クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第六十四話


牢獄のような空間だった。
太陽の光はわずかに差し込むだけの中で、少女はたった一人生かされていた。出して、と泣くのも疲れてしまった。少女は優秀であったから、もう自分を閉じ込めている人物が、いくらそんな泣き落としをされようとも心が揺らがないのだなどと言うことは、わかっていた。
彼女は静かに泣きながら、自分に向けられた言葉を思い返していた。
「こんな本が読めるのか、すごいじゃないか」
「外国語をこんなに早く覚えるなんて」
「こんなに計算が早いなんて。我々顔負けだよ」
そう言われるのが、彼女は容姿を褒められるより嬉しかった。この人は私の事をよりわかってくれているんだ、という気分になった。
「ねえ、おじさま。私も、おじさまみたいな商人になりたい」
そう言った時、彼は確かに笑って言ってくれたのだ。「ああ、きっとなれるんだろうね。私顔負けの商人になるだろうな」と。
嬉しかった。この人は自分を見てくれるんだ、と思っていた。
でも、違う。あの彼も、そして自分をここに閉じ込めた人も、誰も自分の内面など、見てはくれなかった。ただただ、世辞でしか、嘘でしかなかったのだ。本が読めるのも、外国語ができるのも計算ができるのも、皆皆、本当の事なのに。
「お前を愛しているから、ここで守っているのだ」閉じ込めた張本人は、そう言っていた。しかし、少女は思う。自分が賢いのだということも、商人になりたいのだということも分かってくれないのに、なぜそれが愛たり得るのだろう。愛と言うのはそんなものなのか、人は、そんなどうしようもない感情を賛美しているのだろうか。
そう思いながら、少女は暗い牢獄の中で生きていた。十四年前までの話である。

朝日と、神殿の方から聞け追てくる祈りの声とともにソロモンは目が覚めた。昨日は考え込みながら、いつのまにか眠っていたようだ。眠りながら、エイラットストーンの宝玉はしっかりと握りしめていたようだ。
そう言えばこれを彼女に渡す時に名前を拝借した自分の息子も、礼の河原から帰るとき遊び疲れて馬車で眠りながら、自分の宝にした石英を離そうともしなかった。ますます自分が子供じみているようで、ソロモンは勝手に辟易した。
もっとも子供でいるわけにもいかない。いつも通り鈴を鳴らせば衣装係りがやってきた。王の衣装を身にまとい、マントの上から王冠を被れば、彼は立派にイスラエルに君臨するソロモン王となった。
「王よ!」顧問のヨシャファトが言う。「アンモン王からの朝貢が届いております」
今日の朝一番の仕事はそれになりそうだ。
「よろしい。朝食を終え次第私もねぎらいの言葉をかける。アンモン王への礼の手紙も渡さねばな。彼らも十分に休ませて、食事の用意を」
「御意に」ヨシャファトはうなずいた。

ソロモンの義父でもあるアンモン王が朝貢の品を送ってくるのはいつもの事だったし、来る品物も相変わらず代わり映えしなかった。ソロモンはいつも通り、エルサレム王宮の近況や彼にとっては孫であるレハブアムのことなど、家族としてのプライベートなことも、イスラエルの状態についてもそれなりにしたためた手紙をアンモンのハヌン王に送った。だが昼前にそれを直接渡しにアンモンの使いの荷馬車を見た時、ソロモンはふと、違和感を感じた。
普段の者よりも、荷馬車が大きい。その上来ている荷物の量は変わり映えしない。少し変だな、と感じたもののアンモンにもそれなりの事情があっていつもの荷馬車で送れないことなどままあるだろう、と、大して気にも留めなかった。

