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クリスマス市のグリューワイン

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feat: Solomon 第二十一話

彼自身の言った言葉通り、ソロモンはダビデに後継者となるよう指名を受けて以降勉学に励んだ。たっての頼みでシクラメンの世話をする時間は与えられ、依然として彼のシクラメン畑に彼以外の人間の手入れが入ることなどはなくなったものの、以前のようにそこで何時間もただ座っていることはなくなった。彼はありとあらゆる学問を頭に詰め込んだ。
前知識はあるものの、やはりこうしてみっちりと教育されると改めて大量に得るものはある。彼はそれを聞いた先から吸収するように努め、また、それを実行した。彼は立て板に水でありとあらゆる知恵をその優秀な頭に詰め込んだ。彼の出来の良さは、ダビデの付けた教師と、そしてダビデ自身を震撼させた。ダビデ自身が王としての仕事を彼に教える時間も取っていたからである。
ソロモンの頭の良さについてはナタンから聞いていたものの、ダビデ自身がそれを目の当たりにするのは初めての事である。いざ目にすると、実際異常なものだ。より一層、ダビデには彼が恐ろしいものと思えるように思えた。彼は尋常ではないスピードで教えたことを吸収していく。十四年分のひずみなどすぐに取り返してしまい、彼はもっと先に行くであろうことが、ダビデには想像できた。
「(これは私を殺すのだろうか?)」ダビデは自分の目の前で大人しく教育を受ける息子を見て、ある日そう思った。彼の細い手にはペンが握られている。彼がもし、それを今自分の首元に突きつけたら?そのこともあり得なくはないように思えた。
「(長生きするというのはなんと難儀なことか。私も、あの日、あの愛を失った日のままならば、いっそそれもいいと思えたものを、今私はこれと言った根拠もなしに見苦しい生への未練を持ってそれを恐れている。人間など若いうちに死んでしまうのが一番よいのだ……あの人がそうであったように。私のように無駄に年を取りなおも老いていくことで死に対する感情すら余計に醜いものになっていく。私より年上だったあの人、美しいまま死んでいったあの人の年齢を私はとうに超えた。それでもなおも生きている。優柔不断に生きている。ああ、今日は体の底冷えが群を抜いて酷い!私の体に今血は通っているのだろうか?返す返すもこの息子のなんと冷たげなことか!しかし今や私もそうであるのかもしれん。不思議な話だ。息子が成長することで父に似るのは聞いたことがあるが、父が老いることで息子に似るのだからな)」
「父上様?」ソロモンの目がゆらりとダビデのほうを向いた。彼は相変わらずマントを羽織っている。北向きの彼の部屋でなくては、室内の明かりすら彼には眩しすぎるというのだ。
「お考え事ですか」
「大したことではない、気にはするな」
ダビデは冷静にそう言いかえすと、課題を片付けたと見えるソロモンに向かい合ってまた講義を始めた。ソロモンの指にはルビーの指輪がはまっていた。


