クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第十七話

アビシャグの不安げな様子の真相を、一体誰が知り得ただろうか?後宮の女たちは少なくとも、彼女の不安は自分たちの無言の圧力によるものだととらえていた。この生意気な小娘もようやく自分の立場をわきまえたらしいと。余裕のあるハギトだけが彼女を鷹揚にかばった。
ところで、そのようなものからただ一人外れて、バテシバはその様子を見ていた。くだらない、なんとくだらない光景だろうと思いながら、彼女は彼女らを睨みつけた。今さらアビシャグに子ができたからと言ってなんだというのだ。ダビデの王子は何人もいるというのに。それに、美しいと言うだけでダビデが一人の女だけ猫かわいがりにするような王であれば、自分などとっくにこの後宮の頂点に立つものになっているはずなのだ。バテシバは、あのアビシャグにも自分の美貌は負けはしないという自負があった。美しさにまつわる自負だけはあったからこそ、なおのこと彼女は彼女自身の今の境遇をみじめに思った。
バテシバの耳に、飲み物を持ってくるようにと言う声が聞こえた。彼女は黙って従った。侍女がすぐ呼べる場所にいないという理由一つでバテシバがこき使われるのだ。こんなはずではなかったとバテシバは恨んだ。彼女の運命と、彼女を陥れた息子を恨んだ。あの赤い目をした、弱々しい体の、不出来な息子を呪った。
「(お前さえまともに生まれていれば!お前さえあのアドニヤのように立派な子に生まれていれば、私も私の美しさに相応しい暮らしができたのに……私の人生を何もかも、ぶち壊したのはお前だわ。お前のせいよ!この悪魔の子が!私は悪魔なんかじゃない、ダビデ王も違うのに、貴方はどうして!)」
彼女は近頃、ウリヤとの結婚生活を思い出さずにはいられなかった。まだあの日のほうが、何倍も幸せだったというものだ。凡庸で退屈な男ではあったが、少なくとも自分に尽くしていたし、それなりの贅沢もできた。ダビデの後宮になど来ず、ウリヤの子を産み育てていた方がよかった、と彼女は自分の境遇を嘆いた。


ある昼間の事だった。アビシャグは後宮に居づらくなり、中庭で一人手持無沙汰にしていた。今は当のダビデも部族の長老たちと会議を行っており、自分はそばにいられないのだ。
「どうしましょう……」彼女は呟いた。自分がダビデの子を生む可能性が皆無となってしまっては、父親にあわせる顔がない。父は、彼女を出来るだけ地位の高い男に嫁がせるためだけに育てた。そして自分も、そのために育ってきた。彼女もバテシバと同様だった。自分の美しさには確固たる自信を持っている。初めて後宮に入った時も、この年増女たちすべてよりも自分が寵愛されてみせるという自信に満ちていた。なんといっても、自分はいわばその道のエリートともいえる存在なのであるから。
アビシャグ自身、例の事がすでに噂となって流れているということは知らないのだが、幸いにも噂は侍女たちの下世話な推測どまりであり、後宮の女たちの耳には届いてはいない。だが届こうものならば、自分を見下す目はもっとあからさまになるに決まっている。そして父親も落胆するだろう。息子に恵まれず、せめてもの期待を自分に精いっぱいかけて、ただ美しい娘を育てることだけにこの十六年を費やしてきた父親は。
ダビデのもとを離れるにしても、理由がどうあれ離婚歴があったとあれば自分はキズものである。父の妥協できるような高貴な男性に嫁ぐことは難しいだろう。とすればどうするのか。自分はこのまま、自分に相応しくない男のもとに行くか、ダビデのもとで胃のキリキリする思いに耐えながら生き続けなくてはならないのか。自分はたったの十六歳だ。まだ人生は長いというのに、こうも早く完璧な人生の道が閉ざされてしまうとは!神とはなんと残酷なものでしょう、とアビシャグは心の中で嘆いた。今まで自分は、それこそ神に誓って悪いことなどしたことはないというのに、神はなぜ自分の人生を閉ざそうとするのか。
「(いいえ。まだ、あるわ。打開の道があるはずよ。誰かが私を救い出してくれるわ。だってそうじゃない!?こんなにも早く私の人生が終わるなんておかしいわ!私も、私の父も、もっと幸せに生きられてしかるべきよ!)」
彼女はそう自分に言い聞かせた。その時ふと、人影が現れた。
「やあ、アビシャグ。ごきげんよう」
優しそうに語りかけてきたのは、アドニヤだった。

