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クリスマス市のグリューワイン

feat: Solomon 第十四話

ダビデはマハナイムの城壁の近くで、アブサロムについての知らせを今か今かと待っていた。やがて、アヒマアツが来た。
「陛下、戦は我らの勝利です」彼はきらきら光る眼でそう言った。ダビデは一応はそれに喜んで見せたものの、すぐにアブサロムの安否を聞いた。アヒマアツは知らないようだった。
しかし、次にクシュ人の兵士がやってきた。彼が告げたのは、今度こそアブサロムの死だった。彼は笑って、ダビデにアブサロムの死を話した。

ダビデは使者二人を放っておいて、慟哭しながら城門を上った。そして、城門の上で啼いた。
「アブサロム、アブサロム!」
彼は泣いた。身を震わせながら泣いた。
「私の息子……私のかわいい息子、アブサロム。お前の代わりに私が死ねばよかったのだ!私の息子……私の息子よ!」

ダビデの嘆きを知ったヨアブは、まっすぐに彼のもとに向かった。兵士たちはダビデの嘆きを知って喪に服していたものの、ヨアブはそのような気はないとそれを突っぱね、やや強引にダビデのもとに向かった。
「陛下、いい加減になさってください!あんな王子に嘆いてやる価値などありますか!」
ヨアブの強気な言葉を聞いて、ダビデは嘆きを一旦止め、彼のほうを見た。
「お前」ダビデは言った。
「アブサロムを殺すなと言ったはずだ。なぜ、殺してしまった。それも、死体すら持ち帰らずに」
「ではなんですか!?アブサロムが生きていて我々が全員死んだ方が、貴方にとっては満足だったのですか!?あなたのために戦ってきた兵士も、貴方のために城を守ってきた者たちも、貴方は全員侮辱されているのですよ、お分かりですか!?嘆くことなどおやめになってください、あれはただの敵、くだらん敵に過ぎませんでした!それとも何か、アブサロムの前には、我々など無にも等しいのですか!?」
ヨアブはダビデにそう問い詰めた。自分の忠誠心が、ダビデにすら否定されている気分だった。ふと、彼の頭に、アドニヤが浮かんだ。「臣下の心配をしないわけにはいかないだろう?」と言う、アドニヤの言葉が彼の脳裏に浮かんだ。ああ、アブサロムも、ダビデも、結局臣下のことなどこの程度にしか思っていない。しかし、アドニヤはああ言ってくれたのだ。彼はそう考えた。
「陛下」ヨアブはもう一回言った。
「アブサロムのことなどお忘れください。居るではありませんか。もっと、数倍も王子として忠実で、なおかつ王位を継ぐに相応しい……アドニヤ殿下がいるではありませんか」
ダビデは何も言わなかった。少しうなずくと、彼は立ち上がった。立ち上がって、城門の近くに誂えてあった、王の座に座った。兵士は皆、ダビデが立ち直ったと思い、そこに集まった。


