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クリスマス市のグリューワイン

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The Princess of Sheba 第七話


「実際、俺はね……あの兄なんかと関わるべきじゃないと思うぜ。と言っても兄を慕ってるやつは誰も話を聞きやしないが」
「あら、どうしてですの?」
ニカウレは笑って、ひびの入ったコップ、王宮などではとてもじゃないが出されないコップを傾けた。騒々しい城下町の居酒屋に、彼はアドニヤに連れられてきていた。父のシェバはダビデと一緒にイスラエルの視察に行って、数日帰っては来ないし召使の目ならいくらでもごまかせると彼女が言ったので、彼も連れ出したわけだ。
「戦場で今にも死にそうな恐怖に襲われた兵士たちがとる行動知ってるかい。俺はそう言うやつを何人も見てきた」
「分かりませんわ。何ですの?」
「女とおっぱじめたくなるのさ!」
アドニヤは周囲の雰囲気に合わせてわざと下品に笑って見せる。
「嘘じゃないぜ。本当にそうなるんだ。たまらなくなって男同士でやりだす奴らだって出てくる。……そりゃあ生き物は卵か子供を産んで増えるよ。基本的には。だが生きるか死ぬかみたいな状況で、それをせずに死んだら自分は生き物失格だ!なんていう強迫観念が激しく表面化する奴が、この世にはどうも多すぎるらしい」
「強迫観念……?生き物としての生態なんじゃありませんの?子供を作りたがるのは」
「俺はそうは思わない。子供なんて作らなくても生きてりゃ生き物だ。子供を作らないやつも作りたくないやつも山ほどいるからな。この俺もそうさ……まあこんな議論は本題じゃない、やめよう。で、だ。キルアブの兄上は……もう長くないぜ。本人や周りがどう思ってるか知らんが、俺には見て直感できるんだ」
「まあ……」ニカウレは口を押える。
「兄上は女に興味がないんじゃない、わざと目をそむけているんだよ。周りには隠してるつもりかもしれないが俺にはバレバレさ。そんな奴が死に瀕して……どうなるか楽しみではある半面、兄上を慕っている奴らは……どんなショックを受けるだろうな」
ニカウレは口を抑え立たまま、おかしそうに笑いつつ上目づかいでアドニヤを見る。言変わらずそそる表情をするね、と彼は感じた。
「面白い話じゃありませんの」
「言うなあ」
そんな会話をしていると、酒場付きの娼婦がどんと肩を叩いてきた。
「アドニヤ!可愛い子連れてるじゃないの」
「おいおい、丁重に扱えよ。お前なんかじゃ足元にも及ばないご身分だぜ」
「またまたうまくやったのね」彼女は笑う。「まさかあんたと婚約するとか?」
「まさか」彼も彼で、逆に笑い飛ばした。「俺にとっては遊び相手さ、お前と同じくね」
「ちょっとちょっと、いいの、こんな本人の前で。しかもあたしみたいなのならともかく、こんな育ちのよさそうな若い子に!」
「いいさ。お互い了解づくだ、なあ?」
そうアドニヤに振られると、ニカウレはにやりと艶めかしく微笑んで見せた。
「ええ……だって短い人生よ。お互い楽しく遊んですごしたいじゃない」
「はあ……良い表情をするのね、参った!本当にいい子捕まえたのね、まさにあんた好みの女の子じゃない」娼婦も面白そうに笑う。「気に入った!あたしのお酌さ、飲みなさい!」
そんな二人の光景を眺め、宮殿の楽師たちからすれば愚にもつかないほど下手な、うるさいだけの音楽の演奏を聴いて、アドニヤは思う。
「(まったく……兄上たちの前では純朴な少女ぶっといて、その実なんて奴だ!)」


