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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第八十二話

ソロモンとビルキスが親密になっていることは、とっとと知れ渡った。何をおいても、彼ら自身にそれを隠す気がさらさら無いようであった。
彼らはこそこそとしているどころか、堂々と二人でイスラエル王宮を歩いた。王と王妃、いや、それ以上の結びつきであるかのように。
おまけに、もう一つ大きなニュースがあった。ビルキスは、イスラエルの宗教に感銘を受け、自分もイスラエルの宗教に改宗する、と言うのだ。
当然シバの高官は反対したが、シバの女王は「信じる神を見つけたからには、太陽を崇め続けるわけにはいかない」の一点張りだった。臣民たちに強制はしない、とだけは言い残し、今はソロモンやザドクから、一生懸命にモーセの律法を教わっている。
ソロモン王との親密な中から発展したのでは……と勘繰るものが当然いないではないが、少なくとも祭司長ザドクの目からは、彼女はイスラエルの神学生にも珍しい程に、イスラエルの神に興味と敬意を持っていた。
そこまでならザドクとしても、止めるわけにもいかない。もとより異邦人が改宗する分には、大歓迎だ。シバ人たちも、結局女王の決断に強くは言えない様子であった。

アンモンに対する措置は、不思議なほどなにも行われなかった。ハヌン王はどれほどにまで、ソロモンからの報復を恐れていたことだろうか。ソロモンからようやく来て、恐る恐る開けた手紙には、「そろそろイスラエルの情勢も落ち着いた、もうナアマをかえらせても安全だろう」と言う内容のもの、それに、「こちらの内紛に巻き込み、迷惑をかけた」と、どうともとれるメッセージが付け足されていた。
ナアマは無事、エルサレムに帰還した。

帰還したナアマの事を、ベナヤはさっそく出迎えた。彼女の方は、どこか疲れたような表情で、久しぶりにベナヤに会ってもあまり大々的にに喜びはしなかった。
祖国に強制的に戻らされて、帰ってきたら夫の側に別の女がいた、普通の女性であれば気に病むだろうことだが、ナアマに至っては心配はないのではないか、そう踏んでいたベナヤは、期待にあたっているともいえないその状況にいささか狼狽し、ナアマの事を心配した。あえて包み隠すことなく、シバの女王の事について思うところがあるのか、と聞いた。
「そうね……否定は、しきれないわ」ナアマは呟いた。
「もちろん、貴方がわかっている通りあの人を取られた、とか、そう言う気分ではないと思わ。でも……なにか、悔しいのよね。あの女王様じゃなくて、あの人の事が……」
ナアマはベナヤを拳ひとつほど離れた隣において、一とうつむきながら言葉を探している様子であった。
「そうね……あの人が、誰かに愛されてるのがこんなに悔しいって、思わなかった」長考の末、彼女が導き出した言葉がそれだった。
「何もかもあの人に負けて、でもあなたと愛し合うことができた時、私、あの人に最後に勝っている所を見出したのかもしれないわ。私を愛さない、他に愛人も作らない、アンモンに居た時からずっと一人で生きてきたあの人を見てきて。私は、愛が得られる人間。でも、あの人はあの才覚と引き換えに、愛を得られない人間なのだと思っていたの。それはたぶん……今までよりもずっと、ずっと私を誇り高くさせたのかもしれない。貴方との愛を知って、これを知らない相手なら、いくら賢王であろうとも引けを感じることはないって思いが、どこかにあったのかもしれない」
それを聞いて、ベナヤはああ、と初めて感づいた。そうだ、それこそ、今初めて気が付いた。
自分も、ソロモンを心の中では下に見ていたのかもしれない。
昔一瞬だけ見た、厳重にマントにくるまった、小さな影。あれを、ずっと引きずっていたのかもしれない。
いくら力をつけようとも、誰からも愛されず、黒いマントで全てに遮断された、孤独な王。彼の事を、ずっとそう思っていたのだ。他の何を得ることはできても、愛だけは得られない人間だろうと。
そうだ。自分はソロモンと初めて話をした時、彼を支配する気でいたのであったっけ。
「違うのね。私にとってのあなたみたいに、あの人に見合う人が今までいなかっただけのこと。あの人と愛し合う運命を与えられている存在が、私達じゃなかった。ただそれだけの事で、あの人も当たり前に生きて、人を愛する存在だったのよね。その上であの人は、何もかも、私より上だったのよね」
「ナアマ様。私は、今ナアマ様の気持ちがお分かりになります。非常に良く、お分かりになります。ソロモン王は、なぜあんなに、何もかも与えられているのでしょう。あの人はいくら我々のような凡才が妬み嫉みを向けようと、あの赤い目をこちらへ向けることもなしに、蟻をつぶすかのように踏みにじってしまうお方なのです。誰が蟻をつぶす際、罪悪感を感じましょう。あの人にとっては、ただただ、御歩きになられているだけの話なのです。神に罰せられる極悪人の行為でもなく、ただ、我々より大きな存在だから、あたり前の事なのです」
ナアマはベナヤのその発言に面食らった様子であった。ベナヤに慰められこそすれ、この夫に対する嫉妬心への同情を貰ったことはなかった。
「悔しいですよ。とても……ただただ、羨ましい。私は、あの方ほどには、持ってはいませんから」
「ベナヤ……」
ナアマは一息はさんで、薄く笑って言った。
「ありがとう。ようやく、私の気持ちがわかってくれたのね」
「ええ」
ただ、とベナヤは思う。自分は持っている。ナアマは、自分が持っている。例えそれがソロモンにとっては、取りに足らない雌蟻、欲しいとも思わない興味もわかない物であっても、ただ、自分は、ナアマを持っている。それが、確かに幸せだ。

