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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第八十話

シャラフがビルキスを一番にかわいがるまで、時間などいらなかった。
それも、今までシャラフが新しく来た若く美しい花嫁にするような執着とは明らかに違っていた。臣下達から見ても分かった。まるで、シャラフが年端もいかない少女の妾に支配されているかのようであった。
シャラフは、ビルキスの言うことなら何でも聞く。ただそれは鼻の下を伸ばしたご機嫌取りと言うよりも、まるで彼女の言い分を絶対に聞くに値すると、彼女を下から見上げ崇めているかのような態度ですらあった。
ただ、無理もないところはあるだろう。シャラフにとっては、初めて自分を微笑んで受け入れた相手だ。
王宮にはいくらでも書物があった。何人でも学者がいた。ビルキスがしたいと望むことを、シャラフは何だろうがさせるがままにさせた。
やはり、自分は頭がいいのだ。日々、ビルキスはそう実感した。
後宮での暮らしも、存外悪くなかった。シャラフには数人王子がいて、そろいもそろって父親似の愚昧と見えて、ビルキスに色目を使い、お前ほど美しくて父の寵愛を集めているなら、後宮では妬まれて虐められてさぞ大変だろう、と勝手に慰めてきたものだ。その弱っているところに付け込もうと言う魂胆だったのかもしれないが、あいにくとあらゆる意味でビルキスがそれにあずかる必要などなかった。よしんばそうであったにしても愚にもつかない王子たちの愛撫など必要のひの字もないのだし、だいいち、彼らが勘ぐるほどに、後宮の女はビルキスに嫉妬などしてこなかった。と、言うよりも、彼女らは皆、嫉妬などする元気もない様子であった。シャラフの正妻はとっくに死んでいて、後宮に居るのは妾だけだった。みんなシャラフの好色の犠牲になってきた女ばかりだ。かえって彼の気に入りがビルキス一人になって、気が楽にすらなったのかもしれない。さすがにそれは推察するしか無いのだが、いずれにせよ男は現実以上に女のことを、嫉妬深くて男を取り合うものと見たがるのだということをビルキスは学んだ。そこまで取り合われている気分になって楽しみたいものだろうか。
ビルキスについた専属の侍女が、サラヒル女史であった。彼女は長い間王キュに仕えてきていて、ビルキスが初めて会った時から、隙のない表情の持ち主であった。事実仕事にも一切手抜かりがなかった。
彼女もまた、ビルキスの嗜好をうるさく言わなかった。書物を読み漁り、学者を質問責めにする彼女の事を静かに見守っていた。大きなお世話を言おうとする人間が現れるや、ビルキスが言う間でもなく、彼女の方が王の一番の寵愛をお受けになっている方に、なんという口を効きますか、と毅然として返してくれたものだ。
ビルキスも、そんな彼女の事は嫌いではなかった。

月日が流れ、シャラフ王は死の床に就いた。王宮は後継者騒ぎで忙しくなった。
だけれども、後宮の女たちはたいして嬉しそうな顔もしていない。みんな、疲れ切っているのだ。第一王子を産んだ正妻はいないのだし、他の王子の母親たちも、自分の息子を、と推す気力も抜けきっているようだった。騒いでいるのは、男だけだ。
金ぴかに輝く趣味の悪い庭園をぶらぶら散歩しながら、その日、ビルキスはサラヒルと話していた。
「みんな、そんなに王になりたいものかしらね」
王が息も絶え絶えで寝ているはずの部屋の窓を見上げながら、ビルキスはそうつぶやいた。
「おや」サラヒルは少し意外そうに言った。
「ビルキス様は物事を良くお分かりになる方ですのに、なぜそのような、私でも分かることをお聞きになりますか」
「だって、不思議なんですもの」と、ビルキスは言う。
「王子たちはだれも、国を治めるような器じゃないわ。みんな、陛下と同じように暗愚で遊び好きなだけよ。国王が上手く務まるわけがないって、自分で自分の事がわからない物かしら」
その時にもなれば、サラヒルはビルキスにとって全くの本音を話せる間柄になっていた。どの王子たちだって、国をこれ以上悪くさせるためだけに居るようなもの。もしも自分があの立場なら、喜んで辞退したいくらいだ。身の丈に合わないことをやっていてもしょうがなかろう。
いや、待った。それも違うような気がする。もしも自分があの立場なら……辞退、するだろうか?