ソロモンが父親直々の個人教授を終えて部屋から出ようとしたところ、すれ違う人物があった。彼より少しばかり年上のその黒髪の少女は、アビシャグだった。父に言いつけられて来たというところであろうことは推測できた。
「あら、ソロモン王子様!ごきげんようございます」ぱっちりと開いた丸い目を輝かせて、彼女は言う。ソロモンも「ええ、ごきげんよう、アビシャグ。父上様をよろしくお願い致します」と返答し、そのまま無駄話をすることはなく歩き去っていった。アビシャグは、ソロモンが最近になってようやく自分相手にもそれなりに友好的、と言うよりも、警戒心をむき出しにしたようではない口調で返答してくれるようになったと感じている。彼女はそれを素直によい傾向と受け取った。
ソロモンのほうはと言うと、彼が廊下を歩いている途中、ベリアルが彼の目の前に現れた。
「ベリアル!」彼は少しだけ声を上げて驚いた。
「どうしたんだ、こんな真昼間に」
「んー……君が忙しそうだったからね、気晴らしにでもならないかって思ったんだけど」彼は長い金髪をさらりと片手で揺らしながら言う。髪の毛が浮かび上がったおかげで、彼の細い首筋が一瞬あらわになった。
「機嫌がよさそうだね」
「良いと言うほどの事でもないが」ソロモンは言った。
「強いて言うなら、先ほど、アビシャグに会ってな。彼女が幸せそうな顔をしていたのがそれなりには嬉しかった」
「へえ……?」
「あれからどうなったのか、忙しくてお兄様にも聞けていないのだが」ソロモンは指輪をはめていないほうの手を顎に添えて控えめな声で続けた。「あの顔を見る限り、おそらく結ばれたのだろう。お兄様とアビシャグは」
「それが幸せ?」ベリアルは形のいい眉を少しひそめる。
「俺らしくもない発言と笑ってくれても構わんが」ソロモンは少しだけ挑発するような声色でそう言った。「俺は今でも彼女が好きだ。お兄様のことは言うに及ばずだ。愛する女と愛するお兄様が同時に幸せをつかめていることが、俺にとっても幸せと感じるんだ。不思議なものだな…自分に一切直接的な利益はない他人の幸せが自分の幸せにもなりう得るなど、他人に足を救われる甘ったれ者の考えと馬鹿にしてかかっていたものだが……いざ得てみると、なかなか、悪くはないじゃないか」
彼はほかにはわからない程度に、静かに笑ってみせる。
「そりゃあね。ソロモン。君だって人間だもの」
ベリアルは細い腕を組んで、宮殿の廊下の壁にもたれかかった。彼の視線は何処か、遠くを見ているようだった。天の国に思いでもはせているのだろうかとソロモンは思う。
「それは非常に人間的なものの考えだよ。実際、徳にもならない幸せって言うのは人間の世界には無数に存在するんだ。そしてそれが人間の素晴らしいところだよね。いくら合理的がいいと言っても、人間は不合理をやめられないし、そしてだからこそ人間は神に最も愛される種族たりえるんだから。そういう意味で、今、君は非常に人間的な幸せをつかんでいると言えるだろうね。うん……ボクも嬉しいよ。君もそういう幸せを持てるようになったんだなあと思えば、そりゃあ感慨深いさ。ボクは君が、他人を憎むことしか知らなかったころから知っているんだもの」
「どういたしまして。ふ、お前との付き合いも思えばなかなか長いものになってきたな」
ソロモンはそのまま、自分の花畑に向かった。ベリアルも一緒だ。花畑に到着してみると、ちょこんと、例のヤツガシラが彼を待っていた。
ヤツガシラはここが気に入ってしまったのか、今ではすっかり定例の客になっていた。ソロモンは笑って彼に挨拶すると、彼も心なしかポッポッポという鳴き声を持って彼に何かしらの言葉を返したように思えた。



