クリスマス市のグリューワイン

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feat: Elijah  第五話

せっかくということで、エリシャはその日未亡人の家の昼食にお呼ばれした。午前中の作業を早々に片づけてから、彼は再び未亡人の家に戻った。

エリヤは彼女の手伝いをしていて竈の前で神妙にパン菓子の焼き加減を見ていた。一人息子のほうは楽しみそうに食事を待っていて、とてもとても死んでいて生き返ったばかりだとは思えなかった。きっと自分が彼女の泣き声を聞きつけなければ、彼が一瞬死んでいたなんて夢にも思わなかったはずだ。エリシャの前にいるのはただ、病が治って元気になっただけの少年だった。
エリシャは目いっぱい忙しそうにしている未亡人の方には近寄りがたく、エリヤのそばに寄った。「よお。エリシャ君」と、エリシャが話しかけるより前にエリヤのほうが口を開いた。
「あのさ。頼みがあんだけど」
「な、なんですか?」
エリヤは竈をじっと見つめていて、エリシャのほうに目は合わせなかった。エリシャは若干緊張した。
「俺があの子治したってこと、誰にも言わないでくれるか?俺は追われてる身だぜ、俺がここにいたのばれてみろよ、あの奥さんにも迷惑かかるじゃねえか」
ゆらゆら揺れる炎に、彼の顔が照らされていた。エリシャの目に映る彼は、少し力を消耗して疲れているように見えた。
「いいか?」彼はもう一度、ぼんやりともはっきりともつかない口調で言った。エリシャは「は、はい」と返した。
それで会話が終わってしまったので、エリシャは少し気まずく思って、数秒間の沈黙後に今度は自分から口を開いた。
「貴方のおかけで、ずいぶん昔ながらの宗教が復活してきましたね」
「…おお、そうかい。ま、俺じゃなくて、神様の力だけどな」
彼はその言葉にふっと笑って、焼きあがったパン菓子を取り出すと「奥さん、出来上がったぜ」と飲み物の準備をしている未亡人に声をかけた。

未亡人の口から、エリシャはなぜエリヤがこの家にいるのかを聞いた。未亡人はエリシャのように二年前カルメル山に直接向かったわけではないので、エリヤを見たことはなかった。初めて会ったときは、彼の事をただ修行者の一人だと思っていただけらしい。初めて彼女がエリヤを見つけた時、彼は行き倒れていたとのことだ。彼女は薪ひろいをしていた。彼女は彼に水を飲ませた。彼は藁にすがるような勢いでそれを飲んで、ようやく一息ついたころに「ありがとう。おかげで生き返りました」と言ったそうだ。
彼は同時に、何日もものを食べていないようにも見えた。だが水があげられたものの、食べ物となるとちょうど彼女は小麦に困っているところだった。なので最初は彼女も可愛そうだとは思いつつエリヤを受け入れることを渋り、食べ物を要求されないうちにもっと裕福な家に行ってもらおうと思い、口を開きかけた。
だが、その時不思議なことが起こったらしい。不意に一瞬、彼女の目の前に小さな稲妻が飛んだ。
それに続くように、エリヤが「奥さん。悪いけど、一切れでいいからパンもいただけませんか。何日食ってねえのかも覚えてなくて……」と言った。彼女は彼に機先を制されてしまったことにはっとしたが、あわてて申し訳のなさそうな顔をして、自分の家にはもう余分な小麦はないことを告げた。するとエリヤは、ならばせめて屋根裏部屋にでも泊めてほしいと彼女に言った。さすがに彼女も、それは拒めず、彼を連れて家に帰ったそうだ。
そして残っているわずかな小麦で自分と息子のぶんのパンを焼こうとすると、なんと小麦の壺には彼女も知らないうちにいつの間にか小麦はいっぱいに入っていたそうだ。
彼女はあわててエリヤに言った。食べ物を食べさせたくなくて嘘をついたんじゃない、知らないうちに増えていたんだ、信じてくれ、と必死に彼に言った。彼はそれを聞いて「ああ。もちろんわかってますよ」と笑って言ったらしい。
それから、エリヤは彼女の家に居候し始めたそうだ。ほどなくして未亡人は彼が王宮に指名手配されている預言者エリヤだと彼自身の口から聞かされたが、その頃にはもうすでに彼を王家に引き渡す気にはなれなくなっていた。小麦を不思議な力で増やしてくれた恩もあるし、息子も彼になついていた。ただ彼がいること知られるとお互いに何かと厄介なので彼は極力家から出ずにいてもらい、存在を内緒にしていたそうだ。それで、エリシャもすぐ目と鼻の先に居ながらエリヤの存在を知ることができなかったということである。彼が語るところによれば彼は神の導きで遠路はるばる彼女の所まで来たらしい。その旅路に集中するあまり飲食を忘れていたとの事だった。そして、次にどうするべきか神の言葉を待っていたらしい。彼の力で食べ物も途切れることはないのだから追い出す理由もない。それに何より、夫が死んでからというもの二人きりになっていしった家族に新しい一員が増えたような気分で、ここ一か月ほど彼女と息子はエリヤと共に暮らしていたと彼女は言った。

