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クリスマス市のグリューワイン

feat: Solomon 第六十七話

ソロモンは気が付き、自分がいつの間にか眠っていたことに気が付いた。体がひんやりと冷たくなっている。マントにくるまって床の上で眠っていたらしい。
街が騒ぎになっている様子は、少なくともここからは聞こえない。炎の明かりも届かない。「レバノンの森の家」は全く静かなままだ。
明かりはともされたままで、パチパチと燃える炎の音だけが響く。ソロモンは無垢理と起き上った。
「おや」
寝台のビルキスも起きていて、上体を起こし、じっと部屋の中の一角を見ていた。
「傷が痛みますか」
ソロモンが声をかけると。彼女もソロモンが起きていたことに気が付く。
「いいえ……」静かな中、彼女と自分の声だけが反響した。薄く、孤独で、どこまでも、彼ら以外が存在しない空間だった。
「あの木……」ビルキスは、部屋の端に立てかけられていた木材を見つめて言った。
「あの木は、何の木からとれたのです?」
ソロモンは目を瞬かせて、明かりの名観見える木材を凝視した。あれは見覚えがある。まだ神殿を作っていたころ、ヒラムが困ったことがあったと自分のもとに持ってきたものだった。
枝ぶりのよい木から切り出し、軽く木目も美しい割に非常に丈夫で、是非とも材料に使いたいと言うのに、妙なことに間尺がどうしても合わない、というのだ。どうも、物差しを当てるたびに寸法が狂う、と。寸法が狂っては使いようがない。それでも木材としては上質だから、ソロモンも何かには使えるだろうと思い、何とはなしにここに保存しておいたのだ。
ソロモンはその話を包み隠さず聞かせた。話していて、荒唐無稽な話だと思ったが、そのような遠慮は思い浮かびもしなかった。遠慮と言う概念が、この閉鎖された武器庫からは消え去ってしまっているようだった。
「あなたのご判断は、きっと正しいでしょう」ビルキスはぼそりと呟く。「あの木に、いつかお人がつるされます。偉大なお人が」
「偉大なお人……」
「ええ。その人は、貴方の子孫なのです。貴方の王子、レハブアム様のご子孫です……」
ビルキスの言葉も言葉で、これまた荒唐無稽な返事だった。もし、ここに記録係りがいたのなら、こんな会話は歴史の発端に残すことでもないと判断しただろう。傷の痛みと精神的疲労を感じた二人が、ぼんやりとした頭で少しばかりの狂気に似た感情にほろ酔いながら交わす会話のようであった。
だが、ソロモンはその言葉の全てが、信じられる思いだった。
「その方は自らの死を持って、ユダヤの王国を滅ぼすこととなりましょう……」
「では、私の子孫がユダヤを滅ぼすものと言うわけですか」ソロモンはただ、教師に言われたことを復唱する子供のようにそう言った。ビルキスも「はい」とだけ返した。
「私、先ほどまで眠っておりました」ビルキスは独白した。
「聞こえました。見えました。夢のように朧で、詳しいことは何も思い出せないのです。しかしこれを夢と片付けてはならぬ、と私に語りかける声がありました。お人が架けられていたのです。罪人のように辱められたお人が。ですがその場の人は皆彼の死をあざ笑っているのに、その世界は身も世もなく、彼の死を泣き叫んでおりました……」
「神の声を聴いたのでしょう」
ソロモンは静かに、そう言いかえした。
「神とは」
「あなたの望む神の名をお言い下されば」
「それは、貴方のお言葉に相応しからぬご発言。理性と礼儀は英知を美しく着飾らせても、決して英知に勝るものへはなり得ません」ビルキスは言う。「私は『どなたの』神の声を聞いたと思われるのですか?」
「……ユダヤの歴史など、わがイスラエルの神が最もよくご存じです」
ビルキスはそれを聞き、小さく息を吐いた。