「アドニヤ王子様」
アビシャグはさっと不安げな表情を引っ込め、ニコリと笑った。どうにせよ、いま彼女ができることはダビデに愛されている若い妾を誰に対しても演じ、誰にも自分がまだ処女であるという事実を気付かせないことくらいである。「ごきげんようございます」と、彼女は上品に言った。
「ああ。ごきげんよう。こんなところでどうしましたか。お暇ですか」
「ええ、そう言ったところで」
アドニヤは彼女から少し距離を保ってはいたが、彼女から遠ざかりすぎることはなかった。彼は池のそばでぱんぱんと手をたたいた。すると、池で飼っている魚が彼のもとに寄ってきた。
「まあ!」とアビシャグが声を上げる。
「かわいいこと」
「ええ、本当にかわいい」アドニヤは魚たちを見つめつつ、ちらりと横目でアビシャグに視線を合わせてそう言った。「可愛がればこうやって慣れてくれますよ」
彼はパラパラと魚たちに餌をやった。アビシャグもいつの間にか彼女のほうから寄ってきて、魚とアドニヤの手つきを交互に眺める。
「あなたもやってみませんか?」彼は袋に小分けにした餌をアビシャグに手渡した。彼女は短く返事をして、つつましやかにそれを取り、自分も魚に餌をやり始める。
「アドニヤ様は、動物のお世話などお好きですの?」アビシャグはそう語りかけた。
「はい。なんといっても彼らは、可愛がれば答えてくれますからね。こちらとしても可愛くて可愛くてしょうがありませんよ」
アビシャグは餌をパクパクと食べる魚を見る傍ら、アドニヤの言葉を聞いていた。彼の言葉は非常に優しげに聞こえた。父親が万一の間違いがあってはならないときびしく育てていた手前、彼女は若い男性とこうして一緒にいることは初めてである。にもかからす、アドニヤからは一切の恐怖を感じなかった。女友達や父親と一緒にいるかのような安心感があり、なおかつ彼らと一緒にいるのでは感じられない魅力も同時に持ち合わせていた。
アビシャグはふと魚から目を離して、アドニヤの横顔を見た。男であっても、若くあれば肌はこうも滑らかなものかと思った。父親や年上の男の親戚、召使などしか知らない彼女の知る男の肌と言うのは、いつも水気を失っているか、油っ気が強いかの二つに一つであった。ダビデはその限りと言うほどでもないが、それでもやはり青年の肌の張りにはかなわない。男の肌が美しいと、彼女は生まれて初めて思った。もちろん、肌のみならず彼の横顔は非常に端正で、瑞々しかった。ふと、アドニヤがその視線に気が付いたのか、視線だけを横によこし、「どうしました?アビシャグ」と、小さな口を動かしていった。アビシャグは「あ……いえ、なんでもありませんの。申し訳ありません」と言い、あわてて目をそらした。
彼女の視線が彼の顔に戻ったのは「どうですか。一緒に歩きながらお話でもしませんか」というアドニヤの言葉に彼女がうなずいたときだった。


