クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第十五話

アブサロムの反乱から、さらに年月が経過した。アブサロムの三日天下はとっくに忘れられ、人民はあの美しい王子の事を思い出しもしなくなっていた。イスラエルは再びダビデの国と相成った。
彼は王に返り咲き、再び様々な事業に取り掛かり始めた。彼はアブサロムに次ぐ反逆者が出ようと見事に鎮圧して見せた。
飢饉も起こったが、それも無事に切り抜けた。切り抜けるにあたっての神の託宣は、先王サウルに連なる血を根絶やしにせよとのことだった。その中には、ダビデの正妻たるミカルが前夫との間に産んだ子供たちも含まれていた。しかし、ダビデはそれらを処刑した。ダビデの愛がミカルにないことはだれの目にも明らかであった。かくして、飢饉もぴたりとやんだ。
戦争もおこった。大規模な人口調査も行われた。ダビデは様々な事業を行った。彼の姿は、理想の王そのものであった。
ソロモンは、アブサロムの件以降、全く元の生活に戻った。ダビデの事業は数あれど、彼がアブサロムの反乱の時のようにダビデの手助けをすることなどなかった。彼は相変わらずいないものとして扱われたし、またソロモンにしても、さほど父に力を貸したいなどとは思わなかった。王宮の外の出来事など彼には無縁だった。王宮の外も、彼を知らないのだから。
彼は十一歳の時と同じように、日陰にシクラメンを増やした。最初、あの哀れなシクラメンたちの灰の上に植えられた彼らは、また同じように数を増やし、今ではすっかり元通りの花畑を構成していた。彼は花畑に包まれて、静かに微笑む。隣にはベリアルがいた。彼は毎日、静かに過ごした。それで、幸せだった。少なくとも、ベリアルが来る前よりは、彼の生活はずっと満ち足りていた。自分に許された小さな空間で、日々日陰に咲く花のようにひっそりと過ごすのが彼にとっての至福だった。将来など考えずともいい。もともと自分は死ぬことを望まれているのだ。ならばせめて、死ぬまで穏やかな思いをしようではないか。屈辱にまみれて死ぬことはない。ダビデもそう考えていたのだから自分がしたとて悪いことはあるまい。
ダビデともバテシバとも、あれ以来顔も合わせていない。二人とも、ダビデの命を助けた例の計画に自分が加担していたことさえ知らない。彼らにとっては自分はただ、何も言わずとどまり続けていただけなのだ。しかし、それでいいのだ。ソロモンは不満には思わない。彼はシクラメンに水をやって、虫よけ薬を撒いた。全く、十一歳の頃と同じだ。いや、しかし全く同じというわけでもない。と言うのも、花畑には彼とベリアルだけではなかった。花畑の空いたスペースに、花をつぶさないようにこじんまりと座る青年も、そこにはいた。そしてソロモンは、それを拒絶はしなった。
「きれいだねえ。いつも通り、きれいだ」と言った彼は、アドニヤだった。ソロモンは落ち着いて「お兄様、そこに居らっしゃると危ないですよ」と言った。
「なんでだい?」
「今からそこに水をまきます」
ソロモンがそういうと、アドニヤはあわてて立ち上がった。ソロモンもふっと口角を上げると、水を撒いた。後ろではベリアルが口を押さえてくすくす笑っている。当然アドニヤには見えないのだが。
あの日以来、アドニヤはちょくちょくソロモンに会いに来るようになった。アブサロムが死に、王位継承権は繰り上がって彼のものとなり、彼は格段に忙しくなったようだったが、その中暇を作ってアドニヤはよく彼のもとにやってきた。彼は仕事のついでに手に入れた外国の書物などをソロモンのところによく持ってきたので、ソロモンも喜んでそれを読んだ。それを見るたびにアドニヤは楽しそうに笑った。
ソロモンも最初のほうこそ警戒していたが、今では彼が隣に立ってもリラックスしている程度にはなっていた。彼は何やら大それた要求などはせずに、数日のうち数時間ほどやってきて、話したり花を眺めたりしているだけだった。ソロモンが心穏やかに暮らせるようになった理由としてアドニヤの存在は上げられるだろうと彼自身も思っていた。次の王となろうという存在が優しくしている弟とあったら、周囲の人間もそこまであからさまに軽蔑するような目を向けなくなった。見るとどうしてもそのような視線になってしまうのだろう、せめてもの打開策として彼らは見ないように努めた。ソロモンはそれで寂しさも感じなかった。忌み嫌われるよりずっとましである。それに、アドニヤ自身はソロモンと会っても顔色ひとつゆがめることなく穏やかに笑っているので、ソロモンも安心して彼のそばにいることができた。アドニヤは優しい。ソロモンはそう思い始めていた。
「ああ、もうぼくは行かなくちゃ」とアドニヤが言うときに、少しさびしさを感じるようにもなっていた。しかし、その時アドニヤはたいてい笑って「じゃあ、またね」と言ってくれるので、ソロモンも小さく手を振りかえす。その「またね」を言葉だけにとどめずきちんと実行するのがこの兄なのだ。