「……自分らしく生きられないのって、悲しいじゃない」
ひとまずビルキスは、先ほどの自分の発言における見解を、そう纏めた。自分は能力相応の立場を与えられない屈辱にあえいできた。ただ、背伸びをしすぎるのも自分らしくあれないという点では同じ。そう言う意味で、ビルキスにとっては王子たちが自ら不幸な道に突っ込んでいくのを見るようで、頭では分かっていても内心では飲み込めない思いがあった。
サラヒルは目を伏せ、言う。
「男の方は、男に生まれたというだけで、何物にも足るものだと教え込まされるのです。王子ともあろうお方ならば、なおさら」
切なげな声だった。
サラヒルも、確かもとはと言えば王の愛人として連れてこられた身の上だと聞く。飽きられたらそのまま女中になり、王宮で過ごしてきた。
父に囲われ、王に囲われて生きてきた自分よりも、きっと何人も見てきたはずだ。男と言うものが、どうふるまうか。
だが、その言葉には合点がいくような気がした。何よりもビルキスは、父を思い出していた。彼は本当に、理不尽なほどの自信の塊だった。世の中は全て自分を愛し、自分を求めていると信じ込んでいるからこそ、あの王な男に成れたのだろう。
それは美しく、家柄もよく、有能な生まれがそうさせるのだろうと思っていた。だが、その見解は違うのかもしれない。例え醜くても、愚かでも、父は、同じような自信を持って生まれてきたのだろうか。
ビルキスは段々、腹が立ってきた。急に、今の今の立場すらも、自分に足るものではないのかもしれない、と言う考えが頭をもたげてきた。
だってそうだ。自分は学べる、外国語が話せ、法を丸暗記し、政治の事も経済の事も知っている。生物学も、天文学の知識もある。王子のうち一人だって、自分ほどには頭の出来は良くない。
だが、それは小娘の道楽で本来片付くものか?本来、違う使い方をするはずのもの。其れなのに自分のこの立場では、学問の一つも生かせない。
自分があの立場だったら、辞退するか……それはあくまで、あの立場でなおかつ、同じくらいの能力だったら、と言う仮定。もし、もし今自分がこの自分のままで、あの立場に立ったのであれば……。
「私が、王に成れればいいのに」
ビルキスの口から、自然にそのような言葉がこぼれ出た。
サラヒルは切れ長の目で、驚いたようにじっとビルキスの事を見つめていた。悪びれる気はなかったが、さすがに不敬にあたるということも知っていた。「冗談よ、悪かったわね」と彼女が言おうとした矢先、真剣な顔で、サラヒルは言った。
「……良いかも、知れません」
流石にビルキスも、金の目をぱちりと瞬かせた。だが、サラヒルは続ける。
「王宮中が知っております。ビルキス様がたぐいまれなる才覚の持ち主であることなど。王子様たちですら、否定はできませんでしょう。それに、王家の不満は慢性的に広がっております。ここら辺で大きな改革が起こっても、むしろ国民にとっては望むところかもしれません」
にわかに、その本音は現実味を帯びてきた。
ビルキスはその時、この世には人知の及ばぬ大きな力が有るのではないか、と実感した。人間も、精霊をも飛び越えたところにあるもの。あるいはそれは神と呼ばれ、シバの教えによれば太陽そのものであるのかもしれないけれど、それの実態などどうでもいい。
暗闇の中光を見つけた時のように、自分が、そこに行くべき気がしてきた。それは地下牢の窓を抜けだした時の思いにも近い。
何者かが自分に似つかわしい運命を用意し、そこに導かれているような気が、ビルキスにはしてきた。
「……私の味方になるのは、誰かしら」ビルキスはにやりと笑った。
「……そうだわ。後宮よ。王子たちは誰も注目していないけど、妾とは言えど、王家と婚姻を結んだ人たちには変わりないわ。全員味方になってくれれば、後押しとしてこれ以上はないわ」
「なるほど……」サラヒルも、いたって真面目だった。
