クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第八十七話

見れば見るほど、エチオピア王女マケダは、ビルキスにそっくりだった、まるでビルキスgそっくりそのまま、十四歳の少女に戻ったかのように。
ソロモンを始め、シバの女王の来訪を覚えているイスラエルの高官たちは、エチオピア王家をもてなす晩餐の席で、ずっと彼女を見つめながらそのようなことを考えざるを得なかった。ソロモン程に彼女と心から愛し合った仲でなくとも、あの人ならざる者のごとき美貌を、一瞬でも目にとめたものが忘れられるはずもない。
イスメニー女王も、むしろそれに上機嫌そうだった。「きれいでしょう、私の娘は!」と、自慢げにソロモンに話しかけてきた。
「え、ええ……」ソロモンは言う。「不思議なお方ですな、黒いには黒いが、エチオピア人よりは白い」
マケダは、その肌の色もそっくりビルキスと同じ具合だった。イスメニーはふふんと鼻を鳴らして続ける。
「あら、貴方が言えた口でしょうかね?」
「そ、それもそうですが」
「お察しの通り、あの子の父は外国人ですよ」彼女は笑った。「アラビア人の美しい男妾との間にできたのです」
アラビア。懐かしい、ビルキスの思い出がその地名からでも想起できるようだった。今、彼女はわくわくした顔で、イスラエルの高官たちに愛想良く話しかけていた。
「まあ、あの子ったらはしゃいで……」イスメニーはそんな娘に、今度は少々呆れ顔をした。
「良いではありませんか、私の娘たちなど、気概のないのばかりでね、ああ言った明るい姫君が王宮にいらっしゃれば、少しはこのエルサレムにも活気がわきますよ」
「ま、それは嬉しい事……」なんだかんだ言っても、イスメニーも機嫌がいいし娘を強く咎めようとはしない。ああは言っていた者の娘の事が嫌いではないのだ、とは推し量ることができた。ソロモンにしても、不思議と失礼だと思う気持ちはわかなかった。レハブアムの跡何人か娘は生まれたが、結局みんな家柄のいい男に嫁げばいいとだけ考えている母親に似たもので、好奇心もなければ気概もない、とソロモンは不満に思っていた。そんな中、ビルキスに生き写しと言うことを差し引いたとしても、マケダ王女のはつらつとした好奇心は見ていて気持ちがよかった。

マケダは、イスラエルの召使に、食卓に運ばれてきた鳥について興味深げに訪ねていた、エチオピアにはいない鳥であるらしい。
ベナヤはそれを睨むつけるように観察しながら、複雑な思いを抱いていた、と、言うのも自分が立っているすぐそばに座るレハブアムが、先ほどからずっと、ポーッとした目で彼女を見ているのが妙に引っかかる。
「殿下、どうなされましたか?」業を煮やし、ベナヤは聞いた、レハブアムの方がびくっと跳ねる。
「い、いや、その……」彼は慌てて、どもった。
「エチオピアの姫君がどうか?」
「う、うん、そうだな……」だが彼は、ベナヤに嘘をつきはしなかった。
「あんなに可愛い子、初めて見る……」
その声を聴いて、ベナヤはぎくりとした。嫌な予感が、少なくとも何割かはあたってしまった。「で、殿下」と声をかけんとした時、レハブアムは席から立ち上がって「とっと話してくるよ、お前はついてこなくていいから」と歩いて行ってしまった。その後姿を眺めながら、ベナヤは内心で歯噛みする。
忘れもしない、シバの女王。ソロモンの心を奪い、ナアマを辱めた女。記憶に残る、彼女の憎たらしいまでの美貌と、あの少女の顔がそっくり同じで、彼女を見た瞬間ベナヤはぞっとしたものだ。
ナアマを殺した際、ソロモンはこうつぶやいてた。こいつが、ビルキスを殺した、と。
そんな馬鹿な。ナアマに人殺しなどできたわけがない。第一彼女はぴんぴんしてイスラエルを発ったというのに。ソロモンは詳細を語らず、結局なぜああなったのかはソロモン以外誰の知るところでもなくなってしまった、
ベナヤにわかるのは、理不尽に死んだナアマの死にはビルキス女王が絡んでいた当ことだけだ。ビルキスさえ……ビルキスさえ来なければ、ナアマは非業の死を遂げることもなかった。あの王の心をたぶらかした、異国の女さえ来なければ……。
その異国の女そのもののような少女が、今、再度イスラエルに現れた。ベナヤに背中には先ほどから、言い表しようもない悪寒が走っていた。何とはなしに、彼女に嫌なものを感じてならない。

