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クリスマス市のグリューワイン

feat: Solomon 第二十五話

「誰だ?」ソロモンは、扉を叩いた人物に答える。
「アビシャグですわ、ソロモン様。アドニヤ様がお呼びしてほしいって」
「お兄様が?」その言葉を聞いて、ソロモンはマントを正し、深く被りなおした。「分かりました。すぐに行きます。待っていて下さい」
彼はベッドに横たわったままのベリアルから離れた。数時間前から、ずっと一緒に寝ていたのだ。ベリアルの暖かさから離れて、彼の体がひんやりとした空気にさらされる。
ベリアルはそんな彼をふと見上げて、寝台のすぐ側に立てた蝋燭の明かりにその顔を照らして言った。
「行っちゃうのかい、ソロモン?」
ソロモンは彼の顔を見て、「ああ、お兄様が呼んでいるらしいからな」と答えた。
「早く帰って来てよ。ボク、待ってるから」
ソロモンはそれは勿論だ、と返答した。蝋燭を静かに吹き消して、ドアを開けた。ドアの前には、明かりを持ったアビシャグが立っている。
「アビシャグ、兄はどちらに?」
彼女の眼には、ソロモンの部屋は映っているはずだ。しかし当然、ベッドに横たわるベリアルの姿など彼女には見えないだろう。彼女はいつも通りの笑顔で、「こちらですわ」と言った。
「兄が何の用ですか?」
「私も聞かされていませんの。日が沈んだら呼んできてくれ、と言われまして」
そのような話をしながら、ソロモンは鍵を閉めた。ベリアルはずっと、横になったまま彼のほうを見ていた。