未亡人がエリシャにそう話している間、エリヤは息子の方と遊んでいた。彼は全く普通の気のいい男性と言った感じで、あの雷の雨を降らせた人物と被るところはあまりなかった。あの時の彼、そして今朝あの息子を復活させた彼はまさに神がかりという感じがあったが、そんな彼でもこのような表情をするときもあるのか、とエリシャは思った。いつの間にか、エリシャも息子と遊ぶ彼を見ていた。エリヤは歳よりもなかなか少年らしい表情をするので、子供二人で遊んでいる様にも錯覚できると思えた。
そんな中、ふとエリヤの動きがとまった。ものの数秒の間、何かに縛られたように硬直してしまった。腕をあげ、目を見開いたまま、彼だけ時間の流れから取り残されたように固まってしまった。
しかしそれも、たった数秒の話だった。未亡人の息子が心配そうに話しかけたころには彼はまた平生を取り戻して、そのことを軽く詫びて遊びに戻った。エリシャはなんだか、ずっとエリヤを見てみたいような気分にも駆られた。


昼食と午後休みを終えると、エリシャはこれ以上の長居は流石に失礼だと言って自分の畑での作業に戻った。
畑を耕している間、彼はエリヤの事を考えていた。彼がごく近くにいるなど、いまだに非現実的なことのように思えた。あの体中を打ち抜きそうな大雨、世界を破壊せんと言うほどの雷撃、バアルへの憎しみに燃えた彼の鬼気迫る表情、二年前のことが彼の頭に鮮やかに思い浮かんだ。作業は驚くほど早く終わって、夕方ごろエリシャには思いもよらない暇ができた。彼は農作業に使っている牛、計十二匹を家畜小屋に戻すと、暇を持て余すようにぶらぶらし始めた。
その時だ。
「よう、エリシャ君。もう仕事の方、いいのか?」と声が聞こえた。振り返ると、近くの木の根元にエリヤが座っていた。
「エリヤさん」彼は驚いたように言った。エリヤは笑って「座れよ。昼の時はせわしなくてあんま話できなかったからさ」と彼に手招きした。言われるままに、エリシャも彼の隣に腰かけた。
「イスラエル、すっかりよくなったんだな」彼は豊かに生い茂る農地を見つめて言った。「やっぱり、神様は怒っているより優しい方がいい」
「エリヤさん。僕あなたに聞きたいことがあるんですよ」エリシャは彼に問いかけた、彼は「なんだい?」と笑って言った。
「神様と言うのは、どうすれば感じられますか?」
エリヤは彼の質問に怪訝そうな顔をした。エリシャは彼に、自分自身が二年前から語っている神への憧れの念のようなものを語って聞かせた。神をありがたいと思うのはこのように豊穣をもたらしてくれる時など、具体的な利益をくれる時だとばかり思っていた。しかし、そうでなくても神のエネルギーに触れるだけで何か、うまくは言い表せない素晴らしいものをエリシャは感じたのである。利益など得られなくとも、神に近しくなってみたいとエリシャは感じていた。だからこそ、エリヤにその質問を問いかけてみたかった。おそらく、イスラエルで一番神に近しい男はエリヤだとエリシャは思っていた。
エリヤはその質問を聞いて「そいつは……なんだろうな。なんつうか……うまい答えが見つからねえな」と難しそうに言った。
「預言者の殆どは小さいころからそれとしての教育受けちゃいるけど、それで必ずってわけでもねえし、受けねえパターンもあるわけだしな」
「そうなんですか?」
「俺を見てみろよ、そんな御大層に育てられてきた男に見えるか?」
エリシャは目の前のエリヤの野性的な風貌を見て「そうですね」と笑った。
「だから、結局どうすれば、ってのは言えねえんだよな……ただ、エリシャ君。多分、これは神様に関するだけの事じゃねえが、覚悟ってもんがいると思うぜ」
「覚悟?」
「おうよ。神様のために今持ってるもんを棄てられるか?って言われて棄てられねえようじゃ、おそらく難しいんじゃねえかなって思うんだ。俺はな」
エリシャはその言葉を聞いて少し考え込んだ。自分は家の大切な跡取り息子なのだし、それを棄てられる覚悟が自分にあるのかと言えば、少し怪しい。エリヤは彼に言った。
「あー……すまねえな。変な話しちまって。そんな深刻そうな顔すんなよ」
そういってエリヤは、エリシャの頭をポンポンと数回叩いた。


