少年じゃないか」
例の葡萄園の主は、娘をおいて帰ってしまったサムソンに対して愚痴を言っていた。
「これだからイスラエル人は信用できなかったのに!どうすればいいんだ。ティムナでの信用も失ったも同然だぞ。……あの疫病神め!」
ジャッカルを連れていたことからも、異常に長い髪の毛を持っていたことからも、アシュケロンの強盗がサムソンではないと疑うものなどどこにもいなかった。事実サムソンなのだからしょうがない。だが、そこまでの事を一人と一匹でやらかすほどの相手に堂々と向かっていくのも、彼らは気が引けた。プライドと恐怖の板挟みが、依然として彼を傷つけ続けた。


時が過ぎて、小麦の収穫の頃だった。サムソンは急にデリラに「おい、俺の小遣いはどれだけある?」と聞いた。
「子羊を買えるくらいはあるかな」
「はい。その程度は……買われるのですか?」
「ああ」
サムソンはぼそりとそう言った。
「セマダールの家に戻って、仲直りしなくちゃ……」
彼は子羊を、手土産に持っていくつもりらしかった。マノアが所有している家畜などいくらでもいたが、彼の小遣いで買いたいというのは、さんざん子供扱いされたことに対する彼の意地だったのだろう。
デリラはそれを分かって、彼の代理で子羊を買うと、それを引いて彼とメレクと一緒にティムナに向かっていった。

久しぶりに葡萄園に現れた彼を見て、葡萄畑の使用人たちがうろたえたのは言うまでもない。彼は静かに子羊を渡して、主人と話をさせてくれるように頼んだ。葡萄畑の主人はすぐ出てきたが、サムソンの顔を見るなり、こう言った。
「何の御用で?セマダールなら、もう別の男の嫁に出しましたよ」
その言葉を、サムソンが一瞬現実のものとして受け止められなかったのは無理もない。

「なんだって?」
「貴方は、娘を放って故郷に帰って行ってしまいましたからね。てっきり、あの娘を嫌ったものだと思って。もうとっくにセマダールは、ティムナの貴族の息子に嫁がせました」
彼は迷いに迷った挙句、プライドの方を取ったのだ。サムソンが長い間連絡一つよこさなかったので、彼がもう娘を見捨ててしまい、ならプライドの方を取っても彼からの報復はないだろうと思い、ようやくこの行動に乗り出せたのだ。
だが、違ってしまった。サムソンは来てしまったのだ。
葡萄園の主は、やはりサムソンに対する恐怖を捨てきれないでいた。彼は彼を目の前にして、毅然とふるまおうとしていてもどこか顔色は青かったからだ。そして、サムソンの顔色も、それ以上に青くなっていた。
しかし、同じ青い顔でも、葡萄園の主は確かに彼に恐怖を感じた。
「そのう……あの子には妹もいて、妹の方もあの子より美人ですよ。そちらの方を貴方にさし上げても……」
彼はサムソンに会ったらズバリと皮肉を言って追い返してやろうと思っていた。「貴方が娘の結婚相手にするには早すぎると、実によく分かりましたからな」「大体、最初からやりたくなどなかったんだ。貴方のような野蛮な下等民族の小僧に、大切な娘を」などとサムソンに言う自分をこの数か月何度も想像していた。だがいざサムソンを目の前にするとそんなことも言えず、こんな曖昧な言葉しか出なかった。サムソンは長い間黙ったままそこに立っていた。

