クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第九十三話


宮殿の一室で、バセマトはイエドから神学の教授を受けていた。
彼女は眉一つ動かさず、神妙に聞いている。彼女の母はエジプトの神をイスラエルに来てからも信じつづけ、エルサレム神殿などには一度も赴かないが、バセマトは別だ。彼女はイスラエルの神を熱心に知りたがる。イスラエルの王族として、十分な自覚だ、と言え度は感じている。長男のレハブアムが神や祭事などに無関心であるから、なおさらだ。
このようなことを言うのも公正とは言え難いように思えるが、それでもバセマトが男であったなら、と言う望みを、イエドは捨てきれない。そうであれば、ソロモン王ももっとこちらの方を評価するに決まっている。レハブアムも、所詮は長男とはいえ死んだ妻の子供、それも小国アンモンの王女。今の正妻であるマアトシャレとは、身分など天と地の差。
だと言うのにソロモンの子供の中で唯一の男であると言うだけで、あんな王にも好かれていないことが丸わかりのバカ王子が祭り上げられるなんて、とイエドは感じる。
バセマトも、彼のそんな思いを知っているから彼には懐いているのだろう。
彼女は一瞬母のいる離宮に帰ったが、また王宮にとんぼ返りしてきてしまった。その理由までは彼女は他人に話さなかったが、マアトシャレはあからさまに機嫌が悪くなっているのだ。その理由を知るのは彼女と、ヤロブアムのみ。王宮に新しく美しい少女が来たという理由でハラハラしていたというのに、自分の寂しさを紛らわせてくれるヤロブアムすらもどこか上の空、恋文を出しても気のない返事が返ってくるばかり。
自分は捨てられたのか、と嘆く母親を、バセマトは愚かにしか思えなかった。エジプトの偶像がぎっしりした離宮よりも、イスラエルの神の教えに浸れる王宮の方が、よっぽど彼女の心を落ち着かせてくれる。
「ほかに、何かご質問は……?」イエドは聞いた。
「ないわ」バセマトは短く答えた。
「王女殿下は本当に、ご優秀なお方ですな」
「そうなの?あたしは自分を優秀だと思うほど、思い上がってはいないつもりだけど」
言え度は苦笑する。
「神から授かった才能を活かすことは、謙遜のあまり才能を腐らせることよりも、何倍も尊い事でございます」
バセマトは少しだけ、笑って見せた。
「イエドさんは優しいね。父上も、兄上も好きじゃない。けれど、イエドさんの事は好きだよ」
「私もですよ、王女殿下」イエドは素直に返した。
「ソロモンに仕え、ゆくゆくはレハブアムに仕える神殿など……近々、やめようかと考えています。あなたの御婚礼に合わせてね」
「じゃあ、イエドさんもナフタリの地に?」
「ええ」イエドは呟いた。
「私も、エルサレムなどではなくあの地を守りとうございます。あの湖の輝く地を」
「そうしてくれたら、嬉しい」バセマトは目を閉じて、コクリとうなずいた。そしてそのまま、別れの言葉を注げて対上がるイエドも前もって聞いていた。今日、エチオピア王女の訪問を受けることになっていると。初めて出会って以来、二人は少しずつあって、親交を深めている。

後宮の、バセマトの遣う一室に、侍女の声が響いた。
「マケダ様がいらしっております」
「通して」バセマトはよどみなく返す。
やがて絹のカーテンが翻ると、そのカーテンの城とは対照的な、黒い肌の少女が微笑みながら入ってきた。
「こんにちは、マケダ王女。来てくれてうれしいわ」
「こちらこそ」マケダも笑う。「年の近い女の子と喋る方が、楽しいんですもの」
「あなたを招き入れて、お兄様の嫉妬を買わなければいいけれど」
「それは、安心して頂戴」マケダは薄紅の塗料を引いた唇をほころばせた。「もしもそんなことをしたら、私から言ってあげるわ。妹に嫉妬を燃やす男なんて情けない、って」
バセマトも、彼女と共に椅子に腰かけながら言う。「それはたしかに効き目がありそう……マケダさん、もしも笑っていないように見えなら、ごめんなさい。あたし、これでも面白いとは思ってるの。ただ、他の人から見ると、表情が硬いって」
「あら?私、王女様が表情が硬いなんて思ったこともなかったわ」だが、マケダはバセマトの予想を砕く言葉をさらり、と言って見せた。
