クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第百四話

数か所を貫通させられたベリアルは、そのまま倒れこむ。彼の体が、ソロモンの体を離れた。ソロモンは、目の前の光景にひどく驚いた。そこにいたのは、メネリクであった。自分が刺し貫いたはずの。
「メネリク……」
「な、なんで、なんでお前が……」
ソロモンとベリアルは、同時にその状況に驚いた。メネリクは自らを貫いたはずの短剣を携え、彼自身も驚愕の表情で、二人の方向を見つめていた。
「先ほどの話は本当か、貴様」
彼の声も、震えていた。だが、ソロモンと違うのは、震え声の中にありつつも、そこには確かな気力があった。あるいは生命力と呼ばれるものかもしれない。
「母を殺したのは……貴様か?そのような……そのような逆恨みで……?」
「なんで、お前、生きてるんだよ……?」ベリアルは問いただした。「いや、そもそもなんでお前に、ボクが見えるんだ……?なんで、ボクを攻撃できるんだ……?」
そのように呻くベリアルを見下ろしながら、メネリクはすっと自分の腹の手をかざした。すると、突然そこに風穴があく、課と思えば彼がもう一度手をかざした途端、その穴は消えた。
「言ったはずだ。私は人間の姿なら、どんな姿にも変化できる……」彼は語る。「大けがをした死体に成りすますことも、容易だと言うことだ」
「けど、ソロモンは、お前を……」
「その男は……」繰り返すが、メネリク自身の声も震えていた。まさに、彼の壊されたくなかったものを壊されてしまったかのように。だが、それでも彼は立っていた。立って、話をしていた。揺れ動くアイデンティティ、自らの人生を終わらせるかのようなショックに必死に抗い、立って、話をしようと努める力が、彼には溢れていた。
「私を、貫きはしなかった。」
ソロモンも、それを聞いてひどく驚く。あの時本当に、意識がなかったのだ。ベリアルがひどく驚いている所を見ると、やはり、あれはベリアルが自分の体を動かしたのだろう。其れだと言うのに自分は、自分の体は、メネリクを突き刺すことを躊躇したとでもいうのだろうか。
意識がなかった以上、もはや何とも言えない。だが、メネリクが無傷であるという事実一つが、そこに立っていた。
「奴の刃物に気が付いて、次の瞬間、刺されていないことに気が付いた……だがソロモンに追い打ちをかける気配がないのを見て、わたしはとっさに、死んだふりをしたのだ。不意打ちを喰らわせるためにな……ところがどうした。貴様が現れて……とんでもないことをペラペラ話し出すではないか……母の、母の死にまつわることまでも」
「何故だ?」ソロモンも一緒になって、しどろもどろに問いかけた。「ベリアルは、私以外には見えないはずであったのに……」
「私の侍女……サラヒルが教えてくれたことだ」メネリクはどうにか少しでも声を震わせまいとするかのように凛然として答える。
「母が、言っていたことだ。タムリンも、お前も知らない……母とサラヒルしか知らない事実だが、母はイスラエルに居たころ、一度お前を……ベリアルを偶然に見かけたらしい」
それはあまりに、ソロモンにとっては突然の事だった。だが、ベリアルははっと目を見張った。心当たりがあったのか。
「そして、あれは天使ではないかもしれないと感づいていたと……母に見えたものが私に見えても、おかしくはない。怨霊と精霊、人間ではない半端な存在同士……案外お前も母も、近しい次元に存在していたのかもしれないな。ともかくも、だ……ソロモンがお前を信じきっている様子だったから母も詳しい言及はやめ、シバに帰るころにはほとんど気にも留めなくなっていたらしい。だが!サラヒルは覚えていたのだ……そして私に、もしや、とそのことを教えてくれたのが、昨晩だ」
「やっぱり……やっぱり気が付いていたのか、あいつ……」ベリアルは呟く。そう言えばビルキスがいたころ、ベリアルはめっきり姿を現さなくなっていた。ひょとすると、ビルキスの視界に入ることを避けていたのか!
「お前の、お前のせいだったのか。母上が死んだのは……」
メネリクは呻く。一瞬、彼はソロモンの方を見たが、すぐにそらしてしまった。もはや、どういう感情を持てばいいのか、彼自身も分からず、それの模索から逃れようとでもするように。
代わりに彼は、光の刃をかざし、またベリアルに向かって突き刺さんとした。
「母の仇……!」
それを聞いて。ベリアルも非常に威圧的な声を出した。

