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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第八話

長い時間が経過した。季節は夏で、羊の毛刈りの季節になっていた。
アブサロムはタマルが死んで以来、ずっと家にこもっていた。どのくらいの時間が経過したのか、はっきりしない。彼は深いショックに襲われたまま、ずっと家から出てこなかった。
彼は本当なら、タマルの死体をずっと家に置いておきたかった。父親がそれを許さず彼女はすぐに埋葬されてしまった。アブサロムはタマルの髪の毛で腕輪を作って、それを決してはずそうとはしなかった。
彼は来る日も来る日も、あまりの理不尽にむせび泣いた。タマルは明らかに被害者なのだ。それなのに責めることもできない。泣き寝入りをするしかない。そしてタマルは死んだ。追い詰められ、絶望のあまりに死んだ。なぜあの妹がそんな目に合わなくてはならなかったのだ?彼女は美しかった、優しかった。幸せな人生が確約されているかのような存在だった。そして、自分は彼女を何よりも愛していた。どんな女より、タマルが大事だった。生まれてからずっと、一緒に生きてきた。
ヨナダブの意見に、自分は言い返すことができなかった。自分の持っていた圧倒的な自信が、肩書と言う絶対的な立場の前に崩された。第一王子と第三王子だから、自分は何も言い返すことができない。たとえ、妹を辱められて殺されてもだ。ヨナダブはそこのところをきちんと計算ずくだったのだろう。なんとよくできた計画だろうか。
「(こんな事があっていいはずがない)」アブサロムは泣きながら考えた。「(言葉で言い返せないからなんだ?タマルは…被害者なんだ!被害者が加害者を罰する、これ以上に道理にかなったことがどこにある!)」
数か月間ただ泣いていただけのアブサロムの心に、突然に炎が巻き起こった。それは夏の焼きつけるような陽光のせいだろうか。
「(殺してしまえば、屁理屈をこねることもできないだろう)」
彼は決心したように、髪の毛の腕輪をなで、寝台から立ち上がった。従者に、ぼさぼさに伸びた自分の髪の毛を手入れさせようと、鈴を鳴らした。数か月ぶりに、兄弟たちの前に立つのだ。身だしなみに不備があってはならない。それが彼の意地だった。

アブサロムは後日、自分の所持する羊の牧場で刈り取りを行うと言った。
「つきましては、父上様。宴会を開こうと思うのです。父上様や兄弟たちたちをおよびしたいのですが」
数か月前にダビデの前に現れたアブサロムは、何か月も悲嘆に暮れていたとは思えないまでに自分を磨き上げてきた。自慢の長髪は輝かんばかりで、手入れの行き届いた品のいい服に身を包んでいた。彼は心の悲嘆を隠して、すっきりとした表情で父の前に臨んだ。威厳に満ちた王子そのものの姿だった。
「兄弟たちを?全員かね」
「はい。久々に血を分けた兄弟たちと食卓をかこってみたいと思いまして。いけませんか」
アブサロムは全く屈託のない様子でそう答えた。
ダビデはそんな彼をじっと見つめていた。彼はアブサロムをそう見つめて、何か考えているようだった。
「私はしばらく、忙しくて王宮は離れられない」ダビデは言った。「それに、ぞろぞろ行ったところで邪魔になるだろう」
「なら、アムノンの兄上だけでも……いえ、王子の皆さんだけでも」
「アムノン……」
ダビデは呟いた。
「お前、アムノンの事は……」
アブサロムはその言葉を聞いて、ふと顔に影を落とした。しかし、彼はごく自然にふるまわんと声を作って父に言った。
「あなたの望む通り、私は兄弟同士、仲よくしたいのですよ。そのためにも過去の事を水に流し、ともに食卓を囲むのは大事なことです。そうではありませんか」
彼はきっとダビデを見つめて、懇願するように言った。ダビデは結局、アブサロムの申し出を許可した。アブサロムは早速王子たちに招待状をばらまいた。
ダビデは無論、嫌な予感はしていた。しかし、これで本当にアブサロムとアムノンが仲直りをしてくれればそれに越したことはない、と思っていた。神殿建設は完全に凍結してしまっていて、彼には焦りが生じていた。なぜ事態は自分の安心するようにいかないのか。なぜこの世はこうも冷たいのか。

