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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第三話

心地よく晴れ渡ったイスラエルの空に、一本の矢が飛んだ。矢はまっすぐ的の真ん中を貫通した。
一人の青年が歩み寄り、矢を引き抜く。周囲に控える彼の取り巻きが彼をほめそやした。
「お見事です、アブサロム様」
「なんのこれしき」
アブサロムは長く、艶やかに伸びた髪を風にひるがえして、得意げにそういった。
アブサロムはダビデの第三王子だ。彼がゲシュルの王のもとから迎えた王女との間に生まれた。
ダビデ王の息子は数居れど、彼は際立って優れていた。ダビデによく似たその容貌は、ダビデの次に完璧だろうと思われた。背が高くて鍛え抜かれた体も、ピカピカ光る目も、父親譲りの長い足も言うことはなかったが、何よりも特筆すべきは彼の髪の毛だった。ゲシュルの王女である彼の母親から受け継いだ亜麻色の髪は、男性とは思えないほど美しく波打ち、伸びていた。彼はこの髪を非常に自慢にしていて、手入れを欠かさなかった。時に他人から男性らしくないと揶揄されることもあったが、彼はそれらすべてを自分の髪の美しさに対する嫉妬だと受け流した。事実、彼は女々しいどころか武術の腕も他人にまったく引けを取らなかった。弓も剣も乗馬も、彼はほかの王子のうち誰よりも優れていた。
「お兄様、お疲れ様です」と彼のもとに一人の少女がやってくる。彼と同じく、長く伸びた亜麻色の髪をしていて、彼と同じように美しかった。名前をタマルと言って、同じくゲシュルの王女から生まれたアブサロムの妹だった。
タマルは彼に菓子の包みを差し出した。彼は喜んで一つ掴むと、口に押し込んだ。
「相変わらず、お前の作る菓子はうまい」
「お兄様にそういってもらえて、私も幸せですわ」
アブサロムとタマルはよく似た顔を見合わせて、お互い笑った。タマルの何よりも得意なことは菓子作りで、特に自分の誇りとする兄に食べてもらうことを彼女は何よりの楽しみとしていたのだ。アブサロムもまた、タマルを何より愛していた。

アブサロムは弓の訓練を切り上げて、妹と散歩を始めた。エルサレムは心地よい春の季節で、王宮の庭には花がいっぱいに咲いていた。タマルはそれら一つ一つをめでながら歩き、アブサロムはそんな彼女を楽しそうに見ていた。
「お兄様、相変わらずの腕でしたわね」タマルは話しかけた。
「ん……?ああ、まあ。何、簡単なことだ」
「お兄様の簡単はほかの人の苦労ですわ」タマルは口元を袖で覆って、コロコロと笑った。「ヨアブ将軍も一目置かれる腕前の持ち主が、お兄様ではないですか。お父上の子供はたくさんおりますけれど、何をおいてもお兄様が一番ですわよ」
「そこまで言うのはやめなさい。兄さんたちに失礼だから」アブサロムは苦笑して妹をたしなめた。
アブサロム自身、自分に自信がないわけではない。また、本音を言えば母親の違う兄たちに劣っているところがあるとも思ってはいない。自分が長子として生まれれば、それが一番ふさわしいのにと考えたこともあった。ダビデの長子であるアムノンはダビデの迎えたイズレエル人の側室との間に生まれた子供である。むろん、彼もまた無能というわけでは決してなかった。ごく一般の人間から見れば、アムノンも武力も容姿も際立って優秀な好青年であることに変わりはなかった。ただ、アブサロムはその上で彼に勝っているという自覚があった。また、父親のダビデにしたってアブサロムの事を他の誰よりも有能だと思っていることを彼はしっかり知っているのだ。アムノンよりも彼に近しい人物の中には、本気で彼こそが次の王に相応しいと思っている者もいる。
しかし、彼はそれを表に出すほど愚かではない。基本的に家督とは長子が継ぐものなのだ。それを差し置いてうかうかと傲慢なことでも言ってしまおうものなら、いつ自分に憎しみが向いてあらぬことになるか、わかったものではない。アブサロムは家臣として、兄たちに仕える自分の未来に不満を全く感じていないわけではないが、それでも妥協できないほどではない。それよりも迂闊な発言で作る必要もない敵を作るほうが、アブサロムにはよっぽど恐ろしいのだ。