彼はアビシャグについていきながら、宮廷の中庭に出た。東の空から、見事な満月が上ろうとしている。
綺麗だ、とソロモンは素直に思った。日の光はつらいが、月の光はさほど彼にとって脅威ではない。アビシャグも自分を案内しながら、東の空から生まれた見事な満月の美しさに見とれているのが何となくわかった。
彼らは広い庭園の端の方に来た。西側にあって、ちょうど登り始めの満月がよく見える。ふと目を凝らすと、たくさんの、赤や黄色の花に包まれた植え込みの中、見事に育った大きな樫の木の下にアドニヤが座っていた。木の下に誂えられた大理石の椅子に腰かけ、彼自身も首を上げて満月を眺めていた。
「ソロモン。よく来たね」彼はぽつりと言った。「アビシャグ、ありがとう」
「いいえ」アビシャグは言う。ソロモンも「お兄様、お呼びいただいてありがとうございます」と口にした。
「座れよ」アドニヤは自分の隣を指した。冷たい大理石の椅子の上に、厚い敷布が敷いてある。金色の房飾りのついた緑の敷布だ。敷布はかなり広く、アドニヤを冷やさないため椅子を覆い隠しているばかりか、その裾も広がって、椅子の周囲の地面を覆っていた。彼は言われるまま兄の隣に座ると、彼を見上げた。数日前は、ろくに話もできないままザドクに連行されてしまった手前、こうしてじっくりと兄と向き合うのは久しぶりと感じられる。アドニヤにはこの庭園が本当によく似合う。光に包まれた庭園が。
「ソロモン。ぼくの顔に何かついているかい?」
「とても形の良いお鼻と唇と、優しそうな眼が」彼は言った。アドニヤは笑って、彼に片手を差し伸べた。
その手はすっとマントの中に入り、ソロモンの手がどこにあるかをまさぐり始める。ソロモンは少し驚いたが、抵抗はしなかった。
彼の手は、なおも何かを探っている様だった。ふと、彼の手が何か固いものに触れた。それは、ダビデからもらった指輪だった。
「ソロモン。何かをつけているね」彼は言った。「なんだい?」
「指輪……です」
彼は答えた。
「それはそれは。君も指輪をはめるのか。……見てみたいものだね、君のしている指輪を。ソロモン、ぼくにそれを見せてくれないか?」
マントの下で手と手を重ね合わせながら、アドニヤはそう言う。ソロモンは言葉に詰まった。
もしも兄が、この王位を継いだ証の指輪を見たら、彼はどう思うだろうか?彼は王に相応しい存在だというのに。言うまでもなく、自分はアドニヤを蹴落として王になる気など毛頭ない。ただ、アドニヤがショックを受けるかもしれないとは思う。
ただ、彼は拒めなかった。アドニヤの声音には逆らえない。彼の声は優しいのだ。ずっと聞いていたい。彼と親しくなる以前に聞かされた、思い出したくもない言葉の数々によってできた心の傷が、すっかりおおわれてしまうまで、彼の声を聴いていたい。アドニヤはソロモンにとって、そのような存在なのだ。
彼は片手で指輪を外した。そして、兄の手にそれを握らせた。
アドニヤの手が離れる。彼の手はマントから出て、再び月明かりのもとに返り咲いた。彼は二つの指で、径の小さなその指輪をもう少し上った満月の光に照らす。ソロモンの眼にも似たその赤色が、光を受けて鮮やかに煌めいた。
「素晴らしい。誰にもらったんだい」
「お父上様からです」
ソロモンは答えた。
「なるほど。そうだろうね。お父上の紋章が描かれてる」
その言葉を聞いて、ソロモンは心がずきりと痛んだ。アドニヤにばれたのだ。自分が彼を差し置いて王に選ばれたことがとうとう露見してしまったのだ。
アドニヤの表情は彼には見えなかった。彼は必死で言おうとした。これは両親とナタンがなぜだか言い出したことなのだ。自分の意志は貴方が望む道をただ手助けすることだけだ、と。
だが彼が口を開きかけた時、アドニヤは「ソロモン。何も言わなくていいよ」とぴしゃりと言った。
「きれいな指輪ですこと」と口を開いたのは、まだその場に立っていたアビシャグだった。アドニヤは彼女に「ええ。とても美しい。それで、アビシャグ。この意味が解るかい」と言った。
「いいえ」
「これは、王位を得るものにのみ与えられるものだ」
アドニヤの言葉が、ソロモンの心に突き刺さる。何も言うなとはどういうことだ。アドニヤは怒っているのだろうか、この自分を!自分は自分を可愛がってくれた兄を困らせているのか、と彼は罪悪感に心が縮む思いだった。
ソロモンが再び何か言おうとした時、アドニヤは彼の肩を抱いた。彼は、ソロモンを自分の体にうずめるように抱き寄せる。ソロモンは何か、圧倒されるような思いで、何も言えなかった。心臓が早鐘を打つ。アドニヤに体も心も抑え込まれているようで、彼の顔を見上げられない。彼を見ることができない。
「ソロモン。君ってば、本当にすごいな」彼は言った。
「お父上は貧しい羊飼いの身でありながら、偉大な王に上り詰めたのだっけ。なあ、ほかの奴らは君をダビデの家に生まれた禍と言うがね、ぼくはこう思うよ。君ほど、お父上に似ている息子もいないんだ。ひょっとすると、君と父は同じなのだろうね。君も、選ばれる人間の身なのだろう。君はあれほど皆に嫌われていながら、このようなものをお父上からもらいうける身にまでなった。お父上が預言者に油を注がれたように」
ソロモンはなぜか身震いした。なぜだ、アドニヤに抱かれているというのに。
「ソロモン。こう言おうじゃないか」
次の一瞬だった。彼は、ぐっと肩をつかまれて、アドニヤの顔すれすれに向かわされた。
ソロモンは目を疑った。幻覚を見ているのでは無いかと思った。アドニヤはこのような醜い顔をする男だっただろうか?このような恐ろしい顔をする男だっただろうか?違う、アドニヤはだれにもこんな顔はしなかった。アドニヤは、余にも恐ろしい、憎しみを一身に集めた表情で、ソロモンにこう言い放った。
「お前のような弟を持ったことが、おれの何よりの不幸だったのさ」

その言葉が終わると同時に、ガサリと植込みのほうが揺れた。ソロモンが振り返る暇もなく飛び出してきたのは、剣を携えたヨアブだった。
ソロモンは、自分の背中に激痛が走るのが分かった。ヨアブが背中を一文字に切り裂いたのだ。