「あの……」
自分のその声に反応し、自分の方を見たその目を見て、レハブアムはどきりと心臓が跳ね上がる思いだった。透き通るほどきれいな、金色の目が、こちらを向いた。「誰?」と、彼女が聞いてくる。動揺していたレハブアムはそれに気が付く余裕もなかったが、非常に流暢なヘブライ語だった。
「こ、こんばんは。僕は、王子レハブアムだ」
「あら、じゃああなたが次期イスラエル王の……」マケダはぽんと手を打って答えた。
「初めまして、マケダよ。これから、よろしく頼むわね」
「うん……隣、いいかい?」
彼がそう言うと、急いで使用人が椅子を一つ運んでくる。レハブアムは、国立なずいたマケダの言葉に甘えるように、そこに座った。
「そうそう!王子様なら聞きたいことがあったの。この獲物、貴方がとったんですってね、イスラエル王子は、狩りが上手いのね」
「そ、そうかい!?」レハブアムは非常に嬉しそうに答えた。「そこまででもないけれど……」
「そんなことないわ。エチオピアにはいない鳥ね。ねえ、なんていう鳥なの?」
「え、なんていう……?」
そう言われて、レハブアムは少しどもった。実は彼自身も、余り名前を知らないのだ。鳩や鴉のようなものならいざ知らず、野鳥の名前などさほど興味はなかった。彼がうなりながら困っていると、マケダはくすり、と吹き出す。
「ふふふ……王子様、可愛い」
「そうかい……?」
レハブアムも、随分決まりが悪かった。しかしマケダの笑顔は、非常に端正で可愛らしい。見れば見るほど、魅力的な子、とレハブアムには感じられた。言い表しようのない、ときめきにも似た気分を覚える。
「鳥なんかの話よりさ」彼は話題を変えた。「君の話を聞きたいな、エチオピアの事とか……」
「エチオピアの……そうね」マケダは細い首を傾ける。「エチオピアの、例えば何について?」
「え、えっと……」
考えていなかった。レハブアムが必死に考えている、そんな中レハブアム達の後ろから、彼の知らない言語が飛んできた。エチオピア人の召使のようだった。
マケダは彼女にエチオピア語で何か返事をするなり「ごめんなさい、王子様。母上が呼んでいるの」と、席から立ち上がった。
「エチオピアの話は、また今度」
「あ……うん」
なんだか楽しい気持ちに水を刺されたようで、レハブアムは少々不愉快になった。マケダは侍女に連れられて、宴会場の一番上座に座るソロモンとイスメニーのもとに向かって言った。

「ほれ、マケダ。貴方もソロモン陛下とお話ししなくてはならないでしょう」
「構いませんよ、イスメニー殿。私の不肖の王子とお話しいただいていたようですしね……」
「こんなにもお近くに寄らせていただけるなんて、光栄ですわ、ソロモン王!」
マケダは嬉々として、ソロモンの隣に座った。
「イスラエルに来る日を、楽しみにしていたのです」金色の目をキラキラ光らせながら、マケダは遠慮なくソロモン王にそう言ってくる。
「そのようだね」ソロモンも答えた。「言葉も、実に流暢だ」
「はい、必死で勉強しましたもので」
「良いことだ。お母上を始め、エチオピアの人々ののご教育がいいのだろうね、マケダ王女」
マケダのこの明るさにいざ接してみて、ソロモンはさらに彼女に好感を覚えた。今やエジプトにもひけは取らない大国の主となり、気が付いてみれば初対面の相手にこのようにあっけらかんと話しかけられることなど、ほとんどない気がする。外交のためイスラエルに嫁いでくる若い王族の助成など、ソロモンとろくに会話ができないものも少なくはない。
その上繰り返しのようになるが、マケダの態度はそれでいて失礼とは感じないし、ただただ屈託がない、無邪気、などと礼節に捕らわれない子ども扱いをするには、それ以上のものを、不思議な利発と魅力を感じた。まるで、自分と初めて会った相手ではないように、マケダは堂々と、大胆不敵に話しかけてくる。
そこに、不思議な懐かしさや安心感を覚えるような心持でもあった。ビルキスに生き写しの彼女の要望が、さらにその気持ちも加速させる。
「その教育に勝るものを、このイスラエルで与えられるかどうか、と言う心配が出てしまうね」
「ご謙遜なさらないでくださいませ!陛下のお噂は、母からかねがね聞いております。エズラ人のエタンや、マホルの子ヘマンにも、お知恵を試されて勝ったことがおありとか」
「それはそれは……そんなことまで、存じてくれていたとは、光栄だね」
「もちろんです!二人ともオリエントには名を知られた学者じゃありませんの、尊敬しておりました!」
気が付いたら、ソロモンも久しぶりに、楽しく会話していた。初めて会う異国の王女と。イスメニー女王も、その様子を喜ばしい事のように傍で見ていた。

