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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第七十三話


ソロモンは、盟友たる二人の王にベナヤの伝えてきた目撃情報を話した。ヒラム王は当然「その男は……?」と考え込んだ。ソロモンにとっても、それは疑問だった。危険を冒して逃がそうとするにはある程度は重要な人物であろうが。
だが、ビルキスが口を開いた。
「ソロモン王、口を挟んでもよろしくて?」
勿論、とソロモンが言うと、ビルキスは静かに言った。
「実は私も独断で、先夜、エルサレムに護衛兵を放っておりましたの。彼らが、わずかながら会話を聞いたことを、私に報告してまいりましたわ」
驚くソロモンとヒラムに、ビルキスは真剣な顔で続けた。
「その男……恐らく、エドム王家のハダド本人ですわ」
「なんですって!」ソロモンもさすがに驚く。
「む……つじつまが合わないでもないかもしれん」と、ヒラム。「詳しいことは知りようもないが、ダビデ殿の治世の前後であればたしかエドム王家とアンモン王家は家族のように懇意にしていたはずだ。貴方の妻と旧知の中と言うのも、有り得る話かもしれませんぞ」
「なるほどな……」ソロモンは呟く。「ではおそらく、レゾンとタムリン殿が切り結んだ日、奴も刺客の一人としてエルサレム宮殿にいたのか。そこから何かしらあって、ナアマのもとに滞在していた……と」
「とにかく、一刻も早く奥方様はアンモンに返すことですな」ヒラム入った。ソロモンも「もちろん、準備は進めております。明日にでも送り返しますよ」と言う。
「それにしても執念深い……」ヒラムは呟いた。「その例の日、王宮は占拠されていただけでもなかったらしいではないですか。反乱のかなめとなろうと言う自分が、敵の本拠地の中に乗り込みますかね……」
「たしかに……ハダドは、そんな男なのかもしれませんな」ソロモンは、ふと、そのヒラムの発言から思った。
「奴が望むのは、ただの失地回復ではないかもしれません」彼は唇に細い指を添えつつ、そう言う。
「二人とも、私はエジプトのファラオなに問いかけて、わずかな情報を漁って、ハダドについて考えていたのです。あそこにハダドもいたと仮定すると……ハダドはおそらく、直情的で、自分の信じる正義に忠実な男。理屈以上に自分なりの倫理を取るような、そんな男のように思えるのです」
うむ、とヒラムはうなずく、ビルキスも細い首をコクリと盾に揺らした。
「彼が執着するのは……名誉回復以前に、おそらく仇討。要は奴自身の手で、ダビデの血を引く私、この私をその手で打ち取ることが目的であるのかもしれません。我が父がその手でエドム王家を殺めたのと同じく……レゾンはあの際、私の急所を狙ったようには見えませんでしたから」
「なんと?しかし、そのような事……」と、ヒラム。
「無論ただの推測ですよ。私も戦の経験はないですから、確信が持てる事ともいえない。ただ……以前、急所を狙われた時とは、勝手が違うようにおもえまして」
アドニヤに狙われたあの日の事を思い返すのであれば、レゾンはむしろアドニヤよりも、彼が確実に仕留められるために最初に攻撃を加えたヨアブ、彼に近しい憎しみを自分に向けているように感じた。
「ひょっとすると……」
「あの日、貴方様を狙った矢はハダドが打ったものかもしれませんね」ソロモンの言葉にビルキスが付けたした、ソロモンも自分が言おうとしていることを的確に言われ、うなずく。
「もしもそうであるとすれば大変な奴だ。なんて執念深い……」
「いいえ、こう考えられますよ、ヒラム王」ソロモンは薄く笑って言った。「もしもこの仮説が正しければ……奴は私の前にいつかは姿を現さなくては気が済まぬはず。私としても、そんな執念深い奴なら活かしておけば生きている分だけ何かしらの行動をするでしょう、なんとしてでも奴本人を捕え、処刑したいものです」
「貴方がいる限り、その瞬間がやってくる算段が強い、とそうおっしゃいますのね」
「ええ、ビルキス様」
「けれど、いくらなんでも、奴にとってはそのおかげで危険な目にあった直後だ」ヒラム王は疑問視の声で言った。「すぐに動くとは思えないが……」
「そこですよ。動かないでしょうから、すぐに動かせましょう」ソロモンはにやりと笑って言う。
「ナアマは明日帰らせます。ヒラム王。彼女の出発までにまだエルサレムについていない、誰にも顔を覚えていないであろう隠密兵を一人用意してくださいませんか?ハダドが、イスラエルに来ざるを得ないように仕向けます。幸いベナヤが大きなお世話をしてくれたおかげで、むしろより不自然ではなくなった」
ソロモンはそう言って、淡々と計画を語った。ビルキスはくすりと口元を多い隠して笑う。
「なるほど……」
「おかしい作戦でしょうか?」
「いいえ、むしろ驚いておりますの。私が思っていた策と……同じなのですもの」
その言葉に、ソロモンも安堵を覚えた。何かしらの嬉しさも感じた。彼女と自分が、同じ方向を向いていたということに。
「それで、レゾンが乗る可能性は?」ヒラム王はにやにやしながら言った。彼にとってはむしろ、レゾンの方がメインだ。
「あのような無謀にも寧ろ乗るほど、彼はハダドを尊敬しているのですよ」ソロモンは言う。「ハダドが来れば、レゾンも来るでしょう」
「ようし、それなら私も乗りましょうかな」ヒラム王は満面の笑みで笑った。