サムソンは結局、葡萄園の主に何も言わず、無言のままそこを後にした。彼は、酷く打ちのめされているようだった。
デリラはそんな彼をじっと見つめた。無理もない。彼はやはり、セマダールに惚れていたのだから。
惚れていれば何でも許せるなんて、綺麗ごとだ。彼は、裏切られたから怒った。それだけだ。それで恋が冷めるか否かなど、決まったものじゃないのだ。デリラの仕えていた家の主人たちがそうだった。主人はしょっちゅう浮気を繰り返し、主人の妻はそれに怒り悲しんでいた。主人もそれに怒り、夫婦喧嘩など何回も起こった。それでも主人は、焼けて死ぬまでずっと妻を愛していたのだし、妻も主人を愛していたのだ。
サムソンはマハネ・ダンにその日帰らず、メレクとデリラと一緒に、荒野で野宿した。ハツレルポニは怒るだろうが、サムソンが絶対に家には帰りたくない様子だったので、デリラは彼の思うままにさせた。
ぱちぱち燃える薪の火を見ながら、サムソンは言った。
「俺とセマダールは、結婚の約束を交わしてたんだよな?」
デリラはそれに「はい」と言った。
「じゃあ、あいつら、約束を破ったわけだ」
「はい」
「だったらよ」
焚火に浮かび上がるサムソンは、泣いていた。目をかっと開いたまま、彼は泣いていた。
「今度ばかりは、俺がペリシテ人に何しても、俺に罪なんて全くねえよな?」
デリラはそれにも「はい」と答えた。「はい」以外の選択肢など存在しない。サムソンはメレクの背中をポンとたたいた。
「メレク。頼む」

サムソンとメレクが何をするつもりか、デリラには分からなかった。メレクはそんな彼女をよそに鋭い声で、荒野中に響き渡るかと言うほど吠えた。
すると、途端にジャッカルが何百匹と現れたのだ。まるで、メレクの命令を忠実に聞く部下であるかのように。
「メレクはな」サムソンは言った。「この荒野じゃ、最強のジャッカルなんだよ。メレクの命令聞かねえ奴なんていねえ」
取り残されているようであるデリラに、サムソンはそう言った。メレクが何か言うと、彼らはすぐさま松明を集めてきた。
「デリラ、手伝え」
サムソンは彼らは松明を集めてきたのを見届けるや、今度は三百匹いる彼らの尾を二匹一組ずつ結び始めた。彼らは大人しく、されるがままにしていた。デリラも手伝い、彼らはデリラの手つきにも抵抗しなかった。
百五十組が結び終わると、今度はサムソンは彼らの尾の間に松明を一本ずつ立たせた。そして、百五十本の松明に、焚火から移した火を一つ一つ、点したのだ。
彼らは火を怖がらなかった。一気に松明が燃え上がり、荒野はまるで昼間のように明るく輝いた。
メレクは唯一、一本だけ松明を体に縛り付けて立たせ、彼らの先頭に立った。そして彼の一声で、火を纏ったジャッカルの一軍はすぐそばに見える田園地帯めがけて突進していった。
「高みの見物、するか?来いよ」
サムソンはデリラにそう言って、彼女を高い場所に連れ出した。やがて彼女の眼に、ティムナの田園地帯がぱあっと明るくなっていく様子が見えた。
次から次に炎が伝染する。叫び声が聞こえるようだ。ああ。同じだ。ソレクの町と同じだ。

「心が痛まないのか、って思うか?」サムソンはデリラに言った。そして、彼女の答えなど待たずに一人で言った。その声音も、どこか、悲しそうだった。
「痛むわけねえだろ。初めてペリシテ人を殺したの、三歳の時だぞ。お前はペリシテ人を殺せ、って言われ続けてきたんだぞ」
デリラは「いいえ」という言葉以外何も言わなかった。実際に、あんまりに残酷なことが目の前で行われているはずなのに、不思議と少しも心が動かなかった。返ってここまで残酷を極めると、物事は美しくも見えるものか、と赤い光に包まれるティムナの田園地帯を眺めていた。あの主人たちも、ソレクの住民たちも、美しさの中死んでいったのかもしれない。