「……貴方は、神のお言葉を聞いたことがあると……」
「ございます」ソロモンは即答した。
「歴史に語られる英雄たちのように頻繁にでは有りません。しかし片手で数えられるほどですが……私は確かに、イスラエルの神の愛に包まれた瞬間を知っております」
「そうですの……」ビルキスは目を細めて、ソロモンの赤い目をじっと見た。
「貴方のお知恵をお聞かせくださいな。私のように太陽を崇める国の女王に、主は御心をお伝えになりますの?」
「なります」ソロモンはそれに対しても、すぐに答えた。
「ビルキス様。他国は我らイスラエル人の事を、誇りに満ちた迎合せぬ民族だと言います。しかしこの私の身には、二重に異国の女の血が流れております。我が父の曽祖父、さらにその父は、どちらも異国の女性に惚れこみ、彼女を心底愛しました……」
ビルキスはそれを聞き、目を瞬かせた。初耳であったのだろう。
「父の曽祖父は、モアブ人の寡婦を。その父は、エリコの娼婦を。しかし彼らの間に生まれた愛を、神は祝福したもうたのです。異国の女が神に愛されるのであれば、預言を聞くこともできる事でしょう」
「彼女らは」ビルキスは言った。「生まれながらには、イスラエルの神と相容れぬ存在だったというのに?」
「彼女らは改宗しました。そしてそれ以上に、ユダヤの男を強く愛しました」ソロモンは、彼女の純金の瞳の視線を捕えたまま、囁いた。
「どう生まれたかなど、どう生き、どう死んだかに比べれば、豆粒一つの価値もございません。主なる神は、それをご存じであるまでの事」
ビルキスはそれを聞き、しばらく黙っていた。
「……けして、忘れられぬ記憶となりそうです」彼女はそう言う。
「イスラエルの神……」
彼女は自らに言い聞かせるように、時折その材木を眺めながら、とぎれとぎれにその名を呟いていた。蚊の鳴くような声が、孤独な武器庫の中に響く。
「また、神殿へ連れて行って下さい」彼女は言葉を切り、言った。
「貴女のお望みとあらば」
そう言ったソロモンに、ビルキスは再び向かい合って、言う。
「ソロモン王。貴方も、異国の女性を愛されましたか」
言葉の通りにとらえれば、それは王妃ナアマの事である、と考えるのは無難なはずであった。もしも彼が律儀な男に治るとするのであれば、「はい」と、世にはびこる色男のまねを遷都するのであれば「いいえ」と、その異国の女性がナアマであることを前置き素つつ言えたはずだった。
だが、ソロモンはそのような考えにも及ばなかった。彼はただ、じっと彼女の瞳を見つめたまま「ええ。愛しております。歴史の偉大なる先人たちが、神を、民族を愛するにも並び立つほど、愛したように」と返した。
彼女も、その異国の女性がナアマであるか、などは聞かなかった。自分であるか、とも。その代わりに彼女は、その発言の後少しばかり沈黙の名が出た空間の中「今日は本当に静かな夜ですこと。外は満月が照っておりますのに」と口を開いた。
「わがシバの風習では、男はこのような夜に狩りに出るな、と言われております」
「ほう、何故ですかな?」
「シバには精霊がいるのです」ビルキスは物語の語り部よろしく、眩惑的にソロモンにその言い伝えを語った。
「普段は聞く耳持たず見る目も持たぬ精霊も、このような静かな晩には、男の来たことを聞き分けます。このような明るい晩には、男の顔を見分けます。精霊は、男に恋してしまうのです。そうして美しい幻を見せ、男を虜にしてしまうのです」
「それで、男が外に出てはならぬと」ソロモンはふ、と軽く笑った。
「だとするのなら、残忍な風習だ。静かな満月の夜など、一年に数えるほどしかない瞬間。それなのに、その晩にしか愛を感じられぬ哀れな者達の愛を、奪い去ってしまうなど」
「……精霊に愛された男は、愛に身を焦がし破滅する、と、シバの物語は伝えておりますわ」
