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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第七十八話

タムリンが、もうじき仕事の都合で国を離れるとは知っていた。
タムリンに感じたあの恐怖感のかけらをまだ持ってはいたものの、それでもビルキスにとってタムリンは自分の知らない世界を見せてくれた人だ。思いもよらなかった楽しさを、生きがいを教えてくれた人だ。もっと彼は裸教わりたいことはある。彼と離れるのは残念だった。
だから、その日タムリンが来ると言うのも、まだ彼女にとって苦痛ではなかった、彼女はタムリンの訪問を笑顔で受けた。
だが少し夜が更けてくると、タムリンはヒムヤリと一対一で話し合いたいと申し出た。
ビルキスは不思議に思ったが、父に促されるまま、顔所は引き下がった。だが扉を閉めた後、やはり、どうしても気になった。タムリンの話とは、なんだろう。
彼女はそっと、聞き耳を立てた。扉越しに、余りにも必死なタムリンの声が聞こえてきた。
「ビルキスを、私の妻に欲しい」
彼女はその瞬間、好奇心を持ったことを激しく後悔した。

表現しようもない程の不快感が襲いかかってきた。あの日、タムリンに感じた恐ろしさ、まさにそのものが、何十倍にも膨れ上がってビルキスに降りかかった。
理屈など頭に浮かばず、ただただ恐ろしかった。扉越しに、彼がどれほどビルキスを愛しているのか、どれほど妻にと切望しているのか、語れば語るほど、ビルキスは体が震えてきた。例えようもなく気持ち悪く、怖かった。
今まで自分の信じてきたものが、グラグラと崩れ去る気分だった。花嫁となる女は喜ぶものだ、と言う社会的通念など知っていたはずなのに、とてもとても、喜ぶ気になろなれなかった。足場が崩れ、奈落の底に叩き込まれるような恐怖がそこに会った。
タムリンは、自分を評価してくれていたと思っていた。自分のこの才能を、自分以外に見つめてくれる唯一の人。
信頼できる人。大好きな人。それらが全部、音を立てて崩れて言った。
彼にとって自分が、30以上も年下の幼い自分が、花嫁になり得る一人の女であったという事実に、理屈など抜きに身の毛がよだった。
彼の言葉はどこまで信じればよかったのか。どこからどこまでが本音。どこからどこまでが世辞。自分のご機嫌を取るための、下心の言葉だろう。今まですべて信じ切っていた言葉の数々が、まるで実態を消していくかのようだった。
楽しかった世界が、すばらしかった世界が、木っ端みじんに崩れていく。扉越しに聞こえるタムリンの思慕の言葉で、一つ、また一つと崩されていく。この世界を自分と一緒に作ってくれた、そうであると信じていた人物の者と同じ口から生まれる言葉で。彼は自分をほめつつ、口づけしたいと考えていたのだろうか、抱きしめたいと考えていたのだろうか、もしそれをされたら、自分に逃れるすべなどなかった。あんなにしっかりした体格の、大人の男相手に、自分が何ができる。一歩、もしあと一歩タムリンに理性がなければ、間違いなく自分はそれ素されていた。タムリン自身は熱を込めて、そうだと言わんばかりのビルキスへの慕情を語っていたのだ。足もとが震えた。立っていることすら、つらかった。
嫌だ、嫌だ、花嫁になどなりたくない。喜べない。ただ怖い。彼のその下心に答えねばならない身になどなりたくない。恐ろしい、気色悪い。何もかもが消えていく。目の前が、真っ暗になりそうだった。
ふとその時、頭の中に、何か思い出すものがあった。これは何?ずっと、幼い時の記憶のような……。
「ふざけるな……ふざけるなよ!」
祖の至高も吹き飛ばすような、力強い声が聞こえた。聞いたこともないような声が。ヒムヤリの声だった。

ヒムヤリは扉の向こうで、タムリンをはっきりと拒絶した様子だった。その瞬間、ビルキスは崩れ去る足場の中、自分の小さな足が乗っているまさにその一点だけが無事生き残ったような安堵を覚えた。
父が、自分をタムリンの妻にやってしまってもまるきりおかしくはなかった。けれど、父はそれを拒んでくれた。自分の子の恐怖を、わかってくれたのだ。
よかった。本当に、良かった……ビルキスは本当に、一命を取り留めた、そのような気分にすらなった。
もうタムリンの言葉を聞きたくない。彼女はそっと寝室に向かった。

