クリスマス市のグリューワイン

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The Princess of Sheba 第二話


シェバ達を歓迎するその夜の宴会でも、彼女はちょこんと自分の父の隣に座って、ひたすら輝いていた。
「あなたの姫君は、実にお美しいな。それに非常に変わった髪の色を持っている」ダビデが問いかけた言葉に、シェバは笑って答えた。「でしょう。あれは、異国人の母親に似たのですよ。今年十四になりますが、これからもっと、母に似てくることでしょう」
もっとも、彼は特に話題の中心を自分の娘にする気は無いようだった。代わりに彼は、「ダビデ王、貴方の王子殿下もなんと立派な方が居並ぶことか」と、ダビデの側を褒めた。中でもダビデのすぐ隣に座る、威厳に満ちた長髪の美丈夫を見て、彼はため息をついて大きな声で言う。
「特にアブサロム様の威厳など、実に第一王子と呼ぶにふさわしい!」
その言葉に一瞬、会場が静まり返った。その沈黙を悪いものだと察したのか、シェバは慌てて弁解をしようとした。
「……シェバ殿、お気になさらず」ダビデも悪気はなかったのであろう彼に対して言い足した。「わが跡取り息子は病弱ゆえ、宴会のような間には出られないのでな……」
「それはそれは……無礼を申しました」シェバは改めて言った。「では、第二王子様で……」
「……第三だ!」
その場に、あからさまに不機嫌な声が響いた。それは、アブサロムのものだった。
「いいか、第一王子などと言う言葉を、この私の前で発するなよ、異国人風情が!」
乱暴な言葉を飛ばして急にシェバを怒鳴りつけたアブサロムを、あわてて他の王子たちがなだめる。シェバは急に自分に向けられた怒りに対して鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたが、それでも深々と頭を下げて「重ね重ね、とんだご無礼をいたしました……」と謝罪した。
「シェバ殿、そのような真似をなさらず。アブサロム、何故、今日来たばかりのこの方にお前の事情など分かろうものか。無礼は貴様の方だ。王の命令だ、静まれ」
「……」
アブサロムは憮然として再び席に着いたが、それでも決して詫びの言葉は述べなかった。
「我が第一王子は、既に死んだのです……。シェバ殿、お気になさらず……」
「いえ……」
そんな気まずい空気の流れる中、くすくすと高い、透き通った声が通った。
「お父様ったら……いつも、こうなんだから」
ニカウレの声だと、その時会場の面々は理解した。ニカウレは面白そうに、小さな口を柔らかい手で隠しながら、アブサロムの方を向いて言った。
「いつも調子に乗って、いらないことを言ってしまう父ですの。許してくださいね、王子様」
アブサロムは、まさか彼女になだめられるとは思っていなかったのだろう。さすがに年端もいかない少女にまで自分の行いをなだめられれば情けなさもあるのか、彼は「あ、ああ……」と言って、先ほどまで残していた不機嫌そうな表情をようやく引っ込めた。
「お父様、話題は選ばないとだめよ」
「す、すまないな、ニカウレ……」
そうしどろもどろになるシェバ親子を、テーブルの向かい側に座るダビデの王子たちは面白そうに見ていた。王としての姿しか子供に見せないダビデを父に持つ彼らにとっては、こんな家族の姿を見るのはさぞ新鮮だったことだろう。そしてソロモンも、テーブルを挟んでちょうど向い側にある異国人の親子の様子をじっと眺めていた。
その時、ニカウレが彼の方を振り返り、ソロモンと目があった。彼は、彼女の目が透き通ったエメラルドの色をしていることを知った。
数秒間見つめ合った後、ソロモンはなぜだか面白くなって小さく吹き出し、異国の王女に小さく手を振った。彼女もくすりと笑って、同じように、白い手をひらひらと振った。可愛らしい人だ、とソロモンは彼女の事を思った。


