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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第九十五話

かくして、ソロモン王への反乱は未然に防がれた。ソロモンの政権は、持続することと相成った。
イスメニー女王は、数日エルサレムに滞在したのち、再び帰っていった。

別れ際、彼女とマケダは以下のような話をした。
「ねえ」と。イスメニーは人目をはばかるように、小さな声で言った。
「あなたはソロモン王を、助けたのね」
「お母様。ソロモンは私の獲物、ただ死ねばいいと言うものではありません。イスラエルの馬の骨にとられるわけにはいかない。それだけです」
「それでも、いいけれど……」イスメニーは言う。
「あなたの好きにすれば、それでいいのよ。あなたは、あなた。あの人の言うことにただ従う必要は、ないのだから」
「お母様、ご心配なさらず」イスメニーの声に合わせるような小さな囁き声、だが、それでもしっかりととおる声で、はっきりとマケダは言い切った。
「私の人生にあるのは、ソロモンへの復讐、それだけです。私もそれを望んでいます。其れこそが、私の喜びなのです」

それから、2週間ほど過ぎた。
王宮はヤロブアムが消え平和になったが、同時にじわじわと別の物議をかもし始めていた。王が、マケダを、異国の王女である彼女を自分の王宮に住まわせ始めたからだ。
エジプトの神への信仰を捨てない王妃マアトシャレは、遠くの離宮へ、その他の妻も、ちゃんと後宮に入れ自分の生活圏とは引き離している。
だというのに、王はマケダだけは特別扱いで、迎賓館から王宮に、どんな女よりも自分のすぐそばに住まわせた。こう来ればいよいよ誰もが怪しがるのも、無理はない。
ソロモンは、あのマケダを妻にするつもりだ。それもマアトシャレを差し置くような立場に、と。
若く美しく、この度王の危機を救った勇敢な王女、しかし、イスラエルの神を知りもしない、異国の女性には変わりのない女を。
確かに、イスラエルの歴史においてはヘブライ人の男を心から愛した女がイスラエルの中に入ることを許された事例はある。だが、彼女らは必ずかつての神を捨て、イスラエルの神に帰依した。あのかつて偉大な王の心を奪った暁の娘、マケダの置き映しの存在であるシバの女王すらも、その限りである。
王はイスラエルの神をお忘れになったのではないか、そのような疑念は、さらに膨らむこととなった。

勿論、そのようなうわさが耳に届かないソロモン王ではない。
だが、宮殿の人々のの騒ぎ立てることなど、何に成ろうか。肯定するわけにも、否定するわけにもいかない。はっきりとそうだ、自分は神を信じていない、と言えば、ヤロブアムなど問題にもならないほどの問題が沸き起こることくらい理解している。だが、何十年と存在を信じてきた神に切り捨てられて、それでも信じつづけていられるほど、今の自分は、心が強くない。
何でも自分一人でできる気になっていた、若い頃の自分がうらやましい。思えが自分も年を取った、とひしひしと感じる。
今の自分は、簡単には揺らがない玉座に身をゆだねながら、ものの足しにもならない快楽で心の闇をごまかしつつ、消えてしまったビルキスの面影を追いかけているだけの、抜け殻のような人間だ。そしてそんな抜け殻になってもまだ、生への執着だけは持っている。
今になって、父が立派に思える。自分の息子に手ずから毒を飲まされて、潔く散っていった父が。若い頃は、化け物のように腐り果てれば、そりゃあ生など望まないだろう、と思っていた。だが、今の自分とあのころの父がどう違うのか。今の自分は体中が腐り果てても、生きている限り、生きたいと願うような気がしてくる。
ヤロブアムはきっと、王の器であったのだろう。彼は、今にして思えば自分が王になるという確固たる自信と余裕があったのだろう。若い頃の自分のように。
自分で自分を守る力は、あの頃より今の方が何倍も持っているはず。其れなのに、そんなものは自分で自分を守ろうと言う気概の強さに比べれば、何の役にも立ちはしない。言ってしまえば、純金の盾だ。豪華絢爛でどっしりしているのは見た目だけ、鉄や鋼の迫りくる剣にはとても勝てない、軟な盾。自分が縋っているのは、そんなもの。
純金の盾しか持たぬ自分では、自分を守りきれない。かといって、神は自分を見捨ててしまった。
何が悪い。自分を守ってくれる存在に、近くにいてほしいと願って、一体何が悪いと言うのだ。
「陛下?」
自分を呼んでくれる声がする。
「お顔の色がすぐれませんわ」
「うむ……心配してくれてありがとう、マケダ」
今の自分には、彼女しかいない。神すら見捨てた自分を、守ってくれたこの少女しか。
個の十四年間、必死であがき、求めてきた望みが、ビルキスが自分のもとに帰って来てはくれないかと言う望みが、今、実在のものとなっているような感覚にすら陥った。
ビルキスは、ビルキスはきっと、神に見捨てられた自分の側にでも、居続けてくれたから。