アドニヤが去った後、ソロモンはベリアルに対して口を開いた。
「ずっと居たんだな」
ベリアルは、ソロモンが他人と話しているときは決まって何処かに行っているのだが、アドニヤの時は割合そのまま居座っていることが多い。かといって別にアドニヤにどうするわけではなく、本当にいるだけなのだが。
「まあね。でも気にしないで」
「うん……?まあ、気にはしない」
ソロモンは雑草を抜き始めた。ベリアルはそんな彼の手つきを眺めると、ぼんやり言った。
「ボクもうれしい」
「何がだ?」
「君に心を許せる人ができたこと」
ベリアルはにっこり笑ってそう言った。ソロモンは少し顔を赤くして「別に…心を許すなどとは…」とボソボソと呟く。
「ああ、君ってばほんと、意外と照れ屋さんなんだよね!」
「うるさい」
ソロモンはベリアルから顔をそむける。ベリアルも無理に彼の顔を覗き込もうとはしないものの、口を閉じはしなかった。
「人間には、人間の仲間も必要だものね。やっぱり、人間じゃないやつと二人っきりで暮らす、っていうのはどこかしらうまくいかないものだ。……と言うか、人間同士であっても、結局二人だけじゃうまくいかないものだから」
「俺は……そんなにたくさんの奴らとなれ合いたくはない。そのために媚びもしたくない」
「媚びる必要はないさ。たくさんである必要もない。君はそういうのが苦手なんだから。ただ、君を認めてくれる人が来たなら、それを突っぱねるべきじゃないってこと」
「うん……そうか」


自室で、ダビデは急に咳き込んだ。何が理由か知らないが、最近体調がよくない。とはいえ明らかに、悩みからくるものではないのは確かだ。最近は特に頭を悩ますようなこともなく、日々が順調に過ぎている。懸念と言えば、いまだに神殿の納得するような設計図が来ないということくらいだ。
アブサロムが死んだ傷も徐々にいえようとしているように思えた。アドニヤは、ダビデに献身的につくした。誰がどう見ても理想の王子であり、理想の息子そのものだった。
アドニヤはアブサロムとは違う、とダビデはぼんやり考えていた。アドニヤもまた人好きのする顔の美しい青年だ。ただ単純に美しいということだけで言えばアブサロムのほうが勝っていたことは間違いない。そこは、誰もがそう認めるだろう。ただ、アブサロムの作り物じみた冷たい美しさとは違い、アドニヤは優しげだった。彼は人をひきつけるような柔かい魅力の持ち主だった。それに、他人のためにせっせと動くのをいとわない。思えばダビデはアドニヤをしかりつけた思い出がなかった。しかりつけるまでもなく、アドニヤはやんちゃもしないし出しゃばりもしない、間違いを犯せば素直に謝り、さっさと改善するいい子だったのだ。自分を抑圧する者がいなくなったこの環境においても、彼はわがままになりすぎることはなくその性格は揺るがない。彼の母のハギトが将来の皇太后になったとばかりに後宮で鼻高々になり、優秀な息子をここぞとばかりに吹聴しているのとは違った。彼は今でも控えめで、それもキルアブのような意気地なしともとれる控えめではなく、きちんと前向きさも持ち合わせていた。
自分には何の問題もないではないか、とダビデは心の中でつぶやく。この体調不良はなんのせいだ、きっと最近の冷え込む夜のせいだろう。彼は独り言を言った。最近、彼は体が異常に冷えるようになっていた。


