クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah  第三話

彼を見つけたのはオバドヤという名前の宮廷長であった。アハブは彼に、まだイスラエル国内で残っている水源地や牧草地帯の調査にあたらせていたのだが、そんな彼が急に帰ってきて言った言葉が、ハイファの地でエリヤを発見した、と言うことである。
腕利きの斥候でも見つけられなかった彼が見つかったことにむろんアハブは驚いたが、疑う心の余裕も残ってはいなかった。彼はイゼベルとともにハイファに向かった。ハイファに差し掛かるころ、エリヤは馬車を待っているかのように悠々と枯れた大地に腰かけていた。自分の家であるかのように彼は自然に荒野に鎮座していた。

ハイファについて彼を見るや否や、アハブより先にイゼベルは金切声をあげて衛兵に彼をとり押されるように命じた。「死刑にしておしまい!」と彼女は叫んだ。
エリヤは衛兵にあっという間に押さえつけられてしまったが、それでもなお余裕の表情で「おいおい、俺が何したってんだよ」と言った。
「なにをいけいけしゃあしゃあと!イスラエル全土に呪いをかけ、バアル様の力を封じ込め、何人もの群衆を殺した殺人鬼のくせに!」
「イスラエル人が死んだことには俺も追悼の意を示すぜ」彼は言った。「神様だって辛いはずだ」
「お前がやったことです!」
「違うね、俺は何もしちゃいねえ、神様がしたことだ。馬鹿にゃ見せなきゃわからんからな」
イゼベルは完全に興奮状態になり、「死刑にしなさい!今すぐ死刑に!死刑!」と怒鳴り散らした。アハブは急いで彼女に「まあ、落ち着きなさい」と言い、エリヤに向かい合った。
「お前が、イスラエルを煩わすものかね」
「俺じゃなくてあんたらにこそ、その呼び名はふさわしいんじゃねえのか。俺たちは神様に救われた民だろ。なのにそのことも忘れて、神様からもらった戒めを棄てて、あんたらはバアルなんていう異国の神に従っている」
アハブはその言葉には特に言い返さず、言葉を続けた。
「エリヤとやら。このたびの干ばつの被害は甚大だ」
「おうよ」彼は当然のように言い返した。
「この干ばつをお前のせいだということもできる。また、お前の責任だからお前が何とかしろと命じることも、私にはできる。だが、それ以前に、気になることがある。三年前にお前は、自分が私たちのもとに現れる時、イスラエルの干ばつは終わるといったな」
「ああ、言ったね。確かに」
「今すぐ、干ばつを終わらせられるというのか」
「終わらせるんじゃねえ。そもそも神様が干ばつをそろそろ終える、っつったから、それを伝えるために俺がここにいるんだ」
「では」
アハブがそう言いかけた途端、イゼベルが怒鳴り散らした。
「わが君様!魔術師の言い分なんぞに言葉をお貸しなさるのですか!お前、お前はバアル様を侮辱し、イスラエルを絶望に追いやった殺人鬼です!王家はイスラエルのため、イスラエルを守るためお前を殺す義務があります!」
「考えること止めてんのか?王妃さんよ」エリヤは嘆息してそういった。
「俺を殺してなんになる。第一、お前の大切なバアル様はこの三年、雨の一滴でも振らせてくれたのか?」
「バアル様の力を奪ったのもお前です!」
「人間ごときに力奪われるようじゃ最初から神でも何でもねえんだよ」エリヤはイゼベルを睨みつけてそう言った。
「おだまり!」
イゼベルはヒステリックにわめいた。
「バアル様を侮辱して!もし本当にお前の神が神だというのなら、その力をお見せ!今すぐに!」
彼女はアハブの制止も聞かずに、あつらえられた椅子から立ち上がってエリヤに詰め寄った。
「ああ、いいぜ」エリヤも負けずにイゼベルに噛みつくように言う。
「なんならあんたらの神官と勝負して見せてもいいんだぜ?そしたらどっちが正しいかっつうのもはっきりするってもんだ」
アハブはお互いに一歩も引かないイゼベルとエリヤの間に口一つはさむことすらできなかった。宗教のために人が意固地になるということはもちろん彼は知ってはいるが、ここまで熱心な二人が揃うとこうも面倒なものかとアハブは嘆息した。