ソロモンはシクラメン畑でベリアルと一緒にいた。アドニヤと一緒にいるもの楽しいが、やはり、いままで通り誰ともかかわらない時間と言うのも必要である。もっとも、ベリアルは彼にとって別の存在であった。何せ、人間ではないのだから。
シクラメンは三年前のものよりも大振りで、色鮮やかに咲き誇った。灰を混ぜた土は植物の育ちをよくすることと無関係では無かろう、とソロモンは思う。彼らの事は思い出してもまだ心が痛む。それでもしっかりと、彼らは自分たちの跡を継いだものをこうも立派に生かしているのだとソロモンには思えた。彼らは、一日のうち一瞬でも日向になり得るところには生えなかった。彼らは一日中、日陰に生えた。日向に出ることは決してなかった。
ソロモンの部屋の窓辺は一日中涼しかった。彼は宮殿の壁に背を預け、うとうとと眠そうな表情であった。相変わらず、昼間に眠くなるのだ。
「眠いの?」ベリアルは言った。「いいんだよ、寝てても。ボクが起こしてあげるから」
「いや……いい。俺はまだ寝ない」ソロモンは返した。
「ならいいけど」
ベリアルは彼の頬にそっと手を当てる。
「君、昨日もほとんど寝てないじゃない」
「俺が夜に寝ないのはいつもの事だ」
「じゃ、どうしたの?目をつぶるのが怖いの?」
「……そうだ」
ソロモンはそういって話題を打ち切ってしまった。ふと、そんな間ができるのを待ちわびていたかのごとく、シクラメン畑に来客が現れた。
来客と言うのは、ヤツガシラだった。ちょこちょこと、立派な金色の冠羽を揺らして、彼はシクラメン畑を闊歩した。堂々としていて品のいいその様はさながら、王のようにも見えた。
そういえば前にもヤツガシラが来たことがあったな、とソロモンは思った。このヤツガシラとあの時のものが同じであるとは限らないが、それにしても粋な偶然だと思った。ヤツガシラはそのたたずまいに違わず非常に品がよく、来客たる態度を崩すことなくシクラメン畑の鑑賞を楽しんだ。彼はあくまで厚かましくはなかったし、ちゃんと花の間をぬって歩いて、彼らを踏みにじることはしなかった。それでいておずおずとした感じは微塵もなく、堂々としていたのだ。
ふと、ソロモンの顔の横に小さなパンが付きだされた。振り返ると、ベリアルがそれを握っていた。どこから持ってきたかは知らないがベリアルの事だ。どこからでも持ってなど来れるだろう。
「ソロモン。ご飯とか、あげてみたら?」ベリアルは笑った。
「は?」
「ほら。どうぞ」
ベリアルはソロモンの手にパンを添える。ソロモンは少々ためらったが、やがてそれを握った。そして小さくちぎると、恐る恐るヤツガシラのすぐ目の前に置いた。
ヤツガシラは目の前に落ちたそれを上品についばむ。ソロモンが置いた分だけ、彼は食べた。ソロモンは楽しくなって、それを何回も繰り返していた。このよくできた客人は、食事の時になってもその礼儀を崩すことなく、シクラメンたちも心なしか彼を祝福しているように見えた。
ソロモンは小さく笑い声をあげた。自分の顔が意図せずしてほころぶのがわかった。少し気恥ずかしいような気分でもあったが、悪い気はしなかった。彼はうつむいた姿勢で頭からかぶっていたマントを少しだけ上げ、ヤツガシラを覗き込んだ。本当に美しい鳥だ、とソロモンは思った。彼の体の隅々までをソロモンは観察した。ヤツガシラは彼を嫌がるそぶりもなく、自分を歓迎してくれる花畑の主人に敬意を払うように、その体の端麗さをさりげなく、かつ余すところなく披露した。