ナアマは大分帰りたくないと言い張っていたが、結局帰らない確たる理由は無いようだった。普段ソロモンの事も、イスラエルの事も嫌っていたのが、むしろ仇になった。夫を足いていれば、まだ帰りたくないと言い張ることに説得力が湧いたのかしら、とも思えた。レハブアムと離れたくない、と言っても、「ではレハブアムも一緒にアンモンへ行けばよい」と言うだけ。
ベナヤが昨日の事をソロモンに話したがどうかは分からない。だが夫なら何でも知っていそうだった。これが心配ではなく、むしろ情報を遮断するための強制送還なのだということくらいナアマにも察しはついている。彼に睨まれているアンモンに、まさかレハブアムを連れていくわけにもいかない。
レハブアムは母と離れるにあたって泣いていたが「すぐに戻ってくるわ。大丈夫よ。ベナヤの言うことを聞いて、しっかりなさいね」と、ナアマは必死でなだめた。父親の名を出さないことが、せめてもの抵抗だった。
「時間です。王妃様、馬車へ……」
ソロモンが憎い。結婚して何度も思ったことを、今ほど感じたことはない。
そうだ、彼やダビデは神に愛されていただろう。自分たちはそんな身にはなれない、そんな中でも誇り高く生きて行こうとしているのに、ダビデやソロモンはそんな盆人たちのあがきをあっさり踏みにじる。神に愛された彼にこれ以上何が必要だ。能力も、生まれも、ナアマにないものを彼は持って生まれたというのに。ナアマがほしくて欲しくてしょうがなかったものを……。そして、何よりも、ハダドがほしかったであろうものを……。
アンモンまで護衛についてくれるのは、ベナヤだった。とはいえ馬車の中に乗り込む彼女と、外を馬で行く彼の間に会話などなかった。医者は非常に気まずそうであった。

途中のオアシスで、彼らは休憩した。「ベナヤ」と、ナアマは声をかけた。
「あなたは……私の事を可哀想だと思ってくれる?」
「はい」意外にもベナヤは即答した。
「難儀な物ね、軍人って」ナアマは、そうため息をついた。
「ベナヤ、私ね。昔、なりたいものがなかったの」
「はい」ベナヤは、清水で足を洗う彼女の隣に腰かけて話を聞いた。
「だから、漠然とだけどね、お姉さまたちみたいに素敵な結婚をするのが夢、って思っていたの、今だって思ってるわよ。でもそれって本質じゃないって思ったわ」ナアマは呟いた。
「シバの女王が来てから思ったの、私も、女王様になりたかった」
オアシスの木の木洩れ日に体を照らしながら、彼女はそうつぶやいた。ベナヤにはそんな彼女が、とても美しく見えた。
「あなたや……好きに思う人が皆、自由に生きられるようにしてあげたかった」
何とも子供じみた望みだった。本当に、小さな女の子が無謀に言う夢そのものだった。
だが、それはベナヤの心に染み入った。実際の王など、あんなもの。子供の夢想する理想の王、その幻想によりそうことがどんなに幸せか。
「ナアマ様」ベナヤは言った。「私は貴女を愛しております。貴女だけを……ソロモンよりも、貴女を愛しております」
そう言ってしまうのが怖かった。だが、ようやくいえる気がした。
オアシスは木漏れ日に満たされている。ソロモンは、小漏れ部すら嫌う。この空間は、間違いなく、ソロモンから切り離されていた。
軍人として言ってはならんことだ。ソロモンは自分に、何も残酷なことはしていない。彼は良き王だ。神の国イスラエルを、その名にふさわしく富ませた、賢い王だ。愚かな王の陥る欲望に身を任せることの無い、神に従う王そのものだ。
それでも、構わない。それでも、嫌いだと思った。仕方がないではないか。自分は、凡人なのだから。神の意志など、賢王の考えなど、何一つわからないのだ。わからないものを嫌いになって、何がおかしいのだ。
夫でありながらナアマの事を信頼もしないあの男に、本当に、嫌悪感が湧いたのだ。彼は護衛兵達に「暫く二人にしろ」と言った。
護衛兵達はすごすごとさがる。ナアマが目をぱちくりさせていてると、ベナヤは彼女を抱き、そしてキスをした。
思えば、ベナヤの方からこう積極的に来ることは、初めての事だった。彼らはそのままオアシスの草地に横たわった。ナアマは、嬉しそうに微笑む。
木漏れ日に包まれながら、彼らは結ばれた。ソロモンを嫌えど、自分に反乱する気概などはない。別にハダドに同情的な気持ちなど湧かない。自分はただただ、ソロモンに仕え続けるだろう。
だが、愛するのは彼ではない。ナアマだ。何年たっても、彼女が死ぬまで、自分が彼女のそばにいる。夫に愛されてもいない彼女の、真の夫として人生を生きる。
「私は、幸せですよ、ナアマ様」ベナヤは、顔を赤らめたナアマに、微笑みながら言った。
「私にとっては、貴方こそ、誰よりも偉大な女主人です。シバの女王にも、ソロモンにも勝るお方が、私の目の前におります」
理不尽など、非合理的など、わかっている。ソロモンが国を、自分を守ることの何がおかしいのだ。ましてやアンモンは実際に黒なのだ。時刻に降りかかる火の粉をふり亜hら宇野は、王としては当然だ。
だが、そんなことは関係ない。最後の最期まで、何故妻を信じ添い遂げないのだ。そんな考えを突き通す気でいた。王の道理など分かるわけはないだろう。自分は王ではないのだから。それもできぬ人でなしを、愛してやる理由などないのだ。