「あら、お兄様、ごらんなさいませ」タマルが指を指した。指を指した先には、小さな花畑があった。少し前までには、なかったはずなのだが。
「あんな花畑、あったかな」アブサロムは呟いた。
「いってみましょう」タマルは兄の腕を引き、そちらの方に小走りで駆けた。花畑は少し不自然で、北向きの、常に王宮の陰になっているだろうところに鮮やかに咲き誇っていた。アブサロムはそれを奇妙にも思ったが、妹が意に介してもいないようなので、彼女にさせるがままにさせておいて、自分もそちらの方に急いだ。



「きれいに咲いたね」と、ベリアルがソロモンに話しかけた。
ベリアルのくれたシクラメンはあっという間に数を増やし、ソロモンの北向きの部屋の格子窓のすぐ下にある土地に花畑を形成していた。
桃色、赤色、白、紫などのシクラメンが縦横無尽に咲くのを見つめて、ソロモンは言った。
「そうだな」とソロモンは言った。彼は、日除けのために黒いマントを目を隠すようにかぶっていた。
「お前がくれたおかげだ」
「おや、育てたのは君だよ」ベリアルはソロモンに笑って答えた。
「ボクよりも、育てるのがうまいかも知れない」
「俺はただ、お前の教えるとおりに育てているだけだ」ソロモンは返した。
ベリアルのくれたシクラメンは、普通の花とは少し違っていた。何よりも、日を避けるように咲いた。王宮の北向きの日陰に収まるように、彼らは密生して生えた。日当たりを好まない植物もたくさんありはするが、シクラメンはその限りではないはずだ。にもかかわらずベリアルのシクラメンは日当たりの良いところで育てたそれとなんら変わらすに咲き誇り、驚くような速さで繁殖した。ソロモンはそれを受け入れ、納得していた。ベリアルは人間ではなく天使なのだから、このような不思議なものを持ってこられるというのも無理がないと彼は考えていた。
それに、日の光が苦手なソロモンには非常に都合がよかった。彼らはソロモンに無理に熱い陽光の下に出ることを強制しない。ソロモンとともにひっそりと涼しい日陰にいて、控えめに頭を垂れているだけだ。ソロモンにとって、シクラメンとともにいる時間は居心地の良いものとなっていた。
「たとえボクの言うことを忠実に真似してるだけだとしても」ベリアルも綺麗に咲いたシクラメンを愛でながら言った。「育てたのは君だ。どんな花でも、育てなければ枯れるだけだ」
「ありがとう」ソロモンはベリアルに穏やかに言い返した。シクラメンを育てるのは、彼にとって楽しかった。

しかし、その次の瞬間に彼はビクリと警戒した。足音が二つ、聞こえてくるのがわかった。


足音の方向から現れた亜麻色の髪の二人を見届けた時、ソロモンは無表情で黒いマントにくるまり、花畑の真ん中に座っていた。
「ごきげんよう」彼は淡泊にアブサロムとタマルにそういった。
「ソロモンか」アブサロムはあまり面白くなさそうに言った。てっきり、誰も人がいなくて妹と二人きりで花を愛でられると思っていた当てが外れたからだ。「何してるんだ?そんなところに一人で」
アブサロムの言い分を聞いて、ソロモンは一瞬不可解に思った。しかし、彼が眉をひそめるよりも早くベリアルが彼にささやいた。
「気にしなくていいよ。普通の人間にボクは見えない」
確かに、アブサロムもタマルもベリアルがいるなんて思いもよらないように思えた。シクラメンと同様、これも彼が人ならぬ存在だからこそなせる真似だとソロモンは理解した。