「……お見事!」
律法をすっかりそらんじてしまったビルキスに、ザドクは舌を巻いた。そばで見ていたソロモンもフフ、と笑う。
「私の時よりも早いかもしれないな?」
「いや、陛下も似たようなものだったといつも愚痴をこぼしていましたよ、アビアタルは……」
「それ、どなた?」と、ビルキスが聞く。
「私に律法を教えてくれた男だ。最も今は宮殿にはいないがな。私の即位に逆らい、兄についたから」
「あら……残念。でも、確かにそんな方よりは、この祭司様に教育を受けたいわね」
サドクは苦笑いしながらも、続ける。
「我々の神への改宗は、もういつでも行えますよ。神殿にて、お待ちしております」
「ええ、私もこちら側の整理をつけたら、すぐ生かせて貰うわ。シバに帰る日まではね」
ザドクは立ち上がり、一礼をして去っていく。「ビルキス」ソロモンは声をかけた。
「今日はどこに行こう。行きたいところはあるか?」
「そうね……イスラエルの葡萄畑に行ってみたいわ。ヒラム王がとても質がいいって言っていたもの!」
「承知した!それじゃあ、さっそく」
ソロモンもビルキスも、ただ、楽しい。毎日が充実していた。
婚約したての少年少女のように、お互いの前では、彼らはいくらでも無邪気に愛し合えた。清水の湧き出る谷、エルサレムの城下の市場、黒い実が所狭しとなるブドウ園、知っているはずのイスラエルの景色の数々も、彼女といればここまで美しく見えるものだろう、とソロモンは感動すら覚えた。