宴もたけなわに案り、宴の客もちらほらと帰りだす。衛兵や、一人の去っていく好感を見て挨拶した。
「ヤロブアム様、ごきげんよう」
「ああ、君たちもお疲れさん」
彼はそう吐き捨て、自分の家に帰っていく。子供の頃にすんD根いた家とは違う、ちゃんとした、まともな住居だ。戸をあけ、ヤロブアムは父親代わりに育ててくれた男の名前を呼んだ。
「ネバトさん?帰って来たよ」
「おお、お帰り、ヤロブアム」
ネバトは二階から降りてきた。
「母さんは」
「寝かしつけようと思ったが、まだ起きているぞ。気にするな、今は機嫌がいいから」
その言葉通り、二回からはツェルアの声が聞こえてくる。「それより、今日は宮殿にお客が来たって?」と問いかけるネバトに、ヤロブアムは「ああ」と答えた。
「呆れたもんだよ。帳簿係に聞いたんだ。今回の宴会、どのくらい使ったと思う?」
「さあ?」
「今日、帳簿係りにようやく見せてもらうことができてね。しめて、上小麦30コル、小麦粉60コル、肥えた牛10頭、牧場の牛20頭、羊100匹」
淡々と述べられたその数に、ナボトも目を見開きながら眉をひそめる。
「……豪勢なことだ」
「しかも、此れでも特別張り切った方じゃない。そんな宴会を毎日みたいにやってるんだからね。ソロモンがここまで贅沢好きだなんて思いもしなかった」
ヤロブアムは薄く笑う。「確かにな」ネバトも同意した。
「お前の口から聞くソロモンの暮らしぶりときたら、いくら景気がいいからと、私のような素人目から見てもやりすぎだ。税率もうなぎ上りだ……確実に、ソロモン王の享楽が国の財政を少しずつ圧迫しているのだろうな」
「だろうね。今はソロモンの政治能力と景気の良さに納得して、税率の上がり具合に疑問を抱く奴はほとんどいない……でも、遠からぬうちにぼろが出る」ヤロブアムはにやりと笑う。「ナボトさん、そろそろ動いてもいい頃じゃないかと思うんだ。確信したよ。今のソロモンに、昔みたいな切れはない」
「と、いうと」
「うん、仲間を呼び集めて」ヤロブアムは笑った。「そろそろまた始めようじゃないか……十四年前の続きをさ」
「その言葉を、この十四年間待っていたぞ。ヤロブアム」
くく、とヤロブアムは笑った。

自分が子供のころ、街の近くに出るたびに、話されていたソロモン王の話。
栄光の王、賢者の王と呼ばれるにふさわしい王の噂を、一言一句漏らさずに、ヤロブアムは覚えていた、そこには、彼が付け入る隙もないような、完璧な王がいるようであった。
だが、今の彼はもはや、自分が子供だった頃とは変わってしったのだろう。何があったかは知らない、時の流れがそうさせたのかもしれないが、そんなことは関係ない。今でも十分に優秀な王、それには間違いないだろう。だが、彼は昔、完璧であったのだ。優秀などと言う言葉では、覆い隠せない存在であったのだ。
それがほころんでいる。好機と見るしか、あるまい。
神は、自分に、イスラエルの半分を与えられると言われたのだ。

ふと、耳をついて母の声が聞こえてきた。ツェルアは、歌っていた。
「ネバトさん」彼は眉をひそめる。「母さんを寝かしつけてきて。あの歌が合っちゃ、眠れない」
「ああ、分かった」ネバトは引っ込んでいこうとする。そんな彼を、少し呼び止めてヤロブアムは言った。
「ネバトさん、よく母さんと付き合えるよね。あの人……死んだ父しか見えてないよ」
「気にするな。男女の情と言うよりも、慈善のようなものだ」ネバトは、軽く笑って相違なした。「もっとも、お前のようなできた息子の父だ。どんな奴か、興味はあるがね。……お前はないのか?」
「別に。ないよ」
そうか、とネバトは階段を上がっていく。興味なんてあるはずがない。物心ついたとき、母はすでに気が狂い、父なんて存在も知らなかった。
母親に世話をされた記憶なんてない。娼館をたらいまわしにされ、どんどん落ちぶれていく母についていき、そのたびそのたび、娼館の他の女や番頭に、お情けで育てられてきたようなものだ。
父も、母も、自分には何も関係ない。
母の声がうるさい。あの歌を聞くと、眠れない、自分の耳を幼いころ何回も呪いのように蝕んだ、母が唯一歌える、荒唐無稽な子守歌。

「おい、ツェルア」ネバトは優しく話しかけた。
「もうそろそろ寝ないか。明日に差し支えるぞ」
だが、ツェルアは彼等はがにもかけないと言った様子、彼女は昔からこうだ。怯えているときは動物のように縮こまるくせに、機嫌がいいときは、まるで王妃様のように高飛車だ。下賤なお前など近寄る資格もないと言わんばかりに。
やれやれとため息をつきつつ、ネバトはそれでもひとまず、ツェルアを寝かしつけようとしていた。ツェルアは延々と歌っている。
「私はイスラエルの王妃様、貴方はイスラエルの王子様……貴方のお父上はとっても素敵な、イスラエルの国王様……」
彼女はカリカリと毛布を噛みながら、くぐもった声で、一人の名前を呼んだ。
「イスラエル国王アドニヤ様、私は彼の王妃様……」

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