「王子様、困ります、ちゃんと上着をお召なさいませ!」
「やだよー!捕まえれるもんなら捕まえてみろ!」
その声を聴いてまたか、とベナヤは心の中で苦笑した。彼は背の高い体を、柱に隠す。そして柱の隅を通り過ぎようと致死穴影が動いた、その時、ベナヤがその陰の首根っこを掴む。
「ほれ、お言葉通り捕まえましたよ」
「ベ、ベナヤ……」
レハブアムは目を白黒させている。衣装係がようやく追いつき、「ああ、ベナヤ閣下、ありがとうございます」と言った。
「いえいえ、なんの」
レハブアムは熱がりなのか、パリッとした厚手での上着を切るのを好まないのだ。彼はもがいていたが、ベナヤが軽く押さえているので抵抗ん添いようがなく、渋々衣装悪化利に着せられるままになった。
衣装が狩りが去ってからも、レハブアムは不服そうだった。その場で脱ごうとしていたが、ベナヤが「はしたないですぞ」と止めるから、それもできない。ぐずる彼を、ベナヤはおぶいながら王宮の庭を散歩することにした、こうすると王子は落ち着きやすい。
「なんで着たくないもの着なきゃならないいんだ、ベナヤ?」
「王子殿下は恵まれておいでです。城の外には、そのような上着を着たくても着れない子供がたくさんおられるのですよ」
「じゃあ、そいつにこれあげたい!」レハブアムは迷わす回答した。ベナヤは思わず苦笑する。「殿下は優しい王になられるでしょうな」
シクラメンの花弁に包まれた王宮をぶらぶら歩いているうちに、ようやく王子のわがままも収まってきたようだった。レハブアムはふと、有る茂みの中のベンチを見て「あ」という。
「お休みしますか?」
「ちがう!ねえベナヤ、お前、母上のこと美人だっておもうか?」
レハブアムは唐突にそんな質問をした。いや、彼の中では唐突ではなかったのだ。昨日、母とシバの女王がそこれ語らっていたのを、内容は途中から飽きて聞かなかったまでも、場所は覚えていたのだから、それから連想したまでの事だ。彼は幼い時から、意味は分かっていなくとも、ベナヤと母が親密な様子をずっとそばで見ているのだから。
「えっ?」ベナヤは当然素っ頓狂な声を出したが、すぐに微笑んで「ええ、思っていますよ。王妃殿下は美しく、素敵なお方です」と言った。
「そっかー!じゃあ、えーっと」
「なんです?」
「今、父上のお客さんの」
「シバの女王ビルキス様、でしょうか?」
「そうそう!その人もきれいだね!ベナヤもそう思うか!?」
三歳の王子にも、美人な女性というものは分かるのか。ベナヤは今一度それが面白くなり、自分の答えを云う前に「殿下も、あのような女性を美しいと思われますか?」と聞いた。
「うん!僕が大きくなってお嫁さんにするなら、あんな人がいい!」
「そうですか、それはそれは……。そうですね。私も彼女の事は、大変にお綺麗な女性だと思いますよ」ベナヤは落ち着いた声で言った。「しかし」と、その後に深い思いを込めた言葉を告げたすのを忘れることはなく。
「それにも勝って、私の目には王妃殿下が麗しいお方に見えます」
ベナヤにとってそれは、嘘偽りのない本音だった。
難しい理屈などいらない。自分の心は、もう王妃のものだ。どんな絶世の美女だろうと、自分にとってナアマ以上に輝いた女にはなり得ない。
王妃は世間一般で言う美人ではない。それは知っている。だがたとえこの世の他人がみんなお前の目は節穴だ、というのなら、喜んでその節穴を誇ろう。
わがままで、自信がない。けれども本当は愛情深くて、可愛らしい方。そのような王妃の素晴らしさを見れなくなるくらいなら、この節穴に人並みの目玉が入ることなど喜んで拒否しよう。
柄にもなく、そんな詩人じみた文句を心の中でベナヤは唱えた。レハブアムは目をキラキラさせて「だね!お母上も綺麗だね!」と言った。
そんなレハブアムを見て、ベナヤは思う。やはり幼い息子にとって、母以上の女などいなかろう。それが、普通だ。自分の母を殺せたソロモンが、何もかも異常だったのだ。