「しかし……王位継承権はどうします?」
「決まっているわ。陛下から、直接貰えばいい」ビルキスはいたってシンプルな答えを出した。「そこが出来なきゃ、そもそも話にならないもの」
「もっともです。愚問でしたわ」サラヒルは素直にそう言った。
「あとは……シバの伝統上、女王はないことが気がかりですわね」
「サラヒルさん。そこは大丈夫よ。伝統なんて、当てにならない」ビルキスは再度笑って言った。
「私たちはなぜ、王宮に住んでいるの?なぜ定住をしているの?もとはお言えば、砂漠の略奪体だったのに。伝統を守るのなら、ラクダに乗って、テントに住んで、外国人から物を奪って暮らしていればいいのよ。……伝統ほど、あてにもならない、実態もない、そのくせ都合よくつかわれる言葉何て早々ないわ」
「なるほど。……納得のいくお話ですわ」サラヒルも、にやりと笑った。隙のない表情の彼女がそう笑うと、本当に頼もしく見えた。
「サラヒルさん」ビルキスは聞く。「なんで、こんな話を聞いてくれるのかしら?」
「私が行きたかった道でもあるからですわ。もっとも私の場合は、王位を得る、程大それた話ではありませんでしたけれど」
納得できる理由の気がした。サラヒルも、こんな優秀な女性なのだから。

宮殿の最上階で、シャラフ王は今まさに死にかけていた。王子たちがご機嫌を取りに集まっていた中、現れたビルキスの姿は彼らの目を引いた。
「ビルキス……?」
シャラフはかすむ目で、彼女を見た。そして手振りで、息子たちに彼女と二人きりにするように指示する。王子たちも、どやどやと出て行った。
「お加減はいかがですか」
「お前が来てくれて、楽になったかのようだ」
「それはそれは……」
彼は震える手で、ビルキスの手を握った。焦点もあっていない目で、彼女の、シバ人の中でもひときわ金色に輝く瞳を見つめようとした。
「お前の事が気がかりだ」
息子の事も、臣下達の事も、自分が傷つけた無数の女たちの事も、彼は忘れて言うかのようであった。
「わしが死ねば、お前があのドラ息子共のものに……そんなことが許されてなるか、お前は、あいつらの妻となるような器ではない……」
「陛下」ニコリとほほ笑み、ビルキスは言った。
「陛下は私に、何でも許してくださいました。最後のおねだりを、聞いてくださいますか?」
「ああ、いいとも。お前の欲しい物なら何でもくれてやる」
愛、と言うほどの感情は、覚えてはいなかった。尊敬に値する男でもなかった。
「では、私に相応しい器をお許しくださいませ」
それでも、少なくともタムリンよりは、父ヒムヤリよりはましだった。愛しておらずとも、尊敬しておらずとも、憎むほどの相手でもなかった。
「私は玉座が欲しゅうございます。王冠が欲しゅうございます。……いいえ、違いましたわ。あんなものは王子様にあげてやってもよろしいの。ただの椅子や帽子と変わりありませんもの。ただ、この私の才覚を、シバのうちで最も活かせる立場につけてください。……シバの王の位に私が付くことをお許しくださいませ」
何よりも、彼がいなくては、自分はここまで来れなかった。
「なんだ、そんなことか……よいよい、勿論だとも。お前が望むなら、なんでも……ペンはどこだ、紙は?ああ、そこにあったのか。ありがとう、ビルキス。お前にこうして物を渡されるのも、もう最後なのだなあ……待っておくれ、お前の言うことを聞かないうちは、死んでも死にきれんからな……それ、それ、書いたぞ。大丈夫だ。ほれ、王の印も……ほれ、押した。さあ、これで大丈夫か。そうか、良かった。お前に喜ばれるのが、何よりうれしいよ。星の数ほど女を知れど、お前ほどの娘には合わなかった……うん。もう少し、もう少し、このまま居させておくれ。最後くらい……安らかにありたいものだ」
だから、決めていた。
王から最後に貰うものは貰っても、死ぬその時まで、彼の手だけは離さないでいてやろう。それがせめてものはなむけだ。
