クリスマス市のグリューワイン

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

feat: Solomon 第六十五話


命からがら逃げだしてきた、と、その兵隊はエイラットの反乱について語った。
「異国人の仕業のようでした……」震える声で、彼は語る。彼の舞台は、壊滅してしまったそうだ。
エイラット、およびエツヨン・ゲベルの乗っ取りが、彼らの目的であるかもしれない。そこまで志向が至った時、ソロモンとベナヤは顔を見合わせ、うなずいた。
「……ハダドの仕業かもしれん」と、ソロモン。
「ベナヤ!お前を隊長に任命する。今すぐに出発し、鎮圧せよ」
「はっ、陛下!」
ベナヤも、こんな事態で帰宅の事を考えられるほど呑気ではない。エイラットまでは遠いのだ。急いでも4,5日は覚悟しなければならない。一刻の猶予もありはしない。彼は急いで王宮の部下を招集せよ、帰宅したものも王宮に呼び戻せ、と指令をかけに部屋を出て行った。
「陛下、では、私も……」
「うむ。ご苦労だった」
傷ついた様子のエイラットの兵士も、ソロモンはひとまず引き下がらせた。
日が落ちて日も改まるころ、エルサレム王宮に仕えるイスラエル軍は、たいまつをともして急いでエイラットへ旅立った。

松明の群れがエルサレムの市門を抜けて、南へ、南へ進んでいった。どかどかと激しい馬の走る音は、静かな夜の空気により一層響き渡るようだった。
「うー、うー」
それはハダド達が根城にしている廃墟の娼館にも、わずかながら届いてくるようだった。ツェルアは音には敏感なのだ。そのような音に反応し、部屋の隅で怯えながら唸り声をあげている。ネバトはそれをなだめていた。
「落ち着け……作戦が上手くいっている証拠だ」
そのとき、アジトの扉が叩かれる。愛言葉のやり取りが交わされて、扉が開く。ハダドと、レゾンが現れた。
「どうだった?」
「文句なしだ。エルサレムの鎮圧隊が、大かた南へ行ったようだな……」と、レゾンは言う。彼の口調は、部屋の隅で獣のように唸るツェルアに怯えつつ、見下している様子であった。彼女の事も、そんな彼女を庇う自分の事も。
「よし。それでは作戦は、明日、日が落ちた時に……」
「貴様、なぜ私たちに指図などする?貧民ごときが。これはハダド様の復讐だぞ」
この男は元王族のハダドには敬意を払うのに、自分たちの事は見下す。まあ、貧しい生まれの身だ、仕方がない、ともネバトは思う。そう言った扱いをされることには慣れている。
「すまなかったな……」とネバトが言いかけるや否や、ハダドが言った。
「レゾン……お前が今回従ったこの作戦、私ではなくネバトが考えたものだぞ」
なっ、とレゾンは言葉を失う。「私は彼のその発想に敬意を持っている。頼れる味方だ。その身分一つを持って、私たちと対等になれぬ存在と呼ぶのは、余りにも浅はかな事」
歯噛みするレゾンの隣で、ハダドは続けた。「ネバト。お前もお前だ。なぜこの男に何か言ってやらない」
「これ以上喧嘩になったら、あの子も起きるし、ツェルアももっと怯える」
「お前が絶えていれば済む、ということか……」ハダドは言う。
「レゾン。ともかくもお前の非を認めろ。和を失っては作戦に支障が出る」
レゾンは震える声で、「……すまなかった」と言った。だが頭は下げなかった、その程度が、彼にできる最大限だった。
ハダドはため息をつく。
「レゾン。私とネバトは少し寝る。お前は見張りをしていろ。ハダド。ツェルアをそろそろ寝かしつけてくれ。こいつが起きていたらレゾンもさらに気に障ろう」

