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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第二話

すっかり夜も更けて宴会騒ぎも終わったころ、ソロモンはようやく筆が乗ってきた。何本も蝋燭を付け替えて、図形を描き続けた。
彼は今、建物の彫刻のデザインを考えていた。抽象的にするか、写実的にするか、いくつものデザインが降って湧いてくる。モチーフは何か、動物か、植物か、全くの幾何学模様にしようか、彼はアイデアを出てきた先からパピルス紙に熱心に描きつづけた。
真っ暗ではあるが、眠気は全く感じない。そもそも、彼は夜のほうが起きていられた。太陽の光が嫌いなのだから、当然と言えば当然の話だ。
こうやって真夜中にデザインを描いているときが一番楽しかった。二番目が、昼間に描いているときで、三番目が本を読んでいるときだ。
ふと花の模様、というアイデアが彼の頭に舞い降りてきた。浮かんだアイデアの中で、それが一番いいように思えた。彼は新しいパピルス紙をつかむと、頭に浮かんだとおりの花の模様を緻密に描きつける。ろくに外に出ない彼は、本物の花などそう見る機会はない。しかし、彼の頭の中には花があった。花の浮彫彫刻が鮮やかに踊っていた。彼は花びら一枚一枚はもちろん、雄蕊に、雌蕊、花粉一粒に至るまで鮮明に描いた。みるみるうちに一枚のパピルス紙が埋め尽くされていく。この瞬間こそ、彼にとっての至福だった。

やがて、彼はパピルス紙を花のデザインで埋めつくした。

その瞬間、彼の部屋に光が巻き起こった。光源がなんなのかもわからず、部屋全体が突き刺すような鮮烈な光に包まれた。ソロモンは驚いて目をつぶった。
やがて彼が恐る恐る目を開けると、薄暗い部屋を柔らかく照らすかのように、優しく光り輝く何かが彼の目の前に立ちすくんでいた。

それは一人の人間のように思えた。男とも女とも見分けがつかなかった。薄い真っ白な衣を着てはいたが、その上からでも分かるほどほっそりとした華奢な体をしていた。傷一つない透き通るような柔かそうな肌の持ち主で、頬のみをほんのりと薄紅色に上気させていた。慈愛に満ちた穏やかそうな空色の目は見たこともないような長いまつげに縁どられていた。眉毛は整った三日月形だ。星の光を思わせるふんわりと軽そうな薄い色の金髪は編みこまれていて、頭の上には淡い色の花冠が乗っていた。白い胸元とはかなげな手首は真珠で飾られていた。手は今まで力仕事などしたことがないのだろうというほど滑らかで、指は細長く、桜貝のような形のいい爪がはまっていた。その人物はソロモンのほうを見て、柔和な表情で微笑んでいた。唯一人間と違っていることには、それは背中に一対の翼を持っていた。真珠のように柔らかく七色に輝く翼だった。
彼とも彼女ともわからないその存在は、美しかった。ソロモンが見たことがないほど、美しかった。春の陽気を思わせる、柔らかな美しさだった。