それでも、やはり震えは止まらなかった。今は父が追い返してくれた。
だが、タムリンが自分をそう見ていたのだと言うショックは依然としておさまらなかった。どうして。どうして。大好きな人だったのに。
貴方はどうして、私をそんな目で見たの。どうしてただ、何かを教えてくれる先生のままでいてはくれなかったの。
彼女は布団をかぶって、震えた。それにすら恐怖を感じた。まるでタムリンが窓から入って、勝手に自分の体を書き抱くかのような不快感すら、想像できてしまった。
それを振り払いたい、そう願って、彼女はただ震えていた。
また、頭の中に何かに記憶がよみがえる。これは、ヒムヤリ邸の記憶じゃない。女性の声が聞こえる。いや、これは声?もっと概念的なメッセージのようにすら思えた。
母親の声……?
長い事思い出さずにいたその記憶が、今ポロリと殻をはがされるかのようだった。
その時、扉があいて、寝台を包むカーテンが揺れる気配がした。ビルキスはどきりとして悲鳴を上げた。本当に、タムリンが入り込んできたのかと思ったのだ。
「ビルキス……起きているのか?」
だからその声を聴いたとき、本当に、心の底から安心した。それは、父の物。
「お父様……!」ろくに言葉も言えないまま、ビルキスは父にすがった。怖かった、自分以外の誰かに、そばにいてほしかった。
「どうした?震えているのか?」父は問いかけた。
「聞いていたのか?」
ビルキスはそれに、コクリとうなずいて見せた。
「大丈夫だ、安心しろ」
淡々とした声で、父は彼女に告げる。そして、彼女を抱きしめた。力強く、胸元に、娘の体を抱きすくめた。
そして、彼女の安心は終わりを告げた。
暗い中、父の顔も見えなかった。だが、その抱擁は、自分を守るものではない、と彼女の体中が彼女に警告を与えていた。
その上で、動くこともできなかった。成人男性にしっかりと抱きしめられた11歳の少女、まして恐怖に身もすくみ、力の抜けてしまった少女に、一体何ができると言うのだろう。
彼女は再び恐怖し、震えた。意味も、何も分からずに、父親の声だけが降ってくる。
「安心しろ。お前は私が守る。ビルキス……お前は、私とお母さんの娘だもの。私を見染めた、あの麗しい精霊の……。あの、私が心の底から愛した、愛し合った唯一の女性の……」
父親の手が、服の中に入ってきた。ぎょっとする、体がこわばる。彼女はとにかくも、何か言おうとした。だが、言えなかった。父に、無理やり唇をふさがれた、父に口づけされた。それが親子の愛情からくる口づけでないことなど、日を見るよりも明らかであった。
袖口から突っ込んだ手で娘の体をまさぐりながら、ヒムヤリはゆっくりと唇を話し、言った。
「渡すものか。誰にも……許さない、私の娘を……私の精霊を……」