「アブサロムが食事会を開くって?」
「そうだ。まあ、当然俺には招待は来てないがな」
夏の熱い中でも、ソロモンの北向きの部屋はそこまで暑さが襲ってこなかった。硬い壁に厚さはさえぎられていたし、北向きの窓は絶対に直射日光を入れることはなかったからだ。ソロモンはベリアルと一緒に適当に話しをして楽しんでいた。
タマルが死んだと正式に聞いたとき、ソロモンは喜んだ。ただただ、純粋に喜んだ。噂はタマルの死んだ次の日の早朝に飛び込んできて、朝っぱらから王宮中が騒がしく、ソロモンもその声を聴いて目を覚ました。ほどなくして、タマルが死んだと分かったのだ。
本当のところ、もっと心が痛むかと思っていた。しかし、全くそんなことはなかった。後にはただすがすがしい気分のみが残った。「これが復讐と言うものか」とソロモンは恍惚とした表情で、喧騒の中誰に言うでもなく呟いた。
タマルは死んだのだ。踏みにじられ、燃やされたシクラメンと同じ末路を彼女はたどったのだ。尊厳を奪われ、暴力を振るわれ、その命を絶った。アムノンの事は何の恨みもない手前、このような形で罪をかぶせてしまって若干気の毒とは思った。しかし、それほどではなかった。あの兄も、自分を庇ってくれたこと、優しくしてくれたことなど一度とてなかったのだから。ほどなくしてベリアルが現れ、彼もその白い歯を見せて「いいザマ」と笑った。二人はその後、シクラメンの畑の跡地を掘り返し、部屋に散らばしてあった灰を全部そこに埋めた。
「お前たちの仇は取ったよ。もう大丈夫だ」
ソロモンは笑って、彼らにそういった。不思議と、灰がキラキラ光って、瞬いているようだった。ソロモンは彼らに土をかぶせた。
それから数か月して、ソロモンはようやく傷が完治した。今では普段のように動けるし、また図形を描く作業を再開している。彼の中で、謎の建物はいよいよ細かくその全貌を明らかにしてきた。彼は建物に窓を開けた。自分の部屋にはまっているのと同じような格子窓だ。壁の周囲を、三階建ての脇廊で覆った。こうすることで、建物の壁余分な梁を入れることなく建物を支えることができると彼は理屈付けた。
彼の建物とは、宮殿のようなものではなかった。部屋数はあくまで少なく、途方もない大広間がそこにはあった。その大広間も内陣と外陣に分かれている。内陣は奥行き、高さ、幅ともに20アンマの立方体。所狭しと刻まれた彫刻模様は、イスラエルの重要な食品であるナツメヤシ、天使。そして何よりもシクラメンの花。土台は石で作っても、表面はレバノン杉製にして、さらに金メッキをするために建物は全てが豪華絢爛に光り輝いていた。ソロモンはよく想像をめぐらしながら、その中を旅した。誰もいない金ぴかの建物に、ソロモンは一人たたずんでいた。彼は鎖で覆われた内陣に入る。鎖は建物の創造主たる彼の存在に呼応するように勝手にほどけて、彼の侵入を受け入れた。内陣の中には……。
「……これは、一体なんなのだ?」
ソロモンは独り言を呟いた。隣のベリアルは勝手にアブサロムの食事会について話していたが、ソロモンのほうはそれどころではなかった。
内陣の中に何があるのか、彼にはわからない。イメージが何もなかった。そこはただ、真っ白だった。これは一体何のための建物だ。何か意味はあるのか。それとも、自分と同じく、何の意味もないただの無用の長物なのだろうか。


アムノンの館に、ヨナダブは戻ってきた。と言うのも、彼は所用で数日間館を留守にしていたからだ。彼は、アムノンがいないことに酷く驚き、他の召使いたちに慌ててヨナダブの居場所を尋ねた。
「アブサロム様の地所の牧場での食事会にお呼ばれしていますが」召使が言うと、ヨナダブは血相を変えた。
「アブサロムの!?どうして私に言わないんだ!どうして私に何も言わずにのこのこアブサロムのところに!!」
ヨナダブは召使を払いのけると、自分のラバにのって急いで駆け出した。すると、町中に噂が飛び交っていた。
「おい、聞いたかい?アブサロム王子が、ダビデ王のご子息をを皆殺しだってよ!」
「(ああ、やっぱり!)」
ヨナダブは心の中で絶叫した。アブサロムの地所に走らせようと思っていたラバを、急いで向きを変えて王宮のほうに走らせた。


