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クリスマス市のグリューワイン

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The Princess of Sheba 第四話


「驚いたね」早朝、まだ日の登り切っていない頃に、アドニヤは話しかけた。
「こんないい女と思ってなかった。本当に十四かい?」
「アドニヤ様みたいな方なら、私の肌に触ったのだからお分かりになると思いますわ」
「たしかに……大人と言うより、子供みたいな瑞々しい肌をしているけれど」彼は肩をすくめる。「でも、大人でも君ほどじゃないのは山ほどいる……」
「それはどういたしまして。父が起きるかもしれませんから、そろそろ行きますわ」
「いいね……ああ、着せてあげよう」
アドニヤは、寝台から立ち上がった彼女の真っ白な体に薄いドレスを纏わせるのを手伝い、帯を後ろの方でくいくいと器用に結ぶ。「さすが手馴れてますわね」「まあね」と言った会話を交わしたのち「では、ごきげんよう」とニカウレは帰っていく。
「本当に良かったよ、ニカウレ」アドニヤは彼女の後ろ姿に告げる。「また、遊ぼうか」
「ええ、それはもちろん……アドニヤ様のお望みのままに」
そう彼女が言った後扉が閉じ、アドニヤはようやく一人になった。
朝の空気の寒さから逃れようと、衣装は着ないままもう一度毛布に潜り込む。見てみれば、枕に赤い髪の毛が一本残っていた。やはりこの夜のことは、現実に違いない。
「全く信じられないね……久しぶりに夢中になった」
アドニヤはそう独り言を言うと、そのまま眠りこんだ。

 夜が明けてしまえば、イスラエル王宮は全く元通りの日常を取り戻す。もっとも、話題は昨日から来ているシェバ王国の父娘の事でもちきりだった。
アドニヤも、昼過ぎに起きて見てみると、ニカウレがダビデの王女たちに混ざって一緒に遊んでいるのを見た。
「シェバのお姫様?なんてかわいいのかしら」
「見てよ、この綺麗な髪の毛!ねえ、触ってもよろしくって?」
そうはしゃがれながら囲まれる彼女は全く少女じみた表情をしていて、とてもじゃないが昨日自分と抱き合っていた女と同一人物とは思えない。
やれやれ、恐ろしい子だ!彼は心の中でそう呟くと、遊びにでも行くかと厩に向かった。だがその道中、誰かにぶつかった。見てみれば、目の前にはアブサロムが立っている。
「おや、アブサロムの兄上。すみませんね」
そう形式上は謝ったものの、当の彼は許すでもなく怒るでもなく相も変わらず上の空だ。まだ憂鬱状態からは立ち直っていないと見える。アドニヤはもう一度、やれやれと思った。