そろそろ太陽に赤色が差し込もうかと言うときに、アドニヤの部屋で、寝台に横たわるアビシャグはアドニヤにその細長い腕を巻きつけて甘えた声で言った。お互い一糸まとわない身、二人の体温は素肌を通して混ざり合う。アビシャグはそれを感じて恍惚のため息をついた。
「ああ、アドニヤ様。これが終わればまたお別れしなくてはならないなんて……つらいですわ。父はどうして私を貴方の妻として送り出してくださらなかったのでしょう。そうすれば人目をはばかることもなく、ずっと貴方様とともに居られましたものを」
「大丈夫さ、ぼくたちの間には愛があるさ。何にも勝る強い愛が」
アドニヤはそんな彼女にきわめて優しくそう言い、彼女の唇にキスをした。数秒のちに呼吸を解放された彼女は、うるんだ瞳でアドニヤを見つめる。彼はそんな彼女を静かに隣に寝かせた。
「どうだい?お父様の容体は……」
「そうですわね…いつも通りですわ。いつも通り、よくありませんの。最近、忙しくなったからかしら」
「忙しくって……何があったんだ?最近新しい仕事が入ったなんて聞いてないぞ」
「あら、ご存じありませんでしたの?陛下は、最近、ソロモン王子様と毎日のように一日数時間お話しなさっておりますわ。どういうお話かまでは存じないのですが…何にせよ、陛下の執務室で、その間はお二人だけですので」
ダビデは、やはり急にソロモンが後継者だということを伝えては混乱が起こると思い、少しずつ明らかにしようとしていたのだ。なににせよ、アドニヤを支持する人物は多いのだし、タイミングを間違えてはいらぬトラブルが起こりかねない。今は、ダビデと、ソロモンの教育を受け持った数人、そして王宮の中でもトップクラスの重臣のみがそのことを知っている。アビシャグが知らないのは無理もなかった。そして、アドニヤにもそのことは知らされてはいなかったのだ。
アドニヤはアビシャグの話に引っかかり、大きな疑問を持った。父と弟が一体何をしているというのだろうか?と。彼は、それは自分にとって無関係な事ではなさそうだと推測した。思えば、最近は全くソロモンと会っていない。会おうと彼の部屋に行ってもなぜか留守だし、かといって花園にも居ないのだ。殆どその空間だけを身の置き場としていた弟のことを考えれば、数日そのような状態が続くなど不審でしかなかった。しかし、自分もここの所偶然暇ではなかったのも重なって問いただす時間もなかったのだ。
「そうそう、ソロモン王子様ですけど、最近ようやく普通にお話してくれるようになりましたのよ。普通……と言いますか、まだあちらからは話しかけては下さらないんですけれど、前みたいによそよそしい態度ではなくなりまして」
「そうかい、それはよかった」
だが、これ以上アビシャグを突っついてみてもおそらくなにも役に立つ情報は出ないであろうことくらいはアドニヤには容易に想像できた。この話はこれで切り上げようと思い、彼はアビシャグの話に乗った。
そういえば、ソロモンの事が今度は気がかりになってくる。自分が会ってやる時間がなかなかないとあれば、せっかく慣らしたあの弟も自分に対する恩義が薄れていくのではないかと彼は少し危惧した。何かここでもう一つ、彼に恩を売っておく方法はないものか。彼は、ぴんと、あることを思い立った。
「アビシャグ」彼は少しだけ、ごく少しだけ、幼げな色のこもった声で彼女に語りかけた。
「なんでございましょう?」
「実はね……ああ、厚かましいようではあるが、君に頼みたいことがあるんだ。大したことではないんだよ。でもね、やはり君に頼むのは図々しいかとも……」
「まあ、アドニヤ様ったら!」アビシャグは明るく笑った。「水臭いですわ、なんでも言って下さいませ!愛し合うものの仲ではありませんか!」
「ああ、そう言ってくれるのかい!?嬉しいよ、可愛い人!いや、その頼みと言うのはだね……」


翌日の事だった。その日も、ソロモンはダビデから講義を受け、別の場所に移るためにマントで身を包み、渡り廊下を歩いていた。同じ時刻、アドニヤも王宮内を歩いていた。ソロモンは二階、アドニヤは一階を歩いていたので、彼らはすれ違うことはなかった。彼らはお互いの顔を見ることはなく、それぞれの目的地に向かわんとしていた。
ふと、アドニヤは後ろから自分を呼ぶ声に気が付いた。
「誰だい?」
彼がそう言って振り返った先に、彼はいささか面食らった。そこに立っていたのは、イスラエル軍の総大将であるヨアブと、祭司長のアビアタルだ。どちらもイスラエルのトップクラスの重臣である。そのような二人がこんな場所でこそこそと人目をはばかるように顔を突き合わせて何の用であるというのか。
「アドニヤ様、実は、内密なお話が……」
アビアタルがひそひそ声で言う。アドニヤも、彼らの真剣な表情に何やらただならないものを感じて、彼らのそばに寄った。彼らはそのまま、アドニヤを人気のない場所に誘導する。ふと、その少し遠い後ろを、ちょうど階段を下りてきたソロモンが通りすがったが、彼らは気が付かなかったし、またソロモンも気がつかなかった。ソロモンはまっすぐ、シクラメン畑のほうに向かっていった。