アンモンの使者たちが帰ってからさらに数日たった。彼らが少し大きな荷馬車で来たことなど、ソロモンは別段気にも留めていなかった。
代わりに悩むべきことなどいくらでもあった。ソロモンはここの所、はっきりとビルキスとの別れを怖がっている自分がいるのを自覚できる。彼は、一人で思案したいからと人払いをして、自室で考え込んでいた。
夜の会食のたび、彼女がいつそろそろ国に帰ると言いだすのがという恐怖に駆られる。しかも自分はそれを押しとどめるすべも持たない。自分のもとに留まってくれ、という言葉は、彼女以前に自分が激しく恐れる言葉だ。
なるほど、ばかばかしい。ベリアルの言ったことも最もだ、と自嘲的な気持ちが湧いてくる。何が神から授かった知恵であろうか。今の自分は、神すらも侮辱しているのではないかという気分に駆られる。
こつこつ、と扉が叩かれた。「今は誰にも会いたくはないと言ったはずだが」ソロモンは鋭い声で言った。扉の向こうからは、召使の声が聞こえてくる。
「はっ。ご面会ではございませんが、お手紙をどうしても、と」
「手紙……」
ソロモンが不承不承扉を開けると、そこにはシバ王国のサラヒル女史が立っていた。彼女は一礼し、恭しくソロモンの手紙を渡す。
「我が女王陛下からでございます」
綺麗に丸められた羊皮紙からも、ビルキスが普段衣に焚き染めている乳香の匂いが香るようであった。彼女からの手紙と言うことははっきりわかった。
サラヒル女史が何か言うのを聞くまでもなく、ソロモンはその場で封を切って目を通した。彼女のヘブライ語は見れば見るほど完璧で。良く学んでくれたのだということが見て取れた。彼女は自分がふさぎ込んでしまっていることを、大変に心配している用だった。
ああ、とソロモンは思う。やはり、この人は違う。自分の周りの全てと。この人はその場に居ずとも、ただしたためた字の流れだけれ、自分の心を休ませてくれるのだ。悩み悩んで疲れていた心が、一気に春のような幸福感に癒されていく様子だった。まさに、その悩みの大本たる人物からの手紙であるというのに。恋と言うものは実に理不尽な感情である。
「大変ご苦労だった、サラヒル殿」ソロモンは、たどたどしくしかヘブライ語を話せないサラヒルのため、シバ語で話す。「今すぐお返事をしたためよう。少々お待ちを」
「は……陛下」サラヒル女史も安心したのか、シバ語で返答してきた。話し慣れている原語で話す彼女は、ヘブライ語で何とか話しているよりも数段きりりとして見える。きっとこれが、彼女の本質だ。
「僭越が許されるのであれば、一言このサラヒルからお頼みしとうございます」
「ぜひとも」何とか落ち着いた彼は、彼女の言葉を聞く気になった。
「よろしくば……できる限り、女王陛下とともにいて欲しゅうございます」サラヒルは控えめに、しかし確固とした信念を持ち、ソロモンにそのように頼み込んだ。
「陛下がお気を病まれている中、無理にと言う道理もないことは重々承知の上でございます……ですが、我々は、いつまでも、この素晴らしい国にはいられません」
「ええ」ソロモンはその言葉を聞いた動揺を悟られまいと、なるべく冷静な声色で返した。幸いなことに、サラヒル女史のその発言に、帰りの日程が決まったことを示唆する意味はないらしかった。
「しかし、女王陛下が直々にこの国へゆきたいと申しましたのも、全てはソロモン様、貴方のお噂を聞き、貴方に直接お会いしたい、あなたの統治する国を見たいとお思いになればこそ。私にとって女王陛下は女王陛下でありますが、娘のように愛らしく思っている方でもございます。……できる限り、私は女王陛下の望みをかなえて差し上げたいのです」
女史は言葉こそ事務的で冷静だったが、その視線までは理性的でいられない様子であった。彼女は半ば必死さすら込めて、ソロモンを見つめていた。
「イスラエルの交易品も、交易の利益も、陛下から賜りました紅海の港の利権も、ヒラム王への紹介も、掛け替えなき女王の宝にございます。しかし……一番望まれたものは、それではありません。ソロモン王陛下」
その言葉を聞き、ソロモンは言いようのない気持ちに襲われた。しかし、強いて言葉を選ぶのであれば、半ば素っ頓狂なその感情は、どこか温かみがあった。彼は半ば反射的に「よくぞ伝えて下さった。サラヒル殿」と言った。
「私も大切な客人に無礼を働いたものだ……私とビルキス女王の仲だと言うのに、歩いていける同じ宮殿の中に居ながら返事の手紙など、他人行儀が過ぎる。サラヒル殿、貴方方の昼過ぎの太陽礼拝が終わり次第、私の方から迎賓館に赴かせていただこう。万が一、女王陛下がそんな私に無理をさせてしまったのではないか、とお気になさるご様子でありましたら、こうお伝えくださるまいか。貴女からのお手紙の一通は、このソロモンの心の憂いなど百遍吹き飛ばしてもまだ有り余るものです、と」
サラヒルは凛々しい目を嬉しさに輝かせながら「お伝えさせていただきます!……陛下、無理を聞いて下さり、ありがとうございます」と言った。その目を見て、ソロモンは一足遅れてわかった。先ほど湧いてきた感情は、嬉しさだった。
自分が彼女とともにいることを望むように、彼女も自分と共に居ることを望んでくれている様子なのが、嬉しかった。
「いいや。何が無理なものか。このソロモン、あなたの女王のお望みの者なら、なんであろうと差し上げる所存であるというのに」
妙にするりと、ソロモンの口からその言葉が出た、言い終わった時、ヨシャファトがこの場に居たら自分の発言に心配を持つだろうか?と思った。
だが後ろめたさは感じなかった。国益を搾り取られるかもしれない、という疑問はわいてこなかったのだ。その感情を肯定しているのは、何を与えても彼女に気に入られたいという欲求よりは、彼女は、自分がこのイスラエルの利をいかに考えているかを理解してくれているはずだ、という信頼であるように思えた。