マアトシャレが非常に荒れていることは、バセマトにもよく分かっていた。
天下のエジプトの王女の自分ですら受けられなかった待遇を、エチオピアの王女が受けており、さらに自分を癒してくれたヤロブアムすらもイスラエルから消えたのだ。母が有れないはずがない。はずがない、とわかっていて、バセマトは母親のことを大変くだらなく思った。離宮に帰る気も起こらないが、この王宮も、どんどん嫌いになっていく。
王権に対して、冷えた視点しか持てなくなる。
すきでもない男と結婚し子供を成すことが、生涯渇望する幸せであると同時に、自分を一生縛り付け苦しめる鎖である、そのような矛盾した状態を与えられるのが、王族の女と言うものか。
ナフタリ族の知事、アヒマアツ。彼に関しては、正直よく知らない。悪い男ではないと聞いている。悪くなければ、後はいい。王女と結婚できると聞いて腰を抜かす勢いで驚き平伏しただのなんだのも聞いているが、まあ、それに関してもどうでもいい。身分の概念を良く分かっている男だ、と思うことにしておこう。
ソロモンの長女ともあろう身分、どこの大国との外交に使われるか、とみられていた中、ナフタリなどと言う田舎の士族の知事と結婚すると言いだした自分に向けられたどの意外そうな眼よりも、父の目が印象に残っている。父はどんな感情も称えずに、真っ赤な目をこちらに抜けて、願いを聞き届けだけしたのだ。母は狂わんばかりに怒って自分を責めた。こんなこと恥ずかしい、エジプトに言えやしないとわめいた。
だがどんなことを言われても、どんな目で見られても、突き通すと忌めた。自分は誰と結婚しに行くのでもない。このエルサレムを離れるため、北の大地を守るため、ナフタリの土地に赴くのだ。
思っていたことがある。それを唯一黙って当たり前のように受け止めた父親は、やはり神の事がわかっていたのではないか、と。だが今の彼を見て、思う。父は神のことなど分かっていなかった。父は本当に、自分の娘がどこに嫁ごうが、どうでも良かっただけの話なのだ。


父上、行ってらっしゃいませ、と、二人の息子に言われるのを背にし、ベナヤは今日も王宮に向かう。
マアトシャレが来たタイミングで、ベナヤもようやく適当な女と身を固めた。ソロモンの正妻、と言う立場からナアマが消えたような状況に、いたたまれなくなったのだ。けれど、彼の心の中には相変わらず、ナアマがいた。それが一生消せないことなど、分かっていた。だからベナヤは、それが解ろうとも文句ひとつ言わない、貞女の鑑のような女を妻に選んだのだ。それこそ……あのシバの女王などとは対極にあるような、女と言うものが何者かをわきまえている女性、と、ベナヤは心の中で決めていた。
「うむ。お前達、父の姿を見て、イスラエル王家によく仕える器となるのだぞ。お前たちも、将来軍人となるのだからな。王子レハブアム様にお仕えするのだ」
毎日毎日、ベナヤは息子たちにこう言って育てた。多分彼らからすれば、耳にタコでもできそうなところだろう。だが、構わない。
レハブアムには、味方が必要だ。自分の言う事を、なんでも肯定してくれる味方が。自分も、いつかはレハブアムの前からいなくなる。その時に自分の息子が、レハブアムを支えなくてはだめなのだ。
息子たちははつらつとした笑顔で「はい」と返してくる。ベナヤはそれに、非常に満足した。
王家に命を懸ける忠誠の将軍、と、他人の目からはそう見えているのだろう。ベナヤは王宮まで馬を走らせながら、ひしひしとそう思う。

