クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第九十一話

家に帰って、ヤロブアムはファラオからの手紙を改めた。ソロモンに対する反逆の剣は、なかなかの好印象なようだった。
しかし自分が子供の頃のハヌンと言いこのファラオと言い、王たるもの、自分の国のものではなくなった娘のことなどどうでもよくなるものであろうか。悲しいことだ、と他人事のように思う。
「どうだ、首尾は?」と聞くネバトに「上々さ」とヤロブアムは答えた。部屋の隅で、アヒヤも薄く笑っている。
「ダマスコのヘズヨンも協力してくれるらしいぞ」ネバトは、十四年前ティルスに処刑されてしまったレゾンの息子の名前を出した。彼は今は父の命と引き換えに逆にティルス王ヒラムに取り入り、ダマスコの支配権を名実ともに手に入れた。だがやはりネバト達との交流は続けていたのだ。
「本当?それは嬉しいね」
ヘズヨンは父のかたき討ちなんてものに燃えるほど義理堅くはなく、ヒラム王以上の実利主義な性格だ。だが、だからこそ自分に対して注意深く余り関わろうとしないソロモンよりも、懇ろのヤロブアムにイスラエル王になってもらい、利益を上げたいのだ。もちろんヤロブアムとしても、今や一国の王になった彼に協力してもらえるのであれば、しみったれるつもりもない。
「ところで、お前……」ネバトは話題を変えた。
「何?」
「いや、最近妙に色気づいてきたなと思ってな。気のせいか?」
なんだって?と一瞬ヤロブアムは顔をしかめた。
「まさか」
「そうか……いや、ずっと王になることだけ考えさせて育ててしまったからな、お前は……」
「その言葉は違うよ、ネバトさん」ヤロブアムは冷静に言った。「オレがそれだけ考えて育ってきただけだよ、貴方はオレを育ててくれた親切な人、それだけだよ」
「そうか。それはありがたい……」ネバトは頭を掻く。「もっとも、お前に惚れた女ができたら、是非とも顔くらいは拝んでみたいものだがな」
「なぜ?」
「普通の父なら、息子の嫁の顔くらいは見るだろう」
ネバトは悪戯っぽく、フフン、と笑って見せた。ヤロブアムも、向きになって否定する気にはなれず、どこか楽しい思いでもあった。

レハブアム王子。いろいろと言われようとも、ソロモンの長男であり現時点で唯一の男児であることは変わらない存在。
恐らく、彼はないのだろう。自分が王位を継げないのではないか、と思った時など。そこが、自分とレハブアムをつなぎとめるたった一つの共通点であるかのように、ヤロブアムには感じられていた。知事たちの報告を整理しつつ、傍らでそんな思案に暮れる。
地位も、頭の出来も、全てにおいて違う。地以外でレハブアムに劣るところ露があるなど、思ったこともない。ただ一つ、自分とレハブアムは共通しているのだ。自分はいつかイスラエルの王位につく、と自信を持って育ちつづけていたという点のみが。