エリシャはその夜、考えた。自分に覚悟はあるのだろうか。父や家を裏切ってまで近づくほど、神とは力あるものなのだろうか。
ただ、考えれば考えるほど、彼は自覚するものが増えてきた。彼は神に確かに憧れているし、また同時にエリヤにも憧れているのだと自覚した。彼の起こした神秘を、一度ならず二度までも自分は目撃したのだ。彼のように神に近しい人間となってみたいと自分は確かに欲しているのだと考えてみて分かった。
しかし同時に、父や家、故郷への愛もどんどん自覚出来てきた。数年前までは考えてもみなかった父の愛に、今頃気づかされている。神への憧れを持ったのが大干ばつの頃だったらどれほど楽なことかとエリシャはため息をついた。
答えは出なかった。強いて出た答えは、エリシャはどちらも大切に思っているということだった。いつの間にか、彼は寝てしまった。


夜が明けて、エリシャはまた十二頭の牛と一緒に畑を耕しに出ていた。いつもと変わらない単調な作業だった。やがてひと段落ついて、彼は牛を一頭ずつ川辺で洗い始めた。一頭目、二頭目、と洗って最後の十二頭目になった時、「エリシャ兄ちゃん」という声が聞こえた。
未亡人の息子だった。エリシャは笑って彼に挨拶したが、彼は何か焦っているようで息を切らしていた。
「兄ちゃん、あのおじさん、今日どっかに行っちゃうんだって」
彼は数回深呼吸すると、まくしたてるように言った。エリシャはその言葉をすぐには呑み込めず、川辺で草を食んでいる自分の牛たちのように数回反芻しながらではないと理解できなかった。エリヤがもう出発する?昨日再開したばかりの彼が?まだそうたくさん話もしていないというのに?
そのとき、ばさりと何かが降ってきて、エリシャの上に覆いかぶさった。毛皮でできたボロボロのケープだった。エリヤが衣装の上に着ていたものだ。
エリシャが辺りを見渡すと、いつの間にか少年の後ろにエリヤが立っていた。
「聞いた通りだぜ、エリシャ君。俺は今日にでも出発しようと思っているんだ。神様から、ようやく啓示が来てな」彼は言った。
エリシャは目を白黒させていた。エリヤとまだ離れたくない、と言う気持ちが湧いて出た。
「エリシャ君」
そんな彼の気持ちを見透かしたかのような声で、エリヤが言った。
「よかったら、俺についてこねえか?」
彼の鴉の羽の色の瞳が、しっかりとエリシャを見つめていた。


エリシャは彼のケープを握りしめたまま、彼の言葉を反芻していた。エリヤは続けた。
「神様からのお告げは、もう一つあったんだ。この土地で俺の後継者になる人物がいるから、以後はそいつを連れて旅しろ、って」
エリヤはエリシャのもとに寄ってくると、自分より少しだけ背の低いエリシャを見つめて言った。
「俺は、それは君のことに間違いねえと思った。君は神様を愛してる。俺がもし後継者育てるんなら、そういう奴こそ適任だと思っている、他には何もいらねえ。だが、これがなかなか難しいんだ」
彼はあえて、昨日のようにエリシャの頭をたたいたりはしなかった。
「エリシャ君。嫌なら嫌でいいさ。君にゃ君の人生がある。でも、少なくともいいか駄目か、答えちゃくれねえか」
エリシャの頭の中で、どう言えばいいかがぐるぐると駆け巡った。目の目で起きていることが信じられなかった。祭司の家に生まれたわけでもない自分が、神とともに歩む道を行けるというのか。このエリヤと一緒に。
彼は、しばらく後、口を開いた。
「ついて、行きます……」
自分の中に何かが燃え上がるのがわかった。そうか。この感覚か。覚悟と言うのはこの感覚か、とエリシャは実感した。
「ついていきます。あなたに……ついて行かせてください!」

彼はそういって、自分の頭に乗っかったままのエリヤのケープをとって、彼に返した。エリヤはそれを聞いて「嬉しいぜ。ありがとう」と、また、あの少年のような笑い方で言った。