その夜、ティムナ一帯は大被害に見舞われた。せっかく収穫した小麦はあらかた焼かれ、葡萄も、オリーブも、全て炭になってしまった。


当然、ペリシテ人の間でそれは大問題となった。「誰がこんなことをやらかしたんだ」彼らは嘆いた。
「サムソンだ。あのイスラエルの士師……俺らの敵だ!」
だが感情的にそうわめく彼らをいさめる、非常に冷静な声が一つだけあった。
「だが、なぜこのようなことが?物事には、理由があるはずだ」
そう発言したのは、ペリシテ人の中心都市のひとつであるガザから訪れた領主、アビメレクだった。
ペリシテ人の国家は、都市連合だ。ガザ、ガト、アシュケロン、アシュドト、エクロン、五つの大都市が連合を組んで、ペリシテと言うアイデンティティを形成している。その中のガザを治めるのがアビメレクだった。ガザの統治領域に入っているティムナで起こった未曽有の大被害を聞き、はるばる訪れたというわけだ。
「復讐ですよ」ティムナ人のうち一人が言った。
「あのサムソンはあるティムナの男の婿だったんです。にもかかわらず、そいつは自分の娘を婿から取り上げて、他の男にやってしまったのです。それを憎んでの事でしょう」
「そう言ったことならば」アビメレクは言った。
「根幹を叩く方が、今回は安上がりだろうな。お前たちの溜飲も下がろうし、我らペリシテのかねてよりの仇敵、サムソンをとらえる算段も付く」

例の葡萄畑の主人は、自分の畑も焼き尽くされてしまい、途方に暮れた。
「どうすればよい。ジャッカルが火をつけた。明らかに、サムソンのやったことじゃないか。……私を恨んでいるんだ。みんな、私を憎むに違いない」彼は慌てていた。
そんな彼を、物陰からセマダールが見ていた。彼女も、これはサムソンが彼らを恨んでやったことだという噂が広がり、夫に追い出されたのだ。娘の出戻りと言う更にショッキングな事件を父にたたきつけるに忍びず、セマダールは父のもとに出れずにただうろうろしていた。
「(どうすればいいの……)」セマダールは追い詰められ、考えた。そして、小さな拳をぎゅっと握りしめた。


後日、マハネ・ダンにすでに戻って来ていたサムソンのもとに一通の手紙が届けられた。手紙は、セマダールからだった。
「あなたにもう一度会って謝りたい」手紙には、そう書かれていた。
サムソンは彼女が頼む通りティムナに向かうことにした。サムソンは、まだ彼女を諦めきれてはいなかったのだ。ろくな準備もしないままいつもの通りデリラとメレクを連れて、彼は出かけて行った。ティムナに着いた頃には、すでに夜になっていた。

まっ黒こげになった田園地帯を抜けると見知った家に彼はたどり着いた。「サムソンさん」と、彼女はいつも通りの穏やかな顔で出迎えた。
「父は、今寝ていますの。寝込んでしまいまして」
彼女はデリラとメレクをいつも通り遠ざけるよう彼に頼んで、彼だけを家の中、それも自分の部屋の中に案内した。

「サムソンさん」
部屋に若い男女が二人きりになるなど、性に厳しいこの地方ではめったにあることではなかった。しかし、セマダールはそうせねばならなかったのだ。
「許してください。私には、どうしようもなかったんですもの。父親が結婚しろと言って、逆らえる娘なんておりますか?……決して、貴方を嫌ったわけではないんです。信じてください。謎かけのことだって、私は、脅されていただけなんです……」
こんな泣き落としでサムソンが納得するだろうかとはセマダールも思っていた。だが、彼は意外とあっさりと「もういいよ。俺は恨んでない」と言った。
「俺はまだあんたが好きだしな」
「そう言って貰えて……嬉しいですわ」
彼女はサムソンを、部屋に一つしかない寝台に案内した。そして、決意を固めて言った。
「さあ……どうぞ、お床にお入りください。……寝ましょう。ご一緒に」
サムソンはその言葉に「ああ……夜も遅いしな。それじゃ」と言って、寝台に入りこんだ。

