FC2ブログ
 

クリスマス市のグリューワイン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

feat: Solomon 第五十九話


「(ベリアルだって人の事は言えんだろう)」
昨夜の事を、ソロモンは思い返していた。猫にいじめられたって言ったって子供の頃の話だ。
自分も覚えていなくはない。自分の大切な、唯一の心のよりどころだったシクラメン畑を猫にめちゃくちゃに荒らされたばかりか、そのせいでアブサロムに虐待されたことを。
だが、やはり昔の話だ。確かに猫にいい思い出ではないが、今はあのアブサロムなんてばかばかしくしか思えない存在だ。なぜ今頃になって、わざわざそんな事を言いだしたというのだろう。だいたいベリアルが猫を怖がる様子なんて見た覚えがないのだが……。
と言いつつ、確かに宮廷で猫を見かけたことがないのは本当だ。自分もいい思い出がないからわざわざ飼おうとは思わないし、ナアマはそもそも動物自体が嫌いだ。ヤツガシラにすら嫌な顔をする。
自分は、ベリアルの事も案外よく知らないのかもしれない。ソロモンはそう考えながら朝の廊下を歩いていた。
「陛下、おはようございます」
挨拶をする声がした。宮廷長のアヒシャルだ。ソロモンも彼に「うむ」と返した後、ちょうどいいとばかりに聞いた。
「アヒシャル、この宮廷に猫はいるか?」
「猫ですか」アヒシャルは真面目な男だ。王の突飛な質問にも、律義に返答する。「野良猫程度は、入ってきているかもしれませんが……」
「見つけ次第、追い出せ。私は猫は好かん。昨日も私の部屋まで猫が来た」
「そ、それは不注意をいたしました……以後、注意します」
とりあえず、ベリアルが猫嫌いなら王宮から猫はいないほうがいい。自分も、あまり好きじゃない。ヤツガシラ達も怖がる。
と、その時だ。
「あら、猫がお嫌いですの?」
後ろから玉を転がすような音が聞こえた、振り向くと、くすくすと笑いながらシバの女王がそこにいた。
「ビルキス様」ソロモンは急いで挨拶した。「ご機嫌麗しゅうございます」
「ええ、ご機嫌麗しゅう」
「猫ですが……ま、まあ個人的にそこまで好かんのです。子供の時分、嫌な思い出がありましてな……」
「あら、そうですの。申し訳ありませんわ、私は猫が大好きですもので、つい」
ふふ、とビルキスは笑う。ソロモンはなんだか、この相手の前で猫嫌いと意地を張るのが恥ずかしいような思いに駆られ、コホンと咳払いを一つした。
「お気を悪くなされたらごめんなさい」
「いえ、その台詞はむしろこちらが言うことです、女王陛下。猫も随分可愛らしい動物とは思っておりますよ」
「ええ!とても可愛いことこの上ありませんわ」
彼女は金色の目をキラキラさせていった。
「動物の中ではヤツガシラが一番好きですけど、その次に猫が好きですの!シバの宮殿でも何匹も飼っておりますのよ。私が女王だなんてお構いなしにふてぶてしい子たちばかりで、そこがとっても可愛らしいんですわ!」
「は、はは……」
ふてぶてしいという一言には賛同しよう。あのタマルの猫なんてまさにふてぶてしさを絵にかいたような性格をしていた。ソロモンは心の中でそう思った。それが可愛いと思うか否かは置いておいて。
「羨ましいですわね、どうせなら私のお部屋に来てくれればよかったのに」
「きっと先方もその方がお好みでしたでしょう。貴方にはあのヤツガシラたちもよくお懐きになるのですから」
ビルキスのそんな話を聞いていると、つかつかと早足でやってくる見知らぬ女性がいた。頭にベールがないことから、シバ人だと分かる。
中年の女性で、痩せていて隙のないキリリと整った顔立ちをしていた。艶やかな髪はきつく結われている。
「サラヒル」ビルキスが言った。サラヒルは「ごきげんようございます。女王陛下」とあいさつする。挨拶はシバ語だったが、ソロモンもシバ語はだいたいわかる。