言葉通り、ソロモンは昼過ぎに迎賓館の広間に赴いた。ビルキスは自分の来訪を、喜んでくれたようだった。
「もう、およろしいのですか、ソロモン王」
「ええ。貴女の思いやりのおかげでね」
ソロモンは、彼女の胸元にエイラットストーンの首飾りが煌めいていることに気が付いた。「おお、良くお似合いになられる……美しい宝石は、美しい人が身に纏えばその輝きもひとしおですな」
「陛下も身に纏えばよろしゅうございますわ」ビルキスは軽く笑って言った。
「その透き通るような赤い目に、青緑の宝石の色の取り合わせは、きっととても色鮮やかですもの。赤と緑は良い組み合わせですわ」
なるほど。ソロモンはその言葉に納得した。しかし自分の赤い目にこれが似合うのではないか、など始めて言われたことだった。其れを伝えると、ビルキスは笑って「そうですの?もったいない」と言った。
やはり、ビルキスと話していると楽しい。どんなたわいのない事でも、あるいはどんな味気のない事でも。そうだ。自分は彼女の美しさに惹かれたわけではなかったっけ。彼女と言葉を交わした晩餐の瞬間、心が焼けつくような感覚に襲われたのだった……。
と、その時だった。ソロモンはちくりと視線を感じた。生憎と子供時代の感で、このような負の感情を貰うことには鋭くなっている。とはいえそれは自分がかつて受けてきたような憎しみ、さげすみ、そんなものから比べれば、ただただ正か負かで言えば負に傾いている、という程度の随分可愛い感情だった。
その視線の主はすぐわかった。じっと部屋の隅で護衛達と共にビルキスを見守っている、シバの商人タムリン隊長。彼は深いあご髭に隠れるように、じっと自分たちの方を見ていた。
自分が女王に持っている気持ちが、ばれているのだろうか。ソロモンはそう思った。半ば申し訳ない気持でもあった。

ソロモンがどうやら落ち付いた様子であることに、ベナヤは安心した。
部下たちの報告を一挙にまとめて聞いたベナヤは、ソロモンに「異常ありません」と報告する。先日が安息日であったので、報告量は二倍だが、幸い悪い知らせはなかった。
「そうか、ご苦労だった。返って休め」
いつもの通りの返答をソロモンからもらって、ベナヤも踵を返す。レハブアムに挨拶してから帰宅しようか、と考えていた、まさにその時だ。
王宮に、駆け足で駆けこんでくる男がいた。ベナヤはあまり顔を知らない男だった。彼はエイラットの兵隊だ、と言った。
「エイラットの?陛下に何の用だ」
「お目通りを、閣下!」彼は焦った口調で言う。ベナヤもただ事ではないとみて、彼を急いでソロモンの元に連れて行った。
ソロモンも、彼を見るなり異常事態を感じたのだろう。ここ数日の何かに悶悶としていた様子はどこへやら、緊迫した空気を身にまとい「何事だ?」と言った。
エイラットの軍人は、震える声で言う。
「エイラットで、反乱がおこりました!」

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