クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第九十話

「レハブアムはどうにもならん……だが、ヤロブアムは、面白い奴かもしれないな」その夜、マケダは侍女に言った。
「あいつは、確かに王子の器など望んでいない。私と同じだ。ソロモンを殺した後に残る器だけが、欲しいのだ」
「まあ、ソロモンはなんと獅子心中の虫が多い事でしょう」
ため息をつく侍女。面白そうに笑って、マケダはいい足す。
「油断のならん奴だろう。邪魔されるわけにはいかないな」

ソロモン王が最近後宮に足を踏み入れないことは、既に彼の妻たちの中では不安の種になっていた。ソロモンも無論それを知っていたが、それで不安になるような女はばかばかしい、と言うのが本音であった。
最近では、寝る目は一人で思案にふけりたい日が続く。心が落ち着いてきた証拠だ、と彼は思う。
オリエント中が、自分を栄光の王だとほめたたえる。だけれども、自分が思うところは、ビルキスを失った夜からそう変わってはいなかった。つつましく策シクラメンの花の方が、まだ自分より持っている存在だ、そう思って、この十四年間生きてきた。
何事も、それを埋めはしなかった。繁栄も贅沢も、全て無意味。無意味と知りながら、やってないともっと心が痛むので、やり続けたまでの事。
それに終わりをもたらしたのが、ビルキスそっくりの少女であったのだから、本当にこの十四年位意味などなかった。エチオピア王女、マケダ。彼女が来たのは、運命であったか。神が自分にあたえもうた、救いか。そうとしか考えられない。
意識がフワフワして、眠気が襲ってきた。ふと、何か眩しい光を感じる。ベリアルだろうか。だが、ソロモンはその想いすらも飛んで行って、すぐに眠りについてしまった。

眠りの中で、ソロモンは声を聴いた。忘れもしない、一度聞いたことのある声だった。雲の中に突っ込んだようで、一寸先も見えない、もやのかかった景色の中にいた。
「ソロモン」と問いかけてきた声に、迷いなく彼は、以下のように返事した。
「お呼びですか、イスラエルの主よ」
自分が即位して以来だろうか、直接この声を聞くのは。彼は、感謝の意を述べようとした。マケダをこのイスラエルに導いたことに対する感謝を。しかし、家の声は、昔の記憶と寸分たがわず。威厳がありながらもやさしく包み込んでくれるような声であったのに、その中には途方もない悲哀が隠されているかのようだった。その予想を裏切ることなく、彼はソロモンに二の句もつがせずに、こう言った。
「何故、私との契約を破った。私は、お前が秩序に従い、私がイスラエル人に与えた方に忠実である限り、お前を守り抜くと言ったのだ」
その声を聞いて、さすがにソロモンも戸惑った。
「私は、貴方の国を富ませたではありませんか」
「お前はなぜ、異邦人の妻たちのため、神殿を築く。なぜ、放蕩に溺れる」
「彼女らは外交のための妻です。彼女らの機嫌を損ねては、どうしようもありません」
「それはお前の本音なのか」
ソロモンの言い訳に納得するでも、反論するでもなく、声はもっと根本的なところを問いかけてきた。ソロモンは、ぐっと言葉に詰まる。声は追い打ちをかけるでもなく、ただじっと黙って、ソロモンの返答を待っている様であった。まるで、咎めるように。
「私が、あんな女たちごときに心を乱されるようなものだとお思いですか」
「それは私のためにやった行為なのか、と私は聞いているのだ」声は言い返す。
「……なぜ、貴方がそうまでおっしゃる」
ソロモンは正常に言い返すこともできず、また、その気にもなれず、震えた声で呻いた。
「あなたが私が少年の頃の私のままでいることをお望みになったのならば、なぜビルキスを私の前から奪った!?貴方ともあろうお方ならば分かったはずだ、彼女がどれほどまでに、私の心の支えになり得ていたかを!あなたとて、彼女を認められたのではないのか!?貴女は私ではなく、彼女に来るべきイスラエルの未来を授け、自分への信仰心を芽生えさせたというのに、なぜ、私の元から取り去ってしまったのだ!」
十四年間の悲しみ、ここの所癒されつつあった悲しみを、ソロモンは見えぬ声にぶちまけた。声はその問いに直接答えることはなかった。
「聞け、イスラエル王、ソロモンよ」
その声も、震えている様だった、愛情と悲しみ、そして、憎しみとも呼べるような感情が全てないまぜになり、ぐしゃぐしゃになって何の原型もとどめていないような声だった。

「お前は我が契約を破った。私はお前の国を奪い去り、二つに引き裂く。私の愛したイスラエるは、一度すべて滅び去るまで、もう一つに戻ることはあるまい」

ソロモンは、しばらく何の反応もできなかった、すぐに信じるのは、余りにも無理があった。今まで自分が仕えてきた神、自分をここまでの位に引き上げてくれた相手から、言われている言葉なのであろうか、と思った。
夢の中で、ソロモンは泣いたような気がした。胸が、針で刺された様に痛む。悲しく、悔しく、そしてただ純粋に苦しかった。