ヤロブアムがそのようには働いているころ、ちょうどソロモンとマケダは間食をつまみながら、講義半分雑談半分と言った話をしていた。
「そうか、狩りにね……道理で先日は疲れた様子であったわけだ。息子がいつもすまないな」
「いえ、いいんですの。イスラエルにはエチオピアでは見ない動物が沢山いて、面白いですわね」
「イスラエルにも特別豊富なわけではない。ただ、盟友であるヒラム王や、タルシシュの船団が、世界中からいろいろな動物を持ってきてくれてね。……ああ、そうだ。明日、それらを集めた園が別にあるから、行こうか」
「まあ、是非!それで……陛下」マケダは話しながら、器用に片手で赤い葡萄の粒を次々ともぎ取っては口には運んでた。「中でも陛下が驚かれた動物は何ですの?」
「猿だな。猿は、船団が持ってきて初めて本物を見たから、想像していた以上に人間そっくりな獣で驚いたものだ」
「まあ、意外!」マケダは驚いた。「エチオピアには猿もひひもおりますから……でも確かに、初めて見たら驚かれるのでしょうね」
「うむ。昔、人間な何をもってして人間と言うか?と私に問いかけた人がいてな……」ソロモンは少し昔の事を思い出しながら言った。
「私は当時、人は神の現身を与えられたのであるから、容貌ではないか、と答えたのだ。ところがその人が言うには、しかし人間も一人ひとり顔が違うのであるから、神の姿のどこからどこまでを映した形かを明確にしないことには、その理屈ははっきりしない、と返して来てな、実にもっともだと思って、兜を脱いだ。だが猿を始めてみた時、あの時の私の理屈を意識するなら、猿も何割かは神の現身なのではないか、と思ったほどだ。確かにあの理屈は道理に合わないことを、改めて実感した」
「くすくす……本当にご感動なされたのですね!」
「勿論。君がこのイスラエルで、様々なものに感動するように、私とて知らない物には感動するさ」
「ああ、いいえ、申し訳ありません。お猿の話ではなく……その方のご意見に」
そう言ってマケダは、ソロモンお目をじっと見つめてきた。ビルキスとまるきり、同じ目つきで、ソロモンも、さすがにどきりとする。若いころのように胸が高まった。
「陛下のようなお方であれば、様々な人の目を開かせることはあれど、人に目を開かれることなどないと思っていました」
「それは買い被りと言うものだよ、王女」ソロモンはすぐに、そう否定した。
「私も及ばないものも、知らないものも多くあるさ。その中でも……そう、その人は本当に、私に様々なものを教えてくれたね……」
ビルキスそっくりの少女の前で、彼女が知らないであろう、ビルキスの話をする。当たり前でありながら、シュールさを感じた。
だがそれでもいい。
先日のショックは、まだ冷めやらない。だがこのようなことを、どうして他人に言えよう。悪夢のようにすぐ忘れてしまえばまだしも、もはやどのような感情のもと絞り出されるのかもわからない声のひびきは、ずっとソロモンの脳裏に焼き付いて離れなかった。
国は、滅びるのだろうか、自分のせいで。このイスラエルの最盛期を築いた、自分のせいで。

「マケダ」
ソロモンはふと思いついて、話を切り出した。
「なんでしょう?」
「自分の国が亡びるかもしれない……と、考えたことはあるかね」
マケダは少し考えて言った。「ありません」
「ほう?」
「国を滅ぼすのは、君主にとって最大の愚行。戦にすれば、敗北も同じです」彼女は、すっと真剣な表情になった。
「君主に成ろうという立場なのに、今からそのような敗北の事を心配する気はありません、絶対にそうはさせないのが、君主の務め。そうではありませんか」
「そうだね……たしかに」
まさに、若い未来の君主の理想ともいうべき返答であった。昔の自分ですら、ここまで返答で来ただろうか、と思う。マケダが、眩しく見えた。
自分は、その愚をお顔してしまった。そう言えばこの十四年間、神を返し見たことがあっただろうか。国の事は。どちらも、ない。ただただ、心を押しつぶしそうな苦痛を少しでも和らげることしか、考えられなかった。
しかし、そこまでの苦痛を与えたのも、また神ではないか。無茶なことは望まなかったはずだ。自分はただ、彼女の生きる世界に自分も生きたかっただけの事なのに。