オアシスのはずれで休んでいた医者は、一方非常にやきもきしていた。ソロモンもあの将軍の報告を聞いていないはずはあるまい。何の意図があるかはわからないが居心地の悪いことこの上ない。
その時だ、ツン、と自分の袖を引っ張る男がいた。「何奴!」彼は護衛用の剣にとっさに手をかけるが、見知らぬ男はじっと暗い目で医者を見つめながら言う。
「アンモンに向かう所とお見受けしました」
「だからどうした。下がれ、下郎!」
「お願い致します、これを、アンモン王。ハヌン様の元へ……」彼はよろよろと、手紙を差し出す。周りに誰も見られていないか、気にしている様子であった。
「お願い致します、お願い致します。どうか……」
目の前の青年は、気丈に淡々とした声を出そうとはしているようだったが、そこには隠し切れない日通関が見て取れるようでもあった。医者もどうにも決まりが悪く「う、うむ」といい、その見知らぬ手紙を送り届けることを承諾してしまった。

アンモンの国境を超える前、ベナヤはやんわりと一足早くエルサレムに返された、その医者の言葉に彼は逆らえず、ナアマと別れの言葉を交わし、帰国の途についた。
ラバの王宮に入るなり、ハヌンが駆け寄ってきた。「ナアマ!」彼は久々に見る娘を抱きしめた。
「お父様……まさか、こんなことになるなんて」
「ナアマ、すまない。お前の結婚生活を台無に強いてしまった……」
「いいのよ……お父様、胸を張って。お父様、私があの人と結婚するのを嫌がっていたのを、叱ったわよね。私、それぐらい抵抗したでしょ」ナアマは疲れたように笑った。
「あの人の事、今でも嫌いよ。大嫌い……」
「おつらい結婚生活を送られていたようですな」
ナアマは聞き覚えのない声に振りかえった。見知らぬ男が非ざまづいていた、一応良い着物を着せられてはいるが、隠しきれない育ちの貧困さがにじみ出ているような男だった、それでも彼は、ナアマやハヌンにも物おじせぬほど、堂々としていた。
「お初にお目にかかります。ハダドの同志、ネバトと申します」
「そう……よろしく」彼女は言う。
「ハダドは王宮に居ます。まずは疲れをお癒し下さい」
そう言われて素直に王宮に帰る娘とともに、ハヌンも帰ろうとした。だが、彼女のもとに繰り込んだ礼の医者に止められる。
「どうしたのだね?」
「陛下……実は、見知らぬ男が陛下にこれをと」
そう渡されたのは、ぼろぼろのパピルスだった。不審に思ってハヌンが開いてみると、すぐにそれが本来自分あてのものではないことに気が付いた。その送り主たる彼はなぜこのことを知ったのか……。と思ったが、いや、ハダドからイスラエルの将軍に目撃されたということは聞いている。もうすでに、イスラエル王宮では噂になってしまっているのかもしれない。
手紙には、貴方のもとに居るハダドにこの手紙を渡してくれ、と書いてあった。彼は急いで、ハダドのいる部屋に行った。

