クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第七話

タマルが泣きじゃくりながら話した話からすると、起こったことは以下の通りだった。アムノンはここ数日病気で寝込んでいるそうで、彼女の菓子を食べて元気をつけたいと見まいに来た父親を経由して彼女に言ってきたそうだ。ここまでは侍女も聞いた通りだ。
彼女は何の警戒もなく、アムノンの家に行った。アムノンは全くいつも通りのようにふるまって、病気を心配するタマルににっこり笑って「心配してくれるのか、ありがとう」と言ったそうだ。全く、この後に恐ろしいことを考えている顔ではなかったそうだ。
アムノンの病室には簡単な調理器具が誂えてあって、彼は「せっかくだからお前が作るところから見ていたい」と言った。その言葉を受けて、素直にタマルは菓子を作り始めた。彼はレビボットと言う菓子、菓子の中でも一番タマルの得意なものを作ってほしいと言ってきたそうだ。彼女は快諾して、いつも通り粉を練って、蜂蜜を混ぜて、油で揚げてレビボットを作った。その様子を、アムノンはじっと病床の中から見ていた。
レビボットが揚がるや否や、タマルは早く食べさせてやりたくて「アムノンお兄様、できましたわ」と、鍋ごと持って彼のところに笑顔で駆け寄った。そこからがおかしかったのだ。
アムノンは目の前に差し出された出来立てのそれを見ても、食べようとはしなかった。そして、周囲の医者や召使に「すまないが、見られていると食べづらくてね。お前たち、出ていっては貰えないか」と指図した。彼を看病してた彼の昔馴染みであるヨナダブがそれに乗っかるように、誰にも何も言う暇を与えないまま「王子がこう言っているのです。出て行こうじゃないですか」と言い出した。ヨナダブはアムノンの幼馴染であり、なかなか頭のいい男だったので彼の腹心でもある存在で、この家の中では彼の次に地位が高かったと言ってもいいほどだった。それで、皆ぞろぞろ出て行った。タマルもそれらに混ざって鍋を置いて出ようとした。しかし彼は、タマルだけは引き留めた。
「君はいてくれ。手ずから食べさせてほしい。ものを持つのもだるいんだ」か細い声で彼はそう言ったので、タマルは全く信じてしまった。それなりにいた人はすっかり出払って、最後にヨナダブが「それじゃ、ごゆっくり」と笑って出ていった。
二人っきりになって、タマルは改めてアムノンにレビボットを食べさせようと、彼のそばに寄った。そして熱いそれをつかんで、彼の口元に渡した。
その時だった。彼が豹変した。彼の腕が伸びて、タマルをとらえた。レビボットは彼女の手を離れて、床に転がった。
「アムノンお兄様!?」タマルが叫んだ。アムノンは鬼気迫る顔でこういった。
「タマル。おいで。こっちに来て一緒に寝よう」
物凄い力だった。ものを持つこともできない病人の力では断じてなかった。タマルは、彼が仮病を使っていたのだと悟った。そして、彼の目的も。
「お兄様、やめてください!」金切り声をあげてタマルは叫んだ。「こんなこと、許されません!私、お嫁に行けなくなってしまいますし、お兄様も罪人になってしまいます!そうだ、お父様に、まずお父様に話して!お父様に話して、結婚すれば、まだ……」
それ以上、タマルは言えなかった。アムノンはタマルに猿轡を噛ませた。彼は彼女の両手を押さえつけると、彼女の着ているものを片手で取り払った。
タマルは助けを求めようともがいたが、どうしようもなかった。声は出せない。動きも封じられている。そのまま、彼女は凌辱された。処女を奪われた。どうしようもなかった。