「あの、ついていく前に、一つ、いいですか?」エリシャはエリヤに言った。
「おう、なんだ」
「……父さんと、母さんに、お別れを言いたくて」
エリヤに、覚悟が足りないと言われるかもしれないと思った。それでも、エリシャはこういわなければ気が済まない思いもあった。自分が家を愛していることに変わりはない。黙って家を出ていくのは、嫌だった。勘当されようと必死で止められることになろうと、両親には言っておかなければと思った。
エリヤは意外にも「ああ、いいぜ、勿論」と軽く返した。

エリシャは離れたところで働いている父と母のところに言った。「お父さん、お母さん」と呼びかけた息子のいつになく真剣な表情を見て、二人は戸惑っているようだった。
エリシャはずいぶん早口で、ことの顛末を言った。家を継がなくてはならないのは分かっている。無責任な行動だということもわかっている。でも自分はどうしても家を出ていきたいのだと、心のすべてを一気に吐き出すように、ありのままに両親に言った。
すっかり言い終わった時、エリシャはどんな反応が来るかと内心で畏れた。自分は家の長男として、とんでもないことをしているのだ。父親になんと言われようとも文句は言えないと思った。
ふと、自分の体が抱きしめられたのがわかった。父が、自分に、接吻した。彼は泣いていた。

「なんとなくな、そんな気がしていたんだ」父は言った。
「父さんも、母さんも、最近、ぼんやりとだが、お前が出て行ってしまうような気がしていたんだ……そうか。なるほど、そういうことだったんだな」エリシャを抱きしめながら父は言った。「大きくなったなあ。昔は、すっぽり入るくらい小さかったのに」
エリシャの目にも自然と涙が浮かんだ。
「エリシャ。お前がそう決めて、きっと天の神様もそう決めているのだろうな。父さんに拒む権利はないよ。心配するな。父さんも母さんも、まだまだ若いんだ。お前が帰ってくるまで、立派に家は守っているさ」
大干ばつの頃、荒んでいた父を内心エリシャは蔑んでいた。今になってようやく父の穏やかさと優しさが骨身にしみてわかるなんて、と、エリシャはボロボロ涙を流した。
「でもね。すぐ出るなんて水臭いことを言わないことだ。牛を屠ろう。隣の奥さんと息子さんとも一緒に、小さなお祝いをしよう。お前と、お前の師匠の門出だもの」
それから先は、もうお互い言葉になっていなかった。エリシャも、父も泣いた。エリシャの母もいつの間にか彼の背後に立って、彼を抱きしめていた。彼女も泣いていた。

小さな門出が祝われた。一頭の仔牛が用意されて、エリシャ達は皆でそれを食べて、別れを惜しんだ。終わったころには、すでに午後も遅くなっていた。そのあたりになり、ようやくエリヤとエリシャは出発した。エリシャの家族や未亡人の家族は、長い間彼らに手を振っていた。
「エリシャ」エリヤが、だいぶ町から遠ざかったあたりにエリシャに言った、
「家族って……いいもんだな」
「はい」とエリシャは笑顔で答えた。そのまま、彼らは何処かに向けて歩き始めた。



次の朝、未亡人の家にある来客が来た。声を聴きつけて出てきた未亡人は、一瞬その来客の姿にどきりとした。
扉の前に立っていたのは、はっとするほどの美少年だった。長い髪を一本の三つ編みに結わえ、祭司の着るような黒い外套を羽織っていた。ただ、それは妙に丈が長くて、彼はそれを持ち上げるようにして何とか裾を地面から浮かせていた。女の自分より格段に色白で、長いまつげに縁どられた涼やかな目をしていた。少女のような色気すら、彼は持っていた。
「奥さん」彼は高めの細い声で言った。
「預言者エリヤは、どちらに行きましたか?」
未亡人はどきりとした。「知りません」彼女は言った。
「隠さないでください。エリヤは、ここにいたんでしょ」彼ははっきり確信した声で言った。
「安心してください。ボク、アハブの手下じゃないですから。むしろ……その、正反対」
彼はにんまりと笑う。未亡人はうろたえながら、「え、ええ。でも、本当に、どこに行ったかはわからないんです。行先は全く教えてくれなくて……」と言う。
それを聞くと彼は一瞬舌打ちした。しかし、舌打ちの後、今度は長い袖で口を隠して笑いだした。
「……ま!あのひとらしいといえばあのひとらしいか。すみません、奥さん。変なこと聞いちゃって。……でも、せめて、どっちの方向に行ったかくらい、教えてくれませんか?」
未亡人は得体のしれない美少年がだんだん怖くなり、答えを渋る気になれなかった。恐る恐るエリヤが向かった道を指さした。彼は未亡人にぴょこんと一礼すると、長い裾を翻して馬に飛び乗るとその道に進んでいった。

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