「誕生日、おめでとう」

その存在は桜色のほどよくふっくらした唇を開いて、どちらかと言えば男のような声でそうソロモンに告げた。

「誕生日?」
ソロモンは怪訝そうにそう返した。
「今日は君の11歳の誕生日じゃないか」
「……そうだったか。すっかり忘れていた」
別に嘘ではない。彼はずっと長い間、自分の誕生日を忘れていた。どうせ誰も祝う人物などいないのだから、同じことだ。彼だけではなく、彼の周囲の人々も忘れていた。忘れたくて、忘れていた。
「どこの誰だか知らないが、祝いにきてくれたのか?ありがとう」
ソロモンはひとまず笑いを浮かべて目の前に立つ彼に言った。彼はにんまりとした表情をして「驚かないんだね」と呟いた。
「驚いてほしかったのか?」
「ちょっとショックだな、もっと怖がるなり恐れるなりしてほしかったのに」
「怖がる理由などあるものか。醜くもないものを」
ソロモンの言葉を聞いて、彼も笑う。
「でも、背中に翼が生えてる。人間は生えていないよね」
「かまわんだろう。それで十分美しいのだから」
彼は「美しい!美しいって言ってくれるの!?ふふふ、嬉しいな、ありがとう!」と言って、ソロモンに歩み寄った。足音一つせず、半ば浮かんでいるようにも思えた。
流石に彼は子供のソロモンよりは大きく、近寄ればソロモンは彼を見上げる形になった。しかしそれも一瞬で、彼は自らソロモンの前に膝をついて、彼を下から見上げる体制になった。
彼はソロモンのペンだこのできた小さな片手をとり、自分の薔薇色の頬に擦り付けた。そしてそのまま「ボクがなんだと思う?」と言った。
「人に似ているが、人並み外れて美しく、翼をもつ存在は、一般的に天使の姿と定義されている」ソロモンは片手を彼にされるがままにして、「お前は天使なのか?」と呟くように言った。
「ふふっ。うん。正解」彼は上目づかいでソロモンに言った。「ボクは天使。君のところに使わされた天使だよ」