彼はその場に崩れ落ちる。アドニヤが手を放し、彼は大理石の椅子から転げ落ちて、敷布に覆われた地面に倒れた。「おい、手加減したろうな?」と、アドニヤは言った。
「は。これで死にはしませんよ」
ヨアブの声。
「もっとも、殺してやりたいのですがね。私は、今すぐに」
「ばか、殺すのはおれだ」
ソロモンは背中の激痛に耐えながらその声を聴いていた。
「お兄様……」
彼は言う。
「ソロモン。おれはお前に言うことがある」アドニヤは、ソロモンの前に立ってそう言った。
「お前はきっとこういうのだろうな。『私はお兄様から王位を奪う気など毛頭ありませんでした』と。そうさ、お前がそう言わないはずがない。お前はおれに忠実だもの。気味が悪いほどに。だが、それが何の関係があるというんだ?」
アドニヤはソロモンの背中に手を置いた。傷のある部分だ。切り裂かれた場所を刺激されて、ソロモンは激痛にあえぐ。
「おれにとって重大なのはな、ソロモン。おれではないお前が王位につく可能性を持ってしまったということなんだよ。お前の意志なんぞ関係ない。お前は邪魔だ」
ソロモンは、高熱を発する背中を感じる。だが、それ以上に目頭が熱くなった。彼はぼろぼろ泣きながら、「お兄様、お兄様」と言った。
「なんだ、泣いているのか、一丁前に。それともなんだ。まさかお前、おれが本当にお前の事を、弟として大切にしていたとでも思っていたのでもないだろうな。ハッハッハ、まさかな、お前のような賢い奴が、まさかそんなこと思っていたのか?馬鹿か、お前のような奴を、誰が好きになるんだ!」
彼は赤い指輪をヒラヒラと見せびらかせた。「見ろ、王位につくのはこのおれだ!お前がこれを、おれに譲ったんだ、何の文句もないだろう!」

「アドニヤ様……これは、どういう……」ふと、アビシャグの声が聞こえた。彼女はショックでその場に立ち尽くしていた。ものも言えないようだった。ヨアブが彼女の事を、逃げないように取り押さえているのがソロモンには見えた。
「どういうこと?アビシャグ、簡単なことさ。こいつは悪い弟だったんだ。このおれから王位を奪おうとした」
「そ、そんなことが……」
「あるのさ。この指輪が何よりの証拠」
「ア、アドニヤ様!このような、こと……ソロモン様は、ソロモン様は、本当にあなたの事を慕っておりました!」
アビシャグは悲痛な声でそう言う。だが、アドニヤはそれを笑い飛ばした。
「なんだアビシャグ、君らしくないな。なあ……どうかしてしまったのかい、愛するおれを疑うなんて」
アドニヤはそう問いかける。
「ああ、そうか!君が信じられないのも無理はないな、君はソロモンを見たことがないんだもの。驚くぞ、この弟がいかにおぞましい存在であるか、神は、彼の身にそれをしかと刻み付けてくれたのだからな」
アドニヤはしゃがみこみ、ソロモンを無理やり起こす。そして、彼のマントの留め金に手をかけた。
ソロモンの放った声は聞こえなかった。彼は勢いよくそれを引きはがし、一文字の傷が入った黒いマントがばさりと夜の冷たい空気に舞った。
それに合わせて、ソロモンの姿があらわになる。満月の光が、容赦なく彼の姿をアビシャグの前に照らしだした。マントに包まれていた長い白髪が宙を舞った。薄い部屋着から覗く彼の肌は、死体のような、生気を感じさせない真っ白な色。そして、アビシャグを見る母親譲りの切れ長な目にはまっているのは、まさにアドニヤの持つ指輪のような、人間の眼にはあり得ない、どぎつい赤色だった。
マントの風に舞いあがった彼の白髪が宙を降りたころ、「どうだね、アビシャグ」と、アドニヤの冷たい声が聞こえた。次の瞬間、絹を引き裂くような叫び声が聞こえた。アビシャグのものだった。
「あ……悪魔!」
彼女の表情を見て、ソロモンは、完全に言葉を失った。