「花の世話をしていました。いけませんか」彼は冷静に答えた。
「世話?お前が?これはお前が育てたのか?」
「そうです」
体全体を覆うマントから真っ白な手だけを伸ばして、ソロモンはシクラメンについた小さな虫を捕まえて、潰した。虫の退治が必要になるかもしれない、とソロモンは思った。薬学を応用すれば、虫を一掃できる薬ができるかも、と彼は考えた。
「勝手に王宮の土地を使ったのか」
「父上様に許可は頂いています。それに、すぐ壁の向こうが私の部屋ですから」
アブサロムはソロモンに少し煩わしそうに「すまないが、少し向こうに行ってくれないか」と言った。「兄妹水入らずの時間というものがほしくてな」
「いやです」ソロモンは言い返した。「ここは私の土地ですから」
「僕たちに出て行けと言うのか?」
「そんなことは言っていません。ただ、私がここを立ち退く義務はないだけです」
ソロモンはそういったまま、また虫をつぶす作業に戻ってしまった。アブサロムはそんな彼を見てタマルに「タマル、気にすることはない。ここにいよう」と、少し困惑気味な彼女に言った。彼女もおろおろしてはいたが、兄に従って、何事もなかったようにその場に膝を下ろした。
「日陰でも咲いてるなんて、珍しいですわね。お兄様」
「そうだな」アブサロムはそっけなく返事した。
アブサロムはソロモンの事が嫌いだった。子供のくせに、嫌に生意気と彼は感じていた。なぜああも生意気な態度がとれるのか、彼には全く訳が分からない。彼はもちろん、ソロモンがマントをとった姿を知っている。その姿を見てぎょっとしたこともある。だが彼が知る限り、人より劣ったものというのはどこかしらおどおどしている。自分のようなとびぬけて優秀な相手を前にすればなおさらだ。ソロモンのような欠陥品は自分の前なら口もきけなくなってもおかしくないと彼は自負していた。自分に比べて、あまりにもこの弟は素晴らしいところというものが存在しないというのがアブサロムがソロモンに持っている率直な感想だった。それだというのに自分にあの口をたたくのか、とアブサロムは不快に思った。
「(もっと身分をわきまえればいいというものを。お前のほかにも弟はたくさんいるし、みんなお前のようじゃなくてまともな人間だぞ。それでも、きちんと僕に敬意を払っている)」
彼は心の中で吐き捨てると、意識をタマルに向けようとした。そして彼女が後ろを向いている隙に彼女の頭に手を添えた。タマルが振り返ると、アブサロムは笑って「タマル、よく似合っているぞ。どんな花でもお前には似合うな」と笑った。タマルも自分の頭に手を触れて何が起こったのか承知したと見えて、うれしそうに兄に笑いかけた。

その言葉を聞いて、ふと、ソロモンの背筋が凍った。彼が振り返ると、シクラメンの花が一輪、タマルの頭に飾られていたのを彼も見届けた。

次の瞬間、二人に対して無関心でいたソロモンがぎょろりと二人のほうを向いて、そばに寄ってきた。
「勝手に摘んだのですか?」ソロモンは言った。マントがずり上がって、赤い目があらわになっていた。
「だからどうした。花の一輪くらい」アブサロムはせっかく彼に対しての注意をそむけようとしたところに当の本人がやってきたことに一層心境を悪くして、先ほどよりもあからさまに不快そうな口調でそう言った。
「私が育てた花ですよ」ソロモンはタマルの頭に刺されたシクラメンを睨みつけて言った。彼が怒っていることが見て取れた。「あなたたちのものじゃない」
「男だったらこのくらいでグタグタ言うんじゃない」
アブサロムは不快そうだった。しかし、ソロモンも同時に引き下がれないほどの苛立ちをアブサロムに感じていた。シクラメンを奪われることに、心が痛んだのを彼は自覚した。
「人のものを勝手に取ることが悪い事であるということに男も女も関係ありますか」
アブサロムは次第に苛立ってきた。「子供のくせに無駄に屁理屈を言うな!」と彼は怒鳴りつけて、彼のマントに手をかけた。留め金はあっという間に引きちぎられ、アブサロムはソロモンの黒いマントをはぎ取った。
ばさりと、無造作に伸びた白い髪があらわになる。タマルはヒッと声を上げた。
「邪魔だ、出て行け!」
アブサロムは彼を日向に押し出した。