アムノンの寝台にしみこんだ血を見て、タマルは泣いた。自分の血だ。アムノンは彼女を気が済むまで犯しきった。すっかり冷めたレビボットは、手も付けられずに埃だらけになって床に転がっていた。
彼は彼女の手を放すと、彼女を睨みつけて言った。「立て。出ていけ」彼は床に放り投げた彼女の着物を指さした。「服を着て、とっとと出ていけ」
彼の態度を受けて、タマルはショックに打ちひしがれた。暴力を受け、凌辱されて、無責任に捨てられようとしている。自分は今、アムノンに道具のように扱われている。タマルは絞り出すような声で言った。
「追い出さないでください」
しかしアムノンは「聞こえなかったのか。出て行けと言ってるんだ」となおも険しい口調で言った。
「今私を追い出したら、貴方は罪人ですよ」タマルは言った。「今なさったことより、もっと、悪い事です」
アムノンはその言葉を聞いて、しばらくの間黙っていた。しかし、せきを切ったように急に怒りだした。
「黙れ!お前のせいだぞ!男を惑わす美貌を持ったお前のせいだ!お前のせいで私は、こんな人でなしになってしまったんじゃないか!」
彼はタマルに無理矢理服を着せて、脇に置いた鈴を鳴らした。鈴の音を聞いて、従者たちが戻ってきた。
「この女を閉め出せ」彼は言った。従者たちは何があったのかと怪訝そうにしたが、彼は強い口調でもう一度言った。
「聞こえなかったのか?こいつを閉め出せと言ったんだ!扉を占めて鍵をかけろ、いいな!」
彼らはアムノンの勢いに押されて、あわててタマルを引っ張ってドアの外に連れ出した。タマルは叫ぼうとしたが、再び口をふさがれてしまった。彼女は突き飛ばすようにドアから追い出された。彼女が戸口に倒れこんだ瞬間門が閉まって、鍵のかかる音が聞こえた。
彼女は泣いた。大声で泣きながら、歩いて帰った。放り出されたせいで彼女は泥だらけになった。彼女を見たものは、きっと誰も、この泥まみれのみじめな女性が美しい王女タマルだとは思わなかったことだろう。