彼は自分の手をソロモンの手に添えた。
「俺の誕生日を祝うために天からきてくれた、とそういうことか?」ソロモンはボソボソとした声でそう問いかけた。ベリアルは「そうだよ」と、穏やかな口調で返答する。
「それは……ご苦労だったな」
「苦労なんてことはない。君は神の国イスラエルの王子なんだから。当然じゃないか」
ベリアルはクスリと笑った。
しかし、その言葉にソロモンは少し表情を険しくした。「俺は王子なんてものじゃない」と、彼は呟いた。
「なんで?王様の子供じゃないか?」
「生物学的にはおそらくそうなのだろう。しかし、男と女が性交をして子供が生まれたからと言って、それらが親子になるとは限らない」
ソロモンは天使の手を振りほどいて、怒ったような表情でそう言った。
「親は俺に死んでほしいと思っているんだ。俺の事を不気味がって、邪魔だと思っている。俺のような存在がダビデの家に生まれたことを恥だと思っている。……親は、ひたすら待っている。俺がある日、勝手にひっそり死んでいる日が来るのを今か今かと待っている。そんな王子がどこにいる?ただでさえ父には子供がたくさんいる。奴らは王子だ。でも、俺は断じて王子じゃない。俺はあの王の子供ですらない。ただあいつの精子がもとで生まれてきたというだけだ」
「君、子供のくせに結構あけすけな言葉使うねっ」天使は顔を少し赤らめて、片手でにやける口元を覆った。「王子じゃないのなら、君は、君自身をダビデのなんだと思っているんだい?」
「俺は……あの王の、罪だ」
ソロモンは蝋燭の光と天使から放たれる光に照らされた自分の血の気のない、痩せた手を睨みつけて吐き捨てた。
「俺はあの王とあの女の不倫で生まれた子だ。女へ欲情したという理由で倫理も何もかなぐり捨てる後先考えられない性欲猿と、美しい男と金と名誉の誘惑のためなら夫も捨てる淫乱の雌豚の間に生まれた、見れたものじゃない出来そこないの畜生だ。そんな存在として俺が生まれることが、ダビデとバテシバには必要だった」
ソロモンは自分を見つめる周囲の視線を思い出していた。誰ひとりとして、かわいい子供を見る視点で彼を見るものはいなかった。気味の悪い存在として、さげすみ、恐れていた。違うのはただ二人だけだ。ナタンとダビデだ。彼らの目には、本気の恐怖が混ざっていた。彼らはソロモンにいつか殺されるのではないかという視点で彼を見ていた。ソロモン自身は彼らに殺意を抱いたことなど一瞬たりともないにもかかわらず。王子たちはそのような目でダビデには見られてない。少なくとも、ソロモンは見たことがなかった。
「俺を見ろ。まともな人間じゃない。まともな人間はもっと赤と黒と黄色の混ざった肌をしている。まともな人間は黒い髪をしている。赤や茶色もいるが、生まれた時から白なんて存在しない。ましてや赤い目の人間なんてそうそういやしない。だがな、ダビデとバテシバにはそんな子が必要だったんだよ。償いきれない罪を犯すほどの薄ら馬鹿どもの事だ、赤ん坊が死んだ悲しみくらいすぐ忘れてしまう。だからきっと、俺は生まれたんだろうな。子供を殺したって馬鹿どもには効き目などないと、きっと神が理解したから、その次に俺が生まれたんだ。忘れようと思っても俺を見るだけで、ダビデもバテシバも神の前に犯した罪を永遠に忘れないように、俺が生まれたんだ。今度はいくら馬鹿でも眼さえあれば、思い出さざるを得ないからな。俺はあいつらを永遠に反省させるために、ダビデとバテシバの人生のために生まれて、生きているんだ。俺はあいつらの子供じゃない。俺はあいつらの罪そのものだ」
彼は自分の爪を噛みしめた。彼には爪の噛み癖があるため、常に爪は深爪気味だった。それでも彼は噛み続けていた。それを見た天使が「止めろよ、血が出ちゃうよ」たしなめた。
「血が出ても構わない」
ソロモンはなおもガリガリと爪を噛んだ。
「そんなにたくさん一気にまあ……無口かと思ったら意外としゃべるね。誰が言ったの、そんなこと」
「誰だって言ってるさ……」
ソロモンは睨みつけるような目つきでそう吐きだす。「俺はなぜ自我を与えられたんだ?」と彼は呟いた。
「天の使いなら知っているはずだ。俺はなぜ人生を与えられているんだ?」ソロモンは目だけぎょろりと動かして、天使を見つめる。
「俺の価値は生きていることのみだろうな、生きていれば永遠に奴らの人生を矯正させ続けていく道具になるんだから!だが、だがなぜ、人としての自我を与えられなければならなかったんだ!?俺はただの罪でしかない、俺はダビデのための道具に過ぎないのに!なぜ生きて、俺なりの感覚を、俺なりの苦しみを持たなくてはならなかったんだ!?ダビデとバテシバのためなら、神は俺という人間の苦しみはどうでもいいのか!?」
天使は微笑んだまま、口をつぐみ続けていた。ソロモンはなおも畳みかけた。