それにサラヒルと言われたその女性は、ソロモンの方にも礼儀正しい挨拶をしつつ、若干たどたどしくはあるがヘブライ語で「ごきげんようございます、ソロモン王陛下」と言ってきた。
「ソロモン様、紹介いたしますわ。彼女はサラヒル。私の宮殿の宮廷長で、私の秘書でもありますの」
「ご機嫌麗しゅう、サラヒルどの」
「いいえ、もったいないお言葉にございます」サラヒルは礼儀正しく挨拶し、代わりに後ろのアヒシャルに言った。彼女の口調は非常にきびきびとしていた。男尊女卑の傾向のあるイスラエルと比べて女性がとても堂々としているのは、シバ王国の文化なのかもしれない。
「イスラエルの宮廷長様ですか?お伺いしたいことがございまして」
「は、はい、なんでございましょう」
「もし可能でしたら、女王陛下の貴賓室の水桶の件なのですが」
「水桶?」と、アヒシャル。
迎賓館の貴賓室には、常にクリスタルでできた、飲み水の桶を常備してある。暑い国で、飲み水が近くにないのは不便だからだ。
更にその飲み水は、花を浮かべたり、フルーツや、ハーブで香りもつけてある。だが、サラヒル女史はどうもそれに苦言を呈したいらしかった。
「ローズマリーの香り付けは、できればやめていただきたく思いますわ。女王陛下はローズマリーがお嫌いですの。食べ物に入っていても飲み込めない程ですわ」
「それはそれは……大変な無礼を」
アヒシャルが口を開く前に、ソロモンが率先して謝罪した。シバ王国からは何も聞かされていなかったが、事前に確認しなかったこちらの不手際であることにも変わりはない。
「まぁ、サラヒルったら……私が好き嫌いのある子供みたいじゃないの」もっともビルキスも、自分の目の前で秘書が暴露した内容い少し居心地が悪そうにしていた。どうやら真面目ではあるが、少しおせっかいなところもある秘書らしい。
「あまりお気になさらないで下さいませ、ソロモン王」
「いいえ……イスラエルの不手際には変わり有りません。以後、注意させていただきましょう」
「ありがとうございます」ビルキスと、サラヒルはそろってぺこりとお辞儀した。
「それと、ビルキス様……」ソロモンは、この気まずい空気に対して半ば反射的にこんな言葉を言った。「好き嫌いのあるのは、恥じる事ではありません。私もいい年をして食べられないものが沢山ございますから」
「あら、そうですの?少し意外でしたわ」
ビルキスは調子を取り戻したかのようにクスクスと笑った。


いつものようにヤツガシラの声のこだまするエルサレム王宮の庭園の中。ベナヤは自分を呼び出した相手の指定する場所に、迷わずに歩を進めていた
イスラエル王宮の庭園は、季節を問わずシクラメンが満開だ。その花弁の中を潜り抜けた先にある東屋で、彼女は待っていた。
「ベナヤ!」とナアマは彼を見つけるなり手を振った。彼女の膝にはレハブアムもいる。母の膝に頭を預けて。見事に昼寝中だ。床にはチャンバラ用の切れない剣のおもちゃが落ちててある。
「お呼びですか、王妃殿下よ」
「もちろんよ。さっ、ここに座って頂戴」
うきうきした顔で、ナアマは彼女の隣の席を叩く。言われるままに、ベナヤもここに座った。ついでに、床に落ちたレハブアムの件も拾って。
ナアマも、すっかり変わった。今の彼女は完全に、母親の顔をしている。もう自分の苦しみを倫理に外れた淫行で紛らわそうとしていた哀れな女性の面影はない。
自分がこのように王妃と並んで話すのも、もう慣れた。彼は今、全く自然に愛し合う女性と愛を語り合うことができる。
自分もいい年なのだし縁談の話もいくらでも舞いこんできてはいたが、ベナヤは都度、拒否していた。その時も大した理由は明かさなかった。
ひょっとしたら、何人かは自分と王妃の中を気付いているのかもしれない。だが、昔んベナヤならばそれに悩みもしただろうが、今はもうそんなことに悩むこともない。良いじゃないか。自分は今、幸せだ。王妃も、自分に愛されて幸せだ。そしてその幸せを、ソロモンが許してくれている。レハブアムも、父を愛し、母を愛し、そして自分を愛してくれている。