アブサロムは話を聞き終わって、頭の中が真っ白になった。彼は妹を抱きしめた。この体は汚されたのだ。アムノンに汚されたのだ。自分のあずかり知らないところで、タマルは処女を奪われ辱められた。女の受ける最大の恥辱を受けたのだ。
彼は震えた。妹の体を抱きしめながら震えた。
「ここにいろ。すぐ戻ってくる」
彼は短くそういうと、矢のようにタマルの部屋を飛び出して走り出した。自分のラバを引き出すと、彼は無言でアムノンの家に向かって全速力で駆け出した。怒りに体中が震えていた。
あっという間に、彼は都より少し離れたアムノンの家についた。「アブサロムだ、開けろ!」彼は激しく戸をたたいた。すでに日は落ちて暗くなっていたのだが、かまいはしなかった。あわてて出てきたアムノンの従者がアブサロムを案内しようとしたが、彼は彼らを突っぱね、一人でアムノンの部屋に走った。
アムノンの寝室の扉は当たり前だが閉まっていた。前には、ヨナダブが立っていた。
「おや、今晩は、アブサロム王子!」ヨナダブは愛想よく返事した。アブサロムは彼の胸ぐらをつかみ、「扉を開けろ。アムノンに用がある」と言った。
「それはできませんよ。今王子ははやり病でしてね。病人は早く寝ないといけませんから。もうお休みになっていますよ」
「何がはやり病だ?」彼はヨナダブを睨みつけて言った。「仮病じゃないか!僕の妹に乱暴するために仕組んだ!」
「あら、もう言っちゃったんですね」ヨナダブはすっと友好的な表情を消して、彼に言った。「まあ、そうであっても、彼は貴方に会う義理なんてありませんよ」
「何故だ!僕の妹は被害者だぞ!」
「そうですが、彼は第一王子ですから」
ヨナダブはきっぱりと、何も悪びれることなくそう言った。アブサロムはその言葉を受けて、硬直した。
「何もかもばれたようですし、せっかくだから全部話しますよ」ヨナダブは笑って言った。
「もともとねえ、アムノンはあんたの妹の事が好きだったみたいなんですよ。でも、彼は第一王子ですしね。ちゃんと婚約者もいますから、なかなか言い出す機会がなかったんですよ。王になればともかく王子の身空で何人も側室抱えるなんて非現実的ですし、第一異母妹なんて言い出しにくいじゃないですか。一応腹違いなら結婚は認められないでもないですけど、頭の固い爺さんがたなんかは抵抗持つ人も多いですし。王が死んで即位するまで、彼は思いを秘めておかなくちゃならない。タマルがその間誰とも婚約しないことを願いながらね。でもアムノンはずっと我慢してたんですよ。いい子でしょ。しかしね、この前の過ぎ越しの祭りの時から、もうとうとう恋の病と言うべきか……とにかく、調子が悪くなるほどになってしまいましてね。私は彼に聞いたんですよ。どうしてそんなにやつれているのか、なんでこの僕に打ち明けてくれないのかと。彼は打ち明けましたよ。全部胸の内を打ち明けました。ああ、貴方にも聞かせてやりたいくらいですよ!本当にアムノンは貴方の妹に恋焦がれて可哀想なくらいだったんですから!だから私、彼のために何ができるか一生懸命考えました。それでうまいことを思いついたんです。言ってやったんです。仮病をでっち上げてタマルを油断させて犯してしまえばいいって」
彼の台詞を聞いて、アブサロムは怒りに震えた。彼は拳を握りしめた。ヨナダブはそれをしっかり見届けたが、なおも話し続けた。
「そりゃあアムノンはいい子ですから。最初のうちはとんでもないと言って断りましたよ。けなげなことじゃないですか!でもね、やっぱりもうとうとう辛くなったと見えて、決行するってなったわけです。アムノンこそ被害者ですよ!あなたの妹が美しすぎるから、あんないい子だったのに、王位を約束されている身なのに強姦魔の汚名を着せられてしまったんですから。彼はこれから、いつこの望まずに背負わされた罪がばれるか恐れながら生きていかなくてはならないのですよ?いや、むしろ、ばれずともずっとその罪悪感に苛まれながら生きていくことになるんです。君の妹が美しすぎて、彼を惑わしたおかげでね。私はむしろあなたたちに謝ってほしいくらい……」
その瞬間、アブサロムはヨナダブを殴りつけた。彼の体は吹っ飛んで、壁に叩きつけられた。
「黙れ、黙れ、黙れ、ふざけるな……よくも、よくもそんなことが!」
床につっぷしたヨナダブの胴体を、アブサロムは殺意を込めて踏みつけた。
「僕の妹はどうなるんだ!?他人に犯されたとあっては、もう結婚なんてできない!もう普通の女のように幸せに生きられなくなったんだぞ!アムノンが責任をとってめとるというならまだ許せる、それなのに被害者面して追い出すのか!?一体何事なんだ!タマルの人生はどうなるんだ!ふざけるな、ふざけるな!」
アブサロムは泣き叫んでそう言った。
ヨナダブは自分の体を庇いながら、隙を見て立膝をついて起き上がり、アブサロムに向かいあったかと思うと、瞬時に彼の足に鋭く蹴りを入れて逆に彼を転ばせた。
「アブサロム王子。私に暴力をふるうのはいいですけど、どうにもなりませんよ」
彼は不意を突かれ地面に倒れたアブサロムを押さえつけてそう言った。
「さっきも言ったでしょ。アムノンは第一王子で、君は第三王子。立場はアムノンのほうがずっと上なんですよ。いいかい?アムノンはね、揉み消そうと思えば揉み消せるんだよ、君の妹にしたことくらい」
アブサロムに顔を近づけて、ヨナダブは答えた。彼の目には一転の罪悪感もないかのように見えた。
「な……」
「忘れてないかい?君は臣下なんだよ。アムノンの臣下。主君が臣下をどうしようと、罰なんて受けずに済むんだ。だってダビデ王がそうじゃないか。あのバテシバを手に入れるとき、ダビデ王は何をした?あの方は自分で自分を鞭うち台に送ったかい?そういうことだよ」
アブサロムの心の中に、彼の一言一言が重く染み込んだ。臣下。自分はアムノンの臣下。彼に逆らうことは許されない。彼に何をされても、自分は黙っていなくてはならない。
「父上に、父上に申し開きをしてやる」
彼は震える声でそう言った。しかし、ヨナダブは挑発的に返した。
「ああ、そう!可哀想だねえ、君の妹も!黙ってりゃ処女のふりし続けてられるのに、お兄さんが申し開きなんてしでかしちゃったら、あとはもうダメだなあ、彼女が犯されたこと、誰にも知れ渡るようになるね。そしたら本当にお嫁になんてどこにも行けなくなるな!」
その言葉を聞いて、アブサロムは本当に黙り込んでしまった。
「それにねえ。そのことくらいでアムノンが罰されるわけないだろ?女に乱暴したってことくらい、罪にはなるけど何年もすりゃ忘れられるよ。人を殺したんでもあるまいし。彼の人生は少し外れるけど、王になる将来はそのままさ。君の妹は本当に、生きるすべもなくなるけどね」
ヨナダブは冷たい口調でそう言った。絶望してその場にうなだれるアブサロムに、彼は元通りわざとらしさの混ざった恭しい口調に戻って言った。
「このことはお互いの胸にとどめましょうよ、アブサロム王子!それが一番いいんです。アムノンのためにも、貴方のためにも、タマル様のためにも!起こってしまったことは仕方がないじゃないですか。お互いにとって不幸な事故だったと割り切りましょう!取るべきは最良の、もっとリスクの出ない方法。そうでしょう?さ、もう夜も遅いですし、お引き取り下さい。タマル様もきっと一人ぼっちで寂しがっていらっしゃいますよ」
アブサロムはがっくりとしたまま、門を出て、夜道の中ラバを走らせ、宮廷に向かった。なるほどヨナダブは聞こえた知恵者だ。よく考えたものだ。臣下だから。自分が第三王子だから、アムノンよりも地位が低いから、何もできないままなのか。自分の最も愛する妹を汚されておいて、自分は何もできないのか。タマルを汚されておきながら、泣き寝入りするしか方法はないのか。