ハダドは、相も変わらず考え事をしている様子であった。
しかしただ漠然とした気持ちだけでは、だんだんなくなってきつつあった。あの美しい人は、何故、エルサレム宮殿に居たのだろう?簡単に考えればわかることであった、つまり、王宮に何かしらの関係のある人なのだろう。
あの良い衣服を見るに、侍女の類ではあるまい。だが、高官の妻や娘とも思えない。あの時まだエルサレム宮殿は事件があったところなのだし、第一それならば夫か父が寄り添っているだろう。彼らだって自分の妻や娘を、危険なところに野放しにしてはいけないはずだ。
となると……と彼は考えた。彼女はソロモンに何かしらの関係のある人物ではないのか……。
あれほど美しい人が、ソロモンと何かしらの関係を持っている。そしてソロモンは、あのダビデの息子だ。自分もエジプトで聞いてあきれ返った噂がある。ダビデは美しい人妻に欲情し、その夫を誅殺してまで彼女と結婚し、神に愛想を尽かされてしまった、と……。
そのような色好みから生まれた息子の宮殿に、あんな美しい人が来ている……その事実が、ハダドの心にたまらない不快感を呼び寄せた。彼の心の中にはむらむらと憎しみが湧き上がってくる。
許せない、許し難い。彼は何度か影から見たソロモンの姿を思い出していた。異形と呼ぶにふさわしい、屍じみた肌の色に老人のような白髪。そして真っ赤な目。醜いと思った。なぜこのような化け物に、自分の国がなおも支配され続けなくてはならないのかと思った。あの人も、そんな彼の者なのだろうか。あんな美しい人が、あんな醜い人間の言うなりにされているのだろうか……。
耐えきれない。願わくば今すぐにでもエルサレムに戻ってお助けしたい。だが、さすがに今もドルと言っても誰もいい顔は住まい。戯作であるともわかっている。それでもこうやって自堕落にアンモンで過ごしている時間が惜しい。こんな時間を過ごすためにエジプトから帰って来たのではない……。
そんな中だ。ハヌンがやってきた。
「どうしました?ハヌン様」と問いかけたハダドに、ハヌンは焦りながら言った。「実は。ある男がこれを私にと……」
ハダドも不審に思いつつ、手紙を開く。ミミズが張ったような字で書かれた手紙だった。ハダドもヘブライ語はできる。手紙は難なく読めた。
だが一方で、そこに書かれている内容は想像を絶するものだった。
アンモン王とハダドがつながっている、と聞きこの度手紙を出すことに踏み切った。手紙の主はそう語っていた。彼は、せめてハダドに自分の事を伝えたかったらしい。そして、ダビデ王家を告発したい、と、そう語っていた。
部下を、家族を目の前で殺されたハダドが息をのむほどに、手紙に書かれている内容や凄惨なものだった。
彼はずっと、王宮に幽閉されている、と、自分の事を話した。ダビデ王に連なる身でありながら、家族として認めてもらえなかった。今のソロモンの時代になっても同じ。誰にも存在すら知ってもらえず、愛されもせず、日も差し込まない暗い部屋で、一人ぼっちで暮らしている、と。
ダビデにとって、不都合な存在として生まれてきてしまったがために、殺されもせず、ただただこの世から消える事のみを願われて生きる毎日。お前などいないほうがよかった、とだれからも見られる日々。そのような内容の長い、長い手記が、胸を打つようなありありとした描写で描かれていた。
ハダドはその手紙を、何回も、何回も読み返した。「コヘレト」その手紙の送り主たる彼は、そう名乗った。彼に返事の出しようもない。だが出せる者なら、今すぐ、したためたい気持ちですらあった。この知りもしない男に、ハダドはたまらない同情を覚えた。彼は自分と同じだ。ダビデに、誇りも何もかも奪われつくしたもの……。
ソロモン、あの男に、この人も苦しめられている。お前がこのように悲しむコヘレトにひどい仕打ちをできた身か!屍のような身をした化け物のくせに、生きる価値もない、人間としても認められない異形はお前の方のくせに!!
ハダドの中に義憤が燃え盛った。と、同時に途方もない焦りが生じてくる。
いつになればまたエルサレムに行けるのだ。一刻もソロモンを活かしてはおけない。活かしておいていいものか、あの鬼畜を!賤しい羊飼いの子供、異形のかたわものでありながら、素晴らしい人々を苦しめる身の程知らずを!

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