やっぱり狩りに行ってみようか。
アドニヤは癪に障るけど、せめて遠乗りにでも、行ってみたほうがいいかもしれない。外はこんなに晴れているのだし……。
ソロモンは書庫の窓から見える透き通る青さを見て、その日そう思った。
書物を読んでいるだけじゃ、草花の形も動物の動き方も、はっきりとは分からない。王宮の庭園にある植物や、飼われている動物じゃたかが知れている。やはり外に出て、いろいろ見て回った方がいいかもしれない……。
「ねえ、ニカウレ。君は書物を読んで、外に出たいと思ったことはある?」
隣に座る彼女に、彼はそう問いかけた。
「時々ね……やっぱり読んだものって、自分で確かめたいじゃない。動かずに実際確かめられるのは、星空くらい……」
「やっぱりそうだよね」ソロモンはうなずく。
「外に出たいの?行けばいいじゃない」
「行くよ。君もいっしょに行こう」ソロモンは言った。「君だって出たいと思うときはあるんだろ?」
「……あるけど」彼女は呟く。「許してもらったことはないわ」
「なんだって?」
「みんな責めるんだもの……若い女が勝手に出歩くなって。はしたない事なんですって。お父様には学問なんて嫌われているから、見たい物があるから連れ出してとも言えないし」
「そんな……理不尽だ」ソロモンは少々苛立ちを感じた。弓の稽古をしないとこんなもの読ませませんと、武術の先生に貴重な書物を取り上げられたことを思い出していた。やっぱりふしだらな女の子供は少々おかしい、と理不尽な陰口まで言われたことを知っている。
「お父様が帰ってきたとき、叱られたくないわよ」
彼女は縮こまってしまった。ソロモンは申し訳ないことを言ったような気分になり「ごめんね」と言った。確かにどうなるものでもあるまい。自分もあの武術の先生にはいくら抗議しても拳骨で黙らされた、女の子だとさらに、自分ではわからないしがらみもあるのかもしれない。そんなこと関係ないじゃないか、行こう、とはとてもじゃないが言えなかった。
「でも、だったら……いつか行けばいい」
「いつか……?」
「大人になった時とか……」
ニカウレはそれを聞いて、目を丸くする。
「大人になればもっと自由のはずだ……」
「……ソロモン、あなたは」ニカウレはぼそりと問いかける。「大人になって何をしたいの?」
「キルアブ兄さんを支えるんだよ、学者として」彼は迷いなく答えた。「あの兄さんのために働きたい……本当に、大事な兄さんなんだから」
「そう……いいわね」彼女は微笑んだ。
「君は?君も、学者になりたいんだよね。学者になって何をするの」
「私?私は……」彼女は言う。「私には、男兄弟はいないの。私は一人っ子。だから……いつかお父様が迎える相手の王妃として……とても賢い王妃として、その人を支えなきゃね」
しんみりそう言う彼女に、ソロモンは疑問を投げかけるように言う。
「……どうして、そんな二度手間するんだろう」
「え?」
「キルアブの兄上は……最年長の王子だから、国王になる」彼は言う。「でも君は……どうして唯一の国王の子供なのに、わざわざ夫を通して知識を披露しなきゃならないの?」
「そんな、だって」ニカウレは寂しそうに笑った。「私、女の子だもの……王にはなれないわよ」
その言葉を聞いて、ソロモンはなんだかたまらなく悲しい思いになった。この少女も言うのか、女だからと。知識も教養もふんだんに与えられるはずの自分の姉たちも、そのことを言い訳に学問をしない。学問を修めている彼女すら、そう言う。彼女たちにこう言わせている何かを、ソロモンはたまらなく恨めしく感じた。
「なんでそんなこと言うの」彼は全く素直にそう言いかえした。「いいじゃないか、賢い女王様がいたって。きっととても素敵だ」
ニカウレはその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。小さな窓から差し込む細い光が、彼女の緑の目をキラキラと照らした。
「……泣いてるの?」ソロモンは言った。
「ごめん……何か、悪いことを言った?」
「……ううん。言ってないわ。大丈夫」
彼女は細い指を、一回だけ目に這わせた。
「本当に気にしないで……ありがとう」彼女はそうとだけ言う。書庫はしんと静まり返っていた。