何か王宮全体が妙に騒がしくなってきたのをソロモンは感じていた。早くに静かになってくれないとゆっくりもできない。彼は黒いマントで体を覆って、部屋の外に出た。
彼はダビデのもとに急いだ。アブサロムがダビデの王子を皆殺しにしたという情報が耳に入ってきたからだ。昼間の王宮を闊歩することはほとんどなかったが、なんとはなしに出て行く気分だった。アブサロムのこととあって、皆がどれほど悲しんでいるのか興味があった。

王の間につくと、皆が悲嘆に暮れていた。玉座に座っているはずのダビデは地面に身を投げ出し、神に許しを乞うていた。そして、周りにいる彼の従者たちも同じだった。
「父上様」
誰もかれもが悲嘆にくれうつむいていたので、ソロモンはだれにも気づかれずにダビデの前に立った。彼は膝をついて父に目線を合わせると、彼の耳元にささやくように言った。不意を突かれたダビデははじかれたように顔を上げた。
「ソロモン!?」
「こんにちは。お父上様」
ダビデはいつの間にか自分の目の前に現れていた、赤い目の息子を見て慌てた。ソロモンはそんな彼に、落ち着いた口調で話しかけた。
「心配なさらなくてもよいですよ、お父上様」
アブサロムが王子を皆殺しにしたという情報が入った瞬間、ソロモンの頭には事件の全貌が見えた。アブサロムはプライドの高い男だが、なんだかんだと三位の地位に甘んじてきたような男だ。妹の件のショックがあるとはいえ何の見返りもなくこのような大それたことをする勇気は彼にありはしない。見返りがあるとすれば邪魔者を全部殺して自分が確実に王位につくことだが、彼がかなり年配の王子である以上その線は薄い。そもそも王子を全員殺すなら、アブサロムが大嫌いなソロモンを呼ばないはずがない。つまり、ショッキングな事件が多少誇張されただけの事なのだ。
「アブサロムが殺したのは」
「アムノンだけです!」
ソロモンの台詞を遮るような形で、何者かがまた王室に突進してきた。髪をふり乱した、必死の形相のヨナダブだった。


ヨナダブは息を切らしながら、ソロモンの事は構いもせずにダビデ王に言った。
「アブサロムはアムノンを殺したんです!アムノンだけですよ!ありゃあ根性無しです、わけもなく王子を皆殺しにする度胸なんざありません!でも一人殺しはしたんです、だから噂が広まっているんでしょうよ!あいつが殺す可能性があるんなら、アムノンです!あいつはアムノンに恨みがあるから!タマルの恨みが!アブサロムの奴、きっとこの計画をあらかじめ練ってたんですよ!タマルの復讐のために!アムノンがタマルをレイプしたから、タマルのやつ、心が弱すぎてその程度で死んじゃった、だからアブサロムはアムノンを逆恨みして、それで殺したんですよ!」
悲嘆に暮れていた大広間がヨナダブの言葉でざわめいた。ほとんどの人間はアブサロムとアムノンの因縁など知らないのだ。タマルが死んだ理由も公にされていない。
ソロモンは言おうとしていたことを全部この宮に突撃してきた男にとられて、血の色の目をぱちぱちさせながら行く末を見守っていた。
「お、おちつけ、ヨナダブ」
ダビデはヨナダブの剣幕に押されてそう言ったが、彼が「これが落ち着いていられますか!?アムノンが死んだのに!殺されたのに!」と怒鳴り散らした。
「王よ、あんたがあんたの甥っこである僕をアムノンにあてがってから、僕たちはずっと兄弟のように暮らしてきたんですよ!その片割れが死んだんです!悲しまずにいられますか!ああ満場の人々!よおく聞いてくださいよ!王子全員なんて死んじゃいません、殺されたのはアムノンだけ!アブサロムはたった一人しか殺せませんから!あんな妹一人のために!ああアムノンが!僕のアムノンが!」
ヨナダブは勝手にぺらぺらまくしたてたので、もはや大広間中の人々が彼の剣幕に押されていた。もはや嘆きどころではなくなっていた。
「ヨナダブ、まだ死んだと決まったわけでは……」
そうダビデが言った時、ヨナダブははっとしたようにソロモンに目を向けた。
「……そーだ……ちょっと気になることがあるんだった。おい、そこの赤い目のガキ、お前僕が来る前に何を言ってた?お前……お前も、死んだのはアムノンだけ、って言おうとしてたんじゃないのか?」
彼はソロモンに顔をグイと近づけて、ボソボソとドスのきいた声で言った。彼はソロモンが王子だとは知らないようだった。
「おい。答えろよ。なんで知ってたんだ?なんでアブサロムがアムノンを殺すって、知ってたんだ?理由は僕とアムノンとアブサロムと、ダビデ王しか知らないはずだぜ。なんで知ってたんだ?もしかして、お前、この計略に、何か一枚……」
彼はソロモンの細い腕首を捕まえた。
「おい。答えろよ。……そーいえば、アムノン、何かおかしかった。おかしいって言えばお前の目もおかしいな。色がじゃないよ。お前、なんか狂ったような目をしてる。人を平気で殺せる目だぜ。アムノン、なにかおかしかった。……思い出した。アムノンがおかしくなった日、過越祭の晩餐からだった。確かお前がいたな。確かに見た。白い髪した、赤い目のガキ……」
彼は片手でマントの中からソロモンの髪を引き摺り出した。彼の声は非常に小さかった。ソロモンに直接響かせるような声だった。おそらくダビデにも届いてはいなかったのではないかと思う。ヨナダブはソロモンに詰め寄った。ソロモンの心臓が非常に早く鼓動を打った。
「どーしたんだ。心臓、鳴ってるぞ。おい。お前、なんかしたんだな?僕のアムノンになんかしたんだな?変だと思ったんだ。あのアムノンが、レイプしたいくらい性欲過多になるなんてさ。答えろよ。答えようによってはただじゃおかないから……」
彼がソロモンの腕をへし折る勢いで手に力を込めた時だった。