王宮で待っていたタマルに、彼は絶望した顔でこう告げた。
「タマル。今日あったことは誰にも言うな。忘れるんだ。アムノンは……第一王子だから」
タマルはそれを聞いて、床に崩れ落ちた。双眸からハラハラと涙がこぼれた。アブサロムも泣いた。亜麻色の髪をした美しい兄弟は、二人で絶望に打ちひしがれて泣いた。

タマルは王宮にはいられないと、アブサロムの家に移り住んだ。しかし、彼女の心は断じて晴れなかった。
アブサロムは、葛藤に葛藤を重ねて、そのことをダビデに言った。しかし、ダビデは何もしなかった。自分がソロモンを殴った時と同じように「アムノンの気持ちもわかる。兄弟同士で争ってくれるな」と言っただけだった。

数日後、アブサロムはタマルが庭で首をつって死んでいるのを見た。


ベリアルはソロモンの部屋で、例の薬の残りを、ネズミにやって遊んでいた。彼がネズミに薬を染み込ませた小麦をやると、ネズミはたちまち発情して雌ネズミを追いかけまわした。
「すごく効くね、君の作った薬」
ベリアルは笑った。
「生き物ってこんなもので動いちゃうんだからね。…理性をふっとばす、超強力な催淫剤」
雌ネズミと食い入るように交尾するネズミをベリアルは興味津々といった体で眺めた。寝台に横たわって蝋燭の光でナタンの持ってきた本を読んでいるソロモンは、それを見ていた。
「アムノンがタマルを好きなのは知ってたからな。あとは簡単だ」
彼は格子窓から夜空を眺めた。ふと、北の空に流れ星が一筋流れた。ソロモンは、ふっと笑った。
夜の街に、アブサロムの叫び声が聞こえたような気がした。


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