そろそろ帰るべく腰を上げようとした時に、彼は初めて、彼の目の前に来ていた二人に気が付いた。すなわち、アドニヤとアビシャグである。彼はうつむいた姿勢のため立っていた二人からはほとんど顔が見えなかったものの、反射的にマントを一気に両手でずり下げて、立ち上がった。二人は、やっと気が付いたかと言う顔でこちらを見ていた。
「やあ、ソロモン。機嫌がよさそうだね」ソロモンが何か言う前に、アドニヤがそう言った。隣にいるアビシャグも「ごきげんよう。ソロモン王子様」と言った。
「……申し訳ありません。気が付かずに」彼は小さな声でそう言った。
「かまわないよ。それほど鳥と遊ぶことを君が楽しく思ってくれていたのなら、それに勝る良いこともないさ。ソロモン。動物と遊ぶのも楽しいだろう?」
「……はい。そうですね」
「動物は優しい人間のもとにしかやってこない。ソロモン。君は不愛想なようで、本当はとても優しい子なんだね」
「……餌をやる人間のもとになら、やってくると思いますが」
「そんなことはないよ。謙遜のし過ぎさ」
アドニヤは笑って、ソロモンの頭をマント越しに撫でた。
「まあ……綺麗なシクラメンですのね」隣にいるアビシャグもそう言う。
「ソロモン様はシクラメンがお好き?」
「はい。何よりも」
小さい声ながらもきっぱりと言い切るその口調に、アビシャグは笑う。
「本当にきれい……こんなにきれいに咲いているシクラメンは初めてですわ。さぞ腕の良い庭師を持っていらっしゃるのですね」
「あの……それは」
「アビシャグ、それは弟が育てたんですよ」
言い淀んだソロモンの代わりに、アドニヤがはっきりと答えた。アビシャグは「まあ、そうでしたの!」と感嘆の声を上げる。
「そんな……こんなにきれいに育つものなのですね。本当にきれい!ソロモン様、一輪頂いてもよろしくて?部屋に飾りたいのです」
「あ……それは……」
再び言葉を詰まらせるソロモンを見てか、またしてもアドニヤが穏やかに語った。
「アビシャグ。それはよしてやってください。弟は本当に、このシクラメンを可愛がっているので」
「ま……まあ、そうなんですの?でも、お花を摘むことくらい……」
「それはどうでしょう?花と言っても生き物ですよ。もがく手足も泣き声を上げる口もないから分かりにくくはありますが、生き物ならばならば痛みもありましょうし、ましてや可愛がっているものの身からすればそれをみすみす傷つける等許可できないのも道理でしょう。たとえ敬愛すべき父の妻の頼みとあっても」
ソロモンはアドニヤの言葉を一言一句聞いていた。そうだ。シクラメンも生き物なのだ。それこそが彼の考えであった。アドニヤはそれをちゃんとわかってくれているのだ、と彼は安堵した。安堵して、その安堵の息すらひそめながらじっと何も言わずにそこに居た。
「まあ……確かにそうですわね。私が短絡でした。お許しくださいな。ソロモン様」
「いえ。わかって頂けたのならば、それで。……お兄様、ありがとうございます」
「どういたしまして。弟が喜んでくれればぼくも嬉しいさ。だが、彼女がシクラメンを鑑賞し楽しむことくらいは許可してあげたらどうかな」
「……それは、ご自由に。私はこれで」
ソロモンはそう言うと、マントをより一層強く抑えるようにして、速足で二人のそばを立ち去った。ヤツガシラもいつの間にやら飛び去っていた。

「ソロモン、ソロモン。どうしたの?」ベリアルが心配そうに声をかけた。
「せっかく調子がよさそうだったのに。また、戻っちゃって……」
ベリアルの柔らかな手が触れる。マントの中のソロモンの頬は昨日の夜のように真っ赤に熱を持っていた。
「俺にも分かるものか!好きでこうなっているんじゃない」
ソロモンは他人には聞こえないような声で、ベリアルにそう言った。ここはまだ彼の部屋ではなく、廊下である。
「わからないが、あのアビシャグの姿を見るとこうなってしまうんだ。何かおかしい、何か異常だ、こんなの普通じゃない!あの女、一体全体なんだっていうんだ」
「ソロモン。早く部屋に帰ろう、ね?」ベリアルは優しく言った。
「落ち着くまでずっと、ボクがそばにいてあげるよ」
「ああ……ありがとう」ソロモンはうなずいた。彼は首筋に、自分の痛んだ白髪のちくちくした感触を感じた。


「ありがとうございます、アドニヤ様。とても、楽しかったですわ」
「どういたしまして。貴女にそういって頂けて、ぼくも嬉しいですよ」
もう日もくれ、ダビデの仕事も終わるころだということで、アビシャグはアドニヤに今日一日の暇をつぶしてくれた礼の言葉を述べていた。
「臣下の方やハギト様のお言葉通り、アドニヤ様はとても……とても、お優しいお方ですのね」
「ふふ。ありがとうございます。でも、それほどでもありませんよ。貴女はぼくの敬愛する父の妻、いわばぼくの母にも同じ存在なのです。優しくせずにいられるわけがありますか?」
「私がアドニヤ様の、お母様?」アビシャグは笑った。「まあ……何か、変な気持ちですわね」
「まあ、自分より年上の息子と言うのも妙なものでしょう」アドニヤも冗談めかして笑う。「それでは、アビシャグ。父上様をよろしくお願い致しますね」
「ええ、それはもう。アドニヤ様、本当にありがとうございましたわ」
彼女が去っていこうという瞬間、アドニヤは「アビシャグ」と彼女に、小さくだがはっきりと存在感を持った声で言った。慈愛に満ちたような微笑を、傾きかけた日の光に照らして、彼は唇をゆっくりと開いた。
「また今度」
その言葉を聞いて、アビシャグは少しの間、停止した。「は、はい。ぜひ、また」と言った彼女の顔は、心なしか少し赤みがかかっていた。