日向に出た瞬間、ソロモンの目にすべてを覆い隠してしまうほどの強い光が降り注いだ。無数の矢に襲われたかのようだった。彼の目は光に非常に敏感なのだ。彼は目をつぶって深くうつむいた。
マントに守られていない白い皮膚が痛みだす。少しずつ、少しずつ、日の光と熱に焼かれていくのがわかった。「返してください」彼は言った。
アブサロムは彼のマントをヒラヒラさせて「返してほしけりゃとってみろ」とあざ笑うように言った。
「それは私の育てた花です」再度、彼は言った。日に焼かれる痛みで、声を震わせながらだった。
「だから、一輪くらいで何を言っているんだ。全部燃やしてしまったわけでもあるまいし」アブサロムは、「お前がいると不愉快だ、とっとと出ていけ!」と怒鳴った。

不意に、アブサロムの手から黒いマントがふわりと離れ、風に乗るかのようにひらひらとソロモンのもとに覆いかぶさった。ソロモンはさっさとそれをまとい、目元を光から隠すと、立ち上がって目を開けた。目の前には、ベリアルが立っていた。
「ありがとう」とソロモンは小声で言った。ベリアルは「どういたしまして」と笑って言い返した。
「ついでに、これも返してもらおうか」
ベリアルは数歩のうちに自分に気が付かないタマルに近づき、彼女の頭から一輪の花を払いのけた。シクラメンはふわりと自分の仲間たちのもとに戻り、そして力なく倒れた。
ベリアルはくすくす笑った。アブサロムは何が起こったのかわからず、あっけにとられているようだった。
ソロモンは再び日陰の花畑に歩み寄って、「返してくださりありがとうございます」とアブサロムを見上げて呟いた。
アブサロムは戸惑いの表情からすぐ苛立ちの顔に変わり、「お前の花園になどもう来るか」と吐き捨てて、ぼうっとしているタマルの手を引いて乱暴な足取りで去っていった。
「ああ、それはこっちが頼みたいくらい!」ベリアルが言った。その言葉を聞いて、ソロモンはベリアルの顔を見た。二人はくすくすと笑いあった。


「ひどいことするね」ベリアルは摘まれたシクラメンをくるくる回してそう言った。
「花だって、体を真っ二つにされれば死ぬほど痛いんだってこと、わかってないよね。人間って」
「やはり、そうなのか?」ソロモンはベリアルの言葉に興味深そうに問いかけた。
「体のつくりが違うからね、人間や動物が感じる痛みとは厳密には少し違うものかな。それでも、苦痛には変わりないよ」
彼は土に小さな穴を掘って、シクラメンをその中に埋めた。
「あのアブサロム、嫌な奴だね」彼は言った。
「そうか?お前がそう言ってることを知ったら誰もかれも驚きそうだな」ソロモンはアブサロムが消えた方向を見て、つぶやいた。「あれは神に愛された王子、と言われているぞ」
「知っているよ。でも、神様に愛されてようと愛されてまいと、嫌な奴であるって言うのは別の問題だろ?少なくとも、ボクはあいつを嫌いだよ。君の友達だから」
友達、という言葉に、彼はさりげなく感情を込めた。
「あの兄が俺に厳しいのは別に今に始まったことじゃない、第一、俺も大概生意気だからな」
「美しくて、強くて、賢くて、そんな一見誰にでも好かれる存在が陥りやすい罪がある」ベリアルはソロモンの耳元に顔を寄せて言った。
「傲慢だよ」
片手でシクラメンの埋葬を終えた彼は、そのままソロモンの前に膝立ちになってそう語った。
「彼、君が反論する権利を、心の中で認めていないんだよね。そもそも彼の偉大さの前に口もきけなくなるくらいで順当とか思ってる」
「……だろうな」
「君が人間である限り、そんなことないのにね。遠慮するべき、程度ならまだしも、そんな自分が人間以上の存在みたいに」
「俺の事は人間以下だと思ってるんだろ」
「そういうことだね。何が人間以上か、以下か、そもそもどこからどこまでが人間なのか、当の人間にわかるはずはないのにね」

ソロモンはシクラメンの墓を見つめて、自分も小高く盛り上がったその上に手を置いた。
「シクラメンは謙虚だから、いいな」
「うん。花の中では、一番謙虚だよ」
ソロモンはそのまま、じっとまだ咲き誇るシクラメンを見つめた。彼らも、仲間の死を悼んでいるかのようだった。
「ソロモン」ベリアルはそんな彼に背後から語りかけた。
「君はシクラメンを愛しているんだね」

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