その後、ダビデとシェバは国王同士の話し合いがあるのだろうか、執務室に引っ込んでいってしまったし、周囲の人々も宴会が終わればめいめい自分の仕事に戻っていった。ダビデの兄弟たちもバラバラだ。特に戦場に出ていた上の息子たちは疲れているに決まっている。みんな夜の晩餐会まで休んでいる。ソロモンは暇になってしまったので、昨日まで読んでいた書物を返すことも兼ねて、書庫にでも行こうと歩みを進めた。彼は暇なときはだいたいいつも書庫に行く。いや、それ以前に書庫とキルアブの部屋くらいしか、好きと思える空間はない。
いつも通り書庫の扉を開ける。だが、そこにきわめて意外な人物がいた。
初めて嗅ぐ香料の匂い。それを纏って立っている輝くような赤毛の後姿は、ついさっき見たものと全く同じだった。
「ニカウレ?」
彼は思わず話しかけた。赤毛の後ろ姿は振り返り、真っ白な、整った顔立ちがくるりとソロモンの方を向いた。
書庫には余り光は差し込まない。書を守るためだ。高い位置に取り付けられた小さな窓から細く差し込む光のみが、彼女を照らしていた。焦った様子も、後ろめたそうな様子もなく、彼女はにっこりと笑って、「あら、ごきげんよう」と友好的に話しかけてきた。
もう少し慌てるかと思ったのに、とソロモンの方はきわめて意外に思ったが。何も責められることもしていないので理不尽と見るのも筋違い、それは確かだった。それに、次に彼女が「ダビデ陛下の王子様ね?さっき、宴席に居た」と聞いてきたので、彼の方も彼女に対して警戒心を持つのをやめたのだ。
「覚えてくれていたんだ、光栄だな」
「どういたしまして。お名前は?」
「第十王子、ソロモンだ」
「ソロモン……」彼女はゆっくりその名前を復唱する。「『平和』っていう意味ね。素敵な名前」
「どうもありがとう」ソロモンも、顔をほころばせて笑う。
「なぜ、ここに?ここは書庫だよ」
「見てわかるわ」彼女は満足げに、周囲に所狭しと積んであるパピルスや羊皮紙の山を見つめた。
「貴賓室で休んだり王女様たちとおしゃべりするより、ここにいる方が面白いもの。シェバの城の書庫より、ずっと広いわ」
「へえ……面白いの?」
ソロモンは彼女の発言を疑問に思い、そこに食いついた。
書を読み、学問をする趣味はなかなか理解してもらえない。兄たちは戦いに夢中だし、弟たちはそんなことが理解できる年齢でもなく、チャンバラごっこに明け暮れている。姉やダビデの妃たちは、自分たちは女ですからそんなことはとてもとても理解できませんときたもので、話を聞いてくれすらしない。いささかばかり学を修めている祭司や軍師たちですら、あなたは王子なのですから、書物や詩を読むばかりではなく武術もやりなさいと口を酸っぱくして言うばかりで、いくら学問をしても褒めてくれさえしない。こと、学問と言うことにおいてソロモンの理解者はキルアブ一人だった。
そんなものだから、彼が常々、同じ趣味人が目の前に現れないかと思っていたことは事実だった。
それが、現れたかもしれない。彼が食いついたのも必然的な事だ。
「君、書を読むのが好き?」
彼は目を輝かせて、彼女に言った。彼女はぱちりと、赤いまつげに包まれた透き通った緑の目を瞬かせた後、再び満面の笑顔を作って「ええ」と言った。
「だって、とっても面白いわ」
「そうか……そうだよね、うんうん!」
彼は豊かな髪の毛……ニカウレのそれとは全く違う黒髪だが……を揺らして思いきり頭を振り、彼女の言葉に同意した。それを見てニカウレは再び目を瞬かせると、ぷっと吹き出す。
「どうしたの」
「だって……あはは、ソロモン、あなたってばとっても可愛いんだもの」
そんなことを言われて、ソロモンは苦笑いした。
「可愛い、ね……」
「男の子は皆、男ぶりたくて格好つける物かと思ってたわ」
「そうでもないんじゃない?」ソロモンは多少の気恥ずかしさを抑えつつも、それをごまかすように乱れた髪を直して言う。
「少なくとも僕は、自分が好きなものを全力で好きと言いたいけど。格好つけてそれがはばかられるのなら、格好なんてつけたくもない」
「理屈家なのね」彼女はなおも面白そうだった。しかし彼は、これ以上弁解する気もなかった。何より言っていることは全くの本音だ。学問なんて男らしくない、とは兄たちによく侮辱されるところだが、だったら特に、男らしくなりたくもない。(そのくせ、女性は女性でそんな難解なものは自分たちに相応しくないと言ってくる。では学問はどこの誰のためにあるのだ、と彼は常々感じていた)。
「そんなことより、君だって書が好きなんだろ?だったら僕をからかわなくてもいいじゃないか」
「そうね……ごめんなさい」
「聞きたいんだけど、君はいつから読書なんてするようになったの?」ソロモンは話を切り上げ、少し疑問に思っていたことを聞いた。
「僕の姉さんたちも、父上の妃も、書を読んだこともないのに、自分には読めないって言い張るのに……」
「うーん」彼女は細い指を、これまた細い顎に当てて考え込んでいたが、「特に覚えてはないかしら……でも、たぶん、初めて文字を目に通した時、引き付けられるような思いがしたの。それで、気が付いたらどんどん読むようになって……」
「僕と同じだ!」ソロモンはなおもはしゃいだ。「僕もそうなんだよ……律法の書でも、外国からの手紙でも、詩人の書いた歌でも何でも読み漁った!君も?」
「あなたがそう言わなかったら、全く同じ言葉を続けてたのよ。盗っちゃうなんて意地悪ね」
今度は、彼女の冗談にソロモンもつられて笑った。
「でも、僕はきっかけを覚えてる。僕の場合は、兄が書の魅力を教えてくれたんだ」
「へえ……それはいいわね」ニカウレは意外そうな顔で語る。「私には、そう言う人はいないのよ」
「本当に!?」ソロモンは素っ頓狂な声を上げた。「シェバ陛下は!?」
「お父様はむしろやめろって言うの。女の子が頭でっかちでもしょうがないって」
「かわいそうに」ソロモンは真っ先にそう言った。こんなことを言う人がいるから、姉たちも義母たちも最初からこの魅力を知ろうとしないのだろう。
と、彼はあることを思い立ち、そして指をパチンと鳴らして言う。
「そうだ!君にも紹介してあげる。キルアブ兄さんのこと!きっと君も気に入るから」
「キルアブ……?」
「第二王子だよ。父上の跡取りの。イスラエル一の博識さ……今日の宴会には、出られなかったけど。でも、今日はご容態がいいから、きっと大丈夫だ」
ソロモンは身をひるがえして「行こうよ」と言う。すると、間髪をいれずに、ニカウレも笑って「いいわね。連れてって」と言ってきた。しかし、ソロモンはその瞬間、その顔を見て不思議に思った。
彼女の笑い方は、先ほどまでとは一切違っていた。まるで、無邪気な少女から人格が変わったように、彼女はたった一瞬だけ艶っぽく笑って見せた。

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