「マケダ。君には王女と言う言葉すら、惜しいね」ソロモンはそう、目の前の女性を承安した。一つ思うところがある。若い時の自分では返せなかっただろう。だが、どことはなく……ビルキスなら、こう答えるだろう、と、マケダのはっきり言い切った言葉を聞いて夢想していた、あの程よく膨らんだ桜色の唇の柔らかさとは裏腹のきりりとした言葉でありながら、異常なほどに二つは似合いで、しっくりなじんでいた。
「立派な君主に相応しい器だよ、君は……」
「そう言ってくださいます?」マケダは金の目を見開いて、もう一度確認した。
「もちろんだ」ソロモンは、それも肯定し。、百回でも、千回でも肯定できる気分だった。ビルキスに似ている。容姿だけではない、自分が何よりも引かれた、ビルキスの要素までも彼女は持っている。彼女は、誇り高き君主であった、そこまで、このマケダはそっくり同じではないか。
彼女が、自分を慰めるために神が送ったものではないのなら、いや、むしろ神が好ましく思わぬものであるならば、では彼女は何なのだろう。運命も何もなく、偶然に引き合わされた存在であるというのだろうか。自分とマケダは……。いや、ソロモンの中で、その言葉は、自分とビルキスは、と言った方が正しくなっていた、どんどん、なだれ込むようにマケダの中にビルキスの面影を見るようになる自分を、ソロモンははっきり自覚していた。

夜の宴会の時間になり、宴会場に向かうヤロブアムを、呼びとめる声が一つあった。
「ヤロブアム、これを」
仰々しい前置きすら言わずに、バセマトはすっと封をした手紙を渡してきた。
「お母様、お前が来るのが待ちきれなかったみたい。私宛に届けてきたわ」
「そうですか……ご足労ありがとうございます。王女殿下」
「大丈夫。お母様に構ってくれて、ありがとう」
そう言ってバセマトは、いつも通りの鉄面皮のまま、宴会場へ向かって言ってしまった。妙な王女だ。あれほど切れたところがあるのだ。この手紙が自分と母の間の恋文でないことくらい、百も承知のはずだ。
其れなのに、彼女はなぜ、ああ何もしないのだろう。無能であると言うならわかるがそうにも見えない。少なくともレハブアムより頭はよさそうな物。王女と言う立場がブレーキをかけている、と言うようにも見えない。女性ならではの野心すら、彼女には見受けられない。
彼女は父がどこぞの知事の花嫁にでもやろうかと言っているのを聞くやなや、自分で嫁ぎたい先を指名した。それだけならまだいい。指名したのはナフタリ族の土地、エルサレムとは遠く離れた、北方のひなびた田舎だ。ナフタリの知事ともとくに面識や思い入れがあるわけではなく、なぜわざわざそのようなところに嫁ごうと言うのか、全く理解できなかった。
ただの変わり者と見るのが一番いいのかもしれない。嫌いではないが、自分とは決定的に違う人間だと感じる。マケダに感じる感情と、途中まで似ていて、途中からは正反対だ。