無論、バセマトも、そのような言葉を聞いてお世辞でない、と一瞬で信じるほど幼くもない。しかし、その言葉を、彼女の顔を見て、それはお世辞に違いない、と思うほどの鈍さも持ち合わせていなかった。
じっとこちらに向けられる金色の目には、確かに自分の表情を見抜いているかのような鋭さが感じられた。生来無愛想で、母親はじめ様々な人にそれを指摘されてきたバセマトは、他人の表情を読むことには聡いのだ。
「王女様は今、とてもご機嫌に見えるけど」
「本当?……嬉しいわ」だからバセマトも、素直にそう言って見せた。
「でもどうしてわかるの?みんな、あたしのことを無愛想だっていうのに」
「人の顔の皮膚なんて、その下にあるものを覆い隠せるほど厚くできていないんだもの」マケダはそう、はっきりと答えた。バセマトは頭を一度書き、答える。
「なるほど。でもそれを見抜けるのは、優秀な人だけだわ」
「あら、貴方も優秀でしょう」
「自分を優秀だ、と思いあがらない程度にはね」
マケダはその答えに、口元を手で覆い隠して笑った。
「どうしてそんなに謙虚なの?」
「王位を得たい、っていう思いから、はなれられる場所にいたからかもしれない」バセマトは少し考えた後、そう言った。
「あたしは別に、天才の父や、あたしと違って男だから王位を得られる兄がいるから謙虚になってるわけじゃない。みんな、そう考えてるみたいだけれど」
「じゃあ、なにが貴女を控えめにさせているの?」
「全能の神様の存在」彼女は迷いなく答える。
「神様から比べれば、人間なんてちっぽけだっておもっているから」
「そう……!」マケダは言う。
「信心深いのは、素敵なことだわ。でもだったら……それこそ自分で王になって、より神のために尽くそう、と言う考えは持たないの?」
「ありがとう。……でもそれは、思わない。イエドさんが、言っていたの。もう、神は王のものではなくなるって」
えっ?とマケダは、目をひそめた。窓の外の響くヤツガシラの声を遮るように、低い声でバセマトは言う。
「イスラエルの神様は、自分の考えを国中に代弁させる存在として、イスラエルに王が立つことを許したの。……でも、駄目だった。初めて選ばれたサウルも、武勇を与えられたダビデも……そして、知恵を与えられた父上も、皆、王であるうちに、神様からは離れていく。人間たちは、王無くしては生き残れない時代を作ってしまったのに、イスラエルの神と王は、会わないの。だから、これからは変わるんですって。人間の世のため王として生きる者と、神に仕え神の言葉を与えらるものが、分かたれるんですって。あたしは、神の方へ行きたい。だから……王権なんて、いらないの。誰が王になったとしても、その人が国を守って、あたしたちが神を守る。そういうこと……」
マケダは彼女の言葉をすべて聞き終えると、すう、と息を吸い込み、目を細めた。
「イスラエルの神は、お喜びになられていると思うわ」マケダは彼女を、そう賛美する。「自分を作り出した存在が自分の事を思ってくれるほど、嬉しいことは、きっとないもの」
「ありがとう」バセマトがまた笑った、と、マケダにはしっかり分かった。それ以上その話をしたくはなかったのだろうか、「話を元に戻すけれど」と、少しの間の後、バセマトは切り出した。
「人の顔の皮が云々、ってお話しね。あたしはやっぱり、それは、あなたが鋭いだけだと思う。だって、父上のあの真っ白な肌。あれはずっと長いこと、父上の内面を他の人からは見えなくしてきた、って聞いたことがあるから」
それを聞き、ピクリと反応するマケダ。きれいに剃られた眉が一瞬、わずかだが跳ね上がった。
「誰に?」
「祭司長のザドクさんに」彼女は即答する。
「ザドクさんは、父上が即位した当時からの付き合いだから……父上はほかの人と違う姿をしてるでしょう。だから、あたしと同じ……いや、あたしよりもずっと、他の人に偏見の目で見られてきた時代があるんじゃないか、って思ったの。ザドクさんは言い渋ってたけど、話してくれた。子供の頃の父上は、今とはくらべものにならないくらい差別されて、だれにも、生まれつきの優秀さをわかってもらえなかったんだって」
「まあ……」ふと、マケダの目が輝いた。
「でも、それを聞いてすごく納得したわ。自分達とは違う姿の人間が自分達と同じかそれ以上の能力を持っている、なんて、そんなことが考えられる人なんてこの国にはろくに居ない物。きっと昔だって、同じだった」