そう。その三人は、今だエルサレム近郊の貧民街にいた。
ベナヤの目指すはるか南、エイラットなどではなく。

夜が明けた時、ソロモンの元にビルキス女王とタムリン隊長がやってきた、二人とも、心配そうな顔をしていた。
「ソロモン王」口を開いたのはタムリンの方だった。「昨晩、お宅の兵士たちが大勢出て行きましたが、何かありましたかな……?」
「申し訳ない。国の端の方で、反乱がおきましてな」
ソロモンは包み隠すのは返って無礼かと、あえてあるがままのできごとを語った。ビルキスは柳眉をひそめて「なんてこと……」と言う。
「せっかくいらしっている中、きな臭い状況で誠に申し訳ない。一刻も早い殲滅をしてまいります」
「反乱は、どこに?」と、ビルキス
「エイラット、およびエツヨン・ゲベルです」
「私たちが行ったあそこに……」彼女は何処か悔しそうに言った。
「いずれにしても、シバ王国に帰るにあたっての道のりでもある。安全のため帰ろうにも帰れませんな……」タムリンも頭を抱えつつ言った。
申し訳ない、とソロモンが謝ろうとした矢先、ビルキスは少々とげのある口調で自分の部下をしかる。
「タムリン。イスラエルが大変な時に一足早く帰ろうなどと、シバの女王の名に泥を塗るつもりなのかしら?」
「女王陛下……」
「ソロモン王。いつでも力がお入り用な際はお申し付けくださいませ」彼女はきりりとした表情で、ソロモンにそう告げる。「お忘れなさいますな。シバの女王はあなたの盟友ですわ」
「は、ありがとうございます」ソロモンは謹んでその言葉を受けた。ただ、正直な話、反乱がおこったのは不意打ちではあるが、別に状況は絶望的とも感じていなかった。
先日の男に聞いた限りの情報からは、必ずしも敵は多くないようだった。エイラットに駐屯している兵だけでは魔兼ねなかっただけの話。エルサレムからの本体を送ればすぐにどうとでもなるであろう反乱の規模であることは分かっていた。
ハダドという男が、エジプトに亡命しファラオと関係を結んでいたことは分かっている。だが、ファラオはハダドの反乱の後ろ盾にはならないだろう、とソロモンは読んでいた。ファラオにとっては最近経済成長を続けるイスラエルは面白くなかろうが、正面切って戦争を仕掛けるほどのものでもないだろう。それよりは、お互い油断有らないと憎みあいながらも、表向き平和な関係を続けていた方がお互いにとって損はない。と、先方も理解しているはずだ。
だが、ファラオの軍に大きな動きがあったという話も聞かなかった。ファラオがこの反乱の代替的な後ろ盾になっているならさておき、それがないならあまり怖い話でもなかった。ダマスコの賊レゾンがついているとはいえ、ヒラム王の言うとおり、彼の力もそこまで恐れるものではないと、彼の情報を呼んだ結果ソロモンは判断していた。

事実、エルサレムはしばらく何もないままだった、残った兵士で王宮、および王都の警備に警戒態勢を敷かせはした。
ナアマはベナヤが急に戦場に行ってしまったことに非常に気をもんでいたが、他の王宮の人間たちはおおむねこの鎮圧を楽観的に見ていた。
第一、そんな忘れ去られてしまったような王族の復讐などより、彼らが意識せねばならない出来事がある。
つまり、その時はすでに、仮庵の祭りの期間中であったのだ。仮庵の祭りと言うのは、ユダヤ人がエジプトから逃げ出した際、荒野で仮庵に住まったことを記憶にとどめ、記念するための式典である。
エルサレムは巡礼客でにぎわっていた。祭りの期間中でも鎮圧戦に当たらくてはならない兵士たちには気の毒だが、まあそこは背に腹は代えられないことだ。ともかく誇り高いユダヤ人たちは、勝てるはずの戦よりも、民族の誇りにかかわる祭りのほうが心事だった。