その日も、ソロモンはアドニヤの声で目が覚めた。
「おはよう」とソロモンに言う彼は、嫌に小ざっぱりとした顔をしていた。
「今日父上様が帰るよ。戦は終わったんだ。アブサロムも死んだ」
「……では、もうこの隠れ部屋に居なくてもよいのですね?」
アドニヤはクスリと笑って「……ああ、自分の部屋に戻りたいのなら、そうすればいい」と言った。ソロモンはその言葉を聞くと、急いで部屋を出ようとした。
しかし、それは若干遅れることになった。と言うのも、隠れ部屋にどやどや押しかけてきた人々がいたからだ。あのダビデの十人の側室たちだった。
「アドニヤ、私のかわいい子!」ハギトが駆け寄って、アドニヤを抱きしめた。彼女は彼の巻き毛の髪を撫でまわした。
「まあ、本当に、なんていい子なのでしょう!なんて父に忠実な、いい子!あなたのおかげで、ダビデ陛下は勝てたと、誰もが言っていますよ!あなたのおかげで!」
ソロモンは出口をふさがれて、それをぼんやり見ていた。ふと、バテシバと目が合った。
数年ぶりに彼女と目を合わせた。彼女はソロモンを睨んでいた。悔しそうに睨んでいた。「なぜお前が、こうじゃないの」とでも言わんばかりに睨んでいた。彼女は明らかに、ハギトとアドニヤの母子に嫉妬し、そして称賛されることのないソロモンを憎らしく思っていた。
ソロモンはバテシバから目をそらした。それに気づいたらしいアドニヤが、「母上、皆さん、もういいです」と言った。
「皆さんの事は後で聞きますから。今のところは少し立ち去ってもらえませんか?」彼はごく穏やかな笑顔でそう言った。
「まあ、アドニヤったら、照れちゃって。良いですよ、後でゆっくりね。ああ、なんならダビデ陛下も交えて!」
ハギトは笑いながらそう言って、他九人を自慢げに従えるかのように、去っていった。バテシバは最後にソロモンのほうを睨みつけたが、ソロモン自身は無視した。
「ごめんね」彼は言った。
「でも……ソロモン。言ってもいいんだよ?今回の事はぼくだけじゃなくて、君の助力も多大にあったんだから。なんだか民衆はぼく一人が父上を救ったって言っちゃってるみたいで……君からすれば、あんまり面白くないんじゃないかな」
彼は心配そうに眉根を寄せて、そう言う。
「大体、フシャイをけしかけてアキトフェルを怒らせるのも、あの二人に物資集めの傍ら協力者を探しておくように言ったのも、フシャイの発言の内容も、入れ違いに川に向かう作戦も、全部君が考えたことじゃないか。ぼく一人の手柄になっては、君の立つ瀬がないだろう」
「……そもそも、私の存在を知っている人のほうが少ないですから、問題ないでしょう」ソロモンは冷静に言った。
「それに……父上だって、私からの手助けで勝てたとあっては、かえって妙な気持ちになるだけです。父上の心持ちのためにも、あなた一人の力と言っておいた方が単純でいい」
「でも、それじゃあ君、可愛そうじゃないかい?」
「……大丈夫、慣れたものですから」
ソロモンはそういって部屋を出て行こうとした。すると、アドニヤが彼の手首をつかんだ。彼はどきりとして、「まだ、何か?」と言った。
「ソロモン。覚えていて。誰が何と言おうと、ぼくは忘れないよ。君はぼくを助けてくれた、お父上を助けた、誰よりも賢い、立派な、イスラエルの王子だっていうことを」
彼は非常に優しく、そう言った。ソロモンは彼の手を払って「ありがとうございます」とだけ言った。
「ソロモン」背後で、アドニヤの声が聞こえた。
「じゃあ、また明日」
ソロモンは、その言葉に返答しないのが普通であっただろう。彼は明るい部屋に、もう居たくなかった。しかしその日、彼は不思議と返答したい気分に駆られた。
「はい、また明日。その……お兄様」
彼はそれだけ言うと、照れ隠しのように早足で去っていった。