「あのソロモン様にも、そんな過去がね……お気の毒に」だが、マケダの興味を引いたのは、そこれはなかった。
「ぞのザドクさんと言う方……本当に、昔から仕えていらっしゃるの?」
「うん。ダビデの時代からだって」
マケダはその言葉を効いて、確信した。彼からなら、聞きたいことを聞き出せるかもしれない。


急にマケダに秘密での面会を申し込まれて、ザドクは戸惑った、いずれにせよ異国人の彼女を神殿に招き入れるわけにはいかない。できる限り秘密に、とは言われても祭司長である自分が動けばどうしても目立つ。尽力した結果、なんとかコソコソと迎賓館の応接間まで来れた。
「遅かったわね。聞きたいことがあって呼んだのよ、祭司長さん」マケダはそんな彼の苦労などなんのその、と言った体で行けいけしゃあしゃあと聞いてくる、
「は……何でございましょう」
まあ、それで怒るほどザドクも子供ではない。マケダの侍女に通されたソファに座った。
「アドニヤ、って名前に聞き覚えはない?」
だがそれを聞いて、ザドクはわずかな不平も忘れてぎょっとした。なぜ、彼女がその名前を知っている!?死んだソロモンの兄の名前を。ソロモンが即位してきて以来、その名前はタブーになっていた。ましてやこんな異国の王女は、知るよしもないはずだが……。
「な、何故、その名を?」
「あるところで聞いたの。アドニヤ、って人の正体次第で、大変な話に発展するかも知れないわ。まあ、そうでなければくだらない話として忘れるまで」マケダは不敵に微笑む。
「だから私が話すべきか離さないべきか決めるためにも、とりあえず、私の質問に答えて頂戴」
ともかくも、答えないわけにはいかないようだ。
「アドニヤ様は……ソロモン王様と王位を奪い合った、王の異母兄です」
ザドクは洗いざらい話した。アドニヤと言う人物、その人となりも、彼とソロモンの関係も、王に即位しようとしたことも、彼の死に様も、全て。
「なるほどね。イスラエル王、アドニヤ……」
えっ?と言うザドクの反応は無視し、マケダはさらに質問を重ねる。
「アドニヤに、妻はいなかったの?」
「妻はおりませんでした。独身のままお亡くなりになりまして」
「……婚約者や、恋人は?」
「いや、それも大々的には……しかし、当時、ダビデ王の一番若い側室が、アドニヤ殿下と恋愛関係にある、ともっぱら噂にはなっていましたが……」
それを聞き、マケダの金の目はさらに爛々と輝いた。
「その子は、誰?」と彼女が聞いてきたので、ザドクはアビシャグについても覚えているだけ話した。シュネムの領主の娘で、非常に美しい少女。「それで、彼女はアドニヤが死んだ後、どうなったの?」と、マケダはさらに突っ込んで聞いてきた。
「アドニヤ様の悲劇の死を目の当たりにしたせいか、気が狂ってしまわれました。陛下がシュネムの領主に送り返したのですが、後後聞いた話によれば、その後婿を取らせられて、婿にシュネムの家督を継がせた後は追いだされたとか……あとは、全く私どもにも知れません」
それを聞き、マケダはさらに目を輝かせて、考え込んだ「さあ。お次はあなたの番ですぞ、エチオピア王女殿」ひとまず、ザドクは聞く。なぜ、この少女がアドニヤやアビシャグのことなど知りたがるのか、イスラエルの高官として知らねばならない。
「そうね。そこまで教えてくれたんだから、さすがに私も言わなくちゃならないわね……ザドクさん、まだ、内密にしてほしいお話しなのだけど……でも、陛下には知らせて」
マケダの中で、全てがつながった。あの女は、ただの狂人ではない。ただの、イスラエル王妃の座を妄想している狂人なら、なぜわざわざ、そんな人物の名前をイスラエル王の名前として出すものか!
「アドニヤの息子が、生きているわ。そして、王位を狙っている」
「なに!?」ザドクはぞっとした。
「あ、あなたは、どこでどうして、そんなことを……」
「詳しいことは、陛下も一緒になってからよ」マケダはにやりと、不敵に笑った。
その笑顔が、ザドクは不思議なものを感じた。何か、見覚えのある気迫を感じる。

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