ほどなくして、仮庵の祭りの八日目、最も祝うべき日がやってきた。ベナヤの舞台からの報告によれば、そろそろエイラットについているころだ。ソロモンはベナヤの安全と鎮圧の史回向も神に祈らねば、と思いつつ、エルサレム神殿で開かれる聖なる集会に行った。
輝く神殿は、既に人でいっぱいだ。その中、一番前の席にソロモン王の席は誂えられていた。内陣から離れた所にも、特別な咳が用意されている。イスラエルの伝統の祭りをどうしても見学してみたいというビルキス女王の頼みを、ザドクが快く効きいれたおかげで用意された席だ。女王も、無理を聞いてもらった相手に対する礼節と言うことで、今日はイスラエルの風習に従い、神殿中の女がそうしているように、黒く長い髪にスカーフをかぶせていた。
ナアマはイスラエルの宗教を何年たってもあまり好かないらしく、出席はしない。ソロモンの隣には王妃の代わりに、大勢の高官たちが座った。一番隣となったのはヨシャファトであった。
祭司ザドクがやがて歩みでる。彼は厳かな髪への祈りの文句を唱えて、果物や穀物が山のように、華やかに積まれた祭壇の中にひときわ立派に坐している屠られた仔牛に、火をつけた。
仔牛を乗せた炉から、肉の焼ける臭いをかき消すように甘いにおいが立ち込める。入稿の香りだ。先日、シバ王国から送られた最高品質のものだ。
ユダヤ人たちはパチパチと音を立てて天に昇っていく甘い煙を見、香りをかぎつつ、神に感謝の祈りをささげた。ソロモンも、先ほど感じたことを心の中で神に祈った。
神よ。今の私を、貴方は誤ったものと定めるだろうか。
もしもそうであるなら、どうぞ示したまえ。ただ、このあなたの愛するイスラエルには、どうぞあなたの祝福がありますように。永遠に……。
そうして儀式が終わりを告げようとした時だった。ふと、動いた影があった。

今日は、仮庵の祭りの本祭であるはずの日だった。
それに出席できなかった自分の部下たちは本当に気の毒だ。それにあの腕白レハブアムが、大人しく儀式に参加しているかどうか。
そんなことを気にもめるほど、予想通りエイラットの鎮圧はあっさり終了した。いっそ拍子抜けなほどだった。
「ありがとうございます、将軍閣下!」
エイラットに駐屯していた兵の隊長が頭を下げる。
「頭と思しきものは、いないようだが……」
「ハダドですね。残念ながら取り逃がしてしまいましたか」
「部下を数人おいてゆきます。明朝、エルサレムに帰ります。ハダドを取り逃がしたとなればまだ油断のならぬ状態だ」
「御意にございます、将軍閣下」
エイラットの兵隊の長はぺこりと頭を下げた、ハダドはすぐに部下の中から一足早く早馬を飛ばした。
「神に祝福された期間に、とんでもないことになってしまった」と、ベナヤ。
「ひとまず、今日のところは仮庵の祭りを祝いましょう。イスラエルの無事を神に祈願して……」
「ええ」
遥か遠く、南と北にはなれたエイラットの地。ベナヤは、まさかエルサレムがそんな呑気な事を言っていられる状態で亡くなったことなど知る由もなかった。


今にも祭儀が終わろうかという頃、神殿の中で立ち上がるものがいた。それも一人二人ではなく。何だ、無礼な、とイスラエル人が思ったのもつかの間であった。
「イスラエルに、滅びを!」
彼らはそう叫び、一斉に剣を抜いた。

神殿の中はたちまちパニックになった、民衆が我先にと外に逃げ出そうとする中、武装集団は裏腹に、神殿の奥底、祭司や王のいる所に魔数具と駆けていく。
ソロモンも、先方の思惑のあらましに気が付いた。しまった、エツヨン・ゲベルの件は囮だったのか!
図られた。これが、目的か。将軍であるベナヤと、本隊をエルサレムから引き離すことが!
エルサレムに残るなけなしの護衛兵達が剣を抜き、彼らと切り結ぶ。「ザドク、ヨシャファト、逃げろ!」ソロモンは叫んだ。しかし逃げろと言ってもおいそれと逃げられるまでもない……。
そんな時だ。「皆様、こちらへ!」と、高い女性の声が聞こえた。振り向くとシバの女王がいた。自分についてきた護衛兵を大量に引き連れて。
「王宮まで私共がお送りいたします、おいでください!」
「ビルキス様、恩に切ります」
ソロモンは早口で礼を言った。武装集団はなおも襲い掛かって来たが、肌の黒いシバ追う億の護衛兵達はイスラエル兵とともにそれに切りかかっていった。
「お前たち!落ち着き次第、誰でも良い、至急エイラットのベナヤに連絡を!」
ソロモンは早口で指示する。複数の声が重なり合って了承した。
何とか外に出て、彼らは馬車に乗り込み、馬に鞭を入れた、馬はものすごいスピードで走りだす。と、同時に、狼藉者たちは一斉に神殿から蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「待て!」イスラエル兵とシバ兵が追いかけるも、仮庵の祭りでただでさえごった返している上にパニック状態になった人ごみは、狼藉者とは言えどただの人間にすぎない彼らをあっという間に隠してしまった。
彼らは言葉は通じ根を顔を見合わせて、ひとまずひとまとまりになって、自分たちの君主の後を追った。