「なめるんじゃないよ……人間にも、悪魔にも慣れない精霊ごときが。悪魔に逆らいやがって……」
そして、その瞬間、光の剣が、火柱となって燃え盛った。メネリクは反射的に、手を離す。ベリアルはその火柱を掴み、片手でもみ消した。そして、立ち上がる。全身をめったざしにされた彼は、それこそ、翼の生えた肉塊以上の物には見えなかった。
「……オレは、オレは、こんなことじゃ死なないんだよ。オレを誰だと思ってるの?悪魔だよ、悪魔ベリアルだ。まだ……オレは生きるんだよ。神さまが、イスラエル王家を存続させるって余計なこと決めたんだから……だから、まだ、死ねないんだよ……」
メネリクも、完全に絶句していた。目の前の者の執念に、もはや当たり前ながら、ソロモンの復讐、など言っている様子ではなかった。
「イスラエル王家がまだ続くなら、まだまだ、呪ってやるんだ……呪い続けてやる。誰もかれも、不幸にしてやる。オレの命をぞんざいに扱ったダビデの子孫なんて、オレは、未来永劫許さないんだよ……!ダビデ王家だけじゃない。ソロモンの血を引いてるやつだって、絶対に、絶対に、許さない……」
そう言ってベリアルは、絶句するメネリクに掴みかかろうとした。
だが、次の瞬間。ベリアルは急に、動きを止めた。
しかも、彼が能動的に止めているわけではないことは明らかだった。彼はぐしゃぐしゃに崩れた顔面を更に苦悶の表情にゆがめ、苦しんだ。
「……畜生。何で、なんで、今……?」
ソロモンとメネリクは、不審に思う。しかし、彼ら二人は気が付いた。ソロモンの指にはめられた指輪のうち一つ……先ほどベリアルの体液に汚されなかった、黒曜石の指輪。ヒラム・アビフが友情のあかしにくれた指輪が、光輝いていた。

はっと、ソロモンの頭に考えがよぎる。
先ほどまで、もはや何も考えられなかった脳の中に、少しずつ、思考がなだれ込んで来た。生命力が帰ってきた、とでもいうように。まるで黒曜石の光が、生命力を呼び起こしてくれたかのようにも思えた。
ヒラム・アビフは、悪魔の子で、自分の先祖が授けた指輪で、悪魔を使役していた。そう、この指輪を、媒介として。
そして、ソロモンの頭はさらに二つの事実をつなげる。このベリアルも、悪魔。と、言うことは。
「ベリアル……まさかお前もこの指輪の、干渉を受けるのか?」
ベリアルは呻くだけで答えない。しかし、ソロモンはさらに事実に気が付く。そもそもヒラムが生きていたころ、ベリアルはなぜだか、いつも疲れた様子だった。
「いや……ひょっとしてお前、当時、ヒラムに使われていたんじゃないか?この指輪で!」
「……」
無言がもはや、答であった。この誇り高い彼が、ソロモンを不幸に落とすことしか考えていなかった彼がそんなことを言われ、間違いなら、そうではないと一言言えば、済むことだ。
ソロモンの心の中に、次々と力が湧いてくる。はっと、ソロモンは、最後に新しい気付きを得た。
神殿で、主は自分にこう言った。
「お前にはもう、すべてを与えている。私の願いを成就させる、全てを」
そうか。
何年も、何十年にもわたって、少しずつ少しずつ、自分は、全てを与えられてきたのか。この自分を、自分の治めたイスラエルを蝕もうとする悪意に対抗するための、全てを。
「メネリク」
静かな声で、ソロモンは言った。もう、その声は震えていなかった。
「頼みがある、聞いてくれ」
しかしその誇り高い声色とは裏腹に、その願い方は決して、傲慢なものではなかった、父が無う子に話しかけるような態度とも、少し違った。例えるならばソロモンは、他国の王に話しかけるように話した。対等な、お互いに尊敬すべき相手と話すように。
「このベリアルは、私がどうにかしよう。だから……お前は、エチオピアに帰るがよい。そして、頼みと言うのが……エルサレム神殿に行き、内陣の中にある聖櫃を盗み、エチオピアに持って帰ってくれ」