広々とした葡萄畑の中、誂えられた開放的な天幕の下に敷かれた敷布とクッションの上に腰を下ろして、彼らは一休みした。農場の持ち主が、もぎたての黒真珠の塊のような葡萄を二人に持ってくる。ビルキスは房ごと取って、丁寧にかじりついた。
「夢のようね、何もかも……」
「ああ」
ソロモンは、房から粒を外して食べる。今年の葡萄の出来は、非常に良いようだ。
神の祝福を、心から感じる。イスラエルにも、自分にも、そして自分の隣にいる彼女にも、神の慈愛が降り注いでいるのだ。
「何を考えているの?」と彼女が聞いてきたので、ソロモンは素直にそのことを告げた。ビルキスも目を細め「そうね」と笑う。
「子供の頃は、神など信じなかった、いや、信じる信じない以前に、存在を意識する余裕すらも、俺にはなかった……」
「無理もないことだと思うわ」彼女は素直に、そう言う。「逆境の中で神さまを見出す人は、ほんの一握りでしょう。……神様を感じるようになったのは、やっぱり、運命がよく傾いて来てから?」
「うん、そうだな……。11歳の誕生日に、あいつが来てから、そこからかもしれん」
「あいつ……」ビルキスは反応した。「前に話していた、貴方の守護天使の事?」
「ああ」
彼女にとってサラヒル女史が助けになってくれたように、自分にとってもベリアルと言う存在が側に居てくれたのが、なんだかんだ言っても思い返せば大きかった。一緒にいるのが当たり前なような、そばにいてくれる存在。自分の守護天使。
だが、ビルキスは何か考え込んでいる様子だった。「どうした?」とソロモンが聞くと、彼女は小さく返した。
「いえ、その……私は、見たことがないから……」
「はは、そんなことか、ベリアルは俺以外の奴の前には姿を現さないんだ。普通の奴には、見えないんだと」
ビルキスはその言葉を聞いて、ぼそりと言った。言ったというよりも口をついた、と言った方が、彼女にとっては正しいのかもしれないと言うほど、ぼそりと。
「……その方、本当に、貴方の守護天使なの?」
え?と、ソロモンは面くらった。彼女の言った言葉の意味が解らなかった。
「どういうことだ?」
場の徐も、はっと顔を上げる。しばらく、考えてい寮素だった。しかし、彼女が最終的に出したのは「何でもないの。忘れて頂戴……変なこと言っちゃったわ」と言う一言だった。

宮殿に帰ってからも、彼女の言葉がソロモンにとっては引っ掛かっていた。少し思うところがあって、彼の名前を読んでみる。
「ベリアル?」
だが、返事はなかった。
彼女を避けているのだろうか。それとも、自分を?自分の言い分を無視して、彼女と思いあってしまった自分が、気に食わないのだろうか。
今まで深く考えることもなしに、気が付いたら隣に居てくれる存在であったベリアルと、今初めて溝ができているような気分になった。