人通りもなかったことだし、中庭を望む渡り廊下で。そっと封を切り月明かりで手紙を見た。良し、話し合いが順調なところまでできている。もうそろそろ、武器は兵力などの具体的は話にも映れよう。ヤロブアムはにやりとほくそ笑んだ。
ちょうどその時である。
「あら、何を読んでいるのかしら、閣下」と声が聞こえた、振り向くと、後ろにマケダがいた。
「これはこれは……マケダ様」
恭しく挨拶したが、ヤロブアムは内心ではひやひやしていた。マケダはただでさえ外国語は堪能だが、エジプトと隣国のエチオピアの出身だ、エジプトの言語くらい、自分より堪能であるはずだ。
ちらりと見えただけでも、まずいものを見られてしまったかもしれない。だが、平常心を保たない事には。
「物資に関連する資料です。イスラエルの話でしてね。ご心配は無用」
「ふうん……」
だが、マケダは薄い笑みを引っ込めなかった、しまった、やはり何かを感づかれていたか、と、ヤロブアムは思う。明らかに、何かを察した視線であった。だが、不思議なことに、彼女にそのような視線で見つめられることに、悦楽を覚える自分も、そこにはいた。
そう、先ほど去っていてしまったタベヌトの一部だけ欠けた惜しい所を、まさにこの少女には感じるのだ。自分自身も持ち合わせる、ぞっとするほどの強気さ、不敵さ、野心。そのようなものが、確かにその目には合った。
しかしそれが凶と出るか吉と出るかで言えば、凶であろう。その考えがあったからこそ、悦楽に浸ろうという気分にはなれなかった。ヤロブアムはしっかり理性のある男だった。彼は必死で、どうしたものかを考えていた。
だが、マケダは、そんな彼の予想すら、裏切って見せた。
「ヤロブアム様、イスメニー様がなぜ私を送り出したか、考えたことはあるかしら?」
彼女は唐突に、そう言ってきた。さりげなく書状を懐にしまいながら目を瞬かせるヤロブアムに、マケダは続ける。
「表向きは、将来の女王になるものの留学のため……けれど、千人も若い女を片っ端からとっかえひっかえする王のもとに、若い美人の娘をのこの子と送り出す母親なんて、いささか変ではなくって?」
「ああ……そうですね」ヤロブアムも、もはや乗りかかった船、その話に付き合うことにした。「宮廷の中では、イスメニー女王は体よく娘をイスラエルに嫁がせようと考えているのだ、と噂する者もいます。王にせよ、王子にせよ。イスラエルとエチオピアは友好国ではありますが、婚籍関係にはありませんでしたから」
「ええ……でも、それは嘘よ。お母様は、私をソロモンの妻にも、レハブアムの妻にもするおつもりはないわ」
ヤロブアムは、はっと感づいた。では、若く美しい王女が、ソロモン王の懐に飛び込むそれ以外の理由、と言えば、まさか。
体中が、ざわついた。初めて彼女に魅せられた時、鏡を見たようだと思った。まさか、その予感は、見事に的中したと言うのか、
「見てらっしゃった?レハブアム王子とともに狩りに行った時……私は山鳥一つもうまく打てなかったのよ」
「ええ、そこのところは……」
くす、とマケダは微笑んだ。「刃物ぐらいあるでしょう、貸して」と手を差し伸べたマケダの小さな手に、ヤロブアムはふらふらと言われるがまま、護身用の短剣を握らせた。マケダは、月明かりと星明りにわずか照らされた木の間をじっと見つめ、急に短剣を投げた。言葉にしがたい、短い鳴き声が一つ置き、ずるりと何かが落ちる音。
マケダは松明も持たずに暗闇の中に入り、やがてすぐ戻ってきた。その手には、ヤロブアムの短剣で貫かれた小鳥が一羽握られていた。
「返すわ」マケダはずるりと短剣を引き抜くと、ヤロブアムに渡す。彼ももはや、驚く余裕もなく、にやりと笑っていた、体中が、ひどく興奮していた。
「私に何をお望みで?エチオピア王女」
ここまで他人のために体が湧いたのは、初めてかもしれない。ヤロブアムははっきりそう思っていた。間違いない。この目の前の少女は、ソロモンを殺すため、イスラエルにやってきた。
マケダは身長の高いヤロブアムを下から、しかししっかりと見据えつつ、言いかえす。
「野良猫のいる所にでも、これを捨ててきてくれないかしら」彼女は小鳥の死体のほうもヤロブアムに手渡した。
「承知しました……」
そう言い彼の両手がふさがったその時、彼女の細い手が伸ばされ、ヤロブアムの後頭部をがしりと掴んだ。声が、すっと低くなる。十四の少女のそれとは思えない、風格溢れる声で、彼女はこう告げた。
「それと……お前自身も、言えば良い。私に何を望んでいるか。そうでなくては、対等な関係は築けないからな。同じく、ソロモンを狙うものとして……」
そして次の瞬間、彼女はヤロブアムの唇を奪った。
アヒヤから預言を受けてから、王となること、ただ一筋を見据えて生きてきた、ヤロブアムの心。女嫌いで通してきたヤロブアムの心は、その瞬間、十も年下の少女に鷲掴みにされた。

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