ソロモンはいつも通りシクラメン畑で花の世話をした。そして、ふっと息をついて久々に冷たい北側の城の壁にもたれて、その場に座り込んだ。最近は忙しくて、なかなかこうする機会が取れない。ヤツガシラも、大人しくソロモンの膝の上に収まっていた。彼は、ヤツガシラにパンのかけらをあげていた。
ふと、足音が聞こえて、ソロモンは身構えてマントをかぶった。現れたのは、意外な人物だった。
「アビシャグ?」
彼は言った。別に考慮しての事でもないが、彼のほうから彼女に声をかけたのは思えば初めてだったようにも思える。
「何の用ですか?」彼はよりマントを深くかぶりながら、しかしぎこちのなさは消えた口調でそう言った。彼女は兄のものとすっぱり諦めてしまったことで、自分の中にあった緊張が消えうせかえってリラックスできるようになったと彼は自己分析をした。
アビシャグは裾の長いドレスをふわふわ揺らしながら、そっと遠慮がちに花畑に近づいた。
「ソロモン様、ごきげんようございます」
「ええ、ごきげんよう。それで……何でしょう?」
事務的な口調でそう言うソロモンに、アビシャグは少し困ったような笑いを浮かべて、人差し指でこめかみを軽く掻きながら言った。
「あの……実は、アドニヤ様に頼まれましたの」
「お兄様に?」
兄の名前を聞いて反応の色を示したソロモンに、アビシャグは「はい」と答える。
「アドニヤ様は最近自分が忙しくてソロモン様に構えないとのことなので……私に代わりに話し相手に行っては貰えないかと。ああ、勿論大丈夫ですわ!ダビデ陛下の了承も得ての事ですから。陛下も、王子様には話し相手が必要だって」
アビシャグのその言葉に、ソロモンはぱちぱち怪訝そうに眼を瞬かせた。しかし、アビシャグがおずおずと「あの……」と言ったあたりで、「はい、なんでしょう?」と冷静に言葉を返す。
「お花畑に入っても、よろしいですか?」
そう困り笑いの表情のまますこし首を傾げた彼女を見て、数秒のちにソロモンは「ええ。花をつぶしさえしなければ」と返答した。


「何!?」
人気のない場所で、アドニヤは驚きのあまり声を上げた。そして、あわてて自分の失敗に気づき、周りに誰もいないかと警戒をめぐらす。幸いなように、誰にも聞かれてはいないようだった。彼は落ち着きなおし、「本当なのか」と、ヨアブとアビアタルに聞いた。
「本当でございますとも。現に、私は今、彼に律法を教えているのでございます」
ひきつった顔でそう言うのは、アビアタルである。
「アドニヤ王子様、我々は貴方様以外に王子と認めるものなどおりません」必死の形相で、ヨアブもそう言った。「あってはなりません。このような事態は。貴方様以外のイスラエル王などあり得ましょうか」
「嘘だろ、おい……」
アドニヤは頭を抱えた。
「当たり前だろ……あっていいはず有るかよ、ぼくじゃなくて、ソロモンが王になるなんて……それもあの父が、それを直々に進めているなんて……」
彼は驚きのあまり、半ばうわごとのような口調でそれを言った。だが、内心で、ふつふつと怒りに煮えたぎるものがあるのが、アドニヤにはわかった。
「(おい……ふざけるなよ。主人を差し置いて玉座に座る犬なんて、そんなもん居ていいはずがないだろ!)」


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