結局エリヤの挑発に乗ったイゼベルのおかげで、数日もせずその勝負とやらが開かれることになってしまった。イゼベルのもとにつくバアルの神官団も彼女に負けず劣らずバアルに心酔しているものたちだったので、誰もかれも乗り気でエリヤに敵意を向け、アハブは一人だけ冷める自分に疎外感すら感じた。
「集められるだけのイスラエルの民と、イゼベルのお気に入りのバアルの神官全員」をカルメル山に呼び寄せるというのがというのが、エリヤとイゼベルがそろいもそろって出した条件だった。アハブは配給のついでと思い、水とワインとパンを用意してイスラエルの人民に来るよう呼びかけた。予想以上に大勢の人々が押し寄せた。
イゼベルの神官団は四百五十人にのぼり、皆大挙してハイファにやってきた。
彼らは一人だけのエリヤを笑ったが、エリヤも負けじと彼らににやりと笑い返した。エリヤは人々の中に潜り込んで、王宮の時のようによく通る声で叫んだ。
「あんたら、いつまでどっちつかずのままでいるんだ?」

彼の発言は、三年前と全く変わり映えのしない勢いを持っていた。その証拠に、配給にがっついていたイスラエルの人民は皆食べることをやめ、吸いつけられるように彼に視線を集めた。
「ここ三年間、あんたらはもともとのイスラエルの神はもちろんのこと、あんなに熱心に信じてたバアルの事も信じるのをやめたな。結局あんたらの中で神って言う存在はいるのかいねえのか、神はイスラエルの主なのかバアルなのか、全くはっきりしやがらねえ。だからよ、今ここにいるバアルに仕えるバアルの神官団どもとイスラエルの神に仕える俺がどっちの神が本物なのか、あるいはどっちも存在しねえのか、それを見せる。バアルが本物だってわかったなら、それが真理だ。そっちに従えばいい。そしてアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神が本物だってわかったなら、昔通りの信仰に戻って、またイスラエルの主を崇めるべきだ。そうじゃねえのか」
誰も、一言も言葉を発しはしなかった。エリヤはさらに続けた。
「そこでだ!雄牛を二頭、用意して貰いたいんだ。奴らに一頭、そして俺に一頭」
彼は一段上がったところに積み上げられてある薪の山を指さした。予めエリヤが用意していたものである。
「奴らと俺が、それぞれ雄牛を神への生贄に捧げるとしよう。ただし、普通とは違って生贄を焼く火は使わねえ。神が本当にいるんなら、そんなもの使わなくても生贄の一つくらいは食べられると思わねえか?」
彼をそう言って、少し少年らしさの残る笑顔をイスラエルの人々に向けた。人々はその言葉を聞き、しばしの間顔を見合わせた。
「面白いんじゃないか」誰かがそういった。やがて他の人々も乗り気になり「面白い趣向だ、ぜひやれ」とはやし立てた。誰もエリヤの言葉を真に受けているわけではなかったが、ただなかなかどうして面白そうではあった。本当に神が直接捧げものを食べられるんなら、ぜひ見たいもんだな、とはやし立てる声が上がった。ただでさえ、三年の間笑顔というものはイスラエルから消え去っているに等しいのだ。はしゃげるのならば、人々は何でもよかった。それに、皆どちらも牛を本当に生贄にできるとは思っていないのだから、牛を食べることができる、程度にも考えていた。「俺のを使え」と急いで牛を引っ張ってこようとする近場の農家の男にエリヤは礼を言った。
「それでいいか、あんたら」と、礼を言い終わった後エリヤはバアルの神官団に振り返って言った。
「かまわん。バアル様に不可能はない」
「そうかい。じゃ、あんたらのほうが大勢だから祈りも届きそうなもんだし、あんたらが先にやんな。俺はちょっくらすることがあるんだ」
エリヤはそういうと、少し離れたところに行き、一人で何らかの作業を始めてしまった。


エリヤが何を始めたのかいぶかしがりながらも、バアルの神官団は例の農家の男が引っ張ってきた雄牛を受け取ると手際よく屠殺し、薪の上に載せて、あらかじめ運んできたバアル像を設置して祈りの場を整えると祈りの儀式を始めた。
「偉大なるバアルよ」彼らは祈りの文句を唱え始めた。
「我々に答えてください。この捧げものをお受け取りください。あの傲慢な異教徒の男をのさばらせませぬよう」
バアルの祈りはかなりの激しさを伴うものである。彼らはただ祈るだけではなく、歌い、踊り、そして叫ぶように祈った。
祈りがエスカレートしていくにつれ、彼らは楽器の激しい演奏に合わせて刃物で彼ら自身の体を傷つけ始める。これも、伝統だった。痛みの中でこそ神と一体化できると彼らは常日頃言っていた。大声と喧騒、狂乱状態の祈りの中、彼らは何度も何度も、バアルの名前を叫び続けた。
「バアルよ、我々に答えてください」四百五十人の祈りが一斉に湧き起こる。何回も、何回もだ。