目を覚ました時、暫く彼は夢の中から目覚めたという実感がわかなかった。胸に残る、途方もない苦しみは、そのままであった。
自分は、神に何を言われた。国が、二つに裂ける?神がそう望まれたのか、自分の王国を滅ぼすことを。
「(神よ!)」問いかけたが、自分の頭にもう声が聞こえない。貴方がわからないではあるまい、自分の空虚も、人間と言う生き物の弱さも、わからないではあるまい。其れだと言うのに、なぜ、今日このようなことを告げた。
「ソロモン、大丈夫?」
後ろから、温かな手が回ってきた、ベリアルの声が聞こえた。ソロモンはそのままふらりと後ろに倒れこみ、ベリアルの胸に体を預けた。
彼は後ろからソロモンを抱いたまま、頭を撫でる「どんな夢を見ていたの?」彼は聞いたが、ソロモンは直接的には答えず、ぼそりと呟いた。
「ベリアルよ……お前は神の使いだな。神が私を嫌えば、お前は私のもとを去るのだろうか」
「えっ?」彼は怪訝そうに言い返した。
「知らないのか?お前の神が、私に何を望んだか……」
「……天使でも、全てを知っているわけじゃないさ」
「そうか」
「でも、さっきの疑問なら……」ベリアルはもう一度、ソロモンを抱きしめた。「胸を張って、いいや、と言えるよ。ボクは、ソロモンの友だちだものね」
「ベリアル。私は……」
吹き付けてくる夜風は、全くいつも通りのイスラエルの風だ。二つに分かたれる未来が待ち受けているなど、知りもしていない、全くいつも通りの風だ。
神は、いつから怒っていたのだろう。いつから悲しんでいたのだろう。怒れど、悲しめど、いつも通りに穏やかな風を吹かせ続ける神のような存在に、人間はなれないのだ。
私は?私は、なんだろう。言い訳か、弁解か、それとも、ただ同情してほしいのか、自分の心情すらも、良く分かりはしない。何故だ、何故これほど、苦しまなければならない?
自分は生まれた時から苦しんだ。
赤い目の化け物と罵られ、差別され、親から愛してももらえずに。
愛だと言って差しのべられた手は、悪意たっぷりの欺瞞でしかなく、最後には自分を傷つけた。
結婚に愛などなく、初めて得た親友は自分より先に死んでいってしまった。
大人になっても、ダビデの息子と言う理由で、敵視の目で自分を見る者がいた。ダビデなど、親として愛してくれたこともなかったのに。
そして、その中でも見つけた最愛の人が、信じられない程あっけなく、自分の手のひらからすり抜けて言った。
なぜ神はその上、自分に悲しみを重ねようとするのだろう。私が、何をした。私が罪人ならば、なぜあなたは私を王にした。なぜ、私に知恵をくれた。
何故、私に、友を与えてくれたのだ。

ベリアルは、言葉の先を問い詰めはしなかった。、声を殺して無くソロモンを、ただただ、薄く微笑みながら見ていた。
ソロモンは一つだけ、思い出した。
とても昔の記憶だ。忘れかけていた、深い、深い苦しみが、ぴょこりと頭を出した。

十歳の最後の日だった。誰も自分を祝ってはくれないだろう。誰も、父を見ても、兄を見ても、自分の事は見てくれない。自分は、消えることを望まれているのだから。そう自暴自棄になっていた。
そうだ、図面を書きながら、心にこう決めていた。
この図面を書き終えたら、死のう。それが、一番いい道だ。自分のようなものにとっては、と。

何故、忘れていたのだろう。そうだ、ベリアルが来たからだ。ベリアルが来て以来、自分は、あのようなことを考えることもなくなった。
嬉しかった。自分の側にいる存在が来てくれたことも、神が、自分を見捨てていなかったことも。生まれて初めてと言うほど、途方もなく……嬉しかったのに。



レハブアムは、次の日になってからも、先日の噂に悶悶としていた。
ベナヤが騒動を起こしたことも知っている。今日から廊下を歩くだけで、妙にみんなの態度が丁寧すぎてよそよそしい。みんな、自分にかみつけばベナヤが怒ると思っているのだ。
ベナヤの事は、好きだ。自分の父親以上に、父親のように思って懐いてきた。でも今回のようなことまでは、頼んでいない。
自分が父親の才気など受け継いでいないことは、百も承知だ、けれど、自分が王子なのだ。それに代わりはないのに、父親含めだれも、自分の事を冷ややかな目でしか見ない。ずっと、それが面白くない日なんてなかった。ヤロブアムが王宮に努めるようになってからは、なおさらだ。
王に成れないかも、なんて考えたこともない。自分は王になる、それが当たり前なのに。何で、誰もそのあたり前を信じてくれないんだろう。
親に似ずに生まれてきたことが、そんなに悪いか。