「父上様!」と何重もの声が聞こえた。ダビデの王子たちだった。
彼らはなだれ込むようにダビデのもとに入ってきた。ヨナダブはそれに気を取られて、ソロモンを手放した。解放されたソロモンはあわててヨナダブから距離をとり、ヨナダブももうソロモンから注意が離れて行ってしまったようだった。ダビデの王子たちはみんな顔が真っ青で、急いで遁走してきたと言った体だった。そしてその中に、アムノンとアブサロムだけがいなかった。

その二人の不在を見て、ダビデは青い顔で「何があったのだ」と言った。王子たちの中から、アドニヤが進み出てきて、「父上様」と話を勧めた。
「私たちはアブサロムの牧場で、宴会をしていたんです。何事もなく……ええ。何事もなかったんです。しかし、酒がまわってきたあたりに、急にアブサロムの部下たちが剣を持って立ち上がりました。…次の瞬間、アムノンが殺されていました。申し訳ありません。止める暇も、なかったんです。アムノンは体中めったざしにされて……何も言わずに、その場に倒れて死にました。私たちは、その……一目散に、逃げてきたんです。アムノンの死体を拾いもせずに……」
その言葉に、王宮中が再び水を打ったように静まり返った。
「ほうら……見ろ。王子たちが帰ってきた。僕の言ったとおりだ」
アムノンの死を聞いて、ヨナダブはふらりと狂乱の表情で立ち上がった。
「アムノン……死んだんだ。やっぱり死んだ、アブサロムに殺されたんだ。アブサロム…頭がいいと思ってあの計画を立ててやったのに、まさかこんな馬鹿だなんて。ああ、なんて情けない!アムノン、まってて、僕も君と一緒に死ぬから!」
ヨナダブは一人でそう叫ぶと、一目散に王の間を後にしていった。

「あの頭おかしい男、誰?」
冷めた声がソロモンの後ろから聞こえた。ベリアルだった。



アブサロムの地所にも家にも、すでにアブサロムはいなかった。アムノンの死体は、めったざしにされたのみならずアブサロムがその後ひどい損傷を加えたと見えて、人間の原形をとどめてはいなかった。
アブサロムは母の故郷であるゲシュルに逃亡しようと、ラバを走らせていた。
「タマル、タマル、仇は討ったよ……!」
長い亜麻色の髪をたなびかせ、彼は泣いていた。ラバを速く走らせていたので、涙は彼の美しい目を横に伝っていった。

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