命からがら、彼らはエルサレム宮殿についた、門番にすでに話は伝わっているらしい。門があき、彼らは一息つく。
「油断した」ソロモンは歯噛みした。「何が知恵に満ちた王……こうも簡単な術策にはまるとは」
「しかし、おかしくありませんか?」と、ビルキス。彼女は歯噛みするソロモンを、半ばなだめるような口調で言った。「あなたが予想できていない規模の事だから、起こり得たことではないのでしょうか」
「私が?」
「ええ。きっとあなたの想像の外で、まだ、何かの要素が……」
その時だ。
「賤しい羊飼いの子め」
怨嗟に満ちた声が聞こえた。しまった、王宮すらも!ベナヤがおらず警備が手薄になった王宮など、彼らにとっては砂上の楼閣にすぎないというのか。
銀色の剣がひらめき、一人の男が現れた。疲れを感じる老いた目をしていても、歴戦の軍人であることを物語るその逞しい体はいささかの衰えも見せてはいないような男……。
「わが主君ハダドエゼル様の仇を、誇り高き、エドムの王子ハダド様の仇を!」
亡国ツォバの将軍、レゾンだった。
ソロモンの顔にも流石に冷や汗が流れた。自分は武器など持たない、丸腰だ。
レゾンがひらりと切りかかって来る。その時だ。ひらりと飛び出し、鈍色の剣をレゾンの剣に叩き込む存在がいた。タムリン隊長だった。
「タムリン!」
「女王陛下、どうぞ安全なところにご避難を!」
タムリンはレゾンの斬撃を遮りながら必死で叫ぶ。レゾンがちっ、と舌打ちする。銅も自分と切り結んでいるこの老人、只者ではないということに感づいたらしい。
「わ……我々からもお頼み申します、陛下。お逃げ下さい!」ザドクも言った。
「今は陛下の見にお危害が及ばぬことが何よりの先決!」
「貴様らはどうするつもりだ」
「王宮は占拠されている様子ではございますまい。増援が来ればどうとでもなります、我々は王宮を守っております!ともかくも陛下はご避難を!」
「……かたじけない!」
ザドクの言うことには確かに無駄はなかった。ソロモンはビルキス女王の手を取り「女王陛下よ、こちらへ。安全な場所にお連れします!」と言った。
「え、ええ……」
「ご心配なく、王宮からごく近くです」
ビルキスがシバ語であいさつすると、シバの衛兵たちはシバの女王とイスラエルの国王を守護せんと、数人集合した。ソロモンの手引きで、彼らは馬に飛び乗り、王宮をまず出ようとした。
だが、その時だ。
ひゅん、と夜空を咲く音がした。弓の音。
パニック状態の城下町の喧騒は王宮にも届いていて、そんな小さな音は、とても聞き取れるものではなかった。
ソロモンすら、それを聞き取れなかったのだ。聞き取れたのは、女性の声。
「ソロモン様、危ない!」
それが、自分の傍らにいる女王の声だと、一瞬理解ができなかった。
穏やかで、理知的で、知性に満ちた彼女。いつも笑っている、余裕に満ちたシバの女王ビルキス。
そんな、自分が今まで見てきた彼女には似つかわしくない声だった。焦燥、恐れ、必死さ、それに彩られた、感情的な声。女神のように美しく取り澄ましている彼女がこんな声を出せる人間であることを、ソロモンはその時まで認識していなかった。
トン、と軽く突き飛ばされたような感触を感じ、そして次の瞬間、ソロモンは気が付いた。ビルキスの体に、矢が突き刺さっていた。
それは先ほどまで、自分がいた位置だった。

スポンサーサイト

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。