「ダビデは俺を殺さないさ。なぜかって?俺を殺せば罪になるからさ。自分の罪を悔いているから、もうこれ以上罪を犯してしまうとと思うと怖くて怖くて仕方がないんだろう。ああ、傑作だ!今まで人を何人も殺してきたくせに、今さら子供一人間引くことで自分が善人たるか悪人たるかが左右されると思っている。バカバカしい!そんな者とっくの昔に決まっているだろうに!と言っても、快楽の事しか考えられん猿の事だから、そこまで考えが及ばないのも道理だろうが!ただ、やはり猿だ、脳みそなどこれっぽっちも入っていない。当然のことが頭に浮かばないんだ。すなわち、殺すことは罪とわかっていても、飼い殺しにして、苦しませておくことは罪でも何でもないと思っている……」
そこまで言い切って、ソロモンは息を切らし、数回短い呼吸をした。いつの間にか興奮していた自分に気が付き、決まりが悪くなったソロモンは「どうだ、天の使い。何か言ってはくれないのか」と鋭い口調で言った。
「……驚いた。君、びっくりするくらい周りを見てるね。どうなっているから今こうなのか、ちゃんとわかっている。本当に賢い子なんだ」
天使はそういって、ふっと口角を持ち上げた。
「そうとも。君の言う通りさ。君は罰の存在。神様はダビデを愛しているよ。ダビデがいくら、快楽しか頭にない馬鹿に成り果てても」
「……だろうな」
「そして、君が生きている理由もそう。ダビデは君を殺すことで、新しく罪を負うのが怖いんだ。いやなら早く殺しちゃえばいいのに、その度胸すらない。罪を意識するあまりね」
「……やはり、そうか」
「そうとも。でもね、君の考えには、一つ間違っていることがある」
天使はうつむくソロモンを見上げて、ふわりと彼を抱きしめた。
「君は、どうでもいい存在なんかじゃない。神様は、君の事も愛していらっしゃる」
彼は自分の体にソロモンをうずめた。自分の真珠色の翼をすぼめて、彼を覆った。暖かい、とソロモンは思った。
「……うそだ」
「うそじゃない。ほら、僕が証拠だよ。神様は、君の誕生日を忘れない。君の誕生日を祝いに来た。そして、贈り物を一つ持ってきた」
彼は肩越しに、「ソロモン、君が今欲しいと思っているもののうち、何かひとつ言ってみて」と彼の耳元でささやいた。
「……シクラメンの花」
「シクラメン?」
「……本物の花があったほうが、よく描ける」
彼はぶっきらぼうに、机の上を指さした。ベリアルは少し体を伸ばしてそれをつかむと。「君が描いたのか、すごいね」と言った。
「その程度ならお安い御用だ、ほら、どうだい」
そういって天使がソロモンの前に差し出した手の上には、まるで今しがた土から掘りだしてきたばかりのようなシクラメンが現れていた。先ほどまで、何もなかった掌に。ソロモンはそれを受け取ると、恐る恐る手を触れ、「本物、なのか」と言った。
「本物だよ」
「……天使だから、このようなこともできると?」
「そんなところ」
天使は両手でシクラメンを持つソロモンの頬に手を触れると、彼の顔に自分の顔を近づけて、細い声でささやいた。
「ソロモン。神様からの贈り物はね、君の友達だ」
「友達?」
「そうとも。君をずっと一人ぼっちにしてしまったから」
彼は優しく、ゆっくりとソロモンの頬を円を描くようになでながら、それに合わせるようなゆっくりした声でソロモンにささやき続けた。
「君、さっきボクにすごい勢いで話してくれただろ?君がどれだけさびしいか、君がどれだけ父親と母親を憎んでいるか。君がどれだけつらいか、ボクに話してくれただろ?君は今まで、他の人に同じ内容を話したことはあるかい?……いや、ないね。ボクは知ってるよ。君の事をずっと見ていたんだもの。……弱みを見せたくないから、泣きついても邪険にされるってわかってるから、誰にも話せなかったんだろ、そうだろう?」
ソロモンは彼の空色の目に映った自分を見た。彼の瞳の中の自分は、想像以上に子供らしい表情をしていた。
「でもね。そういう風なこと……プライドとか、不安とか、そういうこと抜きにして、自分がつらいんだって話せる相手の事をね、友達って言うんだ」
彼はそっとソロモンの頭を抱き寄せた。赤ん坊にするように、優しかった。
「ソロモン。ボクは君の友達になりに来たんだ」
円を描くような動きで、彼は今度は、ソロモンの頭を撫でた。
「…俺は」
「自分はまともな人間じゃなくて悪魔の子だから、天の使いなんて来るはずがない、とでも言いたいの?……そんなことないよ。君の心臓はちゃんと動いてるじゃないか。君はちゃんと息をしているじゃないか。そして、ボクはこうして、君のところに来たじゃないか」
天使がそういうたび、ソロモンは不思議と、自分の鼓動の音や息の音が普段よりも大きく聞こえているような気がした。彼はソロモンの後頭部をポンポンと叩いて「爪を噛むのはやめようね。君は、傷ついていい人間じゃないんだ。血が出てかまわないなんて、そんな人間じゃないんだから」といった。

「……名前は?」
「ボクのかい?」天使が言う。「ベリアルだ。よろしく」
「……そうか。ベリアル。その……」
ソロモンは言い渋っていたが、決意したように早口で言った。
「一緒にシクラメンを植えたいんだ。外まで、ついてきてくれないか」
「ああ、もちろん」
ベリアルは彼を抱きしめたまま、包み込むような優しい声でそう答えた。

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