ソロモンは、その日も書庫に来ていた。キルアブはなんだか昨日以来、ぼうっとしている。少し詰まらない、と思ってしまった。戦争に出ていた兄たちは自分たちの屋敷に帰るものも出ている。でも、どっちにしろ彼らがどう動こうとソロモンにはあまり関係ない。むしろ余計なことをを言われたくないから、早く帰ってほしいくらいだ。みんな、自分の事ならまだしも、時には陰でキルアブまで馬鹿にしていることを知っている。「病気で剣も握れないから、学問しか逃げる道がいないんだ」と。
誰が好き好んで病気になるものか。キルアブには一切責任のないことで、何故彼は侮辱されなくてはならないのだろう。王家に生まれたのなら必ず、勇敢で健康で男ぶりに満ちた男にしか生まれてはいけないという法でもあるというのか?そんな、無理な話だ。そんなもの個人で勝手に決められるものではないのに。
おまけに、何故学問が逃げる道なのか。そう言うと、「そんな台詞は武術を立派に修めてから言うもの、修めないものが言ってもただの負け惜しみだ」と言うが、だったら学問を修めずに剣に明け暮れている彼らが学問を馬鹿にするのも、ただの負け惜しみではなかろうか。こう言うと話をはぐらかすか、屁理屈呼ばわりで一刀両断してくるのだから、なおのことソロモンはそう思ってしまう。だいたいそれ以前に、好きなことを侮辱されて怒るのを、何故負け惜しみ呼ばわりされなくてはならないのだ。はなから競っている気などない、ただ好きだと言っているだけなのに。
だから、書庫に居たいのだ。余計な事を言ってくる他の兄弟たちが歩き回る他の場所などに行っても、楽しくない。楽しい此処にいて、何が悪い。
そんなことを考えていると、書庫に自分以外に入ってくるものがいた。大臣か祭司かな、と思っていたが、「ごきげんよう」とやってきた人物は、昨日と同じ、ニカウレだった。
「こんにちは……今日も来たの?」
書庫に向かう途中、姉たちと仲良く会話をしている彼女を、ソロモンも見ていた。だからてっきり、ここには来ないと思っていたが。
「姉さんたちは?」
「もう、解放してくれたわ」
彼女はそう言って、パピルスに書き記した詩編の書を広げて読み始める。しばらく、会話は続かなかった。
ソロモンにしては、昨日兄さんと何故、書の話をしなかったの?と聞きたかった。自分はそのために、ニカウレをあの場に連れて行ったのに。キルアブだってきっと、喜ぶと思うのに。だが、細く差し込む光の中でじっと文章に目を通しているニカウレには、声をかけるのがはばかられた。自分も自分が本来読みたかった書を素直に読むことにしよう、と彼はパピルスを開く。「これは預言者サムエルが書き記したものの写しだ」と、以前父は言っていた。
しばらく時間が経過した。埃っぽい空気の中に最初に響いたのは、ニカウレの声だった。彼女の方は、手に取った詩編を読み終えてしまったらしい。
「何を読んでるの?」
「王国の歴史……」ソロモンはぼそりと呟いた。
「聞いていい?」
「なにを」
「昨日、兄さんと学問の話をした?」
ニカウレはその言葉に、静かに首を横に振った。
「どうして?」
「だって……そんな雰囲気じゃなかったんだもの」
そう言われてしまうと、確かに、とも思う。キルアブは大変なことになってしまっていたのだから。
「でも、僕は……君に、兄さんと話してほしかった。君は、学問が好きなんだろ」
「好きよ。将来は学者になりたいわ」
「素敵な目標持ってるじゃないか!そこも僕と同じだ」
奇しくも目の前の少女と自分の夢が同じであることに気が付いて、またしてもソロモンは嬉しくなった。しかし昨日のように、ただただ純粋には喜べない。ならばなおのこと、兄と話してほしかった。彼は、じっと黙ってこちらを見つめているニカウレに向かって言葉を続ける。
「きっと、兄さんは君みたいな頭のいい子の事は喜ぶと思うよ」
「そう……。またお兄さんの所には行かせて貰うわね」
ニカウレはそうとだけ返事をすると、持っていたパピルスをサッサともとの書棚に丁寧に直した。そして、また別のものを取り出す。
「そうだわ。聞きたいことは私にもあるの」
「なに?」
「第一王子様がどうして死んだのか、教えてくれない?王女様たちに聞いても、皆口を閉ざすんだもの」
「えっと……」彼は言葉を濁す。だがニカウレは続けた。
「アブサロム様が殺したのよね。だから、昨日あんなに怒ってたんでしょ。本当にお父様は不用意なことを言ったと思うけど……。でも、私が聞きたいのはそこじゃないの。なにが理由で、あのアブサロム様はお兄さんを殺したの」
「そういった質問か……」ソロモンは言った。「悪いけど……僕も知らない。今より小さかったころだし……誰も教えてくれなかった」
「そう……ごめんなさい」
そうとだけ言うと、また彼女はじっと書に没頭してしまって、再び声もかけられなくなった。そっちは、読んでいる僕の方にも平気で声をかけるくせにと心の中で思いながら、ソロモンの方もまた預言者の書を読み続けた。自分が生まれる前の時代の話を。

おかえりなさいませ!と声が聞こえても、アブサロムは無視した。艶やかな真っ黒の髪の毛を翻し、誰の挨拶も聞こえないまま、彼は自分の部屋に戻る。明日になったら、さっそく自分の屋敷に戻ろうかと彼は考えていた。
気分が晴れない。こんな時に、にぎやかな王宮に居たくはない。しかし二日くらいはせめて居なさいと父が言うのだから、しょうがなかろう。
王宮に居ても、会いたい人には会えないのに。王宮の庭園には、今日の宴会に招かれている客人がすでに多くいた。昔はあそこに人が何人いても、必ず見つけられた。小柄で細い、愛らしい、可憐な姿を。彼女は自分を見つけたら、いつもにっこり笑って寄ってきてくれた。まるで花に集まる蝶のように。何をしていても、彼女は自分を見つけてくれた。そして自分も、彼女を見つけられた。そうだ、彼女はあの薔薇園が大好きだった。夏になるたびあそこにいて……。
その時、彼は見た。
薔薇園に一人の少女がいる。彼女のように小柄で、愛らしく、ちょこんと立ちすくんでいた。自分自身も一本の薔薇のように、儚く、美しく……。
「タマル……?」
彼の口から、その名がこぼれ出た。しかし、その名に反応して向けられた顔は、違うものだった。だいたい、何故見間違えてしまったのだろう。自分同様に真っ黒な髪と、あの見たこともないような真っ赤な髪を。
彼女が自分に何か話しかけてきた。だが彼は失礼するとも言わずに、そこから目をそむけて真っ先に立ち去っていってしまった。思い出してしまった。思い出してしまった。なぜ、今になってあの彼女を……。


「アブサロムの兄上が、殺した理由?」
その日の午後、アドニヤはニカウレの訪問を受けた。また来てくれとは言ったけど、こんなにすぐ来てくれるとは嬉しいねと言ったアドニヤに向かって、彼女が投げかけた質問がそれだった。
ニカウレは答える。「はい、アドニヤ様なら知っているかと」
「そりゃ、知ってるけどね」
「教えてください。誰もかれも口を閉ざすんですもの。でも、貴方なら言ってくれますわ」
アドニヤは「女の子が聞くことじゃないと思うよ」と言ったが、彼女は「かまいません」と即答してくる。全くこの子の人を見る目は正しい、とアドニヤは思った。まっとうな大人なら隠そうとするところだが、自分は実際にあったことを知りたがっている人物にただ話すのがなぜ悪いと思っている人間なのだということを、出会ったばかりの彼女はよくご存じだ。

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