やがてダビデとシェバが帰ってきたあたりの事だった。
良く晴れた、昼下がりの事だった。
キルアブは数年ぶりに調子が良かった。シェバ王国の薬が効いたのかもしれませんな、と医者は言った。
歩くこともできそうなので、久しぶりに王宮の庭を散歩することにした。それを言った際のアビシャグは、調子が良くなったことよりも、心配の方が大きそうだったが。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫さ。医者も太鼓判を押した。ニカウレの持ってきた薬が効いたのかもしれない」
その言葉を聞いて、アビシャグの顔が若干曇ったことを彼は認めたが、その理由までは分からなかった。
「……私が元気になって、不愉快かい?」
「いいえ、そんなことは……」
アビシャグの様子がおかしい。なんだか最近、余り機嫌がよくなさそうだ。
しかしそのことを差し置いても、本当に良く晴れた気持ちのいい日だった、シャロン産の薔薇に限らず花と言う花が咲き乱れ、目にまぶしいほどだった。久しぶりに浴びる外の空気が、もっと体を良くしてくれるような気もする。
だが、「殿下、今日はご容体がよろしいようで……」とひっきりなしに挨拶をされることだけは落ち着かない。静かに散歩がしたいのに。そう思って彼はなるべく、人気のないとこを選んで歩いた。少し薄暗くても、部屋の中よりずっとましだ。
ようやく人心地がついたとき、キルアブの頭には考えるものがあった。数日前、自分と言う人間は一体どうしてしまったのだ。あれが自分だと考えたくはなかった。自分は色などに興味はないと必死に言い聞かせて生きてきたのに……。
それも、あんなに自分を素直に慕ってくれているいたいけな子供相手に。彼はここ数日、それを考えれば考えるほど情けなくなった。勢い余ってソロモン相手にすら冷たい対応をしてしまったことを、彼はいまだにどうも謝りきれないでいる。あの子だって、自分をめずらしく慕ってくれる、掛け替えのない相手なのに。
漸くあの真っ白な色が頭の中から離れようとしていた。ここしばらく、反省しようと思ってもあれが頭にちらついてしまってたのだ。辞めよう、こんなことは!誰にとっても失礼だ。何より自分は、そんなことを望めるような立場の人間でもない……。
そう考えてキルアブは、人気のないところをひたすらうろついた。自分の悶悶とした気持ちを消し去ってしまたいかのように。すると、目の前にひらひらと飛んでくるものがあった。青い羽根をした蝶だ。イスラエルでは珍しい。自分も、見たこともなかった。
そう言えば、まだ元気だった幼いころは虫取りもよくやったっけ。彼は思い、そしてもう一つ思った。そうだ、これを捕まえてソロモンに上げたらきっと喜ぶ。それで先日の事も謝って、仲直りしよう……。
とてもゆっくりと飛ぶ蝶だった。キルアブの脚でも十分追いかけていけた。彼は両手を構えて、じりじりと追いかける。蝶は彼に気がついているのか気がついていないのか、ひらひらと気ままに飛ぶだけだった。
彼が蝶を追っていくらも歩いたころだったろうか。ひらりと蝶はとうとう、壁に止まった。その壁に彼は、いつも持ち歩いている薬を入れる袋の、口の部分を押し付ける。蝶は逃げず、見事に袋の中に納まった。その中で蝶がもがいているのがわかった。やった!後は神殿付きの大工に虫かごを作らせて、蝶を虫かごに移して……。
と、その時だ。彼は自分の目の前の壁に、穴が開いているのがわかった。そしてその穴の中の光景は。彼の目に見えていた。
「……(ニカウレ!?)」

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