「男の罪を女の罪に、貴族の罪を奴隷の罪に、人の罪を人ならざる者の罪に置き換えることで、物語とは作られるもの。ビルキス様。あなたもきっと、ご存じのはずでありましょう」ソロモンは薄く微笑みながら言う。
「人間の女に焦がれても、彼らは滅んでいましたでしょう。滅ぶ程度の愛でしかなかった、そのような愛しかできはしなかった。ただそれだけのことですよ」
ソロモンは、ここまで穏やかに微笑んだことなど、ないような気がした。本当に、心が安らかだった。その空間の中で、自分の全てを肯定で来た。
この場は、自分がいるべき場。他の誰のものでもなく。今、この「レバノンの森の家」でビルキスと向かい合うこの位置には、神の手によって世界が生まれて以来、自分しかたつことを許されぬ場であったのだ、と、彼は思うことができた。
「ありがとうございます」
なにがしかに、ビルキスは礼を告げた。会話は、そこで終わった。ともし火の明かりが消え、「レバノンの森の家」の中は暗闇になった。高い窓から差し込む満月の光が、ただ存在している程度の、暗い夜。

医者を呼ぶわけにはいかなかった。
ナアマはソロモンの側室たち(とはいえ、全員ダビデの側室たちをただ引き継いだ形で、皆一様に年を取っており、子供が今さら産める体ではなく、本当に形だけだった)とは離れた、広い個室が後宮内にいくつも与えられている。気が付けば、無我夢中でハダドをそこに連れ込んでいた。側室たちは皆怖がって自分の部屋の奥に引っ込んでいってしまっており、気づかれないのはたやすい事であった。
蚊の鳴くような声でハダドが指示する通り包帯を巻き、ようやくハダドは落ち着いたようだった。
「ハダドさん……」震える声でナアマは言った。
「先ほど、神殿で暴動があったと」
「ええ」
「あなた……なんですか?」
「そうですとも。ナアマ様」
ナアマは気が動転した。自分をアンモン王女たらしめる誇りを作ってくれた、ごく幼いころにあった少年。その彼と、まさかこんな形で、唐突に再開するなど思ってもみなかった。
「ハダドさんは……夫を、殺すために帰って来たんですか?」
「ええ。貴方は小さかったから、私の事情もご存じではなかったでしょう」と、ハダド。
「あなたが我が仇、その息子たるものの正妻になっているなど、思ってもみなかったが……」
ナアマはなぜだか、罪悪感に胸が張り裂けそうであった。しかもそう言う言葉とはかみ合わぬほど、ハダドは穏やかに自分を見つめていた。イスラエル王妃になった自分を蔑むこともなく、はるか昔に自分の頭を撫でてくれた少年と寸分たがわぬ目でナアマを見つめていた。
「ハダドさんがそんなに苦しんでいらっしゃる方とも理解しておらずに、あの時は、私……」
「立派な王妃になられましたな」ハダドは呟いた。
「御小さかったあなたの事、今もよく覚えております。あなたは本当に立派になられた。王族の名に恥じぬ女性に」
「そんな……違います。ハダドさん」ナアマは弱弱しく言う。
「いくらでも……誇り高く、美しく。王族を名乗るにふさわしい方がこの世にいくらでもいると言うのに……私は、王族であると言うだけ」
「王族である。その望んで得られるものではない血統を誇らずして、なにを誇れと言うのですか」
ハダドは彼女の卑屈にかぶせるように、そう言った。そしてよろよろと手を伸ばし、ナアマの頭にポンと手のひらを置く。ナアマがごく小さい子供だった時と同じように。
「少しも変わってはおられない。貴方は誇り高きアンモンの王女ですよ。ナアマ様」
その彼の言葉を聞いて、ナアマの胸は懐かしさにときめいた。彼も、何も変わっていなかった。
「私を手当てしてくれたのは光栄に思いましょう」目を伏せ、ハダドは言う。「惨めな芋虫の姿で、憎む男の前に引き出されずに済む」
「引き出す……」ナアマははっとした。「何故、そのような!」