足場の全てが、崩れ去った。
ビルキスは父に凌辱されながら、奈落の底に落ちる気分を味わった。父の愛撫の手すら、冷たく吹き抜ける風の様な感触にしか思えなかった、拒絶の言葉も出てこない。心はただ、絶望の一色にそまった。
その時、彼女はようやく思い出した。漸く全て、思い出した。母が自分に残してくれた、唯一のメッセージを。
母は、自分に許しを乞うていた。おそらく、泣きながら。それでも、母に見つめられた記憶はなかった。母は、自分を見つめるのは怖かったのだろう。
「許してちょうだい、私の娘……」綺麗な声のようでもあり、もっと概念的なもののようでもあるそれが、おそらく赤ん坊の時ぶり、11年ぶりの脳の中に反響した。
「あなたが嫌いなわけじゃない。でも、貴方をこれ以上みるのが、耐えきれない。あの人と同じような体で、生まれてきたあなたを見るたび、怖くて怖くて、しょうがないの……」
引き裂かれるように体が痛む中、脳だけが隔離されたようだった。脳だけは、その時ヒムヤリのものではなかった。
「お母様はね、満月の晩に、人間たちを見に行ったの。獣の姿に変身してね……人間たちを見るのなんて、初めてだったから。素敵だったわ。わくわくしたわ。でもね。一人の人間がお母様を見つけて、武器を構えて迫って来たの。お母様は必死で逃げたわ。でも人間は追いかけてきたの。私たちは死ぬことはないけれど、武器で傷つけられれば痛いんですもの。寧ろ死ぬことがない分、余計に長く傷み苦しむんですもの。私は怖くて、とにかく逃げたわ。でも逃げ場のない崖っぷちに……ええ、そうよ、ここに追い詰められた……。あの人間は矢をつがえて、お母様はもうだめだと思って……その時、はっと思ったの。獣の姿なら追われても、同じ人間の姿になれば、傷つけられることはないんじゃないかって……そして……お母様は人間の女の姿になったわ。あの人は武器を地面に落としてくれた。良かった、傷つけられずに済んだって、安心したわ。でも……次の瞬間、あの人はとても怖い顔で、お母様の方にやって来たの。武器を向けるよりも、ずっと、怖い顔で……。お母様は怖くなって、何か言おうとしたの。でも、無理だったわ。人間の姿は真似られても、人間の言葉は話せなかった。あの人は私の所に寄ってきて、私を腕に抱いて、口づけしたわ。お母様はとにかく怖くて、足がすくんで、体を替えることもできないほど、全身が凍ったみたいになって……。体が切り裂かれるほど、痛いことをされたの。あの人はずっと、幸せそうな顔をしていた。私が苦しんでいるのも見えていないみたいに、ものすごく怖くて、物凄く幸せそうな顔をしていた……」
体は父親の暴力をただ受け、頭は母親の嘆きをただ聞いていた。父と母に支配されつくし、そこに、ビルキスと言う個人は存在しなかった。いや、ある種では、彼女は自分の原点に立ち返ったともいえるかもしれない。彼女はまさにこのように、父の身勝手な暴力と、母のやるせない悲しみが交わって、できた存在であったのだから。

ビルキスは気が付くと、寝室にいなかった。寝台ごと、屋敷の地下室に運ばれたようだった。目の前にはヒムヤリがいた。
「お父様……」
「安心しろ、ビルキス」
父の笑顔は、愛変わらず綺麗なままだった、昨日自分の娘が恐怖したなど、想像もついていないだろう程に。
「お前に色目を使うやつ等に、絶対お前を合わせない。ずっとお父様が守ってやる。だから、安心しなさい。お前はここに居ればいいのだ」
彼の糸を、ビルキスはその優秀な頭脳で、何もかも理解した。
彼女は寝台から起き上がろうとした。ずきりと下半身が痛む。しかし起き上がってとbリアから出ようとした。
だが、それもかなわな型。ヒムヤリに、あっさりと制止されてしまった。
「出して」彼女は言った。
「駄目だ。分かっているだろう?外は怖いんだよ。タムリンみたいなやつがいる……」
「いや、お父様、出してよ……」
彼女は金色の目を潤ませ、泣きだした。その瞬間だ、ぱちんと音がはじけ、頬にするどい痛みみが走った。ヒムヤリが彼女を殴ったのだ。
「何故泣くんだ!?お前を守ってやったのに!!お父様がお前を愛してやっているのに!」
彼は床に倒れたビルキスの衣服の裾を無理やり破いた。「見ろ!」彼は怒鳴った、
「お前の脚は化け物じゃないか!お前は人間じゃないんだぞ!人間じゃないお前を愛してやれるのは私だけだ!お前の価値を、精霊の美しさを理解しているのは、精霊と契るにふさわしい人間だった、この私だけだ!あのタムリンだって、お前のこの脚を見れば恐ろしがるに決まっている!誰だってお前を愛さないんだ、この私を除いて!!それなのに、なぜ外になど出たがるのだ!」
そう言ってヒムヤリはまた再び、ビルキスを寝台に押し付けた。自分の服もからげながら。
全てが、理解できた。
ヒムヤリが一番、自分のこの脚をあざ笑っていたのだ。
だから、外の世界は皆、お前を虐げると言っていたのだ。ヒムヤリは自分が見るように、人もビルキスを見るだろうとしか、思えなかったのだ。
しかし、そうわかったところですべてが無駄だった。逆らえない。自分は、逆らいようもない。母親が、そうだったように。

商人に、なりたかった。
知識を蓄えるのが、楽しかった。
誰も理解などしてくれない、小娘の妄想の世界を、もっと生きていたかった。

彼女は逆らわず、地下室につながれていた。其のまま、三年が経過した。

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