自分のように、主君の妻と道ならぬ恋をするものが、この世にあと何人いるだろう。何人いるかはわからないが、確実にわかることは、きっと自分はその中でも幸せ者の部類に入るということだ。世の中は広いのだ、いろいろな人間がいる。だから、こんな愛の形が一つあったところで構わないじゃないか。
「ねえねえ、シバの女王陛下にお会いしたんですって?」ナアマは開口一番そんな話を切り出してきた。彼女は最近、後宮に閉じこもり気味だったのだ。
「どんな方?噂通りに綺麗な方なの?」
「え、ああ、はい、まぁ……」と、ベナヤは口ごもる。自分もあの女王の美貌にほれぼれしたことは確かだか、そんなことを堂々とナアマの前で言うのも気がひけた。
だがナアマはそんなベナヤをからかうように笑って言う。
「あら、別に他意なんてないのよ。後宮でも侍女たちが噂してるの。とてもかっこいいし美人な女王様、って」
「そう言うことでしたか」ベナヤは少し意外に思った。女性と言うのは基本的に、自分より美しい者には嫉妬する存在だとばかり思っていたから、我々男は彼女を好ましく思いこそすれ、女たちは面白くないと感じているはずだと考えていたのだ。
女は意外と、男が思う以上に美人が好きな物らしい。
「イスラエルにはいないタイプの女性ですね。砂漠の民だけあって肌の色が黒いのもそうですが、陛下相手にも物おじせぬ非常に堂々としたお方です。シバは女性が強い国だと高官たちが噂しておりますから」
「強気な人ってこと?」と、ナアマ。
「いいえ。強気などという言い方は違いますかね……どちらかと言えば非常にこのイスラエルにも敬意を払ってくださっているように私には見えましたよ」
「なのに、物おじしないの?」
「ええ……そうですね。あ、そうだ。穏やかな物腰の中に、むしろ自信と誇りが感じられるのですよ。そう言った方は、余裕があるからかえってむやみやたらと他者を見下したりなどしないものです」
ベナヤは、彼女に対して感じたことをそう分析した。「ふうん……」と、ナアマは何か思っているようだった。
「そんなところが、イスラエルの女性には感じられない美しさを醸し出していらっしゃるお方なのですよ。侍女の皆さんにも、そう言った点が刺激的で輝かしいのではないでしょうかね?」
「そうなの……」
ナアマはまだ少しぼうっとしているらしかった。何かに、思いをはせているような。
別に王妃の立場だから会いに行こうと思えばいつでも挨拶に行けるはずではあるのだが。何かほかに感じるところがあるのだ折るか。
やはり、王妃の前で他の女性を褒めるのはデリカシーのない行為だったかもしれない。ベナヤがそう思いかえした時だった。
「ベナヤ将軍?どこですか」と、自分を探す声が聞こえた。
いけない。不倫関係をできるだけ悟られぬ範囲でなら、お前たちの中を認める、というのがソロモンとの約束だった。子守り対象の王子といるとはいえ、堂々とナアマといるところに部下を呼び寄せるのも気がひけた。
「王妃殿下、申し訳ありません……」
「いえ、いいのよ」
「あの、お気を悪くされたのであれば……」
「気にしないで。別に機嫌を損ねてるわけじゃないから。ただ考え事をしてるだけ……」
お仕事、頑張りなさいね。ナアマはそう言ってベナヤを送り出した。シクラメンの花弁が色とりどりに咲き乱れる花壇で、ベナヤは自分を呼ぶ部下を見つけた。
「閣下!」部下は挨拶する。
「どうした?何があったのだ?」
「は、実は閣下のお耳に入れておきたいことがございまして……実は、エジプトに移住しておりましたエドム王家の生き残りが、今エジプトに居ないとういう情報が届きました」
なに?ベナヤはさっと軍人の顔になる。
ソロモンは、最近エツヨン・ゲベルという港町で、新たに海運事業を始めたばかりだ。紅海に面する港町で、都市エイラートのすぐそばにある。ティルスの海運王ヒラムが快く協力してくれたのだ。
だが、そのエツヨン・ゲベルは元はと言えばエドムの土地だった。それを腹に据えかねて、という考えも十分にできる。