ダビデのもとに新しい側室を迎えようという話が持ち上がってきたのは少し経ってからの事だった。ダビデの冷え症はなかなか長引き、薬を飲んでもよくならなかった。それを受けて、廷臣や貴族たちの間で体調不良の王のそばに侍る新しい女が必要だという下世話な話が盛り上がっていた。すなわち女を抱けば体も暖まるし、体調不良も治るだろうなどと言うのだ。さらに、そのような目的のためには、いくらか年を食った側室どもではなく新しい乙女がいいと彼らは言う。何においても新しくて若い女のほうがよいというのが彼らの言い分だった。
後宮は無論不穏になったが、ダビデは特に断りもせず、そう思うのならば探してきてくれと言った。どうせ断るほうがリスクが大きい。と言うのも、ダビデは普通の老齢に差し掛かった男とはわけが違うのだ。ただそのような年齢の男が若い女を欲にかまけて望んでいるだけならば、若い娘もその父も拒絶しよう。ゆえに、そんなものはいらないと口を出すことには意味がある。彼らの意向をくみ、嫌な思いをする人間を減らせるという意味だ。しかし、ダビデは王である。最高権力者たる王の妻とその父になり、王家とつながりを持てるというだけでも、そのような扱いを受けて十分な見返りがある。加えてダビデは、老齢に差し掛かったとはいえ、いまだにその美しさを神秘的なまでにとどめていた。老いが醜に直結するという真理が、ダビデのみには適応されてはいないかのようだった。その点を置いても、身を差し出す少女の苦痛と屈辱は大幅に軽減できよう。早い話が、ダビデの新しい側室になることを望まない女や、娘がそうなることを望まない父のほうが、イスラエルでは少ないのだ。いざこう盛り上がった以上、断るほうが彼らの期待を裏切って事態をややこしくすることになる。唯々諾々として集めさせておくのが一番いいのだ。
いくらか入り乱れた後に上がったのは、シュネムの領主の娘だった。今年で十六になる少女で、父親はイスラエルで自分の娘ほどの美少女もいるまいと豪語していた。美しいのみならず、教養にも才たけ、心優しい娘だと父は言っていた。むろん、今の今まで男などに触れたこともない、正真正銘の処女であるということも彼は言い忘れなかった。
ただ、そこまで彼の父親が言っていたことを聞いたのも、ダビデの廷臣までである。当のダビデは彼女にまつわる一切の情報を聞くことなく、決まったという情報だけを聞いて「いつでもいい。都合がよくなったら王宮に上がらせろ」と言った。