「さあ、アビシャグ、答えてくれたまえ。ぼくとこいつと、どっちが信頼できる?」
「それは」
アビシャグはひきつったような笑いを浮かべた。ソロモンにはその理由が分かりすぎるほどよくわかる。それは、見たことのない悪魔の子を見た恐ろしさゆえのものでしかないのだ。
「もちろん、貴方様ですわ!貴方様は私を愛して下さった方なのですもの!きっと、ソロモンは悪い子だったのですわ!私が騙されていたのですわ!だって主は、彼を、悪魔だと言っているのですものね!」
ソロモンは再び、力を失ってその場に崩れ落ちる。「分かればいいのさ」とアドニヤは言った。
彼はソロモンの手を踏みつける。ソロモンは反撃する余力すら残ってはいなかった。
「ソロモン。今でもおれを愛しているかい?愛しているだろうね、おれをおいて、お前に優しくしてくれたものなど、一人だっていたはずがなかったんだから。おれを失ってしまったら、お前はもう、誰からも安らぎを得られないんだから」
彼はヨアブから短剣を受け取り、その刃を月に煌めかせた。
「お前がいては、おれは王になれないのさ。だから死んでくれよ。おれのために死ねるなら、お前にとってこれ以上嬉しいことはないだろう?」
ソロモンは、最後に何か言おうとした。しかし、口がパクパクするのみだった。そんな彼を見下ろすアドニヤの顔は、笑っていなかった。彼の眼には、憎しみがこもっていた。
「この期に及んで何を言うんだ」彼は、今までのあざけるような態度からは打って変ったような声で言った、真剣な目だった。
「おれが……おれがどれだけ、王になりたかったかも知らないで。この出来そこないの犬風情が」


その言葉が最後だった。激痛が走って、視界が真っ暗になった。ソロモンは意識を失った。


死んだと思っていた。暗い中、自分は激痛を抱えていた。何も見えなかったし、何も聞こえなかった。
何かが飛んでくる。ソロモンはそれを不思議に思った。てっきり、何もない世界のように思えたのだが。
飛んで来たのは、天使だった。ベリアルとは違った姿、彼のように美しい姿だった。まっすぐな金髪をたなびかせ、頭の上には光の輪が浮いている。背の高い体を丈夫な鎧と長いマントに包み、腰に立派な剣を指した、将軍のような姿だった。片手には金色に輝く天秤を持っていた。
目が言えるようになったとは感じられない。ただ、彼の姿が全身で認知できるのだ、とソロモンはそう思った。彼は大きな白い翼を羽ばたかせて彼のもとに舞い降りた。彼の厳しそうな隙のない視線、それでいて、どこか優しそうでもある視線が、ソロモンを射抜いた。彼は片手でソロモンを抱き上げ、再び翼を広げ、飛び立った。


ソロモンは急に目が覚めた。全身が割れるように痛い。熱さえ持っている。しかし、まだ生きている。
とんでもない悪臭と湿気の中に自分がいることを彼は自覚した。恐る恐る、手を動かす。少しずつだが、動いた。
彼は自分の視界を遮る何かから体を起こした。自分はどうやら何かにうずめられていたらしい。幸いにも場所は日陰のようで、昼間ではあったが彼の眼に直射日光は襲ってはこなかった。それでも眩しいので彼は目をしかめ、自分のいる場所を確認する。そして気が付いた。自分は、ごみの山の中にうずめられていたのだ。
彼はぐらぐらする頭の中で、自分の身に起こったことを整理する。ああ、そうだ。自分はアドニヤに殺されたのだ。なぜ生きているのだろうか。運がよかったからなのか、それとも、天使が助けてくれたのか。
彼は、アドニヤの言った言葉を思い出した。そして、絶望した。
アドニヤは自分を見捨てたのだ。あれほどまでに信じ、あれほどまでに愛していた彼は、自分を切り捨てたのだ。何の躊躇もなしに。ヨアブまで噛んでいた。そしてアビシャグも、自分のこの見た目を忌み嫌った。あんなに優しかった彼女が。
彼はごみの山に下半身をうずめたまま、泣き出した。なぜ自分は生き返ってしまったのだろう。死んでいた方がましだった。なぜ、アドニヤに捨てられた瞬間を、自分はまた思い返さなくてはならないのだろう。あの、自分を愛してはくれなかった兄の。
弟だと思っていた。しかし、彼は言ったのだ、自分の事を、犬だと。
母を信じずとも、父を信じずとも、あの人だけは信じていたのに。あの人を、自分は、愛していたのに。
彼にとって自分は、忠実な犬でしかなかったのだ。殺しても何の心も痛まない、その程度の存在でしかなかったのだ。