夕方になり、ナアマは昼寝から覚めた、随分、眠ってしまったような気がする。その時だ。「やあ、お目覚め?王妃様」と、知らない声が聞こえた。
ナアマはぎょっとして目を見張る。自分の寝台に、見知らぬ人物が座っていた。男のようでも、女のようでもある、不思議な麗人。寝台に泳ぐほどの長い金髪をしていて、頭には鼻冠を被っていた。まるで踊り子のような薄い服を着ていた。
「何者です!」ナアマは小さく叫んだ。いずれにせよ、王妃の部屋に狼藉者が入ってくるなど飛んだこと。目の前の人物はあまりにも可憐な容貌で、男か女かもわかりにくいが、男ならばなおさらのことだ。
其れなのに目の前の彼は落ち着き払って、「そんなにあわてなくてもいいじゃないか」と言った。
「お黙り、無礼者!名前は何と言いますか!」
「ボク?ボクはベリアル……でも、そんなこと、今はどうでもいいよね」
彼はゆらりと寝台から立ち上がる。ナアマは目を白黒させ、毛布をかぶって身を守ろうとした。だが彼は勝手に寝室に置いてあった椅子に長い脚を組んで座ると、言った。
「君の夫の事だけど」
「ソロモンのことなど、私は何も話すことはないわ」
「あ、ごめん……君の夫と言うより、君の夫がご執心の、あの女王様の事かな」
彼はそう言いかえしたが、ナアマはそれでも言葉を緩めはしなかった。
「あの方に関しても同じ、私には何も関係ないわ」
「本当?ソロモンは君よりも、あの女の人が好きなのは、見てて分かるよね」
「ええ……でも、私には、何も関係ないもの」
ナアマはともかくも、そう続けた。
自分には、何を言う気も、何を言う権利もない。
「あの人と私は、ただ結婚しただけの中。私が、あの人より愛した人を作ったように……あの人が私より愛する人を作るのは、当然の事だわ。当然の……」
全ての牙城を崩されて、ナアマはそう言うしかなくなっていた。
いや、と言うよりも、そう言えるようになった、と言うのが正しかったかもしれない。ソロモンは、手の届かない存在だ。ビルキス女王が、自分とはくらべものにもならないほど、美しく力ある人なのと同じように。
あの人は、愛を知らない自分よりもあなたの方が素晴らしい、と褒めてくれた。だけれども、ならばソロモンを愛することを知った彼女は、今度こそ自分等及びもつかない存在になったのだろう。そんな二人に、どうして自分が何か言えよう。何を言う義理もないのだ。自分とベナヤ、ソロモンとビルキスは、違う世界の存在だ。
帰りなさい、とナアマは言おうとしただが、彼はナアマの心を見透かしたように、彼女の虚を突いてきた。
「君自身はいいよ。でも……息子の事が、可愛くないの?」
「えっ?」
「もし、あの女王とソロモンの間に子供ができたら、ソロモンは、どっちを王位につけたがると思う?真に愛した、とても利発な人との子供と……結婚しただけの馬鹿女との間に生まれた子供と」
その言葉を聞いた瞬間、ナアマの背筋にぞっと悪寒が走った。非常に現実味溢れる寒気が。
確かにそうだ。彼の言葉は、じわじわと彼女の脳を侵食した。レハブアムは長男だ。正妻の子だ。でも……ソロモンは、そんな理由で、杓子定規に跡継ぎを決める男だろうか?
いや、大丈夫、レハブアムは、長男、正妻の子……。ソロモンは、随分年少の王子だったはず、彼の母は、妾であったはず……。
「わ」ナアマは必死であらが王と呟いた。「私の、子供は……」
その言葉に被せるように襲い掛かってきた言葉は、短く、そして、残酷すぎる一言であった。
この目の前の可憐な存在が口にしたなど、信じられないように。
「もしベナヤとの間に子供ができたら、君はそれでも、レハブアムを可愛がり続ける自信があるの?」
大地震のように、頭が揺さぶられた。目がかってに潤む。違う、違う、私は母だ、レハブアムを愛している。でもソロモンは?ソロモンはレハブアムよりも、あの人の子供を愛する?そうなったらレハブアムはどうなる?自分はただの結婚しただけの女、ソロモンにはかないもしない女。家柄を鼻にかける事しか能がなく、怒りっぽくて、わがままで、淫乱で、知性もない女。レハブアムがいくらいい子でも、ソロモンの目からは、レハブアムは自分の子、しかし、そんなナアマと言う女の産んだ子……。
「やめてっ!!」
彼女は頭を抱え、金切り声をあげた。はあはあと息を荒く吐く。ベリアルは、にやにやと笑いながら、そんな彼女を見ていた。
「これ、あげる」
すっと、彼の細い手がナアマの前に差し出される。彼は、小ぶりの壺を持っていた。独特な装飾が施された、真鍮の壺。
「ソロモンの薬倉に、これとおんなじ壺が一個だけあるんだ。それとこれとを、入れ替えると良い。……シバの女王が、国に帰る前に」
ナアマは腕がすくみ、それを受け取れなかった。しばらくそんな状態が続くとmベリアルはふっと、ナアマに呆れたように短い溜息を一つ吐き、寝台の横のサイドテーブルにおいた。小鳥、と小さな音が、その壺に実態があることを物語っていた。
「期限はもう、そんなに長くないよ。子供想いの王妃様」
そう言って、彼は背を向けた。「待って」ナアマは言った。
「あなたは誰、あなたは何者……イスラエル人が言う、天使なの?」
「ボクが何かって?」
長いまつげに縁どられた彼の青い目が、ナアマを見つめる。
「ボクの名前は、ベリアルだ」
瞬時に、彼の背中に真珠色の翼が映えた。それをはためかせ、彼はみるみるうちに窓から外へ、そして赤く輝く夕焼雲に紛れ雨量に、消えてなくなってしま他t。
ナアマは、はっと横を見る。だが彼は消えても、真鍮の壺はそのままだった。
それに触れる勇気も出ないまま、ナアマはじっとそれを見つめていた。彼の言葉が、心の中でこだまする。自分はいい、でも、レハブアムは……?
そうだ、確かに、彼女がソロモンと子供を作れば、レハブアムの立場はどうなるのだろう。彼の言葉は、一部分ならはっきり否定できる。ベナヤとの間に子供ができたところで、自分にとってレハブアムは変わらず大事な息子だ。掛け替えのない息子。だからこそ……ナアマは思った。
だからこそ、レハブアムが苦しむなんて、許せない。

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