「警戒を強化せよ。王宮に、被害が及ぶことがあっては断じてならん」
「承知いたしました、閣下」
「……陛下もお忙しい中に飛んだ話が舞い込んできたものだ。……だが、お耳に入れぬわけにもいくまい」
報告しなければそっちの方がソロモンは怒るに決まっている。

ヤツガシラの声が聞こえる。ナアマはこの声はあまり好きではない。
「うーん、お母様?」と声がした。膝で寝ていたレハブアムが起きた。
「あら、おはよう。レハブアム、残念ね。さっきまでベナヤもここにいたのよ」
「えー、そうなの!?お母様ばっかりずるい!」
頬をプウとふくらます息子に笑いながらも、ナアマは考えていた。
女王、女王と言う称号は、アンモンになどないものだった。
それさえあれば、父は流れもののソロモンに等頼ることはなかった。姉か、あるいはもしかすると自分が王位につき、アンモンの家を絶やさぬようにと生きていたはずなのだ。ソロモンなどと結婚することは断じてなく……。
自信と誇りがある人間は、人を見下したりなどしない。ベナヤはそう言った。ベナヤにそんな悪意がないとは分かっていても、ナアマはその言葉で昔の自分を思い出さざるを得なかった。自分は昔、誰に対しても威張って何か失敗があると見るやいびる少女だった。
今の今まで、しかしそれは王家たるものの誇りの発露なのだ、と信じていた。と言うよりも、信じようとしていた。だがベナヤに言われたことで、やはりそうではなかったのか、と心に湧いてくるものがある。自分でも、薄々感づいていたのだ。自分はただただ、自分の立場に卑屈なのだと。
その卑屈さのおかげでソロモンの恨みを買って、結婚してからもぎすぎすした関係が続いているのだから、全く何も生み出さない感情だった。しかもその根底にあるものが誇りではなく卑屈だったのだから、より一層惨めだ。
シバの女王、ビルキス。自分より若いのに、彼女は自分で国を治め、嫌いな男と結婚する必要など微塵もなく自由に生きている。そして、それに強い誇りを感じて生きている……。
ナアマが彼女に挨拶することを渋っている理由を、彼女自身もどうもよく分かっていなかったが、きっとそれは自分の卑屈さゆえなのではないか、とナアマは感じていた。きっと彼女は、自分の目にも輝かしい存在として映る。ソロモンは惨めな奴隷に扮して自分に相対したけれど、彼女は最初から、女王としてこのイスラエルに来ているのだから。そして……その輝きに、自分の目が、耐えられないかもしれない。それが怖かった。太陽を直視していては、目がつぶれるのと同じ要領で。
世が世なら。ナアマは感じていた。世が世なら、自分もそうなっていたのに。
今手紙をやり取りしている父は、穏やかで優しい。ソロモンの事も、イスラエルの事も、褒めちぎっている。でも、自分がうんと小さい時、父はそうでなかった気がする。
かすれるような記憶の断片で、父は苦しみ悶えていた。イスラエル王ダビデに対する屈辱に……。
今の父、アンモン王ハヌンが穏やかなのは、きっと屈辱の果て心が苦しむことにも疲れてしまったから。ナアマは、ふとそんな考えが頭に浮かんだ。そんな自分の娘が最終的にはイスラエル王妃になったのだから、皮肉な話だろう。
そうだ。ナアマはもう一つ、思い出した。そんな父を、誰も慰めなかった。昔は分からなかったけど、おそらくはダビデを恐れて。
そんな中、一回だけ、ある人が父を慰めてくれていたのを知っている。名前は思い出せない。けれど、その人は確かに、そこにいた。自分よりは年上だったが、それでもまだ少年と言っていい年の男性がいたのだ。
父を慰め、そして自分にも言ってくれた。「あなたはアンモンの王女。何者にも恥じることはありません」と、幼い自分の頭を撫でて……。
彼の言葉と自分の卑屈が合わさった行為が、きっと昔の自分の態度だったのだ。ナアマはそう、自己分析した。この目の前の息子は、母のそんな顔を一切知らない。


スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。