セマダールは体中に力を込め、意を決して彼と同じ寝床に入ろうとする。しかし、彼女は違和感を覚えた。
男がするように、彼は腕を伸ばして彼女を抱きしめはしない。彼はそこにいるだけだった。七房の三つ編みを解かないまま寝床に広げて、彼はそこにじっとしていた。二つの鋭い目は、閉じられていた。そして、彼は、規則正しい呼吸をしていた。
「サムソン……さん?」
彼女は呼んだ。返事はなかった。代わりに、いびきのような声が聞こえてきた。
セマダールは目を疑った。彼は、まさか。
彼女はもう一度、サムソンの名を呼んでみた。帰ってくるのは、やはりただのいびきだった。
「(寝た……の?本当に?)」
そんなことがにわかに信じられるはずはなかった。彼に抱かれる、その覚悟で行ったことだ。その絶対に起こると思っていた過程が、彼自身によって弾き飛ばされてしまい、彼女はただ戸惑った。だが、事実として、彼は寝ているとしか思えないのだ。
やがて、彼女も目の前の状況を冷静に受け止めると、次第に心を固めた。
「(いいえ……何を。むしろ好都合じゃないの。余計な手間が省けて)」
彼女は、七本の弓弦を取り出した。


外で待たされていたデリラは、メレクと一緒に今日はこのままこの屋敷の軒下で極力見つからないように寝ようかと思っていた。メレクも彼女の事を思っていてくれたらしく、うるさくすることはなく彼女と一緒に気配を消して彼女と一緒にいた。
だが、ある時だった。メレクは急に、吠えだした。ワンワンと、非常に大きな声で。
「メレク!」デリラは言った。「聞こえる、見つかるわ!」
だが、メレクは必死に吠え続けた。警鐘を鳴らすように、彼は吠えた。


遠いところでメレクが鳴いている。サムソンはそれを感じた。そして、目を開けた。
「メレク……?」
彼はそう呟いた。だが、目を開けて、目の前にいるのはメレクではなかった。刃物を自分に突き立てようと向け、しかしメレクの吠え声とサムソンが起きたことに慌てているセマダールだった。
「セマダール!?」
彼はその時気が付いた。七本の弓弦で自分の体ががんじがらめに縛られている。
「ど、どういう……」
「……うるさいっ!」
彼女はやけになったように言った。
「うるさい!なんで起きるのよ!なんでこんなに早く起きるのよ!貴方、私を好きなんでしょ!?愛してるんでしょ!?じゃあ、死になさいよ!私のために死んでよ!」
彼女は戸惑うサムソンに向かってまくしたてた。
これが彼女の作戦だったのだ。サムソンはきっとまだ自分が好きだろう。自分が誘惑すれば、一緒に床につかせられる。そしてそこで眠ってしまうはずだ。そこを縛って刺してしまえば、サムソンが打ち取れる。サムソンを打ち取れさえすれば、自分たちの名誉も回復できる。
床についてからの一工程が抜けたものの、後は順調に進んでいるはずだった。それなのに、急にジャッカルが吠えだしたのだ。まるで彼に悪いことが起きるのを察知したように。
彼女はパニックになっていた。セマダールは青い顔で叫んだ。
「貴方のせいで!私もお父様ものけ者にされてるのよ!裏切り者呼ばわりされてるのよ!貴方を殺せばまだ間に合うの!貴方をこの手で殺せば、まだティムナの同胞だって認めてもらえるの!だからとっとと死になさいよ!このませガキ!」
そう怒鳴り散らして、セマダールはサムソンの喉元に刃を突き立てようとした。
だが、それはかなわなかった。丈夫なはずの弓弦は、まるで麻の紐が火にあぶられて切れるように、ぶちりと切れた。まるで非現実的なほどに、がんじがらめに縛ったはずの拘束から、あっさりとサムソンは逃れたのだ。たった一瞬の出来事だった。セマダールが刃を彼に突き立てた次の瞬間、彼はその刃を両手でとり、力づくで彼女の手から外したのだ。