「おや、ナアマ様。貴方はイスラエル王妃として、夫に従う義務があるでしょう」ハダドは小さな子に言い含めるような優しい声で、そう言った。富も安穏も何もかも捨ててイスラエルに帰ってくるような復讐の鬼にはとても似合わない、優しい声。しかしナアマはそれに違和感を覚えなかった。優しかったのだから。彼女の記憶に残るハダドは、優しい少年でしかないのだから。
「私は、貴方の誇りを傷つける真似などしたくはありません。愛する夫を殺そうとした男を、どうぞお引き渡し下さい。貴方に助けてもらえた、立派な夫人となられた貴女を目にとめることができた、それだけで私は満足なのですから」
愛する夫?その言葉が、ぐさりとナアマの心をえぐった。
この人がいたから、自分はなけなしの誇りでも持つことができた。ソロモンは、自分の園誇りをすべて奪い去ってしまった人物であるというのに。
「愛してなど……おりません」
夫人としての矜持があるのならばありえないほどにすぐ、その言葉はナアマの口から出た。
「愛などありません……私にも、あの人にも。あの人はアンモン王の娘婿の座が必要だっただけの事……ただそれだけ、結婚しただけの夫婦ですから……」
「そのような……」
「……ハダドさんも、あの人に恨みを持たれているんですね……」
胸が締め付けられる思いだった。ソロモンの事を愛したことなどない。一度もない。ずっと、酷い人だと思っている。そのような相手のために、自分に昔誇りを与えてくれた人が、苦しめられている。彼への復讐のために、ここまでの大けがを負っている……。
ナアマは一息おいて、そして言った。
「ハダドさん。私は夫より、貴方を取ります」
「ナアマ様!」ハダドは小さくはあるが声を上げる。
「貴方を見殺しになんてできません。ここにいらして、お怪我を治してくださいな。私が何とかいたしますから……!」
ハダドは、しばらく黙っていた。沈黙が流れた。
「……ハヌン様は、私の反乱をご存じです」ハヌンはぼそりと言う。
「それどころか、協力してくださいました。今回の騒ぎも、ハヌン様のご助力あっての事」
「お父様まで!?」
「ええ、あのお方も、イスラエルに膝を折らざるをえなかったお方……あの忌々しきダビデの時代に」ハダドは呟いた。「アンモンが独立を失った時、まだあなたはほんの幼い頃でしたから、直絶後存知ではないでしょう」
「……お可哀想なお父様」ナアマは呟く。「娘をイスラエルの王妃にするなんて……本当は、やりたくもなかったでしょうに」
「ハヌン様に連絡は取れますか?」ハダドは聞いた。
「エルサレムからラバまでの往復なら、イスラエルの軍隊がエイラットから帰ってくるまでに間に合うはず。至急、私が大けがをしてここにいるとお伝えください」
「ええ、分かりました。もちろんですわ」
ナアマはばたばたと、書くものを取りに行く。

一人になって、ハダドは薄笑いを浮かべた。
遣った。どうにか、首の皮一枚繋がった。
「まったく……レゾンも頼りにならん。あんな老人一人に手間取りおって……」
敵の場内に居るのは危険極まりないが、少なくともナアマが自分を捨てることはないだろう。しおらしい振りをして同情させたかいがあった。
この際だ、親子そろって協力してもらおうじゃないか。これぞ獅子心中の虫。ソロモンも、まさか自分の妻と反逆者が直接つながっているとは思うまい。
彼が顔をほころばせた時だった。その時、窓の外に視線を感じた。
馬鹿な?ここは3階だ。驚いてみると、なんということはなかった。暗闇に、目が光っていた。猫が窓辺に座って自分の事を見ていただけだった。
人間ではなく安心したものの、じろじろ見られるのが不愉快になったハダドは、猫を睨みつけた。自分の悪意を感じ取ったように、猫の方もくるりと身をひるがえして夜の闇の中に消えていく。
不気味なものだ……とハダドは思った。その時、一つ違和感を覚えた。猫が何か、加えていたような……。厨房から魚でも盗み出した後なのだろうか?

