クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第九十九話

マケダの侍女は、長い間気をもんでいた。
ここの所マケダは、ずっとソロモンが自分に手を出さないことを気にしている。彼から貰った、見事なエイラットストーンの天球儀を、暇さえあれば眺めながら、物思いにふけることが多くなった。
侍女は、幼いころからずっと自らの主人を見てきた。イスラエル王ソロモンをいつか殺せと、その念と暗殺術を叩き込まれて成長してきた様子を、ずっと。
本人も、それを望んでいるという。だが、侍女は思う。それは果たして、本心なのだろうか。
人が常に自分の本心をわかるようならば、世話はないのだ。
ソロモンがマケダを抱かないにしても、数日おきにソロモンと二人きりになるチャンスは存在している。其れなのに、マケダは踏み切らない。なぜなのであろうか。
勘ぐるのも失礼な気がする一方、侍女は確かに、心配していた。十四年目にして、このイスラエルの血で初めて変化を見せた、自分の主君を。

今日も今日とて息子たちに言葉を残し、ベナヤは王喰うにはせ参じる。だが今は、彼が真っ先に向かうもとは部下の所では無くなった。
彼は真っ先に、王子の間に向かう。王子とだれよりも親しい将軍には、取次すらも必要ない。扉を開き、カーテンを翻せば、レハブアムは寝台に寝転がっていた。
ここ数日、ずっとこうだ。病気ではないがレハブアムはすっかり落ち込み、寝込んでいる。人の顔もめったに見ようとしないし、食事も一日一回程度しか取ろうとしない。こうなったタイミングからして、その原因が何であったかなどベナヤにも見当がついた。だが、レハブアムに涙ながらに打ち明けられた内容は、ベナヤの想像以上のものであった。あれほど焦がれて憧れたエチオピア王女に、真っ向から拒絶されたということ。
最初の方こそベナヤは、誘惑されたよりはましだ、と思い込んでいた。しかし、レハブアムにとってはそれはあまりにショックであったようだ。何日も何日もこうしている彼を見るうちに、ベナヤの心の中にも、マケダをいぶかしがり憎むより先に、レハブアムを心配する気持ちの方が湧いてきた。
レハブアムにとってはそれこそ、初恋であったのだ。その相手にはっきりと、包み隠すこともなく否定され、しかも相手は自分の父のもとに向かった。大好きだった母親を殺した相手に、今度は愛した少女まで取られたのだ。ふさぎ込むのも、無理はない。
彼の気持ちは、痛い程にわかる。ソロモンには理解できぬ痛みだ、凡な人間の感情がわからないあの王には。ならば、自分が理解するほかはない。今さらになってベナヤは、レハブアムの恋を頭ごなしに否定したことを後悔していた。もっとわかってやれれば、と思っていた。
「お加減は、いかがですか。殿下」と、ベナヤはごく穏やかに声をかけた。返ってきたのは「今日も来てくれたのか……ありがとう」という一言だった。
「参ります。殿下がいて、元気に暮らしているのを見守ることが、私が王宮に仕える意味でありますから」
ベナヤは穏やかに微笑んで、はっきりとそう言った。とっくの昔に自分は、王に仕える意味を失った。レハブアムだけが、王家にこだわる意味であった。自分が心の底から愛した女性が産み落としたこの王子を、命に代えても守り通すと決めたのだ。
「ありがとう。……ベナヤは、ベナアは本当に、こんな僕に対していつも優しいよね。いつも……」
「こんな、などと申さないで下さい。殿下。私にとって……あなた以上のお方など、おりません」
ベナヤは力の抜けたレハブアムの手を取り、優しく握った。レハブアムの目が、ベナヤの目を見つめた。
「父上は、どうして、僕の大好きなものを取っていくんだろう……お母上も、あの子も」彼は呻く。「どうして僕は、あんな人の息子に生まれてきたんだろう……ベナヤの子なら、良かったのに。ベナヤが父親だったら……良かったのに」
その言葉を聞いて、ベナヤは胸がつぶれそうになった。
十七年前、この王子が生まれようとするときに、自分がどれほどまでに心を痛めていたか。王子として自分後時の血を引いた子供が生まれるのだ、と、精神をすり減らしていたか。
だがその時は、こう思う日が来るなどと夢にも思わなかった。目の前の、ソロモンの息子であるのが確実と言えるほど父親に顔はしっかりと似たレハブアムを見据え、彼はなんとかうなだれまいと心を奮い立たせた。
どれほど、良かっただろう。はい、私が貴方の父親です、と、打ち明けられる事実があったのならば、どれほどまでに、この王子の心を救えただろう。
だが、それはありえないのだ。レハブアムは明らかに、ソロモンの子供であったのだから。
「……ある方が、言われました」
会えて彼は、その男の名前を口に出さなかった。いや、自分でも、思い出したくなかったのだ。十七年前、ナアマとの関係を知られ他自分に向かって淡々とその言葉を告げた彼の名前を。レハブアムを今もこう苦しめる彼とその言葉の主が同じであると告げるなど、余りに残酷なように思えた。
「誰かの子として育てられたなら、生物学的な父親がだれであろうと、父親とされた方の子供に他ならないと……見ても分からぬ血などには、何の意味もないと」
「そう……素敵な言葉だね」
レハブアムは、それを誰が言ったかも知らずに、そう素直に笑った。
「レハブアム様。いくらでも、私に甘えてよいのです。私が、貴方の父親代わりと思って、この日まで育ててまいりました。何も……遠慮はなさらないでください。ここの所は、私までレハブアム様の心を痛めてしまったことを……私は、後悔しております」
「うん……そんなこと言わないで。僕、ベナヤにきっと内心では馬鹿にされてるなあって思っていたから、そう言われて嬉しいんだ」彼はぼそぼそと打ち明けた。
「ベナヤの言ったとおりになったからね……あの子の事を、好きになるなって」
「殿下……」
「ぼく、ベナヤの事は恨んでいないよ。大丈夫。でも……それならもう少し、甘えさせて。辛いんだ、とても……」
「はい」
ベナヤはそう言い、レハブアムの寝台に座った。レハブアムは彼にすがる。彼の胸元に、ベナヤは黙って、王子を抱きしめた。
胸に顔がうずめられ、彼の表情が見えない。レハブアムはすすり泣いていた。
「馬鹿だよね、僕は、本当に……父上になんて、何も似てないくらい、バカなんだ」
「殿下……」
「あんなことがあったのに……僕、まだあの子が好きなんだよ。忘れられないんだよ……」
震えながら必死でベナヤに取りすがり、レハブアムは泣いていた。いったい誰だ、この王子の心を踏みにじるものは。ベナヤの中に、そのような怒りがわいてきた。
レハブアムはただ、笑って生きてほしい。
その為にならば、悪魔にでも何でも、なれるような気がした。