「(ベリアル!)」
彼はふと、友の名前を呼んだ。自分にいつもついてきてくれた、あの美しい金髪の天使の名前を。
「(ベリアル、ベリアル、来てくれ!頼む!俺はつらい、死んでしまいたい!お兄様が俺を裏切ったんだ、頼む、そばに来てくれ、俺を抱きしめてくれ、ベリアル!)」

返事はなかった。
彼は何度もベリアルを呼んだ。しかし、その声はむなしく虚空に響いた。十一歳の誕生日からずっとそばにいてくれたはずの彼は、いつまでたっても傍に来てはくれなかった。そこにはただ、ソロモン一人だけがいた。彼の体を抱きしめるものは、ただ、腐りかけたごみの山だけだった。
「ベリアル……」
彼はがっくりとうなだれた。
「お前まで、お前まで、俺を見捨てたのか。ベリアル……!」
彼は泣き叫んだ。誰も来ないゴミ捨て場に、彼の悲痛な泣き声だけがこだました。
父に避けられ、母に憎まれ、信じた兄に裏切られ、恋した女性に拒絶され、誰からも愛されなかった少年は、ずっと信じていた友の庇護すら、失ってしまったことを悟った。彼は泣いた。延々と、泣き続けた。それでも、そこに来る人物はだれもいなかった。

ふと、ソロモンの泣きはらした視界の先に、一本の短剣が映った。その短剣に、小鳥が刺さっていた。ヤツガシラだった。一羽のヤツガシラが、刺されて死んでいた。短剣は、アドニヤのものだった。血に錆びて刃はボロボロになっていた。
それを見て、すっと、ソロモンの眼から涙が引けた。気のせいか、背中に走る激痛も、忘れてしまったようだった。

「そうだ……俺は一体、何を考えていたんだ」
彼は短剣を見つめ、そう言った。とても今の今まで泣いていた人間とは思えない、よどみのない声だった。
「俺は分かっていたんじゃないか。人を信じれば、愛せば、利用されて捨てられるだけだ。俺を愛する存在などいない。知っていたことじゃないか、最初から。俺は忘れていたんだ」
彼はごみの山を片手でかき分けた。もしやと思ったからだ。案の定、彼の片手は残飯のこびりついた黒いマントを引き出した。留め金はひしゃげ、背中には一文字の穴が開いている。彼はそれを身に纏い、無理矢理に留め金を閉めた。
「これは俺の責任さ。俺が俺自身を守ることを怠った結果起こったことだ。ならば他を恨むのは筋違い。俺自身で決着をつけねばならなかろう」

十四歳の傷だらけの少年は、よろよろとごみの山を出て立ち上がった。彼は、王宮の外を初めて見る。王宮の外の日差しは王宮のものよりもずっと暑苦しく、不快なものだと感じた。

「俺の人生の責任は俺が負おう。俺を幸せにするのは、俺しかいないんだ。俺はずっと、一人だったんだから。生まれてからずっと、誰も、俺の幸せを願わなかったのだから。ただ一人、この俺を除いて」

彼の眼にはもう、涙は流れなかった。彼はずるずると体を引きずって、炎天下の太陽の照りつける日向に出た。彼はなおも、歩き続けた。



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