アブサロムについていた軍は結局次々と手のひらを反して、再びダビデに従った。ダビデも彼らの事をとくには罰さず、ただ許し続けているようだ。聞く限り、寛容と言うよりも、少し投げやりな態度にもアドニヤには思えた。
アドニヤはアビアタルとともに廊下を歩いていた。
「まあ、父上らしいと思うよ。それに、何はどうあれ裏切ってびくびくしていた奴らには、父上の態度は寛容って映るんじゃないかな。別に悪い事ではないはずだ」
アドニヤはアビアタルにそう言った。アビアタルもうなずいた。
「ところで、アドニヤ王子」
「なんだい?」
「あのような……悪魔の子の力を借りる必要などあったのですか?」
アビアタルは神妙な顔で言ったが、アドニヤは「何言ってるんだ、ソロモンがいなけりゃこうまですぐは終わらなかったろ」と言った。
「は……まあ、そうですが、あのような不気味な外見は。おまけに、不倫の子でもありますし。第一、あのような卑しい子のご機嫌を貴方がとられるなどと」
「アビアタル、外見や出自で人を差別するなんて、お前はもう古い。人間の重大なところはその中身だよ」
彼はこつんとアビアタルを小突く。
「そうさ、お父上もバテシバも、この宮廷にいる誰もかれも、ソロモンを馬鹿にする連中なんて全員頭の中が古いんだよ。今回ではっきりわかった。ソロモンは欠陥品どころか、普通の人間の何倍だって使える奴だ。そういうやつの機嫌をわざわざ損ねとくなんて馬鹿の極みだ。敵に回すと厄介だが味方にすれば心強い、典型的なタイプじゃないか。ああいうのは、味方にしておくに限るんだよ。もっと言うなら、ぼくだけの味方に」
アドニヤは笑ってそう言った。
「(ソロモンがああいう容姿で生まれたのは、むしろ神様からの贈り物のように、ぼくには感じるね。有能な人間を独占することほど難しいこともないけど、愛に飢えた人間を独占するほど簡単なこともないもの。そう、簡単なんだ。そのためには心にもない褒め言葉なんて、いくらでも言ってやるさ。ソロモンがそれで喜んでぼくに尽くしてくれるなら、くだらないプライドの一つや二つ、捨てたってたっぷりおつりがくるよ)」
彼は巻き毛を指でいじくった。外には太陽が光っている。彼は青空を眺めて考えた。
「(ソロモンには、ぼくが王になるために……いや、なってからも、ぼくのために働いてもらおう。あいつほどいい道具が、この世にあるものか)」
彼はケラケラと笑った。そして、「どうした、アビアタル?ぼくが立派な王になるために、役に立つ味方が増えたんだぞ?お前も一緒に喜んでくれよ」と言った。アビアタルもその言葉を受けて渋々とだが、笑った。
「ははは……そうそう、それでいいんだよ!じゃ、お父上のお迎えの準備をしないとね!」
彼らは明るい足音を立てて、大広間のほうに向かっていった。


ソロモンは自分の部屋に戻った。暗く、冷たい空間。この冷たさが懐かしい。彼は部屋に入って、寝台に寝そべった。ふと、隣にいつの間にかベリアルが寝ていた。
「やあ、ベリアル」
「やっと会えたね。この頃、君の前に出るチャンスがなかったんだもの」
「いつだって来てくれてよかったのに」ソロモンは笑った。
「そうはいかないよ。人前でボクと話してたら、君が変な子になっちゃうもん」
ベリアルの笑顔を見て、ソロモンはようやく落ち着いた。ようやく、日常が戻ってきたと言った風だ。
「死んだね。アブサロム」ベリアルは言った。
「ああ……まあな」
ソロモンもぼんやり呟く。ベリアルは無言で、彼の前に手を差し出した。その手の中には、球根が握られていた。
「ねえ、もう一回、シクラメン育ててみない?」
彼は言った。「もうアブサロムもタマルも猫もいないんだし」
ソロモンは球根に手を伸ばした。どこか、懐かしかった。
「ああ……それもいいかもな」

彼は立ち上がって、黒いマントを羽織った。ベリアルもいつの間にか増やした球根をたくさん抱えて、立ち上がった。
ソロモンが扉を開ける。彼らは歩こうとしいて、ソロモンがふと、何か思い立ったように「そういえば、ベリアル」と問いかけた。
「なあに?」
「俺は今……何歳なんだっけ?」
彼の質問に、ベリアルは噴出した。頭がよくても、相変わらずそれにだけは無頓着らしい。
「十四だよ、何言ってるのさ」
「ああ……そんなにしていたか?いや、全くもって忘れていたよ。お前といると、時がたつのが早くてな」


(第一章・完)


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