その日はマケダの来ない夜だった。だが、明日来ることにはないっていた。
ソロモンは一人、寝台に寝転がった。嵐の前の静けさ、とはこのような状況を言うのだろうか、本当に何もかもが穏やかで、満ち足りているとは言えないまでも、満ち足りていないことに不安と焦燥を駆られることはなかった。がむしゃらに満ち足りようとするよりも、心地が良かった。
「ソロモン」と、透き通るような声で名前が呼ばれた、ベリアルが、長い脚を組みながら寝台に座って、彼の事を見下ろしていた。
「ベリアル。もう、来ないのかと思っていたぞ」
「何言ってるの?神さまの事があったから?」
「ああ」とソロモンは返したが、ベリアルはもうそれ以上は言わなかった。
「君が心配だったんだよ。幸せそうだね……良かった」
「ベリアル。お前なら、幸せの原因位掴んでいるのではないか?」
ベリアルはそれには言葉を返さず、頭を一度コクリと縦に動かすだけの返答をした。
「お前は、覚えているか?ビルキスがこのイスラエルに来ていた時……お前が、やめてくれって言ったことを」
「うん」
「今回もお前は、不愉快なんじゃないかと思っていたよ」
「もう、そんなこと、ないよ」彼は静かに言った。そして。ソロモンの額に手を乗せた。ベリアルの暖かな体温が、伝わってくるのを感じた。
「もう。良いよ……あのころはともかく、今こうなったなら……君があの子といて幸せなら、それでいいんだ。……それが、いいんだ」
「ありがとう」
ソロモンはふわふわとした温かさに抱かれながら、頭がぼうっとして眠気を感じてきた。ベリアルの柔らかい光に抱かれながら、彼は眠りに落ちた。