だがしかし、何も起こらなかった。
バアルの神像は何も答えず、ただそこに鎮座していた。屠られた雄牛もただ祭壇に上にあるだけだった。
音楽が少し止みはじめたころ、民衆の中から野次が飛んだ。
「おいおい、おったいいつになったらバアルは答えてくれんだ?」
それを皮切りに、一気に野次は激しくなった。「そもそも祈ってくるもんなら、ここ三年の間に雨の一つでも降らしてみろってんだ!」「とっととその牛食わせろ、腐っちまうぜ」「お前らみたいな男どもの踊り見ても、なんも楽しかねえな」彼らはしたたかワインに酔って、そうはやし立てた。
彼らのヤジのおかげで、もうバアルへの祈りどころではなくなった。
イゼベルは「なんと下品な!」と不快そうにしたが、その声は民衆のヤジにかき消されてしまった。
「ははは、バアルは牛を食う気分じゃねえのかな。それとも意外と人見知りなのか、あるいはぶらっと旅にでも出ちまっているのか。それとも昼寝してるのかもしれねえな。相当寝起きが悪くて、こんな音でも起きなかったり」
不意に、そんな声が聞こえた。民衆たちはどっと笑って「そうかもしれん!」「バアルのかみさんは大変だろうな、毎朝旦那を起こすのに」とはやし立てた。
「はは、ま、バアルは神らしいからな、呼べば聞こえるんじゃねえのか、呼べば」
そういいながら現れた例のからかい声の主は、エリヤだった。ようやく自分の作業を終わらせたと見えて、作業に使ったと思しき例の杖は泥がたっぷりついていた。

「エリヤ、貴様!」バアルの預言者たちは叫んだ。
「どうする。まだ続けるかい?お前たちがいろいろやってる間に俺の方の準備もできた、いつでも大丈夫だぜ」彼は笑って、自分のぶんの雄牛に近づいた。
「手伝うか?」
「ありがとな、自分でやれるから大丈夫だぜ。でも刃物は貸してくれるか」
エリヤはあっという間に大きな雄牛を押さえつけ、男から借りた短剣ですぐさま数か所を切り裂き、暴れる間もなく絶命させた。なかなか見事なもんだな、と言われて照れくさそうにエリヤは笑った。
「さてと、俺の祭壇はこっちだ。ついてきたい奴はついてきな」エリヤは雄牛を引きずると、民衆に言った。彼らはもはやバアルの預言者たちには興味を無くしていて、興味津々にエリヤの後についてきた。

彼が指差した先は、少し高いところに設置された、ほとんど壊れた石の祭壇だった。それをエリヤがなんとか周りの石でなおしたらしく、ごつごつしてて不揃いではあったが一応祭壇の体裁は整っていた。石は十二個で、ちょうどイスラエル中に部族の数と一緒だった。また、祭壇の周りにはエリヤが自分の杖で堀ったと思しき溝が掘ってあった。
エリヤは雄牛を薪を積んであった祭壇の上に乗せると、「水瓶を持ってくるから、手伝ってくれねえか。溝を水で満たすんだ」と周りの人間に言い、自分は水瓶のある場所に行った。物好きな若者数人が、彼の後について行って、水瓶を運んだ。
彼は祭壇の上に水をまいて、溝に水を流した。「もったいねえな」とヤジが飛び、エリヤはそれに「すまねえな」と軽く返した。
エリヤは太陽を一度見上げると、祭壇のそばに立ち、民衆に呼び掛けた。
「あんたら、これがなんだか、知っている奴はいるか」
急に、彼は今までのおどけた表情から打って変わって、真剣な表情になった。
「これは主の祭壇だ。つい二十年も昔には、まだ使われていた。でも今ではこのザマだ」
エリヤはボロボロになった祭壇を指さして言った。
「ボロボロになったのは、この祭壇だけじゃない」
彼は睨みつけるような目つきで語った。
「何人も、死んだ。バアル信仰を広めるために邪魔という名目で。今、この場にきているバアルの神官は四百五十人。それ以上が死んだ。イゼベルに殺された。ただ、先祖の神を守っていただけで、殺されたんだ。俺みてえに生意気な真似もしりゃしなかった。ただ祈って、子供たちに律法を教えていただけで殺された。バアルを信じねえだけで殺された。なんてこたあねえ、ここ数十年の話だ」
エリヤのぼろぼろの頭巾が風に大きくなびいた。「はっきりさせようじゃねえか。この祭壇がこうなったことに、何百人も死んだことに、理由はあったのか」
彼は大きくなびいた頭巾を翻して祭壇のほうに向かい、響き渡るような重々しい声で叫んだ。
「アブラハムの神、イサクの神、イスラエルの神!主よ!貴方がイスラエルにおいて神であらせられることを、俺が貴方の僕であり、全ての事を貴方の御言葉によって行ったことが、今日明らかにならんことを!俺に答えてください!主よ、答えてください!そうすればこの民衆たちは、主よ、貴方が神であり、彼らの心を元に返したのは、貴方であることを知るでしょう!」
その祈りの言葉が終わると同時に、激しい光が目の前に降ってきた。稲妻だった。
凄まじい音を立てて、大きな稲妻が空から降り注いだのだ。空には雲一つないというのに、稲妻が沸き起こった。そしてそれが、彼らの見ている前でエリヤの築いた祭壇に直撃したのだ。祭壇は一瞬のうちに燃え上がり、たちまち牛は焼けこげ跡形もなくなった。溝に流した水すらも、あっという間に蒸発した。