セマダールは床に崩れ落ちた。
「死ね、死ね……」
それでも彼女はぶつぶつ呟いていた。サムソンはしばらくの間、現実が信じられない様子のままだったが、やがて「じゃあ」とだけ言うと、二階にある部屋の窓を塞いでいた扉を殴って破り、そこから七房の三つ編みをふわりと宙になびかせて飛び降りた。真下にはメレクとデリラがいて、メレクは彼の帰還に嬉しそうに吠えていた。
彼はやすやすと着地すると「デリラ。……もう、本気で、ここに用はなくなった」と言った。そして、踵を返してマハネ・ダンに帰ろうとした。


セマダールは放心状態でその場にいた。刃を握りなおす気力も、サムソンを追う気力もなかった。最後のチャンスが、ふいになってしまったのだ。
だから彼女は、自分の家に何者かが入って来たのに気が付かなかった。父親や使用人が襲われ、縛られたのにも気が付かなかった。彼女が気が付いたのは、彼らが彼女の部屋を訪れた時だった。彼らはティムナの若者たちで、あの宴会に呼ばれていた金持ちの息子たちも混ざっていた。彼女のかつての夫すら、そこにはいたのだ。
「ああ!皆さん、サムソンが」彼女は彼らに行った。「サムソンが逃げて……すぐ、追いかけなければ……」
「ああ、勿論彼は彼で対処するが」
セマダールはぎょっとした。やってきたティムナの若者たちは、縄を持っている。彼女は逃げようとしたが、まさかサムソンのように窓から飛び降りることが出来るはずもない。彼女はあっさり数人に捕まり、縛られてしまった。
「なんですの!?」
彼女の問いに、彼女の元夫が進み出た。
「悪く思わないでくれ。ガザの領主、アビメレク様が、こうしろとお達しでね」
彼らはセマダールを見下ろして言い放った。
「まあ、裏切者の家にはお似合いの最期だよ」


ティムナを離れようとしているサムソンは、ふと何かに気が付いて振り返った。
「……燃えてる?」
その言葉にデリラは反応する。メレクも、その鼻で嗅ぎつけたようだった。炎が燃えているのは、セマダールの父の家の方角だった。
「……セマダール!?」
彼は急いで、その方角に走っていった。メレクも同じだ。矢のような速度で、彼に続く。彼らのようには走れないデリラが、取り残された。それでもデリラも、彼らと同じ方向を目指した。
 
セマダール達の家はすっかり炎に包まれていた。もはや助かる見込みなどなかった。
家の周囲には足跡が沢山あった。まだ新しい。何人もが、ここに訪れたのだ。そしてセマダールは、確か、自分たちが裏切り者扱いされていると言っていた。
導き出される答えなど、一つしかなかった。
「……ペリシテ人共」
サムソンは自分の拳をゴキリと鳴らすと、うめくように言った。
「てめぇらは……いつもこうだ。いつも……」
サムソンには聞こえた。深夜にはありえないほど、ティムナの町の方は騒がしい。人がいるのだ。起きている人間が、何人も。なぜか、こんな時間に。彼は、そちらの方に駆けていった。


次の朝だった。
「アビメレク様」
アビメレクは自分のもとにやってきた秘書からの報告を受けた。
「例の家は灰になりました。父も娘も使用人も、全て死にました。それと、放火犯に使ったあのティムナの若者共も、市中で一人残らず打ちのめされて死んでいました。おそらく、サムソンがやったのかと」
秘書は非常に淡々と報告した。アビメレクは笑って「ほう、それではサムソンが昨夜いたんだな?それは意外だったが、いずれにせよ、早いのはいいことだ」と言った。
「あれだけ余分に殺して、大丈夫でしょうか?」
「何を言う。被害は大きければそれだけいいのだ。それに、馬鹿な若者が数十人死んで、どうしたというんだね?いま大切なのは、サムソンを捕えることだ」
秘書は「……おっしゃる通りです。申し訳ありませんでした」と彼に言った。

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