しゃくに触る気持ちを抑え、今日もマケダに会いに行こう、と思い立った。とにかく、あの子に会うと心が軽くなる。
彼女は、自分に与えられた部屋でちょうど休憩している所だった。自分が来て、少し驚いた顔をしている様子だったが、レハブアムは侍女に通されるままマケダの部屋に入った。
「なんでまた、いらっしゃったんですか?」首を傾けて問うマケダに、少々照れながらレハブアムは言う。
「用はないけれど……ただ、顔を見たくなって」
「あら、そうですか」
彼女は口もとを隠して、くすくすと笑った、年上の女の子のはずなのに、どうも彼女と会うと、レハブアムはこちらが年下扱いされているような気持ちになる。自分はこの子にも頼りなく見えているのだろうか、とも思ってしまう。
「ねえ君、今は暇だろ。僕と出かけようよ。僕の持っている、いい狩場があるんだ」
「暇なのは午後までですけど」
「じゃあ、午後まででいいからさ」
食い下がるレハブアムに、またマケダは一つ笑いをよこす。「なら、いいですよ」と言われて、レハブアムも心が軽くなった。彼女にまで、否定されたくはなかったのだ、と感じる。

狩場まで馬を走らせながら、レハブアムは悩んだ、もし、彼女に否定されたら、どれほど辛いのだろう。父に否定されるよりもつらいのではないか、とすら思えてきた。思えば、あまり好きな相手を作ったことがない、嫌いな人間から否定されても、悔しくはあってもそこまで苦しくはない。けれど、もしも自分がはっきり好意を感じているこの少女に自分の価値をきっぱりと否定されれば、苦しさに押しつぶされてしまいそうで、ぞっとした。
ぴょんと小鹿が飛び出てくる。レハブアムは「見てて」と言いながら、矢をつがえ、放った。矢は見事に小鹿に命中した。レハブアムはほっとする。
「どうだい?」
「お上手ですのね、王子殿下!」
「はは、ありがとう……」
レハブアムは照れ笑いした。良い所を見てもらえただろうか、と言う気持ちが湧いてくる。ふと、そんな気持ちを持ったこと自体も初めてであることに気が付いた。
自分は何もしなくても王子なのだからと、認められたい気など湧かなかった。だが、彼女にもっと褒めてもらえるのなら、初めて精進と言うものを目指してみたくもなる。
彼女といると、非常に心地よかった。これを、人は恋というのだろうか。
「君も」
そう渡した弓を、マケダはぎこちなく引いた。狙いの先にいた山鳥は驚いて、そのまま飛び去っていってしまった。
「ああ、残念……」
「大丈夫だよ、何だったら僕が教えてあげる……」
そう言っている彼らのもとに、パカパカと近づいてくる馬のひづめの音がした、振り返ると、レハブアムがあまり好かない人物が立っていた。
「エチオピアの王女殿下、お迎えに上がりました。そろそろ陛下とのお約束のお時間ですから」
「ヤロブアム、なんで来るのがお前なんだ?」レハブアムは顔をしかめた。「お前の仕事の管轄ないじゃないだろう」
「これは失敬。私含め、王宮の者は王子殿下ほど暇ではないもので」少しだけ刺のある口調で言われ、レハブアムもカチンときたが、彼が何か言う前にヤロブアムは続けた。「近くに用事があった私が、ついでに引き受けたまでです」
「……もういい。彼女が変えるなら僕も帰るぞ」
「ご自由に。さあ、どうぞ、お姫様」
ヤロブアムはレハブアムを無視する形で、さっとマケダを案内した。マケダは面白そうに「女性の扱いが上手いのかしら?閣下」と言う。
「敬うべき賓客樽方に、相応の礼儀をはらっているつもりでしたが」彼も答える。
「なにせ、育ちが悪いもので。無礼になっておりましたら、どうぞいかなる御所罰でも」
「無礼なんて何もないわ」彼女はヤロブアムの言葉をそのような言葉で打ち消した。彼女は本当に、絵に描いたように整った笑い方をする。余裕のある人間、貴族特有の笑顔だ、とヤロブアムは感じていた。自分の母もヘラヘラ笑いはしたが、こんな笑顔は見せもしなかった。
身分の差を著すようなその笑い方が、基本的にヤロブアムは嫌いだった、だが、何故だろうか、彼女のそれは、憎む気が湧かない。
先日の余韻を、まだ引きずっているかのようだ。なぜだか、彼女には、貴族に感じるルサンチマンを感じない。鏡を見ているように、気楽になれる。十も年下の小娘にばかばかしい、と言う気分が湧かないでもないが、その冷笑で捨て切れるほど小さな気もちでは、その時すでになくなっていた。

気に入らない。自分の前を行くヤロブアムとマケダが話し込んでいる様子なのを見て、レハブアムははっきりと焼き餅を覚えた。
なんだか彼女はヤロブアムに、そしてこれから彼女が向かう先の父親にとられてしまうような、たまらなく嫌な気持ちだった。二人とも、自分にとっては大嫌いな相手だというのに。

そのようにめいめい思案していたヤロブアムもレハブアムも、どちらも気が付かなかった。二人がまさに何か関上げこんでいる様子なのを見て、マケダが一瞬、にやりと微笑んだことに。

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