夜が明けた。
「お加減はいかがですか」と、ソロモンはビルキスに党、彼女の血は止まっていたようだったが、傷口のふさがり具合がどうも芳しくなかった。
「ご心配なく。すぐ治りますわ、貴方のお薬が本当に効くんですもの……」彼女はそう言う。
「安静になさってください。治療は私にお任せを。事態が拡大してさえいなければ、ほどなくして迎えが来るでしょう」
そんな会話をしたのち、武器庫に会った食料で簡単な朝食を澄ますと、ビルキスはもう一度寝るといった。安静に、とソロモンが言ったとおりに。
ソロモンは薬草の棚を探し回りながら、思案していた。やはり確かにおかしい。
ファラオはハダドに味方していない。それは確かなはずだ。例のエイラットから来た伝達役は、間違いなくエイラットに駐屯しているイスラエル兵だった。言葉にも嘘らしい物は見受けられなかった。第一嘘の反乱なら昨日までには綻びが出ている。
もしも嘘ではなく本当にエイラットで反乱がおこっていたとするのなら、おかしい、昨日の暴動と合わせて、ハダドにそこまでの人数を一気に動かせるだけの兵力や資金があるのだろうか?
誰かがハダドに味方をしているはずだ。自分やヒラムが掴んでいない人物が。ソロモンは考え込みつつ、調合に必要なものをかき集めた。
帰ってみると、ビルキスは言葉通り寝ていた。彼の方も薬の調合にかかった。そう言えば、昨日から今日にかけて、こんな静かな環境に身を置くのも王になってから初めてではないか、と思う。このようなさびしい空間で薬をかき混ぜていると、昔に帰ったようだ。
もっとも、昔は自分の隣に人などいなかった。昨夜の自分達の会話を、ソロモンは覚えている。覚えているということは、きっとあれは夢でなく現実だ。
何とも荒唐無稽な話をしたものだった。自分までも、傷の熱に浮かされていたのではなかろうか、と思う。
部屋の端に目をやると、例の木材が黙って壁に背を寄りかからせていた。この木に、誰かがつるされるのか。ユダヤの王国を滅ぼす、罪人が。自分の血統から出るものが……。ダビデ王家の紋章たる指輪をはめた指が、きゅっと痛むような気がした。
「薬が出来ましたが」
だが、今の自分にはどうしようもない。彼はそのぼんやりとした恐怖を和らげんと、寝ていると分かっているビルキスに話しかけた。彼女はまだよく寝ていて、帰ってきたのは静かな寝息だけだった。
ソロモンは手持無沙汰になり、身をひるがえそうとした。と、その時、彼の目には異常なものが移った。
ビルキスはいつも、床に引きずるほどの長いドレスとローブで身を覆っている。だが、寝台に躍った彼女のドレスの裾から、彼女の脚先が見えていた。いや、そこから覗くものなら足先であろう、が、にわかには信じられないものだった。
黒檀のように輝く、獣のひづめのようなものが覗いていた。靴のようにも見えない。それはまさに、動物のひづめであった。すやすやと寝起きを立てる、美しい人間の女性。そんな彼女から、生えているはずがないもの。
ソロモンは目を疑った。しかし意識は確実に現実いあった。彼は半ば衝動的に、恐る恐る彼女のドレスの裾をまくり上げた。
そこには、その蹄に相応しい、動物の体毛が映え、関節の位置が人間のそれではない……まるで、山羊か、ロバのような二本の脚があった。
「(ビルキス様……?)」ソロモンの脳が混乱する。
ちょうどその時、ビルキスが小さく声を上げて寝返りを打った。と、同時にだ。その獣の脚が、すっと変化した。
蹄が消え、手と同じように桃色をした爪のはまった小さな足になる。ふさふさの体毛も消え、人間の肌になった。そこに現れたのは、全く上半身と一つながりとなるに相応しい、細く均整のとれた、美しい人間の女性の脚だった。
「(シバの女王、あなたは……?)」
シバには精霊がいるのです。昨夜彼女が言っていた言葉が、はっと意味深に彼の頭の中で反響した。訳の分からぬ思いを抱えながら、ソロモンはそっと、彼女のドレスの裾を元通りにした。

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