何が起こったのか、民衆たちは最初、理解できなかった。熱、光、音、全てが信じられないほどの大きさで、彼らの目の前に巻き起こったのだから、無理もない。しかし、しばらくして彼らが認めたのは、燃え上がる祭壇と、それを見つめるエリヤの姿だった。
彼らは、野次を飛ばす気にはなれなかった。稲妻の衝撃が、彼ら全員を体の芯から揺さぶっていたのだ。彼らは全員、腰を抜かした。
「主こそ神だ」
ふと、長い髪を三つ編みに編みこんだ一人の少年が言った。
「主こそ神だ」彼はもう一度、言った。それに共鳴するように、「主こそ、神だ」と恐る恐る言う声が一つ、二つと増えていった。
「主こそ神だ、主こそ神だ、主こそ神だ」やがて全員がそう言い始めた。彼らは腰を抜かしたままそこに跪き、燃え盛る祭壇を崇めた。


「決まったな」
エリヤはバアルの預言者たちを睨みつけると、その場に立ち尽くしたまま、彼らにも聞こえるはっきりとした声で言った。
「一人も逃がさん」彼は怒りをあらわにして言った。そして、天を仰いだ。
それと同時に、いくつもの稲妻が巻き起こった。逃げる暇さえ与えられず、バアルの預言者たちは次々に稲妻に打たれて倒れていった。全く瞬間的な出来事だった。彼らの死体は枯れ川のキション川に転がっていき、次々と折り重なった。
世界を飲み込まんとするほどの轟音と閃光の降り注ぐ中、エリヤは稲妻を自在に操るように預言者たちを打ち続けた。
最後に、バアルの神像が残った。最後の最後に稲妻に打たれたそれは、全く何の抵抗もすることがなく、粉々に砕け散った。


エリヤはフラフラと歩くと、アハブのもとにやってきた。
「アハブ」彼は少し、疲れたように言った。
「落ち着いたら、あの余った方の牛食べて宴会でもやんな。俺はちょっくら行くところがある。雨の音が聞こえるんだ」
そういうと、彼はまたお辞儀もせずに彼のもとを去っていった。イゼベルは彼を殺意のこもった眼で睨みつけたが、彼は一瞬その視線を受け止め、さっさとどこかに行ってしまった。信じられないほどの早足だった。



その後、アハブ達が牛を食べていると、激しい豪雨が降り注いだ。三年間降らなかった分の水を一気に落としたかのような大豪雨だった。アハブはひとまず別邸のあるイズレエルまで帰ろうとし、神官団の死体をぼんやり見つめているイゼベルを引っ張って急いで馬車に乗ったが、突然の雨に気を取られて馬車は思うように進まなかった。
ふと、馬車のそばを何か風のようなものが駆け抜けていった。あまりに速かったので、アハブは野生動物かと思ったほどだ。
「エリヤですわ」イゼベルが言った。
「エリヤ?」
「ええ、エリヤが今、私たちの馬車を追い抜いて行った」
イゼベルはこの世の憎しみというものを一身に集めたかのような表情で、すでに見えなくなったエリヤを睨みつけた。
「覚えておいで、エリヤ。お前も殺してやるから。私の可愛い彼らと同じ、いや、それよりも惨い殺し方をしてあげるから」

後日、イゼベルはイスラエル全土に、エリヤを見つけ次第殺せと命令した。エリヤはまた、姿をくらましてしまった。降り続く雨は彼の行く手を隠しているかのようにも、アハブには何となく思えた。

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