王宮につき、一通りの将軍としての朝の職務をこなし、さっそくレハブアムのもとに向かうと、レハブアムはいつになくむすっとして不機嫌な様子だった。「どうかなさいましたか」と、ベナヤは彼とともに椅子に腰かけながら聞いた。
「あのふと不届きもののヤロブアムも消えたというのに、殿下の子期限がそうまですぐれないとは……」
「ヤロブアムはもう、いいよ。どうでも」レハブアムはそう、無関心層に吐き捨てた。「父上が、最近ずっとマケダを手放そうとしない」
そのことか、と内心ベナヤはため息をついた。
「確かに困った事ですな。いくら異国の女性と婚姻を重ねてきたとはいえ、あくまでイスラエル人とは一線をおいた扱いをしてきたから、今までは許されてきたようなもの。それをあんなに節操なくそばにおいては、全く陛下の品格も疑われます……」
「そんな話じゃないってことくらい、わかってるだろ!?」レハブアムは小さく怒鳴り、ベナヤを睨みつける。彼が非常に苛立っていることは、火を見るよりも明らかだった。
無理もない。初恋の相手が自分の父親、しかも自分にトラウマを植え付けた相手と親密にして、自分はろくに話もできない状況など、同じ男として想像したくもない程居心地が悪い。だが、それはそれとしてベナヤは、そのレハブアムの恋心自体を肯定できなかった。
「陛下、いくら美貌の持ち主であっても、あれは異邦人の女。モーセの律法を守るイスラエルの王子が心惹かれる相手としては、到底ふさわしくはありません、エチオピア女は性に放縦だとも言います」ベナヤは淡々と、言葉を続ける。事実レハブアムは気が付いていないのだろうか。あの少女がなぜ、あの狡猾なヤロブアムからあっさりと情報を聞き出せたのか、そう言った任務に当たり若く美しい女がすることなんて、一つだけに決まっている。そんな相手とわかってもなお、レハブアムは彼女にあこがれ続けるのか、と、しゃくな思いすらわいてくる。あの女に、あのナアマの死の原因となった忌々しい女に、気色が悪い程生き写しな彼女に。
「おい、そんなこと言うなよ……!」
「陛下には、律法と倫理にのっとったお相手こそがふさわしいのです」
「マアカのことか?それは……」
じろりと睨みつけてきたレハブアムに、ベナヤは「はい」と答えた。マアカ、かつての裏切り者アブサロムの血を引いているとは思えないほど、大人しく、貞淑な女性だ。容姿もまあ、美貌をうたわれたアブサロムの娘だけあって悪くはない。アブサロムの娘でさえなければ全く嫁ぎ先には引く手あまたであったはずだ。若いレハブアムの興味をそそるような女性でないのは分かる、だがしかし、これほど王子の相手に相応しい女性もいなかろう、と思っている。
「マアカ様は、王太子妃としては十分な相手でございます。少なくとも、エチオピア王女よりは……」
「……何で、お前までそんなこと言うんだよ!」レハブアムは一気に怒った。
「お前が彼女のことを気にイラないのは分かったよ、でも僕の前でそんなこと言うことはないだろ?」
「……失敬、殿下」
「お前まで、お父上みたいなこと言うなよ!なんだよ、皆勝手に僕の結婚相手まで決めて!」
父上みたいなこと、と言われて、ベナヤもぐさりと心が痛んだ。自分が長年、誰よりも軽蔑してきた相手の名前を底で出されるとは。この王子に。この王子がいなければ、王宮にと詰める意味などなかったというのに。
「申し訳ございません、殿下」とベナヤは返しつつ、「しかし、私のお言葉にも耳を傾けてください。私はあの娘から、どうも不穏なものを感じるのです……」と言葉をつづけた。
何も苦し紛れの一言ではなく、本音であった。シバの女王ビルキスに不自然なまでに生き写しであることもそうだが、長年軍人として生きてきた感が、彼女にもうなものを感じさせる。
彼女は絶対、弓も満足にいれない姫君ではないはずだ。第一あのヤロブアムのもとにスパイに行ってまんまと成功している時点で、ただの好奇心旺盛な少女で済むはずがない。そんな相手がどうして、イスラエルに?何か、裏があるかもしれない。ともすれば……レハブアムが危険ではないのか。そのような気持ちも、立派に存在した。
だが、ヤロブアムは眉をひそめて「お前は心配性だな」と返してきただけだった。自分の心配など、全く意にも介していないように。
ソロモンの血し絵になってからは、戦争もない。剣などおけいこ事程度にしかしていない王子に、軍人のカンを理解しろと言うのも、確かに無理な話ではあるのだが……。
「殿下、私の話を……」
「もういいよ」レハブアムは立ち上がった。
「お前があの子の事を嫌いなのはわかった。もう何も相談しないよ。あの子に関しては」
彼はそう言い捨てて、ベナヤがとめるのも聞かず、どこかに歩き去っていってしまった。どこかさびしそうに
「殿下!」とベナヤは追いかけようとしたが。「もういいって言ったじゃないか!」とやけになったような声が飛んできて、それ以上、追いかけられなかった。
いけない。レハブアムは、一人ではだめなのに。レハブアムは、まだ未熟だ。そして、彼の母がそうであったように、父には理解されず周囲には王子らしからぬとあざ笑われる、さびしい存在だ。誰かが、そばにいてやらなくてはならないのに。

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