罪深い王ではあったが、なんとも、惨めな王でもあった。酒や女に溺れていたように見えでもその実は、ただただ微笑まれただけの小娘に、その微笑み一つに執着するほど、飢え乾いていたということなのだから。
夕日が沈むより一足先に、暁の息子シャラフ王は、命を引き取った。

王が最後に残した、王位をビルキスによこすという遺言状は当然、大きな波紋を呼んだ。反対意見など、山のように出た。
だが、結局彼らなどビルキスの敵ではなかった。なぜ自分ではだめなのか、時に法の解釈で、特に徹底的な理詰めで論破しにかかるビルキスには。そして、サラヒルの根回しで後宮を丸ごと味方に付けたビルキスには。
彼女達だって、王子たちにはうんざりしていたのだろう。雨後の竹の子のごとく湧いてくるだけの、似たり寄ったりの愚昧な王よりも、自分と同じ女に自分の失われた人生を託してみたい、と言う気持ちが、男に寄って人生をつぶされた彼女たちに会ったと思うことは、それほど不自然ではないはずである。
結局、誰もがシバの女王の即位を止めることなどできなかった。王の喪が明け、アルマカ神殿で太陽神の宝冠を、アルマカの娘の称号を頂いたのは、今は亡きシャラフ王が死に際に指名した18歳の少女、ビルキスであったのだ。

そうしてすべてがひと段落ついた番の事だった。ビルキスは香料の香りに包まれながら、湯あみをしていた。
サラヒルは引っ込んでしまい、一人きりだった。数々の仕事をこなして、さすがに体も疲れているようだった。気が付くと、足が元通りの、獣の足に戻っていた。
力を抜いてしまったのが原因だ折るか、だが彼女は何となく戻す気にもなれず、それをじっと見つめていた。
ふと、ビルキスは気が付いた。漸くやることが全て終わって、此れから自分に相応しい人生を生きられるのだ、となってようやく、逃げ出したあの家においてきた疑問が頭によみがえって来たのだ。
自分は女王になった。けれど、純粋な人間ではない。其れには結局、慣れないまま。
しかし、シバの民は精霊を女王に付けたとは思っていないはずだ。彼らは自分を、人間だと思っている。
人間とは何か。何を持って人間なのか。父は人間ではないお前は劣っていると言っていた。それは、本当にそうなのだろうか、
自分は人間か。人間であるべきなのか。完璧な人間ではなくとも少なくとも女王にまではなったが、もしも人間として生まれたら、もっと、これ以上の素晴らしい運命を与えられたのだろうか。
そうだ。もう一つ、感じていたことがある。父の凌辱を受けながら、自分はこれは愛ではない、と思っていた。この世の人は皆愛を重んじるのだから、愛とはもっと素晴らしいものであるはずだ、と。
だが、王宮に入ってからも、結局愛と思うに値する感情は知らずじまいだ。どんなものだろう。人を愛するとは、どのような、素晴らしい感覚なのだろうか。
そうだ、ついでにもう一つ、とまたビルキスは思い当たる。自分にこのような運命を与えてくれた絶対的な存在は、なんなのだろう。シバ人が言うとおり太陽なのか。あの黄金の神像に実際に宿っているのだろうか。それとも、もっと別の所に……存在しているのだろうか。
状になってから、やることは山ほどある。したい仕事も、やらなくてはならない仕事もある。自分に協力してくれた女性たちへの礼もしなくてはなるまい。
だがそのような中で、その時ビルキスの心の中に新たに、此れからやりたいことが生まれた。その三つの問いの答えにいつか出会おう、と彼女は強く思った。知りたいこと果てしなく求め、望んだものを手に入れた自分なのだ。その問いの答えを見つけない事には、つまらない。きっと、それを知ることもまた、自分にふさわしい道なのだ。

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