「何を……言っている?」
メネリクは狼狽しながら、そう聞いた。だがソロモンは、厳かに続ける。
「聞いてくれ。メネリク。全ては……全ては、この私の罪だ。この私の罪故に、主はイスラエルに混迷の時代を与えられた。もはやエルサレム神殿は主の唯一の居場所ではなくなると……もはやモーセに与えられたその石板は、その聖櫃は、エルサレムに存在すべきものではないとおっしゃられた。そして。同時に仰られたのだ。お前にはもはや、わが望みをかなえる全てを与えている、と……」
ベリアルの断末魔の獣のようなうめき声。何故だか自分の心臓までが、締め付けられ雨量な思いだ。其れでもソロモンは、話を続けた。もはや、そこに絶望などは存在していなかった。
「今、はっきりと悟った!聖櫃は、この地を離れ……エチオピアへ!お前の地へ行く、主は、そのように望まれたのだ!」
「何を、突然なわけのわからんことを次から次へと……」メネリクは言う。彼はその瞬間、やっと、ソロモンの顔を見た。
「貴様らの誇りなのだろう!我らが異邦人の地へと渡すと言うのか!?正気の沙汰ではない。それでもイスラエルの王か!」
「正確には、主に仕えた王だ」ソロモンはその言葉に、はっきりと返した。「主は、この世のどこにでもおられる。全てをお作りになられた主だ」
メネリクは、まだ戸惑っているようだった。当然だ。このようなことを自分も他人から割れれば、何を訳の分からないことを、と思うだろう。ただ、やはりメネリクは、聡明な子だと分かった。彼は確かに、その突如まくしたてられたことを、理解しつつあったのだ。それは顔を見れば、わかった。彼の気持ちは、本当に、理解できた。鏡に映った自分自身を見ているようで、愛しいビルキスを見ているようで。
「そして、私個人の思いを付け加えさせてもらうならば、だ……」ソロモンは、言う。
「私からの贈り物だ。王として一番に守って来たものの一つを、お前に預ける。私は、お前に、何もしてやれなかったから……父親として、何も……」
熱気を感じる。熱気と、瘴気。ベリアルが抵抗する余りだ、と、本物の悪魔と対峙したことなどないのに、ソロモンにはそう感じられた。
メネリクはその言葉を聞き、じっとソロモンを見ていた。つい数分前まで必死に奮い立たせていた溢れんばかりの殺気は、既に消え去っていた。ああ、本当にこの子は、偉い子だ。そして、強い子だ。自分の変化にこうやって、耐える心を持っているのじゃないか。
「だから、お前に預ける。どうか私の願いを聞いてくれないか、エチオピアとシバの王子……我が息子、メネリク!」
メネリクは、多くの言葉を言わなかった。
「わかりました」などとは決して口にせず、しおらしい言葉の一つも言わず、なんなら、うなずきすらせず。
さっと身を翻し走り出して、その場を後にしていった。だが、それは逃亡ではないということ、メネリクは自分の父の頼みを聞いてくれたのだということは、ソロモンを殺すべき相手でなく、話を聞くべき相手だと認めてくれたということは、彼が去り際に掴み、大切に抱えていったエイラットストーンの天球儀が、何よりも物語っていた。
ソロモンは、ほっと一息つく。だが、メネリクの足音も完全に聞負えなくなった頃。
指輪に念じベリアルを封じ込めていたソロモンの体が、急に、きしむような痛みを上げた。骨が折れるかのような、強烈な感覚。

エチオピア兵達は、急いで走ってきた王子……そう、王子の姿に戻った彼を見て、顔を見合わせた。
「マケダ様……いえ、メネリク様!」彼らは駆け寄った。
「計画がご成功なされたようですな。すぐにでも、帰国の準備はできております……」
だが、メネリクは息を弾ませ、兵士たちにこう言い放った。
「計画を、一部変更する……!お前達!エチオピアに帰還する前に、此れより、モリヤ山に……エルサレム神殿へ立ち寄る!その中にあるイスラエル人の誇り、モーセの律法の収められた契約の箱を……我らが略奪し、エチオピアへと持ち帰るのだ!」


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