金色の夕日が差し込む回廊を歩きながら、アドニヤは心の中で呟いた。
「(うん。決まりだ。あの子は、おれのものにする)」
ともすれば、下種な笑いがこみあげてきそうなことを彼は考えていた。しかし、回廊に人は数あれど、誰もこの王子がそのようなことを思案しているなど思いもよらなかったであろう。彼は、何も考えていないといった表情を見事なまでに作り出していた。
「(で、どんな手順を踏むかだが……焦りは禁物だな。ゆっくり口説いていくのが一番だ。大丈夫さ、おれが失敗するはずがない。現に見たか、あのうぶな顔!ふん、まったく、箱入りに育てるというのも、古い困った価値観だな)」
彼は廊下を優雅に歩きながら、自分の部屋に向かう。ふと、階段を上ろうとする際、階段のさらに奥の方に伸びる廊下に目が向いた。その廊下の突き当たりに、ちょうどソロモンの部屋があるのだ。彼は何とはなしに、そこを黙って見つめた。
「(そういえば……ソロモンの奴、何か、最近おかしいな?おれに隠していることがあるのか?)」
彼はそう思ったが、いま彼に聞きに行っても彼は答えないだろうと思い、そのまま自室に歩みを進めた。


真夜中に、真っ暗になったソロモンの部屋で、彼はベリアルにしがみついた。ベリアルはその体の光を全く発さずに、ただの人間と同じように彼のそばに寄り添って寝ていた。もっとも、背中の翼はそのままで、ソロモンの手には柔らかな羽毛の感触が感じられていた。ソロモンは震えていた。
「どうしたの?怖いの?」ベリアルが声をかける。
「ああ……怖い。怖いんだ、ベリアル……ベリアル、お前はそこに居るんだな?俺は今、一人じゃないんだな!?」
「何言ってるのさ、ボクはずっと君と一緒だよ」ベリアルが優しく答える。「何が怖いの?言ってみて」
「あのアビシャグを見ると体がおかしくなると言ったが」彼は乱れる息を必死で整えようとしながら言った。
「今こうして実際に彼女がここにいなくとも、その面影がちらつき、またその面影すらも同じ症状を俺の体に引き起こすんだ。なぜだ?彼女に恐ろしいところなど何もない、むしろ彼女は美しい部類に入るだろう。それで、なぜおれはこのような畏怖にも似た感情を覚える道理があるというんだ?しかもそれだけではない!そこまでの事があるのなら俺は彼女を恐れ逃げ出そうものを、俺の内心はなぜか理由もなく、彼女の姿を見ることを望んでいるんだ!こんな苦痛を受けるために!?何もかもわからん、理不尽だ。頭がこんがらがってくる。こんな馬鹿な人間、俺じゃない!」
彼は悲痛な声を絞り出すように、ベリアルの胸の中でそう言った。ベリアルは彼をそっと撫でた。
「うん。うん……そうか。それはつらいね。ひどい話だ。なんて理不尽なんだろう。かわいそうに」
ベリアルはひたすら、そのような言葉を繰り返すだけだった。ソロモンが言えば、ベリアルはそれらすべてを肯定した。彼がつらいと言えばつらいと言い、理不尽だと言えば理不尽だと言った。ソロモンがやがて、疲れ切って眠りにつくまで、その問答は続いた。
「寝ちゃった?」と彼は言った。返事はなかった。何時間、この状態でいたのだろうか。もうすぐ夜が明けようとしている。
ベリアルはソロモンを赤ん坊にするように寝台に寝かしつけた。そして、なおも彼のそばに居続けた。


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