アドニヤは、ソロモンを木陰で休ませて自分は王宮で放し飼いにしている孔雀に餌をやっていた。彼らは王宮の庭の真ん中にいた。ソロモンを彼の庭ではないところに連れ出してみたら彼は了承するのか、興味がわいて試してみたら、思いのほかあっさりと彼はアドニヤについてきたというわけだ。ソロモンは木漏れ日一つでも嫌いらしく、黒いマントにくるまって、目すら見えなくなっている。好都合だな、とアドニヤは心の中で吐き捨てた。あの赤い目は不気味でしょうがない。白い肌も白い髪の毛も同じことが言えるが、ソロモンを見ていると、彼だけがごく普通の世界から切り取られた存在であるかのように不自然で、ひどい違和感を覚えざるを得ないのだ。ひとえに、彼の異常な色彩のせいだ。見ているだけで気がおかしくなりそうだとアドニヤは思う。ニコニコ笑っているのも楽じゃない、と彼は心の中で言った。ただ、表面には絶対に出さなかった。ソロモンは察しがいい。アブサロムの保身好きな性格も、彼とちょくちょく会っていたはずの自分以上に見抜いていたくらいだ。少しでも嫌悪感をあらわにしたら、せっかく築き上げた彼の信頼が全て無駄になってしまうではないか。この誰にも心を開かなかった生意気な弟が、今は自分にならのこのこついてくる程度にはなったのだ。これがアブサロムならば、絶対については来なかったはずだ。
もっと手懐けられる。孔雀に餌をやるように。アドニヤにはその自信があった。自分の面倒事は、全部彼がその賢さを持って処理してくれるようにすることすら、夢ではない。権力者にとって賢さは最重要事項だ。様々な問題をその手腕一つで解決するには賢くなくては始まらない。アドニヤが自身の頭を信じていないわけではなかったが、それよりも無条件でその代理となって、しかもそれで得られる名誉だけはアドニヤによこすような夢のような存在ができるのならば、それに越したことなどない。しかも、そんな非現実的なことが自分に限っては可能なのだ。パンに飢える孔雀のように、愛情に飢えるこの哀れな十四歳の少年を、偽の愛情で絆してやればよいだけなのだ。
「ソロモン、来たらどうだい。噛みつきゃしないよ」
「いいえ、私はここで」マントにくるまったまま、彼は首を横に振った。アドニヤはそっと孔雀を押す。孔雀は押されて、その結果ソロモンのいるもとにフラフラ寄ってきた。
急にやってきた孔雀を覗き込むソロモンに、アドニヤはパンくずを手渡す。
「ほら、君もやってみたまえよ」
ソロモンはそっと手を孔雀に向けて差し伸べた。すると孔雀のほうは、アドニヤを相手にするのと全く変わらずに無心でそれをついばむ。ソロモンがマントの下で、少しばかり楽しそうな顔をしているということはアドニヤにもはっきりとわかった。アドニヤも彼の視線の外でほくそ笑んだ。いっそこの弟に、軽い同情すら覚えたほどだ。

ふと、孔雀が鳴いた。それに合わせて、アドニヤとソロモンの視線も動く。しかし、彼らの目はそれで開けた孔雀の羽ではなく別のところに行った。と言うのも、孔雀の羽以上に注目すべきものがその視線の先にあったからである。
そこに居たのは数人の従者と、一人の高貴そうな身なりのいい中年の男性。そして、彼らの間に一人の少女がいた。彼女はつややかなゆるい撒き毛の黒髪を持ち、ぱっちりした可愛らしい目をした、小柄な少女だった。これも、男性と同じく高貴さを感じさせる良い身なりをして、宝石を飾っていた。まだ幼さが残りつつも、女性らしい美しさをふんだんに携えた彼女は、美少女と言う言葉に相応しかった。その華やかなたたずまいたるや、孔雀が完全にかすんでしまうかのようだった。彼女はその丸い目できょろきょろとあたりを見回していた。
「そんなに見回すのではないよ、はしたない」中年の男が彼女に言った。「お前も数日したら、ここで過ごすのだから。いいね」
「はい、お父様」少女が言った。
「よろしい。ではアビシャグ、来なさい。陛下にお目通りをしに行くのだから」
そのような会話を交わして、彼らは去っていった。中年の男と言うのは例のシュネムの領主で、少女のほうは彼の娘のアビシャグであった。

一行が全く見えなくなった後、最初に口を開いたのはアドニヤのほうだった。
「……綺麗な子だねえ」と、彼は驚いたように言った。
「あんな女の子がいるんだ。初めて見たよ」
「はい……そうですね」と、やや遅れてソロモンの方もそう返答した。彼は相変わらずマントですっぽり顔を覆いながらうつむいていて、これで本当に見えたのか?とアドニヤは少々心の中で疑問に思った。


「ソロモン」と、後ろから呼ぶ声が聞こえた。ベリアルの声だった。
「ベリアル?」彼はアドニヤには聞こえないように、かすむような声でそう言った。「何の用だ?」
「何さ、なんで君下むいてるわけ?」
ベリアルにそう言われて、ソロモンは少々怒ったように言った。
「何をしていようと俺の勝手だ」
「あっ、もしかして照れてるの、君?ふふっ、かわいい……」
「うるさい!」

ふと、アドニヤが怪訝そうな顔をしているのを見て、あわてて彼は手で口をふさぎ、「失礼いたしました」と継ぎ足した。そして、ベリアルを睨み返す。彼は罰の悪そうな顔をしていた。


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