懐かしい夢を見た。
孤独だったころに、何回も見た夢。自分は、神殿の中にいた。心なしか自分の体までも、子供の頃に戻ってしまったかのようだった。
何故、今さらこんな夢を見るのだ折る。神の愛を断ち切られた自分が。だがそうは思いつつ、ソロモンは神殿の中を闊歩した。
懐かしい。所狭しと刻まれたシクラメンの彫刻、花瓶に刺された金細工の薔薇、規則正しくひし形の並ぶ格子窓、そびえたつ二本の大黒柱。何年も何年も、自分は、この光景に包まれて、生きながらえてきたのだった。
奥へ、奥へ。金の扉を開けると、そこには内陣がある。モーセの十戒を治めた石版を治めた聖櫃が、その奥に収められている治める儀式を見たことすらも、つい最近の昔のようだ。
ソロモンはそこに走った。そして。内陣のカーテンをめくり上げた。
ところが、だ。彼の目に入ってきた光景は、予想と違っていた。そこは、からであった。
ソロモンは気が付いた。自分が見ているのは、今現在実態を持ちモリヤ山にそびえたっている神殿の中ではないと。小さい頃の自分に何度も望んだ、神殿の光景。全てが揃っていながら……そうだ。内陣だけは、自分にそこにあるものを見せることがなかった。正確に言えば……そこには、何もなかったのだ。今、ありありと覆いだされた。あの時は、内陣は自分にその姿を見せないのだ、と思っていた。だが、違う。内陣は、空であったのだ。
その時。轟音がとどろき、神殿全体が揺れた。
炎が燃え上がる。破壊音が聞こえる。自分が設計しヒラム・アビフが作った神殿が、ガラガラと崩れた。
どこからともなく声がする。異国の言語。理解の及ばぬ声の兵隊に、神殿が略奪されていく。「やめろ!」反射的に彼は叫んだ。だが、彼らはソロモンの存在など意にも介さぬと言うばかりに、神殿を荒らしていった。
燃えさかる炎の中、ソロモンは崩れゆく神殿を見ていた。
ガタリ、と後ろで物音がした、振り返ってみると、そこに一人の男が立っていた。長い髪をした、不思議な男が。内陣の中心、聖櫃があったはずの場にたたずんでいた。
「今見ているものが、何であるか、お分かりですか」彼はそう問いかけた。
「お前か?」ソロモンは言う。「お前がやったのか?これを……」
「いいえ」彼は、即答した。
「これは、未来の話ですよ。けれどもう、決まってしまった運命です」
「なるほど……私の心が、神から離れたから、か」ソロモンは少しだけ、目線をうつむかせた。「ならば、これをやったのも、私であるということだな」
「そう言えるかもしれません」彼は静かに言う。
「安心してください。神殿など壊れようとも、三日もすれば立て直せます。このわたくしならば」
「ほう、できるのか、そんなことが……」ソロモンは自嘲気味につぶやく。「ヒラム・アビフも消えた、この世で……」
「できますとも。職人が云々と言うなら、さらに楽です。ただの物質的な問題になってまいりますから」彼は淡々と、言い含めるように言った。彼は一体だれなのだろう、そう考える気持ちは不思議と、ソロモンの中に露ほども湧いては来なかった。
「肝心なのは、信仰です。どれほど見事な神殿でも、神を信じて参る人がいなくては、ただの建物に成り下がってしまいます」
「それはなんとも、現代的と言うか……冷笑的な宗教観ではないのか?」ソロモンは問う。「人が信じようと信じまいと、神は存在するものではないのか。人が信じるから神が生まれる。と訳知り顔の異邦人がたまにのたまうが……私は、納得したことなどない」
「ええ、それで結構ですよ。神は、存在します。けれども……自分を信じもしない人間を待ちわびて神殿に居座るほどには、神は人間に全幅の親愛を寄せられないということです」
「なるほど」ソロモンは人間として、失笑してしまった。まさに、自分の犯した罪だ。
「ですから、安心してくださいと言っています。貴方によって、あなた以外の何人もの人間によって、この神殿が壊れます。だから、わたくしが立て直すのです」
「どうやって?」
「罪を、不信心を、無に帰すのですよ。この身をもって」炎の中、彼は呟いた。「それから先は、君たち次第です」
「お前が何者か知れんが……しかし、わからぬものだな。そのようなチャンスを、神が与えられているということなのか」
「ええ」彼はうなずいた。「だってあなたは……ダビデは、サウルは、不信心だけの人間では、ありませんでしたから……どんな信仰者も、罪人になる。しかし、どんな罪人も、信仰者で有り得るのですから……ですから神は、人間を見捨てられません。何度、愛想を尽かそうと……」
その時。
神殿が大きく揺れ、天井が崩れ去った。そこに視線を取られた一瞬、彼の姿は、無に消えた。
そして、ソロモンは見た。炎の中、迫りくる破壊者。彼の瞳を。自分とそっくり同じ、真紅の瞳をしていた。

そこで、ソロモンは目が覚めた。全身に冷や汗が湧いていて、寒い程だった。彼は跳ね返るように、神殿の方を見た。
燃えてはいない。当たり前の事だ。だが、ソロモンは体が止まらなかった。もはやほとんど本能的に、急いでマントに身を包み、神殿へと向かった。

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